シグルイ・オルタナティブ ◆hqLsjDR84w
◇ ◇ ◇
【0】
武士道は死狂ひなり。
一人の殺害を数十人して仕かぬるもの。
一人の殺害を数十人して仕かぬるもの。
◇ ◇ ◇
【1】
間合いの外で腰を低く落とす冨岡義勇に細心の注意を払いつつ、犬養幻之介は立ち去った男のことを考える。
巌窟王を名乗る人形の如き白い顔の男は、少し言葉を交わすとなにやら一人で納得したように深く頷き、哄笑を残して少女を追う一陣の風となった。
剣士同士の戦いに割って入っておいてすぐに消えた男が発した内容は、幻之介にとってあまりに不明瞭で意図の掴み難いものであった。
虎眼流なる流派も、濃尾無双と謳われる師も、流れる星の名を冠する奥義も、星を堕とす魔技も、正当なる仇討も――まったく心当たりがない。
こちらの事情をすべて知っているかのような口振りであったが、生まれついての武士である幻之介の人生に、それらの物事が絡んできたことなどない。
ただ、握力の加減にて間合いの外に刃を到達させる『流れ』という技術と、太刀を担ぐ構えがすべての起点となっている事実は、たしかに間違っていなかったが。
巌窟王を名乗る人形の如き白い顔の男は、少し言葉を交わすとなにやら一人で納得したように深く頷き、哄笑を残して少女を追う一陣の風となった。
剣士同士の戦いに割って入っておいてすぐに消えた男が発した内容は、幻之介にとってあまりに不明瞭で意図の掴み難いものであった。
虎眼流なる流派も、濃尾無双と謳われる師も、流れる星の名を冠する奥義も、星を堕とす魔技も、正当なる仇討も――まったく心当たりがない。
こちらの事情をすべて知っているかのような口振りであったが、生まれついての武士である幻之介の人生に、それらの物事が絡んできたことなどない。
ただ、握力の加減にて間合いの外に刃を到達させる『流れ』という技術と、太刀を担ぐ構えがすべての起点となっている事実は、たしかに間違っていなかったが。
単純に、思い違いをしているのだろう。
幻之介は一度として、藤木源之助などと名乗ったことはない。
おそらくは、藤木源之助という――『流れ』と太刀を担ぐ構えを操る隻腕の士(さむらい)が、また別にいるだけの話であろう。
幻之介は一度として、藤木源之助などと名乗ったことはない。
おそらくは、藤木源之助という――『流れ』と太刀を担ぐ構えを操る隻腕の士(さむらい)が、また別にいるだけの話であろう。
結論は出た。わかりやすい答えだ。他の答えなど存在し得ない。
にもかかわらず去り際の巌窟王の腑に落ちたような言葉が、幻之介の思考にへばりついて離れない。
にもかかわらず去り際の巌窟王の腑に落ちたような言葉が、幻之介の思考にへばりついて離れない。
「――――オルタナティブ、か」
合点がいったかのように口角を吊り上げて呟き、そうして巌窟王は姿を消した。
その単語が指す意味を幻之介は知っている。正しくはこの地にて初めて知った。
羽織の内に隠したカードデッキなる絵札箱、その手引書にご丁寧に意味が記されていたのだ。
その単語が指す意味を幻之介は知っている。正しくはこの地にて初めて知った。
羽織の内に隠したカードデッキなる絵札箱、その手引書にご丁寧に意味が記されていたのだ。
オルタナティブ――代替品。
犬養幻之介が藤木源之助なる存じぬ男の代替品、とでも言うのであろうか。
口内に響いた軋むような音で、幻之介は自身が歯を噛み締めていたことを自覚する。
勝手に代替品であることを押し付けられた困惑ゆえではない。そのような意識自体はとうにあったゆえの歯噛みである。
会ったことがなかろうと、心当たりがなかろうと、関係なぞなかろうと――
だとしても藤木源之助が士であるならば、犬養幻之介はそのオルタナティブ足りえるであろう。
口内に響いた軋むような音で、幻之介は自身が歯を噛み締めていたことを自覚する。
勝手に代替品であることを押し付けられた困惑ゆえではない。そのような意識自体はとうにあったゆえの歯噛みである。
会ったことがなかろうと、心当たりがなかろうと、関係なぞなかろうと――
だとしても藤木源之助が士であるならば、犬養幻之介はそのオルタナティブ足りえるであろう。
代替品。代替の品。代替が利く品。
まさしく士である。
士の命は士の命ならず。
主君のものなれば、主君のために死場所を得ることこそ武門の誉れ。
これが代替が利く品でなくて、いったい他のなにであろうか。士は士である以上、士の代替品足りえるのだ。
代替が利かぬのは猛丸(タケル)のような身分の檻がない男であり、身分の檻に縛られる士は代替が利く存在でしかありえない。
まさしく士である。
士の命は士の命ならず。
主君のものなれば、主君のために死場所を得ることこそ武門の誉れ。
これが代替が利く品でなくて、いったい他のなにであろうか。士は士である以上、士の代替品足りえるのだ。
代替が利かぬのは猛丸(タケル)のような身分の檻がない男であり、身分の檻に縛られる士は代替が利く存在でしかありえない。
「(なれば、俺にこの絵札箱を支給する意図も窺い知れようぞ)」
BBなる少女の趣意を見出し、幻之介は自嘲気味に息を吐く。
指差して揶揄されているかのような悪意を感じずにはいられないが、それでも頼らざるを得ないのが実状である。
指差して揶揄されているかのような悪意を感じずにはいられないが、それでも頼らざるを得ないのが実状である。
冨岡義勇は間合いの外、無論『流れ』の射程を考慮に入れた上での間合いの外で、やはり微動だにせず腰を落としている。
出方を待っているのは明白である。木剣と西洋剣という得物の差を理解して、自ら無理に仕掛けず迎え撃つ心積もりなのだろう。
初見にて初見殺しの『流れ』から逃れるほどの男である。おそらくは幻之介が動くまで、たとえ四半刻でも半刻でも一刻でも待ち続けるはずだ。
であればと、幻之介はついに動く。
太刀を担ぐようにして構えると、義勇の眉間に刻まれたシワが深くなる。
幻之介の読み通りである。太刀を担ぐ構えを警戒せよと告げられており、また『流れ』という間合いの外に刃を到達させる技術を見ているのだ。
なにかあると判断するのは当然であり、ゆえに幻之介の次の行動が得物を投げつけるという呆れたものであろうと、どうしても『受け』に徹する他にない。
義勇は意図が読めぬという表情で、凄まじい速度で左胸に迫り来る木剣を西洋剣にて払う。
それこそが幻之介の目的であった。
振るわれた西洋剣の刀身に映るのは、胸元に隠した絵札箱をかざした幻之介の姿だ。
あるはずの右腕がなく、ないはずの左腕が存在する。
桶に水を張って水面に自らを映すことで失った腕をあるものと思い込み、幻肢痛を癒した過去が蘇る。
出方を待っているのは明白である。木剣と西洋剣という得物の差を理解して、自ら無理に仕掛けず迎え撃つ心積もりなのだろう。
初見にて初見殺しの『流れ』から逃れるほどの男である。おそらくは幻之介が動くまで、たとえ四半刻でも半刻でも一刻でも待ち続けるはずだ。
であればと、幻之介はついに動く。
太刀を担ぐようにして構えると、義勇の眉間に刻まれたシワが深くなる。
幻之介の読み通りである。太刀を担ぐ構えを警戒せよと告げられており、また『流れ』という間合いの外に刃を到達させる技術を見ているのだ。
なにかあると判断するのは当然であり、ゆえに幻之介の次の行動が得物を投げつけるという呆れたものであろうと、どうしても『受け』に徹する他にない。
義勇は意図が読めぬという表情で、凄まじい速度で左胸に迫り来る木剣を西洋剣にて払う。
それこそが幻之介の目的であった。
振るわれた西洋剣の刀身に映るのは、胸元に隠した絵札箱をかざした幻之介の姿だ。
あるはずの右腕がなく、ないはずの左腕が存在する。
桶に水を張って水面に自らを映すことで失った腕をあるものと思い込み、幻肢痛を癒した過去が蘇る。
