驟雨の死骸と腹の中、それでも太陽信じてる。(後編) ◆BmrsvDTOHo
我ながらグッドタイミングに辿り着いたようだ。
状況はまさにお空の絶体絶命の状態、まずはあたいを無視し続けていたあの馬鹿猫気を逸らさなければならなかった。
まず挑発として啖呵を切った後、氷の粒を投げつけてみた。
あたいのナイスコントロールで上手く頭に当てる事が出来た。
片目の無いその顔が此方をギロりと向いた、が直にまた視線を外した。
懐の広さで有名な流石のあたいも堪忍袋の尾が切れた。
「あたいが怖いのかそこの馬鹿猫!」
ピクッとその特徴的な耳が動いた、よし効いているようだ。
「やーい、悔しかったらこっちまで来てみろ!」
チルノだって怖くないわけではない、武装潤沢な燐に対し武器も何も無い。
だがあたいがやらねばお空は殺されてしまうだろう。
「ふふふ、馬鹿な氷妖精だね、あたいを怒らせてそんなに死期を早めたいのかい?」
尻尾で鉄の輪を振り回しながらじわりじわりとにじり寄って来る。
死の象徴のようなその姿は本能に訴えかける恐怖を感じさせた。
しかしあたいだって無計画で戻ってきたわけではない。
もしもお空と猫が敵対していた場合の計画も考えていた。
(とにかくぶっ潰す!)
それが計画と呼べるのかは怪しいがそれに突っ込む者は誰もいない、それにこの氷精に突っ込むのは無粋な事だろう。
もう少しで弾幕の射程内に入る。
弾幕の放出に向けて力を溜め込む、何事も気合と心持次第である。
歩いてくる猫に集中し目をひたすら見張り続ける。
こういうのは目線を逸らしたほうが負けらしい。
着々と迫ってくる燐は此方の意向など全く気にも留めていない様だ。
寧ろそっちの方がありがいね!意図に気づかれちゃあ困る。
(よし馬鹿な猫があたいの射程内に進入した、今だ!)
「うおらぁぁぁぁ!食らいなさい!あたいの超必殺技を!」
『凍符「パーフェクトフリーズ」!』
その時、空気が凍り付いた
無論文字通りの意味で。
移動中もひたすら溜め込み続けた大小数多の弾幕を空中に向け一気に放出した。
ランダムな動きをした後空中で一度停止するそれは弾の量が増えれば増えるほど回避が困難になる事を示しており。
今チルノが溜め込んでいた量はルナティックをも上回っていた……かもしれない。
フラフラと空中を動き回るそれは少し触れるだけで凍傷を引き起こす程の冷気を纏っており。
物量に押しつぶされた猫は冷凍英吉利牛ならぬ冷凍猫にされ
あたいはお空を颯爽と助けお空から見直され感謝される……はずだったのだが。
「……あれ?」
目の前に広がる光景はあたいの最強の頭脳を持ってしても考えられないものとなった。
空中に放たれた弾幕、ここまでは良かった。
それら全てが力なく地面に落下し砕け散ったのだった。
猫の妖怪でさえも呆気に取られた表情をしていた。
理解不能理解不能!
どうしてああなったのか、開始前の説明を聞いていなかったチルノは気づけない。
掛けられた制限は少なかったが、自然と密接な関係にある妖精がこの世界の変異の影響を少なからず受けているなど知る訳も無い。
『たまたま調子が悪かっただけさ!凍符「ソードフリーザー」!』
そう言って生成された剣を取ったチルノは愕然とした、このサイズで剣と言い張るには無理がある。
良くてアイスナイフと言ったところだろう、次々と生成してみるがどれもサイズは変わらない。
気づけば周辺に氷のナイフの山が出来上がっていた。
カラカラと音を立てて滑り落ちてくるナイフが数本。
試しに自分に軽く突き立ててみる、が服に接触するだけで先端が折れた。
『これだけは使いたくなかったんだけど仕方ない!氷符「アイシクルマシンガン」!』
アイシクルマシンガンは本来ならば鋭利な氷柱が相手に殺到し蜂の巣にするという非道な技であるが
制限下ではその力も無残なモノであった。
燐目掛け真っ直ぐと向かって行き服に当たるまではいいが、ナイフと同じ運命を辿りポキリポキリと折れて折れて。
次第に燐の足元に氷の粉がばら撒かれた状態になっていった。
馬鹿猫は此方の方を哀れむような視線で見ている、
あたいの本当の意図も知らない癖に。
『これで終わりさ!霜符「フロストコラムス」!』
砕けた氷の欠片により良く冷やされた地面近くの空気は制限下のこの減衰した威力のスペルでも同等程度の力を引き出した。
燐の足元は瞬時に凍りつき身動きは取れないはずだ、これがチャンス。
威力だけはあるが相手の動きを止めなければ当てられないコレを……。
『本当に最後の大技見せてあげる!氷塊「グレートクラッシャー」!』
自身の三倍も四倍もある氷塊を抱え燐の頭上へ叩き落す!
