鳳凰卵の孵化

鳳凰卵の孵化 ◆30RBj585Is



「あれから14人が死んだ・・・みたいね」
ぽつぽつと建つ民家のそばを歩きながら藤原妹紅はつぶやいた。
でも、ただそれだけだ。それだけでは妹紅の心を揺さぶることなど出来ない。
こちらは長年、不老不死で生きていた。故に何度も知り合いの死を目の当たりにしてきた。
よって、今回の放送のような死者の名前を列挙するだけのような事に動じるわけがないのだ。
それよりも・・・

「私も、この中に入れるのかな・・・」
今の妹紅の内心は『羨ましさ』で溢れていることだろう。
傍から見れば異常に感じるかもしれないが、あくまで傍から見ればだ。
死ねない体ということがどれだけ苦痛なのか、それは体験しないと分からない。想像するよりもはるかに辛いということも、だ。
まぁ、なってみれば誰でも分かることだろう。そうすれば、すぐに思いたくなる。『死にたい』と。
だから妹紅は異常でもなんでもない。異常なのは死ねない体だけで、それが心をも異常だと見せかけているだけだ。
少なくとも、不老不死の一人である妹紅はそう思っている。

「・・・なんてね。みんなは死ぬのは嫌なはずさ。あの猫ちゃんのようにね」
森で会った猫妖怪のことを思い出す。
彼女の様子は明らかに怯えていた。理由は簡単、死にたくないからだ。
それなのに結局は死なせてしまった。自分のほんのわずかな悪戯心が原因で。
名前は知らないが、彼女の名前も放送で呼ばれていただろう。

「もう、あんなことは無いようにしたいね」
これに関しては流石に罪悪感を感じざるを得ない。
ただ、それだけでは何も意味を成さない。終わった命はもう元には戻らないのだから。
ならばせめての手向けはしてやりたい。そのために
「あの子のような犠牲を出さないために動いてみようかな。そう、死ぬのは・・・私だけで充分よ」
このくだらない殺し合いを潰す。
改めてそう決心した。


「さてと。私はちょっとやる事が見つかったわけだけど・・・」
妹紅はそう言うと、右手から炎を発生させる。
そして、とある方向を睨みつけながら言った。
「あんたはどうかしら?コソコソしていないで出てきなさい」


「あやややや。コソコソだなんて・・・滅相もございません」
妹紅が威嚇の眼差しを向けた先に居た者は姿を現した。
「あんたは・・・鴉天狗だったかしら?妖怪の山に住んでいるっていう」
「ええ、そうです。射命丸文と申します」
「知ってるよ。あんたは妖怪の中でも有名だからね」
射命丸文は妖怪の山に住む妖怪の中では屈指の実力の持ち主である。そして彼女は新聞記者でもあり、彼女が書いた新聞のこともあって幻想郷ではかなり有名である。
長年幻想郷生きている者であれば、彼女を知らないはずはないだろう。

「ははあ、それはそれは光栄であります~」
文は姿を現したところからへこへこと礼をする。その様子からして、殺し合いに乗っているような雰囲気は感じられない。
ただ、彼女は妹紅に見つかるまではずっと隠れて観察を行っていたのだ。
普段の彼女なら日常茶飯事だろう。取材のためには盗撮や不法侵入を平気で行いそうな輩なのだから。
しかし、今は違う。殺し合いと言う場においてまでこのような行動をとることは明らかにおかしい。
何かチャンスをうかがっている様な・・・そんな感じが否めない。

「で、あんたは何で私のことを探っていたの?」
妹紅はその疑問を聞くことにした。もちろん、手には炎をまとったままで。
脅してでも口を割らせてやる。そのような雰囲気である。
「あやや、焼き鳥はご勘弁を。話しますから、その炎をしまってくださいよ」
「・・・そう。わかったわ」
対する文は一向に攻撃するような素振りを見せない。
そう思った妹紅は、とりあえず文の言うとおり炎を消しておく。もちろん、万が一に備えて警戒はそのままだ。
「これでどうだい。これなら話せるだろう?」


「・・・まさか、本当に炎を解除してくださるとは・・・思いもしませんでしたよ」
「私は殺し合いに乗るつもりは無いよ。だから、あんたが何もしなければ無闇に襲うことはしない」
もっとも、殺しにかかるような奴は別だけどね。と妹紅は心の声で付け足しておく。

