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崇拝/Worship ◆gcfw5mBdTg



 博麗神社で、古明地さとりと上白沢慧音に見送られた東風谷早苗とルーミア
 まず、彼女達は、洩矢諏訪子の帽子があった血溜まりの周囲を調査することに決めた
 盛大に撒かれた血痕を残しているのなら、行き先を示す血痕が多少残されていてもおかしくないからだ。

 そして、早苗の予想は的中した。
 血溜まりの付近をよくよく注視してみれば、赤い液体がぽつぽつと道標のように少々垂れていた。


 だが、早苗の顔が多少なりとも明るかったのは……それまでだった。


 血痕が指し示す石段の脇には〝崖〟
 崖際から下方を覗いてみれば……大地は数十メートル先。


 ――――諏訪子様は誰かに重大な怪我を負わされて、この崖から落とされた。  


 至極当然の予想を抱いた早苗は、表情を蒼白に染めた。
 多量の出血と崖からの転落の同時襲来は、深く考えなくとも生命の危機を暗示する。
 いくら洩矢諏訪子が身のこなしに秀でているといっても、無事と想像するのは厳しいだろう。
 人間より生命力が高いといっても、早苗が捜し求めていたもう一人の神が既に放送で呼ばれている.
 神様と人間の差異程度では心を落ち着かせるなど到底出来ない。


 自らの予想を否定したい早苗は、慌てて石段を降り。
 薄暗く鬱蒼とした魔法の森の淀んだ空気の中、落下予想地点へと辿り着いた。

 だが、予想を覆すことは叶わず。
 予想落下地点である樹木の枝葉、幹の根元には赤い液体が散りばめられていた。
 死体が見当たらないという一点が唯一の幸運だが、事態が好転したわけではない。

 推定される怪我の具合からして、洩矢諏訪子が動けるという希望は絶望的。
 一見したところ、石段の時のような血痕による移動の痕跡は見当たらない。

 ならば諏訪子の身体は何処に消えたのか。

 早苗は腕を組んで考え込んだ……かと思えば、突然、顔色を変え、豹変したかのように、必死に周囲の捜索をし始めた。

 早苗は、脳裏に思い描いてしまったのだ。
 身体を移動させずに影も形も無くす、その手段を。



 要は――――喰われたのかということだ。


 早苗は、妖怪が人間を喰らう瞬間を覗いた経験はない。
 それでも、妖怪は人間の心を味わい、血を啜り、肉を喰らうという知識はある。

 普段の早苗ならば、そのような陰惨な思考には至らなかったであろう。
 魑魅魍魎が平然と住まう幻想郷といっても、妖怪の領域に注意し日常を過ごす限りは平穏無事の世界。
 特に早苗や諏訪子ほどの力を持つ存在にしてみれば、喰われる心配など皆無と言っても過言ではない。

 だが、今日は状況が悪かった。
 殺し合いという異端中の異端、そしてなによりも……ルーミアの〝食事〟を直視した。

 大人しく、可愛らしく、素直な少女でさえ、ヒトの形状の生物を食することに疑問を抱かない。
 夜の住人であり、人間とは根源からの異端の存在である〝妖怪〟をつい先程、間近で実感していたのだ。
 だから考えたくなくても、どうしても頭に浮かんでしまう。

 妖怪は人間を喰らう者であり、神を喰らう者ではないという知識もあてにはならない。
 ルーミアが妖怪を喰らっていたというものあるし、神であっても喰われる理由は早苗にも簡単に思い浮かぶ。

 例えば――――神の力の恩恵に携わるなど。

 神話において超常存在の血肉を食するなどで不老不死や超人的な力を得るという話は珍しいものでもない。
 幻想郷にも、八咫烏と融合し太陽の力を我が物とすることに成功した〝霊烏路空〟という地獄烏がいる。

 霊烏路空がどのようにして八咫烏と融合したのかは定かではないが、神の力を手に入れることは決して不可能ではないのだ。
 もしも、彼女を知っていれば……いや、知らなくとも試してみようとする者がいてもおかしくはない。


