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 泥土の果てに
 死して眠る竜。
 五つのくびきを解き放ち、
 目覚める時は何時?


     1◆


「始まったか」

 眼前に展開された無数のモニターを観て、榊は口元に笑みを浮かべそう呟いた。
 モニターには月海原学園の――ドッペルゲンガーに翻弄される対主催生徒会とやらの様子が映っている。
 特にハセヲが何の手出しもできないでいる様は、榊にとっては愉快で他ならない。

「もうすぐだ。もうすぐで……っ!」
 湧き上がる衝動を堪えながら、いっそう笑みを深くする。

 生徒会のプレイヤーに迫る危機は、何もドッペルゲンガーだけではない。
 残る三人のPKたちもまた、月海原学園へと集まってきている。
 彼らを追う残るプレイヤーも含めれば、生き残ったプレイヤー全員があの場所に集う事になる。
 そうなればこのデスゲームは、決着とまではいかずとも、まず間違いなく佳境を迎えることだろう。

 時刻は折しも、一日目最後の区切りだ。
 生徒会のプレイヤーが懸命に対抗策を練ったようだが、それも無駄に終わる。
 次の放送を以て、このデスゲームは一新される。
 ―――バトルロワイアルという、その名だけを残して。


「随分と楽しそうですね、榊。自分の役割は果たしたのですか?」

 水を差すように放たれた声に、若干気分を害されながらも振り返る。
 そこにはモルガナの“盾”たる女騎士――アリスがいた。

「何を言うかと思えば、当然だろう。でなければ、他ならぬ君に消されてしまうではないか。
 これは言わば、仕事の合間の小休止、というやつだよ。
 計画の第二段階もそろそろ大詰め。次の仕事は、相応に大掛かりになるだろうからね。
 それに、楽しそう、だと? それこそ当然ではないか!
 運営である私が調節したイベントに、期待通りに嵌まってくれたのだ。これで楽しくないわけがないだろう」

 どこか人を小馬鹿にしたようなその口調に、アリスは若干眉をしかめる。
 だが何かを言い返すことはない。一応でも“役割”を果たしているのなら、それで問題はないからだ。
 あるとすれば、オーヴァンとの間で頻繁に交わされる、“役割”とは直接の関わりがない取引だが――――。

「それで。君の方は私に何の用だね? まさか、ただ私の休憩を邪魔しに来たわけではないだろう?」
「当然です。回収した『第三相の碑文』を渡しに来ました。未覚醒の碑文の管理は、あなたに一任されていますので」
 そう言ってストレージから取り出した碑文を、アリスは不承不承といった風に榊へと渡す。

 本音を言ってしまえば、スケィスの杖だけでなく、『碑文』すらも榊に渡したくはなかった。
 何しろこの男は信用できない。AIDAに侵されたその腹の内で、一体何を考えていることか。
 実際、バトルロワイアルの運営という役割こそ与えられているが、正直に言ってその性格はGM向きではない。
 現に『The World R:2』で彼が企画、開催したPKトーナメントでも、彼はハセヲ個人に対する私怨から余計な手出しをし、結局まともなトーナメントの体を為せていなかった。
 そんな榊を好きにさせては、最悪モルガナの目的に支障が出かねない。

 だというのに『碑文』を預けるのは、現在のGMの中では比較的『碑文』に詳しく、加えてAIDAによる『碑文』への干渉力も併せ持っているからだ。
 そもそも彼がGMに抜擢された理由自体が、『The World R:2』内で『碑文』を知り、かつデスゲームに与し得る人物だから、というものだ。
 でなければ榊などGMに選ばれるはずもない。
 むしろ“運営”という点に関しては、月の聖杯戦争という実績を持つトワイス辺りにでも任せればよかったのだ。
 代わりとなる“記録”の役割には、それこそ『第八相の碑文使い』であるオーヴァンを据えればいい。

