19◇◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ぬぅ……っ」
悔しげな声とともに、スミスは拳を握りしめた。
ペナルティによって強制退去されたスミスは、月海原学園の校門前へと転送させられていた。
スミスは当然学園内へと再び入ろうとしたが、NPCの不死属性と似たシステムによって阻まれてしまったのだ。
つまりペナルティが解除されない限り、スミスは学園内にいるプレイヤーやNPCに手出しができないということだ。
……だが、NPCがいるのはこの場所だけではない。
受けたペナルティからすると、他の施設も同様に利用できないだろうが、施設の外にいるNPCもどこかには居るだろう。
仮にいなかった場合でも、プレイヤーをターゲットにすればいいだけのこと。むしろ効率の面から言えば、そちらの方が良いだろう。
だがなんにせよ、今考えるべきことはそれではない。
スミスはそう判断し、もう一人の自分へと向き直った。
「“あのプログラム”はどうだった? 使用したのだろう?」
「ああ、素晴らしい“力”だ。
まだ制御するには至っていないが、『碑文』と合わせれば、より大きな“力”となるだろう」
「そうか。それは朗報だな。オーヴァンの言っていたことは本当だったというわけか」
AIDAに碑文を与えれば、その力を増幅させることが可能だと、オーヴァンは言った。
その言葉通り、碑文を得た自分達のAIDAは、同じ存在であるはずの少女のAIDAを圧倒した。
マク・アヌであった少年とよく似た、屍人形(ゾンビ)のような少年にこそ敗北したが、その力は十分に証明されただろう。
ならばAIDAを完全に使いこなすことができれば、より強大な力を得られるはずだ。
「だが問題が一つ。アトリの碑文を奪われた。
おそらく、あの少年の改竄能力によるものだろう」
「データドレイン……だったか。厄介だな」
やはりというべきか、屍人形の彼もまた、あの少年と同じ力を持っていた。
データドレインというらしいその力は、自分達の情報(ソース)を改竄し弱体化させる。
あの力への対抗策を得ぬ限り、最終目的である榊の殺害は困難だろう。
だがその対抗策となり得たであろう碑文も、データドレインによって奪われてしまった。
このままではデータドレインへの対策など夢のまた夢だ。
「ここで奴らが出てくるのを待つか」
「ペナルティが解除されるのを待つか」
「あるいは、他の似た力を持つ人間を探すか」
いずれにせよ、データドレインには早急に対処しなければならない。
そのためにも、
「やあ。ここにいたのか」
オーヴァンから、より詳しい話を聞き出す必要があるだろう。
「その様子からすると、学園内に入ることが出来ないようだね」
校門で立ち往生しているスミスを見て、オーヴァンはそう口にする。
対するオーヴァン自身は、その様子からしてペナルティを受けていないのだろう。
元よりペナルティを受ける気はないと言っていた男だ。そうおかしなことではない。
「ああ、その通りだ。まさかNPCに、ここまでの強制権があるとは思わなかった。
ペナルティを与えるという名目があってのものだろうが、油断していたようだ」
「油断、ね。
……油断といえば、君達ともあろうものが、随分と手酷くやられたな」
「確かにな。未知のプログラムの脅威は理解していたつもりだったが、まさかただの一人で“私達”を圧倒する存在がいたとはな。
彼さえいなければ、学園はすでに“私達”によって制圧できていただろうに」
あの白騎士の力は、データドレインのようなシステム外のものではない。
つまり今の“自分達”が彼に勝つには、ただ数で圧倒するしかないのだ。
だが上書き能力に制限の掛けられたこの世界では、そこまでの数を用意するのは容易ではない。
戦闘時の様子からして、おそらく赤い制服の少年が彼の弱点なのだろうが、防戦に徹せられてはそこを突くことも困難だ。
現状で有効と思われる手段は、AIDAを顕現することで一方を異空間に引き込み、分断することくらいだろう。
だがそそのためには、AIDAを自在に顕現できるようにならなければならない。
「オーヴァン君。君はAIDAを使いこなしているようだが、どうすればAIDAをコントロールできる」
「AIDAの使い方、ね。それを教えるのは構わないが、“彼”はそのままでいいのかい?」
そう言ってオーヴァンが示したのは、満身創痍といった様相のスミスだ。
「む、それもそうだな。このままでいるよりは、見た目だけでも直しておくべきだろう」
スミスがそう答えると同時に、もう一人のスミスがそのスミスに右手を突き刺す。
上書きで外見を修復したところで残りHPは変わらないが、わざわざ他者にHPが減っていることを教える理由もない。