「変身」
オルタナティブ・ゼロ――代替品の名を持つ鎧を纏いながら、幻之介はもとより代替が利く存在である身で、どこが別の身に変わっているというのかと内心で吐き捨てた。
◇ ◇ ◇
【2】
四宮かぐやは、やはりまだそう遠くまで離れていなかった。
彼女なりに急いでいるのは見て取れるが、どうしても疲労が隠せていない。
いやしかし、と巌窟王は頬を緩める。
精神的な消耗は明らかだ。なにも取り繕えていない。見るからに疲れている。
だとしても、いやだからこそ、それでもという決断には結末を見届ける価値がある。見届けねばならない。
彼女なりに急いでいるのは見て取れるが、どうしても疲労が隠せていない。
いやしかし、と巌窟王は頬を緩める。
精神的な消耗は明らかだ。なにも取り繕えていない。見るからに疲れている。
だとしても、いやだからこそ、それでもという決断には結末を見届ける価値がある。見届けねばならない。
高速にて風を切っていた巌窟王は、目標を視界に捉えたためにその速度を落とす。
身体より溢れ出ていた蒼い炎は減速に伴って落ち着き、ついには完全に消えてしまう。
加速中は身体を完全に炎に覆われていたというのに、巌窟王の纏う外套に一切の影響を及ぼしていない。
当然であろう。彼の恩讐の炎は彼自身をこそ常時焼くものであって、断じてその衣服を焦がすものではないのだ。
身体より溢れ出ていた蒼い炎は減速に伴って落ち着き、ついには完全に消えてしまう。
加速中は身体を完全に炎に覆われていたというのに、巌窟王の纏う外套に一切の影響を及ぼしていない。
当然であろう。彼の恩讐の炎は彼自身をこそ常時焼くものであって、断じてその衣服を焦がすものではないのだ。
とにもかくにも追いついた。
ここまで距離を詰めれば、もはや問題はないだろう。
彼女に悟られぬ、それでいていつでも割って入ることのできる距離を保つだけだ。
ここまで距離を詰めれば、もはや問題はないだろう。
彼女に悟られぬ、それでいていつでも割って入ることのできる距離を保つだけだ。
「(ともあれ、先のオルタナティブ――)」
巌窟王の脳裏を掠めるのは、いましがた別れた隻腕の士。
あの技、あの構え、あの隻腕、そして『ゲンノスケ』という名。
仮に虎眼流を知らずとも、仮に正しく生まれついての士であろうと、根幹を藤木源之助と同じくすることは疑いようもない。
あの技、あの構え、あの隻腕、そして『ゲンノスケ』という名。
仮に虎眼流を知らずとも、仮に正しく生まれついての士であろうと、根幹を藤木源之助と同じくすることは疑いようもない。
駿河城御前試合・第一試合『無明逆流れ』。
それが正当なる仇討の物語であり、迎えるのが正当なる仇討であるがゆえの結末であるのなら――
たとえ日本出身の英霊が知らなかろうと、たとえ作家としての功績が認められて座に登録された英霊が知らなかろうと、巌窟王だけは知らぬ道理がない。
それが正当なる仇討の物語であり、迎えるのが正当なる仇討であるがゆえの結末であるのなら――
たとえ日本出身の英霊が知らなかろうと、たとえ作家としての功績が認められて座に登録された英霊が知らなかろうと、巌窟王だけは知らぬ道理がない。
だが、違う。
根幹が藤木源之助と同じであろうと、完全に異なっている。
正しく生まれついての士であり、剣鬼ならぬ師のもとで剣術を学び、豊臣に仕えて大坂の役にて片腕を失った。
犬養幻之介の語った経歴が正しいのであれば、あの藤木源之助と同じ結末など迎えない。迎えようがないのである。
根幹が藤木源之助と同じであろうと、完全に異なっている。
正しく生まれついての士であり、剣鬼ならぬ師のもとで剣術を学び、豊臣に仕えて大坂の役にて片腕を失った。
犬養幻之介の語った経歴が正しいのであれば、あの藤木源之助と同じ結末など迎えない。迎えようがないのである。
ゆえにオルタナティブ――反転存在/別側面。
はたして、なにが藤木源之助と犬養幻之介の最大の違いであるのか。
物語のどこに重きを置くかによって、この答えは変わってくるであろう。
巌窟王は仇討の物語と見ており、であれば本当の意味で正しく武士の家に生まれたという点をこそ、最大の分岐点と認識している。
物語のどこに重きを置くかによって、この答えは変わってくるであろう。
巌窟王は仇討の物語と見ており、であれば本当の意味で正しく武士の家に生まれたという点をこそ、最大の分岐点と認識している。
「(――――ハ、違うな)」
殺し合いに乗っている理由までは、犬養幻之介は問うても話さなかった。
藤木源之助であれば、決して隠しはしなかったであろう。
すなわち正しく武士の家に生まれながらも、御家を守るために決断をしたワケではないということだ。
であれば、幻之介が殺し合いに乗った理由こそが、犬養幻之介をオルタナティブたらしめるモノであるのだろう。
藤木源之助であれば、決して隠しはしなかったであろう。
すなわち正しく武士の家に生まれながらも、御家を守るために決断をしたワケではないということだ。
であれば、幻之介が殺し合いに乗った理由こそが、犬養幻之介をオルタナティブたらしめるモノであるのだろう。
その行く末もまた興味深いがと考えて、巌窟王は眼前の少女を見据える。
読みかけのままに次に手をつけるつもりはないし、なにより導かねばならないのは彼女のほうである。
分かり切っていた結論を改めて出したのち、「ああ、しかし、それにしても」と誰もいない虚空へと切り出す。
読みかけのままに次に手をつけるつもりはないし、なにより導かねばならないのは彼女のほうである。
分かり切っていた結論を改めて出したのち、「ああ、しかし、それにしても」と誰もいない虚空へと切り出す。
「藤木源之助ならぬ犬養幻之介、エドモン・ダンテスならぬこの俺。わざわざ選りすぐった結果がこれとは、なにを――」
返ってくる気配のない答えに、巌窟王はその白い顔を一切歪めることなく短く笑った。
【C-6/1日目・早朝】
【四宮かぐや@かぐや様は告らせたい】
[状態]:疲れ
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~2、H&K MP7@仮面ライダーアマゾンズ
[思考・状況]
基本方針:私はスキを諦めない
1:石上君の声がした方角に向かう。
2:会長たちと合流したい
3:あの巌窟王……って人、私の妄想では……?
4:なんだか銃の使い方がわかった気がする
[備考]
具体的な参戦時期は後続に任せます
[状態]:疲れ
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~2、H&K MP7@仮面ライダーアマゾンズ
[思考・状況]
基本方針:私はスキを諦めない
1:石上君の声がした方角に向かう。
2:会長たちと合流したい
3:あの巌窟王……って人、私の妄想では……?
4:なんだか銃の使い方がわかった気がする
[備考]
具体的な参戦時期は後続に任せます
【エドモン・ダンテス@Fate/Grand Order】
[状態]:健康
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:復讐。脱獄。その手助け。
1:巌窟王として行動する
2:何のかんの言いつつ、かぐやに陰ながら同行し、そのピンチには駆けつける(?)
[備考]
※参戦時期、他のFate/Grand Orderのキャラとの面識、制限は後続に任せます
※かぐやにすぐに駆けつけられる距離から見つめています。
[状態]:健康
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:復讐。脱獄。その手助け。
1:巌窟王として行動する
2:何のかんの言いつつ、かぐやに陰ながら同行し、そのピンチには駆けつける(?)
