驟雨の死骸と腹の中、それでも太陽信じてる。(前編) ◆BmrsvDTOHo
ひたひたと湿り気を帯びた地面を踏みしめる音が辺りに響く。
例えこの近くに多くの参加者が居ようとも、僅かなその音を聞き取るのは至難であろう。
抜き足差し足忍び足といった言葉で表すのが最も適した歩き方であった。
特段行動に理由があるわけでもない、が強いて言うなら急ぐ必要がもうなくなったからとでも言うべきか。
元々倫理や淑徳に基づいた行動を取る事自体このゲームではバカげたものであったと悟っており
協調や同盟、結託や親しげな言動などは相手を見極める何の基準にもならないのだ。
現に私がその教科書的存在となっている、自らを嘲笑する気さえ起こらない。
故に道に背いた行動を執るたる理由となるのだ。
今から向かおうとしている館は以往聞いた話に拠ると吸血鬼の館らしいが。
そもそもこの幻想郷の多種多様な妖怪の中であのように個を発揮出来る種というのは稀だ。
未確認の妖怪を含めてもそれらは大多数に分類され、名を持つ事すら許されてはいないのだ。
やはりそうなると個を発揮出来る妖怪イコール、力を持つ妖怪と言う事になるのだろう。
しかし力を持つ妖怪となると多くは尊大で傲慢、傍若無人唯我独尊。
寧ろ安定した世界に仕上がっていることの方が驚きだ。
いくら人間と妖怪の決闘用
ルール、スペルカードシステムがあるとは言っても
強大な力は持っていて嬉しい只のコレクションではない、全力で使用出来ないとあれば鬱憤も溜まる。
皆誤魔化されているのだ、人間側に。
とは言えあの平和が嫌いだったわけではない、たまに地上に遊び出ては神社の縁側で地上の太陽の下過ごす事は大好きだ。
そんな平素な毎日を過ごしながらも適度な刺激がある。
スペルカードの芸術性や難度を高めようとあの手この手で四苦八苦して考え出し
同じく全力で向かってくる相手に攻略されようと、撃破しようともお互いに残る爽快感。
この世で最も無駄なゲーム、もといスポーツとも言えるだろうか。
森が開け、目の前に大きな門戸が現れた。
しんと静まり返った紅い館の中に人妖の気配は感じられない、レーダーにも反応なし。
尤もあたいの勘はこの中に何かある、とビンビン告げている。
まぁ成り行きで戦いに巻き込まれたとしても負ける気なんてしない、なんたってあたいは無敵なんだから。
「おっじゃましまーす。」
悪趣味な紅い扉に付けられた金ピカの取手……の残骸を捻り、
悪魔の巣へと踏み入る、たとえ壊れていようと礼儀は忘れない。
物音一つしない広大な館内は屋外よりも余計不気味に感じられる。
ちょいと見回してみると家具やその他で構成されていたと見られるバリケードの残骸。
なんだいなんだい、後片付けはきちんとしなきゃいけないものなんだよ?
そして高貴な館には似つかわしくない不浄の臭いが充満していた。
滾りそそられる血の臭い。
その発生源と思わしきモノがエントランスの片隅に鎮座していた。
これはお空に力を与えた神様だったかね?うろ覚えだからあってるかわかんないけど。
後数日間放置し続ければ、汚水と腐肉と小蝿の三つに分化されるだろう。
そういった死体が嫌いなわけではない、あたいは平等主義者なのだ。
だが原型を留めておらず腐敗臭漂うモノを保存するのには手間がかかる。
少々気が引けるが死体に手を当て会話を試みる。
湖で拾ったお姉さんで試して分かっていることだが雑駁な念くらいは読み取る事が出来る。
この神様は……いいねぇ悔恨と未練に満ち溢れてる。
普段ならこういった魂が此の世を怨み怨霊となるんだけど……。
神様の怨霊なんて心躍るようだよ。
剣はまだまだ使えそうだね、かなりの業物だとあたいの勘が言っている。
血塗られた怨念の篭った凶刃なんて強靭な狂人にぴったりじゃないか。
神様はやはりあたいを見放してはいないみたいだね、天からの贈り物と思ってありがたく頂いておこう。
脇に転がっている神様のスキマ袋と正体不明の袋をおもむろに手に取りとりあえず肩にかけて置く、大量大量~。
この死体……はどうしようか、一通り館内を探索してからでも良いかな?
んーとでも優勝者は一人だけだっけ。
それならあたい以外は全員死体になるんだよね?