これであたいの勝利は決定のはず!
生成した氷塊を抱え実行に移す。
これだけの大きさのを叩き込めば完了!
勢いをつけ走り燐の頭目掛けその氷塊を振り下ろした。
質量密度共に申し分の無い氷は頭蓋に当たればその意識を刈り取るには十分であっただろう。
だが燐が倒れることは無かった。
振り下ろした刹那、チルノの氷塊は砕け散った。
緋想の剣は相手の弱点を正確に衝く、たとえ相手が氷であろうと例には漏れない。
見れば足元の氷も砕けていた。
嗚呼、負けたのか。
足から力が抜けその場にへたり込む。
走って逃げようにも足腰が言う事を聞かない。
周囲から馬鹿と言われ、少ない頭脳を懸命に捻って考えた。
お空の助けに少しでもなればと、懸命に考えた。
事実普段のチルノからは考えられないくらい高度な作戦であろう。
直情タイプの彼女にとって戦略など考えたことも無かった。
初めての作戦にしては良い出来と自負していたが……。
慣れないことはしないほうが良かったみたいね。
「最期の攻撃は中々のモノだったよ、氷の妖精さん?」
「流石に嗾けて来ただけあって考えてはいたみたいだね。」
「でもね、殺意の篭っていない攻撃は手心の念が入るから読みやすいんだよ、勉強になったかな?」
「じゃあ来世で又頑張ってね、あればの話だけど。」
剣の峰へと手を添え刀で突き殺そうと右手を肩の上まで持ち上げる。
その動作の一歩一歩がまるで十三階段を昇る動作のようだった。
途端、草叢からもう一つの小さな人影が出て、チルノを前で手を広げ庇う姿勢をとった。
言葉は無い、きゅっと堅く結んだ手がその決意を物語る。
燐はその姿を無機質な眼をして見つめている。
「お燐!チルノとメディスンは関係ないだろう!これは私とお前の問題だ!」
お空が声を高ぶらせ叫ぶ、心配してくれてるのかな。
でもそんな状態で何が出来るって言うのさ、お空。
血だらけで倒れこんでいたあなたに。
「残念ながらあたいに攻撃を仕掛けた時点でもう敵なんだよお空、まあでも……。」
「お空の言う事もその一理あるからね、ここはその熱意とその少女勇気に免じて許して」
目の前の氷精と少女の表情の変化をあたいは見逃さなかった。
馬鹿な妖精でも分かるように仰々しく動作を起こして目の前で剣を振り上げてるんだから
怖れの念がこれでもかと言うくらい見て取れる。
この世の終わりから転じて生を拾う。
そう、絶望の中から一縷の希望を見出したときは妖怪も人間もとても良い表情をするのだ。
「あげないよ。」
勿論、それが潰えた時の表情と言ったら思わず身震いしてしまう程のモノなんだ。
希望が大きければ大きいほど、絶望も比例するのだ。
ああこの表情の緩急、形振り構わず貪り付きたい。
もしも切り取ってコレクション出来るなら……と幾度考えた事か。
剣が掌によって押し出され、喉目掛けて一直線に飛んでくる。
最早避けられる距離じゃない、どうにもならない。
死ぬのは怖い、痛いのは嫌だ。
けどあの笑顔が失われてはならない気がした。
これで少しでも空の役に立てたのかな。
メディスンの持つその黄金色の髪がはらりと空中に舞い、紅い鮮血が周囲に飛び散った。
チルノは見た。
必死で追いつこうとした届かないくらい大きな背中と黒い翼が視界を覆う瞬間を。
其の喉に一直線に飛んできていた筈の剣先は掌によって軌道が逸らされ肩上を浅く切り裂いた。
掌の皮膚を切り裂き刀身が手の甲を貫き血が沿って滴っている。
背中だってズタズタだ、羽からも血が流れ出ている。
それでもお空は倒れなかった。
小鳥を翼で庇う親鳥の様に、ボロボロの身を呈して守り抜いていた。
