テレポート直後、空間超越の効果で霞む視界にちょうどいい程度に茂る自然が映る。その中をサファイア、エメラルド、ルビー、パール、ジェット等の様々な色の宝石が風船のように浮かび、光の軌跡を尾に鮮やかに揺らめく。
数回の瞬きの後、目が通常運行になり正常に周りのことを認識できるようになる。
「わぁー、きれい」
「ほんとだ。でもこの光ってるのって?」
そこに揺らめいていたのは宝石ではなく彩色された光の玉であった。周りの景色は光の弄流で作られたフィルターで彩られ、"幻想的な"美しさを醸し出している。
「これは、マナの塊ね?」
「ええ、そうよ。」
「だが、マナを視認するにはマナの集中が必要なはずだ。それも魔法使いがやるような人為的なものがだ。なのに、ここはそれが自然と行われている……何故だ?」
魔法についても造詣の深いはかせが不思議に思い思慮にふける。それを見た彼女はその答えを言う。解きかけのパズルを取り上げ、完成品を渡すように。
「"自然"にというのは半分あたりで半分はずれね。マナも大気のように世界中を流れ、循環しているのは知っているでしょ。ここはその流れの淀み。それに加えて、マナの依り代として成長を止めた世界樹を植林して、マナを飽和状態で安定させたの。そして……」
彼女は言葉を止め、ある程度拓けた場所の手前で立ち止まり、魔法陣を広げる。先ほどのとは違い、今度は五色のものだ。
「一体、何を始めるんです?」
「ここに溢れている五色のマナを、一定量ここに集めて混じり合わせるのよ。そうすることにより、彼が眠っている建物の鍵を開けることが出来るわ」
「へー、なんかいよいよ伝説の英雄って感じになってきたね。あれ、でも確かマナ同士には友好関係と対抗関係があるんじゃなかったっけ?」
「そう。だから五色全てのマナを混じり合わせるのって、相反する属性や概念を混じり合わせる事になってすごい難しいんだけど……」
「確かに難しいことだけど、不可能ではないわ。それにある程度、難度の高いものにしなくては、鍵にはならないからね。」
彼女の視線がノアとシアから
ユージローに移る。
「ん、どうかしたんですか?」
「いえ、何でもないわ。始めましょう」
こう言うと目を瞑り、彼女は瞑想をする格好となった。そして精神を集中させると思い思いの軌跡を描いていたマナの流れが指向性を持つように変換され、一点に集まっていく。そしてそれらが衝合し、眩い光を放った。光が晴れると、見つめるもの全てを吸い込み離さぬ漆黒の正四角形の施設がそこに現れていた。
その施設の色はまさに深淵の闇であった。淡いマナのフィルターを通してみても何物にも染まらず、黒く、黒く、そこに佇んでいた。
「この中よ。入りましょう」
中へ入ると、蛇腹模様の大剣を侍らせた棺が中央に鎮座している。恐らくこの中に英雄が眠っているのだろう。
「まだ死んでもいないのに、棺ってのはちょっと悪趣味じゃない?」
「気にしない、気にしない。それにこの棺には復活という意が込められているのよ……"来世での"、だけどね」
「結局死人扱いじゃない!」
朱音が噛み付くが、その剣幕もどこ吹く風の涼しい顔で彼女は青い魔法陣を張り、時間停止の魔法を解く準備を始める。
「おまたせ。あなたに処理を施した魔法を解くときがきたわよ?」
施設の外からの青い光の流れ、青マナの流れが彼女を介して棺に注ぎ込まれる。
青い光が途切れると、棺の扉はゆっくりと、重々しく、開いた。
「おはよう、久しぶりね。心地の良い眠りだったかしら?」
「……ああ、おはよう、
イリヤ。だが、あんまり久しぶりって感じでも無いし、心地の良い眠りでもなかったな」
中から声と共に伝説の英雄が、獣の耳を頭に据えた亜人の少年が当時の姿のままで出てきた。
「それは、そうね。あなたにとっては一瞬の事だったはずだもの」
