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  • 無彩の少女、虚飾の果て(第四章)

uma-musumeになりたい部 @ ウィキ

無彩の少女、虚飾の果て(第四章)

最終更新:2023年08月11日 19:18

匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集

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A lie told often enough becomes the truth.
  — Vladimir Lenin

無彩の少女、虚飾の果て(第一章・第二章)
無彩の少女、虚飾の果て(第三章)
無彩の少女、虚飾の果て(第四章):Here

作品一覧

    • 第四章 空花乱墜編
      • 第15話:あるシニア級ウマ娘の目黒記念
      • 第15.5話:グランプリに背を向けて
      • 第16話:かつて、少女だった私達
      • 第16.5話:冠話糾題
      • 第17話:ジャパンカップ、そして
      • 第17.5話 白と黒の勝負服
      • 第18話:You Are My Best…
      • 第19話:告解と断罪の日
      • 第20話:とびっきりのさよならを
  • コメント欄

第四章 空花乱墜編

第15話:あるシニア級ウマ娘の目黒記念

+ ...
「吐き気が、しました」
 カウンセラーに向けて語るのは、サイドテールの先端を左肩に垂らした栗毛の少女。当初はトモの上に置いていた両手が、気付けば何かに怯えるように彼女の身体を抱いていた。迫り来る恐怖から、身を守るかのように。
「なぜ貴女が、こんな場所にいるのかって」
「なんでこんなに恐ろしい相手と、戦わなくちゃいけなかったんだって」
 震える声。カタカタと、2人の間のテーブルが音を立てる。後ろで様子を見守る担当トレーナーの女性も、ウマ娘の様子を心配そうに見つめていた。
「もし、時間が巻き戻せるなら」
 視線を伏せ、少女が力無く言葉を続ける。決して叶わない願いだと分かってなお、彼女が願わずにいられなかったことは。
「あの目黒記念、出走を辞退すればよかった」
「そうすれば」
「あの“蜃気楼”に狂わされることもなかったのに──」


 私の名前はポットアウト、このたび重賞レースにトライする名ウマ娘! チャームポイントは輝くような栗毛の髪!
 去年のクラシック級、マイル戦線での戦績はほとんど振るわなかったけど、年明けからオープン戦も勝って今ノリにノってるウマ娘だよ!
 さて、5月末に東京レース場で開催される重賞レースといえば、みんな知ってるよね? そう、日本ダービー! ……の次に行われる、GⅡレース目黒記念。クラシック三冠レースは一生に一度だからね、去年出られなかった時点で私に挑戦権は無いワケなのですよ。
 しかし、折角トレーナーが用意してくれたチャレンジの舞台! 2500は長いって言う人もいるけど、最近むしろ少し長い方が楽だって分かってきたからね! マイルは私に短過ぎた!
「トア、休憩は済んだかしら? もし大丈夫なら、レースの打合せをしておきたいのだけれど」
「もちろん大丈夫! よろしくねトレーナー!」
 そう言いながら、机の上を整理していく私。その上に、何枚かの書類と顔写真を置いていくトレーナー。私は名前を覚えるのが苦手だから、こうして写真を添えてくれるトレーナーがすごく助かるんだ。
「こっちの芦毛の娘がアブラプトマリー、栗毛の娘がクラックフロー。そして……」
 一人一人、出走者の顔と名前を一致させていく。やっぱり重賞レースだけあって、聞いたことのある名前や見覚えのある顔がずらずらと並んでいく。そして、最後の一枚。
「……この青鹿毛の娘が、カラレスミラージュ。説明は要る?」
「ううん、春天の娘だよね。流石に分かるよ」
 にっこり、という擬音の似合う、満面の笑みを浮かべた少女。つい今月の頭、あの天皇賞・春って長距離GⅠを制したウマ娘。以前にはジュニア級でホープフルSも勝ってたんだっけ、今年に入ってからはほとんど3000m以上を走っている辺り、ステイヤー気質が強いんだろうけど。
「正直に言うとね、彼女の場合、担当トレーナーの正気が知れないのよ」
「距離を縮めた上でハンデ戦だもんね」

 ……ハンデキャップ競走。当たり前の話なんだけど、例えば「東京2400mのレースで1着を取りました!」って言っても、それがGⅠとOP競走であれば雲泥の差がある。もしOPウマ娘が大部分を占めるレースに、GⅠウマ娘が無条件で殴り込んできたら、大変なことになる。
 だからこそ、もし強いウマ娘が出走するとなれば、見合ったハンデを背負わせるのが必要な措置。多少の差なら、専用の重い蹄鉄とか、アンクルやウエイトベストで調整が効く。そういった調整をやりやすくするため、GⅡ以下のレースは専用の勝負服じゃなくて、統一された体操服にしていると聞いたことがある。本当かは知らないけれど。
「軽く計算してみたけれど……あなたを基準にすれば、7〜8キロは優に超えるわ、彼女のハンデ」
「……身体壊れない?」
「普通なら壊れるわよ、だから何考えてるのか分からないの。仮にも彼女はGⅠウマ娘でしょう? こんなローテを組むなんて本来あり得ないのよ……」
 例えるなら、水のボトルとかお米の袋を背負ったまま、レースに出るようなもの。それを提案したであろうトレーナーは気が狂っているだろうし、それを飲んだカラレスミラージュにも疑問が浮かぶ。
 はっ。もしや、何か弱みでも握られているのでは!? そうしてバ車ウマ娘のようにコキ使われているのでは……!?
「トア」
「あいたっ」
 ファイルの角で頭を優しく小突かれる。どうやら思考がダダ漏れだったようで。いけないいけない、こうして変に妄想しちゃうのは私の変な癖だ。
「彼女も気になるけど、他の娘を侮るのもダメよ。今からしっかり確認して作戦を立てましょう」
「はーい、ごめんなさい。それでズバリ、トレーナーが一番気になるのって誰なの?」
「私から見ると、やっぱり2ヶ月前の勝利が印象的だった──」
 こうして、私達のミーティングは進められていく。相手を踏まえた作戦を立て、他の相手も考慮して細かいところを詰め。日が落ちた頃に解散して、翌日からは普通にレッスン。これを2日くらい前まで繰り返して……私達は、東京レース場に足を運ぶのだった。


 ──ワアアアアアアア!

「うわあ凄い声、私も見たかったなー」
 控え室からでも聞こえてくるレース場の歓声、1年で最も盛り上がるレースだけあって当然至極。トレーナーから「ダービーを見て興奮したら本番に差し障るから」って禁止令を敷かれていなければ見物できたんだけどね、残念。
 着替えも済ませたし準備は終わってる、今のうちにお花でも摘んでおこうかと部屋を出た先で、たまたま出会った相手が。
「あ、こんにちは! 今日はよろしくお願いします!」
「こんにちはー! ポットアウトって言うんだ、よろしくねカラレスミラージュさん!」
 ミーティングでも話題に上がっていた相手、カラレスミラージュ。黒髪を短くぱっつんにして、ほのぼのした笑顔を浮かべる少女。写真で見た時よりおっぱい小さくない? と思ったけれど、すぐにウエイトで着潰しているからと気付いて口を閉じた。
「ミラージュさんは、ダービー見なくてよかったの?」
「トレーナーさんが『見るな』って。『こっちに集中しろ』と言われました」
「あ、私も一緒だ!」
 困ったような顔で返すミラージュさん。……もしかしてトレーナーと仲悪いのかな?
「『これ』のこともありますし、今日はしっかり集中しろって。トレーナーさんの顔に泥を塗るわけにはいきませんからね」
 そう言って、自身の胸元をトントンと叩くミラージュさん。やっぱりウエイトが相当重いらしく、少し動いただけで私より大きな足音が響いていた。
 ……レース映像では、よく切れる刃物みたいなオーラをビンビンに出していたけれど、こうして話してみると何処にでもいる女の子みたい。油断はしないけれど、ちょっと印象が変わったのを感じた。
「それじゃ本番、頑張ろうね! 私が勝つけど!」
「……ええ! お互い頑張りましょう、ポットアウトさん!」
 そう言って、私はお手洗いへと足を進める。本番で決壊しちゃいましたなんてなったら、洒落にならないからね。……でも、ここで振り返らずに行ってよかったと、後になって思った。だって──

 ──彼女が、ゾッとするような冷たい視線で、私を見つめていたと気付かずに済んだのだから。


 少しだけお客さんの減った観客席をチラ見しながら、ゲート入りまでの時間を待つ。あの狭い空間は相変わらず慣れられない、ワガママは言ってられないんだけどね。まあそろそろ私の番、諦めて収まりますかと一歩踏み出したところで。
 ゾワリ、と。背中に氷でも当てられたような悪寒が走った。
 きょろきょろと辺りを見回しても、気になるようなものはない。私以外には3人くらいしか残ってないゲート外、誰かが何かをしているという様子もない。誘導員さんに背中を押されて、そのままゲートに入る。
 何故か分からないけれど、心臓のバクバクが止まらない。きゅっと息が詰まる。ゲートの中ってこんなに重苦しかったっけ。鼓動がうるさい。早く。早く早く早く始まって──そうしてゲートが開き、目の前が眩しくなった瞬間、私は今までで一番のスタートを切っていた。

【さあゲートが開いた……おっと!?】
【何人かのウマ娘が既に掛かり気味のようだ! 一体どうしたと言うのでしょうか!?】

 今日の目黒記念は、出走者18人フルゲートで行われている。私はそのうち7人くらいいる先行ウマ娘、逃げの娘を考慮しても大体10番手くらいには収まれるはず。だと言うのに。

【前方集団が猛烈なペースで進んでいます! これは体力が保つのでしょうか!?】
【後方集団の追い上げは間に合うのか! 波乱の幕開けとなりました!】

 ……軽く数えただけで、私の前と周りに、15人くらいいる。明らかに、ペースがおかしい。出走者の過去のレースでも、こんな殺人的なペースは見たことがない!

【1000m通過が58秒、先頭から殿までおよそ14バ身!】
【順位を振り返っていきます、先頭を進むのは──】

 このペースがマズいなんて、考えるまでもなく分かってる! 今のうちにペースを落としておかないと、前が総崩れになるのも予想が付く! なのに、背中から圧し掛かる重圧が、恐怖感が、私の心を焦らせて止まれない! もし速度を緩めてしまったら、大変なことになるんじゃないかって!
 前を走る娘の視線が私の方に……ううん、私のさらに後ろへと向いている。つられて、そちらを向いてしまう。後方集団の3人。芦毛の娘と、栗毛の娘が浮かべているのは、怯懦と悲痛に歪んだ顔。そのさらに後ろから、2人を差し置いて飛び込んできたのが……あの、短い、青鹿毛で。

「あ、あ、あ、あああああああああああ!!!!!!」

 逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ!!!!
 ゾッとするほどに濁り燻んだ赤色の瞳。光なんて一筋も見えない沈み込むような澱。あの目を見た瞬間、これはダメだって。追い抜かれたくない、追い付かれたくない、近付かれたくない! なのに、後ろから迫る足音と重圧はどんどん大きさを増している!
 だから逃げなきゃ! なりふり構っていられない、多少ロスしてでも、スパートに移るタイミングが明らかに早すぎても、今は逃げないと! アレに捕まったら終わりだから!

【さあ上がってきたのはポットアウト! ポットアウトです! 重賞初勝利を目指す期待の星!】

 気付けば先頭集団を抜け出してハナに立っていた私。前が塞がっていた時には見えなかったゴール板が視界に入る。大丈夫、さっきまでの距離差なら間に合う! このまま脚が動き続ければ、勝てる!
 ──そう、思ったのに。

【しかし追い縋る、追い上げるのはカラレスミラージュ! この程度、彼女にとってはハンデにもならないと言うのか!】

 どうして。どうしてそんなに速度を上げて、私との距離が詰まっていってるの。
 ……嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ! もう少し! あともう少しだけなのに! だから頑張って走らないといけないのに……!
 あの時掛かってしまったロスが、無茶をした負担が、一斉に私に牙を向いて。
 あと、ほんの1mでもコースが短ければ、私が勝てていたのに。
 懸命に伸ばした手、その横側を彼女が突き抜けていって。

【カラレスミラージュ、今1着でゴールイン! 2着はポットアウト! まさかの接戦となりました!】

 勢いを殺しきれないまま、ゴール板を超えて転がり倒れてしまった私の視界に入ったのは。
 『ハナ』と表示された、あと一歩、これ以上なく遠い一歩を見せつける電光掲示板の姿だった。

「はあっ……はあっ……うっ……」
 女の子らしからぬ、ちょっと汚い声が上がってしまう。内臓が、胃と肺が悲鳴を上げている。マズい、立ち上がれそうにない。辛うじて動かせる視線を彷徨わせてみれば、私の他にも疲労に喘ぐウマ娘の姿が多数見えた。
「…………」
「ひっ……!」
 そんな私を見下ろすのは、あの、濁りに濁った瞳。何を考えているのかも読み取れない無表情の相貌に、胸の奥がぎゅっと握り潰される錯覚。どうしよう、どうしようどうしようどうしよう……
 そんなことを考えていると、彼女は一瞬目を閉じて、そして次の瞬間には『少し困った、しかし可憐な笑顔』を浮かべていた。
「大丈夫ですか、ポットアウトさん。ほら、立てますか……?」
 そうして掛けられる優しい声、伸ばされる手。しかし、それよりも。気付いてしまったのが。

 どうして貴女は、呼吸がほとんど乱れていないの?

 伸ばされた手を握れば、そのまま勢い良く引き上げられて。私の胴体が、体操服越しに彼女のウエイトへとぶつかる。人肌とは違う、硬く詰まった感触。それは、彼女が背負ったハンデであるはずなのに。私が最後まで逃げ切れなかった相手は、これほどのものを背負っていたはずなのに。
「ポットアウトさんは大丈夫そうですね、それでは他の人のところへ行ってきます!」
 あまりの光景に、歓声すら上がらず静まり返ったレース場の中。ただ一人、彼女だけが右に左に他の娘の補助へ立ち回っていた。その光景が、あまりにも異質に見えて、私はもう一度芝の上に倒れ込んでしまった……



 それからのことを話そう。あの日以来、後ろから追い上げられることにトラウマを持ってしまった私は、今までの先行策へ苦手意識……スランプを抱えてしまって。初めから後方策にすればどうかとか色々試してみたが、脚質適性がそう広くない不器用な私は、却って下手な走りを晒してしまうことになった。
 先行策しか打てないのに、そうすると追われる恐怖から逃れられない。いくらペースを挙げても、スピードやスタミナを鍛えても、いざってところで身体が竦む。そうして悪循環に陥った私の、最も記録に、印象に残るであろう戦績は……

 『GⅡ・目黒記念 2着(ハナ差)』。


「うっ……げぇぇ……っ」
「……水分は十分ある、苦しくなる前に吐いておけ」
「っ…………」
 あの後。10キロ近くに及ぶハンデを脱いだ私に襲い掛かったのは、局所的かつ無茶な負担に伴う内臓の反乱。トレーナーに背を擦って貰いながら、暴れ狂う消化器を宥める作業に入っていた。
「しかし殺気が凄かったな、俺にも分かった……というか2着の相手、相当怯えていたぞ」
「……観客も、どう反応したらいいかって、感じだった」
「ああ喋るな、大人しく吐いてろ」
 ……普通に考えれば、月頭にGⅠを勝ったウマ娘が月末のGⅡ、それもハンデ戦に乗り込んでくるなんて異常事態だ。ましてダービーの直後、最も熱狂が支配するタイミングで、こんな冷や水を掛けるような真似。
 これで私以外が勝てば、まだ「GⅠウマ娘を制した!」と言えるんだろうけれど……でも、ハンデ差があり過ぎるからその勝利にもケチが付くかな。どちらにせよ、勝っても負けても私に損の無いレースではあった。この苦しみも、少しは心地よく感じられるし。
 ……損があるとすれば、トレーナーの方。普通に考えればこんなローテをウマ娘側が主張するはずがない、あるとすればトレーナー側の無理矢理な強要。下世話なゴシップ雑誌が煽り立てている記事を彼が読んでいたのは記憶に新しい。
 流石に私も抗議を提案したが、「その方が盛り上がるならいいだろ」と切り捨てたのは彼の方。曰く『トレーナーに無茶を要求される可哀想なウマ娘』の方が映えるとのことで。実際は共犯関係なのに。彼の主張も理解できたし、確かに面白いと思ったから呑んだけれど。
「……トレーナー」
「おう」
「次も……勝つから。どれだけ背負わされても、どれだけ壊れそうになっても」
「そのためには、またトレーニングだな」
 吐く物を全て吐いて、乱雑に口元を拭う。少しだけ楽になった身体で、ライブ会場へと向かう。私が大丈夫だとしても、他の娘は疲労困憊だろう、ダンスや歌の質が保てるとは思えない。でも、別にいい。そもそも今日の観客の大半はwinning the soul目的で来ているだろうし。仮にそうじゃなかったとしても仕方ない。だって──

 ──今日の舞台をここまでズタボロに仕立てたのは、他ならぬ私達2人なのだから。

第15.5話:グランプリに背を向けて

+ ...
 ──夏も始まったというのに。肌を打ち付ける風は、私の内心のように、微かな冷たさを纏っていた。

 あの目黒記念を終えて。本来であれば夏合宿の時期だけど、私とトレーナーは北の大地で2人きりのトレーニングに勤しんでいた。だって、今更誰かと一緒に練習するというのも、気分が乗らなかったから。
 北海道を選んだのは、まあ土地が広かったのもあるけれど。この後出ようとしていたレースが、軒並み北日本で開催される予定だったから。まあ、どれもこれもハンデ戦なんだけど。
 7月上旬は七夕賞、福島2000m。王道路線を突き進んでいれば訪れる機会も少なそうな場所、ちょこんと抜けたスタート地点から見た出走者たちの表情は少しだけ印象に残っている。前走よりも重みの増したウエイトを着込み、クビ差にて1着。
 翌週は函館記念、2000mの開催地は当然函館。普通に考えるまでもなく、重賞レースを連闘しようだなんて正気の沙汰とは思えない。きっと私もトレーナーも、熱に浮かされていたんだろう。照り付ける太陽の熱とは違う、もっと穢らわしい何かに。もちろん、前走よりも重さを増したウエイトでベストパフォーマンスが出せるはずもなく、1バ身差の2着に甘んじた。
 そして、8月下旬の札幌記念。久々の定量戦、ガチガチに身を包んでいた拘束が姿を消し、久々に身軽な身体でレース場に立った。GⅡレースとは言えど、今回のレースも「主役不在」。良くも悪くも調子に乗っている私を潰せるか、それとも私に潰されるか。まあ勝ったのは私なんだけど。
 こうして華々しく勝ちを重ねる私とは裏腹に、周囲からの印象はじんわりと悪化していくのを感じていた。まあ当然だろう。私がやっていることは、ある意味で単なる格下荒らしでしかない。
 ここで私に向けられる感情が、侮蔑や嫌悪といった形ではなく、心配や懸想という姿を成しているあたり、トレーナーの配慮は最大限に実を結んでいるのが皮肉な話だけれど。だって、そうでなければ。私みたいなヒールと呼ぶことさえ烏滸がましい愚者、早々に切り捨てられて然るべきなのだから。華々しい価値を持たないなりに取り繕ってきた人間性さえ捨て去ってしまえば、後には何が残るのかという話だから。
 ……そして。世に悪の栄えたためしなしとは、よくもまあ言ったもので。

