ふたりはいっしょ

ふたりはいっしょ ◆1gAmKH/ggU



―――

めがさめると、ちいさなちいさなおにんぎょうはいつものばしょにいました

こわーいおねえさんもいません、きついくびわもありません

おにんぎょうはこうおもいました

――いままでの事はわるい夢だったのかしら?

きっとそうにちがいない

おにんぎょうはむねをなでおろしました

もうこわがることなんてないんだ

おにんぎょうはいつものようにこえたからかにおともだちをよびます

――コンパロ、コンパロ。

でも、だれもこえにこたえてはくれません

おにんぎょうはふあんになってもういちど、もっとおおきなこえでおともだちをよびます

――コンパロ、コンパロ。

やっぱりへんじはかえってきません

そのかわり、ちいさなくろいもやがかのじょのめのまえにできました

―――

メディスンは可愛らしく首を傾げ、それを観察してみた。
黒というよりは深い紫をしたそれは、ふわふわとちいさなスズランの上に停滞している。
最初は危ない物かもとも思ったが、彼女の奥にある本能はそれを否定する。
そっと近付いて、指を伸ばす。
指が黒い靄に触れると同時にメディスンはある感覚に心を奪われた。
それは安心感。
例えるなら母の胎内に居るような(無論彼女は経験した事はないが)。
言いようもない安堵が彼女の心を包み込んだ。
他でもない。これは自分の親友そのもの。
メディスンは屈託のない笑顔を浮かべて『それ』に声をかけた。

――返事してくれてもいいじゃない!スーさん!!

笑顔が、凍りつく。
――……どう、して?
喉に触れてみるが、いつもと変わらない。
じゃあおかしいのはなに?
――どうして声が出ないの!?
彼女は焦った。
せっかく唯一無二の親友に会えたのに、声を交わす事が出来ない。
先ほどまでの怖い夢の事を聞いて欲しいのに。
不安な自分の傍に居てほしいのに。
どちらも、『それ』は叶えてくれない。
靄は大きくなってゆく。まるで小さなお人形を飲み込もうとするかの如く。
どうしよう、逃げるべきか?
頭の中で二人のメディスンが口喧嘩を始める。
『大丈夫だよ、スーさんだもん!親友でしょ?』
『駄目だよ、何か危ない気がする!逃げようよ!』

―――

こまったおにんぎょうはあとずさり

ふたつのあいだのびみょうなこたえ

しんじきれずに、うたがいきれず

『それ』はどんどんふくらんでいき

ついにはかのじょを

―――

肥大した靄は形を留めずに、やはりそこにただ存在し続けた。
まるで、哀れなお人形を見下すように。
――スー、さん?
返事はない。靄はただ依然そこにふよふよとあるだけ。
危害を加える気がないのだろうか、ただの杞憂だったのか。
ふよふよ、ふよふよ。

ふ、と眉間に寄せていた皺が消える。
そうだ。自分と『スーさん』は親友じゃないか。
なんで『スーさん』が自分を傷つける?
あり得ない事だ。それはもう、自分がスズランの毒に侵されるくらいあり得ない事。
確かに形は変だが、『スーさん』はスーさんに変わりはない。
――ごめんね、スーさん。
おずおずと、謝罪の言葉を述べる。
やはり答えない。
その代わり今度は、靄がまるで腕のように形作り、彼女の方に伸びてきた。
メディスンの肩に、『スーさん』の腕が乗る。
――心配してくれてるの?
触れられた途端、彼女の全身を支配していた緊張が嘘のように無くなった。

先ほど彼女はこれを『安心』と捉えた。しかし実際は違う。

『スーさん』がもう一本腕を生やし、今度は逆の肩に手を置く。
――大丈夫だよ、スーさんが傍に居てくれる、だけ、で……
安心は脱力。
全てを投げだせる状況だからこそ生き物は安心できる。
だから彼女は間違えた。
足から、腰から、肩から、腕から、全身から力が抜けていたのを自分は『安心している』のだと。
力が抜け、へなへなとその場に座り込むメディスン。
――う、嘘。これって……
同時に襲ってくる吐気と目眩。
これでは、これではまるで。
スズランの毒に、あたってるみたいじゃないか。

肩におかれていたはずの『スーさん』の手はじりじりと体の中心の方へと向かってくる。
それとともに強くなる身体の異常。

――どうして、どうして!?

喉にひたりと冷たい手が回される。
悪夢の中で出てきた首輪を付けられたような、命を握られているような錯覚に陥ってしまう。
幻覚?