「それで、AIDAをコントロールする方法だったが、その前に一つ、勘違いを訂正しておこう」
「勘違い?」
「そうだ。君は俺がAIDAを使いこなしていると言ったが、それは違う。
俺たちは互いを理解しているのさ。俺とAIDAは危険な友人。そして―――」
そうしてオーヴァンが説明を始めた、その時だった。
「ぐ……ヌ、ガアアア亜阿吾A――――ッッッ!!!???」
唐突に、“私達”の一人が、叫び声を上げた。
その“私”は、他の“私”によって上書きによる外観の修復を受けていた個体だ。
「何事だ!?」
「AIDAとは、Aritificially Intelligent Data Anomalyの略称だ。
果たして君達は、真にAIDAを理解していたのかな?」
「何? オーヴァン君、君はいったい何を……っ!」
スミスは唐突な事態の変化にも平然としているオーヴァンへと問い返し、すぐにその言葉の意味を理解する。
Aritificially Intelligent Data Anomaly。直訳すれば、「不自然の異常な知的データ」。
知的データ。つまりAIDAはただのプログラムなどではなく――――
「ぐっ!?」
唐突に背後から両腕を掴まれ、拘束されて地面へと押し付けられる。
どうにか顔を動かし、背後を確認すれば、
「――――――――」
「――――――――」
そこには、全身から黒泡を発生させた、二人の“自分”。
彼らは何かに抵抗するかのように全身を痙攣させているが、拘束が緩む様子はない。
「まさか、電脳……生命体……っ!」
「そう。それがAIDAの真実だ」
AIDAとは、けっしてただのプログラムではない。明確な意思を持つ、一種のAIと呼べる存在なのだ。
そして今、ボルドーを介しスミスへと感染していたAIDA <Glunwald>は、スミスへと反逆の狼煙を上げた。
一時的にでも碑文を獲得し、その力を増幅させたことによって、スミスの根幹ともいえるプログラムにまで浸食を果たしたのだ。
そしてそれにより、スミスのアバターの支配権を<Glunwald>が上回り、更にその状態でもう一人のスミスを上書したことによって、そのスミスもまた、同様の状態でAIDAに感染することとなったのだ。
そしてそれこそが、『救世主の力の欠片』によって変異した<Glunwald>の能力だった。
単一のAIDAでありながら複数のPCに同時感染し、その感染率が相手の精神力を上回った時、そのPCのコントロール権を奪う能力。
それにより<Glunwald>は、二人のスミスを操り、残る一人のスミスを拘束したのだ。
「貴様、裏切ったのか!」
「裏切る? それは違う。俺が君に同行したのは、初めから君の弱点を探るためだ。
そしてその結果、君の弱点がデータドレインであることを知ることができた。
だからこそ、俺はあの戦いの勝者を彼らだとした。結果的にではあるが、こうして君を排除できるのだからね」
「っっ…………!」
六人にまで増えたスミスは三人にまで減じ、うち二人はAIDAに支配されている。
そして残る一人を消してしまえば、なるほど、エージェント・スミスという脅威は消え去ることになるだろう。
「おのれ、オーヴァンッッ!!!」
怒りと、そして窮地から脱出するために、スミスは拘束を振りほどこうとする。
だが二人のスミスによってなされた拘束が、たった一人の力でほどけるはずもなく。
そうして、オーヴァンは砲口を向けるように拘束具の先端をスミスへと突きつけ、
「来たれ、『再誕』――――コルベニク」
その終焉を告げるように、ハ長調ラ音が響き渡った。
§
そうして、エージェント・スミスは消滅した。
あとに残ったのはオーヴァンと、そして二人のプレイヤーだけだ。
だが、その二人のプレイヤーの姿は、先ほどまでとは異なっていた。
「なるほど。これが奴の能力の欠点、というわけか」
そう呟くオーヴァンの視線の先には、上書きによりスミスの一人となっていたはずの、ワイズマンとボルドーの姿があった。
スミスが消滅すると同時に、この二人もスミスの姿から元に戻ったのだ。
おそらくオリジナルのスミスのデータが消去されると、他のスミスのデータも一緒に消えてしまうのだろう。
そしてその結果として、スミスへと上書きされていた二人は元の状態に戻ったのだ。
今更な情報ではあるが、<Glunwald>から支配権を奪い返され、反旗を翻される心配がないというのは大きい。
それに、全てが戻ったというわけではない。
<Glunwald>は『救世主の力の欠片』を取り込み変異したままだし、大本の感染源であったボルドーもそのまま支配されている。
スミスの時に上書き感染させられたワイズマンも、その様子からして感染したままだろう。
