文々。事件簿‐残酷な天子のテーゼ‐

文々。事件簿‐残酷な天子のテーゼ‐ ◆Sftv3gSRvM



 僅か数間先の立ち木も判別出来ないほどの濃厚な蒸気霧。
 霧の湖という二つ名を冠するとはいえ、これ程の濃霧は久しくお目に掛かった事がありません。
 超常現象とまでは言わないですが、何か作為的なものが感じられますねー。
 ま、これは私の勘なんだけど。真実を的確に追い求めるには、それ相応の嗅覚と鋭敏な感性が必要不可欠なのです。

 と、いうわけで皆さん御機嫌よう。
 毎度お馴染み、清く正しい辣腕リポーターこと射命丸文は、ただ今霧の湖を探検しております。

 ……ん? 何故ここにいるのかって?
 やだなぁ。別に深い意味なんてないですよ?
 ここに来てからというもの、飛行する度に体力を大きく消耗するので、大胆な移動が困難なのです。
 だから、力を小出し小出ししながら、近場でネタを集める方針を取らざるを得ないわけですよ。
 そこでとりあえずの目的地として定めたのが、吸血鬼の根城である紅魔館。
 彼女たちの時間である夜が明けた以上、手篭めにされる危険も少ないかな、と英断してのことです。
 多少のリスクで及び腰になっているようじゃ、とてもとても新聞記者なんてやってられませんからね。

「……尤も、今の私は記者でも何でもないけどね」

 情報収集も不特定多数の購読者の為じゃない。自分が優位に立つため、生き残るために集める。
 だからこそ必死にもなるし、手段を問うつもりも更々ない。
 手段といえば、……藤原妹紅はそろそろ人間の里についている頃合だろうか?
 巫女の情報を与えて彼女の正義感を煽り、相対するようけしかけた。いわゆる二虎競食の計というやつだ。
 嘘はついてないし、彼女も意気揚々と自分の信念に赴いた。そこに『ぶれ』なんか何一つとして生じていない。
 とりあえずの結果は、次の放送までのお楽しみということで置いといて、今は妹紅さんから得た情報を少し整理してみるとしましょうか。

 得られた情報は大まかに分けて二つ。
 一つは、妹紅さんから不死の力が消えてしまったかもしれない、という事。
 これは私自身にも心当たりがあるし、然程驚く事でもない。参加者全員の力が制限されている裏付けが取れた程度ね。
 もう一つが、化け猫の首なし死体を見つけた事。放送から鑑みて、八雲の猫のものに間違いないでしょう。
 そしてその下手人と思われる人物が、桃を飾った特徴的な帽子を被っている蒼髪の少女らしく。
 何度か取材した天人が、確かそのような外観だったと記憶しているけど、果たして真相は謎。
 ……結局、大きな収穫はなかったってオチなんだけど、贅沢を言ってられる状況でもないし、こればかりは仕方ないわね。

 それにしても本当にひどい霧です。
 前は碌に見えないわ、服は湿気でベトベトするわでいい事なんか一つもありません。
 あまり目立ちたくはないけど、ここからは空を飛ぼうかな、と迷っていた矢先。
 うっすらと、何か大きな影のようなものが、私の視界に入りました。
 森の湖畔にはおよそそぐわない、不自然なまでに隆起した岩山と、その傍にポツン、と置いてある一台の荷車。
 こ、これはアレですよ。ネタの匂いですよ。きっと山の神様の思し召しです!
 やっぱり日頃の行いが事の明暗を分けるのです。清廉潔白に生きている私には、それ相応の見返りがあるという道理なんですね!
 ひゃっほー、と歓声をあげながら、私は事件現場に向かって羽のように軽くなった足を速めました。






「……ぁ~」

 テンション暴落。だだ落ちだわ。いや、別にそんな気に病むことでもないんだけどね。
 謎の岩山はいいんですよ。
 誰が作ったのかは大方見当がつきますし、中に人の気配があるから篭もったまま気絶しちゃってるのかもしれません。
 問題は荷車の方。というよりそれに積んである死体がよろしくないのですよ。私の精神衛生上。
 神社の倒壊事件の時に取材した竜宮の使いと、私の同僚である哨戒天狗の死体。
 竜宮の使いの死は、放送で聞いてたからそれほど驚きませんでした。第一、仕事上いくつか言葉を交わした程度の関係ですしね。