 ……そうしなかったのは、“碑文との相性”という問題故か、それとも別の理由からか。
 GMやプレイヤーの選出基準を詳しくは知らない自分には、判断はつかない。
 だがしかし、もし榊がモルガナの目的を妨げるようなことがあれば、その時は即座に廃棄してくれる、と。
 アリスは内心でそう決意し、鞘に納まったままの己が剣を握り締める。


「ふむ、確かに受け取った。
 あとはこれをどうやって覚醒させるかだが……まぁそこは考えてある。心配はいらんよ」
「……………。
 ならば構いません。モルガナの計画に支障が出ないのであれば、それで。
 オーヴァンに足元を掬われぬよう、せいぜい気を付けてください」

 如何にGMが圧倒的優位な立場とはいえ、あのオーヴァンがただいいように使われ続けるとは到底思えない。
 まず間違いなく、何かしらの手を打ってくるだろう。
 そのことは、この男が一番よく理解しているはずだ。
 だというのに、榊は笑みを浮かべて余裕を見せる。

「わかっているとも。だが心配は無用だよ、アリス君。
 君も知っているだろう。あの男はGMに決して逆らえない。
 なにしろモルガナの計画の要である“彼女”は、“―――――――”なのだからね」
「……………………」

 そう。それこそが、これまでオーヴァンとの接触が容認されていた理由だ。
 でなければ榊は、とっくに廃棄されていただろう。そうならなかったのは、単に“彼女”という存在故。
 “彼女”の存在がある限り、オーヴァンに対するGMの優位が揺らぐことはないからだ。
 ………だが。それだけで本当に、あの男をコントロールできるのだろうか。

「――――――――」
 胸中に沸き上がる疑念を、アリスは口を固く閉ざして封殺する。
 榊がオーヴァンを御しきれず自滅するというのなら、それはそれで構わない。
 こちらで処理する手間が省けるというだけの話だ。

 それにいずれにせよ、“波”はもう動き始めた。xxxxの時まで、そう時間は残されていない。
 ―――だからその前に、己が“使命”を果たさなければ。

 内心でそう決意を新たにすると、アリスは榊へと背を向け、知識の蛇を後にした。



 その背中を見つめながら、榊は静かに口端を吊り上げる。

 “計画”は順調だ。
 ここまでの段階において、修正が必要となる問題は何も起きていない。
 次のメンテナンスで開始されるイベントの設定も終わり、ロックマン.hackも最終調整を残すのみ。
 オーヴァンに渡した『碑文』を含め、仕込みはすべて完了している。
 このままバトルロワイアルを完遂させれば、それで自分の野望は叶えられる。

「存分に足掻くといいさ、アリス君。
 君がどれだけ私を危険視しようと、その“役割”に徹する限り、私の“計画”は止められないのだからね」

 アリスの姿はすでにない。
 榊のその言葉は、誰にも届くことなく、静かに消えていった。


【?-?/知識の蛇/一日目・夜】

【榊@.hack//G.U.】
[ステータス]:健康。AIDA侵食汚染
[装備]:閲覧不可
[アイテム]:閲覧不可
[ポイント]:-/-
[思考]
基本:ゲームを正常に運営する。
1:バトルロワイアルを完遂させ、己が目的を達成する。
2:再構築したロックマンを“有効活用”する。
3:『第三相の碑文』を“覚醒”させる。
4:アリスの動向に期待する。
[備考]
※ゲームを“運営”することが彼の役割です。それ以上の権限はありません。
※彼はあくまで真実の一端しか知りません。
※第?相の碑文@.hack//を所有していますが、彼自身に適正はなく、AIDAによって支配している状態です。
※オーヴァンに渡した碑文の詳細は不明です。
※アリスから第三相の碑文を受け取りました。

【アリス@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:健康
[装備]:閲覧不可
[アイテム]:閲覧不可
[ポイント]:-/-
[思考]
基本:ゲームの中枢、モルガナの“盾”となる。
1:xxxxが訪れる前に、自身の“使命”を果たす。
2:榊らを監視し、場合によっては廃棄する。
3:ゲームに生じた問題を処断する。
[備考]
※性格、風貌は原作11-12巻におけるシンセサイズを施されていた状態に準拠しています。
※が、従うべき対象はモルガナへと再設定されているようです