戦闘能力の低下こそ免れないが、AIDA-PCだというだけで通常のプレイヤーには十分な脅威となるはずだ。
問題は、今でこそ生みの親とも言える自分に従っているが、いずれ<Glunwald>自身が反旗を翻すかも知れないという事と、
「彼らが一度、死者として通達されている、という事か」
エージェント・スミスは消え、彼らは元に戻った。
それはつまり、脱落したプレイヤーが復帰したことを意味している。
それを榊たちGM側が知った時、果たしてどんな処置を行うのか。
最悪の場合、次の放送までにGMの手によって強制排除されることもあり得るだろう。
一つ確かなことは、こうしてスミスにされたプレイヤーが元に戻る事態を、GM側は想定していなかったという事。
それが意味することは、GM側はプレイヤーの能力を完全に理解しているわけではない、という事。
つまり状況次第では、GMの想定を上回ることも可能だという事だ。
「さし当たっては、認知外空間(アウタースペース)にでも向かうか」
知識の蛇でも監視できぬあの場所なら、二人の存在を誤魔化すこともできるかも知れない。
二人の処遇に関しては、今度GM側が接触してきた時にでも、どちらか一方を差し出して聞いてみればいい。
「それにしても、随分と面白いことになったものだ」
とりあえずの方針を決めたオーヴァンは、ふと学園へと振り返り、そう呟いた。
その学園には現在、自身が種を撒いた少女がいる。
その少女に感染したAIDAは、自身の想定とはまたく異なる成長を遂げていた。
「まさか、追跡者とAIDAが行動を共にするとはね。
一体どんな要因があればそんなことになるのやら」
追跡者――蒼炎のカイトは、AIDAを駆除するために女神アウラが生み出したAIだ。
となればその関係は、当然敵対関係となるはずである。
だというのにあのAIDAは、ともすれば追跡者に助けられたようにさえ見られた。
「他のAIDAと同様、ただの『寄生』に終わるのか。それともプレイヤーとの『共生』へと関係性を変化させるのか。
少しだけ、その成長を楽しみにさせてもらうよ」
プレイヤーだけでなく、自らの天敵とも手を組むAIDA。
そこに一体どんな理由があるのか。その成長が、AIDAにどんな変化をもたらすのか。
それにわずかな関心を寄せて、オーヴァンは月海原学園を去っていった。
【エージェント・スミス@マトリックスシリーズ Delete】
【コピー・スミス(ワイズマン)@マトリックスシリーズ 上書き解除】
【コピー・スミス(ボルドー)@マトリックスシリーズ 上書き解除】
【A-3→?-?/日本エリア→認知外迷宮/一日目・午後】
【オーヴァン@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP100%、SP100%、PP100%
[装備]:銃剣・白浪@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式、{静カナル緑ノ園、DG-Y(8/8発)、逃煙球×1}@.hack//G.U.、{邪眼剣、スパークブレイド、妖精のオーブ×2、ウイルスコア(T)}@.hack//、{マグナム2[B]、バリアブルソード[B]、ムラマサブレード[M] 、サイトバッチ}@ロックマンエグゼ3、{インビンシブル(大破)、サフラン・アーマー}@アクセル・ワールド、破邪刀@Fate/EXTRA、不明支給品1~12、レアアイテム(詳細不明)、付近をマッピングしたメモ
[ポイント]:300ポイント/1kill(+2)
[思考]
基本:ひとまずはGMの意向に従いゲームを加速させる。並行して空間についての情報を集める。
0:認知外迷宮へと向かい、GM側からワイズマンとボルドーの存在を隠す。
1:利用できるものは全て利用する。
2:トワイスと<Glunwald>の反旗を警戒。
3:リコリスの調査はGM側からの信用を得てから。
4:ゲームを進めるが、必要以上にリスクを背負うつもりはない。
5:サチに感染させたAIDAの成長・変化に若干の興味。
[備考]
※Vol.3にて、ハセヲとの決戦(2回目)直前からの参戦です
※サチからSAOに関する情報を得ました
※榊の背後に、自分と同等かそれ以上の力を持つ黒幕がいると考えています。
※ただしAIDAが関わっている場合は、裏に居るのは人間ではなくAIDAそのものだと考えています
※ウイルスの存在そのものを疑っています
【ボルドー@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP??%、SP??%、ダメージ(中)、AIDA感染(悪性変異)、PP10%-PROTECT BREAK!