 だから早苗は酷く焦っていた。
 鋭利な葉の茂みで指先を切れることも気にしない勢いで捜索を続けるも……作業の推移は芳しくない。

 眼前の茂みから、ひょっこりと首を出す諏訪子の姿を幾度か期待するも、もう何度も裏切られている。
 平穏、安寧を示す森の静寂すらも、捜し人の不在を証明するかのようで煩わしく思ってしまう。
 止め処ない思考の渦から生じた乱れ打つ鼓動、呼吸はいつまで待っても落ち着くことがない。
 風邪のせいもあるのだろうが、ひどく汗をかいており、白と黒のエプロンドレスが柔肌にべとついている。

 それでも早苗は必死に、諏訪子の身体や移動の際に発生する血痕など〝妖怪に喰われた〟という強固な想像を跳ね除ける証拠を探す。
 綺麗な緑髪が土で汚れようとも、衣装が泥に塗れようとも、身体が傷つこうとも、必死に探す。

 だが、成果は実らない。
 探す場所が減るに従い、早苗は拳をカタカタと震わせ、理解したくないと心中で悲鳴を上げ続ける。
 早苗の心がぐらぐらと揺らいでいるのが、はたから見ても解る。
 思考も感情も滅茶苦茶で、頭が迅速に動いているのに空回りばかり。
 もう奇跡を叶えてくれるのなら、どんな神でもいい、と祈ってしまうほどに追い詰められていた。






 ――――そして神は、早苗に救いを授けた。






「これ、落としたよ?」

 黒と白の洋装で肌を包んだ少女。
 紅いリボンを誂えたふわふわの金髪に、くりくりっとした愛嬌あるルビーの瞳。
 稚気の拭えぬ子供と評して差し支えのない幼い顔立ち。

 神は、そんな容姿の、両手を広げた十歳程度の少女の姿をしていた。
 神というよりは十字架に磔にされた聖者と言ったほうが正しいかもしれない。

「え……あれっ……いつのまに」

 早苗の同行者である聖者、ルーミアが早苗に差し出したのは洩矢諏訪子の帽子。
 茂みを探す際に早苗が落としたものだ。

「ワインもおいしいけど、私は血の方が好きだなー」

 赤い液体が付着した指を小さな口に銜えながら、ルーミアは早苗へ帽子を手渡す。

「……え?」

 早苗は恐る恐る帽子を汚す液体を撫で、口へと運び、ぺろりと舌に這わせる。
 アルコールが苦手な早苗にとって馴染み深いものではないが……決して血液ではない。
 血はなくワインだけならば『大怪我を負って崖から転落した』という予想から前半部分が消える。
 移動の痕跡がないというのも、ワインなら拭いてしまえばそれ以上流れないのだから、血痕がなかったとしてもおかしくはない。
 崖から落ちるという状況は軽症ではすまないものだが、生存の可能性がグッとあがったのは確実だ。


「…………あぁぁ、よかった……」

 早苗の全身から力が抜け、へなへなと崩れ落ち、大地に膝を突く。
 さっきまで冷たさしか伝えなかった帽子が暖かみを持ったように思える。

 救ってくれたルーミアを見つめて微笑んで感謝を捧げる早苗。
 ルーミアは感謝の理由が良く分からないものの虚飾も誇張もない笑顔を返事とした。
 早苗は、その笑顔を見るだけで十二分に安心できるような気がした。


 こうして、風邪による嗅覚の鈍りとルーミアの食事による先入観から成立した早苗の勘違いは、めでたく解消された。



 …………。



 落ち着きを取り戻した早苗は洩矢諏訪子の捜索を再開することにした。

 その手元には……地面に垂直に立てたお払い棒。
 捜索するにも当てはないということで、お払い棒が倒れた方向に向かう占い……という名目の運任せに決めたようだ。

「神奈子様や諏訪子様がいらっしゃるか、占い用の道具でもあればよかったんですけど……。
 でもでも、きっと見つかります! 諏訪子様ならきっと見つかってくれます!」

 無駄に勢い良く手を離してみると――お払い棒が指し示す方向は東。


 すぐ東には、少々の森林と……絶壁の山脈。
 一目見渡すだけで、そちらにはいけないとわかる風景だ。

「誰もいないよ?」

 ルーミアが首を傾げながら淡々と結果を語った。

「……ごめんなさい、もう一回チャンスください」

 しょんぼりとした早苗が祈りながらもう一度占いを行使すると……お払い棒が指し示したのは北。
 石段で襲われ北側に転落した諏訪子が移動するならば妥当な方角だろう。


 頼りない占いに従い二人が北へ向かおうと箒に跨った時――――遥か北から、銃声が微かに、だが確かに鳴り響いた。



 ◇ ◇ ◇



 タタ、タタタン!!


