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月兎/賢者/二人の道 ◆Wi98RZGLq.




もぐ、もぐ、もぐ。

ごく、ごく、ごく。

食べて、飲む、ごく普通の生理行動。
昨日までは普通にしてきたこと。

だが今、握り飯はまずく、水は苦く感じる。
そして自身の体から立ち上る血のにおいが吐き気を誘う。
それでも食べなければならない。
彼女はもう半日の間、なにも食べていなかった。

兎は静かに食事を続ける。





気がつけばあたりの景色は変わっていた。
八意永琳は魔法の森を抜け人間の里への道を歩いていた。

「姫様、無事でいてくださいよ」

人間の里、あそこは魔法の森に並んで人が集まるであろう場所になるだろう。
民家に残された日用品は有効な武器にも、手当ての道具にもなり。
森とは別の障害物――民家は、逃げて隠れるもよし、待ち伏せするのもよし。
殺し合いに乗ったものもそうでないものも、集まるところ。
それが今の人里だ。

たちまちのうちに、魔法の森の姿が後方に消える。
彼女は体力を消費しないように走ってはいない。
それでも、普通の人間の走る早さとさほど変わらない速さである。
まあ、俗に言う早歩きで八意永琳は道を駆け抜けている。

ただひたすらと、土着神の言葉を信じて。


もくもくと歩いていると、とある顔が頭に浮かんできた。

「そういえば魔理沙との約束、果たせないわね」

魔理沙のことだ、今頃約束どおりG- 5で首を長くして待っているのだろう。
少し心は痛む、だが今は姫が第一。
G- 5なんて正反対に行く余裕はない。


空を見上げると、青空に白い月が見えた。
もしかしたら、姫を月に返していたら、こんなことにはならなかったかもしれない。
そう思うと、後悔はいくらでも出てくる。

「なにが月の賢者よ。なにもできてないじゃない」

嘆きに思わず足を止める。
そのとき、八意永琳は後ろに何かの気配を感じた。





食事を終えてすぐ。
鈴仙・優曇華院・イナバは何かが魔法の森から出てくるのを確認した。
謎の人妖が近づくにつれて、その赤い目が大きく見開かれる。
やってきたのは主催者であるはずの、師匠、八意永琳だったからだ。
その姿はみるみるうちに近づいてくる。
とっさに、鈴仙は光の波長を狂わせ、姿を消す。

そしてその横を八意永琳は通り抜けた。


ドク、ドク、ドク。
自分の心臓の鼓動が感じられる。
気づかれたらどうしようかと思った。
でも、師匠は私の姿に気づいていなかった。
さらに今では無防備な後ろ姿を私に晒している。
油断しているのだろうか?師匠らしくもない。

心の中に、妹の死を悲しむ静葉さんの姿が映る。
今なら、後ろからなら殺れる。この殺し合いを終わらせられる。
鈴仙は確信していた。
だから、彼女は道の真ん中に立ち、狙いを定める。


距離15メートル。
余裕で当てることができる。
しかし、手が滑る。
汗を服のすそで拭いている間に、その距離は開いてしまう。

距離20メートル。
銃口は永琳の背中に向けられる。だが、30余年の月日の歴史が彼女の指を押しとどめる。
撃てない、どうしても撃てない。


ふと、頭に幾人もの死者が浮かぶ。
毒を飲んだ鍵山雛。自爆を選んだ秋穣子。静かに倒れていた魂魄妖夢。
皆が、死者が、鈴仙を非難するようにみている。
「臆病者」「臆病」「意気地なし」
頭に声が響く。

「臆病っていうな――!」

波長を消された音なき声が、引き金を引くきっかけとなった。




凶弾は静かに空間を切り裂いた。
耳元を何かがすり抜けたのを感じ、八意永琳が後ろを振り向いたときには、二発目がその腋をすり抜けていた。

「音がしないわね。サイレンサー?」

答える声はない。まあ元から期待はしていないが。
三発目、相手の姿は見えない。

「ンッ!」

八意永琳は右耳に焼けるような痛みを感じ、地面を転げまわる。
その上をいくつもの弾丸が切り裂いてゆく。
姫様に会うまでは死なない――彼女は必死で近くの巨木の陰に駆けこんだ。


なんとか駆けこんだ木の裏で、八意永琳は右耳を失ったことに気付いた。
しかし、今はそんなことを気にしている余裕はない。
死が迫っている。

ダダッダッダッダン

ガガッガリガリガリ

火薬が爆ぜる音と木に弾丸が食い込む音があたりに響く。
いつの間にか発砲音が聞こえることに疑問を持ちながら、彼女は相手の位置を把握しようと試みる。

とった方法は命がけで木の陰から顔を出すというものだった。

ダダッ

やはり弾丸が飛んでくる。
しかし、そんなことはどうでもよい、永琳は驚くべき光景を目にした。

「虚空から弾が出ているわね。空間移動のようなものかしら?」

もしくは、姿を消しているのか。
光を捻じ曲げれば姿を隠すことができる。
うどんげにもできるし、確かそのような能力を持った妖精もいたはずだ。
光学迷彩も支給品として配られていた。
主催はわりと姿を消すことについては甘いらしい。

だが一方、空間移動は主催にとってリスクが大きすぎる。ゲームの進行を脅かす。
おそらく空間移動は強い制限の対象になっているだろう。

そこから、正体不明の敵は姿を消す道具あるいは能力を持っていると思われる。
ということは、敵は不可視なものの、弾丸の射出ポイントにいることになるだろう。

とりあえず、敵の位置は把握できた。
では、八意永琳の次にとる手は・・・・。





当たれ、当たれ!