違う。

実際に握られ、今まさにつぶされようとされているのだ。
毒人形メディスンは自身の毒によってその命を。

―――

ついにはかのじょをつかまえました

―――

―――

おおきなもやはなんにもいわず、ただただおにんぎょうをみてるだけ

―――

首を掴まれ、空中に引きずりあげられる。
やけに苦しい、それこそ死にそうなほどに。
人形が窒息死をするなんて聞いたこと無いし、そもそも人形が死ぬはずない。
じゃあこの圧迫感はなに?
喉をせり上がってくる物を堪え、『スーさん』を見つめる。
――どうして?

スーさん。
一人ぼっちの自分の唯一の親友。
親友、だった。親友だと思ってた。
なのに。

――どうして?

ピシリと音を立て、人形の心に亀裂が入る。
スーさんと一緒なら、怖い物なんかないと思っていた。
スーさんが居てくれれば、自分はきっと誰にも負けないと思っていた。
なのにせっかく会えたスーさんは、自分の事を拒絶した。
こうやって首を絞め、今にも自分を殺そうとしている。

『スーさん』だけだった。彼女が最初から頼りにしていたのは。
しかしその信頼は最悪の状況下で最悪の方向で裏切られた。
人の心は単純だ。自分に利がある人間は好きになり、害があるなら徹底的に嫌う。
人の心が単純なら、人形の心はどれほどだろうか。

喉を締め上げる靄の手首に当たる部分に手を伸ばす。
靄はつかめないはずなのに、いつの間にか触れるようになっていた。
当然か。でないと自分の首を絞められるわけがない。
――『スーさん』……なんか……嫌い
メディスンは歯を食いしばる。
ちいさな人形の中に渦巻くのは、恨み、憎しみ、怒り、悲しみ。
――お前なんか……!!
殺そうとする相手なんてもう親友なんかじゃない。
消えろ、消えろ、消えちゃえ。
――お前なんか!!
掴んだ腕を支えに顔を上げ、渦巻く怨嗟を言葉に変え、『それ』に吐きかけようとして。


―――

ちいさなおにんぎょうはきづきました

―――

メディスンは気付いた。
人の型に近づいていた『スーさん』に二つの窪みが出来ていた事に。
その二つの窪みから、キラキラと光る涙が流れていた事に。

戸惑いを隠せなかった。
(スーさんは、わたしを殺そうとしてたんじゃないの?)
力は弱まらない。今もまだ自分を殺そうとしているようだ。
しかし泣いているんだ。目の前の『スーさん』は。

―side:スーさん

その靄にぽっかりと穿たれた二つの穴はじっとメディスンを捉えている。
その眼と呼ぶにはあまりに不格好なそれに込められていたのは、怒り、悲しみ、悔しみ。
困っている親友を救う事も出来ず、傷つけてしまう事しかできない自身への、怒り、悲しみ、悔しみ。
もし声が出せたなら叫んでいただろう。『危険だから逃げろ』と。
もし傍に居られたのなら守ってあげられただろう、励ましてあげられただろう。
しかし、ただの毒である『スーさん』は余りにも無力だった。
力の弱まった親友を傷つけることしかできない。それは『スーさん』にとって、どれほど辛いことだったか。
唯一の親友、それは『スーさん』にとっても同じこと。だから、『スーさん』は。

二つの穴の下が裂け、もう一つ穴が生まれる。
出来上がった穴は口。声は出せないが、長年連れ添ってきた親友なら、きっと言いたい事は分かってくれるはずだ。
口は拙く形を変え、親友に『それ』の意志を告げる。

『ご』『め』『ん』『ね』

―――

おおきなもやはおもいきり、おにんぎょうさんをなげとばしました

―――

『スーさん』は気付いていた。
これ以上自分と彼女が一緒に居れば、間違いなく自分は彼女を殺してしまう事に。
だから、『スーさん』は願った。これ以上自分が彼女を傷つけない事を。

『それ』は新しく生まれた口に自嘲を浮かべた。
まさか始めて親友に伝える言葉が『ごめんね』だなんて。
いくらなんでも悲しすぎるじゃないか。

でも、平気だ。
彼女は強い。自分なんかが居なくてもきっと立派に生きていける。
二人だったら怖い物はない。
だったら一人だって大丈夫なはずだ。

メディスンの体がだんだんぼやけていく。
夢が終わる。最初で最後の二人を繋ぐものがとうとう終わりを迎える。
結局自分は彼女の首を掴んで、投げ飛ばしただけだ。
最後の別れがそれだけじゃ、やっぱり悲しすぎる。
最後の最後、これだけでいい。これだけ伝えられれば、もうこの世からなくなってしまっても構わない。

神様、どうか彼女に、自分の意志を伝えてください。

『ずっと一緒に居てくれてありがとう』
『これからもしあわせに』

―side:メディスン

投げ飛ばされて宙を舞いしたたかに地面に打ち付けられたはずだが不思議と痛みも何も無い。
……そっか、これ、夢なんだ。
さっきまでの怖かった夢が現実。変えようのない現実。
怖い妖怪に襲われたのも、スズランの毒にあたったのも。
でも、おかしいな。夢ならもっと面白くてもいいのに。なんでこんな悲しい夢なんだろう。
二人一緒に笑ってられる夢の方が、私は好きなのに。
立ち上がろうとするけど、上手く力が入らない。
視界がぼやけてくる。もうそろそろ、私は目を覚ますんだろう。

――スーさん
声は届かない。
でも、長い間一緒だった私達には声なんて関係ない。
私はじっと、スーさんを見つめる。

スーさんは、どうしてごめんねなんて言おうとしたの?
私を殺そうとしてたんじゃなかったの?