     2◆◆


 ――――そうしてワタシは、その場所へと帰還する。
 足下に碧い湖面が広がり、巨大な金色の鎖に覆われた虚無のソラ。
 バトルロワイアルの舞台である電脳空間、その深層領域。
 『光子鏡面回廊 裏アンジェリカ・ケージ』へと。

「―――お帰り、■■■君。思っていたよりは遅い帰還だが、何かあったのかな?」

 ワタシの帰還を確認し、転移してきたのだろう。
 振り返ればそこには、医者か学者のような白衣の男がいた。
 GMユニット、ナンバー02――トワイス・H・ピースマン。月の表側で、聖杯戦争を構築したNPC。

 彼の問いに答える前に、彼の言葉を訂正する。
 ワタシのラベリングは■■■ではなく■■だ。少なくとも、GMとして行動する限りにおいては、そうなっている。
 だからこちら側にいる時に、その名で呼ぶのは止めてほしい、と。

「ああ、そうだったね。すまない、謝罪しよう」

 その言葉に頷きを返し、続いて彼の問いに返答する。
 と言っても、大したことではない。“表”の役割が若干長引いたというだけだ。
 ワタシの本来の役割がそれだったこともあって、放置することは出来なかったのだ。

「そうか。それなら別にいいんだ。君のGMとしての“役割”は、重要ではあれど、時間に迫られるものでもないしね。
 だが、君も理解しているだろうけど、我々の計画ももうすぐ第三段階へと移行する。
 そうなれば」

 わかっている。
 そうなれば、“表”の役割に戻ることはまずできないだろう。
 なぜなら次のモラトリアムが始まる前に、表エリアが崩壊する可能性が高いからだ。

 計画が第三段階に移行するという事は、表エリアの役割が終わったという事。
 そして役割を終えた道具は片づけるもの。役割を終えたものをいつまでも残しておくなど、リソースの無駄でしかない。

「………“彼”は、ここに来ると思うかい?」

 ――――――――。
 トワイスの口にした“彼”が誰を指すのか、それは考えるまでもない。
 だからその問いの答えも、わざわざ口にするまでもない。

「本当に?」

 ――――――――。

「現状において“彼”がここに辿り着ける確率は、確率は五〇%を下回っている。状況の変化次第では、一〇%にも満たなくなるだろう。
 確かなことは、〇%にだけは決してならない、という事だけだ。
 それでも君は、“口にするまでもない”と、そう確信しているのかい?
 他ならぬ、君が」

 ――――当然だ。
 そのために、ここまでの事をしたのだ。
 そのためだけに、ワタシはここにいるのだ。
 そうでなければ、この戦いを始めた意味がない。

「そうだったね。
 モルガナの目的など関係ない。君にとっては、それがこの戦いのすべてだった。
 ――――なら私も、そう“信じる”としよう。この戦いの先には、私が望む“美しい紋様(アートグラフ)”があるのだと」

 そう言ってトワイス・H・ピースマンは、空の一点へと視線を向ける。
 そこには光を一切弾かない黒い立方体が、金色の鎖をアンカーのように打ち込まれて浮かんでいる。

 それは、“頭脳”に当たるモルガナと対になる、この電脳世界の“心臓”とでも言うべきもう一つの中枢。
 月の中枢部である“熾天の檻”と同じフォトニック結晶から造られた、オペレーティングシステム(OS)。
 シークレットカテゴリ・オブジェクトナンバー002、ラベリング“堕天の檻(クライン・キューブ)”。
 それを同じくシークレットカテゴリ・オブジェクトナンバー001、ラベリング“逢魔の鎖”で制御することで、この世界は構築されている。
 故に、もしここの管理権限を得る事が出来れば、その人物はこの世界を支配することができるだろう。

