5◆◆◆◆◆



 仮想世界の空を飛び続ける影が一つ。
 夜の闇よりもどす黒く染まった両翼を羽ばたかせながら、フォルテは飛んでいた。
 行くあてなどない。この胸で荒れ狂う激情を発散させる相手を探し求めていた。

「アアアアアァァァァァッ!」

 憤怒で表情を歪ませながら、破壊のエネルギーを解放した。
 膨大なる力に抗うことができず、草原は蹂躙されていく。だがフォルテの激情は微塵も静まらず、むしろ増幅するだけ。
 つい先ほどこの手で破壊したネオへの苛立ちと、そしてフォルテ自身に対する無力さが、怒りの炎を燃え上がらせていた。


 ネオという黒衣の剣士は絶大なる"力"を持っていた。
 空を自在に飛び回り、オーラを破り、バスターや刃の勢いを強制的にせき止め、挙句の果てに傷すらも癒している。戦闘技術も決して侮れず、単体の戦闘力に限定すればこれまで戦ったどの相手にも勝るだろう。
 そんなネオの怒りを誘発させて、憎悪に溺れさせようとした。だが、奴は最後までフォルテを否定せず、そして打ち倒そうとしなかった。
 フォルテを止める為に戦っていた。ならば、倒すに値しない存在だったと言い切るのか?
 他者に縋りつくことを求めないフォルテに共存を求めた。その為に"力"を発揮せず、手を抜いて戦ったのか?
 このフォルテが人間や屑データどもと同じで、挙句の果てにロックマン達にも劣る存在だと言い放たれた。だがこんな結果に終わってしまった以上、それを否定できるのか?
 そんな相手を破壊した所で…………真にネオを打ち倒したと言える訳がない。むしろアスナの言葉を肯定するに等しかった。
 ただ一方的に破壊するのと、何が違うと言うのか。


 ネオから奪った力で、見せしめのように揺光という小娘を破壊するのは容易だった。
 だが、それでは真に揺光を打ち倒したと言える訳がない。無力な人間を破壊しても意味がないと知ったはずだ。
 例え放置したとしても、ドッペルゲンガーや大量のエネミーに嬲り殺しにされるだろう。尤も、奴らを打ち倒して、再びフォルテの前に現れるのならば……戦う価値を認めるしかない。
 故にフォルテは揺光に目を向けず、あの場から去るしかなかった。ネオを倒したことでドロップしたアイテムも、わざわざ拾う気になれなかった。



 望まぬ勝利を与えられて、フォルテは苦虫を噛み潰したように顔を顰める。
 今はただ、力を振るいたかった。ネオへの敗北を否定できない以上、せめてネオの力で人間どもを破壊しなければならなかった。
 そのターゲットを探し求めていると…………

「こんな所で出会えるとはな。
 捜していたよ、フォルテ」

 どこからともなく、男の声が聞こえてきた。
 聞き覚えがあり、反射的にフォルテは止まる。その声を無視することができず、振り向いた。
 見ると、やはりあの男がいた。キリトとアスナの二人を相手に取った戦いを眺めていた、オーヴァンという男が。

「キサマはあの時の……!」
「君の活躍はよく聞いているよ。その圧倒的な力で、多くのプレイヤーを倒してきたそうじゃないか」
「…………ッ!」

 淡々とした声色で事実を告げてくる。
 その内容は決して間違っていない。否定をするつもりもない。否定ができないからこそ……口に出されるのは許しがたい。
 口元は三日月形に歪んでいる。その微笑みが侮蔑を示しているように思えて、フォルテの怒りは頂点に達した。

「フォルテ、俺は君に話があって来た。君にとって、決して損にならない情報を教えたくてな」
「人間如きと話すことなど何もない! オレの前から……!」
「君が追い求めている力と……そして、君の宿敵であるロックマンのことについて教えてやろう。
 彼はまだ、生きている」

 フォルテの言葉を遮るように、男は言い放った。
 ロックマンが生きている。それを聞いた途端、フォルテの感情が微かに揺らいだ。

「フォルテ。もしかしたら君は、宿敵との因縁を果たせずに苛立っているだろう……だが、嘆くことなど何もないぞ」
「……奴は死んだだろう? ロックマンも所詮は、戦いに敗れるような弱者でしかなかっただけだッ!」
「ロックマンが敗れた……それ自体は決して間違ってはいないさ。
 確かに定時メールにロックマンの名前が書かれていた。だが、彼の敗退はあくまで表向きの扱いだ。
 敗北と死は決してイコールじゃない」
「何……!?」
「彼のアバターはGMによって回収され、そして新たなる力を与えられて再構築された。
 その名もロックマン.hack/AIDAバグスタイル・ISSモードだ」

 機械のように語り続けながら、オーヴァンはウインドウを操作する。
 数秒後に、ある一枚の画像が展開された。そこに映し出されていたネットナビは確かにロックマンだ。
 だが、そのアバターは酷く醜いものに変わり果ててしまっていた。本来存在しないはずのグロテスクな眼球が胸部を支配し、見覚えのある漆黒のバグに青いボディが侵食されている。
 何よりも柔和だったはずの表情は無機質で、その瞳には見慣れた輝きが放たれていなかった。
 フォルテですらも、画像に映し出されているネットナビがロックマンであるとは信じ難かった。

「俺も詳しくは知らないが、今の彼はかつての彼以上に強化されているようだ。
 恐らく、俺や君ですらも容易く打ち倒せない程にな」
「…………何処だ。ロックマンは何処にいる?」
「GMに回収されたと言ったはずだ。
 そして再び巡り会うためには、このデスゲームに生き残らなければならない。だが君を含めて、生き残ったプレイヤーは一筋縄ではいかない者達だ。
 加えて、彼らは集団を結成していて、俺でも分が悪くなっている。そこで君の力を借りたいんだ」
「フン。誰かに縋らなければ生きていけない人間に、用などない」
「無論、ただでとは言わない。
 君にはロックマンと同じ……あるいは、彼すらも超える"力"を与えよう」

