比那名居天子の憂鬱 ◆30RBj585Is
ギリギリ・・・
ヒュン!
バスッ
ギリギリ・・・
ヒュン!
バスッ
ギギギ・・・
ヒュン!
バスッ
「・・・はぁ~」
静かに唸る弦の音、一瞬響く風を切るような音、そして何かが刺さったかのような小さな衝撃が、霧の湖で起きていた。
「一向に上手くならないわね」
その中、比那名居天子はやる気がなさそうな表情を浮かべながら、地面から盛り上がったかのような形状をしている岩に座り込んで一息ついた。
ちなみに天子が座っているその岩は1回目の放送が始まって間もない頃に襲ってきた火焔猫燐の攻撃から身を守るために彼女が創ったものであり、生半可な攻撃では砕けることの無い岩の防壁は猫の攻撃程度ならば容易く防ぐことが出来る。
だがその代償として、天子は一時は気絶してしまうほどの体力を岩生成のために奪われてしまったのだ。
そのために休憩をせざるを得ない状況にあるのだが、彼女の手には彼女に支給品として配られた弓が握られている。どうやら彼女は休憩の合間に弓矢の練習をしているようだ。休憩の間でも、少しでも弓矢を上手く扱って戦いに活かしたいという考えからだろう。
その跡に天子の目には、木に矢が何本も刺さっている光景が映っていた。
そういえば、猫の妖怪に襲われてからは自分はずっとここから動いていない。
自分がこうしている間にも、殺し合いは進んでいるのだろうか。ひょっとしたら、自分の獲物がすでに仕留められているのだろうか。
天子はそう思いながら弓の弦を引いているとき・・・
『皆様、お体の具合はいかがで? 私でも死んでしまったら~・・・』
2回目の放送が流れた。
□ □ □
「まったく・・・」
天子は今、非常に機嫌が悪い。
まだ殺し合いは始まったばかりなのに休憩を余儀なくされるほどの疲労が溜まったこと。
もっともっと他の奴と戦いたいのにここから動けずにいるもどかしさ。
そして、何よりも
「あの閻魔め・・・。あいつの所為で興醒めだわ」
幻想郷の閻魔、
四季映姫・ヤマザナドゥと出会ったことが最大の原因だった。
閻魔の実力は申し分ない。それだけに倒すことが出来れば充実感に溢れて体中の疲労が吹っ飛んでもおかしくないほどだと思っていた。
それなのにあの閻魔は自分の行いに何の関心も持たずにただ説教を交わすだけで、闘争心の欠片も感じられなかった。こんなのと戦ったところで面白くもなんともない。
その後も訳のわからない説教を延々と聞かされて、肝心の相手はそれだけで自分の元から去っていってしまう始末。
あの閻魔との出会いは、自分の苛立ちを加速させるだけになってしまったのだった。
「あー、もう!腹立つわぁ!」
天子はその後も弓矢の練習を続けた。
その彼女の眼は怒りに満ちており、まるで目の前にあの閻魔がいてそいつの眉間を狙っているかのような感じだった。
ギリギリ・・・
そう。そうやって、全ての怒りの念をこの矢にこめて・・・
ギギギ・・・
天子は弓の弦を引き
ヒュン!