 短機関銃から掻き鳴らされた軽快な響きと同時に突き進むのは〝銃弾〟


 歴史上、数多くの魂を刈ってきた凶弾の射手は、死神――小野塚小町。
 死神に見定められた贄は、土着神の頂点――洩矢諏訪子。

 風を斬り進む五発の銃弾の内、四発は中空を舞う木の葉を寸断。
 一発だけが逃亡者の軌跡を1コンマ遅れて捉え、諏訪子の頬を掠めた。

 魔法の森は、視界も悪く、障害物となる木々や草花も豊富。疾駆しながらの射撃では精度も悪い。
 それに加え、諏訪子は自然を盾に利用しながら、射手を撹乱させる不規則な動作を混ぜている。

 それでも数に頼れる短機関銃相手では諏訪子に分が悪いようだ。
 襲撃から現在まで避け続けているとはいえ、射手の精度が徐々に上がってきている。


 ――――いやー、死神に付け狙われるって本気で洒落にならないねー。

 諏訪子は銃弾に撫でられた頬を押さえ、口元を不満で歪めながら心中で頷いた。





 数分前、周囲を警戒し行動していた諏訪子は、死神に奇襲を仕掛けられた。

 それに対し、諏訪子が選んだのは逃げの一手。
 地形が有利とはいえ、八意永琳との格闘戦と崖からの転落によるダメージは、早々に抜け切るものではない。
 短機関銃を携えた死の専門家との真っ向勝負では、例え勝利できても甚大な損害を受けるだろう。
 そうなってしまっては、主催者の打倒という最終目的から遠ざかってしまう。

 とはいえ、完全なる逃亡ではない。
 諏訪子の狙いは死神を振り切り視界から逃れた後、『坤を創造する程度の能力』を用いた地面への潜航による死神の追跡。
 そして銃弾を消費したならば必ず訪れるリロードの場面。
 その隙を狙い、十全の力を篭めた『祟り神「赤口(ミシャグチ)さま」』を行使し仕留めることだ。
 逃亡した後、東風谷早苗へ危害を与える可能性を考慮すれば、死神を見過ごすという道を選べるはずもない。


 諏訪子は脚部の安全を考慮に入れたコース取りをしながら、出鱈目な拍子で森林を駆け抜ける。
 途中で、ちょっと口八丁で撹乱でもと、ちらり、と首だけ振り返るが。

「うん、無理無理」 

 視線って質量があるんじゃないの、と感じるほどの殺意を浴びせられた。
 和風の死神装束を纏う赤髪の女死神の瞳に宿るのは、携えた短機関銃に相応しいギラリと鋭く輝く光。
 生半可な言葉で揺らぐような意思でないのは一目で分かる。

 諏訪子は、殺意のお返しに、と振り向き、弾幕を死神に放つ。


 土着神『ケロちゃん風雨に負けず』


 一粒、数十センチの水滴状の数十の弾幕が、雨のように戦場に降り注ぐ。
 だが、回避行動を組み込んだ体勢と身体の節々の痛みを我慢しての弾幕では、グレイズの餌食にしかならない。

 それでも、死神の速度は僅かなりとも削れ、距離を離せる……かと思われたが、そうはならなかった。


 ――こりゃ、まっずいね。

 ギリッと歯を鳴らす。
 アクロバットスター脱帽の曲芸染みた身のこなしを見せながら、不安を胸中に抱く。


 追いかけっこの序盤は順調だった。
 長身の死神では潜れない隙間を小柄な体躯を生かして通過したり、弾幕を放ったりで、段々と距離を離せていた。


 なのに、途中から、諏訪子と死神の距離が一向に離れなくなった。


 諏訪子がいくら距離を離そうとしても、『距離を操る程度の能力』を行使する死神との距離を伸ばせない。
 枝葉を飛び越そうと足を奥に踏み出してみれば、枝葉の手前に着地する。
 下手に曲線の軌道を歩もうとすれば、必要以上の、もしくは必要以下の、角度をつけてしまう
 安定しない歩幅と距離感を反射神経と判断速度でカバーしているが、ひやひやとする場面が時折、散見される。


 ――――こうなりゃ我慢比べだ。三途の川の現世側に帰ってやろうじゃないかっ!