 オーヴァンは右腕を後ろに回し、あるモノを取り出す。
 その手に握られているのは、あの魔剣。アスナがフォルテと戦う為に使った魔剣が、オーヴァンの手に握られていた。
 そしてフォルテの足元に転がるように、オーヴァンは無造作に魔剣を投げつけた。

「その剣は…………!?」
「魔剣・マクスウェル。君も知っているはずだ。
 この剣には、今のロックマンに感染した存在……AIDAが潜んでいる」
「AIDA、だと?」
「Aritificially Intelligent Data Anomaly……不自然の異常な知的データ。君やロックマン達みたいなネットナビとよく似た奴らだ。
 こいつらは俺達と共に生きていると思ってくれ」
「ッ!」

 オーヴァンの不敵な語りにフォルテは拳を握り締める。
 アスナは魔剣の力でフォルテを圧倒していた。それはアスナだけの力ではなく、魔剣に潜む命がフォルテに牙を剥いたのだ。
 しかしフォルテだけでなく、使い手であるアスナすらも魔剣は狙っていた。あの戦いで、随分とこいつに喰われていると、オーヴァンは語っている。


 真実を理解すると同時に、フォルテの中で新たなる疑問が芽生えた。


「オーヴァンと言ったな…………キサマ、オレにそこまで話して、何を企んでいる?」
「言ったはずだ。俺は君の力を借りたいだけだと。
 君がキリトとの決着を求めているように、俺もハセヲという奴との決着を付けなければいけないんだ。だが、その為にはキリトが邪魔になる。
 キリトとハセヲは結託し、そして俺達の打倒を目指しているはずだ。
 無論、俺も黙って負けるつもりはないし、君が容易く負けるとも思えないが…………確率は少しでも上げておきたい」
「……オレが人間と手を組むとでも思っているのか?」
「違うな。互いに邪魔者を引き受けるだけ。
 フォルテがキリトと戦っている間に、俺がハセヲを含めた多くのプレイヤーと戦う。
 そして互いに決着をつけて、もしも俺達だけが最後に生き残ったら……デスゲームの勝者を決める為に雌雄を決しようじゃないか。
 尤も、君が望むのならばここで相手をしてやらないこともないが、俺も黙って負けるつもりはない…………
 さあ、フォルテはどうする?」

 そう問いかけてくるオーヴァンからは絶大なる自信が感じられた。例えフォルテが牙を剥いたとしても、一瞬で屠れると全身が語っている。
 他者と手を組むなど、フォルテにとってはあり得ない選択だ。だがオーヴァンの強さは本物だと、フォルテは瞬時に確信する。
 キリトとアスナに打ち負けたフォルテはただ尻尾を巻いて逃げるしかなかった。しかし、あの場に残っていたオーヴァンは無傷で生き残り、そして定時メールにはアスナの名が書かれている。
 つまりこのオーヴァンは、フォルテが幾度となく敗北した"絆の力"を容易く踏み躙れるほどの強さを誇っていた。認め難いが、ここでオーヴァンと戦ったとしても、待っているのはフォルテの敗北だけ。
 ネオから奪った力もあるが、無暗に使ってはピンクの予知能力と同じような負荷が身体にかかる危険がある為に、まだアテにはできなかった。

「……勘違いをするなよ。オレはキサマを仲間などと思うつもりはない。
 例えキサマが圧倒的なパワーを持っていたとしても、いずれキサマを倒す。このAIDAも、そしてキサマが持つ全ての力も奪ってな!」
「だが、ここで俺と戦うつもりもないようだね。安心したよ。
 その好意に応じて、もう一つだけ君に"力"を与えよう。AIDAを、そして君自身を強化させられる碑文という力だ。
 こいつをAIDAに与えれば、AIDAはより強くなれる。だが同時に、君が君のままでいられなくなるだろう」
「言ったはずだ。俺は全ての力をこの手に収めると」
「フッ……御託は無用だったね」

 薄く笑みを浮かべながらオーヴァンはウインドウの操作を続け、光り輝くプログラムを取り出す。
 碑文、と呼ばれたそれが現れた途端、魔剣マクスウェルを覆う黒点は激しく鼓動した。オーヴァンが言うようにこの二つは共鳴しているのだろう。
 右手で魔剣マクスウェルを広い、残る左手でオーヴァンの放り投げた碑文を掴む。

「……キサマらがどれだけ強い力を持っていようとも、関係ない。全てを俺が、喰らい尽してやる!
 ゲットアビリティプログラム――――――――ッ!?」

 そしてフォルテが叫んだ瞬間、膨大なるデータが彼のアバターに流れ込む。
 力が、そして全てを喰らい尽さんという禍々しい意志が、フォルテの中で渦巻いた。エンデュランスとミアを飲み込み、ヒースクリフ/茅場明彦の残骸を塵に変え、そしてアスナの心すらも歪めた魔物がフォルテを侵食する。

「ウ、グッ、ガアアアアアアアアアアッ――――――!!!!!」

 フォルテの中で暴れ狂うAIDAは、無数の手でフォルテの身体ごと空間を蹂躙していく。
 喰いたい。喰らいたい。もっト喰わせろ。オ前の全テを喰らってやる。
 脳裏より全身に響き渡る声は、フォルテの絶叫にかき消される。データが破壊と再生を繰り返し、アバターが大きく歪み始めていた。
 万物の破壊を求めるフォルテの在り方と、フォルテ自身が喰らってきた数多の"力"……魔剣に宿るAIDAにとってフォルテはあまりにも理想的な獲物だった。

「アアアアアアアアアアッ!!! アアアアッ! ガアアアアアアアアアァァァァァァァッ!」

 何も見えなくなる。
 この身体が、自分ものでなくなっていく。
 唯一無二の身体が、何者かに奪われていく。
 アバターを異物が駆け巡っていく不快感に襲われるが、それを止めることはできない。
 オーヴァンが言っていた、フォルテがフォルテのままでいられなくなるとは、AIDAに全てを奪われるということだ。

「アアアアアアアアアアアアア――――――――!!!!!!!」

 …………だが、それがどうした。
 奪われるというのであれば、こちらから奪い返せばいいだけのこと。奴に渡すモノなど、何一つとして存在しない。
 この力は奪われるためではなく、全てを破壊する為にあるのだから。この中に入り込んだ、AIDAすらも例外ではない。
 AIDAも喰らえばいいだけのこと!