矢を発射させた。
ひゅ~ん・・・
………………………………………
その矢ははるか彼方へ飛んでいき、霧による視界の悪さも相まってすぐに見えなくなった。
「木を狙ったのに・・・!」
どうやら、天子は狙いを外してしまったようだ。
狙いを外すことなんてこれまでの練習でも何回かあるので、ほんの些細な問題のはずだが・・・
「チクショオー!ムカつくのよッ!コケにしやがって!このッ!」
仕舞いにはキレ出し、持っている弓を地面に叩き落して踏みつけまくった。
永琳の弓は見た目に反して意外に丈夫なようで天子の踏み付けを受けても傷一つつかないが、当の本人は本気でそれを壊そうとしている辺り、今の天子の荒み具合がよく分かる。
このように、こんな些細なことで物に当り散らすほど天子に蓄積された怒りは大きいということだろう。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
物に当り散らすのも馬鹿馬鹿しくなったのか、天子は落ち着きを取り戻し、ふと自分の手元にある支給品に目を通す。
手持ちには弓矢、仕込み刀、茄子みたいなデサインの雨傘・・・と、戦いに使うにはいまいち扱いづらいものばかりだ。
しかも先ほどの燐に投げられた鉄球により、自分のスキマ袋の中の道具が所々破損している。特に河童の甲羅の損傷が酷く、ひび割れを起こしている。
「もっといい武器はないのかしら・・・」
天子はそう思い、ため息をついた。
「・・・むっ。誰かが近づいてくる」
その時、何者かの影が霧の中に映った。
とはいえこちらに近づいてくるわけではなさそうで、今の自分のこの場所を素通りするような感じだ。しばらく放っておけば勝手にこの場を去っていくだろう。
「ふん、ちょうどいいわ。このやり場の無い怒り・・・こいつにぶつけてやるわ」
だが、せっかくの新しい獲物を指くわえて黙って見過ごすほど天子も甘くは無いわけで
「今なら体も大分回復してきたし・・・今度こそやっつけてくれるわ!」
その影を追うべく、天子は立ち上がった。
「って、あれは・・・」
だが、距離をつめて影の正体が分かるほどまでに近づいた辺りで天子は無意識に動きを止めてしまう。
なぜなら、その相手は
「さっきのあの黒猫・・・」
数時間ほど前に、自分に襲い掛かってきた猫妖怪、火焔猫燐だったからだ。
「ったく、相変わらず気色悪い猫ね」
燐のことは数時間ぶりに見る天子だが、相変わらず・・・いや、以前よりも更に気味が悪く感じる。
片方の目が無くなりその部分がぽっかりと黒く映っている有様。今もなおぽたぽたと滴り続ける赤い血。そしてそれを物ともせずにひたすら浮かべる微笑・・・。普通の人ならばその姿を見ただけでも逃げてしまいたくなるほどのものだ。
「さーて。この猫は、どうしてくれようかしら」
そういえば、元はといえば自分が今まで休憩を余儀なくされるほどに体力を奪われた原因はこいつにある。
向こうから戦いを吹っ掛けるのは別に構いはしないが、自分に深手を負わせたということは今の鬱憤が溜まった天子にとってはそれだけでも憎悪の対象となる。
そのため、燐の姿を見るだけでもイライラする。自分の思い通りにいかないことを誰よりも嫌う、天子の性格を考えれば当然とも言えるだろう。
だが、ここまでくると殺し合い開始直後の天子ならばすぐさま燐に襲い掛かるはずだ。
もしかしたら、開始直後に殺した橙の時みたいに不意打ちだって平然と行ってもおかしくない。
今の天子にそれをさせない理由は2つある。
1つは、深手を負わされたことによる燐への警戒心。
自分ほどではないだろうがそれなりに出来る妖怪なので、以前のときよりも慎重になる必要があったからだ。
そしてもう1つは、燐が持っている武器である。それは天人である天子ならばよく知っている代物、名を緋想の剣という。必ず相手の弱点を突く事が出来る、天子が知る限りでは無双の強さを誇る神の刃である。
それが今は倒すべき敵の手に渡っている。あれを使われるのは非常にまずい。そうとなると、嫌でも慎重にならざるを得なくなるのは当然だ。
「・・・くやしいけど、ここは慎重に行かないといけないわね・・・」
気が付けば、天子は燐の跡をつけていた。
確かに緋想の剣を持った相手と戦うならば慎重にならざるを得ない。下手したら、あれの力で自分が殺されかねないからだ。
だが、同時にこれはこれまでの出来事の中で最高のチャンスでもある。
自分にとって最強の武器がすぐそこにある。あれを手に入れれば今後の戦いにおいて大いに役立つと思うと、この好機を逃がすわけにはいかない。
だからこそ、天子は慎重にかつ確実に燐を仕留め、緋想の剣を奪い取る機会をうかがっているのだ。
□ □ □