[備考]
※参戦時期、他のFate/Grand Orderのキャラとの面識、制限は後続に任せます
※かぐやにすぐに駆けつけられる距離から見つめています。
◇ ◇ ◇
【3】
『ソードベント』という第三者の声とともに、犬養幻之介の手元に出現した漆黒の両刃剣。
その七支刀の如き枝刃を八本持つ奇妙な刀身が、冨岡義勇に凄まじい速度で振り下ろされるのは、もうこれで何度目であろうか。
その七支刀の如き枝刃を八本持つ奇妙な刀身が、冨岡義勇に凄まじい速度で振り下ろされるのは、もうこれで何度目であろうか。
「――――ッ」
義勇は鋭く息を吐き、アロンダイトという名の西洋剣を振るう。
刃同士がぶつかり合う聞き慣れた音が大きく響き、またしても幻之介が間合いを取るべく離れた。
先ほどからこの繰り返しである。
攻撃、迎撃、離脱の流れが再演されるばかりで、一向に打ち合いの形にはならない。
戦闘を動かしているのは仕掛けてくる幻之介で、義勇はあくまで対応に徹するハメになっている。
幻之介は間合いを取る際、たった一度大地を蹴るだけで、距離にして十間は軽く跳んでいよう。
これほどの身体能力を誇る相手であれば、義勇のほうから距離を詰めるのは避けたい。
ましてや念のためにか、幻之介は間合いを取るその都度その都度、わざわざ街頭に生え揃う街路樹の一本に飛び乗り、高さの優位を保ち続けているのだ。
刃同士がぶつかり合う聞き慣れた音が大きく響き、またしても幻之介が間合いを取るべく離れた。
先ほどからこの繰り返しである。
攻撃、迎撃、離脱の流れが再演されるばかりで、一向に打ち合いの形にはならない。
戦闘を動かしているのは仕掛けてくる幻之介で、義勇はあくまで対応に徹するハメになっている。
幻之介は間合いを取る際、たった一度大地を蹴るだけで、距離にして十間は軽く跳んでいよう。
これほどの身体能力を誇る相手であれば、義勇のほうから距離を詰めるのは避けたい。
ましてや念のためにか、幻之介は間合いを取るその都度その都度、わざわざ街頭に生え揃う街路樹の一本に飛び乗り、高さの優位を保ち続けているのだ。
「(鬼ではない。纏っているだけだ)」
変身の掛け声とともに外見が変わり、身体能力が見るからに向上した時点では、幻之介を鬼と認識しかねなかった。
その一撃の重さ、飛び退く速度、合間なく次を仕掛ける疲労の見えなさは、あまりにも鬼じみている。
だが、違う。
身体自体が変わった様子はないし、鬼特有の気配も醸し出されていない。
なにより、先ほどアロンダイトの刃が僅かに届き、微かに表面を切り裂くことができて露わになった箇所から見えるのは、他ならぬ鍛え抜かれた人の身である。
その一撃の重さ、飛び退く速度、合間なく次を仕掛ける疲労の見えなさは、あまりにも鬼じみている。
だが、違う。
身体自体が変わった様子はないし、鬼特有の気配も醸し出されていない。
なにより、先ほどアロンダイトの刃が僅かに届き、微かに表面を切り裂くことができて露わになった箇所から見えるのは、他ならぬ鍛え抜かれた人の身である。
そう、アロンダイトの刃は一度だけとはいえ、たしかに届いた。
幻之介の振るう奇妙な形状の両刃剣には、未だ薄皮一枚すら捉えられていないのに、である。
にもかかわらず、義勇はこれを己の優位と判断しなかった。
幻之介の振るう奇妙な形状の両刃剣には、未だ薄皮一枚すら捉えられていないのに、である。
にもかかわらず、義勇はこれを己の優位と判断しなかった。
刃が届いた際に放ったのは、水の呼吸・拾壱ノ型『凪』。
神速にて縦横無尽に刀を振るうことで、間合いに入ったすべての存在を無に帰す――義勇の編み出した義勇だけの技。
凄まじい速度で間合いに入ってきた幻之介に対して、剣を持つ腕をだらりと垂らした自然体から無拍子にて繰り出したのだ。
『凪』を複数回受けた敵など、義勇の記憶には存在しない。そして『凪』は義勇だけが扱える技である。
必ず殺せる。必ず死に至る。
それが『凪』だというのに、表面を切り裂くに終わってしまった。
神速にて縦横無尽に刀を振るうことで、間合いに入ったすべての存在を無に帰す――義勇の編み出した義勇だけの技。
凄まじい速度で間合いに入ってきた幻之介に対して、剣を持つ腕をだらりと垂らした自然体から無拍子にて繰り出したのだ。
『凪』を複数回受けた敵など、義勇の記憶には存在しない。そして『凪』は義勇だけが扱える技である。
必ず殺せる。必ず死に至る。
それが『凪』だというのに、表面を切り裂くに終わってしまった。
「(所詮、俺は二流だ。真の柱でもない)」
幻之介の攻撃を迎撃し、距離を取る相手を睨みつつ、義勇は自戒する。
得物が違うことなど、とうにわかっていた。
異なる長さにも、異なる重さにも、慣れたつもりであった。
それこそが思い違いである。
身体に染みついた愛用の得物に合わせた動きが、戦闘を一度もこなさずに書き換えられるはずもない。
アロンダイト――説明書曰く、『竜殺しの聖剣』『精霊より授かった宝剣』『神造兵装』『魔剣にもなり得る』。
記されている内容は正直なところよくわからないが、それでもただならぬ名剣であることは十二分に見て取れる。
その紛れもない名剣はしかし慣れ親しんだ日輪刀より重く、ゆえに『凪』――完全に静まり返った無風の海面を作り出すことは叶わなかった。
得物が違うことなど、とうにわかっていた。
異なる長さにも、異なる重さにも、慣れたつもりであった。
それこそが思い違いである。
身体に染みついた愛用の得物に合わせた動きが、戦闘を一度もこなさずに書き換えられるはずもない。
アロンダイト――説明書曰く、『竜殺しの聖剣』『精霊より授かった宝剣』『神造兵装』『魔剣にもなり得る』。
記されている内容は正直なところよくわからないが、それでもただならぬ名剣であることは十二分に見て取れる。
その紛れもない名剣はしかし慣れ親しんだ日輪刀より重く、ゆえに『凪』――完全に静まり返った無風の海面を作り出すことは叶わなかった。
距離を取ったのち、今度は間髪入れず仕掛けてきた幻之介の両刃剣を受ける。
横凪の一閃をアロンダイトの刀身で受けると、幻之介はやはり間合い外に出て行ったが、ついにその工程で枝刃が義勇の頬を掠めた。
あくまで掠めただけだ。傷は浅い。ただ、与えられた衝撃は大きい。
横凪の一閃をアロンダイトの刀身で受けると、幻之介はやはり間合い外に出て行ったが、ついにその工程で枝刃が義勇の頬を掠めた。
あくまで掠めただけだ。傷は浅い。ただ、与えられた衝撃は大きい。
「(ああ。俺と違い、一流の剣士だ。
もしもこれほどの剣士が隻腕でなければ、俺などとうに――)」
もしもこれほどの剣士が隻腕でなければ、俺などとうに――)」
幻之介が振るう両刃剣は、あまりにも奇妙な形状をしている。
義勇が思うままに振るえずにいるアロンダイトよりも、さらに見慣れぬ得物である。
そんな代物に相手が対応しつつあるという事実は、義勇とは異なり奇妙な得物を操る真の柱たちを思い起こさせた。
真の柱のなかには、仮に鬼に奪われてしまったところで、容易に使いこなせないであろう日輪刀を使うものが多数いるのだ。
もとより奇妙な両刃剣に慣れている使い手ならばともかく、幻之介は明らかにそうではないという結論に、どうしても至ってしまう。
鎧を纏って以降、身体能力こそ格段に向上しているものの、技術のほうは完全に劣化している――その事実を義勇は見逃してなかったのだ。
義勇が思うままに振るえずにいるアロンダイトよりも、さらに見慣れぬ得物である。
そんな代物に相手が対応しつつあるという事実は、義勇とは異なり奇妙な得物を操る真の柱たちを思い起こさせた。
真の柱のなかには、仮に鬼に奪われてしまったところで、容易に使いこなせないであろう日輪刀を使うものが多数いるのだ。
もとより奇妙な両刃剣に慣れている使い手ならばともかく、幻之介は明らかにそうではないという結論に、どうしても至ってしまう。
鎧を纏って以降、身体能力こそ格段に向上しているものの、技術のほうは完全に劣化している――その事実を義勇は見逃してなかったのだ。
鍔元の縁を持った状態で剣を振るい、握力の調整で手の中で得物を横滑りさせ、間合いの外に刃を到達させる『流れ』。
その『伸び』が、木剣にて放たれたときよりも遥かに少なくなっているのである。
何度も受けている義勇にはわかる。わかってしまう。
木剣の際には握っている箇所が柄尻の頭にまで移動していたが、鎧を纏って以降は柄のだいぶ半ばまでしか移動していない。