 ――――!?


 荒れ狂う力の勢いが、ほんの一瞬だけ滞る。あと一歩という所でAIDAは止まったのだ。フォルテの全てを喰らい尽さんとしているのに、牙は進まない。
 有り得ない。碑文使いでもないフォルテが抗えるなど、有り得ない。
 フォルテの抵抗を受け入れられず、AIDAは尚も侵食を続けるが…………フォルテはニヤリと嗤った。

「――――――――オレを、舐めるなあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 フォルテの叫び声が響き渡り、膨大なエネルギーが解放された。


 ――――!?


 AIDAは驚愕していた。
 フォルテがこの"力"に心を委ねず、尚も抵抗している。否、それどころか…………

「キサマ如きが、このオレを喰らえると思うなっ!
 キサマがオレを喰らう? オレがキサマを喰らうの間違いだっ!
 オレはオレだ! もう二度と、断じて負けたりしない!」

 ――――!?

 ……AIDAの意志と"力"が、フォルテに飲み込まれようとしていた。


 もしもフォルテが、フォルテだけの力しか持たなければ、オーヴァンが語るようにAIDAに全てを喰い尽されていただろう。
 だが今のフォルテは違う。デスゲームが始まってから、フォルテは数え切れないほどの"力"を奪い続けた。
 バルムンクの翼、レンの進化の可能性、アッシュ・ローラーとガッツマンの力、ブルースの剣技とシールド、ピンクの超感覚、エネミー達のデータ、そしてネオの救世主の力。
 特に大きな要因はネオの救世主の力だ。世界にある数多の事象を改竄し、あまつさえエージェント・スミスの上書きすらも無効化した力を、フォルテは獲得している。
 何物にも負けない力と、すべてを蹂躙する力……その願いに力が答えて、AIDAの侵食を防ぎ、逆にフォルテがAIDA自身を支配しようとしていた。


 だが、AIDAがそれを知っているはずもなく。
 ただフォルテから流れ込む力に押し負けてしまい。

「消えろオオオオオオオオオオオオッ!」

 AIDAの黒点が破裂し、世界が元に戻る。
 断末魔の叫びは、フォルテ自身の咆哮によって掻き消されてしまい、何もかもが飲み込まれてしまう。碑文を獲得して強化されたAIDAの力を以てしても、ついに敵わなかった存在。
 その誕生によって地面は深く抉れ、風を怯えさせる。絶対的な力で世界を震撼させながら、彼は再び立ち上がった。

「ほう」

 ただ一人、オーヴァンだけが感嘆の声を漏らしていた。
 しかしフォルテはそれに目もくれず、ただ自らのボディを見つめている。この身体を彩る黒は更に濃度を増し、魔剣は怪しく煌いている。
 だが、最大の変化は身体の奥底から溢れ出る"力"だ。AIDAと碑文を取り込んだ結果、今までにない"力"を得たのを感じていた。
 全てのものを……最早、キリト達が持つ"絆の力"すらも玩具に思える程の、圧倒的なパワー。


 フォルテAS(Aida Style)・レボリューション。
 本来の歴史では決して見られぬ闇のナビ。AIDA・碑文・救世主の力が三位一体となった、もう一つの暗黒の破壊神が誕生した。



「……どうやら、勝ったのは君のようだな。
 どうだい、感想は?」
「実にいい気分だ……身体が軽く、今にも張り裂けてしまいそうなパワーを感じている……これが、AIDAと碑文の力か」
「そうだ。それがあれば、キリト達を相手に充分戦えるはずだ。
 彼らは今、月海原学園に集まっているだろう」
「月海原学園か……」
「そして最後にもう一つだけ、忠告しておく。データドレインには気を付けることだ」
「データドレイン……?」
「データを改竄し、そして世界すらも壊す可能性がある力のことだ。
 キリト達の仲間には黄昏色の戦士……蒼炎のカイトという奴がいる。彼が持つデータドレインが、AIDAにとって最大の弱点だ。
 また、君自身のアバターにも悪影響を及ぼすだろう」
「関係ない。そいつごと、喰らってやるだけだ」
「君ならそう言うと思ったよ」
「フン」

 この眼光から凄まじき殺気を放っているが、オーヴァンは未だに嗤い続けている。プラフなどではなく、本物の余裕だ。
 フォルテが新たなる力を得ても、勝てるという確信があるのだろう。何故なら、奴はAIDAについて知り尽くしている。それこそがオーヴァンが持つ最大の有利だ。
 無論、フォルテとて負けるつもりは微塵もない。ここで"力"を試してやりたかったが、オーヴァンとの戦いは最後の楽しみとして取っておくべきだ。それまでは、キリトとの戦いを邪魔する奴らを相手にさせるだけ。
 それに圧倒的なパワーを手にした今、こんな所で油を売っているつもりなどない。フォルテは双翼を羽ばたかせ、空を舞った。

「健闘を祈るよ、フォルテ」

 そんな問いかけに答えることもせず、フォルテは月海原学園に向かった。
 この力への充足感と、新たなる力を得たロックマンと戦えるという微かな期待。
 そしてもう一つ。

「キリト……キサマらがどれだけ"絆の力"を強めようとも、関係ない!
 思い知るがいい、ネオ! キサマが信じてきた救世主の力が、破壊の力でしかなかったことをっ!
 そしてロックマン! キサマが新たなる力を得たなら、オレはそれを喰らうだけだっ!
 俺はすべてのパワーを奪い、そしてキサマら人間どもを破壊する! 待っていろ、キリトっ!」