そんなことで天子が燐を追いかけて2時間近くが経過し・・・
いつの間にか霧は晴れ、ぽつぽつと立ち並ぶ家屋のある道を通り過ぎ、いつの間にかそのまま山の中に入ってしまっていた。
だが、木々に囲まれた山の中では、霧の湖とは違う意味で視界が狭まくなる。
山道に沿って進んでいけばそんなことはないだろうに、あろうことか燐は山道から普通に外れて進んでしまい、彼女の影が木々によってだんだん見えなくなっていく。
そして・・・
「しまった・・・」
そのため、ちょっと目を離しただけで肝心の標的の場所を見失ってしまった。
「こんなところで見失ってしまうなんて・・・」
天子はしばらくの間キョロキョロと辺りを見渡すが、燐はおろか人影1つでさえ見つけられなかった。
ひょっとして、自分は今、非常に危険な状況に陥っているのではないかと思う。
周囲は木に囲まれてよく見えない。そのため、目では近くの敵の探知が難しい。
それに対し、相手は猫の妖怪ゆえに視覚だけではなく嗅覚や聴覚でもこちらを探知してくる可能性がある。
要は、追い詰めようとしたつもりが逆に追い詰められたということだった。
「・・・やられた!」
緋想の剣に釣られたからとはいえ、それが最悪の事態を招いてしまった。
いつどこから襲ってくるかが分からないだけならまだいいが、緋想の剣を持った相手だとそうもいかない。ひょっとしたら、すぐにでも殺される可能性だってあるわけだ。
こんなことなら、こうなる前に攻撃しとくべきだったと後悔する。不意打ちでも卑怯な手を使ってでも緋想の剣を手に入れるべきだったと思う。
「・・・こうなったら、ヤケクソよ!とことん戦って、何としてでも緋想の剣は手に入れるわ!」
そうだ、今は緋想の剣を手に入れることが最優先だ。そのためならどんな手だって使ってやる。正直、面白くない戦いになるとは思うが我慢するしかない。面白い戦いはその後にでもいくらでも出来るのだから。
そう思い、天子はどこからともなく来るだろう襲撃に備えて弓を構えた。
ヒュン!
ガッ!
「・・・!」
突然、何かが飛んできて近くの木に刺さった。
何を飛ばしてきたのかは見る余裕は無かったが、飛んできた方向は確認できた。
「そこかぁっ!」
天子はすぐさま飛んできた方向へ向けて矢を射る。
当たりはしないだろうが、けん制にはなるはずだ。そこから相手の出目を伺って、隙を見つけ出して仕留める!
…はずだったが
「・・・あれ?」
天子が矢を射た方向からは気配は特に感じられなかった。
ひょっとして今の攻撃は罠か!?
すぐさま自分の方に飛んできた物を手に取ると、それは鉄の輪みたいなものだった。
なんとなくだが、この形状ならばブーメランのように弧を描いて飛んできても不思議ではない。そう考えるとさっきの攻撃は正面からの攻撃ではない可能性が高い。
「また一杯食わされたってこと?もうお腹一杯よ・・・」
ここから追撃を加えてくるような様子は感じられないが、天子の予想ではすぐにでも来るはず。そうなると、ますます警戒を強めなければならない。
そのときだった。
ドゴオオオオオォォォォォン!!
「きゃっ!今度は何なのよ!?」
鉄の輪が飛んできた方向からは今度は激しい爆発が起こり、それに伴い木々が炎に包まれる。
何がどうなればこんなことになるのか、さっぱり分からない。
ただ1つだけ言えることは、ここにずっといるのは危険だということ。狙撃されるのもこのまま焼け死ぬのも勘弁なので、天子はすぐさまここから離れ、爆発があった方向へと急いで足を急がせることにした。
「うわぁ・・・これはすごいわ」
爆発の巻き添えを避け、なおかつその爆心地へとたどり着いた天子が見た光景は凄まじいものであり、爆心地であったであろうその場所を中心に近くの草木が全て消し飛び、周囲も激しい炎で包まれていた。
こんなことが出来る者がいるとは・・・。緋想の剣が手に入ったらすぐにでも戦いたいものである。
ん?緋想の剣・・・
「し、しまった!緋想の剣!緋想の剣は何処へ?」
そういえば、すっかり忘れてしまった。
当初の目的である緋想の剣の行方はまだ分からないままなのだ。
あまりにも急なことで気が動転してしまったのか、キョロキョロと周囲を探し始める。
落としたわけでもあるまいし、周囲をキョロキョロと見渡したぐらいで見つかるとは思えないのだが・・・
「ん?あれは・・・」
いや、そうでもない。
「緋想の剣!!」
幸運なことに、天子の探し物は見つかったようだ。
よかったよかった。
………………………………………
「・・・って、なんで氷精が持ってるの?」
天子の目に映っているのは、緋想の剣を手にしている
チルノと
メディスン・メランコリーだった。
緋想の剣は元々燐が持っていたのに、何故チルノの手に渡っているのか?