――スーさん……
呪詛は口からたやすく出そうになるのに、本当に肝心な言葉は喉に引っかかった小骨のように簡単に出てくれない。
身体を襲っていた寒気も、吐き気も、もう無いはずなのに震えが止まらない。
じっと目線を交差させる『スーさん』の目は、どこか悲しそうで。
まるで『今生の別れだ』とでもいいそうな。
そんなはずはない、はずなのに。
これからも一緒に居られる、はずなのに。

今なら分かる。
スーさんは私を殺そうとしたんじゃない、逃がそうとしたんだ。
私がスズランの毒で死んでしまわないように。
スーさんは私に死んでほしくなかった。
だから無理矢理、私を突き放したんだ。

私はどれだけ馬鹿なんだろう。
スーさんの気持ちも知らずに嫌いだなんて言って。
消えちゃえなんて言おうとして。

――スーさん!

嫌いなんて嘘だ。
消えちゃえなんて嘘だ。
もっと、一緒に居たい。だって私たちは大親友じゃないか。
私達二人でなら。二人が一緒に居られるなら。
怖いものなんてなにもない。

そうだよね、スーさん?

スーさんはなんにも言わない。
ただ、寂しそうに口の形を笑顔に変えるだけだった。

――待っててね
ようやく紡ぎだせたのは脈絡も何も無いその一言。
夢から目を覚ませば、また二人は離れ離れだ。
私はスズランに近づく事が出来ないただのお人形。スーさんは全てを傷つける毒。
どうして二人が離れなければいけないのかは、『まだ』わからない。
もしかしたら二人はこのまま一緒に居られないのかもしれない。
でも、そんなのおかしい。そんなの嫌だ。
私は今までずっとスーさんと一緒だったんだ。なのにそれが今日からダメだなんて間違ってる。
きっと、何かがあった筈なんだ。
スーさんと一緒に幻想郷を駆け回ったあの花の日のように。
何があったのかは今は分からない。
でも分からないんだったら、調べればいい。
――私、頑張るから!!
一人ぼっちだってかまわない。
それでスーさんと一緒に居られるなら、一人でだって怖くない。
確かに二人でいられた方が怖くないけど、我儘なんて言ってられない。
――だから……

続く言葉は強い風に、『スーさん』だったなにかと一緒に掻き消されてしまった。



古い日本の文献において、夢は『相手が自分を強く思うから自分の夢に相手が出るもの』と解釈されている。
現代とは全く逆の考え方であるが、それが昔では一般的だった。
では、昔と今の境界に存在している幻想郷では果たしてどちらの解釈なのだろうか。

人間に近づいた人形は、まだ眼を覚まさない。
彼女が呼んだ毒は一陣の風の前に霧散してしまっていた。
草に付いたまま蒸発しきれなかった朝露が風に揺られて彼女の頬を濡らす。まるで涙のように。
眼を覚ました時、彼女は夢の事を覚えているのだろうか。忘れているのだろうか。
それは彼女にどんな影響を与えるのだろうか。

風は止まらない。まるで小さな人形を励ますように、常に吹き続ける。

彼女の執念が生んだ必然か、風の悪戯が招いた偶然か。
彼女の伸ばした利き手には、地面と離れることで栄養供給を断ち切られ、毒を出せなくなった萎れたスズランが握られていた。



【D-7 無名の丘 一日目 朝】
メディスン・メランコリー
[状態]若干の疲労 心機能の低下による意識不明
[装備]懐中電灯 萎れたスズラン
[道具]支給品一式(懐中電灯抜き) ランダムアイテム1~3個
[思考・状況]気を失っているので、現在は不明

[備考]
 ※主催者の説明を完全に聞き逃しています。
 ※D-7周辺では現在南(エリア外)方向に風が吹いています
 ※夢の内容を覚えているかどうかは次の作者さんにお任せします


72:鳳凰卵の孵化 時系列順 66:
76:GSK 最高経営責任者 (2009) 投下順 78:黒猫の行方
70:Bitter Poison メディスン・メランコリー 83:ゆめのすこしあと

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最終更新:2009年08月26日 21:12
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