 キリトを始めとする人間達への殺意。
 あらゆる感情を胸の中で燃やしながら、フォルテは進み続けていた。



     †



 オーヴァンがフォルテに接触した理由は一つ。
 魔剣マクスウェルの本来の使い手である太白や、エージェント・スミスのようにAIDAの人形へと変えるつもりだった。
 デスゲームの生存者数が20人を切っている現状では、それに伴ってPKの数もまた限られている。ドッペルゲンガーや大量のエネミーが導入されるようだが、碑文の覚醒に繋げるには力不足だ。
 故にオーヴァンは榊と接触し、クーンが持つ巫器・静カナル緑ノ園をGM側に手渡した。対価として、フォルテの情報と碑文を受け取ることに成功する。
 本来ならば碑文はGMの手で覚醒させる予定だった。プレイヤーに支給する方が確実だが、それでは回収の手間がかかってしまう。だがオーヴァンはGMに関与する唯一のプレイヤーだからこそ碑文を与えられている。
 フォルテに渡した碑文を監視し、覚醒と同時に奪い取るという名目で。AIDAと碑文の関係を話したのも、覚醒に一役買ってもらう為だ。


 オーヴァンはシノンの命を奪って、ハセヲの感情は大きく乱した。それに伴った成長の促進を、フォルテにも加わって貰うだけ。
 だが、事態はそう簡単に進む訳ではなさそうだ。


「…………これは、少々予想外の結果になったな」

 遠ざかっていく漆黒の背中を追いながら、オーヴァンは呟く。
 魔剣マクスウェルと碑文を与えてフォルテは確かに強くなった。だが、AIDAと碑文の共生によって力が上昇したとしても、オーヴァンが知る範囲から明らかに逸脱している。
 悪性変異を果たしたAIDA=PC。いや、その言葉すらも今のフォルテには生温い。


 エージェント・スミスに感染した<Glunwald>は新たに力を得たことで、この<Tri-Edge>に迫る程に成長を遂げた。だが一つの碑文を短時間取り込んだだけでは、爆発的な力の増幅は不可能。
 恐らく、何らかの外的要因が加わっているはずだ。フォルテ自身の力か、あるいはこのデスゲームでフォルテが奪った何らかの力。可能性としては後者だろう。
 スミスは僅かな量しか謎の力を獲得していなかったのに対して、フォルテは謎の力の大半を取り込んでいる。だからこそ、碑文ごとAIDAを飲み込めたのかもしれない。


 無論、フォルテの暴走をただ放置するつもりもない。
 万が一、ハセヲの命を奪いかねない事態が起こるようなことになれば、オーヴァンはすぐにでもフォルテを打倒するつもりでいる。ハセヲの怒りを誘発させるのは目的だが、彼自身の死はあってはならない。
 フォルテが喰らったAIDAは、純粋な力だけなら<Tri-Edge>すらも凌駕しかねない。だが、データドレインという弱点を克服できたという訳でもない。
 追跡者のデータドレインを警告した。その一方で、ハセヲとオーヴァンがその力を持つ真実を隠した理由は、フォルテを止める切り札にする為。



 コサック博士の英知によって、フォルテには無限の可能性が与えられている。それは大いなる力になったはずだが、人類自身が彼を裏切った。
 榊はコサック博士すらも見捨てたと大仰に語っていたが、真実を語っているとは限らない。いや、榊には捻じ曲げられた形で伝えられている可能性もあった。
 GM側が一枚岩でない以上、GM同士の潰し合いもあり得る。トワイスに警告を与えている監督役か、あるいはまた違う誰かが……榊を使い捨ての駒にする為に、虚偽を交えた真実を与えたか。
 本当にコサック博士がフォルテを切り捨てたという可能性も0ではないが、限りなく低い。それほどのエンジニアが、自らの英知の結晶を簡単に手放す訳がなかった。



 だが、その真実を知るにはゲームの煽動を続けなければならない。
 フォルテと共に月海原学園に赴き、集結したプレイヤー達と戦う。【モラトリアム】のイベントが終了した以上、戦闘行為を発見されてもペナルティが課せられることもない。
 ハセヲとの決着も、その時だろう。


「残された時間もそう長くない。俺も悠長に構えてはいられないからな。
 決着の時は近いぞ……ハセヲ」

 デスゲームの崩壊は現在も進行している。世界滅亡の運命は止められない。フォルテが新たに力を発揮すれば、タイムリミットは更に近づいていくだろう。
 全てが終わるのが先か。それとも全ての因縁が清算されるのが先か。
 デスゲームが始まって18時間が経過し、一日の終わりが近づいている。その時が訪れたら、何が起こるのか?
 そこに関心を寄せながら、オーヴァンはフォルテを追い続けていた。