 でも椛は、……破損が酷過ぎて最初誰のものなのかわからなかったくらい、酷い有様だった。
 あーあ、何やってんのよもう。そりゃ誰が死のうと知ったこっちゃないけどさ。
 こんな形で顔見知りと再会するのはやっぱ、ね。それなりに堪えるわけですよ。私にだって情くらい通ってるんだし。
 とりあえず胸ポケットから小銭を取り出し、椛に向かって放っておいた。六文銭。意味のない手向けだけど、これで迷わず成仏しときなさい。

 今のところ特に危険な気配は感じない。でも霧で視界は悪いし、あまりここに長居するべきではないかもしれない。
 ……はぁ。客観的に状況を見据えるのが記者の基本だというのに、こんな事で揺れないでよ自分。
 地に足がついていなければ、歯車は安定して回らない。そして、機能しない歯車の末路があれだ。私はああはなりたくない。

 椛のことを頭から追い出して、手早く荷車の中身を調べることにする。
 死体の他には、中身のないスキマ袋が一つだけ。あわよくば支給品の一つでもと思ったけど、世の中そんなに甘くはないみたい。
 本当だったら、このまま紅魔館に向かうのが一番得策だとは思う。
 当事者がいないことには、ここで唸っていても得られるのは事実だけ。真実を知る事が出来ない。
 時間はあくまで有限。その限られた猶予を効率良く、有効に活用するのが、この殺し合いにおいて掲げた私のモットーのはずだ。

「……でも」

 同時に知りたい、と願っている私がいる。
 ここで何があったのか。誰が椛を殺したのか。
 ……え? 敵討ち? あやややや滅相もない。でもまぁ、顛末を知って納得したいという気持ちはあるんですよね。
 単なる興味本位、天狗の好奇心が起こした気紛れとでも思っておいてください。
 それに、真相の手掛かりなら簡単に手に入れる事が出来るのです。
 何しろ私のすぐ隣には事件の生き証人が眠っているわけですし。……引き篭もってますけど。

 しかし問題は、どうやってこの岩の壁を取り除くか。
 全力で弾幕を行使すれば壊せない事もないけど、それだと中の人まで被弾する恐れがあるし、体力はなるべく温存しておきたい。
 もしかしたら、巫女のような危険人物かもしれないですしね。
 そういうわけでまずは外側から声をかけて、覚醒を促してみることにしました。

「起きてくださーい! 朝ですよー!」
「……」

 返事がない。ただの……って、まだ生きてるわよね?

「もう、さっさと起きてくれないと困ります。ここ霧が濃すぎて居心地が悪いんですよ。
 ねぇ聞いてくれてます? あ、申し遅れました。私、鴉天狗の射命丸文と申します。
 何の因果かこんな殺し合いに巻き込まれ、途方に暮れていたところ、追い討ちを掛けるかのように同族の死体を発見してしまってですね。
 ―――嗚呼無惨! 聞くも涙、語るも涙の物語! 孤独に震え、悲嘆にくれるこの卑しき妖怪を少しでも哀れむ心があるのなら!」
「……煩いわね」
「あ、おはようございます。ご無事のようで何よりです」

 どうやら私の悲壮感溢れる独白に心打たれてくれたらしい。最後まで言えなかったのが少し残念。
 私の声で起きたのか、私が来る前から起きていたのかは定かじゃないけれど、話ができるならどっちでもいいや。






「ところで『天人様』は、私のことを覚えててくれてます?」
「……呼ばれもしないのに湧いてくるブン屋でしょう? 食えない所は相変わらずのようですわね」
「いやぁ、何となく要石を連想しただけで。確信したのは声を聞いてからですよ?」
「私は今休憩中よ。放っておいてくれないかしら」
「駄目ですよ。そうやって自分の殻に閉じこもってると、相手との向き合い方を忘れてしまいます。何より私が取材しにくいじゃないですか」
「……」

 あーあー。また厄介なのに絡まれたこと。
 寝起きの頭にガンガン響く、その鬱陶しい口を黙らせてやりたい衝動に駆られるけど、ここは我慢我慢。
 左肩腕の決して小さくない負傷、力の多用による極度の疲労。そして、無茶を重ねた代償なのか、割れるような錯覚を伴う酷い頭痛。
 今の私―――比那名居天子―――のコンディションは最悪もいいところだわ。
 幾らなんでもこの状態でまだ戦えるなどと思うほど、私の頭はお目出度くない。
 幸いなことに、最後のいたちっ屁で作った岩のシェルターはまだ効力を失っていないらしく、とりあえずの安全は確保出来ている。
 ……しかし、相手は天狗。 天狗にもピンキリはあるし、彼女とは実際に戦ったこともない。
 それでも目の前のブン屋が、このゲームの参加者の中で上位に位置する実力者であるのは、私にもわかった。
 得体の知れない相手に、こうも無防備に話しかけるなど、よほどの自負心がなければとても出来ないだろう。
 先ほどの猫耳と同等か、或いはそれ以上。……あ、やば。何だかすごくワクワクしてきた。