傷だらけで言う事を聞かなかったはずの体は無意識に動いていた。
棘状弾に突き刺さっていた四肢に鞭を打ち。
もう諦めろと囁き続け頭に響き渡る戯言を黙らせた。
チルノを助けるというのも、勿論理由の一つなのだろう。
しかし、目の前で親友であったお燐の手を汚させたくなかったのだ、多分それが大きい。
もう既にあの頃のお燐は死んでしまった、ここに居るのはその抜け殻なのだ。
これ以上生きさせて於く方が私にとっても、お燐にとっても地獄となるのは目に見えている。
断続的に激痛の走り続けている掌に力を込め、柄を持ったその手を覆うように握り締める、この手だけは離さない。
思い切り融合の足を振り上げ、お燐の片足を踏みつけた。
表情一つ変えないがこれで逃げられない。
「助かったよメディスン、チルノ。」
心からの謝辞、お燐に殺されるならそれも止む無しと思っていた。
「メディスン、チルノを連れて私が見えないくらい遠くに行って。」
チルノの手を取るとメディスンは即座に駆けて行った、聞き分けの良い子で助かる。
もう決意は固まった。
二人を巻き込むわけにはいかない、未来ある二人を。
負の連鎖はこの場で私が断ち切るしかない。
お燐の手を握り締める手にも力が入る、不思議と痛みは薄れていった。
その片目を見据えても以前の輝きは失われていなかった。
純粋なその輝きは今や狂気と殺戮収集に囚われている。
「お空、何の心算だか知らないけど。」
普段と変わらぬ調子でお燐が喋り始めた。
「放しなさいよ。」
尻尾で振るわれた鉄の輪が左方から迫り来る、もう効かないのそんな攻撃は。
横に薙ぎ払った制御棒がその刀身を捕らえ甲高い音と共に彼方の木へと弾き飛ばした。
注意を逸らしたつもりだったのか左手に握った鉄の輪が振るわれていた、死角からの攻撃。
勢いそのままに真上から叩き落した其れは地面に深く突き刺さる。
一瞬その眼が見開かれ、驚きの気色を窺い知ることが出来た。
これで攻撃の手は全て削いだ。
痛みに耐えながらもその精神を落ち着け気を胸に集中させる。
お燐、もう少しで全て終わりにしてあげられる。
気づいていないと思った、あたいの身体に隠れて気づけるはずが無い。
気づけ無いはずなのに攻撃を弾いた、手心など加えていない本気の一撃。
長年の付き合いを経てきたお空には通じないのね。
でもやっぱりお空は甘すぎるね。
こんな低級妖怪と妖精如きを庇って、あまつさえ左手さえ負傷するなんて。
仲間だか何だか知らないけど、やっぱり無駄なモノに変わりはないのだ。
仲間が居るから悲しみを知り、苦しみ、傷を受ける。
友愛や情けなどは哀しみしか生まない。
……
…
目の前に居るお空が纏った気配が変わっていた。
その眼は先程までの様子とは違い静かに燃えていた
柄を握るあたいの手を強く握り締めてきた。
普通ならば激痛に悶え苦しむであろう傷だ、あたいは別だけど。
お空も、もしかして目覚めた?
やっと本気でかかってくる気になったのかな?
……見ればあたいの手を握り締めているお空の其の手が赤みを帯びている。
血による紅ではない、此れは体温上昇によるものだ。
徐々に其の手が熱く、熱くなって行く。
人肌から温泉、そして熱湯の様な熱さへ。
同じ様な症状が出る技に、一つだけ覚えがある。
でもあれは確か……。
このままでは不味い、何をとち狂ったのかお空はあたい諸共心中するつもりだ。
「放せ放せ放せ放せ!」
必死に右足を使い押さえつけるお空から逃れようとその身体を足蹴りする、が動かない。
身体はもう立っているのもやっとのはずなのに、なんでなんでなんでなんで?