ならここに置いておいても問題はないかも。
追って考えるとしますか。
紅い絨毯が敷き詰められた奥が暗む程の長い廊下を渡っていた時の事。
T字路の曲がり角に差し掛かった時、不意に何かが光った。
注意深く近寄り指で触れてみるとピンと緊張しているピアノ線だった。
気づかないで通り過ぎようとしていれば死にはしないだろうが、多くの裂傷を負っていただろう。
やっぱり悪魔の巣と言うだけありトラップに関しても非道なモノが多いのかねぇ。
一先ず進路妨害となり得る其れを鉄の輪で切断し危険を排除する。
奥に位置していた二階へ向かうであろう細い階段を昇り、フラリフラリと気の向くまま歩いて行った先に
一部屋だけ扉が開け放たれた部屋が見えた。
中に居たのは見知った顔の死体、土蜘蛛のヤマメ。
明るく快活な少女で会話も上手く、話しているだけで心は弾み自然と笑みが零れる。
稲穂の様に金色に輝いていた髪は赤黒い血で目玉同様最早その輝きを失っており。
くりくりとした円らな瞳の片方は所定の位置から零れ落ちている。
嗚呼あたいと同じ境遇の者と引き合わせるなんて神様は皮肉な悪戯をするもんだねぇ。
でも大きな違いがある、ヤマメは死んでいてあたいはこうして生きている。
これが格の違いってやつかね、妖怪としての。
燐の手が徐々に損傷のない目へと伸びていく。
触れるか触れないかの位置でその手は止まった、手は握っては閉じてを繰り返している。
一瞬の出来事であった、鋭利で冷たい爪と細く滑らかな指とがヤマメの眼を抉り取った。
力任せにその神経を引き千切ると燐はその白い掌の中で目玉をコロコロと転がした。
白の領域を赤が見る見るうちに侵蝕し不気味なパターンを作り上げている。
ソレを今は無き右目の前に持ってきて、その様子を左目でまじまじと観察。
未だに血の滴るソレを自らの右目眼窩に押し込もうとしていた。
当然ながら填まるはずもないのだが、狂者はそんな常識を持ち合わせていない。
そのまま眼は掌から転げ落ち、地面に音を立て着地した。
残った目も頂いて有効活用してやろうと思ったけど、たとえ填まろうと無くなったモノが戻るわけでもない。
リタイアした弱いあなたにこの先を見る資格はないわ、閲覧禁止なの残念ながら。
これ以上は勝利者の特権ってものなの、さっきからあなたの後ろに居る と同じ様に暗闇にいらっしゃい、お帰りなさい?
足を振り上げ靴の底で転がっているソレを踏みつけると水っぽい音と共に液体ともつかぬ物が飛び散った。
全て片付け終わったらコレクションに加えてあげるからそれまで待っていてね、ヤマメ。
かんと静まり返った室内、両目の無い亡骸がそこには残されていた。
他に何かないものかと部屋を出て探索していると一際大きな扉に豪華絢爛な装飾が施されたドアノブが見つかった。
恐らく、というよりも先ず間違いなく館主の部屋であろう。
この悪趣味な館の館主の面を拝んでみたいという気もする、当たり前だが現在不在のようである。
一応作法としてノックを三回した後返事が無いのを確認しその扉を開く。
整然と並べられた家具は素人目で見ても一線を画しているのが分かる。
天蓋付のベッドのサイドテーブルには紅茶とそれの共として茶菓子が並べられていた。
淹れたてなのかその紅茶からはまだ湯気が立ち上っていて辺りには芳ばしい匂いが漂っていた。
こういう厚意は有難く頂くモノよね、と燐はそのカップを手に取るとその味と匂いを楽しみつつ館主のため用意されたそれらを戴いた。
「ごちそーさまでした。」
軽食ではあるが約一日ぶりのマトモな食事、思えばタラの芽だってまともに食べられなかった。
あの場で得たものは悪意により押し付けられた疑惑のみだしね。
いや、でも自分に素直になる事に気づけたのだから感謝するべきなのかね?