握力の変化ゆえに調整が利かないのか、慣れぬ得物ゆえに判断が鈍っているのか、限界まで横滑りさせ切れていないのである。
その『伸び』が、木剣にて放たれたときよりも遥かに少なくなっているのである。
何度も受けている義勇にはわかる。わかってしまう。
木剣の際には握っている箇所が柄尻の頭にまで移動していたが、鎧を纏って以降は柄のだいぶ半ばまでしか移動していない。
握力の変化ゆえに調整が利かないのか、慣れぬ得物ゆえに判断が鈍っているのか、限界まで横滑りさせ切れていないのである。
結論――幻之介もまた慣れぬ得物で戦っている。
であれば、条件は同じだ。
同じ条件のなかで、義勇は『凪』の不発を引きずり、一方の幻之介は得物に適応しようとしている。
剣に落ち度はない。落ち度があるとすれば自分のほうだ。
疑う余地のない名剣に申し訳が立たず、義勇の気持ちは底のない沼に沈み込んでいくばかりだ。
同じ条件のなかで、義勇は『凪』の不発を引きずり、一方の幻之介は得物に適応しようとしている。
剣に落ち度はない。落ち度があるとすれば自分のほうだ。
疑う余地のない名剣に申し訳が立たず、義勇の気持ちは底のない沼に沈み込んでいくばかりだ。
「(なんという恐るべき剣士。紛れもない一流よ)」
義勇がなにを思っているかなど知る由もなく、間合いを取った幻之介は街路樹の上で嘆息する。
互いに慣れぬ得物で死合っていることなど、彼のほうもとうに理解していた。
慣れぬ得物で放たれた『凪』は表皮と言えどもたしかに身体に届き、さらには義勇は襲撃のことごとくをすべて迎撃し続けている。
たしかに『オルタナティブ・ゼロ』での初戦であり、身体能力と得物に慣れねばならないという試しの意図自体はあったものの、幻之介にしてみれば戦慄せざるを得ない。
互いに慣れぬ得物で死合っていることなど、彼のほうもとうに理解していた。
慣れぬ得物で放たれた『凪』は表皮と言えどもたしかに身体に届き、さらには義勇は襲撃のことごとくをすべて迎撃し続けている。
たしかに『オルタナティブ・ゼロ』での初戦であり、身体能力と得物に慣れねばならないという試しの意図自体はあったものの、幻之介にしてみれば戦慄せざるを得ない。
相対する剣士の実力に思わず唸ってから、幻之介は得物を持つ右手を見やる。
『流れ』の『伸び』が足りていないという事実は、まさしく義勇が見抜いた通りであった。
ただ、握力と得物の変化をこそ義勇は重視していたが、実際に技を放つ幻之介にとってはそれ以上に重要な変化があった。
変身によって全身に漆黒のライダースーツを纏った結果、剣士の生命線である指先の感覚があまりにも変わってしまっている。
常人なれば気にも留めぬ微細な変化かもしれないが、剣の道に生きてきた幻之介にとっては微細な変化などとは到底言えなかった。
『流れ』の『伸び』が足りていないという事実は、まさしく義勇が見抜いた通りであった。
ただ、握力と得物の変化をこそ義勇は重視していたが、実際に技を放つ幻之介にとってはそれ以上に重要な変化があった。
変身によって全身に漆黒のライダースーツを纏った結果、剣士の生命線である指先の感覚があまりにも変わってしまっている。
常人なれば気にも留めぬ微細な変化かもしれないが、剣の道に生きてきた幻之介にとっては微細な変化などとは到底言えなかった。
「(必然、戦い方は変わってくる)」
これまで繰り返し『流れ』を放ってきた幻之介は、ついに長年頼りにしてきた技を切り捨てる決意を固めた。
同時に、義勇の凄まじい力量に、またしても剣士として尊敬の念を抱かずにはいられない。
義勇の放った『凪』が本来の威力に届いていなかったこと程度、その表情を見れば一目でわかった。
見せてしまったのを失敗と判断しているかもしれないが、技自体の完成度には息を巻くしかない。
慣れぬ得物で威力が衰えていようとも、充分に実用に足る技である。切り捨てる必要はないだろう。
編み出したのか習得したのかの判別は、幻之介にはつくはずもない。
だとしても、どちらにせよ、どれほどの研鑽を積んだ末に到達した領域だというのか。
同時に、義勇の凄まじい力量に、またしても剣士として尊敬の念を抱かずにはいられない。
義勇の放った『凪』が本来の威力に届いていなかったこと程度、その表情を見れば一目でわかった。
見せてしまったのを失敗と判断しているかもしれないが、技自体の完成度には息を巻くしかない。
慣れぬ得物で威力が衰えていようとも、充分に実用に足る技である。切り捨てる必要はないだろう。
編み出したのか習得したのかの判別は、幻之介にはつくはずもない。
だとしても、どちらにせよ、どれほどの研鑽を積んだ末に到達した領域だというのか。
「(奇妙な羽織で隠した類稀なる実力……未だ手の内、見えておらぬ。
斯様な殺し合いではなく、高め合う勝負の場でこそ手合わせ願いたかった)」
斯様な殺し合いではなく、高め合う勝負の場でこそ手合わせ願いたかった)」
慣れ親しんだ技との別れは済ませた。もはや試しは終わりである。
先ほどは間髪入れず、今回はあえて少し間を空けた上で、幻之介は義勇へと飛びかかっていく。
このような小細工が効く相手であるとはもはや思っていないものの、僅かでも影響があるとすれば儲けものである。
先ほどは間髪入れず、今回はあえて少し間を空けた上で、幻之介は義勇へと飛びかかっていく。
このような小細工が効く相手であるとはもはや思っていないものの、僅かでも影響があるとすれば儲けものである。
「おおおお――――ッ!!」
咆哮とともに、向上した身体能力に任せた上段。
握りは『流れ』を放つ際の緩さではなく、柄を決して離さぬ意思を籠めた強固さ。
こんなものは、最小の斬撃で倒す犬養幻之介の剣ではない。
急所を三寸切り込めば人は死ぬという事実から目を背けており、叫びもあって薩摩の武家者(ぼっけもん)の自顕流じみている。
だがそれでよい。
この向上した身体能力、慣れぬ形状の得物、生命線である指先の感覚の死。
すべてを考慮に入れた結果、これこそが最善である。
猛丸を生かすべく、猛丸の身体を素手にて剛力のみで『ひえもんとり』を行った――薩摩の自顕流じみた一手を幻之介は選んだのだ。
握りは『流れ』を放つ際の緩さではなく、柄を決して離さぬ意思を籠めた強固さ。
こんなものは、最小の斬撃で倒す犬養幻之介の剣ではない。
急所を三寸切り込めば人は死ぬという事実から目を背けており、叫びもあって薩摩の武家者(ぼっけもん)の自顕流じみている。
だがそれでよい。
この向上した身体能力、慣れぬ形状の得物、生命線である指先の感覚の死。
すべてを考慮に入れた結果、これこそが最善である。
猛丸を生かすべく、猛丸の身体を素手にて剛力のみで『ひえもんとり』を行った――薩摩の自顕流じみた一手を幻之介は選んだのだ。
「…………くっ」
可能な限り刃で受けたかったのだろう。
一瞬にも満たない逡巡ののち、義勇は振り下ろされた両刃剣を受けずに身をよじって回避する。
咄嗟の回避で体勢を崩した腹に、幻之介の蹴りが入る。これもまた、断じて犬養幻之介の戦い方ではない。
ぐ――と、くぐもった声が義勇の口から洩れる。
それでも増幅された身体能力から放たれた蹴りを受けて、大地を踏み締めたまま足を離さなかった。呼吸と経験の賜物だ。
とはいえ、幻之介にとっての好機であることに変わりない。
義勇が呼吸を整えんとする間に、上段から振り下ろした剣を返して逆袈裟に斬り上げる。
両刃剣なので刃を返す必要などないと幻之介が気づいたのは、咄嗟に義勇が得物の刀身で受けた後であった。
互いに大地を踏み締め、得物に力を籠める。すなわち鍔迫り合いの形となる。
鍔迫り。これは、これこそは、ここにきてようやく、まさしく犬養幻之介の剣であった。
そしてこの純粋な力勝負には、同じ幻之介の剣でも『流れ』とは異なり、身体能力の向上が『乗る』。
一瞬にも満たない逡巡ののち、義勇は振り下ろされた両刃剣を受けずに身をよじって回避する。
咄嗟の回避で体勢を崩した腹に、幻之介の蹴りが入る。これもまた、断じて犬養幻之介の戦い方ではない。
ぐ――と、くぐもった声が義勇の口から洩れる。
それでも増幅された身体能力から放たれた蹴りを受けて、大地を踏み締めたまま足を離さなかった。呼吸と経験の賜物だ。
とはいえ、幻之介にとっての好機であることに変わりない。
義勇が呼吸を整えんとする間に、上段から振り下ろした剣を返して逆袈裟に斬り上げる。
両刃剣なので刃を返す必要などないと幻之介が気づいたのは、咄嗟に義勇が得物の刀身で受けた後であった。