鈴仙・優曇華院・イナバは焦っていた。

もうすでに10発以上は撃っているのに、しとめられない。
能力の制限もきつく、音波の遮断は早々にあきらめてしまった。
早く殺さないと首輪を爆破されるかもしれない。
焦りで銃口がぶれ、顔を覗かした師匠をしとめるのにさえ失敗してしまう。

早く何とかしないと。
首輪に注意を払う。まだ大丈夫。なんの変化も感じられない。
しかし、早く終わらせないと爆破されてしまうかもしれない。
そんな死にかたは嫌だ。

「え?」

その時、顔をあげた鈴仙の前に弾幕が広がった。


広がった弾幕はスペルカードルールを無視したものだった。
弾の密度が高すぎる。完全にかわすことができないように作られた弾幕。
姿を消すことで余裕を持っていた鈴仙にすべてをかわすことはもちろんできない。
最初の一つ二つは避わせたものの、いくつもの弾を受け、彼女は吹き飛ばされる。

胸が・・・痛い。

それを最後に彼女の意識も吹き飛んだ。





「うどんげ?」

弾幕に跳ね飛ばされた途端、不可視化効果は解除された。
小銃を抱え、地面に倒れ伏すのは、永遠亭の住人、鈴仙・優曇華院・イナバ。

「なんで・・・」

私を主催と勘違いした馬鹿か、好戦的な妖怪かのどちらかだと思ったのだが・・。
まさか身内から攻撃されていたとは思いもよらなかった。
30余年の信頼はこんなものかと思うと悲しくなってくる。
しかし、そんなことよりまず、うどんげの処遇は決めなければならない。

彼女はこっちの味方ではないようだ。
かといって、わざわざ殺すのも気が引ける。
これでも30年近く一緒にいたのだ。
だからこそ、わかったこともある。

臆病なうどんげは一度負けた相手に逆らうことはないであろうこと。
姫様に手を出すこともまた、できないであろうこと。
とはいえ、味方にするにはリスクが多すぎる。

八意永琳はうどんげをこのまま放置しておくことに決めた。

「これは慰謝料としてもらっておくわね」

うどんげが持つ小銃とそのマガジンを回収しながら、永琳がつぶやく。
簡単なメモを書き、気絶した兎の眼の前に置いておく。

「早く、姫様のところへ行かないと」

道のはずれに倒れたまま、兎は目を覚まさない。



【E-4 一日目 道端 午後】

【鈴仙・優曇華院・イナバ】
[状態]疲労(中)、肋骨二本に罅(悪化)、精神疲労 、満身創痍、気絶
[装備]破片手榴弾×2
[道具]支給品一式×2、毒薬(少量)
[思考・状況]基本方針:保身最優先 参加者を三人殺す
1.首輪を爆破されたらどうしよう
2.輝夜の言葉に従って殺す、主催には逆らわない
3.穣子と雛、静葉、こいしに対する大きな罪悪感

※殺す三人の内にルーミア、さらに魂魄妖夢・スターサファイアの殺害者を考えています。
※すぐ近くに永琳からの書置き(内容不明)があります。




「それにしても、私は運が良かったわね」

耳は吹き飛ばされたが、片方だけ。さらに血はもう止まり始めている。
なにしろ小銃と丸腰の戦いだったのだ。
そして、うどんげの戦闘能力は低いわけでもない。
最初の数発で死ななかったのが不思議なくらいである。

「この調子で姫様にも会えるといいのだけれど」

興奮したようにつぶやく。
おそらく少しテンションが上がっているのは先ほどの戦闘で出たアドレナリンのせいだろう。
八意永琳は少し前よりペースを上げて歩きだした。


幸運というものはあまり続くものではない。
そして、幸運の次には大きな不幸が来るものだ。
幸運の裏には不幸が隠れている。
これは絶対の真理。


足取り軽やかに、彼女は人里への道を往く。
だがすでに、遠く見える人里で、永遠に続くはずの尊い命が失われていた。

その事実を彼女は知らない。


【E-4 一日目 人里への道 午後】

【八意永琳】
[状態]疲労(中)
[装備]アサルトライフルFN SCAR(20/20)
[道具]支給品一式 、ダーツ(24本)、FN SCARの予備マガジン×2
[思考・状況]行動方針;人里に行って輝夜を探す
1. 輝夜と合流後、守矢神社で諏訪子と合流
2. 輝夜の安否が心配
3. うどんげは信用できない

※この場所が幻想郷でないと考えています
※自分の置かれた状況を理解しました
※この会場の周りに博霊大結界に似たものが展開されているかもしれないと考えています


123:射命丸は見た! ~遺されし楽団員に忍び寄る吸血鬼の魔の手、河童達は知る由もなく…~ 時系列順 126:黒い羊は何を見るのか
123:射命丸は見た! ~遺されし楽団員に忍び寄る吸血鬼の魔の手、河童達は知る由もなく…~ 投下順 125:オモイカゼ
116:脱兎堕ち~Tauschung 鈴仙・優曇華院・イナバ 130:Ohne Ruh', und suche Ruh'
104:Never give up 八意永琳 130:Ohne Ruh', und suche Ruh'

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最終更新:2010年03月12日 23:01
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