 天皇賞(秋)のステップレース、産経賞オールカマー中山2200m。翌週のスプリンターズSから幕を開ける秋のGⅠ戦線、その繋ぎとなる本レースは……久しく姿を見せていなかった「彼女」の存在により、一際大きな盛り上がりを見せていた。
 前走宝塚記念1着・ミツバエリンジウム、同2着・ヘルツマタドール。共にGⅠ2勝ウマ娘となった彼女達の前に姿を見せたのは、有馬記念勝者のダービーウマ娘にして昨年度の代表ウマ娘。悲劇の骨折から5ヶ月越しに蘇った紅髪の少女・ガーネットスクエアその人だった。
 宝塚記念こそ2人で盛り上げていたものの、やはりクラシック3強の主役といえばスクエアを推すファンも少なくない。その彼女が去り、春天でデッドヒートを繰り広げた私も出走辞退というのだから、観客の期待値は僅かならず下がっていただろう。
 ここに来ての4強対決、誰が秋シニアに向けて突出するかを見定めるには丁度いい舞台だった。
「スクエア、改めて待ってた! また一緒に走れる!」
「脚の具合は問題ない? もちろん、本番は手を抜かないけれど……」
「ん、大丈夫大丈夫ー。ダービーの時みたいによっぽどのことしなきゃ問題ないってね」
 地下バ道の片隅、通行の妨げにならないよう固まって話す3人が目に入る。せっかくだし3人の輪に入ろうかと手を挙げかけて……無言のまま、下ろす。彼女達の姿を見るだけで、胸の中にどろりとした何かが溢れるのを、嫌でも感じてしまったから。
「ミラージュ?」
「……おかえり、スクエアちゃん。無事に治ってよかった」
 とは言っても、声をかけられた以上は反応するのが礼儀。軽く労いの言葉と、最低限の遣り取りだけを交わしてターフに向かおうとする。そんな私の顔を、彼女はじっと見つめていた。
「ねえ、本当に大丈夫?」
「もちろん! 前のレースからちゃんと1ヶ月は空いてるし、準備万端だよ!」
 ……『何が』大丈夫かなんて、一言も聞かれていないのに。それだけ言い残し、逃げるようにこの場を立ち去る。きっと体か心か、或いはもっと大切な場所か。それにガタが来ていたことを、彼女は見逃さなかったんだろう。だから訊いた、或いは忠告した。そして私はそれを無視した。

【ガーネットスクエア、今1着でゴールイン!】
【復活戦も難なく制し、秋のGⅠ戦線に向けて高らかに名乗りを上げました!】

 ……怪我こそ無かったにせよ、いつかの皐月賞のように置いていかれた4着は、きっとその報い。

〜〜

「というわけで、次走を秋天にするかジャパンカップにするかだが……」
「……すみません、もう少しだけ悩む時間をもらえませんか」
「……ああ」

 10月も半ばに入り、週末にはティアラ路線の最終戦・秋華賞も間近に迫った金曜日。即ち、秋シニア三冠が初戦・天皇賞(秋)の出走表明時期が近付いてきた証左でもある。
 先のオールカマーで4着に甘んじた、それも1着を取ったのは復帰戦の相手だったということで、ダメージを受ける気持ちは分からなくもないが……本当の原因が「そう」じゃないことは、初めから分かり切っていた。
「もし出るならオーバーワークは避けた方がいい。練習のタイムも悪くないし、明日と明後日は休みにしておく」
「……配慮、ありがとうございます」
「それが俺の仕事だ。一応土日も学園にいるから、相談事があればいつでも来い」
 続けた言葉には一礼のみを返し、部屋を後にする担当ウマ娘。操作不足で寝落ちしていたパソコンを叩き起こし、ニュースポータルの見出しを眺める。

【秋華賞と菊花賞、3人4脚でダブル三冠を目指す名トレーナーの日常を追う】
【日英頂上決戦勃発か!? KGVI&QES2着ウマ娘&凱旋門賞2着ウマ娘、JC出場に意欲】
【完全復活を果たした欧州最強ウマ娘、引退レースは極東の島国にて】
【主婦層を中心に大ブレイク! 『ニンジンスキーの最高傑作』を生んだ農家の秘密】
【有馬記念ウマ娘ガーネットスクエア、復帰戦も快勝。「お待たせしちゃいましたねー」】

 ……彼女に足りないのは、自信だけだと思っていた。去年は三冠を一つも取れなかったとよく呟いているが、ライバル達が強すぎたという不運があっただけ。件のクラシック戦線で4番手が誰だったかと聞かれれば、多くの人々は迷うことなく彼女の名を挙げることだろう、本人は「4番手なんて」と言うんだろうが。
 ただ、自信が無いことは悪いことばかりでもない。何せ上昇志向はしっかりとあった、勝利に向けてひたむきに努力する姿も知っていた。だからこそ、「『本当に』勝ってしまう」までは問題がなかったんだろう。時折不調に陥りこそすれ、時間が経てば立ち直っていたのだから。

『私が……私でさえ無ければ。全てがもっと善い方向に進んでいたんじゃないかって』

 ……真実は、自信がないのではなく、いっそ苛烈なまでの自己嫌悪。ありのままの自分を晒せない劣等感と自己否定、他者を傷付けてまで得た勝利という罪悪感。
 それでも彼女の勝利が讃えられたならば、一種の成功体験として苦悩しつつも受け入れられたんだろうが……怪我人も出た場所で無責任に騒げるほど、観客の民度も落ちぶれてはいなかった。その後の報道はどうかと思うが。

『呆れてよ、憎んでよ嘲ってよ否定してよ!』

 その結果が、現状。今の彼女の原動力は、自分を騙せぬまま騙し、惑えぬまま惑わし、狂えぬまま狂う……単なる自傷欲求。なればこそ、真っ当に輝いている「かつての」ライバルに負い目を抱く。余裕を失った精神では、全力を出せぬまま終わる。一種のPTSD。それほどまでに、あの勝利は彼女の心に深く刻み込まれていた。
 トラウマに立ち向かうため、秋天に出させるという選択肢。トラウマからは離れて、多少は心労を減らしつつ挑める可能性のあるJC。いずれにせよ、現状の選択肢は逃げの一手でしかない。彼女が確固たる動機を見つけない限り、勝利に至ることは絶対に無いだろう。
 カチリ、と。手慰みに動かしていたマウスが、一つの記事をクリックした。見出しの直下に写っていたのは、芦毛に褐色の鋭い視線を持つ女性と、ピンクの髪に黄金の瞳をくりくり輝かせた少女。見出しに再び目を遣り、これが同じ国のウマ娘なのかと少々驚いた。

【日英頂上決戦勃発か!? KGVI&QES2着ウマ娘と凱旋門賞2着ウマ娘、JC出場に意欲】
 現地█日、英国トレセン学園にて記者会見が実施。本年度のKGVI&QES2着ウマ娘アルチェリリアンス、凱旋門賞2着ウマ娘ランスノウレッジがJCへの出場に意欲を見せた。両名は共に、URAが指定している優先出走権を行使する見込み。
 両名は前年度の同レースをそれぞれ制しており、今回の出走はJCでの引退を決定した──

 ──どうやら、俺の方も多少参っているらしい。文字の羅列を追っても、頭に入ってこない。当初は適当な動機でトレーナーを始めていたのに、これだけ入れ込んでしまうほど彼女の事が頭から離れない。何という数奇な出会いをしてしまったことか。
 ……出会い、か。思えば彼女も、俺というトレーナーと出会い、あの3人という友人にしてライバルと出会い、その都度に運命が変わってきたんだろうか。そうであれば、どうか今一度、彼女の助けになる出会いを祈りたくなるのが筋だが……現実はそう甘くない。

 人の一生を揺るがす出来事なんて、そうそう起こることではないのだから。

〜〜〜

『Knowle~? be careful up front, okay? The Japanese are shy unlike us…or rather, a pain in my neck…(ノウル〜? 分かってると思うけど前には気を付けなさいよ? 日本人はアタシ達と違ってシャイなんだから、ってか首が痛い……)』
 某国の空港にて。桃色の髪を揺らす小柄な少女が、首を高く突き上げながら話し掛ける。子供のような体躯でありながら、爛々と輝く黄金色の瞳に強い意志を持って見える。

『Sorry Rilia… But I have to admit, I was surprised that Roy invited us too.(ごめんね、リリア……でも驚いた、ロイが私達も誘ってくれるなんて)』
 翻って、ノウルと呼ばれた女性は申し訳なさそうに返す。ざっと180……いや、190cmはあるだろうか? 短く揃えられた芦毛と、それが映える褐色の肌から近寄りがたい雰囲気を感じるものの、実際は優しい少女であると、リリアも『彼女』もよく知っている。

『Agreed. Wouldn't it be enough if you were the only one going around greeting people? I can't believe you even paid for our trip. (ホントよ。挨拶回りなんて1人で十分でしょ? わざわざ旅費まで出してくれるなんてね)』
『Noblesse oblige, it's admirable that you can put it into practise. (ノブリスオブリージュ、実践できるのが立派だなって)』
『That's a little different. Japan is a nice country and I want you to know that before Japan Cup. (少し違うわ。日本は本当にいい国だから、ジャパンカップで走る前に知っておいて欲しかったの)』
 リリアとノウルに声を掛けられたのは、ロイと呼ばれた少女。背丈はちょうど2人の間くらいだろう、尾花栗毛の鮮やかな髪を靡かせ、深い蒼の瞳で彼女達に振り返った。

『Well, if you say so, let us enjoy the sights. (ま、そこまで言うなら観光を楽しませてもらいましょ)』
『Yes, I'm going to see a lot of good things about Japan. (そうだね、いい所たくさん見られたらいいな)』
 そう言って観光談義に花を咲かせる2人。その様子を微笑ましく眺めながら、彼女は1人思いを馳せた。

『…Japan Uma-Musume Training Schools and Colleges. (日本ウマ娘トレーニングセンター学園)』
『I am sure you are there. (きっと、貴女もそこにいるんでしょう)』
『If I could see you again, I would be very happy. (もう一度会えたなら、とても嬉しいことでしょう)』
『Dear my benefactor── (親愛なる、私の恩人──)』



『──Colorless Mirage.』

第16話:かつて、少女だった私達

+ ...
 トレーナーさんから休みを貰ったのはいいけれど、何をする宛もなく街中を散策する。涼しくなってきた秋空の下、そろそろ色付き始めるであろう街路樹の葉身も、私の視界には入らなかった。
 天皇賞(秋)か。ジャパンカップか。私が挑むべきレースはどちらなのか、ずっと悩んでいる。もう一度彼女達と向き合うべきか、それとも別の舞台で頑張るべきか。皆は秋天を走ったらJC飛ばして2回目の有馬出走と聞いている、あとは私の決断だけ。
 ただ、もう一つの選択肢がどうしても頭を離れない。すなわち、双方の出走辞退。この期に及んでうじうじ悩んでしまう私は、正直もうレースに出ない方がいいのかと。何と言い繕ったところで、観客を真っ当に見返したかったなら、宝塚記念に出るのが一番だったのだ。それを蹴って格下荒らしに走った時点で、私の価値なんて。その自覚が鎖となって、私に絡み付く。
 私は本当に走りたいのか。走っていいのか、走るべきなのか。雁字搦めの自縄自縛、そんなことを考えながら歩いていたのが良くなかった。

「……わっ!?」
『……Huh.』
 全身に伝わったのは、少し柔らかくしかし重量感のある存在。続いて聞こえた声に、壁や物ではなく、誰かにぶつかってしまった事実を認識する。その反発力が思いの外大きく、派手に尻餅を着いたのは私の方。スカートの中身が見えることは無かったことだけ一安心。
 とりあえず謝らないと。そう思って顔を上げた、視界の中に入って来たのは……
『…………』
「ひッ……」
 いや背ェ高ッ!? 私はおろかトレーナーさんより遙かに……というかコンビニの入口とかで頭ぶつけない!? ってくらいの高身長。しかも肌は焼けているのか生まれつきか知らないけど浅黒いし、反転させたような芦毛は短く整えられているのに堅気に見えない! 緑色の瞳が翡翠みたいに綺麗だな……なんて思ってる場合じゃない!
 と、とにかく急いで謝らないと! 両手に力を込めてバネのように立ち上がり、泣きそうになるのを堪えて女性の方を見据え──
「──ごめんなさいッ!」
『──Sorry, lady.』
「……え?」
『……What?』
 え、ちょっと待って? 今ぶつかったのは私の方でしょう、何故貴女が謝ってるの? 明らかに私が一方的に突っ込んできた方だと思うんだけど……いずれにせよ、怖い人じゃなさそう?
『Knowle? What's up with stopping suddenly…hey. (ノウル? 急に立ち止まってどうしたの……って)』
『Rilia, Let's see… (リリア、えっと……その……)』
 2人して立ち往生していたところに現れたのは、真逆ってくらい小柄な女の子。見た感じ小学生くらいかな、にしては首から下の発育がとんでもないことになってない? いや身長は目算20cm程度しか違わないのに胸の大きさ私とほぼ同じ!? ピンク色のツーテールにくりくりっとした黄色の瞳。子供っぽいファッションとベレー帽から溢れる、清楚な可愛らしさから完全に乖離してるよねそこ!?
 いずれにせよ、『リリア』ちゃんが来たことで『ノウル』さんの緊張は解れたみたいだけど……いや、なんかビビってる?
「ごめんなさい、お姉さん! 私のお友達がご迷惑をお掛けしちゃいましたか?」
「あ、いえいえこちらこそごめんなさい! 私がその人にぶつかってしまっただけなんです!」
「そうですか……でも、お怪我がなくてよかったです!」
 幼いのに流暢な日本語で話す『リリア』ちゃん。ぺこぺこ腰を折る姿が可愛らしい、けど何だろう、彼女のことをどこかで見たような……
 そのまま『ノウル』さんの手を掴んで走り去る『リリア』ちゃん……あっ帽子落とした。さっき何度も謝っていた動きで頭から緩んでいたのかな。気づいてないみたいだし渡さないと……

『Knowle? I told you to be careful because you're too tall and you don't speak japanese. (ノウル? ただでさえアンタ無駄に背高いんだし、こっちじゃ話せないんだから気を付けろって言ったわよね?)』
『Yes…Thanks for helping me out earlier. (うん……さっきは助けてくれてありがとう)』
『That's obvious. You never know what could start blown up these days, so be more careful, foolish.(助けるのは当然でしょ。それより何がキッカケで炎上するかもわからないんだから気を付けなさいバカ)』
『It would be hard, though, if they knew how Rilia speaks too… (リリアの話し方もバレたら大変じゃないかな……)』
『Eh〜♪ I♪ don't♪ know♪ …As long as they don't find out.(え〜♪ 何のことかわかんな〜い♪ ……バレなきゃいいのよ)』

 ……ねえ、もしかして聞いちゃいけない会話を聞いてしまった? 私にはすごく丁寧だった『リリア』ちゃん、けど『ノウル』さんに話す時はちょっと口が悪いしかと思ったら生意気な子供っぽい話し方も出来るし……いずれにせよ、『ノウル』さんとの関係性を考えれば、母国語はあっちだよね? だったらそっちの方が話しやすいかな……
『Excuse me, please wait Rilia! You dropped your hat!(待ってリリアちゃん! 帽子落としちゃってるよ!)』
 その言葉を受けて、振り返った2人。そして、『さっきまで礼儀正しく敬語を使っていた相手』が『とても流暢に英語を使える』という事実を認識した『リリア』ちゃんは……うわあすっごい味のある表情してるッ……!