互いに大地を踏み締め、得物に力を籠める。すなわち鍔迫り合いの形となる。
鍔迫り。これは、これこそは、ここにきてようやく、まさしく犬養幻之介の剣であった。
そしてこの純粋な力勝負には、同じ幻之介の剣でも『流れ』とは異なり、身体能力の向上が『乗る』。
冨岡義勇は奇妙なものを見た。
呼吸が整い切らぬままに始まった鍔迫り合いに、歯噛みしながらその力をアロンダイトに籠めるなかで――見た。
幻之介が纏う漆黒の鎧、その背が奇妙に蠢いているのである。
まるで内部になにか小動物でも潜んでいるかのごとく蠢いて、漆黒の鎧を押し上げている。
まさか、と。
よもや、と。
浮かんでしまった可能性に義勇は目を見開き、それでも他に答えなどありえず、そして正解であった。
呼吸が整い切らぬままに始まった鍔迫り合いに、歯噛みしながらその力をアロンダイトに籠めるなかで――見た。
幻之介が纏う漆黒の鎧、その背が奇妙に蠢いているのである。
まるで内部になにか小動物でも潜んでいるかのごとく蠢いて、漆黒の鎧を押し上げている。
まさか、と。
よもや、と。
浮かんでしまった可能性に義勇は目を見開き、それでも他に答えなどありえず、そして正解であった。
オルタナティブ・ゼロの背部装甲を内部より押し上げているのは、他ならぬ――――装着者たる犬養幻之介自身の背筋であった。
もとより鍛え抜かれていた鋼の肉体ではあった。
しかし大坂の役にて放たれし覇府の砲で左腕を失って以降、幻之介は左腕の不足を充足に変えるべく、かつて以上の鍛錬を積み重ねた。
その果てに得たのが、この異様な盛り上がりを見せる背筋である。鋼の肉体は超鋼の肉体となった。
義勇は自身の勘違いを自覚させられてしまう。
隻腕でなければではなく、隻腕であるがゆえに――なのだ。
思い知らされずにいられない。幻之介の背面の隆り、腕一本分の働きを十二分にやってのけようぞ。
しかし大坂の役にて放たれし覇府の砲で左腕を失って以降、幻之介は左腕の不足を充足に変えるべく、かつて以上の鍛錬を積み重ねた。
その果てに得たのが、この異様な盛り上がりを見せる背筋である。鋼の肉体は超鋼の肉体となった。
義勇は自身の勘違いを自覚させられてしまう。
隻腕でなければではなく、隻腕であるがゆえに――なのだ。
思い知らされずにいられない。幻之介の背面の隆り、腕一本分の働きを十二分にやってのけようぞ。
喪失を強みに変えている剣士の存在に、義勇は思わず身を引いた。引かされた。
その隙を逃す幻之介ではない。崩れた相手を仕留めるべく肉薄しようとして、すぐさま飛び退いた。
次の瞬間、義勇の間合い内に無数の斬撃が繰り出される。
『凪』である。
身を引いてしまったのは事実だが、崩れてしまったワケではない。
鍔迫り合いが続けば、劣勢の一途を辿ることが見えていた。あえて崩しての『凪』による対処を考えたのだ。
それも読まれてしまったようだがと、義勇は内心で吐き捨て、これまで以上に遥か彼方まで距離を取った幻之介に視線を飛ばす。
その隙を逃す幻之介ではない。崩れた相手を仕留めるべく肉薄しようとして、すぐさま飛び退いた。
次の瞬間、義勇の間合い内に無数の斬撃が繰り出される。
『凪』である。
身を引いてしまったのは事実だが、崩れてしまったワケではない。
鍔迫り合いが続けば、劣勢の一途を辿ることが見えていた。あえて崩しての『凪』による対処を考えたのだ。
それも読まれてしまったようだがと、義勇は内心で吐き捨て、これまで以上に遥か彼方まで距離を取った幻之介に視線を飛ばす。
視線の先にて、幻之介はオルタナティブ・ゼロの強みをまた一つ理解する
劣化してしまう技術があれば、進化する技術もある。
向上した身体能力についても、認識を改める必要があるだろう。
これまでのように制御できる範囲で動くことを考慮せず、咄嗟に飛び退けば刀どころか火縄の有効射程からすら一気に脱出できるとは、さすがに驚いた。
劣化してしまう技術があれば、進化する技術もある。
向上した身体能力についても、認識を改める必要があるだろう。
これまでのように制御できる範囲で動くことを考慮せず、咄嗟に飛び退けば刀どころか火縄の有効射程からすら一気に脱出できるとは、さすがに驚いた。
そして逆に――オルタナティブ・ゼロには、間合いの外から一気に内に入る術もある。
幻之介はいったん両刃剣を地面に突き刺し、腰に巻き付いたベルトのバックルより一枚の絵札を取り出す。
その絵札を右腕に通すと、絵札箱より『アクセルベント』という声が響く。
オルタナティブ・ゼロの移動速度が、常人の捉えられる領域を超越した合図である。
突き刺した両刃剣を抜き取ると、太刀を担ぐようにして構えを取ったのち、彼方にて立ち尽くしている義勇を目指して思い切り駆け抜けた。
その絵札を右腕に通すと、絵札箱より『アクセルベント』という声が響く。
オルタナティブ・ゼロの移動速度が、常人の捉えられる領域を超越した合図である。
突き刺した両刃剣を抜き取ると、太刀を担ぐようにして構えを取ったのち、彼方にて立ち尽くしている義勇を目指して思い切り駆け抜けた。
――――結論から言って、この一手が勝敗を分けた。
冨岡義勇は目にも止まらぬ速さの敵を知っており、犬養幻之介は目にも止まらぬ速さの自身を知らなかった。
加速して、ただ剣を振るう。幻之介にはそれしかできない。
本来ならば十分だ。その刃は、正確に義勇の頸を落とさんと振るわれていた。寸分の狂いもない。
初めて体感する常人が黙視できる限界を半歩超えた速度のなか、始動を誤らず完璧な一閃を放てる技術は申し分ない。
加速して、ただ剣を振るう。幻之介にはそれしかできない。
本来ならば十分だ。その刃は、正確に義勇の頸を落とさんと振るわれていた。寸分の狂いもない。
初めて体感する常人が黙視できる限界を半歩超えた速度のなか、始動を誤らず完璧な一閃を放てる技術は申し分ない。
申し分ない――が、柱には足りない。
当たれば確実に死に至る一撃を放つ鬼を。
初めて目覚めた力を思うまま振るう鬼を。
詳細を誰一人知らない鬼血術を使う鬼を。
はたして、これまでに何体斬ってきたであろう。
初めて目覚めた力を思うまま振るう鬼を。
詳細を誰一人知らない鬼血術を使う鬼を。
はたして、これまでに何体斬ってきたであろう。
幻之介が『アクセルベント』を選んだのに対し、義勇が選んだのは水の呼吸・参ノ型『流流舞い』。
頸とまでは特定できずとも、致命傷となり得る急所を狙ってくるのは、加速する相手を見たと同時にわかっていた。
二流の剣士ならば到底狙いをつけることなど不可能な速度のなかで、しかし一流の剣士である幻之介は間違いなく狙いすましてくると確信していた。
ゆえにこそ『参ノ型・流流舞い』。流麗な足運びにて致命の一撃を回避し、交差する瞬間に加速し切ったオルタナティブ・ゼロの腰に一撃を浴びせた。
一撃と言っても、アロンダイトで斬りつけることができたワケではない。
それさえできれば話が早かったのだが、剣を向けているところに凄まじい速度で突っ込んできて勝手に貫かれるなど、呆れた結末を迎えてくれるような相手とは思えなかった。
剣を上げて下ろす隙などなく、ただ交差する瞬間に僅かに手に力を籠め、腰目がけて左肘を入れただけだ。
凄まじい速度で加速する相手に合わせたせいで、羽織からは焼け焦げたような臭いがしているが、十分以上の成果が出た。
常人の黙視限界を超えた速度は、ただの肘鉄を弾丸に変えたのだ。
オルタナティブ・ゼロのバックルはベルトから弾け飛び、一瞬にして漆黒の装甲を失った幻之介に加速による強烈な圧力がかかる。
加速していた勢いそのままに、地面を滑るようにして飛んでいく。それでも宙を舞ったライダーデッキを掴めたのは、もう二度となにも手放さぬという決意の表れか。
頸とまでは特定できずとも、致命傷となり得る急所を狙ってくるのは、加速する相手を見たと同時にわかっていた。
二流の剣士ならば到底狙いをつけることなど不可能な速度のなかで、しかし一流の剣士である幻之介は間違いなく狙いすましてくると確信していた。
ゆえにこそ『参ノ型・流流舞い』。流麗な足運びにて致命の一撃を回避し、交差する瞬間に加速し切ったオルタナティブ・ゼロの腰に一撃を浴びせた。
一撃と言っても、アロンダイトで斬りつけることができたワケではない。
それさえできれば話が早かったのだが、剣を向けているところに凄まじい速度で突っ込んできて勝手に貫かれるなど、呆れた結末を迎えてくれるような相手とは思えなかった。