 私、今大ピンチじゃん。命の危機ってやつに瀕してるんだ。

 思考を巡らせ、現状を理解すればするほど、私の口元が三日月のように吊り上がった。
 死に対する不安や恐怖は当然あるし、どうやったら助かるかと錯雑もしている。
 だけど、それ以上に高揚した!
 退屈とはおよそ無縁の非日常が齎す興奮は、私に生の実感をこれ以上ないほど与えてくれる。
 ……なんて楽しい、素晴らしい『お遊戯』なのかしら。
 世俗のしがらみから解脱した天人ですら生死に怯え、少しでも永らえようと抗うこの世界では誰もが平等。
 これこそが摂理。愛だの弾幕だのといった不純物を一切取り払った、生物間のあるべき姿なのよ!
 さぁ足掻きなさい私! もっともっと楽しむために、もっともっと生の刺激を得るために!

「……取材、ですって? 今の所、戦う意思はないと受け取ってもいいのかしら」
「そうですね。勿論、天人様の出方次第ですけど、私から仕掛けるつもりはありませんよ」
「貴方、……何が目的なの?」
「私は真実が知りたいだけなんです。喧嘩は嫌いですし、なるべくなら揉め事は起こしたくありません。
 長い物には巻かれつつ、参加者の皆さんの情報収集に勤しむ。これが私のスタンスです。
 ……そういうことですので、よろしければお話を聞かせてもらえませんか?」

 とりあえず、会話を長引かせて少しでも回復の時間を稼ごうと思ったんだけど……。
 さて、一体どこまでが本心なのかしらね。
 話を聞きたいという姿勢に嘘はないだろう。そうでなければわざわざ私を起こそうとしたりはしないはず。
 でも、彼女の話からは『生き残りたい』という願望が曝け出されてない。具体性もない。本音に近い事を言って誤魔化しただけ。
 私の見立てでは、この天狗も殺し合いには肯定的。
 それも、どこまでいけるか自分の力を試したいと考えてる、私と同じ無差別タイプの参加者だわ。
 ……本当に残念な話。私の体調さえ万全なら、さぞ血湧き肉踊る戦いが楽しめたでしょうに。
 ま、叶わないのならば仕方ない。ここは弱みを見せない程度に話を合わせて、見逃してもらうとしますか。
 人減らしよりも聞き込みの方を重要視するという事は、彼女なりの優先順位があるのでしょう。
 私もブン屋の情報とやらには興味があるし、ね。

「そこにある荷車は、天人様のご趣味ですか?」
「……。それは猫の妖怪の持ち物よ。私もコレクションの一つにされかけたってわけ」
「はて、猫? 猫はもう死んで……ああ、地底にいた火車の方ですか」
「知ってるの?」
「いえいえ。どこへ行こうとやる事が変わらない、私みたいな妖怪がまだいるってだけの話です」

 話に応じるとはいっても、私が持っている情報など高が知れている。
 猫二匹と不死者に会った。話せることといえばそれくらいだし。
 何を思ったのか、ブン屋は少し調子を変えて、冷たい声色で次の質問を投げ掛けた。

「……で、その猫はどこへ?」
「さあ? ご存知の通り、さっきまで気を失っていたもので」
「ふむ……。ではぶっちゃけた質問してもいいですか?」
「どうぞ。私に答えられることならね」
「八雲の式の式を殺したのは貴方ですか?」
「ええそうよ。……それがどうかしたの?」
「あらあっさり。もっと動揺してくれても良さそうなものですのに」

 私からすれば貴方の反応の方が意外よ。このゲームの意味をちゃんと理解しているのかしら?
 事実確認だけが目的らしく、天狗はそれきり何も追及してこなかった。
 そして、これ以上私から引き出せる情報はないと判断したのか、天狗は次に自分の持ち札を提示した。
 と言っても教えてくれたのは二つだけ。
 博麗の巫女が人間の里で参加者を殺していた事と、不死者がその巫女を止めに向かったって事くらい。
 ふーん、くらいの感想しか湧かないけどね。
 巫女の事はそんなによく知らないし、不死者も勿体無い気はするけど、代わりなんて幾らでもいるからそこまで執着する気もない。
 でも、それを知った時の八雲紫の顔は見てみたいかも。……ふふ、想像したら可笑しくなった。相当ショック受けるだろうなぁ。