どちらにせよあの兎さんとはもう一度あって話をしてみたいものだ。
粗方の探索を終えたので再びエントランスロビーに戻ろうと歩を進めていた
すると開け放たれた玄関扉の方からノイズ混じりの声が聞こえてきた。
どうやら再び主催者からの放送があるらしい、情報は生命線となり得るもの、聞き逃すわけにはいかない。
…………
………
……
…
ザザッという音と共に放送は途切れた。
今時までの死者は六名で生存者が34名。
うーんペースは落ちているけどいいねぇ、順調に潰し合ってくれている。
全員を手に掛けるよりも数が減った後刈る方が手間も少なくて済む。
あたい好みの死体に仕上げることが出来ないのは残念だけど……。
地図を引っ張り出し制限区域に当たる場所に該当する時間を書き込んでおく、これで失念しても安心。
さて、とこれでこの館にはもう用はないわね、収穫祭でも開いて小躍りしたいくらいの収穫量になっちゃった。
燐は再びその斜めに切り裂かれた紅の扉を押し開けると後ろ手で静かに閉じた。
再び外の明るい日差しに照らされ、暗い館内に慣れていた目を思わず細める。
前方に見える霧の湖に掛かっていた濃霧は徐々に晴れてきている。
これからどうしようか、特に宛ては無かった。
云々唸って考えていたが、ふとそこである事を思い出した。
さっきまで神様の御加護を受けていたのだから今回もそれに肖って見よう、と。
何を思ったか燐は紅魔館で手に入れた緋想の剣を前方に放り投げた。
空中をクルクルと回転し地面に音を立て倒れたそれは南を指し示していた。
「じゃあ南下ルートに決定ー」
木の棒程度の扱いをした緋想の剣を拾い上げ、再びその霧の中へ向け燐は歩き出した。
再び紅の館に静寂が訪れた。
建物も殆ど見あたら無い、畑と雑草で構成されるだだっ広い平野を奇妙な三人組が歩いていた。
一人は氷の妖精
チルノ、容姿こそ幼く小柄だがその力は妖精として分類される中では上位に位置する。
背中に生える見事な氷の羽はそれだけでも一見の価値はある。
一際体躯の大きい霊烏路 空、胸に妖しく輝く眼は八咫烏の力、核の力を象徴している。
大きな大きなその黒い羽は他の地獄烏とは比べ物にならない程硬く美しい艶を持っていた。
そして新たに出会った人形妖怪、メディスン・メランコリー。
倒れているメディスンに気づかずに踏みつけるという異色の邂逅を果たした後
お互いに簡素な自己紹介をした。
毒を操る事の出来る妖怪らしい、なんとも物騒な話だが私に敵うとは思えない。
聞けばメディスンは鈴蘭畑で気を失った後目覚めた、がそこに私達が降って来て今に至る、と……。
「それで、チルノこの方角で合ってるの?」
空は先陣を切ってずんずんと進んで行っている小さな背中に声を掛ける。
「さぁ?でも私の勘は良く当たるのよ!」
予想通り、と言えば予想通りの答えが返ってきた。
猪突猛進を体現した様な言動と行動。
「勘、ってあんたね……。」
呆れと憐みの混じった溜息が無意識に口から漏れる。
だが私も別に目的地となる方角を知っているわけでもない、一先ずはチルノに任せておこうか。
となると私の興味の対象は横で縮こまっているメディスンへと移った。
自己紹介だけでは内面までは知る事が出来ない。
まずは対話とスキンシップから、徐々に解していこう。
「あなたは、普段その鈴蘭畑からは出ないの?」
相手の身の回りの事は話題とし易い、当たり障りのなさそうな所から振ってみる。
「うん、人間どころか妖怪も近寄りたがらない程の猛毒の花だから、私自身も毒を振りまいちゃうし……。」
「そうなの……。」
一気に場の空気が重くなってしまった、これは失敗だったようだ。
うーん、やっぱり私、口はあまり上手くないなあ、こういう場合お燐なら幾らでも喋れるんだろうけど。
これ以上続けられる気もしないので、実直な話題を振る。
「メディスン、あなたはこの後どうしたい?」
出来るだけ怯えさせない様に目線の高さを合わせ優しく語りかけたつもりではあったが
突然核心に当たる話を振ったからかその小さな肩と金色の髪がビクッと揺れ動いた。
やはり独特な体徴が威圧的な雰囲気を醸し出してしまうのだろうか。
「わ……私良くわからないの、何でここに居るのかも何故こんな事になっているのかも……。」
声が微かに震えている、そんなに私が怖いのかと思うと少し気落ちする。
「私だって分からないわ、でも動かないわけにはいかないみたいなの。」
先刻の首輪騒動の件を頭に思い浮かべ空はそう述べる、あれは危なかった。
開始時の殺人劇は見ていて非常に腹立たしいものだった。
あのムカつく奴の衒った顔に一発拳を叩き込んでやらないとこの腹立ちは収まらない。
「でも、一人よりも二人、二人よりも三人で居た方が心強い。」
「だから私達と一緒に来てくれる?」
心からの考え、いくら最強と言っても一人では心寂しいモノがある。
霧の湖に着いた後どうするかなんて考えていない。
チルノは何事も無く遊べるとでも考えているのだろうか、この会場に満ちる空気は何か変だ。
メディスンだって放っておけば萎びてしまいそうなくらいか細く健気だ。
「うん……。」
「そう、ありがとう。」
弱弱しいながらも頷きを返したメディスンに対しニコりと微笑みかける。
対してぎこちない笑みがメディスンから返って来た事に安堵する。
メディスンの行動範囲である無明の塚は瘴気に満ち溢れている。
人間が其処に訪れない理由は勿論妖怪が多い事もあるがその毒気にやられてしまうからだ。
そんな事と未だ妖怪となって間もない事からメディスンは感情の享受経験に欠けていた。
メディスンは人間を忌み嫌い、人間はメディスンを忌み嫌う。
本来ならばそれで何の問題も無い関係である。
新米妖怪にとって人間に関しての知識に疎い事の危険性を知る術は無かった。
か弱いからこそ知恵を付け、文明を作り出し、豊かな感情を持っているのだ。