剣を上げて下ろす隙などなく、ただ交差する瞬間に僅かに手に力を籠め、腰目がけて左肘を入れただけだ。
凄まじい速度で加速する相手に合わせたせいで、羽織からは焼け焦げたような臭いがしているが、十分以上の成果が出た。
常人の黙視限界を超えた速度は、ただの肘鉄を弾丸に変えたのだ。
オルタナティブ・ゼロのバックルはベルトから弾け飛び、一瞬にして漆黒の装甲を失った幻之介に加速による強烈な圧力がかかる。
加速していた勢いそのままに、地面を滑るようにして飛んでいく。それでも宙を舞ったライダーデッキを掴めたのは、もう二度となにも手放さぬという決意の表れか。
とはいえ、生まれた隙を逃す水柱ではない。
またとない好機を逃すまいと、少しずつ減速していく幻之介を追いかける。
ようやく止まったころにはとうに肉薄しており、その頸を落とさんとアロンダイトを振るっていた。
幻之介は咄嗟にしゃがみ込み、聖剣の切っ先は頸ではなく額を僅かに切り裂くに終わった。
またとない好機を逃すまいと、少しずつ減速していく幻之介を追いかける。
ようやく止まったころにはとうに肉薄しており、その頸を落とさんとアロンダイトを振るっていた。
幻之介は咄嗟にしゃがみ込み、聖剣の切っ先は頸ではなく額を僅かに切り裂くに終わった。
「変身」
二度目の変身。
オルタナティブ・ゼロの装甲を纏い、幻之介は跳躍にて距離を取る。
だが――
オルタナティブ・ゼロの装甲を纏い、幻之介は跳躍にて距離を取る。
だが――
「(二戦目などない。もう終わりだ)」
確信をするのは義勇だけではない。幻之介のほうもだ。
刻まれた額から溢れた血は止まらずに流れ、オルタナティブ・ゼロを纏う幻之介の視界を塞ぎ始めている。
漆黒の装甲を纏っている以上はもちろん拭うこともできないし、変身を解除するだけの隙を作ることもできない。
なんてことはない。見えていないのである。隙の有無の判断自体できるはずがあるまい。
刻まれた額から溢れた血は止まらずに流れ、オルタナティブ・ゼロを纏う幻之介の視界を塞ぎ始めている。
漆黒の装甲を纏っている以上はもちろん拭うこともできないし、変身を解除するだけの隙を作ることもできない。
なんてことはない。見えていないのである。隙の有無の判断自体できるはずがあるまい。
少しばかり移動して、義勇はわざとらしく足音を立てた。
足音に向かって突っ込んでいき、刃を振るうオルタナティブゼロ。その有様こそが証明していた。
彼には見えていないのだ。義勇の間に君臨している、樹齢何年になるかわからぬ一際大きな街路樹の存在など。
幻之介が振るった両刃剣の刀身は、相対する剣士の身体に到達することなく、街路樹の幹に根元まで埋まって動かなくなった。
足音に向かって突っ込んでいき、刃を振るうオルタナティブゼロ。その有様こそが証明していた。
彼には見えていないのだ。義勇の間に君臨している、樹齢何年になるかわからぬ一際大きな街路樹の存在など。
幻之介が振るった両刃剣の刀身は、相対する剣士の身体に到達することなく、街路樹の幹に根元まで埋まって動かなくなった。
◇ ◇ ◇
【4】
幻之介は闇のなかで、己の失態を痛感していた。
なにも見えぬままに、標的を誤ったことだけはわかった。
刃が大樹の幹に根元まで埋まり、ぴくりとも動かないのだ。
さらに言えば、よりにもよって八本の枝刃が噛み合ってさらに強固になっている。
なにも見えぬままに、標的を誤ったことだけはわかった。
刃が大樹の幹に根元まで埋まり、ぴくりとも動かないのだ。
さらに言えば、よりにもよって八本の枝刃が噛み合ってさらに強固になっている。
この隙を逃す男ではない。
おそらく数秒の猶予すら許されていないだろう。
近くにいるのはわかる。気配があるし、衣服が焼け焦げたような臭いもしている。
おそらく数秒の猶予すら許されていないだろう。
近くにいるのはわかる。気配があるし、衣服が焼け焦げたような臭いもしている。
「(変身を解除して血を拭う……不可能だ。その隙はない。ならば……!)」
幻之介の導き出した結論――このまま剣を振り抜いて、得物を取り出す他にない。
歯を強く噛み締める。
鉄の味が口内に広がる。
息を止めながら低く唸る。
手にかける力を激しくする。
背筋が蠢いているのがわかる。
歯の軋む音が頭の中でうるさい。
額からも血が流れる感覚を覚える。
みしりみしりと上半身が捻じれる音。
筋肉のみならず、骨まで悲鳴を上げる。
鉄の味が口内に広がる。
息を止めながら低く唸る。
手にかける力を激しくする。
背筋が蠢いているのがわかる。
歯の軋む音が頭の中でうるさい。
額からも血が流れる感覚を覚える。
みしりみしりと上半身が捻じれる音。
筋肉のみならず、骨まで悲鳴を上げる。
変身による身体能力向上の恩恵か、鍛え抜いた背筋がもたらした当然の成果か。
大樹に埋め込まれて微動だにしなかった刀身は、その状態から無理やりに大樹を伐採することで引き抜かれた。
大樹に埋め込まれて微動だにしなかった刀身は、その状態から無理やりに大樹を伐採することで引き抜かれた。
「な……ッ! バカな…………ッ!」
閉ざされた視界のなか、幻之介は驚愕に染まった義勇の声を初めて聴いた。
続いて足音を隠そうともせずに、間合いから離れていくのが音だけでわかった。
続いて足音を隠そうともせずに、間合いから離れていくのが音だけでわかった。
幻之介には微かな手ごたえがあった。斬り込めてはいない。
僅かに、羽織のたわんだ部分を少しばかり斬りつけたような感覚。
だが、それよりも、そんなことよりも、遥かに意識するべき事実が存在した。
僅かに、羽織のたわんだ部分を少しばかり斬りつけたような感覚。
だが、それよりも、そんなことよりも、遥かに意識するべき事実が存在した。
幹より引き抜いた両刃剣が、ひとまず引き抜ければよいとさえ考えていた両刃剣が――思いもよらぬ速さで走ったのだ。
根元まで刀身が埋まった大樹の幹を発射台として、そこより放った一閃は蓄えた力を余すところなくすべて乗せた魔の一閃となった。
この一閃であれば仮に見えずとも、気配を察知してから剣を振るったとて、己は斬られぬままに相手を斬り伏せることができるであろう。
まさしく魔技。
巌窟王の語っていた星を堕とす魔剣という言葉が、幻之介の脳内に不意に蘇る。
根元まで刀身が埋まった大樹の幹を発射台として、そこより放った一閃は蓄えた力を余すところなくすべて乗せた魔の一閃となった。
この一閃であれば仮に見えずとも、気配を察知してから剣を振るったとて、己は斬られぬままに相手を斬り伏せることができるであろう。
まさしく魔技。
巌窟王の語っていた星を堕とす魔剣という言葉が、幻之介の脳内に不意に蘇る。
「(だが……ない……)」
魔技に到達してなお、幻之介は冷静であった。
大樹を一度発射台として用いてしまった以上、肝心の発射台がもはや存在しない。
変身した幻之介の膂力に耐えた上で刃を呑み込み、力を蓄えて魔技を放つ発射台足りえる存在など、あの大樹以外にもはや存在しない。
大樹を一度発射台として用いてしまった以上、肝心の発射台がもはや存在しない。
変身した幻之介の膂力に耐えた上で刃を呑み込み、力を蓄えて魔技を放つ発射台足りえる存在など、あの大樹以外にもはや存在しない。
「(いや……! ある! あるではないか! いつだって! どこにだって……!)」
冷静であるがゆえに、答えに到達する。
なによりも強固で、なによりも不動の発射台、それを踏み締めるのが剣術の基礎である。
なによりも強固で、なによりも不動の発射台、それを踏み締めるのが剣術の基礎である。
――――大地である。
幻之介は両刃剣を大地に突き刺し、その柄を右手で握り締める。
右手に強烈な力を籠めつつ、より強大な力を籠めるべく身体を捻る。
オルタナティブ・ゼロの背部装甲が、これまで以上に内部から押し上げられていく。
盲人が杖をついているかの如き構えは、しかしながら杖をつく盲人には到底出しえぬ殺気に満ち溢れている。
右手に強烈な力を籠めつつ、より強大な力を籠めるべく身体を捻る。
オルタナティブ・ゼロの背部装甲が、これまで以上に内部から押し上げられていく。
盲人が杖をついているかの如き構えは、しかしながら杖をつく盲人には到底出しえぬ殺気に満ち溢れている。
いつでも放てる状態を保ちつつ、幻之介は義勇が間合いに入ってくるのを待つ。
少女を逃がすだけの時間を稼いだのは間違いないが、この状態で魔技を恐れて遁走するような剣士であるとは思えない。