【?-?/?/1日目・夜】


【フォルテAS・レボリューション@ロックマンエグゼ3(?)】
[ステータス]:HP???%、MP???%(HP及びMP閲覧不可)、PP100%、激しい憤怒、救世主の力獲得、[AIDA]<????>及び碑文を取り込んだ
[装備]:ジ・インフィニティ@アクセル・ワールド、{ゆらめきの虹鱗鎧、ゆらめきの虹鱗}@.hack//G.U.、空気撃ち/二の太刀@Fate/EXTRA、魔剣・マクスウェル@.hack//G.U.
[アイテム]:{ダッシュコンドル、フルカスタム}@ロックマンエグゼ3、完治の水×3、黄泉返りの薬@.hack//G.U×2、SG550(残弾24/30)@ソードアート・オンライン、第?相の碑文@.hack//、{マガジン×4、ロープ}@現実、不明支給品0~4個(内0~2個が武器以外)、参加者名簿、基本支給品一式×2
[ポイント]:1120ポイント/7kill(+2)
[思考・状況]
基本:全てを破壊する。生身の人間がいるならそちらを優先して破壊する。
1:この力で全てを破壊する為、月海原学園に向かう。
2:このデスゲームで新たな“力”を手に入れる。
3:シルバー・クロウの使ったアビリティ(心意技)に強い興味。
4:キリトに対する強い怒り。
5:ゲームに勝ち残り、最後にはオーヴァンやロックマン達を破壊する。
6;蒼炎のカイトのデータドレインを奪い取る。
[備考]
※参戦時期はプロトに取り込まれる前。
※参加者名簿を手に入れたのでロックマンがこの世界にいることを知りました。
※フォルテのオーラは、何らかの方法で解除された場合、30分後に再発生します。
※参戦時期はプロトに取り込まれる前。
※参加者名簿を手に入れたのでロックマンがこの世界にいることを知りました。
※フォルテのオーラは、何らかの方法で解除された場合、30分後に再発生します。
※ゲットアビリティプログラムにより、以下のアビリティを獲得しました。
 剣士(ブレイドユーザー)のジョブ設定及び『翼』による飛行能力(バルムンク)、
 『成長』または『進化の可能性』(レン)、デュエルアバターの能力(アッシュ・ローラー)、
 “ソード”と“シールド”(ブルース)、超感覚及び未来予測(ピンク)、
 各種モンスターの経験値、バトルチップ【ダークネスオーラ】、アリーナでのモンスターのアビリティ
 ガッツパンチ(ガッツマン) 、救世主の力(ネオ)、AIDA<????>、第?相の碑文
※バトルチップ【ダークネスオーラ】を吸収したことで、フォルテのオーラがダークネスオーラに強化されました。
※未来予測は使用し過ぎると、その情報処理によりラグが発生し、頭痛(ノイズ)などの負荷が発生します。
※ネオの持つ救世主の力を奪い、その状態でAIDA<????>及び第?相の碑文を取り込んだ為、フォルテASへの変革を起こしました。
※碑文はまだ覚醒していません。


【オーヴァン@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP100%、SP60%、PP60%
[装備]:銃剣・白浪@.hack//G.U.
[アイテム]:DG-Y(8/8発)@.hack//G.U.、{邪眼剣、スパークブレイド、妖精のオーブ×2、ウイルスコア(T)}@.hack//、基本支給品一式
[ポイント]:1500ポイント/5kill(+0)
[思考]
基本:“真実”を知る。
1:利用できるものは全て利用する。
2:トワイスと<Glunwald>の反旗、そしてフォルテを警戒。
3:リコリスの調査はGM側からの信用を得てから。
4:ゲームを進めるが、必要以上にリスクを背負うつもりはない。
5;いずれコサック博士とフォルテの"真実"も知る。
[備考]
※Vol.3にて、ハセヲとの決戦(2回目)直前からの参戦です。
※サチからSAOに関する情報を得ました。
※榊の背後に、自分と同等かそれ以上の力を持つ黒幕がいると考えています。
※ただしAIDAが関わっている場合は、裏に居るのは人間ではなくAIDAそのものだと考えています。
※ウイルスの存在そのものを疑っています。
※榊の語る“真実”――ゲーム崩壊の可能性について知りました。
※このデスゲームにクビアが関わっているのではないかと考えていますが、確信はありません。
※GM達は一枚岩でなく、それぞれの目的を持って行動していると考えています。
※デスゲームの根幹にはモルガナが存在し、またスケィス以外の『八相』及びAIDAがモンスターエリアにも潜んでいるかもしれないと推測しています。
※榊からコサック博士とフォルテの過去、及びロックマンの現状について聞きました。ただしコサック博士の話に関しては虚偽が混じっていると考えています。


【備考】
※静カナル緑ノ園@.hack//G.U.はGM側に譲渡されました。
※【アナザーネオ@ソードアート・オンライン】は破壊されました。




【?-?/知識の蛇/一日目・夜】


【榊@.hack//G.U.】
[ステータス]:健康。AIDA侵食汚染
[装備]:閲覧不可
[アイテム]:閲覧不可
[ポイント]:-/-
[思考]
基本:ゲームを正常に運営する。
1:再構築したロックマンを“有効活用”する。
2:アリスの動向に期待する。
[備考]
※ゲームを“運営”することが彼の役割です。それ以上の権限はありません。
※彼はあくまで真実の一端しか知りません。
※第?相の碑文@.hack//を所有していますが、彼自身に適正はなく、AIDAによって支配している状態です。
※オーヴァンに渡した碑文の詳細は不明です。




     4◆◆◆◆



 決着はほんの一瞬だった。
 互いの刃が衝突し、その衝撃と威力によって弾き飛ばされた。そうして膠着した隙を狙われて、フォルテはこの体躯を拳で貫いた。
 痛みを覚える暇もなく、フォルテの叫びが聞こえる。身体に宿る力が強引に引き剥がされていくのを感じながら、ネオは投げ飛ばされた。
 戦いに負けたのだと、ネオは言われるまでもなく理解した。


 それでも、まだ諦めてはいけない。救世主として守り続けなければならない。
 意志が揺らぐことはないが、身体は動かない。この力で何かを変えることができず、ただ死を待つだけだった。
 薄れゆく意識の中で、フォルテを見る。彼はこちらに背を向けているので、何を見ているのかわからない。
 その背中に言葉をかけようとするも、彼は漆黒の両翼を羽ばたかせて、こちらに目もくれずに飛び去っていった。

「揺……光…………」

 そしてネオは見た。自分と同じように、地面に横たわっている揺光の姿を。
 彼女はまだ消えていなかった。絶好の機会であるにも関わらずして、フォルテは揺光の命を奪わなかった。
 その事に一縷の安堵を抱く。揺光を救いたいという願いは叶ったのだと。

「君は……生きろ…………生きて、きみの未来を…………きみ達の未来を……掴み、取ってくれ…………
 モーフィアスとカオルが……言ったように……」

 消えゆく意識の中、ネオは最後の足掻きを見せる。例え聞こえなかったとしても、揺光に言葉を残したかった。
 このデスゲームにはフォルテの他にも、ドッペルゲンガーやエネミーといった敵が多く残っていると知りながら、彼女が生きる可能性を遺せたことが嬉しかった。
 慎二やアーチャー、ミーナ、そして慎二達の仲間であるキリトという少年だっている。揺光が彼らと巡り合える希望があった。