その刺激は個々を尊重する妖怪にとって耐性が必要なものだった。
投げ掛けられたお空の曇り無い微笑みは、殊の外新鮮であり眩しいものであった。
悪意や嫉み恐怖といった感情には慣れていたが善意や親しみなど友好的な感情を受け取るのは初めて。
経験した事のない衝撃がメディスンの中に生まれるのはごく自然な事だ。
メディスンにその心が惹かれる感覚が他者に対する興味という感情と知る由はない。
僅かながら乾いた空気と溝が埋まった気がした。
「あ、なんか聞こえる。」
チルノが思い出したように喋り始めた。
確かにブツッという音が断片的に聞こえる。
「--------------皆様、お体の具合はいかかで?……」
周囲に耳障りなノイズと共に声が聞こえてきた。
間違いない、あの開始時に澄まして喋っていた主催者の声だ。
相変わらず偉そうに高説を垂れている。
が、途中で気になる単語が出てきた、
第一回放送という。
寝ている間に聞き逃したのだろう、まあどうでもいいか。
その後淡々と名前が読み上げられていく、死んでリタイアした者達ってどういう事?まさかとは思うけど……。
入ると首輪が爆発する禁止エリアも発表されている、どうやら時間によって増えて行くみたいね。
「………では、次の放送を聴けるようにがんばりなさい」
始まりと同じくノイズが入った後放送がブツりと途切れる。
「チルノ、今の放送聞いてた?」
どこか上の空の様子のチルノに念のため尋ねてみる。
「あーもう!何であんな遠まわしな言い方するのさ、分かりにくいじゃない!」
どうやら彼女なりに必死に内容を理解しようと奮闘していたようだ。
私だって頭の良いほうではないがそれでもなんとか理解出来た、その内理解するだろうから放っておこう。
メディスンに視線を向けると再び怯えた様子が見て取れる、殺し合い等の物騒な単語が出てきたからだろうか。
私だって驚いている、未だ半信半疑ではあるが何か引っかかる。
幸いにも今読み上げられた名前の中にさとり様、こいし様、お燐の名は無かった。
万が一、という事もある、死者の名前として読み上げられるなんて縁起でもない。
チルノが先陣、お空とメディスンがその後ろに付く形で何も無い平野を進んで行く。
非常に不安ではあるがとりあえず任せてみようと結論付けたのだ。
何処で拾ったのか木の棒をブンブンと振り回しながら妖精の勘とやらに頼って道を決めている。
それに頼るしかないと言うのも情けない話ではあるが地上に出て間もない私にこの辺りの地理は分からない。
左手には脈々とそびえる山々が見える、
地霊殿に居た頃には見られなかった地上特有の風景だ。
雄雄しく連なっているそれらは八咫烏様には敵わないものの力強く美しかった。
胸に植え付けられた八咫烏様の眼がギロリとこちらを睨んだ気がした、迂闊に褒める物ではない。
「お、前から誰来てる。」
先頭を切っていたチルノが声を上げる。
確かに豆粒程の人影がこちらに向かって歩いて来ているのが見て取れる。
だが“居る”事が分かるだけで身形までは良く見えない、何故か既視感に襲われた。
ともあれ此れだけ歩いて殆ど人妖と遭遇しなかっただけにその影に安堵感を覚えたのも確かだった。
万が一これが本当の殺し合いであった場合不用意に近づくのは頷けない。
さてどうしたものか……避けるべきか。
「ちょっとあたいがひとっ飛びして誰か確認してくる!」
「あ、こら!」
止める間もなくチルノはひとっ飛び……もとい走り出していってしまった。
慌てて私とメディスンも後ろを追いかける、がチルノは意外と早かった。
数十メートル前を走っているチルノを只管追いかける。
これだからチビっ子は困るんだ……。
横を走っていたメディスンが徐々に疲れてきたようなのでひょいと担ぐと二人で追いかける。
軽い少女一人加わった程度で八咫烏様の力を得た私の疲労は変わらないのよ。
と、その時地の先からチルノの叫び声が聞こえてきた。
張り上げられたその威勢の良い声は数十メートル近く開いたこの場所にまで聞こえる。
「やいやいそこのお前!あたいの事を無視するなんて何者だ!」
……どうやら無視されて怒っているらしい、相手にするのも億劫なのかチルノにクルりと背を向けている。
「……良い度胸ね!このチルノ様をここまで一貫して無視するとは。」
手に氷塊を出したと思うと徐にその“影”に走り出した。
殴りかかるつもりなのかぶつけるつもりなのか分からないが、誰であろうと手を出して良い結果が得られるはずもない。
攻撃即ち宣戦布告と取られて当然、別に負ける気なんてこれっぽっちもしないが出来れば避けておきたい。
「馬鹿!チルノ攻撃するな!」
チルノが走りながらこちらをクルリと振り返ったと思うとまた声を張り上げた。
前方不注意はいつ何時も危険なものである。
たとえそれが歩行中であっても足元には気をつけるべきなのだ。
走行中であるならばなおさらの事注意すべきだ。
「馬鹿って言うなこのb……」
フベッ!という小気味の良い声と共に小さな人影が地にキスをした。
見事顔面から行った、痛いってもんじゃないだろう。
しかしそれが僥倖となるなんて誰が想像しただろうか。
その僅か数十cm上、空を切り裂く音と共に橙色の刀身を持った緋想の剣が空振った。
もし転倒していなければ悪意と血がこびり付いたその剣がチルノの胴を無残に引き裂いていた。
そして、剣を振るっているのは紅いみつあみの髪、猫の耳を持った少女は見間違えるはずも無く。
「あれっ外した?」
お燐だった。
見知った顔である筈の面持ちは大きく変容していた。
ここまで心から楽しそうなお燐はそう見たことは無い。
身体はその表情に反するかのように酷く痛めつけられていた。
片目が無いのだ、血が赤黒くこびりついている。
服にも紅い飛沫が飛び散りその異様さを引き立てていた。
まさかあれはその手に掛けた者の……。
あんなにも優しかったお燐が何故?