「じゃあ、今度こそ聞くよ。あんたは何で私を探っていたの?」
「そうですねぇ。簡単に言うと、あなたを警戒していました。それ以外には特にありません」
文はあっさりと、簡潔に答えた。本心なのかどうかは気になるところだが・・・
「警戒・・・ねぇ。妙な話だけど」
そもそも、警戒しているなら警戒されるような行動をとるのもいまいち腑に落ちない。
そう思った妹紅だったが・・・

「そんなことを言われましても・・・あれを見ていたら、誰だってそうしたくなりますよ。おお、怖い怖い」
『あれ』ってなんだ?
それに、文の明らかな怯え様・・・。彼女は何か危険なものを目撃したのだろうか。
「・・・何があったの?」
妹紅は尋ねた。どちらかというと、好奇心からだ。
ただ、それはとても意外なものだった。

「霊夢さんが、この殺し合いに乗っているみたいです。信じがたいことですが・・・」
今、なんて言った?
「霊夢って・・・あの紅白の巫女のこと?」
間違いないかどうか、もう一度確認してみる。
「はい、紅白のほうです。緑色でも紫色でもありません」
もう一度聞いても、答えは変わらない。つまり、文が言うには霊夢がゲームに乗っているということである。

「ふーん、そいつは意外ね。私が知る限り、霊夢は異変解決の専門家だったと思うけど」
とはいえ、妹紅が霊夢に関する知識はこれだけだ。
別に霊夢とは親しい関係にあるわけではない。第一、初めて霊夢と出くわした時だって当時はあれが霊夢だということを知らなかったくらいなのだから。
だから、妹紅としては霊夢がどうであろうが知ったことではない。驚いたのは、彼女の方針が意外だったからだ。

「『ふーん』って・・・。驚かないあなたにも驚きですよ、私は」
文は信じられないという風な目で妹紅を見る。
「まぁ、私は霊夢のことは良く知らないからね。あんたが思うような反応はできないわ」
それに対し、妹紅はあっさりと答える。
簡単に言うと、『それがどうした』というやつだ。これが無知ゆえの反応なのだ。仕方がない。

「は~あ、あなたは気楽ですねぇ。私なんてとってもショックでしたよ。
霊夢さんならこんな馬鹿げたゲーム、さっさと解決してくれる。そう思っていた私をあの人は最悪な形で裏切ってくれたんですよ?
なんですか、これは。酷すぎますよ!あなたもそう思いませんか!?」
妹紅の態度があまりにも素っ気無かった所為か、文の口調が徐々に怒り気味になってきている。
妹紅は何も悪くないのに、文の言い方はもはや八つ当たりといってもいい。

「わかったよ。悪かった、ごめん」
だが、それだけに今の文の気持ちは妹紅には嫌と言うほどに伝わった。知人や信じていた者が殺し合いに乗っているという事実は確かに辛いであろう。
現に、もし慧音が殺し合いに乗っているとしたら・・・考えたくもない。
だとしたら、文が最初に姿を隠して監視していた理由も想像がつく。
信じていた者が殺し合いに乗っているのだ。それを見れば、以降は誰が相手でも警戒した
くなるものだろう。

「・・・分かればいいですよ。それに、私も無関係なあなたにあたってしまって申し訳ありませんでした」
怒りを発散させたからなのか、文の態度はすぐに元の礼儀正しいモードに戻っていた。
しかし、やや気力が抜けた様子はまだ感じられる。仕方のないことだろう。
とはいえ、今の文なら余計な心配はしなくてもいいだろう。何たって、幻想郷ではトップクラスの実力と智謀を持っているのだから。そうやすやすと死にはしないはずだ。

「いいよ、謝らなくたって。それよりも、霊夢の何を見たの?」
そういえば、盛んに霊夢が殺し合いに乗っているようなことを言うが、何を見てそう思ったのかが気になる。
あれだけ文に変化を与えたのだ。大きな出来事に違いないはず。

「人里で、ルナサさんと阿求さんが殺される様子を見てしまいました。あれは凄かったですねぇ」
その質問に対し、まるで待ってましたというような雰囲気で文は説明する。情報を伝えるのは新聞記者としての職業柄なのだろうか。
いや、そんなことよりも・・・