 不意に、昏くなった空を見上げる。
 つい先ほどまで飛んでいたはずの空には、数え切れないほどの星々が輝いていた。偽物であるとわかっていても、美しく見えてしまう。
 世界の真実を知らず、トーマス・A・アンダーソンという人間として生きた頃には、滅多に抱かなかった感動だ。
 残された揺光達や、そしてザイオンに生きる人々が平和になった世界で星を眺められるのか。夜の冷たさすらも感じなくなった途端、そんなことが気になってしまう。



 トリニティの命を奪ったありすという少女達の顔が、ネオの脳裏に浮かび上がる。
 彼女達の名前は定時メールで書かれていて、既にこの世にいない。如何なる最期を迎えてしまったのか、どうしても気がかりだった。
 あどけない幼子だったが、妖精の少女はトリニティの仇だと言った以上、この手で止める責務があった。
 その幼さが故に、殺人という罪が如何なるものか彼女達は知らない。だが、成長するにつれてその罪を知っては、重さに押し潰されてしまう。
 そうならないよう、彼女達の罪を共に償い、真っ当な未来に導いてやりたかった。



 救世主として戦った。
 世界の真実を知り、この世界で出会った新たなる仲間達と共に、平和を掴みたいという願いを抱いた。
 人間も機械も関係なく、全ての心が幸せに生きられる世界を見たかった。
 けれど、それはもう叶わない。この手はもうどこにも届かないだろう。
 預言者オラクルはこの運命を予知していたのか。彼女を守るセラフは、救世主であるネオが道半ばで倒れて失望するのか。



 最後に思い浮かぶのは、遺されたザイオンの人々だった。
 トリニティとモーフィアス、そして救世主と信じてたネオが死んだと知っては、絶望してしまうのか。
 かつて自らの力でマトリックスを抜け出したキッドという少年や、ザイオンに生きる多くの子ども達の未来はどうなってしまうのか。
 モーフィアスが戦争の終結を宣言し、それを信じた人々は機械達と共存をしてくれるのか。
 初めはきっと悲しみ、そして自分達に死を齎した者達に怒りを覚えるだろう。けれど、時間をかけてでもいいから、機械を本当の意味で理解して欲しかった。
 彼らの心を知れば、もう誰も悲しむことはないのだから。


 時間はもう残っていない。
 この身体もすぐに消えてしまうだろう。
 かつて長い間囚われていた終わりの来ない永劫の地獄ではなく、本当の意味での終わりを迎える為に瞼を閉じた…………




『…………ネオ』

 聞き慣れて、そしてずっと共にいたかった女の声が聞こえる。
 その声をネオはよく知っている。忘れるはずがない。意識が遠のいていく中で、彼女の姿がはっきりと見えた。

『愛しているわ、ネオ』

 もうここにはいるはずがないのに、すぐ隣でこの身を抱き起してくれている。その鼓動と、その両腕の温もりは確かに伝わってきた。

『ネオ…………ずっと、一緒にいましょう』

 彼女は聖母のように微笑んでいる。
 そして彼女は瞼を閉じて、唇を重ねてきた。そのキスに動揺することもなく、ネオは彼女の想いを受け入れた。
 世界が止まり、そして全ての時間が止まる。それでいて二人の想いだけは熱く燃え上がっていて、誰にも邪魔することができない。
 唇はすぐに離れる。宝石のように澄んだ瞳を見つめながら、彼女の名前を呼んだ。

「トリニティ」

 すると、彼女の笑顔はより愛おしくなる。
 その温かさに、全ての痛みと悲しみが癒されていくのを感じたネオは、両腕を広げて彼女の身体を包み込んだ。


 その再会に胸を躍らせる救世主の身体は柔らかく輝いて、そして消えていく。
 斯くして、VRバトルロワイアルに巻き込まれて、世界の真実を知ってもなお挫けなかった救世主は、最期を迎えた。胸に抱いた願いが叶わなかったとしても、彼は決して後悔せずに、満ち足りた気持ちのままこの世を去ることができた。
 この胸に抱いた理想と決意を受け継いでくれる仲間がいて、救世主の想いが遺された漆黒の剣があるのだから。



【ネオ(トーマス・A・アンダーソン)@マトリックスシリーズ Revolution】





     6◆◆◆◆◆◆



 救世主は倒れた。
 その力は破壊を求める者の手に堕ち、新たなる影が生まれ落ちた。救世主が戦って残されたのは、絶望という結果だけか。
 それは違う。救世主は最後にたった一つだけ、その力で光を遺している。一度は消えかけていたが、救世主によって再び輝きを取り戻した。
 破軍星の如く輝きを。



     †



 気が付くと、揺光は見覚えのある闘技場に立っていた。
 闘争都市ルミナ・クロスのアリーナ。『The World』で揺光のアカウントを作ってから、数え切れないほど訪れた場所だ。
 何故、ここに立っているのか? 会場の左端にあるアリーナに訪れたつもりはないのに。
 そもそも、あの死神に戦いを挑んだはずだ。死神がバスターから巨大な弾丸を放って、そして…………

「…………もしかして、アタシは死んじゃったのかな」

 ここに辿り着く前に見た、最後の光景が脳裏に過ぎる。あれから、きっと苦しむ暇もないまま、一瞬で殺されてしまったのだと落胆した。

「そうだ。アタシはアイツに戦いを挑んで、返り討ちにあったんだ……
 やっぱり、みんなみたいにはいかなかったか……」

 誇りと絆を胸に、ネオと共に戦いたかった。
 けれど何一つ届かなかった。彼らが飛んだ空に行くこともできず、無様に落ちただけ。
 元から、力が足りなかったのは揺光自身もわかりきっていた。故にこの結果は至極当然と言える。


 それでも、受け入られなかった。
 いなくなってしまったみんなはどれだけ強い敵が待ち構えていようとも、最後まで戦い抜いたのだから。
 だからこそ揺光は、彼らのように有りたかった。みんなのように強くなりたかった。