[装備]:なし
[アイテム]:なし
[ポイント]:???ポイント/?kill
[思考]
基本:<Glunwald>に支配されているため不明。
[AIDA] <Grunwald>
[思考]
基本:オーヴァン(<Tri-Edge>)に従う。
[備考]
※スミスの持つ『救世主の力の欠片』と接触し、AIDA<Oswald>がAIDA<Grunwald>へと変異しました。
また『救世主の力の欠片』を取り込んだことで、複数のPCに同時感染し、その感染率が相手の精神力を上回った時、そのPCのコントロール権を奪う能力を獲得しました。
※<Grunwald>の能力により意識を封じられています。
【ワイズマン@.hack//】
[ステータス]:HP??% 、SP??%、ダメージ(特大)、AIDA感染(<Grunwald>)
[装備]:なし
[アイテム]:なし
[ポイント]:???ポイント/?kill
[思考]
基本:<Glunwald>に支配されているため不明。
[備考]
※<Grunwald>の能力により同時感染しており、またその意識も封じられています。
20◇◇
話し合いは、ジローを保健室のベッドで寝かせた後、そのまま保健室で開始された。
その頃にはサチ/ヘレンも目を覚ましており、自分達と同様椅子に座っていた。
というか実際のところ、戦いが終わった時にはすでに意識があったらしい。
ヘレンが表に出てこなかったのは、なんでもオーヴァンに宿るAIDAが怖かったからだとか。
カイトの話からしても、彼やそのAIDAは相当な危険人物らしい。……ただ、悪人という訳でもないらしいが。
「それでは、対主催生徒会緊急会議を行いたいと思います」
どこか重苦しさの残る空気を振り払うように、レオがそう口火を切る。
その会議の内容は……確認するまでもない。
「まず、今回のエージェント・スミスの襲撃における戦闘結果(リザルト)ですが―――敗北と言っていいでしょう。
モラトリアムの
ルールがなければ、対主催生徒会は壊滅していたでしょうからね」
生徒会側の敗因は主に三つ。
一、エージェント・スミスの能力を甘く見たこと。
二、生徒会メンバーが分断されてしまったこと。
三、協力者の存在を予期できなかったこと。
このうち、特に二つ目の要因が致命的だった。
おそらくユイのような、周囲のプレイヤーの位置情報を探知する術があったのだろう。
でなければ、あそこまで的確な襲撃は行えなかったはずだ。
その結果として自分達は分断されてしまい、数を最大の武器とするスミスに翻弄されてしまったのだ。
「僕の采配ミスですね。聞き及んでいたスミスの能力を考えれば、急襲に対する警戒をもっとしておくべきでした」
「いいえ。私がもっと早くスミスの反応に気付けていたら、奇襲にも対処できたはずです。だから―――」
悪いのは自分だ、とレオとユイは言い合う。
急襲に対処出来ていたら。反応を感知出来ていたら。
そのどちらもが正しく、けれどこれは、それぞれが最善を尽くした結果だった。
果たして
岸波白野には、この戦いで一体何ができただろう。
「なんにせよ、終わったことを悔やんでも仕方がありません。今考えるべきは、これからの事です。
そこで桜に一つ訊きたいのですが、プレイヤーに対し公平であるべき貴方が、あの時白野さんを助けたのは何故ですか?
いくらスミスに対しペナルティが発生していたとはいえ、あれは公平さを欠く行為だと思うのですが」
間桐桜が岸波白野を助けた理由。
確かにそれは気になることだ。あの時桜が助けてくれなければ、自分はスミスの一人になっていたのだから。
「なぜも何も、私は私の役割を果たしただけです。
私の役割は健康管理。プレイヤーのアバターに異常があれば、修復するのが私の仕事です。
聖杯戦争の第二回戦で、白野先輩が受けた毒を治療したのと同じ理由ですね」
なるほど。つまり、モラトリアム中だったからこその特例処置というわけか。
モラトリアム中の校内での攻撃行為を、目の前で見逃すわけにはいかないという事なのだろう。
「……それなら、桜さん。ハクノさんのアバターは、もう大丈夫なんですよね。
仮にセイバーさんたちとの契約を失ったとしても、データの欠損は起こらないんですよね」
「む、確かにそうだな。もっとも、余と奏者の契約がなくなることなどあり得ぬが」
「不本意ながらもそこは同感です。私とご主人様の絆は永遠ですから。
―――で、実際のところはどうなんですか、桜さん?」
ユイたちの言葉で、そのことを思い出す。
痛みに慣れて忘れていたが、岸波白野の右手には、データの欠損によってひび割れたような傷がある。
アーチャーの不在によって生じたそれは、この身体(アバター)の不確かさを表すものだ。
セイバーたちの言う通り、彼女たちとの契約を絶つつもりはないが、そこの所はどうなのだろう。
「……残念ながら、白野先輩のデータの欠損はもっと根幹の部分が原因でして、私の権限(ちから)ではどうにも。
それどころか、エージェント・スミスに上書きされかかった影響で、状態が悪化してしまっていて……」
状態が悪化?