(以降英語表記省略 「」:日本語、『』:英語)
『ランスノウレッジ。さっきは迷惑を掛けて、ごめんね』
『いえいえこちらこそ! 私もうっかりしていたので』
『アルチェリリアンス、リリアで大丈夫よ。アンタ英語上手いのね、通じないと思って油断してたわ……』
『あはは……何かごめんなさい……』
 近場のベンチに腰を下ろし、ちょっとした自己紹介。2人の名前を聞いて既視感の正体に思い至ったのは、彼女達が近頃日本でも話題になっているウマ娘だったから。
 ノウルさん改め、褐色の一本槍、ランスノウレッジ。去年の凱旋門賞勝者。凄まじく長い脚や巨躯と、何もかもをブチ抜くような末脚でレースを制する、パワースタイルの差しウマ娘。今年は2着に甘んじたけれど、来月末のJCに出走を決めたと聞いてその闘志に舌を巻いた。
 ……メディアで見る分には無骨で寡黙な武人って印象だったけど、こうして話してみると臆病というか気弱? やっぱり背が高いのが思い込みの原因だったのかな。
 翻って。リリアちゃん改め、桃色の一矢、アルチェリリアンス。去年のKGVI&QES勝者。小柄な体躯ゆえに軽やかな身のこなしで、大逃げから幻惑逃げまで、ありとあらゆる逃げ方を熟知したテクニシャン。こちらも今年は2着ながら、来月末のJCにてリベンジを誓っていた。
 ……普段は可憐、レース時はメスガキというギャップでファンになっていた人も多いと聞くけど、どちらかというと口の悪いママというか母親というか……さっきのノウルさんとの会話を聞いていても、話し方こそ厳しい中に思いやりが見えていた。
『ちなみにアタシは高等部3年よ、ノウルが1年』
『えっ』
 嘘でしょ……!? ノウルさんは分かるけど、リリアちゃ……リリアさんガッツリ年上なの……!? いやそうじゃないとさっきの話し方があまりに失礼か、納得した。というか失礼云々を語るなら私もまだ名乗ってない!
『申し遅れました! 私はカラレスミラージュって言います、中等部3年です!』
 まあ礼儀として名乗ったけど、流石に海外のウマ娘が私なんか知らないでしょう。……そう思っていたのに、リリアさんは目を見開いて私を凝視しているし、ノウルさんも完全に顔が固まってる?
『カラレス、ミラージュ。アンタが?』
『黒の短髪。身長も『彼女』と近いし、優しそうな瞳。聞いていた特徴とは一致するけど……』
 ちょっと待って、なんでリリアさん私のこと認知してるの!? ノウルさんもすごく不穏なこと言ってない!? 優しそうな瞳って何……!?
『ごめん。友達が、よくあなたのことを話していたから』
『アタシ達の知り合いに、アンタのファンがいるのよ。今日も彼女の仕事に付き合って来日したってわけ』
『なるほど、ありがとうございます。私のファン……ちなみに日本出身の方ですか?』
『普通にイギリス人よ』
 さも当然、といった素振りで話すリリアさん。けれど、イギリス人で私のファン……? いや他の子も含めた箱推しって可能性は大いにあるけれど、にしても私なんかに目を付けるって変わった趣味の人もいるんだな……

──『フルハウスペイドと言います、よろしくお願いします』

 ……流石に、そんな偶然はないよね。

〜〜

 この辺りの観光スポットは軒並み見尽くしたということで、下手に動いて疲れるよりは、ゆっくり『彼女』を待つことにしたらしい2人。私も予定は無かったので、彼女達の暇潰しに付き合うことにした。
 喉も渇くだろうと思ってコンビニを勧めてみれば、ノウルさんは超巨大はちみーに舌鼓を打っていた。私の頭より上にカップの底が来ているのを見て、思わず笑ってしまったけれど、満足してもらえて何より。その辺をぶらつきながら、ゆっくり飲み進めている。
 ちなみにリリアさんは玉露と抹茶を買っていた。チョイスが渋い……!
『そういえば、お二方にお聞きしたいことがあるんですけど』
『どうしたの?』
『何かしら、言っておくけど逃げのコツとかは教えないわよ』
『あっそれは大丈夫です』
 こういう小粋なジョークも挟めるあたり、リリアさんのセンスって少し飛び抜けてるな。まあ私追込ウマ娘だから全く役に立たないんだけど。
 一方のノウルさんも首をちょこんと傾けて可愛らしい。これだけ背が高いのに、どこか小動物みたいな愛くるしさがある。
『お二方の性格というかキャラクターというか……メディア越しの姿と今の姿が全然違うなと思って、どうしてなのかなと』
 そう、気になったのは此処だった。基本的に、日本のウマ娘は自分をあまり取り繕わない。もちろん「メディア受け」を考えて真面目だったり清楚だったりに舵を切る子はいるけれど、ノウルさんやリリアさんみたいに濃いめのキャラ付けで振る舞う子は滅多に見ないから。
 ……メディアとか云々を問わず、「誰かの前ではずっと」嘘を吐いている私は、その答えを知りたいと思った。
『なるほどね。これも縁だし、少しは教えてあげるわ。ただし秘密にしなさい?』
『も、もちろんです!』
『リリアは面倒見がいいよね』
『アンタも話すのよノウル、アタシ1人に押し付けるとかバカ言うんじゃないわ』
 そう言って、こほんと一つ咳払い。少し低めの声で話していた彼女は……
『それじゃ、ミラージュおねえちゃんに一つ問題♪』
 余りにも甘ったるい高音ボイスで、にししと悪戯めいた笑みを浮かべていた。

『陸上選手、アイドル、チェスプレイヤー、画家、政治家♪ この中で仲間外れはどれでしょーう♪』
『……はい?』
 唐突に投げかけられた5つの職業、その中から仲間外れを選べというもの。一瞬ではピンと来なかったので、思わず両腕を組んでしまう。
『私は昔聞いた時全然わからなかったよ、そんな見方があるんだって』
『こらそこヒント言わなーい♪ 次ヒント言ったらビンタだからねー♪』
 芸人のような応酬を交わす2人、その横でうんうん唸ってしまう私。最初に思ったのは「年齢制限があるかどうか」で政治家だったけど、どうも趣旨が違う気がする。次が「スポンサーが付くか」でチェスプレイヤーだったけど、こっちの将棋棋士は最近増えてきてるよね。
『にしし、めっちゃ悩んでるミラージュおねえちゃん見てて楽しいなー♪』
『それ堂々と言うの趣味悪くない?』
 悩んでる姿を見て楽しむとか、演技とは分かっていても中々に出来た性格……あれ、ちょっと待って。『見方』、『見るのが楽しい』? そう考えると、もしかして。
『……画家?』
『え〜、どうしてー?』
『他の4つは活動している本人が主役、けど画家は作った作品の方が主役』
 ……前者は引きこもりじゃ無理だけど後者は引きこもりでもなれる、そんな言葉は流石に飲み込んだ。物は言いよう。うん。だよね。
『せいかーい♪ 政治家さんとかよく失言で燃えちゃうし、身の振り方には注意しないと、だよね♪』
『それで潰れてきた友達を、私もリリアもよく見てきたんだ』
『……そっか。私達は『陸上選手』だもんね』
 ターフを駆け、ダートを踏み締めて前を目指す。勝利のために。その一点だけを見れば、レースという行為は己の限界と向き合いライバルと競い合うスポーツだ。けれど現実には、そこに興行という側面からの束縛が数多く存在する。
『私達はレースを……日本ではトゥインクルシリーズって言うんだっけ。そのシステムの中で走るわけだけど』
『彼らが見ているのはタイムと着順だけじゃない。走り方、戦術、展開、或いはそれまでの積み重ねや素行。全部ひっくるめて、『私達』という出走ウマ娘を見ている』
『そして、勝てば評価され、負ければ批判される。これはミラージュさんも分かるよね』
 今まで口数が少なかったノウルさんも、滔々と語る。そういえば、彼女は日本で言うジュニア期に振るわなかったウマ娘だったか。
『選択肢だと『アイドル』が分かりやすいけれど、アタシ達も『自分』を切り売りして表舞台に出ているのよ。ウイニングライブだってアイドル面を強調した興行だし』
『そこで「ありのままの自分」を出しながら過ごしてバチボコに叩かれてみなさい? まあ病むわよ、間違いなく。こっちは日本と比べて民度も良くないし』
 いつの間にか素に戻っていたリリアさんが付け足す。どこかうんざりした様な表情で。
『だから器用なアタシは、真面目っ子と生意気っ子のダブルフェイスで萌えとヘイトを管理できるようにして』
『話すのが苦手な私は、話さなくても良いように、寡黙な武人のスタイルを作った』
『正直楽しいわよ? みんなアタシの手の上で転がされちゃってるー♪ って感じで』
『楽しいとは思ってないけれど……『格好良かったです!』って応援してもらえるのは、嬉しい』
 ニッコニコの笑顔を浮かべる少女と、薄く口元を綻ばせた少女。そっか、つまりこの2人は……
『自分の長所を、身を守ったり攻め込んだりする武器として使っているんだね』
 そして、その「武器」を誇りに思っている。きっと、心の底から。私みたいなガワだけじゃなくて、思い描いた理想の振る舞いを体現しているからこその、自信であり自我。
『ええ、バレないなら嘘なんて吐いてナンボよ』
『それでも、世の中には……正直で素直で、『自分』を貫き通せる存在もいるんだけれど』
『アイツの話はやめときなさい。アタシ達が踏み込んでいい範囲を超えてるわ』
 アイツ、なる人のことが少し気になったけれど。急に膝を折って屈んだノウルさんと目が合う。彼女の視線が30cm上方から降ってきて、コーヒーを取り落としそうになるくらいギョッとした。
『ミラージュさん、何か悩んでる?』
『え、どうしてそう思ったんですか……?』
『臆病なだけだった頃の私と、同じ目をしてるように見えたから。私の時はリリアが助けてくれたけど、もしかしたらって』
 ……そっか、彼女にはお見通しか。もしかしたら、リリアさんにも。どうしよう、ここで話してしまうのもアリかもしれない。私のファンだと言ってくれた同行者さんには悪いけれど、貴方が推しているウマ娘はこんなに愚かで浅ましいウマ娘なんだって。もしかしたら、それで私の道も拓けるかもしれない。
『えっと、情けない話なんだけど──』
『──待って。何か騒がしくないかしら?』
 そう口火を切ろうとして、私の耳にも飛び込んできた騒ぎ。ウマ娘の聴覚は敏感だ、音の出所が少し離れた場所というのも分かった。ましてその中に……聞き覚えのある声も含まれていれば、尚のこと。
『もしかして、ロイが巻き込まれてる……!?』
『あのバカ……今度は何に首突っ込んだのよ!』
 何かに思い至ったのは2人も同じようで、慌てて音の方へと駆けていく。スタートダッシュは出遅れたけど、私もその後を追い走っていった。

〜〜

 そこに居たのは、まず鹿毛のウマ娘が1人。それを囲むように立ち並んだ、柄の悪い男が5人ほど。そして、鹿毛の少女と輩の間に立ちはだかった……金髪の乙女。ハンチング帽から流れるように垂れた尾花栗毛はキラキラと煌めいて人々の目を奪い、眼鏡越しにも分かる深いサファイアの蒼は微かな怒りに揺れていた。
 シンプルな制服に身を包んでいても分かる、彼女の荘厳なる気品。去年のあの日から何度も見てきた面。その名は……
『ソードオブロイヤル!?』
『ミラージュさん、ロイを知ってるの!?』
『いや知ってるでしょうよ『欧州最強のウマ娘』! 日本のウマ娘にとって凱旋門賞がどれだけ憧れの壁か、いや貴方もそうですけどね!?』
 ……思い返せば、ノウルさんもリリイさんも「今年のレース」では2着だった。だったらその2人を先導するのは誰か。両レースを1着で制して、しかも日本に「仕事」で来るような社会的地位を持つ存在は誰か!
 完全に思考から外していた、そんなに私は彼女が嫌いか! いや嫌いだけど! というか何でそんな存在が、こんな極東の街中で騒ぎに巻き込まれているんだそりゃリリアさんも怒るよ!
 ……最終的に、この騒ぎは日本のウマ娘が輩にナンパされて断った末に因縁つけられただけの事案だと判明した。クソ男どもは丁重にお縄に着いたし、少女はロイヤルさんに慰められて立ち直っていた。帰っていったあっちは……商店街の方か。だったら皆、親身に対応してくれるだろう。あそこの人たち優しいしね。
 ……さて。
『ねえバカ、弁明があるなら聞くわよ』
『……困っている人がいれば、助けるのは当然でしょう?』
『だとしてもやり方ってもんがあるでしょうが! 何で1人で入り込んでるのよアンタが怪我したらどうするのよバカ!』
 一応、人の少ない公園に誘導された上で。ロイヤルさんがリリアさんにバチボコ詰められていた。もちろん、彼女はロイヤルさんが「人助け」のために動いたことは否定していないし、むしろ誇らしげにすら思っていた。だからこそ、問題だったのはそのやり方だと。身長差20cmの説教は、どこかシュールに見えた。
『……でも、誰1人助けてくれない寂しさと怖さは、私も知っていたから』

 ──『Ah……well……』
 ──見慣れぬ制服姿の少女をナンパする、男どもの姿が目に付いた。少女と言っても、多分背は私より高い。ざっくり5cm差くらい? 年も向こうの方が上かな。

 そういえば、ハウスさんもナンパに巻き込まれていたっけ。偶然とはいえ、こんなのばっかりだな私。今回は私が入るまでもなく解決したけど。
『……まあいいわ。アンタの行動は立派だったし、誰も傷付かずに済んだし。でも次は先に誰かを頼ること! わかったわね!?』
『ええ、善処するわ』
 そう叫ぶと、両手をパンと打つリリアさん。この話はこれでおしまい、ということだろう。遠目に見守っていた私とノウルさんを手招きで呼び寄せた。
『ロイ、さっきはお疲れ様。私達もこっちで新しい友達が出来たんだ。紹介するね』
『友達!? えっと、カラレスミラージュって言います、よろしくお願いします……?』
 友達のハードルが低いノウルさんの発言に驚きながらも、ロイヤルさんの前でペコリと一礼。そうして顔を上げた先、視界に映った彼女の顔は……何故か、今にも泣き出しそうなほど感極まっていた。
『初めまして、私はソードオブロイヤル。カラレスミラージュ、貴女に会えて、とても嬉しい』
『……へっ? なんで?』
『貴女に会うために、今まで頑張ってきた。貴女のことを思うだけで、いくらでも努力できた。貴女からの恩に報いるため、私は……』
『ストップストップストップ! 待って! 私は! 貴方のことを! 一方的にしか知らないのに! 何で! そんな重い感情を! 向けられているのか! わかりません!』
 一国の貴族、それも王族に並ぶ一人娘から、プロポーズにも似た言葉を浴びせられて流石に混乱が勝る。だって私はメディア越しにしか彼女を見ていないのに、彼女は私のことを滅茶苦茶知ってそうな素振りなの怖すぎない!?
『そうですね、これは失礼。やはり順番を踏むべきでした』
『分かってもらえて何よりです……』
 くらくらした頭をカフェインで殴るように、ボトルの中身をぐいと飲み干す。舌中に広がる苦味がちょうど思考をリセットしてくれた。というか視線を動かせば、リリアさんもノウルさんも若干ドン引きしてない……?
『ミラージュさん。さっき私達が言っていた貴方の『ファン』、ロイのことなんだ……』
『流石に分かりますよ!? 今どちらかと言うと違う意味でビビってますからね!?』
 このタイミングで補足を入れてくれたノウルさん、いやありがたいんですけど貴方もしや天然です?
『改めて、カラレスミラージュ。『フルハウスペイド』という名前のウマ娘に、心当たりはある?』

 ──『私……向こう、イギリスで尊敬している先輩がいるんです』
 ──『ソードオブロイヤルって名前、聞いたことはありますか?』

『……やっぱりそこですよね、私とロイヤルさんの接点って。もちろん覚えていますよ』
『そう、それは良かった』
 彼女も少し緊張していたのか、私の返答にふわりと口元が綻んだのが見える。私も理由の一端が見えて少し安心したし。あの出会いがこんな未来を生むとは思えなかったけど。
『勝てない焦りと、言われなき弾劾。追い詰められていた私を、彼女は励ましてくれました』
『私も相談に乗らせてもらいましたけれど、貴方のことを心から思っているのが伝わってきましたから』
 自分のことでもないのに、『大切な先輩が苦しんでいる』という理由で涙すら流していた彼女。その健気さに打たれて、私も色々と話をさせてもらったのを、今でも思い出せる。
『ハウスからの言葉、そして貴女からの言葉。私はその言葉に救われました』
『それは何よりです』
『そして、だからこそ。私はジャパンカップに挑む権利を得た、機会を得た』
 ……ジャパンカップは国際競争。故に海外の強豪ウマ娘には、優先出走権という形で招聘を促す。その獲得方法は6つあるけれど、うち2つが、KGVI&QESと凱旋門賞の2着以内。どちらか片方だけで十分というのに、両方を1着で勝ってみせるあたり、彼女の意気込みの強さが窺えた。……もしかしたら、私への思いも。だからこそ。
『私はただ、ハウスさんの相談に乗っただけです。もし貴方が救われたというなら、それはハウスさんがよほど真剣に悩んでくれた結果なのでしょう』
 あくまで主役はハウスさんであって、私はただ手助けをしただけ。それだけで私を天上の恩人が如く扱うのは、流石に若干の居心地の悪さを感じていた。
『カラレスミラージュ。私は変わることが出来ました。でも、貴女は……変わってしまったのでしょうか』
『……はい?』
 だと言うのに、彼女は何かを知ったような顔で、声で。私を糾弾する。
『ステイヤーズS。有馬記念。AJCC。ダイヤモンドS。阪神大賞典』
『え、ちょ、ちょっと待って』
『……天皇賞(春)』
『ッ……!』
『目黒記念、七夕賞、函館記念、札幌記念、そしてオールカマー』
 滔々と、歌うように読み上げられるレースの名前。英国ウマ娘の彼女が日本の、ましてGⅠでもないレースを含んでいると言うのに、これほど詳しいのか。その理由は至極単純。
『……全部、私が出たレース。それも、あのJCの後に』
『ええ。だって恩人のことを知りたいと思うのは、当然のことでしょう?』
 ──ああ、彼女が何故こんなに強く、あの時は折れかけてしまったのか、その穏やかな笑みを見て分かってしまった。ノウルさんが言うところの、『正直で素直で、自分を貫き通せる存在』。
 彼女は正しくそれを体現した少女であると。だから不正を疑われれば王家との関係性すら天秤に乗せられるし、危険な輩を見ても人助けのために参じられる。それが当たり前の行為であるから。誰よりも正常で誰よりも異常、それがソードオブロイヤルという少女。
 わざわざ春天を強調したあたり、私の現状にもきっと気づいている。それが、ひどく恐ろしく感じた。一方的に真実を握られている、その心地悪さを。
『カラレスミラージュ。貴方は今、悩んでいることでしょう。次のレースをどうするか……いえ、自らがどのように生きていけばいいのか』
 やっぱり、見透かされている。私の現状もその背景も。
『私と貴女の境遇は違う。それでも、私は貴女と走りたくて、今日まで頑張ってきた。あの日の思い出を胸に秘めて、ジャパンカップの舞台に立てるようになった』
 ずい、と身を寄せる少女。気付けば、何も握っていなかった両手は彼女の手に包まれて、逃げ出すことさえ出来なくなっていた。そして──

『──カラレスミラージュ、ジャパンカップに出て。そこで、私と走って欲しい』

『……勝手な事ばっかり言わないでよッ!』
 頭に血が昇り、絹を裂くような声が響く。その声が私の喉から出たものだと驚く暇もなく、彼女の手を振り払っていた。
『貴方はとっくに救われたんでしょう!? ハウスさんに励まされて! 貴方の発言を信じるなら私にも助けられたって! 何でそれ以上を求められるの!』
 きっと、最初のうちは緊張が勝っていた。それが少しずつ恐怖に上塗りされて、けれど内心では怒りを溜め込んでいた。それが、切れた。切れてしまった。あとは浅ましく喚き散らすだけの、愚かな少女が出来上がり。
『私は全ッ然理解できない! 貴方の理想も! 私をここまで気に掛ける理由も! いっそ万人に平等に手を差し伸べてるって言われた方が納得するくらい! それはそれでおかしいけど!』
 これだけ好き勝手言われているというのに、彼女は動揺する素振りをまるで見せない。もしかしたら、それすらも見抜いていたのかというくらいに。
『……今の貴女と、あの時の私は、少し似ている。怒りと逃避に身を委ねた貴女、恐怖と逃避に身を委ねた私。だから言わせてもらう──今のまま貴女が救われるのは、きっと無理』
『……ッ!?』

 ──『どうしたら、あの人は救われるのかって。見ていられなくて……』
 ──『無理だと思います』

 その言葉は、他ならぬ私が、彼女にあの日伝えたそれと……あまりにも似ていて。
『……どうして、そこまで踏み込めるんですか』
 叫び返す気力も尽き果て、その場にぺたんと腰を落とす私。これ以上なく無様な姿を見ても、彼女は笑うことも、悲しみに顔を歪める事も無かった。ただ、彼女は淡々と告げる。
『貴女が、私の恩人だから。それと──』
 最後に一言。それだけ伝えて、時計を一瞥。どうやら刻限が訪れていたらしい。
 そのままノウルさんとリリアさんを引き連れ、彼女達はその場を後にした。