 諏訪子はゴクリと唾を飲み、覚悟を決めた。

 諏訪子が待ち望むのは、死神の弾切れと、長時間の能力の行使による消耗による能力の解除。
 皆殺しを企んでいるのなら追い込まれない限り、参加者の数が残っている時間帯に全力を出し切ることはしないだろうと見透かしてのものだ。

 対して死神が待ち望むのは諏訪子のミス。
 一度でも隙を見せれば蜂の巣になる緊張感。背後の気配に常時集中しながらの、障害物を意識したルートの見極め。
 他者から見ても理解できるほどの怪我が鳴らす警報。スタミナの消耗に従い、浅く、激しくなる呼吸。
 事故を引き起こす要素はいくらでもある。


 二人は疾走りながら、互いに相手が先に沈む、と頑なに信じ込んでいた。


 死神は能力を行使しながら冷静に照準で追い続け、、諏訪子を踊らせる。
 諏訪子は気を張り詰めながらも平常心を維持し、死神の照準から逃れ続ける。



 …………。





 場は膠着し、まだまだ長引くと思われた。


 当事者の二人も同じ想いだった。



 だが――水鏡と化した状況に波紋が奔るのは両者の想像よりも、ずっと早かった。




 逃げる諏訪子の遥か前方。

 何かが森を突っ切ってこようとしていた。
 距離はかなり離れており、はっきりと姿を確認できない。


 だが、諏訪子だけは、一目で見分けることができた。

 顔、服、体格、霊力。
 諏訪子は幾度も見てきた。

 なにより――――自らの遠い子孫であり、大切な娘なのだ。
 故に、諏訪子が見間違うことはありえない。


「諏訪子様ぁ!!」


 二人の人妖を乗せた箒から、東風谷早苗の聞きなれた声音が諏訪子の耳朶に木霊した。






 死神は、諏訪子の味方の乱入に焦りを見せる。
 だが、焦りを見せたのは死神だけではなかった。
 諏訪子も、自身の命が危険に晒されてた時以上に、焦っていた。
 早苗の乱入は諏訪子にとっても、予想外であり不都合な事象だったのだ。

 早苗と協力して死神と相対するなど論外。
 二対一となれば有利に事を運べるかもしれないが、大事な娘を短機関銃の矢面に立たせるなどできるはずがない。

 箒に乗った早苗に引っ張り挙げてもらい一緒に逃亡するという道も選べない。
 箒に三人乗りでの状態で『距離を操る程度の能力』に巻き込まれてしまっては、立ち並ぶ樹木への激突は必至。

 来るな、と忠告するのも、早苗には通用しないだろう。
 大丈夫だから逃げろと言っても、見捨てて逃げろと言っても、親の危機に聞けるわけがない。



 そして、焦りは、未来を歪めてしまう。


 死神は、早々に勝負を決しなければならない焦りに、即時発砲を促され。
 諏訪子は、我が子を巻き込みたくない焦りに、正確な判断力を鈍らされ、枝葉に左足を、引っ掛ける。


 諏訪子は己が失策に気付くが、間に合わず、銃弾に左足を貫かれ、血の花を咲かせる。
 左足が一瞬、機能を失い、重量が右足に一点に集約され、膝がカクンと笑う。

 両者の狂った歯車が……奇しくも噛み合ってしまった。



 諏訪子は必死に挽回しようと、『坤を創造する程度の能力』を用い、土砂を巻き上げ背後に壁を作ろうとする。
 だが最善を尽くしても、発生が普段よりも僅かに遅い。
 早苗の乱入も間に合わない。

 一瞬の、だが確実な隙を、魂を目前とした死神が、見逃すはずはない。



「早苗!! 逃げてぇぇぇ――!!!」

 自分の死を予知した諏訪子が叫ぶ。
 親の危険を前に逃げ出せるほど聞き分けのいい子ではないことを理解していても……叫ばずにはいられなかった。



 死神は、子を想う親に慈悲を見せず――諏訪子の身体に、容赦なく、凶弾を、幾度も、打ち付けた。



 小さな身体が一瞬の浮遊感と共に舞い上がり、洩矢諏訪子の命は、途絶えた。



 ◇ ◇ ◇


 小町は諏訪子に致命傷を与えた後、戦場から撤退した。
 残った標的の内一人は混乱しているとはいえ、もう一人の未知数な人妖との二対一。
 トンプソンの弾切れ、スタミナの消耗、銃声による更なる乱入も否定しきれない、などの理由からだ

