登場人物
世にも珍しい月毛の競争ウマ娘。
アイスドールと称されるほど無口で無愛想。しかし、本人にその自覚はない。
アイスドールと称されるほど無口で無愛想。しかし、本人にその自覚はない。
ミナモホシカゲ
ミフネの幼馴染にして同期。青毛のウマ娘。
悪ぶっているが、根っからのお人好し。苦労人気質。
ミフネの幼馴染にして同期。青毛のウマ娘。
悪ぶっているが、根っからのお人好し。苦労人気質。
SS
第一の月 ︎︎朔
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選択①
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憧れてしまった。
日本中を熱狂させた伝説が、終わった日。カサマツからやってきた怪物の、ラストラン。
どれくらい、いたんだろう。怪物が勝つって本気で思っていた人。きっと、ほとんどいなかったんじゃないかなって、私は思う。勝って欲しいとは思っていても、心の片隅では誰も彼もが諦めていたはず。怪物はもう終わったんだって。絶対、みんな思ってた。
それでも、怪物は勝った。
怪物を応援していた人も、応援してなかった人も。誰も彼もが声を枯らしてまで、怪物の名前を叫んだ。親子も、友達も、家族も、赤の他人だって関係ない。信じられなくて、嬉しくて、嬉しくて、思いっきり抱き合った。
御伽噺もいいところ。奇跡みたいな、現実の光景。三女神様だって、こんな奇跡起こせっこない。きっとそうだ。少なくとも私はそう、信じている。だから、私は──
──怪物に憧れたんだ。
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「ごめんなさい」
旋毛が見えるほど深々と頭を下げるのは、私のトレーナー〝だった〟 人。この人を悲しませて、下げなくてもいい頭を下げさせている事実が、私にとっては何よりも耐え難いことだった。
「残念だけど……ミフネ、貴女はもうチームに置いておけない」
あなたが心を痛めて口にしなくても、私はもう、そのことを知っていた。トレーナーは正しい。悪くない。だからどうか、その頭を上げてほしい。チームメイトと足並みを揃えられる最低限度の実力が、私にはなかった。 そして、そんな落ちこぼれの私にリソースを注げるほど、このチームの人数は少なくない。だから、仕方ない。ただ、それだけ。私がいることが、チームのメリットにならないなんて、誰でもわかる理屈。トレーナー。あなたは正しい。頭を下げる必要なんてないよ。だから。だから。
「うん。わかった。いいよ」
わかったから、構わないから、どうか、どうか。頭を上げて欲しい。そんなふうに、私なんかに頭を下げないで。
「……!」
トレーナーは下げていた、下げなくてもよかった頭をゆっくりと上げる。そう、あなたはそうやって、堂々と立っているべき人。しゃんとした背筋が、私は今も大好きだ。
「貴女は……」
あれ? ︎︎おかしい。おかしいな。変だ。
トレーナーはちっとも笑っていない。安心もしていない。肩の荷がおりたはずだから、ほっと、しているべきなのに。むしろ、怒っているような気さえしてしまう。黙って、じっと、じっと、私を見つめている。どうして、そんなに私を見つめてくるの? ︎︎
「……あの子たちの言う通りね。もっと早く気がつくべきだった」
呆れるように、自らを嘲るように。トレーナーは言葉を漏らした。
「悔しがらない、悲しまない。競走心もない。チームにも馴染まず突き放して、練習はいつも澄まし顔で手を抜いてばかり。綺麗なばかりで心ない〝月毛のアイスドール〟どうして貴女は中央にいるの?」
失望されたのだと、私は気づいた。そして、それが、最後だった。
トレーナーはルームを去った。私はチームを抜けた。
残ったものは、刺すような胸の痛みだけ。
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「で、チームを辞めさせられた、と?」
「うん」
カフェテリアの隅。中心の和気藹々としたムードからは少し離れていて、なんとなく落ち着いた空気感がある、そんな席。目の前の彼女は、そういった場所を好んでいる。
ミナモホシカゲ。私の幼馴染。
風に波打ちしぶく水面のような、静かで、繊細で、でも、どこまでも自由に伸びた青毛は、ホシカゲの性格そのもの。少し悪ぶっているけれど、本当は根っからのお人好し。誰よりもまっすぐに相手を思って言葉を尽くす、優しくて、正直な子。私には勿体ない、大切な友人だ。
「お前さぁ……ホント……、この、はぁ……いい加減にしろよマジで……」
満天の星空が宿ったかのような。
どこまでも続く水平線がそこにあるかのような。 ホシカゲの澄んだ瞳を見ていると、私たちの故郷を思い出す。だから、私は彼女の瞳を見つめることが好きだった。けれど、今はその瞳は窺えない。なぜなら、ホシカゲは目元を覆ってしまったから。
「今回がラストチャンスだってあれほど……ああっ、クソっ……」
ラストチャンス。そう、あのチームがラストチャンスだった。
私は芦毛の怪物に憧れている。
誰だって憧れるかもしれない。いや、憧れるに決まってる。あんなふうになりたいって、きっと、誰だって思う。それくらい、怪物は最高だ。 そして、そんな最高の怪物に近づくには、クラシックディスタンスを走り抜ける力があることが大前提。大前提、なんだけど……私には、憧れを叶える為の才能がなかった。トレセンに入学できたのは、ダートで結果を出したから。私の適性はダート、短距離。距離は少し融通が効くけど、伸ばせてもマイルがせいぜい。クラシックディスタンスを走り抜くことは、できない。だって……向いてない。わかってる、それくらい。 それでも、それでも。諦めたくない。憧れを、憧れのまま終わらせたくない。だから、今、精一杯頑張っている。つもりだったんだけど……実力は伸びなかった。伸びなかったから、抜けざるを得なくなった。
ラストチャンス、終わった……終わってしまった。
チームを辞めさせられたのは、これで5回目。常識的に考えて、もう、次はない。でも、諦めたくない。そんな私の思いも、夢も、憧れも、現状も、全部ホシカゲは知っている。知っていて、知っているだけじゃなくて、こんなにも頭を悩ませてくれている。本当に、素敵な友達だと、私は思った。
「……その、なんだ。お前はとにかく見栄えするが、そのくせ、こう、その辺ド下手だからな……愛想振りまけっつったって無理だろうし……まぁ……仕方ないわな……お前不器用だもん……」
「……?」
顔を覆っていた手を退けて、改めて私を見つめるホシカゲの言葉に、私は思わず首を傾げた。
ちょっと待って欲しい。ホシカゲは……勘違いをしている。私の1番の理解者で、とても頭のいいホシカゲでも。時々、私を勘違いする。
「ホシカゲ……私は……結構、愛想いいし……それなりには器用……なんだけど……?」
「………………」
「………………」
「………………まぁ、そうだな」
「うん」
「………………」
「………………」
ホシカゲは、ため息を吐いた。ゆっくり、ゆっくり、深く、深く。奇妙に緩んだ空気を、引き締めるように。
ホシカゲは目を瞑った。強く、強く、固く、固く。苦悩するように。覚悟するように。 これから告げることは、それほどの重みがあるのだろう。私は、その言葉を受け止めなくてはならない。
「……ラストチャンスもふいにしていよいよ追い詰められたお前に、アタシが提案してやれる選択はふたつ。ひとつ、クラシックディスタンスを諦めてダート路線で走れ。そうすりゃまぁ……中央には残れるとは思うぜ。で、ふたつめ──」
──次の選抜レース出ろ。そして、勝て。
──勝てりゃあ、お前は何にも捨てなくて済む。だがな……勝てなかったら……お前はもう、中央に居られない。
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