「……いや、久しぶりと感じない理由は、その姿だ。俺が寝ている間に”女装”が趣味になったのか?」
「あら、失礼ね。今の私は身も心もれっきとした乙女よ。悠久の時間を経て、今の私は容姿のみならず、その精神までも魔法によって自由に偽れるようになってしまったわ。そんな定型を持たない儚いアイデンティティで、一つの姿、一つの人格に固執できる者なんているのかしら?」
イリヤは人を食ったような笑みを浮かべ、愁いを込めた言葉を紡ぐ。
「まあでも、この世界で、友人といる時くらいは……」
絶えず柔らかに吹き込んでいた風が、空気の流れが、止んだ。そして一瞬前まで美しい女性がいた場所に、一瞬後にはかわいらしい少年が存在していた。細見の体躯に幼い顔立ち、それはまるで少女のような姿であった。
「あの時の姿と心に固執した方がいいね、ガルくん」
「おお、やっと久しぶりって感じがしてきたぜ、イリヤ」
改めて再会を喜ぶ二人。水を差す気にならない感動の再会と鮮やかで完璧な変身に、外野はやや置いてきぼりである。
「え、え、いったい何が起こったの……?」
「イリヤという名に、容姿を変える能力、そしてこれまでの卓越した魔法の数々……そうか君は、
ガル=バスティーユの伝説に登場する……」
伝説を知るはかせが少し前まで”彼女”だった”彼”の正体に辿り着く。
「そうボクはガルくんの伝説に登場するイリヤ。エルダー・ドラゴンにしてシェイプ・シフター、そして次元の旅人のイリヤだよ」
「ド、ドラゴン……」
ドラゴンの名にユージローの身が若干竦む。それを見たイリヤは屈託のない笑みを作り語りかける。
「そう怖がらないでよ、ボクは君たちの味方さ。なんてったってこの世界を救いに来たんだもの。それにあんな”模造品”と同一視されるのはちょっと心外だなぁ」
「そ、そういわれてもなぁ……それに”模造品”?」
「ああ、こっちの話だよ。それより今は時間が無い。ガルくん、この人たちは今回、救世に協力して貰うはかせ、朱音、ノア、シアそしてユージローだ」
ガルはイリヤに紹介された面々を一人ずつ見つめていき、最後にユージローと瞳を合わせる。
「ああ、よろしく頼む、ぜ」
(まあ、こいつについては、あとでイリヤに聞いてみるか。あと、あの五月蝿くて、神出鬼没だったあいつについても……きっと何か知っているはずだ)
その後UCAの五人はガルと軽い挨拶をすます。それが終わるとイリヤが説明を始める。
「さてと、それじゃあ、目下の問題である大ゲルムヒルト帝国の侵攻への対処についてだけど……」
「また、封印するのか?」
「そう、裏の世界に再封印することになるね。それでまずはボクとガルくん、朱音、そしてユージローで、この世界と裏の世界を繋ぐ”ゲート”が発生する場所に行き、あいつらが出てこないように足止めをする」
「ヤバい相手なんでしょ、たったの四人で足止めが可能なの?」
精鋭揃いとはいえ、たったの四人だ。それに過去、この二人とその仲間が倒すことをあきらめ、やむを得ず封印した相手だ。不安にならない方がおかしい。
「ん~、確かに戦力が十分とは言えないけど、”鍵”が一つ欠けた位なら”ゲート”もそんなに大きくないだろうし、たぶん何とかなるよ」
「だけど、いくら”ゲート”が狭いって言ったって、時間をかければそれなりの数がこっちの世界に出てこれるんじゃ?」
「そう、だから”時間が無い”んだ。時間をかければ、かけるほどこっちは不利になるからね」
脳筋三人に対する説明を終えるとイリヤは残りの三人に体を向けた。
「次にノアとシア、そしてはかせには世界の中心にある始まりの世界樹へ行ってもらうよ」
「えっ、始まりの世界樹に!?」
「ホントに、やった!」
以前からあこがれていた場所に、思いもよらぬ形で行けることになり喜ぶ二人。
「了解したが、我々はそこで何をすればいいんだ?」
はかせの質問に対して、イリヤの声が部屋中に響き渡る。