 ここは諏訪子の遺体から遠く離れた魔法の森。
 死神、小野塚小町は、肩肘張った雰囲気を解き、休憩にと樹木を背に座り込む。




 銃を撫ぜる。

 魂を吸ったからか、今宵は尚更、冷たく感じる。

 身の程に合わない殺戮を易々と可能とする狂った兵器。
 指に僅かに力を入れるだけで、自分の手を血で汚さずに、人を殺す嫌悪感を理解させずに、人が死ぬ。
 こんなものを作る金をほんのすこしでも、三途の川辺で迷える水子あたりに回してやってくれればいいのに、と小町は寂しげに想った。


 銃を、今一度撫ぜる。

 小町は、死すべき命と定めた土着神の最後を思い返す。

 余命は僅かに残っていたけれど、蜂の巣にした瞬間、死神の感覚が〝死んだ〟ことを伝えてくれた。
 生半可な方法では滅ぼせないはずの土着神ですら、外の世界で量産されている銃の掃射程度で死んでしまった。
 結果は想定はしていたとはいえ、改めて心を引き締める小町。


 銃を、今一度、撫ぜる。

 死すべき命と定めた土着神の、最後を思い返す。

 死を確信して尚、我が子を逃がそうとしたその気概。
 立派だ、あたいなんかよりもね。
 こんな状況じゃなかったら気兼ねなく酒でも酌み交わせたのかもしれない、と小町は夢想した。



 銃を、今一度、静かに撫ぜる。

〝護衛対象以外の抹殺〟という最終目標。

 酷い思い上がりだ、大言壮語にも程がある、と小町はいつもながら呆れた。
 頼まれたわけでもないし、一死神にできることなど、たかが知れている。

 だけど。
 幻想郷の秩序を僅かにでも維持する為にも。
 刈り取った魂に、刈り取られた魂に、安息を与える為にも。

 小野塚小町は、やると決めたのだ。
 後悔で死者を汚すなど、してはならない。

「よっ、と」

 樹木の幹に身体を預けていた小町が、ゆっくりと軽快に立ち上がる。
 いずれは死装束となるであろう三途の水先案内人の制服の汚れを払い、きっちりと調え、着心地をきちんと確かめる。
 内面の心情を他者に漏らさぬ静かな瞳と儚い死の雰囲気とが調和された艶姿は、酷く幻想的だった。

 小町はドラムマガジンの交換を済ませ、即時使用できるよう銃を備えた。
 まだ使い慣れていないはずなのに、銃が異常に手に馴染んでいるようだった。

「……生き残るべき命と死すべき命を身勝手に区別しちまったあたいには、こいつみたいなのがお似合いなのかもね」


 小野塚小町は、大きな欠伸を一つ噛み殺しながら、空を仰ぐ。

 魔法の森の枝葉から覗くのは、風の鳴き声だけが響く、雲一つない青空。

 なのに小町には、魂に降る三途の川の涙雨が、降り注いでいるような気がした。


【G-3 魔法の森  一日目 真昼】

【小野塚小町】
[状態]身体疲労(小) 能力使用による精神疲労(中)
[装備]トンプソンM1A1(50/50)
[道具]支給品一式、64式小銃用弾倉×2 、M1A1用ドラムマガジン×3
[基本行動方針]生き残るべきでない人妖を排除する。脱出は頭の片隅に考える程度
[思考・状況]1,生き残るべきでない人妖を排除する



 ◇ ◇ ◇


 ……あー……本格的にやばいねー。
 大切ななにかにぽっかりと穴が開いているような、不思議な感覚。
 自分の身体がどうなっているのか、よくわかんない。
 痛みはさほど感じない、なのに意識がはっきりしない。

「諏訪子様……」

 早苗の震えるような声が耳に届く。
 私を安心させる心地よい体温が、染み渡ってくる。
 視界が霞んでてよくわかんないけど、倒れていた私を早苗が抱き起こしたみたいだ。

「ずるい、ですよ……。置いてけぼりに、しないでください」

 私の服がちょっと湿ってきた。
 早苗を泣かせたなんて、神奈子が知ったら怒るだろうなー。

「一人に、しないでください。もう、嫌なんです」

 双眸から浮かぶ涙を拭うこともせずに、私の身体に必死でしがみつく早苗。

 こうなると梃子でも動かないのは、昔からの悪い癖。
 そして、神奈子が早苗のお願いを叶えてあげるのもいつものこと。

 ……早苗と過ごすようになってから十数年程度しか経っていないのに、随分と昔のように思えるなぁ。
 外の世界でも、幻想郷でのセカンドライフでも、早苗と神奈子と三人で過ごしていた私は、よほど満ち足りていたんだろう。