「…………アタシがみんなみたいに強くないのはわかってる。でも、諦めたくないんだよ。
 キリトも、慎二ってバカも、アーチャーも、それにハセヲも……どこかで頑張ってるんだから。
 アタシだけが、こんな所で立ち止まってる訳にはいかないんだよ!
 もう二度と、ハセヲを……みんなを泣かせたくなんかないんだよ!」

 かつてAIDAに感染したボルドーによって致命傷を負わされた時、ハセヲは駆け付けてくれた。
 その時、消えゆく意識の中で揺光は見た。この身を想って涙を流しているハセヲの姿を。
 気持ちは嬉しかったけど、彼が悲しんでいるのは望まない。男の子はいつだって、シャンとして胸を張らないといけないから。
 そして彼の隣にいたいと思うのなら、揺光だって胸を張るべきだ。ハセヲに負けないくらいに強くなって。
 だから揺光は死の運命に抗う為に、一歩前に進んだ。

「そうだ! その意気だぜ、揺光!」

 すると、誰かがこの名前を呼んでくる。

「……クライン!?」

 振り向いた先にいたのは、あのクラインだった。
 灼熱の炎を振りまくボスモンスターから揺光とロックマンを守ってくれた、あの頼れる大人だ。
 ニッと、力強い笑顔と共にサムズアップを向けてくれていた。

「そうでガッツ! 揺光は強いでガッツよ!
 だって揺光はおれさまの友達でガスから!」

 クラインの隣にはガッツマンも立っている。
 彼はクラインに負けないくらいの朗らかな笑顔で、揺光を見届けてくれていた。
 何故、二人がこんな所にいるのか。その理由は知らないけど、二人の元に駆け寄ろうとした。

「ミス揺光。あなたの命はまだ尽きてはいないと私は推測……いいえ、信じております」
「揺光。君はまだここで終わってはいけない……君と、君の友人達には素敵な未来が待っているのだから」
「揺光さん、諦めないでください。あなたは、先人の過ちを決して繰り返さないと……私達は知っていますから」

 別の場所から、揺光を呼ぶ三つの声が聞こえてくる。
 かつて敵対したラニ=Ⅷと、自分達に未来を託してくれたモーフィアスとカオルがそこにいる。誰もが微笑んでいた。
 彼らの姿を見て、やはりここはあの世という場所なのだと、本能的に察した。

「あ、アンタら……アタシのことを迎えに来たのか?」
「揺光。君は生きるんだ」

 揺光の問いに答えたのは、足音と共に聞こえてくる六人目の声。
 振り向くと、そこにはサングラスとトレンチコートがトレードマークの男がいた。死神を止める為に力を尽くしてくれたネオだ。
 彼がここにいる理由はただ一つ。揺光を守ろうと力を尽くしたが、死神によって命を奪われてしまったから。

「ネオ……やっぱり、アンタも……」
「生きて、君の未来を掴んでくれ。
 そして人類と機械、ネットナビが共に生きていけるように……
 強くなるんだ、揺光!」
「……えっ?」

 目の前に立つネオは、真摯な眼差しで揺光を見つめていた。
 その輝きはとても強く、三国志の英雄達と肩を並べてしまいそうなほど。そして揺光のことを案じているようだった。

「ネオ……アタシは、アンタを……」
「揺光。生きろ……生きて、きみの未来を……きみ達の未来を掴み取ってくれ。
 モーフィアスとカオルが言ったように。
 それが救世主である俺の……いや、俺達の最後の願いだ」
「…………!」

 その言葉に衝撃が走った。
 彼らは励ましてくれている。例え敗北しても、また立ち上がれると信じていた。
 かつて揺光はエンデュランスに敗れて宮皇の座を奪われた。とても強い悔しさを味わって、痛みと苦しみをバネに何度も立ち上がった。
 だからこそ、ハセヲ達と共に冒険することだってできた。

「アンタら……アタシに生きろって言うのか?
 …………アタシだって、そうしたい。けど、アタシはもう……!」


   ―――揺光ちゃん―――


 揺光の不安を打ち消すような声が耳に響く。
 この目で最期を見た、揺光が知るもっとも強いネットナビ。ロックマンの声が聞こえてくるが、その姿は見えない。
 彼を探そうとした瞬間、周りが満天の星空の如く輝きに覆われていく。ネオ達の姿もすぐに見えなくなった。

「ロックマン! ネオ! 待ってくれよみんな!
 アタシは、アタシはまだみんなに言いたいことが……!」

 遠ざかっていく姿を追う為に、揺光は走り出す。
 一歩進む度に、輝きはより激しさを増していき……それに伴うかのように、体の奥底から力が溢れ出るのを揺光は感じた。
 この道は、未来へと繋がる道。みんなと共に歩いて、そして宮皇となった揺光の姿を見て貰いたかった。そしてみんなからの挑戦を受けたかった。
 みんなの願いに答えられるほどに…………強くなりたかった!



 気が付くと、荒廃した大地の中央には漆黒の剣が突き刺さっていた。
 揺光はその剣を知っている。ネオが死神と戦う為に装備していた剣だ。
 だけど、ネオと死神はいない。それはつまり、ネオはもうこの世にいないことを意味していた。

「…………ネオ…………!」

 震える声でその名を呼ぶ。
 揺光に応えたのは、刃の煌きだけ。星々の輝きが凝縮されているかのように美しかった。


   ―――強くなるんだ、揺光!―――


 夢の中で聞こえてきたネオの激励が蘇り、揺光は真っすぐな眼差しでエリュシデータを見つめる。

「…………わかったよ、みんな」

 静かに、そして力強く呟いた。
 彼らが最期に何を想いながら、言葉を遺してくれたのか。聞かれるまでもない。未来という名の可能性を、より良くする為。
 先人の想いを成し遂げられるのは、今ここにいる揺光だけだ。