この機会をものにしなければ、いずれ視界を塞いでいる血を拭った万全の状態で再び相対することになるのだ。その発想に至れぬ男ではあるまい。
幻之介の確信に応えるように、義勇の気配が膨れ上がる。
気配だけではない。まだ残っていることを訴えるかのように、音を立てて歩み寄ってくる。
そうして、互いの間合いから数歩前でその足を止めた。羽織の焼け焦げた臭いが鼻を衝く。
少女を逃がすだけの時間を稼いだのは間違いないが、この状態で魔技を恐れて遁走するような剣士であるとは思えない。
この機会をものにしなければ、いずれ視界を塞いでいる血を拭った万全の状態で再び相対することになるのだ。その発想に至れぬ男ではあるまい。
幻之介の確信に応えるように、義勇の気配が膨れ上がる。
気配だけではない。まだ残っていることを訴えるかのように、音を立てて歩み寄ってくる。
そうして、互いの間合いから数歩前でその足を止めた。羽織の焼け焦げた臭いが鼻を衝く。
この死合いの前半は、幻之介が間合いに入り義勇が迎撃するというものであったが、ここに至って真逆の様相となった。
間合いに入ってくれば、すぐさま魔技にて斬り伏せる。
魔技の一撃さえ入れば義勇が、命中しなければ幻之介が、地に伏せることになる。
間合いに入ってくれば、すぐさま魔技にて斬り伏せる。
魔技の一撃さえ入れば義勇が、命中しなければ幻之介が、地に伏せることになる。
まだか、まだか――と。
幻之介の焦れる思いは、前触れなく終わりを迎える。
凄まじい速度で迫る焦げた羽織の匂い、頸を正確に狙い澄ました刃が風を斬る音。
窮地にて到達した魔技は必然的に後手となるが仔細なく、両刃剣が大地という発射台から放たれるや否や、蓄えた力をすべて乗せたその速度は義勇の『凪』をすら超越する。
雷のごとき速度から放たれた魔技の一閃は、先に始動したアロンダイトの刃を遅れて繰り出されたにもかかわらずたやすく払い、肘が少しだけ焦げた羽織を真っ二つにせしめた。
幻之介の焦れる思いは、前触れなく終わりを迎える。
凄まじい速度で迫る焦げた羽織の匂い、頸を正確に狙い澄ました刃が風を斬る音。
窮地にて到達した魔技は必然的に後手となるが仔細なく、両刃剣が大地という発射台から放たれるや否や、蓄えた力をすべて乗せたその速度は義勇の『凪』をすら超越する。
雷のごとき速度から放たれた魔技の一閃は、先に始動したアロンダイトの刃を遅れて繰り出されたにもかかわらずたやすく払い、肘が少しだけ焦げた羽織を真っ二つにせしめた。
そうして――――身体のバネすべてを酷使して魔技を放った幻之介の左胸に、羽織とアロンダイトを投げつけた義勇は、先ほど回収したばかりの木剣を突き立てた。
水の呼吸・漆ノ型『雫波紋突き』。
義勇の持つ最速の技であるが、決め手ととして用いることはほとんどない。
頸を落とさねば死ぬことのない鬼に対しては、せいぜい牽制にしかならない。
しかしながら、人間相手とあれば話は別だ。
急所を三寸切り込めば人は死に、急所を三寸貫けば人は死ぬのだ。
義勇の持つ最速の技であるが、決め手ととして用いることはほとんどない。
頸を落とさねば死ぬことのない鬼に対しては、せいぜい牽制にしかならない。
しかしながら、人間相手とあれば話は別だ。
急所を三寸切り込めば人は死に、急所を三寸貫けば人は死ぬのだ。
◇ ◇ ◇
【5】
いったい、なにが起こったというのか。
なんらかの理由で魔技は命中せず、逆に義勇によって仕留められたのだ。
幻之介は急速に力が抜けていく身体に疑問を抱き、すぐさま答えに到達した。
どちらが倒れて、どちらか生き残る。もとより分かり切っていた他にない結末である。
足元が覚束ない。魔技の発射台とした大地を踏み締めることができずに、そのまま倒れてしまう。
変身が解除されていくのを皮膚の感覚で実感するが、もはや視界を妨げる血を拭う力すら残っていない。
問題はない。いまさら視覚を取り戻して答え合わせをしたところで、そこになんの意味があるというのか。
なんらかの理由で魔技は命中せず、逆に義勇によって仕留められたのだ。
幻之介は急速に力が抜けていく身体に疑問を抱き、すぐさま答えに到達した。
どちらが倒れて、どちらか生き残る。もとより分かり切っていた他にない結末である。
足元が覚束ない。魔技の発射台とした大地を踏み締めることができずに、そのまま倒れてしまう。
変身が解除されていくのを皮膚の感覚で実感するが、もはや視界を妨げる血を拭う力すら残っていない。
問題はない。いまさら視覚を取り戻して答え合わせをしたところで、そこになんの意味があるというのか。
「(すまぬ、猛丸……。お前を生かすべくなんの成果も上げられぬばかりか、俺は――)」
恥を知らぬにもほどがあると、幻之介は死にゆく自身が抱く思いに呆れた。
間違いなく殺し合いに乗るつもりであった。
真実かもわからぬ報酬を信じ込み、猛丸一人を生還させようとしていた。
事実として、もしもあそこで義勇が割って入ってこなければ、幻之介はとっくに一人の少女を殺害していた。
間違いなく殺し合いに乗るつもりであった。
真実かもわからぬ報酬を信じ込み、猛丸一人を生還させようとしていた。
事実として、もしもあそこで義勇が割って入ってこなければ、幻之介はとっくに一人の少女を殺害していた。
にもかかわらず。
たまたま機会を逃しただけだというのに。
猛丸のために殺さなくてよかったなどと、義勇のような一流の剣士が止めてくれてよかったなどと、幻之介はそんなことを考えてしまっているのだ。
たまたま機会を逃しただけだというのに。
猛丸のために殺さなくてよかったなどと、義勇のような一流の剣士が止めてくれてよかったなどと、幻之介はそんなことを考えてしまっているのだ。
「(はっ。どのツラを下げているのか、俺は)」
みっともないにも程度というものがあるだろう。
あの少女や義勇に知られたらと思うと、情けなさのあまり腹を斬りたくなってしまう。
そんなことになった日には、たとえあの世にいようとも素手でもって割腹するのは間違いない。
あの少女や義勇に知られたらと思うと、情けなさのあまり腹を斬りたくなってしまう。
そんなことになった日には、たとえあの世にいようとも素手でもって割腹するのは間違いない。
だが、それでも――紛れもない本心であった。
あの夜。
島津義弘が軍勢を率いて、殿である豊臣秀頼の迎えに来た夜。
猛丸を犬と貶めることで猛丸だけを生かし、彼以外の首狩森の住民をすべて『片付け』た。
あの日の選択を悔いていながら、またこのたび奇跡的に得た二度目の機会においても、また同じことをしようとしていたのだ。
島津義弘が軍勢を率いて、殿である豊臣秀頼の迎えに来た夜。
猛丸を犬と貶めることで猛丸だけを生かし、彼以外の首狩森の住民をすべて『片付け』た。
あの日の選択を悔いていながら、またこのたび奇跡的に得た二度目の機会においても、また同じことをしようとしていたのだ。
そんなことを望む男ではないと、とっくに思い知っていたというのに。
いや、違う。
百も承知であった。
そんなことを理解した上で、犬養幻之介は一人のために自分を含む六十九を殺す決意をしたのだ。
百も承知であった。
そんなことを理解した上で、犬養幻之介は一人のために自分を含む六十九を殺す決意をしたのだ。
オルタナティブ――代替品。代替の品。代替が利く品。
士とはすなわち代替が利く品であり、この地においても猛丸の代わりに六十九を殺す心積もりであった。
主君が異なるだけで、これまでと変わらぬ士の生き方である。それでよいと思っていた。
士とはすなわち代替が利く品であり、この地においても猛丸の代わりに六十九を殺す心積もりであった。
主君が異なるだけで、これまでと変わらぬ士の生き方である。それでよいと思っていた。
「(だが、猛丸と会って、俺は――)」
意識が薄れてゆくなかで、ようやく思い違いを自覚した。
猛丸は身分の檻がない男であり、幻之介もそのように彼のことを称していた。
そこに間違いはないが、それだけの男ではなかったのだ。
猛丸は身分の檻がない男であり、幻之介もそのように彼のことを称していた。
そこに間違いはないが、それだけの男ではなかったのだ。
知行返上つかまつる――と。
この地にさえ呼ばれていなければ、殿のもとに走って言い放つつもりであった。
しかしそんな必要はなかったのだ。
殿に、豊臣秀頼なぞに認められずとも、とっくに身分の檻から解かれていたのだから。