『──本当に大切な物は、何か。貴女が走る理由は……何?』

〜〜

『ねえ、ロイ。一つ聞きたいことがあるんだ』
『ノウル? 別に構わないけれど……何かしら』
 空港にて。やや緊張感に張り詰めた空気の中、長身の少女が金髪の少女を問い質す。
『【フルハウスペイドって誰?】 そんな生徒、学園にはいないよ?』
『ああ、やっぱりアタシの記憶違いじゃなかったのね。というかアンタ、あの日も日本に行ってたじゃない。つまり……』
『……2人の予想で合ってる。フルハウスペイドなんてウマ娘の在籍情報は、英国トレセン学園に存在しない』
 単純な質問に対し、やけに持って回った口調で返すロイヤル。その回答を受けて、ノウルは微かに目を伏し、リリアはロイヤルのことを睨み返していた。
『彼女、相当追い詰められていたみたいね。あそこまで追い込むほど執心なのは知らなかったけど、もう少し容赦とか無かったのかしら?』
『ええ、無いわ。だって……彼女は強いもの。私よりずっと』
『それは精神性の話? それとも実力?』
 リリアの呼び掛けに、ロイヤルは何も答えない。その答えは、レースでのみ分かると言わんばかりに。彼女もその意図を汲んだからこそ、追求を取り下げたのであろう。
『カラレスミラージュ、私の恩人。私は貴女を……信じているから』

 そして、3人の出走者を乗せた飛行機は……静かに日本を後にした。

〜〜

 今までは、走らなければいけないと思い込んでいた。走るべきだと、背追い込んでいた。走ってもいいのかと、思い悩んでいた。その全てを彼女に暴かれて、後に残った感情は一つだけ。もちろん怒りもあるし、恨みもある。あれだけ翻弄された先に、感謝だけが残るなんてことは絶対にあり得ない。けれど。
「……もしもし、トレーナー? こんな時間にごめんなさい」
 死人のように澱んでいた瞳に、生気が宿る。正気が戻る。
「うん、決まった。色々あって。うん……うん」
 そうして、彼女は道を告げる。その先に何が待つのかは、まだ分かっていない。それでも、何かを掴めると思ったから。何かを得られると、信じてみたくなったから。

「私が次に『走りたい』レースは──」



【──ガーネットスクエア、今1着でゴールイン!】
【秋の盾は彼女の手に! やはり東京は彼女の独壇場か!】
【春の怪我など関係ない! 3強対決を見事に制してみせました!】

 東京レース場に、星空を散りばめた勝負服が瞬く。これでGⅠ3勝目、世代の中では勝利数単独首位の座を取り返した少女。全快のコンディションでNEXT FRONTIERのセンターも果たしてみせた彼女は、この場における絶対的な主役として君臨していた。
「お疲れ様、やっぱり負けると悔しいわね……」
「でも有馬では勝つ! 2連覇はさせない!」
「2人ともありがとう、そうだね……次のことも考えておかないと」
 ロッカーにて着替えを済ませ、少女はスマホに手を伸ばす。SNSでお気に入りにしていたのは、2週間前に発表されたとある記事。
「そういえばミラージュちゃん、今日いなかった」
「きっと、今日も練習しているのかも。……何かを見つけた顔をしていたから」
「もちろん私達は見に行こうねー、本人に会うかはその日次第だろうけどさ」
 楽しそうに微笑みながら、少女達はレース場を後にする。秋シニア一冠目は、これにて閉幕。次なる舞台まで、4週間の時間を空けることになる。そして、そのレースには──

【カラレスミラージュ、次走をJCに決定。日英頂上決戦にどこまで食らい付けるか】

──彼女の姿も、きっと。


第16.5話:冠話糾題

+ ...
 ジャパンカップを直近に控えた、ある日の夜。各媒体のメディアが大挙して、ホテルの一室に集まっていた。彼らの目当ては当然ながら、この日本に殴り込みを掛けた海外勢への取材。今やテレビだけでなくネット配信もされるようになったこの空間で、彼女達はひとまずの晩餐に舌鼓を打っていた。
「……」
 東京レース場で共に競い合う相手。日本勢も12人全員が集まってはいたけれど、互いの間にそれほど会話はない。「彼女達」が居れば話は別だったんだろうけれど、私は自分から話に行くタイプじゃない。……新調した勝負服、首元の鎖をじゃらりと鳴らしながら、次に何を食べようか漫然と考えていた。そんな私の視界に、影が差す。
『Hey, Mirage. Can I be beside you? (ミラージュさん、隣いいかな?)』
『You are…Lance Knowledge. Good to see you again. (……ランスノウリッジさん。もちろん大丈夫ですよ)』
 カチャカチャと金属が擦れ合う音。見上げてみれば、これが彼女の勝負服なんだろう、重厚な鎧を模した衣装に身を纏ったノウル……ランスノウリッジの姿。軽く眺めた感じ、プレート自体はそこまで厚くないんだろうか。まあ本当に戦うわけじゃないし、そこはデザインとの兼ね合わせだろう。
『実物、やっぱり迫力すごいですね。まさに武人って感じ』
『言葉よりも実力で。それが、皆の応援する私の姿だから』
 グッと片手を握り締め、腕を曲げる。恐らくは力瘤を作ったのだろう、鎧に包まれていてまるっきり見えないが。やはり天然か。
『それより、ミラージュさんも雰囲気が変わった?』
『……そうでしょうか?』
『うん。私達とお話ししていた時とも、ロイ相手に怒っていた時とも違う。冷たいような、そうじゃないような』
 彼女には、あの日怒鳴り散らしてしまった醜態も、全部見られている。だから今更取り繕っても遅いと分かっていたから、特に否定もしない。
 自分の勝負服を今一度眺めてみる。灰色一色だったジャケットには白の縁取りと黒のラインが加わり、どこかダズル迷彩めいた雰囲気を伝える。ベルトとソックスは鎖を模った意匠、足の方は途中でチェーンの先が切れているけれど。そして……チョーカーから伸びた「それ」も、鎖骨あたりで切れていて。その意図は抑圧からの脱却か、それとも。
『ごめんね、そろそろ時間だ。行ってくるよ』
『頑張ってください、私もじっくり見てますから』
 重い音を立てて、歩き去る背を見送る。適当に箸を伸ばした先には、よく酢の効いた蛸の寿司。コリコリと心地よい食感は、しかし噛み切るのに難航する。
 一貫の終わり、何とか飲み下した辺りで、照明が落ちるのが見えた。ここからは彼女達の舞台、果たしてどんな発言が飛び出してくるのか、見物である。

〜〜

「さあ、いよいよ来週出走となりましたGⅠレース、ジャパンカップ!」
「海外から6名の猛者を招き、素晴らしい激戦が期待されることでしょう!」
 司会の言葉と共に、大量のフラッシュが薄暗くなった空間を満たす。この時を待っていたと言わんばかりの反応、それに対して壇上の少女達は静かに黙していた。……いや、2人くらいはしゃいでるな。しかも片方は見覚えあるし。
「それでは一人ずつ、挨拶を頂戴しましょう。まずは……」
 そう言いながら、向かって右に座る少女へマイクを渡す。そして、私はただ、それぞれの言葉を傾聴するに至った。

『I’ll do my best. (ただ、全力を尽くします)』
 英国代表ウマ娘その1、ランスノウレッジ。やはり他メンバーと比べても頭一つ……否、頭三つくらいは抜けて目立っている。鎧のような外装がフラッシュを反射して眩しいことなんの。
 さっきまでの会話では、穏やかな親しみが見えていた彼女。今となっては、情け知らずな戦士のように硬い表情。これこそが、彼女の自衛策なんだろう。

『Nous n'avons pas gagné dans notre pays, mais je ne pense pas que cela se produise ici non plus. (祖国では敗者に甘んじましたが、このまま終わるとは思わないで下さいな)』
 仏国代表ウマ娘、リーキュアメアー。凱旋門賞5着。いかにも令嬢といった風情の赤いドレス、その表情からは若干の苛立ちが見える。やはり地元で英国勢に潰されたのが痛かったか、確かKGVIにも出ていた記憶があるし。リベンジの機会は逃さないって気概が見える。

『Look♪ Only at me♪ Please cheer me♪ (アタシ以外、見ちゃダ~メ♪ 応援よろしく~♪)』
 英国代表ウマ娘その2、アルチェリリアンス。やっぱり小さい。胸は大きいのに。ともかく白ベースのゴシックスタイルは、ともすれば人形のように浮世離れした愛らしさ。
 けどカメラにピースしていた姿からは、清らかさや非現実感が失われる。何も知らなければ目立ちたがりなだけだったんだろうけど、本意を知った今では視点が変わっている。

『THE UNITED STATES WILL WIN! NO MATTER WHO!! (相手が誰であろうと! 合衆国(ステイツ)の勝利は絶対(ゼッテー)也!!)』
 うるっさい! ……じゃなかった。米国代表ウマ娘、バッシュパーティー。BCターフ勝者。アロハスタイルにサングラスって厳つい服装から飛び出す轟音、体格は普通なのに存在感があり過ぎる。さっきもフラッシュに対して片腕ガッツポーズしてたし、きっと面白い相手。うるさいけど。

『Wir zeigen Ihnen mit Stolz das Beste aus dem Rennsport. (私達の誇りにかけて、最高のレースをご覧に入れましょう)』
 独国代表ウマ娘、ゲルシュット。バーデン大賞2着。ちょこんと被ったストローハットに薄緑のシンプルなワンピース、牧歌的な田舎の少女という装い。そんな彼女の涼やかな、けれど決意の籠った声は、周囲の空気を引き締めるのに十分だった。

「そして、最後はこの方! せっかくなので色々と語っていただきましょう!」
 そう言って、最後にマイクを渡されたのは……

『I’m Sword of Royal. Nice to meet you, Japan. (ソードオブロイヤルです。日本の皆様、お会い出来て光栄です)』
 英国出身ウマ娘その3、或いは彼女こそがNo.1か。王族の男性が身に纏うような白いコート、袖やベルト周りなど、要所要所に赤と青のストライプが入っているのはトリコロール……いや、ユニオンジャックか。ぺこりと見せた一礼にすら、目を離すことなど許されない気品と威厳が混ざり込んでいる。
『Firstly, I would like to thank the 18 runners who gather here, for the opportunity to run and compete together with them. (初めに、この場に集まった出走者18名、皆様と共に走り競い合う機会が得られたことを感謝します)』
 まず告げられたのは、感謝の言葉。レースで走れるということは決して当然の事ではないと、彼女はよく知っているだろうから。
『Last year, I caused you all concern, about the press coverage of my unfair practices. (昨年は、私の不正行為に関する報道で、皆さんにご心配をお掛けいたしました)』
『There were no facts, but it is also true that it was my Inadequacy that led to their complain. (それらの報道は事実無根に終わりましたが、しかし私の実力不足が招いた結果であることも事実でした)』
 ……あくまで悪いのは自分だと、そう宣ってみせるあたり、彼女の『国民への愛』は本物なのだろう。自身を中傷した相手であっても、それは庇護すべき、愛すべき国民であると。そう心から信じて行動できる、素晴らしいまでの異常者。
『Over the past year, I have been winning to meet their expectations. (だからこそ、この1年間。皆様の期待に応えるべく、私は勝ち続けてきました)』
 それが口先だけでなく、実力も伴った結果となれば、かつて彼女を中傷した者達も口を閉じざるを得ない。彼らが否定できたのは「弱く情けない、身の丈に合わぬお貴族様」であって、「あらゆるレースで勝ち続ける国家の至宝」ではないのだから。
『I’m grateful to have Japan Cup as my farewell match, and── (私は、このジャパンカップを引退レースとして迎えられたことを、心より嬉しく思います。そして──)』
 だからこそ。かつて届かなかった機会に手が届いたことへの喜びと、それを支えてくれた周囲に対する感謝。その2つが、彼女の内面を占めている。
 ……で、あれば。彼女がただ恵んでもらうだけで終わる筈がない。ソードオブロイヤルという少女は、国民を愛し、国民のために責務を果たす、ある意味では一種の機構だ。故にこそ、最高の引退レースという舞台を得た以上、彼女が果たすべき目標は一つしかない。即ち──

『──I declare once again that I am THE WINNER of this race. (──このレースの『勝者』は私であると、改めて宣言いたします)』



 斯くして、戦場に主役は揃う。11月下旬、極東は日本国・東京レース場。
 世界を塗り潰すのは、誰か。


第17話:ジャパンカップ、そして

+ ...
 秋風が肌を刺し始める、霜月の末。こんな時節に半袖? と思いつつも、勝負服は肉体への負荷を減らしてくれるから助かる。これが如何なる理屈によるものか、それを考えるのは2年前の時点で終わっていた。
 トレーナーと語るべき会話も終え、一人ゆっくりと歩く地下バ道。眼前に佇んでいたシルエットは、出口から溢れる逆光に照らされたウマ娘の姿。ソードオブロイヤル、言うまでもなく本日の一番人気。
『Hi, Colorless Mirage.』
『Hello, Ms. Royal.』
 ふわりと微笑んでみせた彼女に対し、私は自分でも分かるほどに仏頂面。元よりレース前は集中の意味も兼ねて顔色を表に出さないが、それでも彼女に対しては輪を掛けて塩めいた対応になるのを実感する。早々に切り上げて立ち去ろうとした最中、背中に投げ掛けられた言葉はただ一つ。
『Have you found your answer? (答えは見つかりましたか?)』
『…You don’t need to know, are you? (……言う必要、あります?)』
『Right. (そうですね)』
 そして、彼女も満足したかのように出口へと向かう。本当に答えを聞きたかった訳じゃないんだろう。その態度も癪に触るが……彼女がいなければ、私もこのレースに出ていないのは事実。何より悪気があったようには見えないから、腹を立てる気も起こらないし。
 ……集中、集中。彼女は、そうでなくとも今日の出走者たちは実力者が勢揃い。平静を欠いたまま勝てる相手では、決してない。とにかく私は、私らしいレースで勝利を目指す──
「……あれ?」
 硬い床の感触が、軽い芝に変わる。顔にかかる風、眩い青空と日差しが全身を包む。一層の音圧を増した観客の歓声。それを聞きながら、私の脚は止まっていた。だって。

 ──そもそも、私らしさって、なんだったっけ?

—

【世界のウマ娘が栄光を求め、ジャパンカップの府中に集う!】
【日本勢は対抗できるのか!】

 これは、日本のウマ娘のみのレースに非ず。その勝利という栄冠を夢見て、各地から猛者という猛者が集う。

【3番人気はこのウマ娘。英国代表ウマ娘、14番ランスノウレッジ】
【この評価は少し不満か? 2番人気、BCターフ覇者、3番バッシュパーティー】

 ある者は、自身の誇りのために。ある者は、祖国の栄誉のために。抱く目的は違えども、見据える方向は皆等しく同じ。

【さあ、今日の主役はこのウマ娘を置いて他にいない!】
【欧州最強、凱旋門賞ウマ娘、7番ソードオブロイヤル! 1番人気での出走です!】

 それは、彼女とて例外ではなく。今日この場所を終の舞台に選んだ、その決断の行く末は。

【各ウマ娘、ゲートに入って体制整いました】
【……今スタートが切られました!】

 ──決して忘れることの敵わない140秒が、幕を開ける。

—

【さあハナを切ったのは3番バッシュパーティー! その後ろには8番アルチェリリアンスが続く!】

 東京レース場、芝2400m。何気に私が走るのは初めてのコース、だからこそ情報は事前に叩き込んできた。高低差2mの急坂と、500m以上に及ぶ長い直線。基本的には内枠有利、逃げや追込のようにピーキーな脚質よりは先行差しの王道スタイルが優位という分析。
 そんな中で……先頭を突き進むのは米英が誇るトップクラスの逃げコンビ。後ろに初速の足りなかった逃げが2人追従する、前から4-7-5-2の展開。
『THE UNITED STATES HAS ALWAYS LED THE WORLD!! SO, I SHOULD BE LEADING AND WINNING TOO!! (合衆国(ステイツ)は世界を先導(リード)する存在! すなわち我も先頭(ハナ)を取り勝たねばならぬッ!!)』
『It’s fun♪ But, I’d like to run at the front♪ (おもしろ〜い♪ けどアタシも先頭走りたいな〜♪)』
 前でゴチャつく2人、そこから大きく離れた後方にて。眼前を走るランスノウレッジの存在感に、少々意識を持っていかれるが、トレーナーの分析通りの状況に軽く息を吐いた。
 ……事前の分析を思い返す。コーヒーの香りが漂う、トレーナー室でのやり取りを。


『先行脚質が王道脚質と呼ばれる所以、分かるか?』
『……好位追走によるスタミナキープ、ある程度は展開にアレンジの効く周囲視野。要するに、【落ち着いて無難なコース取りを続ければ、当然勝てる】って話でしょうか』
『正解。まあ俺達は、散々その例外にカチ合ってきた訳だが……』
 ホワイトボードに並べられた出走者の写真、その横に書かれた東京レース場のコースイラスト。予想通り先行適性の娘が多い舞台、それを中心に据えた戦略を取るのは当然と言える。……例外? いつも仲良くくっついて覇を競い合ってる3人の話に決まっているでしょう?
『一応、連中にも弱点が無いわけじゃない。逃げや先行は基本スローペースで有利、一方で後方脚質はハイペースの方が好都合……こっちも例外はあるが』
 土砂降りの中、悪過ぎるバ場状況でスローもいいところのペースになったのに、追込ウマ娘が勝った某レースとか。どうしても気が滅入るけれど、今回の話とは関係ないと気を逸らす。
 そもそも、今の話は先行ウマ娘の……最も危惧すべき相手の分析だ。そして、その矛先を向けるべき相手は。
『ソードオブロイヤル、今回のJCは間違いなく彼女を中心に動く』
『日本勢も海外勢も、彼女の突き抜けぶりには一目置いてますからね』
 英国の至宝、ソードオブロイヤル。その戦績……「本年度のみで」GⅠ4勝という外れ値は脇に置いておくが。彼女の特徴として「一度たりとも教科書通りの先行策を崩していない」という点が挙げられる。
 例えば、我らが秋天ウマ娘ことガーネットスクエアは、先行の他に逃げや大逃げの適性もある。件の日本ダービーが好例だろう。他にヘルツマタドールは差しも打てるし、何だかんだで私も追込がメインなだけで差しもできる。
 脚質の広さは戦略の広さ。それが分かっているからこそ、先行一本だけで戦い抜いている彼女は、どんな走りでも出来そうという私の偏見をひっくり返していた。
『包囲網が完成してくれれば楽なんだが……これは希望的観測だな、だから要点を言うぞ』
『はい』
『前に出ろ、なるべく差を詰めろ。先頭は逃げ連中に任せればいい、ひとまずマークやらを考えずバ群を圧縮しろ』
 ……トレーナーの主張は、こうだ。まずソードオブロイヤルはぶっち切りの1番人気想定、私が動かずとも大体の出走者がマークして動きを制約する。だから私が行うべきは、ペースの操作。
 これまでは後方から広く状況を見て、末脚勝負に持ち込むというのが私のやり方だったけれど。今回はとにかく、置いて行かれないための前進ではなく、プレッシャーを掛けるための前進。前が逃げて後ろが追い上げれば、当然ある程度は焦りも生まれる、その隙を突くと。私も先行策を打てるなら、前でペースメイクって手もあったんだろうけれど、それはパス。
『3200mを2400mに圧縮しろ。ステイヤーのスタミナを絞り出して、本来のペースをぶっ壊せ』
 16番、私の番号をぐるぐると丸く囲いながら宣言するトレーナー。普通なら無茶な戦法だけど、彼には確信があったのだろう。私にはそれが出来ると。だからこそ……やり遂げなければいけないと、思ったんだから。