芯まで思考が変わってしまったお燐には二度と気づけないであろう力。
脳内に描かれた最悪のシナリオへのカウントダウンが刻々と進んでいる。
「お燐。」
既に顔もかなり紅くなっている、息遣いも荒れており目線は朦朧としている。
体温上昇の副作用と多量の失血の影響だろう、お空自身は良く理解していないが制限による身体能力の低下
それに伴う許容熱量上限の低下が大きく響いている。
しかし其の手の力だけは緩まることが無かった。
「身も罪も灰燼に帰す地獄の業火は一人じゃ熱いでしょう。」
その熱さは身をもって知っているわよね?と付け加える。
燐は聞く耳を持っていないようで只管足蹴りを続けていた。
もう無駄な事は悟っているのだろう、回数を重ねる毎に力が弱まってくる
技の威力は一番近くに居た彼女自身が良く知っているはずだ。
熱く熱く、地下の太陽となるに相応しい様に考え出した技。
「だから私も付き添ってあげるわ、あなたがそうしてくれた様に。」
既に此方に意識は向いておらず、支離滅裂な言葉を口走り髪を振り乱すお燐。
直ぐに楽になる、私も一緒に行って閻魔様に頼んでみる。
何百年、何千年必要か分からないけど、その罪を一緒に償いましょう。
何時かきっとまたみんなで過ごせる日が来る、胸に理想抱きながら償いましょう。
だから其の命、今は天に返しなさい。
……アビスノヴァ。
煮えたぎる血液に乗り体内を循環していた核熱の力が心臓部に集まってくる。
胸が裂けそうな程のエネルギー、其の艱苦は計り知れない規模。
八咫烏様の眼、一点に集められたエネルギーが周囲に拡散する熱となり放出された。
円形の炎のドームが周囲の木々、草叢を音も無く焼き尽くしその葉や幹を天へと返して行った。
立ち上る煙の量は尋常ではなく、また燃え盛る植物達はまるで罪を代わりに被ったかのようだ
本来ならば、この円形状の炎の中、お空は其の中心でまるで太陽の様輝いているはずであり
内部には一切の生命の存在は赦されない程の灼熱地獄となるはずであった。
しかし消耗しきった彼女の霊力、体力共を考慮するとその役割を果たしきる事は出来ないのは明白。
太陽を目指し太陽に焼かれるその姿。
贋物の太陽は本物とは程遠い形となった。
全霊力を放出し立ち尽くしていたお空に最早意識は残っていなかった。
その足は、くの字に折れ、前のめりに地面に倒れ伏した。
地下の太陽は此処にその輝きを失った。
倒れ伏したお空の前に一人お燐が立ち尽くしていた。
両膝を地面についたかと思うと徐にお空の耳元で微かに何か呟いた。
そのままお空に重なるように倒れ、炎のドーム内に動く者は一人としていなくなった。
轟々と音を立て燃え続ける炎、全てを浄化し全てを飲み込むその存在は
周辺の木々も木の葉も灰へ煙へ転生させ。
多くの罪を重ねてきたお燐の姿さえもその炎の海の中へ消した。
メディスンに手を引かれ山の斜面から離れたチルノ。
茫然自失、彼女がこんな状態に陥る事は初めてと言っても過言ではないだろう。
数秒離れた後、瞬く間に後方から強い光と熱風が吹き込んできた。
振り向けばすぐ真後ろまでに炎の壁が迫っており燃え上がった音すら聞き取れなかった
数秒遅れて枝が爆ぜる音や燃え盛る深紅の炎の音が聞こえて来た。
為す術無くその光景を唯見つめることしか出来ない自分の無力さを呪うしかない。
氷精なのだ、迂闊に飛び込めば溶けてしまう。
隣を見ればメディスンも不安げな表情を浮かべている。
お空の存在は二者の間で共通の見解となっていた。
大きな大きな私達の太陽。
お空は絶対に戻ってくるって約束したんだ。
だからあの中で生きているはず。
体表に薄い氷を貼り、只管体温を下げる事に集中する。
心頭滅却すれば火もまた涼し。
冷たいと思えば火も冷たいのだ!