何故チルノを殺そうとした?
振るう剣に一瞬の迷いも見られなかった。
錯乱しているのか?
そうだ、錯乱しているに違いない。
あんな優しかったお燐が自ら人を殺せるはずがない。
ここは一度退くしか……話を聞いてくれる状態でもなさそうだ。
何より、この二人は関係ない。
「…って痛いじゃないのさ!お空がいきなり叫ぶから転んじゃったじゃないの!」
地面にへばり付いていたチルノがむくりと起き上がり喚いた。
……その時には既に目の前に燃え盛る火の玉が迫っていた。
轟々と音を立てて迫り来るソレを見てチルノはほぼ反射的に屈んでいた。
屈まなかったら蒸発する、と野生の勘が告げていた。
必死に手を頭に遣り震えている事しか出来なかった。
ふむ、やはり神様は奇妙な巡り合わせを好むみたいだね。
先刻の片目を欠いたヤマメの死体との邂逅やら今回のコレやら。
目の前にいた馬鹿な氷精はどうでも良い。
燐の興味は格下の妖精には向いてはいなかった。
まさかこんなに早く地霊殿の仲間と遭遇するなんてね。
それで、どうすればいいんだっけ?あったら。
ころすんだったっけ?
どうせなかまになってもろくなことがないのはもう経験ずみだ。
痛みはすくないにこしたことはない、あたいだっていたいのはいやだし。
じゃあとっとと三人ともかたづけてつぎへ。
そういえば太陽をたべたけものがいたっけ、あまぐも?なんかちがうなぁ。
さとりさまはよわいひとだ、あたいがさがしてまもってあげないと?
ずっとずっとそばにおいてあげないとふあんでしょうがない。
だから……。
お空がその制御棒を此方に向け弾幕を放ってきた。
だがその弾幕は明らかに手心の篭った一撃、何時もの勢いなんてあったもんじゃない。
あ、でも制限が加わっているのに気づいてないのかな?
ともあれ力の配分を間違っているのは確かだ。
「こんな大振りな弾幕あたりゃしないよ~」
視界を覆うほどの大きさで相変わらず馬鹿げた威力だが直線的すぎるその大玉は横に一歩避けるだけで済んだ。
直情馬鹿、の一言で片付けるには反則的な力。
「そんなんじゃウォームアップにもならないよ。」
大玉を避け視界が開けた途端、お空の姿が目の前に飛び込んできた。
始めからその弾幕はフェイク。
その注意を弾幕に引きつけると共に、視界を遮り接近そして……。
「っっ!」
支給品を沸かしたお湯をお燐に向け投げつけた。
灼熱地獄の業火に慣れているとは言え煮えたぎったお湯を体にかけられれば怯みが生じる。
地面を転がりその熱さに悶えるお燐。
痛覚はなくとも熱さは感じる。
その間僅か一分にも満たない時間。
燐に掛かったお湯がその熱さを無くし、冷静さを取り戻すのに払った代償はお空達の逃走だった。
むくりと起き上がった燐は周囲をキョロキョロと見回す。
遥か遠くに豆粒大の影。
別に逃がしても良い、だがお空を他の誰かに殺されたくは無い。
と言うよりもきにくわない。
親友なのだ、あたい好みのしたいにしあげたい。
あたいだけのおくうにしてあげる。
コレクションにすればずっといっしょ。
えいえんにいっしょ、おくうと。
お燐の事だ、手加減した火球が直撃しようとあの程度の熱湯を掛けようと火傷なんて負わないだろう。
それでも隙を生み出すには十分だった、小さな仲間を二人小脇に抱えてお空は山中を駆けていた。
何であんな風になってしまったのよ……お燐。
「……なしなさいよ!放しなさいよ!」
チルノが騒いでいる、焦って抱えたためその顔は進行方向と逆を向いている。
「何で逃げたのさ!お空の弱虫!」
妖精には場の空気が読めないのか、或いは単にチルノの性情のせいなのか、単に後者だろう。
明らかに様子のおかしい空に向かい不躾な言葉をぶつけていた。
お空は何も答えない、唇を噛み締め苦い表情をしていた。
暫し駆けた後、道半ばで急に止まった。
地に二人を下ろしその頭をわしゃわしゃと撫でる。
「二人はこのまま真っ直ぐ南に下りて麓で待っていてくれる?」
「私は……お燐と話をして来なきゃいけないから。」
いつに無く真剣な表情でお空が二人に語りかける。
そうだ、私はあの子を止めなければならない義務がある。
嘗て自分が増長しすぎた時に怨霊を地上に送るというリスクを背負ってまで私を止めてくれたお燐。