『!?』
『…If you think I'm going to back down, you should reconsider, Lance Knowledge! (私が退くと思ってるなら、考え直した方がいい……ランスノウレッジ!)』
『…I see. (そうか)』
 内に寄ることを選んだ彼女と、僅かに外目へシフトする私。インを突ける瞬間が見えたなら容赦しないと、彼女にも圧を掛ける。顔を上げる余裕はない、だから彼女の表情は伺えなかったが。ピリついた緊張感が増したのを、肌で感じていた。
 先頭の1000m通過タイムは、まさかの58.6秒。私達がいる後方集団は、そこからおよそ12バ身。さらに5バ身くらい離れたところに、残りの差し追込ウマ娘が競っているが……前のペースが崩れていない以上、彼女達が追い付くことは敵わないだろう。それよりも。
『……』
 仏国代表・リーキュアメアーや独国代表・ゲルシュットを筆頭に、数名のウマ娘に囲まれたソードオブロイヤルの姿が目に入る。内に付けてこそいるが、前にも後ろにも動くのは難航しそうな状況。しかし周りも囲おうとして囲んだようには見えない。
 誰かがスパートを切った瞬間、直ちに綻ぶ弱い包囲網だとしても、渦中の彼女は如何なる心境か。涼やかな微笑みからは、何も読み取れなかった。

〜〜

 ──ド派手に囲われたわね、少女はそう思った。
 ──これが王者の見る景色、少女はそう感じた。
 少女達が初めて彼女と話したのは、今からおよそ1年『弱』前の話。彼女が自身の人生を変えるほどの出逢いを果たし、周囲に目を向けるようになったのがきっかけであった。
 もちろん最低限の挨拶などは交わしていたのだろうが、「貴族の娘、王室の胤」たる彼女と談笑出来るような存在は、一人としていなかったのだろう。だからこそ、少女達と仲良くなれたのは、ある種の幸運と呼べる出来事だったのだろう。
 そんな最強の引退レース。まして、その舞台には彼女を変えた相手さえ存在する。彼女にとって、これほど理想的なお膳立てが整った場所で……それでも『自分が勝ちたい』と思えるほどの我の強さ。その思いが、少女達を支えていた。

 その決意が、覚悟が、この場で結実する。

〜〜

 右手に厚い書物を、左手には長い槍を。背後に凭れ掛かる壁はあまりに硬く、如何に屈強な戦士でも崩すことは敵わないだろう。そんな少女の……兜を被った長身騎士の前に姿を見せるのは、敵国の兵士。剣を、槍を、銃を、弓を。あらゆる武器を携え、ただ一人の敵を滅さんと襲い掛かる。
 しかし、少女は一騎当千。得物を握る手を打ち据え、ひらりと可憐な身捌きで銃弾を躱し、一息に矢を叩き落とす。依然、右手の書物は開いたまま。誰一人死なせることなく、ただ一滴の血が流れることも許さず。武器を壊し、鎧を砕き、それでも彼女は不殺を貫き通す。
 最後の一人を打ち据え、再び壁に向き直る。兜を地に置いた騎士は、芦毛の短髪を靡かせながら何かを誦じる。光り輝く書物。姿を消す砦。
 斯くして騎士は自由を得る。一歩、また一歩と足を進める。彼女があるべき場所へ戻るため。役目を果たした彼女が、あるべき姿に戻るために──

『さあ、征こう』

 【scienta est potetia Lv.3】

〜〜

 断崖の鋒、一歩でも動けば海底へと真っ逆さま。ジリジリと迫り来る敵を前に、小柄な少女は怯え震え上がっていた。ニタニタとした笑みが近付き、少女は囚われの身に落ちる……刹那、意地悪めいた笑みを浮かべ、くるりと海の方へ身体を向けた。
 そうして、彼女が放ったのは7本の矢。何の変哲もないそれは、しかし赤く、青く、黄色く、色鮮やかな7本の曲線を宙に描く。そして、少女は一思いに駆け出し……赤い軌跡に脚を乗せ、そのまま逃げていく。
 呆気に取られる、追うにも色付いた道は少しずつ輝きを失い姿を消す。その度に、赤が消えれば橙、橙が消えれば黄緑水青……曲芸のように跳び去っていく姿を、誰も止められない。
 そして、最後の一本。紫色の軌跡に脚を掛けた少女は、にっこりと可憐な笑みを浮かべ──

『お疲れ様でした、ば〜か♪』

 【セブンカラーズ・ボウレイルラン Lv.3】

〜〜

【さあアルチェリリアンスが飛び出した! これは熾烈な先頭争いの予感!】

『WHAT⁉︎ WHAT’S HAPPEN!?』
 先頭にて響き渡る絶叫。今まで2番手に甘んじていた相手が、突然凄まじい気迫を纏って飛び出していった様を目の当たりにして、米国代表ウマ娘が困惑する。
 後方でも、横に付けていた差しウマ娘の覚醒。一瞬だけ気配が消えたかと思えば、弾丸のような……否、さながら槍兵の突貫。いずれにせよ、この場の空気を支配するほどの存在感を持って、彼女達は進み始めた。
 先頭のアルチェリリアンス、後方のランスノウレッジ。下り坂を走り切った残り1000mの場面で、両名が動き出したことにより……レース展開は新たな局面を迎えた。逃げを打っていた面々は急なペース変動に動揺して掛かり始め、先行集団もそれを感じ取ったのか歩幅が乱れ始める。無論、ここまで勝ち進んできた実力者だけあって、決定的な破綻までは至っていないが……僅かな綻びで趨勢が変わるのは、勝負の常。
 私も一瞬驚きこそすれ、ランスノウレッジの前進に合わせてペースを上げる。これだけの巨体に迫られる以上、周囲もブロックという判断は打ちにくい。だったら私はピッタリ後ろに付けて、空気抵抗を避けながら安全なコースを保てばいい。前が見えない点は平時ならネックだが、彼女が走り続けている限りは問題ない。最後の一瞬だけ横に飛び出せば、それで十分勝てる!
 視界の片隅に写ったのは「6」と書かれたハロン棒。残り600m、あと200m緩やかな坂を駆ければ最後の急坂を迎えるだけ。少しずつ他のウマ娘の姿も認め始め、前方で団子になっていた先行集団に並び始め──

「──え?」

『…Ah (…ああ)』
 ……目を奪われたのは、一瞬だった。私達が上がってきた時点で、本来であれば先行組の勝算は薄れているはず。何故ならば、最初からハイペースで前を維持していた彼女達に比べ、脚を溜めていた私たちの方が余裕は残っている。
 最後の末脚勝負に持ち込めば、こちらの方が優位になるのは自明だった。まして垂れてくるはずの逃げウマ娘が、一人だけとはいえハナを取りながら加速いているのだから、平静を保つことさえ困難なはずだ。
『After all, (やはり、そうだ)』
 焦燥、困惑、動転。彼女達がそういった心の揺れ動きを抱えていたのは目に見えていた……ただ、一人を除いて。だとしても、何故お前は。さっきまで包囲されていた、自由に走ることもままならなかったはずのお前は!

『──Race is very fun! (レースは、本当に楽しい!)』

 ……そんなにいい笑顔で、走っていられるの……!?

〜〜

 穏やかな日差しに照らされ、目が覚める。風が草木を揺らし、穏やかな音が寝起きの眠気を取り去ってくれる。そうして視線を上げれば、眼前に広がっていたのは澄み渡る湖。綺麗な水面に浮かんでいるのは、一本の剣。刀身を濡らす水滴は丸々と輝きを帯びており、剣の完成度を物語っている。
 ふと、手が伸びた。これを手に取らねばならないと。この剣を振るう、それこそが私の責務であるのだと。何の根拠もない確信。水面に映る自分の姿を今一度眺める。麻で出来た質素な服を着込み、瞳と髪が綺麗なだけのありふれたウマ娘。きっと、他の誰かがこの剣を取ったとしても、何が変わるという話ではないのかもしれない。伸ばしかけた手が、引っ込む。……それでも、『私が』進まなければならないと、そんな確信が全身を衝き動かす。
 そして剣を掴み……世界が、塗り替わる。風の音は人々の歓声に。生い茂る草木は鮮やかな彩りの住まいへ。澄み渡る湖は絢爛豪奢な噴水に変わり、至る所に飾られたユニオンフラッグの姿。
 私を讃える声が。私を望む声が。私を信じる声が。大好きな皆の声が、私へと振り掛かる。そうであるならば、私は応えましょう。私は、私こそは、この国の剣。この一閃は私のためだけにあらず、国のために振るわれるものであるならば。

『私が、貴方達の導き手とならんことを……』

【王家の剣、未来への導 Lv.4】

〜〜

 それは、まさしく「一閃」だった。溜め込んだパワーから放たれる、爆発のような末脚。まるで胴体の上下を切り離されたかのような、鋭すぎる一閃。その衝撃に虚を突かれ、気付いた瞬間には……

【さあここで仕掛けたソードオブロイヤル! 一気にハナを目指して加速する!】

 完全に包囲網を抜け出した彼女が、東京レース場の急坂目掛けて猛追を開始する。一瞬振り返ったのはバッシュパーティーとアルチェリリアンス、あまりの重圧と衝撃が伝播したか。私達もすぐさまペースを上げるが、じわりじわりと差が広がっていくのが嫌でも分かってしまった。
 高低差、約2m。流石の彼女も僅かに速度が落ちるが、それは私達も同じこと。一気に体力を持っていかれ、坂を登り切った頃には彼我の差およそ5バ身強。しかもその差が広がりこそせずとも、詰まらない。近付けない、迫れない。彼女の視界には既に逃げ組しか入っていない、それに追い付くのも時間の問題だろう。
 ……どこで間違えたか、と聞かれれば最初からだった。そもそも彼女は半年以上、謂れなき人々の声に苛まれてきた相手だった。それがたった数十秒囲まれたくらいで疲弊するなど、判断ミスにも程があった!
 だから私が包囲網に絡まなかったのは正解、だからといって普通に走っただけで勝てる相手でもない。ペースを詰めて圧を掛けて、差しウマ娘の後方に潜り込んで体力消費を抑え、最適なコース取りを図って最後に抜け出す……「私の持っているベストパフォーマンス」と「私が取れる最善の戦略」程度では、到底勝てる相手じゃなかったと! それに気付けなかった、認められなかったのが唯一にして最大のミス!
 けれど、だってそんなことを認められるはずがない! 戦う前から身体も頭脳も精神も全て負けていたと、そんな事実を受け入れられるほど私は出来たウマ娘じゃない! だけど結局、勝つのは強いウマ娘で、それは彼女で、私は誰に認められることもなく負けていく……ああ、考えてみればなんと当然で納得のいく帰結だろう。
 いつの間にか、長らく見ていなかった黒い手が伸びているのが見えた。両脚を、腰や腹部を、両腕を首を口を……そして、とうとう耳と目すら覆い隠す。力強く締め上げられた握力に、呼吸が遠くなる。ああ、そっか。どうせ無理なら、もういいか。このまま「これ」に意識を委ねて、何も考えられないまま沈んでいけばいい。そんな諦めの心と共に、私は目を閉じた。

〜〜

 薄ら暈けて色を喪った世界。空の青も芝の緑も土の赤も見えない、誰かさんの装いの様な場所。風も音も気配すら見えないこの場所に……何故か、すすり泣きの声だけが響いていた。
 正直、耳に障る。待てども待てども泣き声が止む気配はなく、業を煮やした私は周囲を探してみる。見つかったのは、ちょうどゴール地点。今の私と同じ、トレセン学園の制服を着た幼い少女が、ただ俯いて涙を零していた。
 見れば、両脚にぐるぐると巻かれた包帯。聞けば、こうなれば何処も走らなくていいからと。
 見れば、両腕にぐるぐると巻かれた包帯。聞けば、こうなれば何にも触らなくていいからと。
 見れば、首元にぐるぐると巻かれた包帯。聞けば、こうなれば何をも伝えなくていいからと……失敗したらしいが。
 一つ一つ、理由を話す少女。曰く、彼女には才能が無かったと。中途半端に分不相応に求め続けて、結局何も掴み取ることができなかったと。そして、挑み続けて心が折れるくらいなら、最初から全て捨て去ってしまえばいいと。そうして全てを自ら失って、酷くすっきりしたと。
 私は、その場に崩れ落ちた。少女の末路が愉快だったからではない、腹が立ったからでもない。言葉では円満に終わったと伝えておきながら、幼い少女の顔が、悲しみと苦しみに満ちていたから。自分のことでもないのに、少女の姿があまりに痛ましくて可哀想で。何故こんな子がそんな思いをしなければならないのかと。
 「心配してくれるのか」と聞いた少女に、当然と返す。思わず抱き締めようと伸ばした私の腕に──そっくり似通った包帯が、ぐるぐると巻かれていた。見れば、私の首にも、身体にも……両脚にも。まるで、彼女の怪我をそのまま私に映したかのように。そして……思い返せば。私も一度、壊れようとしていたな。無理矢理に山道を駆けずり回って、そのまま死んでしまえばいいと。だから、私が眼前の少女に向けた哀れみの感情は、つまり私が私自身に向けた感情で。少女が、口を開く。

『───、────────』
『──、────────』

 そこで、ようやく分かった。私は誰からも受け入れられていないと思っていたけれど、それはあまりにも当然の話だったということを。今のまま進んでも、私は誰かに受け入れられていることを信じられないのだろうと。だって。

「……他ならぬ『私』が、私を受け入れられていなかったんだから」

 にっこりと、少女が微笑みを返す。今まで認識できていなかったその相貌は、どこか昔に見覚えのある顔で。その事実を認識した瞬間、白く巻かれていた包帯が黒い泥になって私を包み込む。引き摺り下ろす、沈めていく。不思議と、嫌悪感は感じなかった。とても安らかな気分で、意識が冴えていくのを感じる。
 ……命題、私は何のために走るのか。回答、私が認められるために。そして、補足……

「まずは『私が』、私を認められるように」

【Sink into the Mirage Lv.3】

〜〜

 率直に言って、観客席の空気は熱狂8割、諦観2割だった。あまりにも予想通りの展開、舞台が欧州から日本に変わろうと最強は健在也。他の出走者も頑張って追い縋るが、結局勝者は変わらない。それを肌で感じてしまっていたからこそ、盛り上がりの中に確かな影が滲んでいることを否定し切れなかった。
 ……だからこそ、たった一人。決意と闘志を瞳に燃やし、加速し続ける少女の姿に気付いた彼ら彼女らは……胸の前で手を組み、その勝利を応援せずにはいられなかったのだ。

「……ッ! まだ……終わってない!」
 幻覚……否、『領域』から戻ってきたのを認識する。その証拠に、呼吸が苦しくない。脚が重くない。それに何より、心が静かに凪いでいる。もう私を縛り付ける怨嗟はない、とにかく今は全力で、追いつく事だけ考えろッ!

【カラレスミラージュ、カラレスミラージュです! 上がってきたのはカラレスミラージュ!】

 残り200m、最終直線はアップダウンのない完全な平坦! だったら全力で走りに走って、最後にスピードの乗り切った方が勝ち!

【ランスノウレッジは届かない! これは既に限界か!】

 残り100m、逃げウマ娘達は完全に捕らえた! それだけ疲れているならもう無理なのは見え見え、だからさっさと私に……私達に前を譲れ!

【ハナを進んでいたアルチェリリアンスも抜かれた! 先頭は完全に2人の一騎討ちとなるか!】

 残り、50m。一時は5バ身近く離れていた差も、もう1バ身まで迫っている! あとは、最後の一瞬まで諦めず脚を伸ばせ……!