「―――ま、こんなとこかな。
 では、私はこれにて失礼しますね。応対してくれてありがとうございましたっ」
「……ちょっと待って。貴方、本当に私をこのまま見逃すつもり?」
「はい? 殺されたいんですか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「だって私には、天人様の行動を止める理由が何一つありませんもの。ですから―――


 ―――精々、ご奮闘なさって下さいね♪ もちろん、私のいないところで」


 ……そういうコトかよ。やっぱ性質悪いなぁこいつ。
 前言撤回。こいつは来るもの拒まずの獅子ではなくただのハイエナだ。漁夫の利狙いで勝ち残るつもりなのね。
 私と雌雄を決したければ、戦って生き残りなさいってか。
 上等。八雲紫の次は貴方よ、―――射命丸文。その名前覚えといてあげるわ。

 天狗がどこかへ飛び立つ音を聞き届けてから、ようやく岩の壁を引っ込めた私はふー、と息を吐いて近くの幹に寄り掛かり腰を下ろした。
 天人五衰というものがある。
 半不死であるはずの天人が、最期を迎える直前に生じる五つの兆しのことだ。
 小の五衰の生じている間は、死を転ずる事も全く不可能ではないけど、ひとたび大の五衰が生じた上は、最早死を避ける事ができないとされている。
 服は泥や血で薄汚れちゃってるし、汗もかきまくってて気持ち悪い。少なくとも大の五衰の一つである『脇下汗出』には抵触しちゃってると思う。
 つまり何が言いたいのかと言うと、眉唾とはいえ、私は天人として既に死刑宣告を受けちゃってるってこと。
 私に終止符を打ってくれるのは、果たして誰なのかしらね。
 八雲紫? 巫女? 不死者? ……それとも先ほどの天狗?

「……あは。は、ははははははは!」

 笑いが止まらない。何が可笑しいって、私があいつらにやられる姿が想像出来ない。
 試しに何度シミュレートしてみても、勝利の美酒は当然のように私のモノ。最後に笑うのはこの比那名居天子と確定している。
 殺せるものなら殺してみろ!
 この非想非非想天の娘を止められる自信があるというのなら、止めてみるがいい!
 死の恐怖もまた乙なもの。一歩間違えれば踏み越えかねない死線ギリギリの緊張感は、私にとって有頂天のスパイスよ!!
 休息を求める身体がもどかしくて堪らない。こんなにも、こんなにも心は火照っているのに!

「人間の里……か。人心地ついたら行ってみましょうか。甘露甘露。本当に『ここ』は退屈しなくてすむわァ」

 逸る心を抑えて私は待つ。ひたすらに次の相手を想像し、次に待ち構えるスリルを夢想しながら。



【C-3・霧の湖南西部周辺の森・一日目・午前】
【比那名居天子】
[状態]能力発動による疲労(極大)左肩に中度裂傷、左腕部に重度打撲 頭痛
[装備]永琳の弓、 朱塗りの杖(仕込み刀) 矢*12本
[道具]支給品一式×2、悪趣味な傘、橙の首(首輪付き)、河童の五色甲羅、矢5本
[思考・状況]
 1.ひとまず休憩。動けるようになったら人間の里に向かう。
 2.八雲紫の式、または八雲紫に会い自らの手で倒す。
 3.残る幻想郷中の強者との戦いを楽しむ。第一候補は射命丸文。

 ※橙のランダムアイテムは河童の五色甲羅でした。
 ※燐の鉄球を防御した後、スキマ袋は開けていません、中の道具が破損している可能性があります。
 ※リヤカー{死体が3~4人ほど収まる大きさ、スキマ袋*1積載(中身は空です。)}はC-3南西部の森湖畔沿いに安置されています。






 辺り周辺に覆われた、雲のような濃霧を自慢の翼で突き抜けて。
 私は眼下に広がる透明色の湖を見下ろしながら、先程までの邂逅を思い返していました。

 くわばらくわばら。
 あの方はおっかないですね。巫女とは別の意味で頭の螺子が飛んじゃってます。
 殺戮に躊躇がない。それは巫女も一緒ですけど、それでも彼女は心を凍てつかせて、機械のように遂行いる感がありました。
 でも、天人様は違います。奪うことを忌避とせず、自分の行いが絶対の真理であると確信してるのです。
 蝶の羽を無邪気に捥ぎ取る子供のような、穢れなき加虐心。迷いがない分行動も早いでしょう。
 記事の見出しは、『悪逆非道! 残酷な天人様はやはり格が違った!!』ってトコですかね。
 今は運良く弱ってくれてたみたいだけど、立て直されたらどれだけ被害が及ぶか想像もつきません。