その恩を返す時が今なのだろう、出来ればこんな悲しい機会で返したくは無かった。
「あたいも付いて行く!お空だけに良い格好させるもんか!」
ここで退けばまたお空に負けた様な気がしてくる。
お空への憧れと同時にプライドの高いチルノは置いてきぼりにされる事に強い対抗感を覚えていた。
暫しの沈黙の後お空が宥めるかの様にチルノに語りかけた。
「チルノ。」
「これは私達二人の問題、だから。」
「う……。」
瞳に宿った決意は妖精であるチルノや妖怪に成り立てのメディスンにも読み取れるほど強く真っ直ぐなモノだった。
そこに水を注せる雰囲気は無く、ただ頷く事しか二人には出来なかった。
「ありがとう……。」
そう言い残し背中を向け来た道を引き返していく姿は風前の灯の様に儚げだった。
どこか物寂しげな、哀愁を漂わせるその背中。
「お空!」
その背中に向けチルノが声を振り絞り叫ぶ。
「絶対戻ってくるよね?」
何故か言わなければ二度と会えないような気がして。
呼びかけに歩みを止めたお空はその右手を上に挙げ返答すると今度こそ行ってしまった。
その後ろ姿を見送った後、残されたメディスンとチルノは只管麓を目指し下って行った。
会話も無く二人とも言い表せない不安とそれを伝える事の出来ないもどかしさを抱えたまま。
上空に燦燦と輝く太陽とは裏腹に二人の頭の中には灰色の雲が掛かっていた。
振り払っても振り払っても払拭しきれないその不安は徐々に大きく育っていく。
地面に残された足跡を辿り燐は山中に足を踏み入れた。
斜面は緩く腰程の高さがある草叢が茂生している。
人の手があまり加わらず、獣道の様な倒れた草が織り成す道を唯ひたすら登って行った。
ほぼ間違いなくお空もこの道を通っていることだろう。
追跡は容易だ、早く追いついて一緒になりたい。
親友は何時も一緒にあるべきなのだ、何時も。
再び神様は私に微笑んだようだった、日頃の行いが良いからだろうか。
お空が道の先から此方を目指し真っ直ぐと歩いて来ている。
思わず口元が緩み、笑みが零れる。
乾いた笑みではない、自然な満面の笑みであった。
「やあ、お空」
声が多少上ずったがこれも歓喜の表れだ、止める事は出来なかった。
「お燐、あなた一体どうしちゃったの?」
再びその姿を見ても酷い怪我だ、肩にも深い刺傷が見受けられた。
右目のないその顔で不気味に微笑む親友の有様はとても見ていられないモノだった。
「まさか他の妖怪に襲われてそんな風に?」
そうであって欲しい、という身勝手な願いが言葉に表れていた。
もしかしたら一方的に襲われただけかもしれない、お燐はただの被害者かもしれない。
まだ自分の親友は手を血に染めていない、と信じていたかった。
そんな想いもお燐が紡ぐ言葉によって打ち砕かれる事になる。
「他の妖怪にやられて?」
ケラケラと笑うお燐は本当に心底可笑しそうな様子を見せた。
「そうね、それはそれでだいたいあっているかもしれない。」
「ある意味不意を衝かれて嵌められたのだから襲われたとも言えるかもね。」
「けどね、傷の代償としてあたいは戦いに於ける真理を得たのさ!」
「人を信じない事、無慈悲になる事、そしてね…。」
だらりとだらしなく下げていた手に握っていた緋想の剣を肩近くまで振り上げ
私の胴体目掛けて勢い良く振り下ろしてきた。
咄嗟に右手の制御棒で防ぐがその勢いには躊躇いなど微塵も感じられなかった。
「昔の縁由を断ち切ること。」
「お空、もうこの手はとっくに汚れているんだよ。」
寸陰、目の前のお燐が猫に姿を変えその尻尾で掴んだ鉄の輪が首元目掛けて襲い掛かってきた。
身を引く事で何とか血の噴水になる事は避けるが、瞬時に口に加えた剣で胸部目掛けて飛び付いてくる。
息を吐く間も無いその応酬に言葉を発する時間さえ取らせてくれない程だ。
人型に戻ったお燐が猫の口元程の高さの位置の剣を蹴り上げ逆手で振う、狙うは頭部。
屈んでその振るわれた剣を避ける、同時にその眼前にお燐の膝蹴りが急襲。
「お燐、あんたは何でそんな……。」
防いだ後此方も制御棒を振るう等で反撃を入れようとはするが如何せん猫の姿と人型を織り交ぜて攻撃してくる。
どうしても捉えきる事が出来ない。
対して此方も烏になれば良いかと言えばそうではない、寧ろ唯一の武器らしい武器の制御棒さえ使えなくなり却って不利だ。