「人里で、だって?それに阿求が・・・?」
「はい、確かに人里でした。詳しくは、阿求さんの家だったかと」
これに関しては流石に驚きを隠せなかった。
人里は妹紅が友人の慧音を通してよくお世話になっているところだ。そこはとてもよい環境で、守ってやりたい場所だとも感じられた。
そんな場所に人殺しが紛れ込んでいる。想像するだけでも解せない。
それに、犠牲者の中に阿求がいるとのこと。彼女は一切戦う能力は身についておらず、そうでなくても誰かを傷つけたりするような子じゃないはず。
そんな彼女を殺す。無抵抗だろうがなんだろうがお構い無しということか。



「私から言える霊夢さんに関する情報は以上ですね。分かっていただけましたか?」
「うん、よく伝わったよ。まことに酷い話だったね・・・。あんたにとっても私にとっても」
「というわけで、今は人里には行かないほうがいいですね。
2人が殺されたのは放送が始まる直前でしたから。霊夢さんがまだそこにいる可能性は高いでしょう」
人里に近寄るな。確かにその通りだろう。人殺しが潜んでいることが分かっている場所なのだから。
命が惜しければ、余程の実力がない限りは確かに行きたくなるだろう。
だが・・・

「そう。だったら、尚更そこに行かないといけないね」
妹紅は違った。
「・・・本気ですか?」
どう見ても自殺行為だ、と思われているんだろう。妹紅は思う。
だが、それにはちゃんとした理由がある。
「人里で暴れるような奴をそのまま放っておくわけにはいかないわね。
それに、阿求があそこにいたのよ。慧音だって居るかもしれないし、そうでなくてもあそこに向かう可能性だって充分にあるわ。
そうなると、慧音も危ないでしょ?あいつは満月でなくとも充分強いけど、流石に霊夢が相手じゃ厳しいからね」
つまり、そういうことだ。
死ぬ者がいるのは殺す者がいるからだ。つまり、殺す者がいなくなれば死ぬ者もいなくなる。
そうなると、死者を出さないにはどうするか。
答えは簡単だ。殺す者がいなくなればいい。


「だから私は人里に行くよ。殺し合いを止めるには、まずは殺す奴を抑えないといけないからね。
なに、大丈夫だって。私ゃ、不死の人間だからね。それはあんたも知っているでしょ?」
妹紅は人里の方向へと足を動かしながら言う。
その言葉と声色は決意がこもったものだった。もう、なんと言われようが変わることはないだろう。

「・・・そうですか。そこまで言うなら私は止めませんよ。どうなっても知りませんけど」
ここまで言われるとなると、文の口でも止められない。
そのため、文は諦めたような顔をしながら地面に置いたスキマ袋を拾い、妹紅とは反対方向に向かって歩き出す。

「私はこれから妖怪の山に向かいます。山の仲間がいるかもしれませんから。
よって、あなたに付いていくことは出来ませんが・・・」
「いいよ、別に。私個人の問題に、あんたまで付き合ってもらおうなんて思ってないわ」
「そうですか。ならば、せめてあなたが知っている情報を私に教えてくれると助かるのですが・・・」
「分かったわ。時間が惜しいから簡潔にだけど、それでもいいかしら?」
「ええ、構いませんよ。時間が惜しいのは私も同じですから」




数分の間、妹紅と文は情報交換をした後に別れることになった。
妹紅は人里へと、文は妖怪の山へと。


そして今、人里へ向かう妹紅は・・・

「ふぅ、あの鴉天狗・・・私のことを変だと思っているだろうね」
やはり文には、自分は死にに行くと思われているんだろう。
それは断じて違う。・・・とは正直、言い切れない。
なぜなら、これから死地に向かうはずなのに死に対する恐怖が出てこないのだから。
普段、死に慣れているからなのか。それとも、自分の心の底では死の願望があるのだろうか。
…いや、理由は考えるだけ無駄だろう。考えると行動に支障をきたす。そう思えてならなかった。

そう、今は殺し合いを潰すために動くべきだ。
前にも述べたが、これは罪滅ぼしでもある。
この6時間の間に死んでしまった14人の人妖に対する謝罪のために。
その中でも、自分の大人気ない悪戯の所為で死んでしまった猫の妖怪のために。
そのために妹紅は歩き出す。
その彼女の瞳は・・・不死鳥のような熱い炎で満ちているようだった。