【ソードオブロイヤルの矜持か! カラレスミラージュの意地か! 最後に勝つのはッ──】

〜〜

『カラレスミラージュさん、よろしくお願いします。カラーさんでいいでしょうか?』
『そういえば私も名乗っていなかったですね。フルハウスペイドと言います、よろしくお願いします』
 ……貴女は、かつて私に走る意味を思い出させてくれました。終ぞ勝ちに手が届かず、期待の裏返しに潰され掛けていた私を。
 だからこそ、もし叶うならば。貴女に勝つのとは別に、貴女が困ってしまう時があれば助けてあげたかった。それが私の受け取った、何より大切なものだったから。

『初めまして、私はソードオブロイヤル。カラレスミラージュ、貴女に会えて、とても嬉しい』
『……へっ? なんで?』
 ……貴方は、かつて私に走る意味を思い出させてくれました。終に掴み取った勝利、その現実に打ちのめされて自棄になっていた私を。
 どうやら私は、貴方を昔に助けていたとのことで。まるで自覚はありませんでしたが、だとすれば……あの時は私の番で、今は貴方の番。貴方の思いを、私は受け取ることが出来たのかな。

〜〜

「あああああああああッ!!」
『Arrrrrrgggghhhhhhhh!!!』

【カラレスミラージュ! ソードオブロイヤル! 2人並んで今ゴールイン!】

 残り──0m。もつれにもつれたゴール前、ほぼ同タイミングで飛び込んでいった私達。ここまでくれば後は分からない、後は判断に身を委ねるだけ。少なくとも、この時点で負けを確信する事だけはなかったのが幸いか。
 正直疲労も限界で、外枠の方へ……観客席の方へコースを変える。そのまま、絶対に誰も走ってこないあたりでスピードを緩め、そのまま崩れ落ちた。頬を撫でる芝の感触が、どこか心地よい。観客のどよめきと歓声が、耳を捉えて離さない。
 今にも垂れ落ちそうな瞼を支えて、掲示板の方に目を向ける。私の16番と、ソードオブロイヤルの7番。運命の女神は、どちらに微笑んだのか──

 1着 16 2:19:9
 2着 7  ハナ
 3着 14  2
 ……

【か、カラレスミラージュ、今1着でゴールインッ!】
【何ということでしょう! 欧州最強を見事に差し切って! ジャパンカップ制覇達成ー!】

 ──ああ。人々の熱狂を、間近で見ながら聞いた大歓声は。とても、心地が良かった。

 〜〜

 まさかの逆転劇、下剋上に湧く東京レース場。他ならぬ私自身を讃える声の中、当の本人は……中々、立ち上がれずにいた。まあ、それも当然か。
 ただでさえ極限状態の中で『領域』まで無理矢理こじ開けて滑り込んだ1着、身体にも心にも負担が掛かっていたのは想像するに容易買った。笑顔を浮かべて歓声に応えるべきタイミング、けど正直表情筋の一つも動かない。それでも立たなきゃ……と思っていたところで、伸ばされた手が視界に映る。
『…………』
『Royal……』
 ほんの少し前まで敵愾心を燃やし、そしてとうとう打倒してみせた『欧州最強』。少しくらい私に物申したいこともあるだろうに、彼女は黙って手を差し伸べていた。きっと、これもまた彼女の善意なのだろう。倒れてしまった人に、支えとして手を伸ばすという親切も、彼女にとっては至極値前の振る舞いだと分かったから。
 ……昔の私だったら、笑顔を張り付けて有難く助けを借りたのだろう。少し前までの私だったら、そんな憐れみはいらないと手を振り払ったのだろう。どちらも私が取る行動として、簡単に思い浮かぶあたり本当に捻くれた性格だと内心自嘲する。
 だったら、今の私は。2着に甘んじた相手の前で、無様にぶっ倒れているのが勝者としてあるべき姿か? 否、そんなことはない。だから……自分の脚だけで、立ち上がる。そして、彼女の瞳を正面から見据えて、力強く手を握る。
 助けは借りなかった、今この時だけは彼女と対等でありたかったから。そして、私が口にした言葉は。
『Thank you very much for running with you…… Sword of Royal.』
『……Me too!』
 観衆の祝福に包まれて、私達は抱擁を交わす。かつて、互いの運命を救い合い、分かち合った2人の少女。国籍も身分も年齢も、何もかも違う2人は。それでも今この刻だけは……最後の一瞬まで勝利を競い合った、戦友なのだから。

〜〜

「お疲れ様、カラレスミラージュ……本当に、いいレースだった」
「ありがとう、トレーナー……やっと、やっと勝てた」
 控え室に戻り、少し気の抜けたトレーナーとの会話。ウイニングライブまでは少し時間があるということで、今のうちに伝えておきたいことは話しておくことにする。
「ものすごく今更なのは分かってるけど、それでも……走る理由、見えた気がして」
「……1時間前のお前とは大違いの面構えだな、言ってみろよ」
 慇懃に先を促すトレーナー、その表情は照れ隠し半分、興味半分ってところかな。まあ、私も彼には散々迷惑を掛けた。このくらいの反応、むしろ優し過ぎるくらいかなって。
「……私は、皆に認められるために走ってきた。受け入れられるために走ってきた」
「ああ」
 心当たりは、彼にもあったのだろう。なんだかんだで3年近く一緒に居た身だ、互いのことは少しでも分かり合えたと思っていたし。
「けれど結局、私が私を信じられていなかった。だからあの日、あの勝利を受け入れられなかった」
「そうだな」
 けれど、だからと言って全てが分かり合えるわけじゃない。まして私達はハリネズミの番みたいに、互いにすら本音を晒し切らず、一緒に歩んできてしまったコンビ……とんでもない担当同士。
 だから、今は。傷付いてしまうとしても、傷付けられてしまうとしても。その本音を、少しだけ分かち合って欲しかったから。
「……分かったこと。これからは、私が私を認めるために。頑張りたいと思う」
 どうかな、なんて。少し気恥ずかしくなって、ちょこんと小首を傾げてみる。そんな私の頭をぐしゃぐしゃ乱雑に撫でるトレーナー。一応ライブ前なんだけど、なんて小言が出てくることは無かった。
「……いい答えだ。今度は見失わないようにな」
「もちろん」
 彼が浮かべていたのも、安堵の表情。ああ、良かった。彼が私の言うことを受け入れてくれて。その安心が、私をもう少しだけ強くしてくれる。
 ライブの時間も間近ということで、慌てて身支度を整え外に出る。その、最後の刹那。ドアをくぐる直前に彼の方へ振り返ったのは、どうしても伝えたかった思いを、口に出すため。そう──

「──あの時、私を見捨てないでくれてありがとう、トレーナー」

〜〜

【ここで今輝きたい】
【叶えたい未来へと走り出そう】
【夢は続いてく──】

「ヒュゥゥゥゥゥーーーーーッ!!!!」
「イェェェェェェーーーーーーィ!!!!」
「さ、サイコー……!」

 誰もが目を引く高身長、芦毛の褐色少女。絶対的な存在感、尾花栗毛の長髪を靡かせた王族少女。海外勢なのに日本の歌も上手い、そんな感慨は……両サイドから飛び出す幼馴染の奇声にかき消されていたことだろう。でも仕方なし。
 あれだけ憂いと苦痛に苛まれるような雰囲気だった親友が、全てから解き放たれたように満面の笑みで歌って、踊って、観客達を魅了しているのだから。これを感動せずして、何が友達だろうか。……まあ、隣の2人はそろそろ出禁喰らいそうなほどうるさいのだが。

「ホント最高だった! あの末脚、速過ぎる!」
「乾坤一擲、最後に全部ひっくり返したもんねー。あの状況から抜けるなんて予想外でしょ」
「それに……すごく、幸せそうな笑顔だった。あの時は見られなかったから、私も嬉しかったわ」
 ライブ明けの感想も三者三様、しかしいずれも親友の栄光を讃えるものに違いはなく。故にこそ、少女達は満面の笑みを浮かべて語らい合う。そこに一切の遠慮も躊躇も悔恨もなく、純粋な思いだけが結実しているから。そして。
「ミラージュちゃん、有馬来る?」
「来て欲しいのは当然だけど……それを決めるのは彼女とトレーナーさんだし。どうかしら」
 彼女達が希うのは、年末の再戦。人気投票によって出走者が決まる夢の11R、有馬記念。その舞台で、いつかのリベンジを果たしたいと。勿論、彼女達は9月のオールカマーでいずれも先着を果たしているが……あの時の友達は、まだ不安定な状態だったから。答えを見つけて覚醒した彼女と、本当の決着を付けたいと考えるのは、世代最強格たる彼女達にとって当然の帰結なのだろう。
「……ミラージュは来るよ、きっと」
 だからこそ、彼女達は待ち望む。再びレース場で巡り逢うことを。この1年間を締め括るに相応しい最後を迎えられることを。

 そして、その願いが叶うまでは……あと半月ほどを要することになる。


第17.5話 白と黒の勝負服

+ ...
「もう明後日なんですねぇ……有馬記念」
「緊張していますか?」
「当ッたり前でしょうが! グランプリですよグランプリ! これ緊張せず挑めるのなんて余程の大物かバカじゃないですか私のことバカって言いたいんですか!?」
「ええ」
「トレーナーさんッ!?」
 年末最後のGⅠレース、有馬記念──厳密にはホープフルSもあるが担当はシニア級ゆえ出られないので省略──を2日後に控えた、金曜日の夜。暦の都合でクリスマスイブを先に迎えられた俺達は、イルミネーションで彩られた街中を歩いていた。
 トレーニングを早々に切り上げ、まだ体力が残っているミラージュの声に耳を傾けながら。少し前までの記憶を回顧する。

 有馬記念の投票制度。11月中旬からファンによる出走希望ウマ娘の投票が始まり、12月上旬に結果が確定する。優先出走権の対象となるのは10人、つまりこの1年を駆け抜けたウマ娘全員の中から選りすぐられた上位10人だけが、この栄誉を掴むことが叶う制度だ。
 やはりというか、去年のクラシック3強は今年も健在。マイル路線の猛者や今年のクラシック級ウマ娘も熾烈なデッドレースを繰り広げる中、彼女はイマイチ伸び悩んでいた。尤も理由は明快、宝塚を蹴った上に格下挑戦を繰り返す姿はファンの目にも良くは映らなかったのだろう。しかし……

【か、カラレスミラージュ、今1着でゴールインッ!】
【何ということでしょう! 欧州最強を見事に差し切って! ジャパンカップ制覇達成ー!】

 あの運命の一戦。ジャパンカップで見事な逆転劇を披露してみせた彼女は、一気にファンの心を掴み……残り1週間未満というごく短い期間だけで、票数を伸ばしに伸ばして7位まで食い込んでみせた。初動の遅れが響いたものの、彼女も権利を得たという事実は変わらない。
 それに……「伸び悩んでいた」だけで、元々彼女の出場を希望するファンも一定数存在していた。かつての彼女であれば単なる同情と一蹴していただろうが……
「応援してもらえるのって、すごく励みになるって、改めて実感しました」
 先週話を振った時には、素直にその声を受け入れていた。7位という結果についても、「出られるなら嬉しい限りですよ!」と。まあ期待値として……あのJCを勝った以上、当日は2番人気以上は固いだろうが、それは言わないことにした。

「いやー、食べました食べました……けど本番前にご馳走になって良かったんです?」
「一時のこともあって、貴方は痩せ気味でしたからね。よほど太らない限りはむしろ好ましい」

 適当に高めのオードブルとケーキを買って、トレーナー室での晩餐会。当初は外でそのまま食べ帰ることも検討していたが、彼女も今や時の人。変装していても周囲の目を集めてしまう以上、リラックス出来る場所で過ごしたいと言い出すのは予想通りだった。まあ買ってきた食材の8割を食い尽くすとは思わなかったが。

「……色々、ありましたねぇ」
「ええ、そうですね」
 思い返せば、この1年間は本当に激動の年になった。とんとん拍子にGⅠウマ娘へと成り上がったジュニア級、圧倒的なライバルに立ち向かうクラシック級。前の2年は非常にシンプルな年だったが……
 今年はと言えば、3月まで適性確立のため長距離重賞出走を繰り返し、4月にとうとうGⅠ2勝目を挙げたかと思えば精神不安で王道路線から離脱。GⅡ・GⅢ荒らしを同期に咎められたかと思えば、まさかの欧州最強から挑戦状を叩き付けられ、あまつさえそれに勝ちを収めてしまったと。
 何が恐ろしいかといえば、これが俺にとって最初の担当の話だと言うこと。ましてガーネットスクエア達のように、幼少期から接点があったならともかく、俺とコイツが出会ったのは学園に入ってからが初めてだったという……三女神様は、相当に酔狂な運命がお好きなようで。
「あ……あのっ!」
 少し前まで腹部を摩っていた彼女の、今更ながらに緊張した声音。視線を上げてみると、机の上には大きなプレゼントボックスが置かれていた。ご丁寧に、白い箱を赤と青のリボンでラッピングしている。これはもしやアレか。アレだというのか。
「私、いつもトレーナーさんにもらってばかりだったので……これ、クリスマスプレゼントです! 受け取ってください!」
 そう言って、ずいと差し出される箱。受け取るか一瞬悩んだが……まあ、せっかく彼女が彼女なりに選んでくれたのだろう。ここは意を汲むべきか。ゆるゆるとリボンを解き、包装を剥いた中に入っていたのは。
「……スーツ、ですか」
「はい、あっ多分サイズは大丈夫なはずですので! ちゃんと確認しましたから!」
 黒に近いネイビーカラーのジャケットとズボン、それに数枚のシャツと幾らかのネクタイ。ご丁寧にベルトとネクタイピンまで取り揃えて、今この瞬間着替えろと言われても、なんら問題なさそうなスーツ一式が収まっていた。
 ……いや、およそ年頃の少女が選ぶプレゼントではないだろうと。そんな視線が通じてしまったのか、彼女の視線もぐるぐると室内を飛び回っている。彼女のことだ、きっと軽率ではない、むしろ矢鱈に重い理由があるんだろうが……
「ありがとうございます、大変嬉しいです」
「嬉しいならもう少し明るいリアクションしてくれませんか……?」
「わざわざスーツを選んだ理由が気になり過ぎて、どう反応すりゃいいか分からないんだよ」
 ここまでくれば遠慮は無用、単刀直入に疑問をぶん投げてみる。ぶっきらぼうな反応に安心したのか、挙動不審だった彼女も一息ついて、ゆっくりと話し始めた。
「私、トレーナーのスーツをダメにしてしまったでしょう? ……あのGWの時に」
「ああ……」
 春天の直後、無茶な自主トレのため、あるいは無意味な自傷行為のために山を掛けていた日々。ようやく尻尾を掴んだ日は大雨の土砂降りで、ジャケットこそ羽織っていなかったがシャツとズボンが汚れに汚れたことは覚えている。まあシャツはともかくズボンは洗えば何とかなる範疇だったが。
「トレーナーに『贈る』プレゼントは浮かばなかったけど、『返す』としたら……って。あの時のスーツが着られなくなったなら、それは私のせいだから」
 言ってしまえばケジメです、なんて。責任感の強さは相変わらずのようで、少しため息が漏れる。これだけキッチリ揃えた一式なら、下手すりゃ5桁じゃ収まらなかっただろうに。
 けれど、まあ悪くはない。彼女にとってはあくまでマイナスをゼロに戻す行為でしか無かったとしても、自ら考えて俺のために動いてくれたというのも事実なわけだ。それに、使い道の無い物を渡されるよりは余程ありがたい。
 だからこそ、一つ贅沢を言ってみたくなった。
「有馬記念、このスーツを着て行くことにしようか」
「だいぶ思い切るのね……」
「担当がくれた大事な一張羅、勝負服みたいな物だろう? だったら担当の晴れ舞台以外でいつ着るって話だからな」
 そこまで伝えられた彼女は、目を見開いて頬を赤く染める。俺の言っている意味に気が付いたんだろう。即ち──「このプレゼントに似合う勝利を寄越せ」という、強欲なメッセージを。だからこそ、彼女は前を向く。決意を固める。
「分かった。お似合いの格好にしてあげる……トロフィー1つで、どう?」
「期待してるさ、お前なら持って来てくれると信じてるからな」

 ところで、服をプレゼントするという行為は無駄に深い意味を持っているらしい。例えば男が女に渡すなら、その裏には『その服を脱がせたい』という意味があるとか。下世話にも程がある話だが、それほど深い関係の相手にしか、服をプレゼントするという発想には至らないという帰結なのだろう。
 であれば、女が男に渡す服の意味とは何か。『あなたに似合うと思う』というお節介、『私の気持ちを受け取って』という純朴さ……様々な説があるが、俺の一番好きな解釈は。

 『あなたを自分色に染めたい』という、可愛らしい独占欲。

【Sink into the MirageのLvが上がった】

第18話:You Are My Best…

+ ...
 思えば。あの日以来、随分と気持ちが楽になったように感じる。
 心配させてしまっていたクラスメイトの娘達とも、普通に談笑できるようになったり。宿題が分からないとか、定期テストが不安で仕方ないとか、そんな「くだらない」話題を振ってもらえることが嬉しく思えていた。だって、5月に入ってからずっと、私は私自身を追い詰めてしまっていたわけで。当時は気付けなかったけれど、それが周りにも伝播していたであろうことは、想像するに難しくない。だからこそ。
『ミラージュちゃん! 有馬記念、応援してるよ!』
『あのソードオブロイヤルに勝ったみたいに! 中山でも優勝しちゃえ!』
『現地行くために、絶対補習回避するから!』
 そんな、素直な言葉をありのままに受け入れられるようになっていたことに、一抹の喜びを感じる。それと、少しの申し訳なさも。こうして皆は寄り添ってくれていたのに、もしかしたら私はそれを無碍にしてしまっていたのかな、なんて。
「……うん! 絶対勝ってみせるから、期待しててね!」
 あと最後の子は、私が出走しないとしても補習は回避してね?