「……早苗、ありがとね」

 感謝の気持ちを伝えようと早苗の頭にゆっくりと手を置き……届かなかった。

 ほんっと、大きくなったもんだ。
 十年ぐらい前は逆だったのになぁ。

 仕方ないので、蛇型の髪飾りで飾られてる垂れ下がってる緑髪の処を、優しく、柔らかく、意思が伝わるように撫でた。

 「あっ……」

 早苗は小さく声を上げた。


 惜しむらくは、これからの成長を見届けられないってことだね……。

 既に私は〝死んだ〟
 それか理解できる。
 こうして思考できるのも不思議なぐらいだよ。



 さて、せっかくの授かり物だし、心残りは全て終わらせようか。

 この子のことだ。
 神奈子に続いて私までいなくなっちゃったらどうなるかなんて簡単に予想できる。

「死にたいとか考えてないよね?」

 仰々しい言葉を考える余裕もあまりなかったし、ストレートでいってみると、早苗はビクッと叱られたかのように萎縮した。
 早苗の柔らかい頬を、ゆっくり、ゆっくり、ぐにぐに摘む。

 ほんと、わっかりやすい子だねー。
 ちょっとは親離れさせたほうがよかったかなぁ。
 だいたい、神奈子は甘やかせすぎなんだよねー。早苗がちょっとでも帰宅遅れたら、すぐ迷子なのかって心配するし。
 だからこんなに一人立ちが遅れてるんだ。早苗には紅白巫女の無鉄砲さをほんのちょっぴりわけてあげるぐらいで丁度いいのに。

「……だって、お二人のいない、人生なんて……」

 それでも、私は早苗に生きていて欲しいんだ。
 親の我侭でしかないけれど、これに関しては早苗でも譲らない。

「早苗、勘違いしちゃいけないよ。
 そんなことしたって私達には逢えないんだ。
 神はただ消えるのみ。人間でもある早苗とは違って、行き場所がないのさ」

 まぁ、それはあっちでの話であって、この世界での死後では知らないけどね。
 ばれないだろうし、とりあえずはそういうことにしておこう。

「だからって、生きてても、同じじゃないですか……。
 それとも、生きてたら、逢えるって、言うんですか……?」

 嗚咽しながら、拙く言葉を紡ぐ早苗。

「私達、神は、信仰により一側面が切り出された姿。所詮は〝偶像〟でしかないのさ。
 だからね、一人の神であっても信仰する人の数だけいる。
 私達は消えようとも、私達をずっと信じてきた早苗の内側には残ってる。
 ま、ほとんどいるだけの置物みたいなもんだけどねー」

「でも……神奈子様は、呼びかけに応えてくれませんでした、いくら頑張っても、なんにも応えてくれなかったんです……」

「違う、違う。早苗、やり方を間違ってるんだよ。
 〝偶像〟を信じるんじゃないんだ、理想〟を信じるんだよ」

「〝理想〟……ですか」

「私達の、そして、早苗の〝理想〟を見つけて信じれば、必ず私達は早苗の中から応えてあげるよ。
 だから『さよなら』じゃなくて、『今後ともよろしく』でいいんだ。
 神奈子風に無駄にかっこつけて言うなら、『〝理想〟をただ信ぜよ。さすれば我らの乾坤は永遠に汝と共にあらん』ってあたりかな」

 静寂が空間を支配し始める。

 早苗が目を閉じ、瞑想を始めた。
 どうやら混乱しながらも私の意思に応えるために必死に悩んでいるようだ。

 悩め、悩め。
 若人は悩むのが仕事なんだ。正しい答えを導きだせなくたっていい。
 悩めば、考えれば、それだけでもいいんだ。足掻くことを止めた人間は、終わりさ。
 早苗なりの答えを出して、それでも答えに疑問を持ったら、また悩んで、また答えを出せばいい。


 ま、こんな処かねー。早苗に即答を望むほど私も鬼じゃない。
 そんな器用な子じゃないし、聞けるとしても三途の川を渡ってからになることだろう。


 ……あ、そういえば八意永琳の真実とか、さっきの死神とか忘れてた。
 悩める早苗に声をかけるのはちょっと気が引けるけど、喋れる内に伝えておこう。
 もーそろそろ限界っぽいんだよね……。


 最後となるであろう言葉を伝えようと決意した。


 その時。


 カチリ、と、どこからか金属音が鳴った。



 今の音は――――なに?



