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らむねとやくそく <boys promiss-in the summer>

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らむねとやくそく <boys promiss-in the summer>

柊は、青葉の手を引いて近所の駄菓子屋に行った。
さっきの公園に向かう通り道であるため、ここで待っていれば待ち合わせの相手とすれ違うことはないはずだ。
顔見知りである店の主とたわいもない話をしながら、彼はポケットから小銭を出してラムネを二つ買い、一つを青葉に渡した。
店の前の吹きさらしのベンチに腰掛け、ラムネを口にしながら彼は青葉にたずねる。

「ケガとかしてねぇか?」

かなり荒っぽい助け方だったからケガでもしてたら大変だ、と思っての発言だったのだが、事実ケガのない青葉はこくりと頷く。
柊が無事に青葉を助けられたことにほっと息をついていると、青葉が逆に意を決してたずねた。

「あの……うぃざーどだったんですか、あなた」

舌ったらずながらも、当たり前と言えば当たり前の質問。
そもそも赤羽家はウィザードの家系である。専門教育を受けている青葉からすればそれは気になる事だろうとは、柊にも予測できた。
肯定の言葉は案外するりと口から出た。
彼自身がそうであることは当然イノセントに言えることではないため家族が知っているわけもなく。
つまりは今のところ誰にも言っていないことで。もしかしたら、誰かに知っておいてほしかったのかもしれない。

「ん。っつーか、俺その言葉もつい最近知ったんだけどな」
「いつから、ですか?」
「一月ちょっと前くらいかな、色々あって巻き込まれてよ。さっきの剣と会ったのが始まりだ」

ラムネ、気ぃ抜けるぞ、と言いながら彼はラムネを喉の奥に流し込む。
青葉にとってははじめて来た駄菓子屋で、はじめてのラムネ。ビンの冷たさが少し暑くなりはじめた気温になじんだ肌に心地いい。
ラムネを口に含む。炭酸ははじめてだったが、口の中に広がる気泡が弾ける感覚は、さっきからの怒涛の展開でマヒした心をほぐしてくれるような気がした。

そんな様子をちょっと楽しい気分でながめながら―――柊は、ここまで歩きながら考えていたことに意識を戻した。

先ほども体験した赤と紅の世界。
彼は誓いを思い出した。だからこれからも戦っていけるだろう。けれど。
青葉は、ウィザードになる素質がある。それは彼の実家が赤羽家という強力なウィザードの家系であるからだ。
それはつまり、彼の身内はウィザードになるだろう素質が強く存在することになる。

思い出すのは、一人の少女の笑顔。
彼にとっての日常の象徴。たとえどれほど凄惨なところに行こうと、帰ってこようと思うときに浮かぶ心の灯火の一つ。

そんな彼女が、柊がこんなことになっているのを知ったらどうするか。
怒るかもしれない。泣くかもしれない。それ以上に―――その世界へ一緒について行こうとするかもしれない。
怒られるのは慣れているが、泣かれるのはイヤだった。
そしてそれ以上に、自分のせいであの暖かな笑顔が消えて、紅い世界に引きずり込まれるのは見たくなんかなかった。
それはとても勝手な願いだ。けれど柊は、やっぱり彼女に陽のあたる場所でずっと笑っていてほしかった。
勝手な願いだとわかっていながら、それでも彼は青葉に一つの頼みごとをした。

「―――言わないでくれるか。俺がウィザードだっていうの、あいつには」
「え……なんでですか?」

名前を言われなかったのに、何故か青葉には彼の言った『あいつ』が姉のことなのだとわかった。
ウィザードの子は生まれながらのウィザードになりやすい傾向もある。
が、それ以上に赤羽の家は歴史ある家としてエミュレイターに入り込まれないよう霊的防御も考えて使用人に至るまで全員がウィザードだ。
積んだ歴史の長い家は、結構そういうことを気にかけていることは多い。
むしろウィザードであったほうが、ウィザードの家には堂々と入り込みやすいはずである。にも関わらず、彼は姉が気付くまではいうなと言った。
あって当然の青葉の言葉に、柊は困ったような顔をしながらも、正直に答えた。