 それも当然。
 何しろこの場所こそが、バトルロワイアルにおいて優勝者が現れた時に、その人物が招かれるはずの領域。
 この“堕天の檻”こそが、優勝者に与えられるトロフィーなのだ。
 優勝賞品に【あらゆるネットワークを掌握する権利】が謳われている以上、その程度の機能や権限は、むしろ有って然るべきだろう。

 ……もっとも。“堕天の檻”も“逢魔の鎖”も、本来の役割は別にあり、OSとしての機能はその副産物に過ぎないのだが。
 加えて言えば、使用されているプログラムの関係上、その権限がモルガナを上回ることもあり得ない。
 そして肝心の優勝者の誕生という可能性もまた、現状ではほとんど失われている。
 故に、ここの“本当の役割”が果たされるとしたら、それはモルガナの目的が果たされた時だろう。


「では、そろそろ失礼させてもらうとするよ。
 君も、くれぐれもムーン・セルに気付かれるようなミスだけはしないでくれ。
 “あれ”の性質上対抗可能だとはいえ、現段階で目覚められると、後々が面倒だ」

 言いながらトワイスは、“堕天の檻”から湖面へと視線を移す。
 水鏡となって周囲を映す湖面の中央。
 そこには“堕天の檻”ではなく、“本物のムーン・セル中枢”が映っている。

 そんなことはわかっている。そのためにこの空間があるのだ。
 こちらから接触しない限り、ムーン・セルに気付かれることは決してない。

「それでも、だよ。
 榊がいろいろと企んでいるようだからね。万が一、ということもあり得る。
 何しろ彼は、断片的にしか此処の事を知らない。場合によっては、余計な手出しをしかねない。
 注意するに越したことはないだろう」

 そう言い残して、トワイスはこの空間から立ち去った。

 ………モルガナの目的など、ワタシにはどうでもいい。
 だが、ワタシの目的を果たすには、モルガナの望みを叶える必要がある。
 トワイスの事はもっともだ。もしもの時のために、何かしらの手は打っておくべきだろう。
 そう判断し、ワタシもこの空間を後にする。
 ―――だがその前に、もう一度だけ、“堕天の檻”を俯瞰する。


 バトルロワイアルは第三段階へと移行する。
 運命は確実に迫っている。
 xxxxの時は近い。
 だからワタシは、ここにいる。

 ―――堕天の玉座にて、アナタを待つ。


【?-?/光子鏡面回廊 裏アンジェリカ・ケージ/一日目・夜】

【トワイス・H・ピースマン@Fate/EXTRA】
[ステータス]:健康
[装備]:閲覧不可
[アイテム]:閲覧不可
[ポイント]:-/-
[思考]
基本:ゲームの情勢を“記録”する。
1:より良き未来に繋がるよう、ゲームを次なる展開へと勧める。
[備考]
※ゲームを“記録”することが彼の役割です。それ以上の権限はありません。
※第八相『再誕』の碑文@.hack//を所有しています。
※モルガナの目的が果たされた時、本当の『再誕』が発動し、トワイスは死に至ります。

【■■(■■■)@              】
[ステータス]:健康
[装備]:閲覧不可
[アイテム]:閲覧不可
[ポイント]:-/-
[思考]
基本:GMユニットとして“役割”を果たす。
0:―――堕天の玉座にて、アナタを待つ。
1:自身の目的を果たすために、モルガナの望みを叶える。
2:もしもの時のために、何かしらの手を打っておく。
[備考]
※■■の役割は不明です。
※GMとしての役割とは別に、“表側”での役割も有しています。
※第?相の碑文@.hack//を所有しています。


128:迷宮GO! GO! GO! 投下順に読む 130:ライバル―Gamer’s High―
128:迷宮GO! GO! GO! 時系列順に読む 130:ライバル―Gamer’s High―
126:共に生きる 134:黒衣の復讐者
122:ナミダの想い~obsession~ アリス 133:Last Recode(前編)
123:convert vol.3 to vol.4 トワイス・H・ピースマン 141:TRIALS of AI(1)
■■(■■■) 143:宵闇

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最終更新:2020年07月04日 14:13