 まさか、さっきの死神?
 違う、死神の気配はしない。なら、誰が?

 力を振り絞り、僅かに首を傾け、音が鳴った方向に眼を凝らしてみると――――そこには拳銃を携えた金髪の少女がいた。


 早苗と一緒に箒に乗っていた妖怪の少女。

 そして、さっきの音はリボルバーの撃鉄だ。
 早苗は、瞑想に夢中で、まだ気付いていない。


 この子は、なんだ。

 少女の小さく開いた口から、鋭い犬歯が覗く。
 軽快でいて、掴み所がない自然体の笑顔。
 楽しんでいるように見えるのは、気のせいではない。

 その少女の瞳を覗いた瞬間、背筋に言いようのない冷たさが奔った。

 直感的に理解した。
 私達が認識している世界と、この子が見ている世界は異なる。

 人間とは決して相容れない純粋な妖怪。
 漆黒の闇が帳を下ろした夜の世界の住民であり、人間を喰らう者。
 利と害を判断できる老成した妖怪では決して持ち得ない〝純正の闇〟

 力の有無なんか関係ない。

 この子は、危険だ。




 ――少女は自身の心に命ぜられたことを証明するかのように自然に腕を動かす。

 まさか、早苗に、手を出そうっていうの?
 必死に右手を動かし手を止めようとするも、遅々とした速度では、とても間に合わない。
 言葉を紡ごうとしても、もう時間切れなのか、微かにしか声が漏れない。


 ――拳銃の照準を諏訪子の額に定める。


 ああ……私なんだ。
 よくないけど、よかった。


 ――引き金に、指がかかる。







【洩矢諏訪子 死亡】

【残り32人】


【G-3 魔法の森  一日目 真昼】

【東風谷早苗】
[状態]重度の風邪、精神的疲労、両手に少々の切り傷
[装備]博麗霊夢のお払い棒、霧雨魔理沙の衣服、包丁、魔理沙の箒、
[道具]支給品一式×2、制限解除装置(現在使用不可)、魔理沙の家の布団とタオル、東風谷早苗の衣服(びしょ濡れ)
    上海人形、諏訪子の帽子、輝夜宛の手紙
[思考・状況]瞑想中
[備考]
※古明地さとりの名前を火焔猫燐だと勘違い


【ルーミア】
[状態]:懐中電灯に若干のトラウマあり、裂傷多数、肩に切り傷(応急手当て済み)
[装備]:リボルバー式拳銃【S&W コンバットマグナム】5/6(装弾された弾は実弾?発ダミー?発)
[道具]:基本支給品(懐中電灯を紛失)、.357マグナム弾残り6発、フランドール・スカーレットの誕生日ケーキ(咲夜製)
    不明アイテム0~1
[思考・状況]食べられる人類(場合によっては妖怪)を探す
1.ケーキをもらってしまったので、とりあえず早苗と一緒に行く
2.早苗の用事が終わったら、最初に仕掛けた地雷がどうなっているか確かめに戻る
3.日傘など、日よけになる道具を探す
[備考]
※古明地さとりの名前を火焔猫燐だと勘違い


※ダミーと実弾、どちらが出たかは次の書き手に任せます。
 実弾が出たら実弾で死亡、ダミーが出たらトンプソンによる致命傷の時間切れで死亡です。
 どっちの場合も、モノローグとかちょっとした動作とか、ある程度、諏訪子の死ぬ前を好きに描写してもOK。


107:幽霊がいるとして人生を操作しているとしたら 時系列順 110:赤い相剋、白い慟哭。
108:驟雨の死骸と腹の中、それでも太陽信じてる。(後編) 投下順 110:赤い相剋、白い慟哭。
81:少女の森 小野塚小町 122:楽園の人間、博麗霊夢
104:Never give up 洩矢諏訪子 死亡
106:それでも、人生にイエスという。 東風谷早苗 111:少女、さとり
106:それでも、人生にイエスという。 ルーミア 111:少女、さとり

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最終更新:2010年01月25日 19:18
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