 そうして迎えた当日。案の定というかなんというか、私が引いた枠は大外8枠16番。SNSで適当にエゴサしてみたら、「大外芸人」とか「いつもの」とか、ジョーク混じりの嘆きが散々書かれていた。
 まあ無理もない話。有馬記念で大外から1着を取った前例は存在しない。15番なら1例だけ見つかったけど、16番は本当に梨の礫。まあ私の不運はいつものこと、割り切って頑張りましょうと思っていたのだけど。
「は? え? 1番人気……?」
「どうやらジャパンカップの勝利は、俺らの想定以上に心を打ったらしいな」
 ファン投票の結果は7位。まあこれについては、投票終了間際まで若干ヘイトというか低評価を受けていた面があるので仕方ない。というかそれまでも30位前後くらいはキープしていたらしいし、私に投票してくれた人がいるというのはすごく嬉しかった。
 けど、悪夢の16番を引いてなお1番人気を集めるって何? えっ私そんなに期待されてるの……? そういえばジャパンカップも16番で勝ったけど、もしかして有馬のジンクスひっくり返せるってくらいに影響あったり? ……というか、もっと言うなら。
「私、1番人気ってメイクデビュー以来……合ってる?」
「ああ、今まではライバルやら醜聞やらが多かったからな。誇っておけ」
 生涯2回目、GⅠはもちろん重賞レースでも初の1番人気。まして有馬記念という、クラシック限定の日本ダービーを除けば、1年で最も特別視されるレースでのそれ。正直身に余ると思ったけれど、こうして控え室まで来て勝負服に袖を通すと……なんだか、心地がよかった。
「まあ気負い過ぎるな、1番人気になってもマークが強くなる程度であんまり変わらないだろう」
「うん」
 とは言っても、私は頭一つ抜けた世代最強ってわけじゃない。私一人を意識し過ぎた日には、他の強豪にあっさり置いていかれることだろう。だから警戒はするけど、無理はしない。私らしく、なるようになるだけ。もちろん作戦は練ってきているけれど、それは別の話だから。
「そろそろ時間か、頑張ってくれ。もちろん、無事を最優先にな」
「当然、勝つのはもちろんだけど……全員が、怪我なくレースを終えられることは、私の願う所」
 耳に残る雨音。あんな悲劇の中で痛ましい勝利を得るのは、私一人で十分。誰もが全力を尽くし、無事に決着を迎え、その上で勝者を讃える。それが、最も健全なレースのあるべき姿だと思うから。
 静かに手を振り、控え室を後にする。足音の響く地下バ道、その出口には……懐かしい顔触れが揃っていた。
「ミラージュちゃん!!」
「此処で会うのは……ううん、一緒に走るのは3ヶ月ぶりかしら」
「久しぶり、ってところかなー?」
「……うん、久しぶり」
 大阪杯を制した黄金の美酒。宝塚記念を勝った蒼然たる花弁。天皇賞(秋)で復活を果たした深紅の宝玉。去年のみならず、今年も人々を盛り上げて止まなかった、私のライバルの姿がそこにあった。レースも直前だというのに、誰も緊張した様子は見せず。心底楽しそうに、歩いてきた私のことを見つめている。
「……うん、いい顔してるよ。オールカマーの時より、ずっと」
 カツカツと歩み寄ってきたのは、ガーネットスクエアその人。最近トレーナーが教えてくれたけど、春天明け直後のタイミングで、私のことを物凄く気に掛けていてくれたらしい。状況が状況だったから、当時は伝えられなかったと。まあ私も、あの時それを聞いていたら却って半狂乱になっていたと思うし、彼の判断は正しかったと思う。
 体の動きに合わせて、勝負服の宝石が揺らめきながら煌めいたのが見える。さながら、彼女の成長を物語るかのように。いつか、この飾りは単なる模造石だと聞いていたけど……彼女の纏う雰囲気も合わせて、これが偽物だなんて言える人は最早いないんだろうな、と。
「あの時は、ごめん。今日は……全力を尽くして、もう一度勝つ」
「それでこそ! 一緒に走って楽しい!」
「そうね……! 誰が勝っても恨みっこなし、最高のレースにしましょう」
 そう言って、先に歩いて行くヘルツとミツバ。逸る気持ちを抑えられないのだろう。それに合わせて足を進めるスクエアが、一歩立ち止まって、私の方へと振り向いた。
「『おかえりなさい』は、まだ早いかなー?」
「……うん。もう少しだけ、待って欲しい」
「そっか」
 今度こそターフへ向かっていく彼女を見送り、私も一歩ずつ進む。泣いても笑っても、これが今年最後のレース。だったらせめて、大団円で終わりたいというのは欲張りかな?
 屋内と外の明暗差に、少しだけ目が眩んで。視界を取り戻した私が仰いだのは、雲一つない満面の青空。
 そろそろ冬も深まってきたというのに……全てを見つめる太陽は、やたらと暖かった。

【年末の中山で行われる夢のグランプリ、有馬記念! あなたの夢、私の夢は叶うのか!】

 ……あなたの夢、私の夢。ふと思う、私がレースに掛ける夢は何だろうと。そしてその夢は、自分自身が出走することになった、このレースで叶うのだろうかと。

【虎視眈々と上位を狙っています。グランプリウマ娘、4番ミツバエリンジウム】
【2番人気を紹介しましょう、前年の有馬記念覇者、7番ガーネットスクエア】

 率直に言えば、違和感。私より先に、彼女達の名前が呼ばれるのは、どうしても慣れられそうにない。何故ならば、どのレースでも、私は彼女達を追い掛ける側だったから。

【……さあ、今日の主役はこのウマ娘をおいて他にいない!】
【ジャパンカップウマ娘、16番カラレスミラージュ! 1番人気での出走です!】

 けれど、今日は皆の期待を背負って……1番人気にまで成り上がった。他の誰でもない、私が。少し前までは信じられなかった光景、でもこれは確かに現実なわけで。
 そうであるならば、まず私がやるべきことは……ううん、やりたいことは、一つだけ。

【各ウマ娘、ゲートに入って体勢整いました──】

 まず、私に託してもらった「夢」を。私が叶えて、お返ししてあげないとね。

【──今スタートが切られました!】

 中山の芝2500mといえば、最終直線が短いことで有名。600m地点から始まる高低差5mの上り坂と4mの下り坂、トドメにゴール直前も3mの上り坂があるから。ここでスタミナを削られれば、それだけで勝利は致命的になりかねない。
 だけどその分、スタート直後の第3コーナーや向正面の直後は平坦なバ場が続く。だからこそ、最初のタイミングでいかに上手くコース取りを行うかが勝負の鍵になる。

【さあハナを取ったのは……ガーネットスクエア!? ガーネットスクエアです!】
【13番ハインツ、5番グレゴールも続きますが……ガーネットスクエア、先頭を譲りません!】

 だったらと真っ先に逃げを打ったのが、意外にもガーネットスクエア。けど戦略は理解できる。前方脚質やや有利、後方脚質やや不利の中山において、ペースメイクを図れる逃げ戦略は実に効果的! まして東京2400で大逃げ勝ちすら果たした彼女だ、それより安定して走れる普通の逃げが2500m続かないわけがない!
 ちらりと視線を動かせば、ミツバエリンジウムは先行集団やや中め。周囲を見て戦略を練り直せる場所に着けている。一方のヘルツマタドールは中団やや後ろ、前でゴチャつくのを嫌って末脚勝負に持ち込んだか。
 ……そして、観客達は察する事だろう。去年のクラシック3強が揃って先行策を打たなかった、三者三様の脚質を選んだ唯一のレース──去年の日本ダービーの再来だと! 当時ほどの荒削りさもなく、むしろ洗練されたレース展開。最初の上りを終え、束の間の平坦なエリアから二度目の急坂に差し掛かった1000m通過は59.6秒! なんとまともなタイムだろうか。
 部分的にとはいえ、かつての名レースをなぞる展開に人々もさぞ熱狂している事だろう。けれど、あの時にはいなかったウマ娘が、此処にはもう一人。そう……

 東京2400mのGⅠを勝ったのは、ガーネットスクエアだけではないと!

【第2コーナーを抜けて、向正面に入りました】
【先頭を進むのはガーネットスクエア、この坂でどこまで差を残せるか!】
 緩やかな第2コーナーを進んで直線コース、わずかな勾配が体力をじわじわと削る下り坂。ほぼ最後尾につけていた私も、少しずつペースを上げていく。向正面の中ほどに差し掛かれば、平坦な感触を伝える足元は残り900mの合図だとトレーナーから聞かされていた。
 一気に、周囲のペースが上がるのを感じる。それも当然か。ここから第3コーナーを抜けて第4コーナーに入るまでが実質平坦な最終区間だ。ゴール直前ではそんなこと言ってられないから。だからハッキリ言って、今の時点でどこまで追い縋れるか! ここで遅れを取った時点でもう詰みなのは目に見えていると!
 遠心力に引っ張られながら、3角を超えて4角へ。勝負は残り400m、ハロン棒が見えた時と聞いていた。最後の緩い下り坂から、クライマックスの最終直線へ。何人抜いたかなんて数えてない、けれど前にいるのは3人だけ。
 そして、「4」と書かれたハロン棒を視界に収めた瞬間……少しだけ、視界に涙が滲んだ。

 そうか、もう終わってしまうのかと。なんだかんだで私はステイヤーだ、体力自体はそれなりに残っている。だからこの感情は、感傷は、ただ私の情念が形を結んだだけのもの。生き物は苦痛を感じると脳内麻薬でハイになるっていうけれど……もしかしたら、それもあるのかもしれない。
 叶うなら。この楽しいひと時が、永遠に続いていて欲しい。誰とも決着が付く事なく、追って追われての展開を永遠に繰り返していたい。でも、それじゃきっとダメなんだと。
 前を征く3人の、それぞれの顔が目に入る。誰もが、自分の勝利だけを信じて、ただひたむきに前を駆けていく姿。それを見て、子供の我儘を続けたい気持ちは霧散した。そもそも、彼女達と一緒に走る機会を……走れるレースを捨ててきたのは、私の方なんだし。今ここで駄々を捏ねるのは、あまりにフェアじゃない。
 だから、私も征く。貴方達と共に走るために──貴方達に、勝つために!

〜〜

『飛び立とう! 誰も知らない大空へ!』
【La promesa de Toreador Lv.4】

『貴方と共に歩むため、この身を全て捧げましょう……!』
【秘めたるは恋、信心の結び目 Lv.4】

『出航の時、果てしなき未来へ向けて──』
【方舟に輝かしき未来載せて Lv.4】

『静め、鎮め……沈めッ──!』
【Sink into the Mirage Lv.4】

〜〜

【さあ最終直線! 最後はやはりこの4人の勝負!】

 3mの坂を踏み越えて、残り100m! 理想的な走りでここまで辿り着いた4人、残された地力は同等程度! ハナを駆けるのは……逃げウマ娘、ガーネットスクエア。先行ウマ娘、ミツバエリンジウム。差しウマ娘、ヘルツマタドール。そして追込ウマ娘、カラレスミラージュ!

 残り、10歩。一歩を踏み出すたび、先頭が変わる。
 残り、9歩。最後の意地を見せて、ミツバが前に。
 残り、8歩。後ろで脚を溜めていたヘルツが、先頭に。
 残り、7歩。その後ろから、ミラージュがハナを切る。
 残り、6歩。ピッチを上げたスクエアが、再び前へ。

 目まぐるしく変わる景色。4人のウマ娘が織り成す、一瞬の色彩。それは引き伸ばされ、人々の網膜に焼き付いて離れない。一歩、一歩、また一歩。ほんの少しでもコースが違っていれば、全員に勝利があり得た究極の一瞬。

【4人揃って、今ゴールイン! 5着以下に差を付けての大接戦となりました!】

 レースというものは、非常に単純なルールで出来ている。即ち、一番最初にゴール板を通過したウマ娘の勝ち。その後にどれほど順番が入れ替わろうと、勝者敗者は決して変わらない。
 ……そして。最後の一瞬。この有馬記念を制した少女の名は、果たして──

【──ガーネットスクエア! 7番ガーネットスクエアです! 1着でゴールしたのはガーネットスクエア!】
【天皇賞(秋)に続く今年のGⅠ2勝目! そして! 有馬記念連覇達成ですッ!】



 そっか、負けちゃったか。掲示板に3つ並ぶ「ハナ」の字を見ながら、一人嘆息する。
 4着ヘルツ、3着ミツバ。2着に私と来ての、1着がスクエア。やはりジンクスは強かったか、なんて言い訳を心中に浮かべつつ。観客席に手を振る彼女を眺めた。走り切って汗だくになった勝負服は、勝者の努力の証に他ならず。装飾の宝石がレース前より輝いて見えたのは、きっとそういう理由。
 それにしても……1番人気まで背負って負けてしまったのに、気持ちはすごくスッキリしていた。もちろん勝ち切れなかったのは悔しいし、本音を言うなら今すぐリベンジを叩き付けたいくらいなんだけど。それでも、勝利を収めた彼女に浮かぶのは祝福の感情で、嫉妬や憎悪みたいな黒い気持ちは不思議と浮かばなかった。
 ぱち、ぱち、ぱち。誰に指示されたわけでもないのに、両手は自然と拍手を打っていた。そんな私の動きが伝播して、ミツバもヘルツも、他の子達も拍手を始める。その様子を見ていた観客達も、歓声の中に破裂音を紛れ込ませて。中山レース場は、過去に類を見ないほどの大きな拍手に包まれていた──

「──お疲れさん」
「……ごめんなさい、負けた」
「そんな日もあるさ、責めたりする気は毛頭ないから安心しろ」
 控え室にて、トレーナーさんとの会話。彼も仏頂面というか真顔というか、決して笑顔では無かったけれど……声は、優しかった。きっと、悔しいのは彼も同じ。けどそれは、憎いとか恨めしいとかじゃなくて、単純に自分達の力不足だと。次に向けて頑張ればいいと、そう分かっているからこその態度。
「……安心したよ」
「何が?」
「負けてまた沈み込んだり、自棄になったりしないかってな。杞憂で何より」
 ……否定できなかった。ちょっと前の私だったら、それこそ最後の最後に届かなかったことを壁に頭ぶつける程度には悔いただろうし、その差で勝利を逃した自らの境遇を散々嘆いただろう。勝ってあれほど荒れた身だ。その辺りの信用の無さは自分が一番承知している。けれど。
「負けた私も、結局私。ちゃんと認めてあげないとね」
 そろそろ時間だと告げて、控え室を後にする。ウイニングライブ、勝者を祝福し観客に感謝を伝える場所。今日の主役は私じゃないけれど、それでも2着として果たすべき役目は果たさないと。
 ステージに上がり、マイクを持つ私。その舞台を見ながら発せられた、彼の独り言は。
「……負けても大丈夫と分かったって点じゃ、この負けにも意味はあったのかもな」
 当然ながら、私の耳には届かなかった。

『改めて、今日はお疲れ様! スクエアちゃんおめでとう!』
『見事な勝利だったわ。流石スクエアね』
『私も負けてはいられません、次こそ勝利目指して頑張ります』
 ジャパンカップの後くらいに作った、4人共有のLANEチャットルーム。有馬記念の覇者を讃えるメッセージが、三者三様の形で飛び交っていた。……最後の敬語? ヘルツちゃんだよ? 最初はびっくりしたけどもう慣れちゃったよ。元々個人でのやり取りはクラシック級の時からあったし。
『ありがとー。逃げも打ったし勝てて嬉しかったよ、これでGⅠ4勝かー』
『またしても単独首位、おめでとうございます』
『やっぱり世代トップはスクエアちゃんかー』
『欧州最強を倒したジャパンカップは、また違った価値があると思うわ?』
 ポコン、ポコンとメッセージが飛び交う音。画面上の文字列でしか繋がっていない状態なのに、仄かな暖かさを感じる。これもきっと、友達だから感じられる関係性なんだろうな。
 ……友達、か。思えば、終ぞ私の本性を伝えないまま、3年間を過ごせてしまったな。トレーナーには早いうちにバレていたけれど、スクエアもミツバもヘルツも、きっと普段の「私」が私だと思っているだろうし。それが……少しだけ、嫌かもしれない、なんて。
 最初に彼女達を騙したのも、それから3年間騙し続けたのも。悪いのは全部、私の方だ。だから私が糾弾されることは仕方ないことだと思っている。だから申し訳ないと思ったのは、そんなハリボテの私を「友達」と見てくれる彼女達の現状。赤の他人を騙すことに罪悪感はないけれど、身近な存在になってしまったからこその逡巡。
『ホープフルS、折角だし一緒に見に行かない? 後輩も出ると聞いているの』
『いい考えだと思います、やはり現地での観戦に勝る臨場感はありませんから』
 気付けば、話題はレース観戦の話に移っていた。もちろん私も同行しようと思って……思い付いた内容が、一つ。
『私も一緒に行きたい! 待ち合わせ何処にする?』
 これが贖罪か、破滅願望なのかはわからないけれど。いずれにせよ、もう年末。私達が今年走るレースはもう無いし、決着を付けるなら丁度いいタイミングなのかもしれない。これで私が「友達」を失うとしても、それはまさしく自業自得。それでも……彼女達には、真実を知って欲しいと思ったから。
『あ、それと観戦後にカラオケとか行きたいなーって。感想とかゆっくり話し合いたいし』
 私の身勝手な動機、最後の我儘。その一歩を踏み出そうと思えたのは、成長なのか、それとも逆行なのか。一つだけ確信を持てるのは、これが私の今年最後の決断になるということ。この判断が吉と出るか凶と出るか、それは──

『聞いて欲しい話も、あるから』

 ──きっと、その時まで分からない。

第19話:告解と断罪の日

+ ...
『『『『──君の愛バが!!!!』』』』
 12月の最終水曜日、中山レース場の最終レースを見届けて。私達4人は、近場のカラオケルームに潜り込んでいた。時間を一切気にしなくていいフリータイムの予約、ドリンクもサイドメニューもたっぷり買い込んだ女子会4人、順繰りにマイクを回しながら残り短いJCライフをエンジョイしていた。あと3ヶ月したら高等部所属になるからね、まあ大した違いはないけれど。
 ちなみに今日の本命レース、ホープフルSは無敗の3勝ウマ娘が勝ちを収めていた。それを見ていたヘルツちゃんが「ミラージュちゃんと一緒だね!」って言ってくれたんだけど……うん。「芙蓉ステークス」と言わないだけの空気読みスキルは、私もちゃんと持っていた。ミツバちゃんとスクエアちゃんは苦笑いしていたけど。

『Tell me why can’t you see, it’s not the way──』
 スクエアちゃんは流石の英語力で、流暢に洋楽を歌い上げる。時折こちらにウインクしてくれる姿は、彼女のライブ好きっぷりを遺憾無く発揮させていた。俗な言い方をしちゃえば、観客の喜ぶことがちゃんと分かってるんだよね。「好き」をフル活用できるのって、なんだかいいよね。

『いくつもの日々を超えて、辿り着いた今がある──』
 ミツバちゃんは英語少なめのJ-POP、両手にマイクを握り締めて情念たっぷりと。そういえば応援していた後輩が4着だったらしく、「そこまで頑張った姿が誇らしいって気持ち」と「でも本人は悔しいだろうって気持ち」が共存していた。こうして発散させられるなら何よりなんだけど。

『あれが欲しい、これが欲しいと歌っている──』
 ちょっと予想外だったのが、一応はアニメソングなんだけど……えっそのチョイスするの? ってヘルツちゃん。採点機能付けてないから別にいいんだけど、マイク持った手を下ろしてるあたりもしかしてMV再現してる……? まあ本人は心底楽しそうだしいっか!