「はい。簡潔に言えば、欠損部分にエージェント・スミスのデータの一部が残留してしまっているんです。
そのデータ片から浸食される心配はありませんが、傷口に異物が入り込んでしまっているような状態でして。
その為そのデータ片をどうにかしない限り、アーチャーさんと再契約したとしてもその欠損個所は治りません。その場合、欠損が進行する事もないでしょうけど」
「むう、そうか。そう上手くはいかんものだな」
「少し不本意ですが、ご主人様のためにもアチャ男さんの帰還が望まれますね」
セイバーたちはそう口にするが、浸食される心配がないのなら、特に気にする必要はないだろう。
ようするに自分は、岸波白野のままでいられるという事なのだから。
無論、アーチャーに早く戻ってきて欲しいという思いにも変わりないが。
「もし欠損個所が痛むようであれば、アバターを交換してみてください。根本的な解決にはなりませんが、痛みは和らぐと思います」
桜の言葉に頷きを返す。
欠損が治らないのは困るが、まだ支障をきたしているわけでもない。
今は先に、会議の方を続けようとレオに促す。
「わかりました。では次に、」
その言葉に頷き、レオがそう口にした、その時だった。
「ん、あ……あれ? ここは……」
ベッドで寝ていたジローが、ようやく目を覚ました。
「レオ、それにキシナミたちも。
ってことは、よかった。スミスのやつは倒せたのか」
ジローは周囲を見渡し、安心したようにそう口にする。
だがその表情は、すぐに戸惑いの混じったものへと変わっていった。
「……あれ? なあレオ。ニコは、どこにいるんだ?」
その言葉に、保健室の空気が一瞬で重くなる。
ジローの問いには、誰も答えない。
答えることが、出来なかった。
「なあレオ、なあってば」
「ジローさん。申し訳ありませんが、レインさんは……」
「へ? なんだよそれ。いったいどいう」
「ジローさん、こちらを」
レオの言葉に戸惑いを顕わにするジローへと、ユイが二つのアイテムを渡す。
それはオーヴァンが投げてよこした、レインの持っていたアイテムだ。
「レインさんからの遺言だそうです。キャッチボール、それなりに楽しかったぜ、と」
ジローがそれを手に取ると同時に、ユイはカイトの言葉をジローへと伝える。
「………………」
ジローは答えない。
ただ静かに、そのアイテムを握りしめるだけだ。
「………わるい。少し、一人にしてくれ」
そうしてジローは、そう言い残して保健室を後にした。
それを止めることは、この場の誰にもできなかった。
「ジローさん……」
「ユイ。今の彼に対し、僕たちができることはありません。今はただ、彼が自力で立ち直ることを信じましょう。
……いえ。こんなありきたりな事しか言えない自分が嫌になりますね。
それでも、僕たちに悲しんでいる時間はありません。今は今後の方針を纏めましょう」
レオはそう言って、場の空気を切り替える。
そう。悲しんでいる時間はない。
敵はあまりにも強大であり、自分達には時間が残されていないのだから。
「さし当たっては、襲撃前にも話したように、ハセヲさんと
シノンさんの捜索を行いたいと思います。
レインさんを亡くしてしまった今、対主催生徒会の戦力は圧倒的に不足しています。
生徒会の戦力を補強しPKに対抗するためにも、彼らの協力が必要でしょう。
加えてウイルスへの対策を伝えなければなりません。まだテストもできていないとはいえ、何も伝えないわけにもいきませんからね」
レオの言葉に強く頷く。
ウイルスの脅威に晒されているのは決して自分達だけではない。
シノンたちだけでなく、他の主催者打倒を目指すプレイヤーにも、ウイルスへの対処法を伝えなければいけないだろう。
「というわけで白野さん。ハセヲさんとシノンさんの両名。あとついでにセグメントの捜索を頼んでもよろしいでしょうか」
それはもちろん構わない。
仲間やセグメントの捜索は、このデスゲームを打破する上で重要だ。
しかしその言い方からすると、レオたちは捜索を行わないように聞こえるのだが。
「ええ、その通りです。
今回の戦いで、僕は魔力をほとんど使い果たしてしまいました。
次にスミスレベルとの戦いになれば、魔力切れはほぼ確実でしょう。
そこで白野さんが戻るまでの間、ユイにはウイルス対策の協力を、カイトには学園の防衛を任せたいのです」
なるほど。確かにそれなら、捜索に当たれるのは自分だけだろう。
いかにガウェインが強力なサーヴァントでも、マスターであるレオの魔力が尽きてしまえば戦えないのだから。
となると、残る問題はサチ/ヘレンの事だが………
「ヘレンを連れていくか否か、それは白野さんの判断に任せます」
レオはそう言って。その選択を岸波白野へと委ねた。
それはどちらでもいいからではなく、ヘレンを守ると決めたのが岸波白野だからだ。
「――――――――」
サチ/ヘレンは、静かに自分達の会話を見つめている。
その瞳の奥にどんな感情が籠っているのか、自分には読み取ることができない。
岸波白野一人で捜索を行うのであれば、サーヴァントによる戦闘は免れないだろう。
そうなると当然、魔力消費に気を付ける必要が出てくる。
だがヘレンを連れて行けば、その戦闘能力はともかくとして、魔力の節約にはなるはずだ。
しかしヘレンを危険視するのであれば、カイトの傍に置いておくべきだろう。
いくら自分達に協力的であると言っても、ヘレンはあくまでもサチに感染しているAIDAでしかない。
そしてAIDAに対抗できるのがカイトだけである以上、二人を引き離すべきではない。
……だが、彼女を本当に仲間として見るのであれば、それは違うと思う。
自分は――――
サチ/ヘレンを連れていく
サチ/ヘレンを置いていく
サチ/ヘレンの意思に任せる
>
>キリトの事を話す