この地にさえ呼ばれていなければ、殿のもとに走って言い放つつもりであった。
しかしそんな必要はなかったのだ。
殿に、豊臣秀頼なぞに認められずとも、とっくに身分の檻から解かれていたのだから。
猛丸は身分の檻がない男というだけではなく、己以外の身分の檻さえ解き放つ男であったのだ。
気づくのが遅かった。
あまりにも遅すぎた。
最初に気づけてさえいれば――
あまりにも遅すぎた。
最初に気づけてさえいれば――
士/代替品/オルタナティブであろうなどと、もはや檻から解かれていた自身に到底成し遂げられぬ生き方など選ばなかったろうに。
ああ――と。
もはや皮膚の感覚すらないが、それでもこれだけは言っておかねばならない。
とてもじゃないが知られたくない内心がある一方で、どうにかまだ近くにいるであろう義勇に伝えておきたい言葉があった。
もはや皮膚の感覚すらないが、それでもこれだけは言っておかねばならない。
とてもじゃないが知られたくない内心がある一方で、どうにかまだ近くにいるであろう義勇に伝えておきたい言葉があった。
「俺は……俺は、オルタナティブに非ず……」
巌窟王まで伝わるであろうか。
そもそも義勇の耳に届いたであろうか。
答えは定かではないし、もはや知る手段などない。
最後の気力を振り絞って言葉を残していながら、幻之介はそれでもよいかと笑った。
表情を動かすことなどできないが、それでもたしかに笑ったのだ。
たとえ誰に届かずとも、どうしても口に出して言っておきたかっただけだ。
そもそも義勇の耳に届いたであろうか。
答えは定かではないし、もはや知る手段などない。
最後の気力を振り絞って言葉を残していながら、幻之介はそれでもよいかと笑った。
表情を動かすことなどできないが、それでもたしかに笑ったのだ。
たとえ誰に届かずとも、どうしても口に出して言っておきたかっただけだ。
猛丸と出逢って、変わってしまった。
犬養幻之介は、変えられてしまった。
士/代替品/オルタナティブとしてではなく、ただの犬養幻之介とただの猛丸としてありたい――と。
そんなことを思ってしまったのだ。
犬養幻之介は、変えられてしまった。
士/代替品/オルタナティブとしてではなく、ただの犬養幻之介とただの猛丸としてありたい――と。
そんなことを思ってしまったのだ。
狂っている。
狂わされている。
狂わされている。
ただの犬養幻之介など、ただの猛丸など、この世に存在し得ない。
武士の世を支配しているのは身分の檻であり、それがない世界なぞあるはずもない。
武士の世を支配しているのは身分の檻であり、それがない世界なぞあるはずもない。
だが気づいてしまったのだ。
自覚をして、武士の道から外れた。
あの琉球での日々のなかで、身分の檻に支配された世こそが、死/士に狂っているのだと。
自覚をして、武士の道から外れた。
あの琉球での日々のなかで、身分の檻に支配された世こそが、死/士に狂っているのだと。
「(正気にては大業はならず。なればこそ、大業はならずとも、正気に戻れたことを誇りに思おう)」
見える。彼方まで広がる狂おしく蒼い海。
聞こえる。弦楽器にて奏でられるカチャーシー。
死にゆくものが最期に見る夢のような錯覚か、あるいは――
聞こえる。弦楽器にて奏でられるカチャーシー。
死にゆくものが最期に見る夢のような錯覚か、あるいは――
ただ一つ言えるのは、どうやら聞いていた通りにずいぶん懐の広い地であるらしい。
先に来ていたらしい左腕を撫でてやり、その鍛錬の足りなさに幻之介は子どものように白い歯を露わにして笑った。
先に来ていたらしい左腕を撫でてやり、その鍛錬の足りなさに幻之介は子どものように白い歯を露わにして笑った。
【犬養幻之介@衛府の七忍 死亡】
◇ ◇ ◇
【6】
幻之介の呼吸が止まった瞬間、冨岡義勇の気持ちの糸は切れた。
水の呼吸を極めた水柱らしからぬほどに、その呼吸は乱れ切っていた。
血まみれの木剣を杖としてどうにか立っているが、放っておけば倒れ込んでしまうかもしれない。
さりとてさほど大きな怪我を負ったワケでもなければ、肉体的な疲労が激しいのではない。
鬼との戦いは、夕方から明け方までの半日に及ぶことも少なくない。大した疲労をするはずがない。
そんなことはわかっているというのに、たしかに義勇は疲れ切ってしまっていた。
鬼ではなく人を斬ったからではない。
水の呼吸を極めた水柱らしからぬほどに、その呼吸は乱れ切っていた。
血まみれの木剣を杖としてどうにか立っているが、放っておけば倒れ込んでしまうかもしれない。
さりとてさほど大きな怪我を負ったワケでもなければ、肉体的な疲労が激しいのではない。
鬼との戦いは、夕方から明け方までの半日に及ぶことも少なくない。大した疲労をするはずがない。
そんなことはわかっているというのに、たしかに義勇は疲れ切ってしまっていた。
鬼ではなく人を斬ったからではない。
さながら赤子を殺したような、そんな感覚が手に残ってからである。
幻之介が到達した魔技は、無限の可能性を秘めてこの世に生を受けたばかりであった。
いずれ空を流れる星をすら堕とし得る。それだけの潜在力は、間違いなく内に秘めていた。
いずれ空を流れる星をすら堕とし得る。それだけの潜在力は、間違いなく内に秘めていた。
義勇が取った戦法は――その未だ産声を上げる赤子の口元を押さえて、やさしく蓋をするような代物であった。
犬養幻之介は左腕の不足を充足に変え、さらには視覚の喪失を充足に変えんとしていた。
まさしく喪失を強みに変える力を持った剣士であり、喪失を抱え続けている自身の正反対であると義勇は分析する。
どちらが本物であるのかと問えば、すべての人間が幻之介と答えることであろう。わざわざ聞くまでもない。
視覚を失っているうちに殺す他に、勝つ道などなかったであろう。義勇は自らの出した結論に身震いする。
まさしく喪失を強みに変える力を持った剣士であり、喪失を抱え続けている自身の正反対であると義勇は分析する。
どちらが本物であるのかと問えば、すべての人間が幻之介と答えることであろう。わざわざ聞くまでもない。
視覚を失っているうちに殺す他に、勝つ道などなかったであろう。義勇は自らの出した結論に身震いする。
「俺は……俺は、オルタナティブに非ず……」
幻之介が最期に零した言葉が蘇る。
オルタナティブ。その意味を義勇はつい先ほどまで知らなかった。
とても足を動かして移動できそうにないので、転がっている道具を回収した際に、幻之介の得物の手引書を発見したのだ。
それを読んで、なるほどと合点が行った。
幻之介ほどの一流の剣士が、何者かの代替品であるはずがない。
その上で、オルタナティブの意味と幻之介の言葉を踏まえた上で、義勇は遠い目で白み始めた空を見上げた。
オルタナティブ。その意味を義勇はつい先ほどまで知らなかった。
とても足を動かして移動できそうにないので、転がっている道具を回収した際に、幻之介の得物の手引書を発見したのだ。
それを読んで、なるほどと合点が行った。
幻之介ほどの一流の剣士が、何者かの代替品であるはずがない。
その上で、オルタナティブの意味と幻之介の言葉を踏まえた上で、義勇は遠い目で白み始めた空を見上げた。
「俺は、せめて、錆兎のオルタナティブ(代替品)足り得る存在でありたい」
まだまだ足りないが――と。
そんな続きは音となって外界に出ることはなく、義勇のなかだけに浮かんで消えた。
そんな続きは音となって外界に出ることはなく、義勇のなかだけに浮かんで消えた。
【C-6/1日目・早朝】
【冨岡義勇@鬼滅の刃】
[状態]:疲労(肉体的なものではない)
[装備]:無毀なる湖光@FGO、
[道具]:基本支給品一式×2、木剣、ランダム支給品0~3、真っ二つの半半羽織(私物)@鬼滅の刃
[思考・状況]
基本方針:鬼舞辻無惨を討つ。鬼を切り、人を守る。
1:少し休んでから行動。かぐやを追うかどうか。
[備考]
※参戦時期、柱稽古の頃。
[状態]:疲労(肉体的なものではない)
[装備]:無毀なる湖光@FGO、
[道具]:基本支給品一式×2、木剣、ランダム支給品0~3、真っ二つの半半羽織(私物)@鬼滅の刃
[思考・状況]
基本方針:鬼舞辻無惨を討つ。鬼を切り、人を守る。
1:少し休んでから行動。かぐやを追うかどうか。
[備考]
※参戦時期、柱稽古の頃。
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| 犬養幻之介 | Eliminated |