「だからこそ、生かしておく価値もあるんですけど。私は応援してますよ。『同志』としてね」

 あのタイプは沢山の参加者を殺すでしょう。しかし、長生き出来るかと言えばそうでもありません。
 生きて再び会い見える事になれば、それはそれで楽しい事になりそうですが、はてさてどうなる事やら。
 一応、人間の里に興味を持ってくれるよう仕向けたつもりですけど、あの方の考えはイマイチ理解出来ませんからね。
 ですが、天人様を通じて私の素性が言い触らされる心配はないでしょう。
 あの方はそういうせせこましい事は考えないと思いますし、第一殺人鬼の言う事です。誰も信用なんかしてくれませんよ。
 というわけで結局、彼女との話を通じて得られたものといえば。

「……火焔猫燐、ねぇ」

 是非、お話を伺ってみたい参加者が一人増えてしまいました。
 私と会うまでどうか生き延びて下さいね。
 どういった経緯で椛の死体を手に入れたのか、根掘り葉掘り聞き込ませて頂きますから。
 もし貴方が椛をあんな姿にしたというのなら、その時は……。

 ……ってあれ? 私、何熱くなってんだろ。
 別に彼女をどうこうしたいわけじゃないのに。ただ話を聞きたいだけの……はず……なのに。
 や、やだな。一時の感情に流されたら、きっとロクなことにならないよ。忘れろ私。さっさと忘れちゃえ。……うん。
 冷静に、真下にある湖を眺めるように、俯瞰視点でこの殺し合いを見届けなさい。
 組織の歯車として傍観者に徹する。それこそが狂った日常に対する私の自衛手段。私の道よ。

 なのに、どうしてこんな時に椛の笑顔を思い出すの?
 この湧き上がるような感情は一体何だろう。抑え難い。抑えたくない。

 よくも椛を! (あんな間の抜けた子、どっちにしても生き残るなんて土台無理な話だったわよ)
 椛なんか別にどうだっていいじゃない(必ずや私の手で制裁を下してやるわ……っ)

 相反する二人の私が、こころの内で言い争っているような……気がする。
 どちらも紛れもない自分の本心だというのがまた、始末に負えない。こんなの全然いつもの私じゃないわ。
 もしかしたら私も、知らず知らずのうちに、ここの空気に当てられてしまったのだろうか。
 それともこれも制限? 身体だけでなく心にまで影響を及ぼしているという……の?

「……馬鹿馬鹿しいッ」

 その一言で切って捨てた私が俯いていた顔を上げると、視線の先に紅い洋館が見えてきた。
 下らない葛藤している間に、どうやら目的地のすぐ近くまで辿り着いていたようだ。
 とにかく今は、椛のことも火車のことも忘れなきゃ。自分のペースを取り戻さないと。
 そうしなくては自分を保てそうにない。この先、生き残ることが……出来ない。

 ―――というわけで皆さん。お見苦しい所ばかりお見せしてすいませんでしたー。
 以上をもちまして、清く正しい射命丸の『霧の湖現地レポート』を終了とさせて頂きますね。
 またいつか、お会い出来る日を楽しみにしています。ではでは~。



【C-3北端 霧の湖上空 一日目 午前】
【射命丸文】
[状態]健康
[装備]短刀、胸ポケットに小銭をいくつか
[道具]支給品一式、小銭たくさん
[思考・状況]情報収集&情報操作に徹する。殺し合いには乗るがまだ時期ではない。
1.情報収集のため紅魔館に行く。
2.燐から椛の話を聞いてみたい。
※妹紅、天子が知っている情報を入手しました。
※本作中は、昼(10時~12時)に限りなく近い午前となっています。

84:うたかたのゆめ(後編) 時系列順 89:朱に交わる/切れた糸(前編)
87:Interview with the Vampire 投下順 89:朱に交わる/切れた糸(前編)
78:黒猫の行方 比那名居天子 96:ブラクトンへの伝言
72:鳳凰卵の孵化 射命丸文 95:エスケープ・フロム・SDM

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最終更新:2009年09月01日 22:07
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