「パパの事、ですか?」
「――――――――」
唐突な話に首をかしげるユイに、しっかりと頷きを返す。
スミスが襲撃してきた時、ヘレンは逃げようと思えば、いつでも逃げられたはずだ。
だというのに彼女は、スミスに感染していたAIDAから、体を張って守ってくれた。
そんな彼女を仲間だというのならば、自分もその行動――信頼に応えなければならない。
すなわち、岸波白野が、サチ/ヘレンに、そしてユイに対して隠したこと。それをまず話すべきなのだ。
それが彼女たちを本当に仲間として見る、という事だと思う。
サチ/ヘレンをどうするか決めるのは、それからの話だろう。
……それに何より、彼女たちに隠し事をしたまま、二度と会えなくなるのは嫌だった。
そうして岸波白野は、サチの心海で知ったキリトの事を少女たちへと話し始めた。
その胸に、僅かな不安と、小さくも確かな信頼を懐いて――――。
§
その頃ジローは、屋上でぼうっと黄昏ていた。
すぐ隣が壊れたままのフェンスへと、力なく座り込んで寄りかかる。
その手には、おもちゃのような紅い拳銃。
その装甲と同じ色の、スカーレット・レインの武器。
「………………」
空を眺めるジローの目は、虚ろなまま何も捉えていない。
その心にあるのは、深い悲しみと、そして後悔だけだ。
やはりあの時、逃げるべきではなかったのだ。
そうすれば、ニコは助かったかもしれないのに、と。
だって、本当は覚えていた。
朦朧とした意識の中で、それでもちゃんと聞こえていたのだ。
ニコの口にした、自分への遺言を。
“―――キャッチボール、それなりに楽しかったぜ”
「っ………! 何がそれなりに楽しかっただよ。
キャッチボールだけで、野球の本当の楽しさがわかるワケないだろ……っ!」
野球は、もっと多くの仲間と、そして多くのライバルたちと楽しむものだ。
だからこのデスゲームをどうにかしたら、もっとちゃんと、野球を教えてやろうと思っていた……のに………。
そのニコは、もうどこにもいない。
可能な限り守ると誓った少女は、逆に自分を庇って戦い、死んでしまった。
彼女に野球を教えることは、もう二度と出来ないのだ。
「ニコ……っっ!」
こらえきれず、嗚咽が漏れ出る。
どうして自分はこんなにも無力なのかと、悔しくて涙が零れる。
あの時、自分たちは逃げるべきではなかった。
たとえ勝てないと解っていても、あの場でスミスと戦うべきだったのだ。
そうすればカイトはもっと早く間に合って、あの男が現れることもなかった筈なのだから。
だからニコが死んだのは、自分のせいなのだ。
自分の選択が、ニコを死に追いやったのだ。
(それで、お前はどうするんだ?)
不意に聞こえた声に顔を上げる。
そのどこか人を嘲笑うような声には、ひどく聞き覚えがあった。
それも当然。何故ならそこにいるのは、
(よう、オレ。また会う事が出来てうれしいぜ。
それで? ニコを死なせて、自分が生き残った気分はどうだ? ケケケ)
一度は克服したはずの、もう一人の『オレ』なのだから――――。
やる気が 5下がった
こころが 10下がった
『不眠症』に なった!
【B-3/日本エリア・月海原学園/一日目・午後】
【チーム:対主催生徒会】
[役員]
会長 :レオ・B・ハーウェイ
副会長:
書記 :ユイ
会計 :蒼炎のカイト(キリトの予定だったが不在の為に代理)
庶務 :岸波白野
雑用係:ハセヲ(外出中)
雑用係:ジロー、サチ
[チームの目的・行動予定]
基本:バトルロワイアルの打破。
1:(レオの)理想の生徒会の結成。
2:ウイルスに対抗するためのプログラムの構築。
3:ハセヲとシノン、ついでにセグメントの捜索。
4:危険人物に警戒する。
[現状の課題]
1:ウイルスの対策
2:危険人物への対策
3:アリーナ及びプロテクトエリアの調査(ただし、これはどちらかに集中させる)
4:セグメントの捜索
[生徒会全体の備考]
※番匠屋淳ファイルの内容を確認して『The World(R:1)』で起こった出来事を把握しました。
※レオ特製生徒会室には主催者の監視を阻害するプログラムが張られていますが、効果のほどは不明です。
※セグメントの詳細を知りましたが、現状では女神アウラが復活する可能性は低いと考えています。
※PCボディにウイルスは仕掛けられておらず、メールによって送られてくる可能性が高いと考えています。
※次の人物を、生徒会メンバー全員が危険人物であると判断しました。
エージェント・スミス、白い巨人(
スケィス)、オーヴァン。
【岸波白野@Fate/EXTRA】
[ステータス]:HP100%、MP75%(+150)、データ欠損(小)、令呪二画、『腕輪の力』に対する本能的な恐怖/男性アバター
[装備]:五四式・黒星(8/8発)@ソードアート・オンライン、{男子学生服、赤の紋章}@Fate/EXTRA
[アイテム]:{女子学生服、桜の特製弁当}@Fate/EXTRA、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:バトルロワイアルを止める。
1:サチ/ヘレンとユイにキリトの事を話す。
2:1の後、ハセヲ及びシノン、セグメントの捜索に向かう
3:主催者たちのアウラへの対策及び、ウイルスの発動を遅延させる“何か”を解明する。
4:榊の元へ辿り着く経路を捜索する。
5:エルディ・ルーの地下にあるプロテクトエリアを調査したい。ただし、実行は万全の準備をしてから。
6:せめて、サチの命だけは守りたい。
7:サチの暴走やありす達に気を付ける。
8:ヒースクリフや、危険人物を警戒する。
9:カイトは信用するが、〈データドレイン〉は最大限警戒する。
[サーヴァント]:セイバー(ネロ・クラディウス)、キャスター(玉藻の前)