もう語りかけるのも無駄なのだろうか、狂疾に囚われた親友を救う手立てはもう無いのだろうか。
「その眼を見ればわかるよ、なにがいいたいのか、なにがやりたいのか」
「あたいは正気だよ、お空。」
「自分に素直になるとこんなにも満ち足りた気分になれるんだと知ったんだ。」
「だからそろそろ観念してくれないかな?」
迷いの無い太刀筋は確かに強かった、悲しいまでに強い。
ここで私が殺されてしまえばもうお燐を止めようとする者は居なくなるだろう。
負けられないんだ、この戦いは。
交錯し相反する思いがぶつかり合い火花を散らしていた。
お空と分かれた後、言い付け通り黙々と山を下り続けていたメディスンとチルノ。
頂点を超え逆斜面の山の中腹辺りまでに差し掛かった時会話の無かった二者の沈黙をチルノが破った。
「ねえ、メディスン。」
先程までの威勢は既にない、彼女らしくない重苦しい声のトーンで喋り始めた。
「何?」
恐らく言わんとしている事はもうメディスンにも伝わっている事だろう。
だけど敢えて口に出す、この言葉を。
「戻ろうよ、お空の下へ。」
戻って何が出来るかなんてあたいには分からない。
でもお空にはまだ教えて欲しい事がいっぱいある。
ちょっとでもお空の役に立てるかもしれない。
そんな根拠のない自信から足取りは重くなっていた。
「私は空さんの事はまだ良く知らない、けど空さんが望んだのは私達を先に行かせる事だったよ?」
「そんなの分かってる、でも……それでも。」
みんなを守る為の最強、お空はそう言っていた。
あたいには今まで守るべき対象なんていなかった。
今お空はその守りたいと願っていた相手と戦っている、傷つかない訳が無い。
私はそんなお空を守りたい、守ってあげたい。
「ごめんねメディスン、あたいはやっぱり行くよ、お空を守りに。」
踵を返し再び山を登って行くその姿に迷いは感じられない。
私はどうするべきなんだろうか……。
放送というもので聞こえてきたのは間違いなく八意先生のものだった。
この事自体もしかしたら大規模な実験なのかな。
とにかく八意先生に会いたい、けどお空達の行く末も気になるのは確かだった。
始まりはあんな出会いであったがお空が私に向けてくれた笑みは紛れも無く純粋で好意の篭ったものだった。
あんなに真っ直ぐな性格の妖怪には久々に出会った。
お空の事をもっとよく知りたいと強く思った。
その時既に足は無意識にチルノの後ろを追っていた。
こうして二人は言い付けを破り山を引き返した。
これが大きな分水嶺となる。
背の高い草の生い茂る山中、未だお燐の攻撃は熾烈を極めていた。
地形の利を上手く生かした戦法を取る燐はその速度と手数の多さを生かして一撃離脱戦法を取っていた。
草叢から飛び出してはこちらの首を掻き切ろうと鉄の輪を振って来る。
最早私が何を言ってもお燐は聞く耳を持ってくれない、懸命の呼びかけにも妖しい笑みと振舞われる剣筋で答えて来るのみだった。
ここまでキャットウォークが嫌らしい攻撃だとは思いもしなかった。
自機狙いで突進してくるだけではなく置き土産として残して行く弾幕の量、性質共に“弾幕ごっこ”の時の其れとはモノが違った。
弾幕に規律性はなくばら撒くだけばら撒くものとなっており、隙や慢心さえあれば首を描き切ろうとしてくる。
しかし単調な攻撃である事に変わりはない、避け続けていれば自然と眼も慣れ、回避にも余裕が出てくる。
飛び掛ってくるタイミングに合わせ制御棒でその刃を防ぐ、足で堪えるが衝撃は大きなものだった。
「お燐、そんな単調な攻撃が何時までも効くと思う?」
「この一発で目覚ましなさい!」
すっと着地したお燐に右足の融合の足でその刃を押しのけるようにして足蹴りする。
ゴツゴツとした右足の勢いを乗せた足蹴によりその体は再び草叢へと押し戻された。
大きなダメージにはならないだろうが衝撃と意思表示には十分な威力だ。
藪の中からお燐の声が聞こえる。
ケラケラと笑いながら。
「今のは中々の反応だったよ、流石お空だね、よくできましたー。」
あやす様な口ぶりでこちらを褒めちぎってくる。
「でも単調な攻撃ってのはいただけないねー、ただ駆け回っていただけだと思うの?」
