- 1974年、ドラフト2位で入団。
- 当時、土屋正勝(元中日・ロッテ)・定岡正二(元巨人)・永川英植(元ヤクルト 故人)とともに「高校四天王」と呼ばれてた
- 四天王中では最も実働年数も一番長く、勝利数も一番多い
- 背番号は最初は19番だったが「江川事件」移籍してきた小林繁に19番を譲って自身は26番を着けた
- 1985年の日本一達成の時は中継ぎで活躍。
- 1985年のバックスクリーン3連発があった試合の勝利投手でもある。
- 現在は野球解説者をする傍ら、バーを経営している。
- 長男の和樹はNPB審判員。関大一高時代はクボチュウの控え投手だった。
最終更新:2014年12月28日 19:24