[ステータス(Sa)]:HP100%、MP95%、健康
[ステータス(Ca)]:HP100%、MP80%、健康
[備考]
※参戦時期はゲームエンディング直後。
※岸波白野の性別は、装備している学生服によって決定されます。
学生服はどちらか一方しか装備できず、また両方外すこともできません(装備制限は免除)。
※岸波白野の最大魔力時(増加分なし)でのサーヴァントの戦闘可能時間は、一人だと10分、三人だと3分程度です。
※アーチャーとの契約が一時解除されたことで、岸波白野の構成データが一部欠損しました。
※エージェント・スミスに上書きされかかった影響により、データの欠損が進行しました。
またその欠損個所にデータの一部が入り込み、修復不可能となっています(そのデータから浸食されることはありません)。
※セイバーとキャスターはサチ(ヘレン)の身に起きたことを知りました。
【ユイ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP100%、MP30/70、『痛み』に対する恐怖、『死』の処理に対する葛藤/通常アバター
[装備]:空気撃ち/三の太刀@Fate/EXTRA、ダークリパルサー@ソードアート・オンライン
[アイテム]:セグメント3@.hack//、第二相の碑文@.hack//G.U.、桜の特製弁当@Fate/EXTRA、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:パパとママ(キリトとアスナ)の元へ帰る。
0:パパの事?
1:対主催生徒会の会計として、ハクノさん達に協力する。
2:『痛み』は怖いけど、逃げたくない。
3:また“握手”をしてみたい。
4:『死』の処理は……
5:ヒースクリフや、危険人物を警戒する。
6:シノンさんとはまた会いたい。
7:私にも、碑文は使えるだろうか……。
[備考]
※参戦時期は原作十巻以降。
※《ナビゲーション・ピクシー》のアバターになる場合、半径五メートル以内に他の参加者がいる必要があります。
※リーファを殺害したのはラニ=Ⅷであるかもしれないことを知りました。
【蒼炎のカイト@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP80%、SP50%、PP100%
[装備]:{虚空ノ双牙、虚空ノ修羅鎧、虚空ノ凶眼}@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill(+1)
[思考]
基本:女神AURAの騎士として、セグメントを護り、女神AURAの元へ帰還する。
1:岸波白野に協力し、その指示に従う。
2:ユイ(アウラのセグメント)を護る。
3:エクステンド・スキルの事が気にかかる。
4:サチ(AIDA)が危険となった場合、データドレインする。
[備考]
※蒼炎のカイトは装備変更が出来ません。
※エージェント・スミスをデータドレインしたことにより、『救世主の力の欠片』を獲得しました。
それにより、何かしらの影響(機能拡張)が生じています。
【サチ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP30%、PP10%-PROTECT BREAK!、AIDA感染、強い自己嫌悪、自閉
[装備]:エウリュアレの宝剣Ω@ソードアート・オンライン
[アイテム]:基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:死にたくない。
0:――――うそつき。
1:もう何も見たくない。考えたくない。
2:キリトを、殺しちゃった………。
3:私は、もう死んでいた………?
[AIDA]<Helen>
[思考]
基本:サチの感情に従って行動する。
0:――――――――。
1:ハクノ、キニナル。
2:<Glunwald>、キライ。
3:<Tri-Edge>、コワイ。
[備考]
※第2巻にて、キリトを頼りにするようになり、メッセージ録音クリスタルを作成する前からの参戦です。
※オーヴァンからThe Worldに関する情報を得ました。
※AIDAの種子@.hack//G.U.はサチに感染しました。
※AIDA<Helen>は、サチの感情に強く影響されています。
※サチが自閉したことにより、PCボディをAIDA<Helen>が操作しています。
※白野に興味があるので、白野と一緒にいる仲間達とも協力する方針でいます。
【レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ@Fate/EXTRA】
[ステータス]:HP100%、MP15%、令呪:三画
[装備]:なし
[アイテム]:{桜の特製弁当、トリガーコード(アルファ、ベータ)}@Fate/EXTRA、コードキャスト[_search]、番匠屋淳ファイル(vol.1~Vol.4)@.hackG.U.、基本支給品一式
[ポイント]:30ポイント/0kill(+2)
[思考・状況]
基本行動方針:会長としてバトルロワイアルを潰す。
1:魔力の回復に努めると同時に、ユイとともにウイルスへの対策プログラムを構築する。
2:モラトリアムの開始によって集まってくるであろうプレイヤーへの対策をする。
3:他の生徒会役員となり得る人材を探す。
4:当面は学園から離れるつもりはない。
5:状況に余裕ができ次第、ダンジョン攻略を再開する。
6:キリトさんには会計あたりが似合うかもしれない。
[サーヴァント]:セイバー(ガウェイン)
[ステータス]:HP110%(+50%)、MP75%、健康、じいや
[装備] 神龍帝の覇紋鎧@.hack//G.U.