「あいつにウィザードの素質があるのは知ってる。
 けど、あいつはあんな血まみれの戦場には似合わねぇだろ。陽だまりの中で笑ってる方がずっと似合う。
 ウィザードだからってみんながみんな、殺し合いに参加しなくちゃいけないって決まりはねぇだろ」

その言葉に、青葉はむっとした様子で言い返す。

「けど、ぼくもねぇちゃんもあかばねのいえのにんげんです。
 あかばねはうぃざーどであるいじょう、なにももたぬひとたちをまもるぎむがあります」

『世界を救うことが選ばれたものにしかできないのならば、その選ばれたものは血を流すべきだ』
その言葉は、陰陽師と呼ばれるこの国で発達した魔術系統の始祖直系・御門家の家訓だ。
陰陽師をはじめとして、多くのウィザード達の心得になっている。御門の分家筋の赤羽ともなれば、その心得は物心つく前からの教訓である。
もっとも、小学生の青葉がその言葉をきちんと理解しているかは怪しいが。

糾弾するようなその言葉を聞いて、けれど柊はラムネの中のビー玉をながめたまま答えた。

「お前難しい言葉使うな……意味分かってっか?
 ……義務とか、家の人間とかそういうのは正直俺にはわかんねぇけどさ。
 それで血流すのが痛くなくなるわけじゃねぇし、大事な奴がそうなるの見て苦しくならねぇわけがねぇだろ」

青葉の言う言葉は確かに正しいのだろう、と柊は思った。けれど、彼には自分の願いが間違っているとは思えない。
吹っ切れた今なら分かる。あの血塗れの戦場に立って死んでいった人たちは、戦っていた人たちは。みんなみんな、自分の守りたいもののために戦っていたということを。
そして、それが今までえんえんと繰り返されてきて、今まで戦ってきた人々の選択の上に「今」があるのだということを。
それが奇跡のようなバランスの上で成り立っているということが、今は彼にもわかっている。
だからこそ、彼は望む。選択をする。自分自身のやりたいことを、願う。
知らないところで少女が泣いていたり傷ついていて、何一つ自分は知らないままで笑える日々を続けるなんていうのは嫌だった。
痛ければ痛いって言ってほしい。苦しいなら苦しいって言ってほしい。
どうしようもなくそれは柊のわがままで、相手の考えなど完全に無視しているけれど。
それでも。

―――ただ、あいつは泣く姿よりは笑う姿の方がずっといいと思えたから。

だから、と柊は言葉を続ける。



「―――あいつの分まで、俺が戦うから。
    だからあいつにはその分、日のあたるところで笑っててほしいんだ」



―――笑っていてほしい。心からそうであってほしい。
―――俺は、あいつの笑ってる場所に帰ってこれるってだけで戦えるから。

それは、祈りにも似た誓いだった。
たった一人の少女に捧げる、日常を生きてほしいという心からの気持ち。
少女に日常を、自分の分まで生きてほしいと嘯いて、本来なら少年にこそ与えられるはずだった平穏な日常を、少女に渡したいと。
それは笑ってしまうほど子供じみた仮定だ。そんな思いに意味はない。彼が魔法使いとして覚醒することと、少女が戦いの場に赴くことには何の因果関係もない。
けれど。



――――――そんな願いを。たった一人の少年の幻想を、誰に壊す権利があるだろう。



その言葉を聞いて呆然としている様子の青葉を見て素に戻ったのか、柊は照れを隠すように視線を逸らして呟く。

「……ま、俺のワガママなんだけどよ。
 で、言わないでいてくれるか?なんでも言うこときくからさ」

青葉は、目の前の少年に負けた気分だった。
けれど、どこかそれは心地よかった。柊の目がどこまでも真っすぐで、安心できてしまったところも原因だろう。
青葉もそんな気持ちを隠すように、近づいてくる足音を聞きながら一つだけ願いを口にした。

「……じゃあぼく、らむねもうひとつほしいです」

その言葉と同時。角を曲がって、青葉の姉が現れた。

***

それから、青葉は柊を慕うようになる。
姉に内緒の二人の秘密は。それから7年、少女自身が気付くその日まで―――守られることとなる。


end

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