「よし、行くしかない。」
身体から冷気が発せられる程に体温は低くなっている。
支給品の水を軽く頭から被り、引火の可能性を下げる。
覚悟を決め火の壁へ面と向かい、氷塊を積み重ね入り口を確保する。
「本当に行くの?」
未だその音を轟かせ踊り狂う炎を目前としてメディスンがチルノへ尋ねる。
この炎の中へ入ろうなど正気の沙汰ではない、誰しもがそう思うだろう。
やらねばならぬ時があるのだ、人であろうと妖怪であろうと。
それが今だ、とチルノが語ったのを聞きメディスンは最早何も言う事は無かった。
周囲を炎の壁に囲まれた内部は図らずも円状の広場となっていた。
その中心に折り重なって倒れる二人分の人影。
幹が燃え朽ちた木が二者の上に圧し掛かっていた。
未だ高温で燻るその木は近づくだけで空気が歪んでいるのが見える。
だがこのままでは下のお空は焼け死んでしまう、大声で呼びかけているが返答はない。
チルノは自身の手に分厚く氷付けにしその幹を懸命に押し始めた。
妖精一人の力ではどうにも出来ない重さ。
メディスンにも協力を頼み全身全霊を賭して押す。
その重さは幼い二人にはどうする事も出来ない。
無力な自分自身を呪いチルノは木を思い切り叩いた。
願いが通じたのか天の施しか、細い木は脆く崩れ二人を引きずり出す事に成功した。
庇うように上に倒れ伏していた猫の妖怪を一先ず横に除け、お空の様態を見る。
額に手を当てて見るとまるで湯を沸かした後の様にその体温は上がっていた。
水を掛けようものなら沸騰して蒸発してしまいそうな。
ここで引き下がるわけには行かない、お空から受けた恩は山よりも高く海よりも深い。
突き刺さっていた剣を抜き二倍近くあるお空を背中に担ぐとじゅうと音を立て表面に纏っていた薄氷が溶け始めた。
一歩一歩慎重に歩を進め、出口へと向かおうとする。
その時メディスンが声をかけてきた。
「チルノ、こっちの妖怪はどうするの?」
背中は燻る木が倒れていた事で広範囲な火傷となっている。
胸に手を当て鼓動を確認するが弱弱しく今にも消えてしまいそうだった。
この猫はお空を傷つけ、あたい達を殺そうとして来た敵。
でも、ここで放置して殺してしまうとお空は絶対に悲しむだろう。
「メディ、そっちの妖怪も運び出して。」
どうせなら後悔しない道を選ぶんだ。
漸く運び出す事が出来た二人を地面にそっと寝かす。
チルノは体温の上がりすぎたお空の頭を冷却しようと終始冷気を送り続けている。
荒い息遣いが聞こえるので少なくとも心肺停止状態では無かった。
しかし危険な状態である事に変わりはない、このまま発熱が続くようであれば数時間もしない内に死んでしまう。
故にチルノは必死なのだった。
冷却しようと水を額に掛けてみるも将に焼け石に水、気休めにもならなかった。
頭部には自らの掌を翳し、体中至る所に氷を接触させ、氷が溶けては生成し再び接触させる繰り返し。
戻ってきて、お空。
まだあたい色んな事お空に教えてもらうんだ。
もっともっと強くなる方法も教えて欲しい。
だからこんな所で諦めちゃ駄目なのよ、あなたは。
其の眼は未だ開かない。
僅かな希望に縋り口を指で開き水を口に含ませ少量飲み込ませる。
お願い……これで目を覚まして……。
静寂の時が流れた、永遠にも感じられる時間だった。
祈るように冷却を続けているとお空の眉がピクリと動いた。
チルノはその微細な変化に気づき大声で再び呼びかけた。
「お空、聞こえてるなら目を開けて!」
瞼がしばしばと動く、そして緩慢な動きながらも徐々にその瞼が開いていく。
気がついた!