少なくとも、燐はチルノたちと接触していることは確定的だ。そしてあの燐のことだから、手当たり次第で参加者を殺しまわろうとするはず。そんな状態でチルノたちが無事で燐の姿が見当たらない。
ということは・・・
「まさか、あの猫が奴らに殺されたってこと・・・?」
そうとしか考えられない。
「何よ・・・。私があの時に居もしない猫の幻影と一人芝居している間に獲物をとられたって言うの?」
一方的にこちらを手玉に取るような仕打ちをされ、それがただの自分の思い込みだとも気付かずに馬鹿みたいな芝居をし、挙句の果てにはそうしている間にあっさりと獲物を奪われる。
そう思うと、再び怒りがこみ上げてくる。
「私の獲物を・・・緋想の剣を・・・!」
ただでさえ天子は最初に出会った燐の件や映姫の件で鬱憤が溜まっていたのだ。
これに加えて、ここに来るまでに溜まった鬱憤を溜め込める度量なんて
「返してよっ!!」
天子にあるはずが無かった。
叫んだときには、もうすでに弓矢を構えていた。
狙うは―――獲物の仇、氷精と毒人形。
そうしている間もぎしぎしときしむ弓の弦の音は、まるで天子の怒りを音で再現しているかのようだった。
【C‐5・南東部森林・一日目・午後】
(時間軸は「驟雨の死骸と腹の中、それでも太陽信じてる」とほぼ同じ)
【比那名居天子】
[状態]左肩に中度裂傷(痛みは大体回復)、左腕部に打撲(痛みは大体回復)、激しい怒り(何かいいことがないと治まらないと思われる)
[装備]永琳の弓、朱塗りの杖(仕込み刀)、洩矢の鉄の輪×1、矢×10本
[道具]支給品一式×2、小傘の傘、橙の首(首輪付き)、河童の五色甲羅(ひび割れ)、矢5本
[思考・状況]
1.とにかく緋想の剣を手に入れる。
2.八雲紫の式、または八雲紫に会い自らの手で倒す。
3.ここの用が済んだら人里に向かう
4.残る幻想郷中の強者との戦いを楽しむ。第一候補は射命丸文。
※燐の鉄球を防御したスキマ袋の中の道具が破損している可能性があります。
※リヤカー{死体が3~4人ほど収まる大きさ、スキマ袋*1積載(中身は空です。)}はC-3南西部の森湖畔沿いに安置されています。
※天子は霊烏路空と火焔猫燐の死体を見ていません。よって、空が近くにいることを知りません。
【チルノ】
[状態]霊力消費状態[6時間程度で全快]
[装備]緋想の剣
[道具]支給品一式(水一部使用)、ルナサのヴァイオリン、博麗神社の箒 洩矢の鉄の輪×1
[思考・状況]基本方針:お空に着いてく
1.よわってるおくうをまもる
2.最強のなにかになりたい。
3.おくうのことが好きになった。
※現状を少し理解しました
【メディスン・メランコリー】
[状態]健康
[装備]懐中電灯 萎れたスズラン
[道具]支給品一式(懐中電灯抜き) ランダムアイテム1~3個
[思考・状況]基本方針:毒を取り戻す
1.とりあえずチルノ達について行く
2.八意先生に相談してみよう
3.空の本音は……?
※主催者の説明を完全に聞き逃しています。
※夢の内容はおぼろげにしか覚えていません。
※C-5山肌が一部燃えています、延焼の可能性も考えられます。
※燐のスキマ袋(首輪探知機、萃香の瓢箪、気質発現装置、東のつづら 萃香の分銅● 支給品一式*4 不明支給品*4) はとりあえずメディスンが背負っています。
※燐空両者のスキマ袋は火炎による熱で内部の道具が破損している可能性があります、損傷自体の有無と程度に関しては次の方にお任せします。
※霊烏路空が近くで何をしているかは不明。燐の死を悼んでいると思います。
最終更新:2010年03月10日 19:58