[備考]
※参戦時期は決勝戦で敗北し、消滅した後からです。
※レオのサーヴァント持続可能時間は不明です。
※レオの改竄により、【神龍帝の覇紋鎧】をガウェインが装備しています。
※岸波白野に関する記憶があやふやになっています。また、これはガウェインも同様です。
※ガウェインはサチ(ヘレン)の身に起きたことを知りました。
【ジロー@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:HP100%、深い悲しみと後悔/リアルアバター
[装備]:DG-0@.hack//G.U.(4/4、一丁のみ)
[アイテム]:基本支給品一式、ピースメーカー@アクセル・ワールド、非ニ染マル翼@.hack//G.U.、不明支給品0~2(本人確認済み)
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:殺し合いには乗らない。
0:ニコ……………。
1:今はみんなと一緒に行動する。
2:ニコやユイちゃんの事も、可能な限り守る。
3:『オレ』の事は…………。
[備考]
※主人公@パワプロクンポケット12です。
※「
逃げるげるげる!」直前からの参加です。
※パカーディ恋人ルートです。
※使用アバターを、ゲーム内のものと現実世界のものとの二つに切り替えることができます。
[全体の備考]
※モラトリアム中、ペナルティを受けてなお戦闘を続行した場合、更なるペナルティの加算と、学園からの強制退去が発生します。
憑神覚醒などで使えるデータドレイン砲は、通常のデータドレインと異なり継続HPダメージを与えることが可能です。
しかしその代わり、データ改竄による対象の弱体化及び、腕輪の守りを持つ者への状態異常付与などを行う事が出来ません。
ただし、プロテクトブレイク状態のAIDAの駆除や、対象の所有するアイテムの収奪などは通常通り可能です。
【ピースメーカー@アクセル・ワールド】
スカーレット・レインの持つ拳銃型強化外装。
心意技《紅の散乱弾(スカーレット・エクスプローダー)》の使用にこれを使う。
スカーレット・レイン曰く最強の武器らしいが、その真偽は不明。
16◇◆◆◆◆◆◆
きっと、心のどこかで気づいていたのだ。
どれほどの必殺技を、あるいは心意技を使ったところで、この男には敵わないのだと。
だからだろうか。カイトにあんな言葉を残したのは。
なんてことを、目の前の光景を見て思った。
必殺技の叫びとともに放たれた無数の砲撃。
それを男は、解放された左腕の方から生えた鉤爪で以てすべて打ち落として見せたのだ。
振るわれるたびに黒泡の軌跡を残すそれは、ヘレンと同じ、AIDAの力によるものだろう。
なるほど。データドレインのような力が必要になるはずだ。
AIDAとは言わば、加速世界におけるISSキットのようなものなのだ。
であれば、ステータスも制限され、心意もロクに使えない今の自分に、勝ち目などあるはずがない。
実際、男は自分の砲撃を掻い潜り、あまりにも容易くインビンシブルを破壊してみせた。
誤算だったのは、その際に片脚を持っていかれた事だろう。
その回復のために貴重な一瞬を消費し、逃げる機会を失ってしまったのだ。
この男相手に、通常攻撃だけで隙を作れるはずもない。
残された手段は、渾身の心意技を以て、正面からぶち破ることだけ。
そう覚悟するとともに、腰に備えられた最後の武器を男へ向け構える。
この時ばかりは、破壊の心意が使えないことが悔しかった。
銃口に集まる紅い光に何を思ったのか、男は静かに笑みを浮かべ、三つの刃を引き絞るように構えた。
真正面から迎え撃つ、という事だろう。
回避するつもりがないのであれば、話が早い。より一層精神を心意に集中させる。
そうして不意に、このバトルロワイアルが始まってからの事が脳裏をよぎり、
ほぼ同時に最後の一撃が放たれ、
―――あばよ、ジロー。
自分を気にかけていた彼へと、そう自嘲気味に別れを告げた。
【スカーレット・レイン@アクセル・ワールド Delete】
最終更新:2016年02月04日 22:08