草薮がガサガサと音を立てている、見ればグルリと囲むようにして茂みが揺れ動いている。
「弾幕ごっこならこんな手は使っちゃ駄目なんだけどね。」
さぞ嬉しそうに言葉を紡ぐ、禁じ手を使う事自体は甘美なるものなのだ。
この会場に於いて卑怯や違反といった言葉は寧ろ相手に対する賛辞となってしまう。
何を言おうと負け犬の遠吠え、勝者のみが相手を自由にする権利を得られる。
例え相手を生かそうと殺そうとそれは勝手なのである。
「今やってるのは殺し合いだから」
お燐がそう言い放つのと同時に周囲の草叢から弾幕が浮かび上がる
普段地獄跡で見かける怨霊を模した弾幕、食人怨霊が逆回転で重ねられて四重となっている。
駆け回り私をここから逃がさない様にしたのはこのためか……。
蜘蛛の巣に掛けるために綿密に飛び回ってホールドしておいた、と。
だが複雑な弾幕程以外にも抜け道は見つけやすいものである。
時間差で迫り来るのが幸いし一つ一つ丁寧に避けていけば造作のないものだと思った。
何度も見た事のあるお燐の弾幕だ、避け方も知っている。
それだけに妙に引っかかるモノがあった、これだけならば弾幕ごっこに於ける禁じ手と言う程のものではない。
せいぜいLunaticないしHard程度だろう。
禁じ手となるのは回避不可、という事は……。
案の定最後の食人怨霊を避けた途端、旧地獄の針山の回転弾が飛んできた。
確かに、これならば禁じ手となるだろう、下がれば爆発若しくは後方から戻る弾に当たり、かといって前進は不可。
道が無いならば道を作れば良い、私にはそのためのスペルも能力もあった。
迫る針山にお空は敢えて向かって行った、接触まで後数mという所。
本来ならば自殺行為にしか過ぎないその行動、だが核融合、究極の力は不可能を可能とする。
刹那、お空の前に薄い膜の様な物が現れた。
核熱バイザー、弾幕を打ち消す用途に使用出来る上に、攻撃も可能。
実に5つもの針山を消し、最早遮るものはないと思っていた。
それが甘かったのだ。
お燐とは長い付き合いなのだから想定され得る、という所まで頭が回っていなかった。
針山弾幕と核熱バイザーが相殺されると同時に目の前に異物が飛んできた。
唐突すぎるその物体の出現にお空は為す術なく後方に飛ばされた。
後方にあるは収縮中の弾幕、そこに飛ばされるという事が意味するのは……。
「 」
焼ける様な痛みと共に深々と背中に突き刺さる針状弾。
あまりの激痛に音を上げることさえ出来ない。
鋭利な先端は皮膚を突き破り筋組織と血管を傷つけた。
溢れ出た血の温かさと痛みで意識がフッと飛びそうになる。
更に拡散しようと進む弾は傷口を広く深く、複雑に切り裂く事を容易とした。
ズブズブと進む弾は暫し蠢いた後、その動きを止めた。
目の前の草薮からお燐が人の形となり姿を現した。
距離はかなり開いているがその手に持った緋想の剣の切っ先は此方へ向けられている。
敗北、その二字が頭の中を徐々に覆っていった。
「ちぇっくめーいと。」
「やっぱりお空は甘いね、あの時に私にその制御棒を使って核融合の力で止めを刺しておけば良かったんだよ。」
曇り無い笑みでこちらにそう語りかけてくる、自分が殺される事を想定して話しているのにだ。
その顔だけは相も変わらず何時もとの違いはなかった。
「そんな事出来る訳……。」
「ないだろうね、冷酷になれないお空には。」
言葉を遮り一転して冷たい表情に変わったお燐が続けた。
心まで見透かされるような視線はさとり様の第三の目を想起させた。
「お空はまだあのおちびさん達とあたい以外に参加者に会ってないんだろうね。」
「会えば嫌でも知る事になるよ、この世界の不条理さを。」
「でもまあ、それもないか。」
「ここであたいが殺してあげるよ、今後苦しまない様に。」
ブンと一振り緋想の剣を振るい此方を見つめお燐がその一歩を踏み出した。
ここで殺されるのも悪くは無いかもしれない、それでお燐が満たされるのならば。
止める事は適わず最早その身体も限界を迎えている。
ああ、地上の世界はこんなにも理不尽だったのか。
ゆっくりとゆっくりと。
その時。
横から懐かしく威勢の良い声が飛び込んできた。
「やい!そこの馬鹿猫!」
最終更新:2010年07月10日 14:20