「アタシはアンタらみたいに強くないし、奇跡だって起こせない。
 だけど、それならこれからいくらでも強くなって、奇跡を起こせるようになる。
 ネオやモーフィアス……それにカオルが信じてきた明日を作って、熱斗って奴らにロックマン達のことを伝える!
 こんなデスゲームだって止めてみせる! だからみんな…………アタシに力を貸してくれ!」

 彼女の宣言は夜空の下で響き渡る。
 全身全霊の力を込めて、エリュシデータを引き抜いた。漆黒の刃から膨大な力が流れ込み、揺光のアバターを駆け巡る。
 例えではなく、揺光自身の身体が鼓動を鳴らしていた。


 瞬間、揺光は気付く。
 自らのPCボディが、先程と比較して大きく変容したことを。
 この両肩には一対の袖が装着されているが、全く重さを感じない。羽毛の如く軽やかさと、本物の武将が纏う鎧の如く堅牢さが共生していた。
 また彼女自身は気付かないが、トレードマークである赤い髪はより鮮やかになっていた。

「この、ボディは……まさか、ネオが残してくれたのか?」

 困惑と共に呟くが答えは返ってこない。
 短時間で劇的な変化を起こすのはまず有りえない。デスゲームの最中に、PCボディが変容する効果を持つアイテムを使った覚えもない。
 故に最後に残された可能性は、これはネオによって齎された変化だということ。


 その推測は正しかった。
 揺光のアバターが変わった理由は一つ。ネオが持つ救世主の力が、揺光に新たなる力を与えたのだ。
 救世主の力はマトリックスに存在する全ての物理法則を改竄する程に凄まじい。マトリックス全てを埋め尽くすほどにまで増殖したスミスと渡り合い、そしてトリニティの命を救う奇跡すらも起こした。
 このデスゲームでも、救世主の力を手に入れたことで進化を果たした者達がいる。二体のAIDAと二人の勇者カイト、そして暗黒の破壊神となったフォルテ。
 彼らのように救世主の力を得た揺光もまた、Xthフォームと呼ばれる姿へのジョブエクステンドを果たした。その姿は彼女を再現したデータが、九竜トキオという少年と共に戦い、ランクアップして誕生した。
 生きて、そして強くなってほしいというネオの最後の願いが、本来の物語では果たせない奇跡を成し遂げたのだ。

「なら頑張らないとな」

 しかし揺光自身はその答えを知らず。
 この身に起こった変革を受け入れながら、エリュシデータを天高く構える。
 劉備、関羽、張飛という三国志の武将達が桃園の誓いを交わしたように、揺光もまた誓いを立てた。

「我ら、生まれし日、地は違えども……共に時を過ごしからには、心を同じくして助け合い、戦う者達を救わん!」

 夜空の星となった仲間達に向けるように、彼女は心の底から叫んだ。
 そして彼女は前を見る。ネオの命を奪ったあの死神は、恐らくまだ生きている。きっと、取るに足らない敵と見くびってあえて殺さなかったのだろう。
 彼のことは許せないけど、憎しみのまま戦ったらそれこそ思う壺だ。
 ネオの遺志を継ぐのならば、決して死神を否定してはいけない。その上で、死神の手からハセヲ達を救わなければいけなかった。

「見ていてくれ……ネオ、ロックマン、みんな!
 こんなデスゲームを止めて、そして熱斗達やザイオンの人達にアンタらのことを伝えるまで……アタシは最後まで戦ってみせる!
 キリト! 慎二! アーチャー! ミーナ! それにハセヲ! 待っていてくれよな! アタシはアンタらの力になるから、死ぬんじゃないよ!」

 救世主が成し遂げた最後の変革を胸に抱いて、揺光は走る。その勢いは、戦乱の世を駆け抜けた英傑達のように力強かった。
 もう二度と、ハセヲを泣かせたりなんかしない。キリトや慎二やミーナとだって一緒に帰ってみせる。
 繋がり(Link)や絆が途切れることは、決してない。絶対に終わらせてはいけなかった。


【D-3/草原/1日目・夜】


【揺光@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP100%、強い決意、Xthフォーム
[装備]:最後の裏切り@.hack//、エリュシデータ@ソードアートオンライン、PGMへカートⅡ(7/7)@ソードアートオンライン、ゲイル・スラスター@アクセル・ワールド
[アイテム]:不明支給品0~2、平癒の水@.hack//G.U.×3、ホールメテオ@ロックマンエグゼ3、基本支給品一式×3、、ナイト・ロッカー@アクセル・ワールド、ネオの不明支給品1個(武器ではない)、12.7mm弾×100@現実、エリアワード『選ばれし』
[思考]
基本:この殺し合いを止める為に戦い、絶対に生きて脱出する。
1:ハセヲ達を助ける為に前を走る。
[備考]
※Vol.3にて、未帰還者状態から覚醒し、ハセヲのメールを確認した直後からの参戦です
※クラインと互いの情報を交換しました。時代、世界観の決定的なズレを認識しました。
※ロックマンエグゼの世界観を知りました。
※マトリックスの世界観を知りました。
※バーサーカーの真名を看破しました。
※ネオの願いと救世主の力によってXthフォームにジョブエクステンドしました。
※Xthフォームの能力は.hack//Linkに準拠します。
※救世主の力を自在に扱えるかどうかは不明です。


支給品解説
【アナザーネオ@ソードアート・オンライン】
 ソードアートオンライン-ホロウフラグメント-に登場。
 90層防具屋に登場する高性能の盾。防御力が+75される他、毒や麻痺や出血に対する耐性も上がる。


125:そして船は行く 投下順に読む 127:戦いは続く
125:そして船は行く 時系列順に読む 127:戦いは続く
125:そして船は行く ネオ(トーマス・A・アンダーソン) Revolution
揺光 127:戦いは続く
フォルテAS 130:ライバル―Gamer’s High―
122:ナミダの想い~obsession~ オーヴァン 132:LASTMISSION  ――知識の蛇へ――
123:convert vol.3 to vol.4 129:驕れるあぎと/backyard of eden

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最終更新:2017年07月04日 06:12