『頼りなくても不器用な愛でも、誰かに届けたい──』
 そして私が歌っているのは、動画サイトで流行った合成音声ソングを何曲か。どこまでサブカル趣味を表に出していいか分からなかったので、J-POPに近い方面の曲をエレクトして。3人ともノリがいいので、初めての曲にもしっかり合いの手を返してくれた。けどスクエアちゃん、カラオケでペンラ振る必要はあるのかな……?
 そんな感じで順繰りに歌を回していたんだけれど。私が歌い始めても、他の3人がデンモクに手を伸ばさない。もしかして……と思ったけど、今は入れた曲を歌うことに専念する。やっぱり場のノリは崩したくないからね、うん。

「さて、そろそろ大丈夫かな」
「……うん、ごめんね」
 歌の鳴り止んだ部屋で、口火を切ったのはスクエアちゃん。思わず謝罪の言葉が零れ落ちる。
「大丈夫よ、ミラージュちゃん。それで……話を聞いてほしいってことだったけど」
「相談? でいいの? もちろん私達は聞く!」
 テーブルを挟んで、2人掛けになったソファが2つ。正面のミツバちゃんとヘルツちゃんが先を促すけれど……
「えっと。……っ、えっと……」
 ダメだ。喉が締め付けられる、トモの上に乗せた両手に力が入る。こうして時間を取ってくれて、場所まで合わせてくれて、せっかく話を聞いてくれるというのに。臆病な私はこの期に及んで逃げ出そうとしている。逃げ出したいと、思っている。入口から遠い席に座ったのは正解だった、そうじゃないと私は耐えられないって確信があったから。
 でも、本当に話していいの? 私は1人すっきりするかもしれないけれど、皆はきっと裏切られたって思うはず。それで切り捨てられるのも、見捨てられるのも、私は仕方ない。けど彼女達に無用な傷を負わせる必要がある? だったら、最後まで隠し通すのが、彼女達のため……?
 ぐるぐると、思考が渦を巻いて止まらない。きっと顔色も悪くなっていることだろう。前の2人が心配そうにこちらを見つめている。ごめんなさい。ここまで来て、それでも踏み出せないような愚か者で、本当にごめんなさ──
「──ミラージュ」
 気付けば、隣に座っていたスクエアの手が、私の手に乗っていた。少しだけ冷たい掌が、じんわりと私の手を冷やし、少しずつ力を奪っていく。ゆっくりと彼女の方を向けば、とても穏やかな微笑みが視界に入った。
「きっと、悩んでいるんだよね。話していいのか、それともって」
「……分かる、の?」
「なんとなく。やっぱり私達って思春期だし、色々あるよねー」
 そう言って、ぎゅっと私の手を握る。にぎにぎと揉み解すような動きは、私の心も解してくれるようだった。
「だからさ。話してミラージュが辛くなるなら、話さなくてもいい。けど話して楽になるなら、話して欲しいかな」
 私達のことは気にせず、と最後に付け足して、正面の2人へと視線を向ける。ミツバは静かに首肯を見せ、ヘルツはぶんぶんと何度も首を縦に振っている。……ああ、本当に私はいい友達に恵まれたな。
「……うん、話す。話させて欲しいな。……聞いてくれる?」
「うん!」「ええ」「当然だよー」
 その声を受けて、私も決意を固めた。ゆっくりと目を閉じて、何度か深呼吸。今の視界に映っているのは、一面の暗闇だけ。ここから目を開けて、彼女達の顔を見て。そこが、最後の分岐点。けれど……もう、躊躇わない。
 これは私の罪、私の罰。断罪されるとしても、処罰されるとしても、それは私が負うべき禊。だからどうか、私の最も醜い姿を……聞いてほしい。

「……自己紹介、させてもらう」
 そうして、口から溢れたのは。さっきまでの高めで可愛らしい声ではない、低く重苦しい声。トレーナー以外には意図して聴かせたことのなかった、私の本性。3人が今一度頷いたのを見て、言葉を続ける。
「私はカラレスミラージュ。中長距離が得意なステイヤー、追込気質のウマ娘」
 ここまでは、誰もが知る私のプロフィール。
「……他人の才能を僻み、他人の勝利を妬み、自分の才能の無さを恨んだ、ただの小心者」
 ここまでも、ただ器が狭いというだけで他の子にもあり得なくはない性格。
「ありのままの自分では受け入れられないと、貴方達の前で化けの皮を被っていた小娘」
 ここからが、私の愚かな姿。貴方達が知るカラレスミラージュという少女の、その真実。
「今まで仲良くしてくれた、明るく楽しげな私は……全部偽物。本当の私は、どうしようもなく根暗で鬱屈で、自分のことも他人のことも認められなかった愚か者」
 だから、最後に伝えるべき言葉は、ただ一つ。

「こんな私と、今まで仲良くしてくれて、ありがとう」
「そして……今まで騙してきて、ごめんなさい」

 深々と、頭を下げる。机に額を擦り付けられるほどに。それは本当に謝意の表れだったのか、それとも真実を告げられた彼女達の顔を見るのが怖かったからなのか。無限にも感じられる時間の中で、私はただ頭を下げ続けていた。
「顔、上げて?」
 最初に言葉を発したのは、スクエアだった。よほど怒っているのか、声には怒気も悲壮さも感じられない。それほどショックだったのか、そう思いながら顔を上げると……3人とも、何故か苦笑を浮かべていた。そして。
「……ごめん、ミラージュ。『知ってる』。そっか、それが悩みだったんだ……」
「…………え? し、知ってる……?」
 一番想像していなかった言葉。罵倒されることも、失望されることも予見出来ていたのに、あまりに予想の埒外の反応で思考が止まる。そのまま、呆けた表情で他の2人を見れば……同じく、2人とも肯定の意を見せた。……本当に? 今の私、3600m走り切った直後よりも頭の中が酸欠なんだけど……? その様を見てか、今度はスクエアが言葉を紡ぐ。
「正確に言うなら、この子はきっと自己肯定感が低いんだろうなって。レース前は緊張で無口になるって聞いていたけど、こっちがむしろ素なんだろうなと」
「当然、他人の才能を憎んだり恨んだり、それは気付いていなかったわ。けれど、きっと自分を繕って、前向きに過ごそうと振る舞っている……そこまでは察していたの」
「春天まで気付けなかったけど! あの時の様子、本当にヤバかったから!」
「……そっか」
 少しずつ冷静さを取り戻しながら、それでも混乱は解けない。どうやら彼女達が私の演技に気付いていたのは、事実だったらしい。言われてみれば、大レースであろうと小さいレースであろうと同じように緊張するのはおかしな話。それに春天のことを言われれば、返す言葉もなかった。
 けれど。じゃあ、ヘルツはともかく、スクエアとミツバは早々に気付いていたって話? それはおかしい、絶対におかしい。だって……
「前から気付いていたなら、なんで私と『友達』を続けていたの? いい子ぶった演技って、気付いていたんでしょう? そんな私と、どうして……?」
 私の素に気が付いて、普段が演技であると認識して。それでもなお私を受け入れていた過去が、理解できない。納得できない。そんなに貴方達は器が深いのか、そうとしか思えないのに……

「……いや、そもそもミラージュ普通にいい子でしょ?」
「…………はい?」

 スクエア、ちゃん? 貴方、一体何を言っているの?
「この子達のお見舞いに付き合ってくれた日のこと、私も忘れていないわ」
「ハロウィンパーティー、とっても楽しかった! 料理も教えてくれて、ずっと練習してる!」
 そんな彼女に続くミツバとヘルツ、言葉と共に思い出すのは過去の光景で。でもそんなこと、普通の子ならこなせるはず……
「というか根本的な話。『化けの皮被って近付いた』っていうけれど……つまりそれって、『私達が話し掛けやすいカラレスミラージュ』を続けてくれたって話だよね?」
「きっと、自然体で振る舞う方が楽なはずなのに。貴方は私達に合わせてくれた」
「敬語みたいなもの! 態度なんて相手で変わるし!」
 ……まさか、そんな解釈をされるとは思わなかった。私の今までの行動は、普通なら誰でも出来ることだって思っていたから。それを意図的に繕っている時点で、自分はどうしようもなく劣っていると考えてしまっていたけれど……
「きっと、昔に何かあったんだろうとは思うけどさ──」
 そして、彼女が。ううん、彼女達が伝えた言葉は。
「──私達は。今までのミラージュも、こうして秘密を教えてくれたミラージュも。どっちも大好きだよ、どうしようもなく」

「……いいの?」
「うん!」
 声が、震える。
「……こんな私で、いいの?」
「そんな貴方が、いいの」
 涙が、滲む。
「……嘘吐いてたのに、騙してたのに。それでも、いいの……?」
「いいよ。貴方の事情は分からないけれど……それでも、私達は受け入れるから」
 そうして、3人から抱き締められる。もう、心の堰を抑えるのは不可能だった。
 涙が溢れ、声が溢れ。室内に響き渡る、少女の泣き声。ここがカラオケルームでよかった、きっとこの声も外には漏れていないはずだから。恥も外聞もなく泣き喚く私を、それでも慈愛深く抱き締めて、撫でてくれる。透明な雫と、透明な言葉。
 そうして私達4人の密着は、大柄な少女が泣き止むまで続いたのでした……

「そうだミラージュ、ごめん1個だけキレていい?」
「え、急に何……!?」
 私の気持ちも落ち着いて、元の席に座り直した頃。私ににっこり笑顔を見せてから、唐突にスクエアがキレてきた。何事!?
「『今まで仲良くしてくれて、ありがとう』って何? 私達と絶縁するつもりだった?」
 いや割と真っ当な怒りだった。
「……いや、失望されるかなと……バレてるなんて、思わなかったから……」
 しどろもどろになりながらの返答。それを聞いて得心したらしく、彼女も表情を緩めてくれた。
「そっか、『嫌われたくない』からこその演技だったもんねー。つまり『嫌われてない』ってことは『バレてない』ってになるわけだから当然か」
「うん……」
 うんうんと頷きながら納得する少女。そして両手をポンと叩き、幼馴染の2人に向き直った。
「ねえミツバ、ヘルツー? 理由は仕方ないといえ、彼女は私達に隠し事をしてましたー。これはちょっとくらい、お詫びの品を強請ってもいいと思うよね?」
 唐突に始まった会話。もちろん騙していたのは私の方だから、どんな罰でも甘んじて受け入れるつもりだけど……それにしてはテンションおかしくない?
「ええ、当然よ……!」
「賛成ー!」
 そしてやっぱりテンションがおかしい2人、えっ何故そんなに楽しそうなの?
「というわけで満場一致、というわけでミラージュに一つおねだりさせてもらうけど、いい?」
「……もちろん。私に出来ることなら、なんでも受け入れる」
「よし言質取った。それじゃあ……」
 さて。許してもらえたとはいえ、まるまる2年間騙されてきた少女達は、私に何を要求するのか。ああは言ったけど、楽な方がいいなと。高級過ぎる品じゃなければいいなと思いながら、断罪の時を待って……

「「「私達と、来年も仲良く友達でいること!!!」」」

「……へ?」
 ……それで、いいの?
「やっぱりミラージュのことだから負い目感じてそうだし、でも私達も仲良くしていたいのは間違いないからねー」
「こういう形にすれば、ミラージュちゃんは断り切れないでしょう?」
「完璧な計画!」
 ……そっか、そこまで言ってくれるくらい、私と友達でいたいって思ってくれるんだね。だったら、私の答えも当然決まっている。

「……こちらこそ。どうぞよろしくお願いします……スクエア、ミツバ、ヘルツ」

 こうして、今度こそ。私達のシニア級1年目は幕を閉じた。色々なことがあって、身体にも心にも傷を負った娘が多かった1年間だったけれど……最後はなんとか、大団円。最後の最後まで悩んでしまったけれど、一歩を踏み出したおかげで辿り着けたゴール。
 ……なんだか、最後まで諦めなければ勝てるのって、レースみたいだなと思いながら。

「そうだ、最後に1曲だけ歌っていっていい?」
「ああ、ミラージュだけだもんね、センターで歌えなかったの」
「だったら、私達がサポートしてあげないと」
「熱唱! 合唱! 最高潮!」

 そう言って、照明を落とし4人でマイクを持つ。鳴り響くギターの音に目を伏せながら、立ち上る火柱を幻視して。
 ……それは、クラシック三冠を勝ったウマ娘だけに与えられる舞台。どんなウマ娘でも、そのチャンスを得られるのは三度だけ。けれど、その歌詞は生涯に渡り私達の指針となり続ける。
 何度か挟まる無音地帯を超えて、いよいよボーカルフェイズ。センターとして私が最初に歌い出した、その歌は──

 ──光の速さで駆け抜ける衝動は、
 ──何を犠牲にしても叶えたい強さの覚悟!


第20話:とびっきりのさよならを

+ ...
 その後の顛末を、簡単に語ろう。

 まず私は、まあ無茶なローテーションが祟ってドクターストップを喰らった。最低でも2ヶ月、せめて3ヶ月は出走禁止だと。以前に骨折の面倒を見てもらったお医者様の言葉は、まあ私にも突き刺さったんだけど……それ以上に、知己の仲であるトレーナーさんはこっぴどく怒られていた。まあ仕方ない、春のGⅠ戦線には間に合うということでリハビリに励んでいた。
 そして迎えた大阪杯、天皇賞(春)、そして宝塚記念。だったんだけど……12時を過ぎたシンデレラのように、私達に掛けられていた魔法は既に解けていたらしく。
 大阪杯は一つ上の先輩が意地を見せて1着をもぎ取って行ったし、宝塚記念は今年の皐月賞ウマ娘とダービーウマ娘がワンツーを奪い合うとかいう超早熟な展開に。もちろん私達も努力はしたけど、ミツバとヘルツ共々に掲示板外を連発。私達の時代はまあ終わったと、結果が明確に示していた。何より私達の世代最強だったスクエアさえ、連対記録がとうとう打ち切られ……待ってなんで3レースとも3着に入ってるの? 一回たりともウイニングライブのマイクを手放さなかったのは控えめに言ってヤバくない?
 ……とまあ、そんな流れで私達2年前のクラシック組による挑戦は終了し、4人とも宝塚記念を最後に引退。なんというか、取り立てて語るべき内容も──

【カラレスミラージュ、今1着でゴールイン!】
【やはり長距離は彼女の独壇場か! 天皇賞(春)、2連覇達成です!】

 ──無くはなかったけれど、今回は省略する。

 そして月日は流れ、それぞれのトレーナーも新たな担当を持つことに。特に彼女達のトレーナーは、元々が知り合いだったことに加え、幼馴染だったスクエア/ミツバ/ヘルツ3人の勇姿を見届け終えたということで、これまで以上に密接な関係を形成。スクエアのトレーナーを仮のチーフとして、小さいながらも指導者複数人体制によるチームを構築していた。
 一方、私のトレーナーは個人主義の極致みたいな人だったので。私の引退後に迎えた担当も1人だけ。時々並走に付き合ったり、効率的なトレーニングの面倒を見てあげたりしていた。多分磨けば光る子だと思う、脚質が思いっ切り逃げ特化なのでそこのアシストはどうにもならなかったけど。

 ……そして、迫る卒業の日。四者四様、それぞれが新たな進路のために邁進し、門出の時を迎えようとしていた。
 スクエアはトレーナー免許取得のため、かつての指導者達と同じ道を歩むことに。自分がダービーを取る夢は叶えられたから、今度は同じ夢を持つ子供達を応援してあげたいと。
 ミツバはひとまず大学に行って、知見を深めたいという話だった。最愛のトレーナー様に相応しい淑女たらんと、今は勉強にスポーツにと様々な方面に手を伸ばしてみるらしい。
 それで意外だったのがヘルツ、卒業と同時に結婚するというまさかの爆弾発言。スクエアは腰を抜かしていたしミツバは狂乱していた。大好きなトレーナーを隣で支えたいという真っ当な願いは、しかしそれはそれとして行動力がぶっ飛び過ぎじゃないだろうか。
 ……そして、残った私はというと。

「本当に行くんだな」
「ええ、決めたから」
 日本を発ち、イギリスの大学に入ることを決意した。臨床心理分野については、日本よりも向こうの方が最先端。私の目標に最も合致した学舎が、そこになると確信したから。
 ……断じて、某王室の娘から熱烈なアピールを受けたからではない。まあ知人が3人もいる学校というのは、それだけで安心できるから有難い話だけど。
「強い娘でも、弱い娘でも。私達は、何らかの理由で病んでいる。苦しむこともあるし、追い詰められる日だってある」
「トゥインクルシリーズは一見華々しい舞台だが、その実とんでもない競争社会だからな」
「ええ、だからこそ……私は彼女達を支えてあげたい。私も、不器用に苦しんでしまった側だから」
 他人を信じること、自分を信じること。私は答えに辿り着けたけれど、他の皆が同じゴールに辿り着けるわけじゃない。10人いれば10人の悩みや苦しみがあり、それを自分だけで乗り越えるのは相当な困難だ。私だって、周りの皆が助けてくれたから……誰か一人でも欠けていれば、今の私にはなれなかったと思うし。だからこそ。
「私は『もう一人』になりたい、彼女達の人生を支える、一つのピースに」
 家族のように血のつながった関係でもなければ、友達のように思い出を共有する関係でもない。担当トレーナーのように、二人三脚で歩んでいく関係でもない。
 ただ、彼ら彼女らではどうにもならなくなった時に、助けを求められる「もう一人」でありたい。言うなればセーフティネット、最後の一線。どう頑張っても溢れ落ちてしまうことのある少女達が、最後に身を寄せられる相手。それが、私の目標。
 ……そのためには、GⅠ4勝という肩書きが邪魔になってしまうのが、皮肉というほかない話だが。それでも、私がこの目標を持つに至ったのは、今までの勝利と敗北の積み重ねもあってこそなので。それを隠すことに、一抹の切なさと誇らしさが共存していた。
「……本当に、俺はいい担当を持ったよ」
「そう言ってもらえると、すごく嬉しい」
 あの日、貴方と出会わなければ。あの日の貴方の言葉が無ければ。あの日、貴方が私を見捨てていれば……私のトレセン学園の日々は、紛れもなく貴方がいたからこそ成り立っていた。
 ████トレーナー。感謝してもしきれないな、なんて。
「向こうに行っても元気で過ごしてくれよ」
「ええ。貴方も、今の担当とか次の担当をしっかり見てあげてね」
 そうして、私は背を向ける。過ごしてきた学園に、お世話になった人々に、別れを告げるように。一歩また一歩と、靴底の音が最後を惜しむ。やや早い季節外れの桜が、風に吹かれ舞っているのが見えた。そして、最後に校門を通り抜け──

 ──カラレスミラージュと言う名のウマ娘は、この世から姿を消した。










































+ ...
 日本ウマ娘トレーニングセンター学園。URAが運営するウマ娘の教育機関であり、トゥインクルシリーズに挑むウマ娘達が多く集まる戦場。そして、私が、これから通う場所。
 歩き慣れた敷地を進み、校舎の中へと入る。ひとまず理事長に挨拶をするべきか。そう思いながら廊下を歩く私に……一人の男が声を掛けてきた。
「おはようございます、初めましてでしょうか?」
「初めまして」
 互いにペコリと一礼。見れば、目の前の男は人好きのする髪型に眼鏡を掛け、何故ゆえかスーツの上に白衣を羽織っていた。まあ私も持ってきているから人のことは言えないが。
「ああ申し遅れました、私はトレーナーの████と申します」
 ……初めて聞く『聞き慣れた名前』に、軽く会釈を返す。よく見れば40代も手前か、顔に幾らかのほうれい線が浮かんでいる。かなり経験を積んできたトレーナーなのだろう。というか、相手に名乗らせておいて私が名乗らないのも中々失礼だな。
「ご丁寧にありがとうございます。私の名前はカラ──」
 そこで、私の容姿を思い出す。腰まで伸ばした黒い髪、その頭頂部には何かを覆うようにウィッグを重ねていて。もう一つのトレードマークも服の中に仕舞い、私が「██娘」である事実を隠匿していた。
 私がこの学園に来たのは、困っている少女達を助けるため。そのために心機一転した容姿と性格。であるならば、私が名乗るべきはかつての氏名ではなく──



「──唐隅 彩(からすみ-あや)。本日より、こちらトレセン学園の養護教諭として着任いたしました」



 ……斯くして、ある少女の物語は幕を下ろす。ここから先は、新たな世代の少女達が紡いでいく、未だ誰も知らない物語。
 その中で「彼女」がどんな役割を果たしていくのかは……きっと、また別のお話。

最終話【無彩の少女、虚飾の果て】 〜完〜

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