「ねぇ、猫ちゃん。これでいいんでしょ?あんたは私にこんな風に動いてほしかったんでしょ?
大したことは出来ないかもしれないけど・・・死なない程度には頑張らせてもらうわ。
だから・・・今は安心して眠っていなさい」



【C-4 人里の辺境 一日目・朝】
藤原 妹紅
[状態]健康
[装備]水鉄砲
[道具]基本支給品、ランダム支給品1~3個(未確認)
[思考・状況]基本方針:ゲームの破壊及び主催者を懲らしめる。
1.人里で暴れている霊夢を止める。
2.慧音を探す。
3.首輪を外せる者を探す。
※黒幕の存在を少しだけ疑っています。
※再生能力は弱体化しています。





ここで、視点を文に移してみよう。
彼女は今・・・


「計画通り」
妹紅と別れた後、文が最初に言った言葉がこれだ。
明らかに直前にあった出来事とは場違いな発言だ。しかも、文の顔は歪んだ笑みを浮かべている。
これはどういうことだろうか。

「・・・まぁ、予定していた内容とは違っていたけどね。妹紅さんに見つかったときは本当に焦ったわ。
とはいえ、これで妹紅さんは霊夢さんのいる危険な場所に行くことにはなったんで、これでよしとしましょうか」
文はそう言いながら、妹紅が向かっていった先を見つめた。
「さ~て、妹紅さんはこれからどんな運命を辿るんでしょうねぇ。次の放送が楽しみだわ」
つまり、そういうことである。


文は最初に妹紅を見つけたときに、どうにかして彼女を人里へと向かわせようと考えていた。もちろん、狙いは霊夢との接触である。
そのため、最初は妹紅を監視して彼女の様子をうかがうことから始めた。
結局、数分もしないうちにばれてしまったのだが・・・。流石に輝夜といつも殺し合いをしているだけに、気配を読むことには長けていたようだ。

だが、予定が少し狂った程度では知恵に優れた鴉天狗は揺るがない。
職業柄、他の人と接する事が多い文は、その経験を生かすことでそのときの雰囲気に合った会話に持ち込むことは朝飯前だ。
そこから妹紅を人里へと向かわせるような話の内容にもちこむ。もちろん、相手の性格に合わせて・・・だ。
よって、今までの妹紅との会話は全て演技。人里に行かないように忠告したことも彼女を心配するような発言も何もかも全てだ。これらの要素は、会話を円滑に進めるための歯車に過ぎない。

予期せぬ事態にはなったものの、成果として妹紅が知っている情報も入手できた。満足な結果といえるだろう。
それが今後、どのような場面で生かせるかどうか。流石にそこまでは今の文では想像もつかない。
だが、利用できる情報はどんどん利用する。これが、文の考えているゲームに生き残る戦略だ。
現に、妹紅には情報を与えるだけで死地へと動かせた。情報というものが、伝える人によっては大きな武器となることが照明された証である。
毎日のように幻想郷の住民に情報を与え、狡猾な性格の持ち主である文だからこそ出来る芸道だろう。



これでまず一人目。もちろん絶対に死ぬわけではないが、危険性は高まっただろう。
今後もこのような方法で参加者を死地に追いやり混乱させる。想像するだけでも楽しくて仕方がない。
「さて、次は私にどんなネタが舞い降りるか・・・楽しみにしておきましょうか。もっとも、殺されるのは勘弁だけどね」



【C-4 一日目・朝】
【射命丸文】
[状態]健康
[装備]短刀・胸ポケットに小銭をいくつか
[道具]支給品一式、小銭たくさん
[思考・状況]情報収集&情報操作に徹する。殺し合いには乗るがまだ時期ではない。
※妹紅が知っている情報を入手しました。


70:Bitter Poison 時系列順 77:ふたりはいっしょ
71:屍鬼 投下順 73:沈まぬ3つの太陽/いつか帰るところ
53:死より得るもの/Necrologia 藤原妹紅 75:灰色に交わる道の先で
44:Luna Shooter 射命丸文 88:文々。事件簿‐残酷な天子のテーゼ‐

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最終更新:2009年08月08日 01:22
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