「チ……ルノ?」
冷却の手を止め無我夢中でお空の身体へと抱きつく。
温もりがひしひしと伝わってくる。
「良かった……本当に良かった……もう二度と会えないかと思った……。」
涙でぐしゃぐしゃに濡れた顔で胸に顔を埋め泣きじゃくる。
そんなチルノを見て微笑むと傷だらけの身体のまま立ち上がろうとする、が膝は動かせなかった。
「お燐は……お燐はどうなったの……?」
チルノが俯き指差した方向へ視線を向けると
そこには顔に火傷を負い僅かに肩が上下するお燐の姿があった。
見れば足や腕も紅く腫れ上がり、焼け爛れている。
死にきれなかった、そして殺しきれなかった私の業を心に深く刻み込む姿だった。
神様はなんて残酷なんだろう、親友を送る力さえも残してくれないなんて。
お空は必死に這いずる様にして傍へと寄って行く。
痛覚などの相手をしている暇は無い。
「お燐、どうしてあんな事になっちゃったの……?」
最早虫の息だ、恐らく喉や気管にも熱風の傷はあるだろう、話す事さえ辛いかもしれない。
だから私はここで直にお燐を楽にしてあげるべきなのかもしれない。
だが聞かなければ、聞いておかなければならないのだ。
目は開かず口が微かに動きとても小さな声でお燐は語り始めた。
「あたいね……みんな信用出来なくなってた、さとり様もこいし様も、お空も。」
「仲間だと思ってた者に……裏切られて。」
「ずるいよね、いい顔見せておいて。」
「生き残るには……それしかないと思った。」
「でも……もういいんだよね。」
「お空……最期に顔を触らせてく…る?もう良く見えないんだ……。」
燐の手を取り自らの顔の位置まで持ってくるお空。
焼け爛れた燐の手はお空の顔の輪郭線をなぞる様に触れていった。
鼻や口、髪などを一通り撫でて行った後両頬でその手は止まった。
「ありがとう……これで後悔は無いよ……。」
声もか細く掠れている、あの澄んだ声の面影は無い。
「ごめんね、さとり様をお願い、お空。」
最期の一言を振り絞ったように伝え息を吐き出した後、その両手は力無く地面へと落ちた。
ふっとその表情が和らいだ気がした、数多の艱難辛苦を経て純な表情を失ったその顔の最後は安らかなものだった。
その場に居た誰もが一言も発せず、時は静かに流れていた。
「チルノ、私最強になんてなれなかった。」
お空が呟く様に言った。
話しかけたのかもしれないし独り言だったのかもしれない。
虫達の喧騒や鳥達の会話、木々の戯れさえも一切ない森林の中、その声だけが澄んで響いた。
二者の心にも重く響いていた。
「大好きなお燐を、大切なみんなを守るはずだったのに……それなのに……。」
「お空は守ってくれたよ、あたい達の事も、その猫の事も。」
チルノはハッキリとそう伝えた。
壊れきっていた燐の心を開放したのは間違いなくお空の力だ。
殺されそうになったあたい達を助けてくれたのは間違いなくお空の覚悟だ。
あたいは確かにお空から学んだ、最強のあり方を。
そしてこれからも学んでいく、その生き方を。
「……チルノ、メディスン、少し二人っきりにさせて。」
二人は何も言わず足早にお空と燐の亡骸から離れていった。
歩き離れて行く二人が後方から聞いたのは
憚らず咽び泣き嗚咽するお空の泣く声だった。
【火焔猫燐 死亡】
【残り 33人】
【C-5 南東部森林 午後 一日目】
【霊烏路空】
[状態]霊力0 疲労極大 高熱状態{チルノによる定時冷却か冷水が必須} 左手に刺傷 腹・脚部軽度打撲 頭痛 心傷
[装備]なし
[道具]支給品一式(水一部使用)、ノートパソコン(換えのバッテリーあり)、スキマ発生装置(24時間以降に再使用可)
[思考・状況]基本方針:自分の力を試し、力を見せ付ける
1.……。
※現状をある程度理解しました
【チルノ】
[状態]霊力消費状態[6時間程度で全快]
[装備]なし
[道具]支給品一式(水一部使用)、ヴァイオリン、博麗神社の箒 緋想の剣 洩矢の鉄の輪*1
[思考・状況]基本方針:お空に着いてく
1.よわってるおくうをまもる
2.最強のなにかになりたい。
3.おくうのことが好きになった。
※現状を少し理解しました
【
メディスン・メランコリー】
[状態]健康
[装備]懐中電灯 萎れたスズラン
[道具]支給品一式(懐中電灯抜き) ランダムアイテム1~3個
[思考・状況]基本方針:毒を取り戻す
1.とりあえずチルノ達について行く
2.八意先生に相談してみよう
3.空の本音は……?
※主催者の説明を完全に聞き逃しています。
※夢の内容はおぼろげにしか覚えていません。
※C-5山肌が一部燃えています、延焼の可能性も考えられます。
※鉄の輪の一つはC-5北部山中に落ちています。
※燐のスキマ袋(首輪探知機、萃香の瓢箪、気質発現装置、東のつづら 萃香の分銅● 支給品一式*4 不明支給品*4)
はとりあえずメディスンが背負っています。
※燐空両者のスキマ袋は火炎による熱で内部の道具が破損している可能性があります、損傷自体の有無と程度に関しては次の方にお任せします。
最終更新:2010年03月10日 19:56