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少年の選択っ

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少年の選択っ



作者:あびす





 ラビットはチラチラとアナログの腕時計に目をやっていた。時刻は午後6時35分。徐々に日が暮れはじめている頃で、この駅前は帰宅を急ぐ客でごったがえしている。
 まさか時間を間違ったか。コートの胸ポケットから小さなメモ帳を取り出し、パラパラとめくる。
『駅前の噴水、6時30分』
 間違いない。今日の日時と場所がはっきりと書かれている。部隊内での雑用をやらされているせいか、ラビットには些細なことでもメモを取る習慣があった。
 そわそわと携帯電話を見る。着信・メール共になし。
 すっぽかされたのか。さてはドッキリなのか。
 時間が経つにつれ、彼の心臓の鼓動は高鳴るばかりだった。
 難しそうな顔で腕を組み、そわそわと足踏み。時間を見る。6時39分。まだ4分しか経っていない。10分は経っていると思ったのだが。
 そのときだった。肩を叩かれたので、振り返る。振り返った先には、人差し指。人差し指がラビットの柔らかい頬に刺さる。
「待ったー?」
 待ち人来る。すらりとした年頃の女性、レベッカ・オブライエン。薄いサングラスの向こうに、にしし、と笑う瞳が仄かに見えた。
「いや、ボクもさっき来たところです」
 努めて冷静に、教本どおりに喋る。いや、実は6時の時点にはすでに待つ体勢に入っていたのだが、そう言うべきかと思った。
「うんうん、デートに女の子よりも早く来るのはいい心がけだぞー、エ・ロ・ウ・サ・ギ」
 レベッカがラビットの頭を帽子越しにぽんぽんと叩く。あまり深く被っていない帽子が柔らかそうに潰れた。
「デートって……今日はただの食事ですよ! それに、その呼び方は止めてください……。恥ずかしいですよ……」
 レベッカの「エロウサギ」という呼び方は別に的外れな訳ではない。ラビットは歳相応の助平だ。といっても、根が弱気なので特に行動に移れる訳でもないのだが。
「人はそーゆーのをデートって言う」
 再びレベッカが悪戯っぽく笑う。デート、という一言を異様なまでに意識するラビットの姿は、見ていて面白かった。くだらないエロい妄想ばかりしているとは思えないほど、初心だ。
「で、場所は何処なの? まーさーか、ミュークトなんか言わせないよ。ま、別にいいけどー」
「えっと、ここからちょっと距離ありますけど、ちゃんとしたレストランですよ」
「……それじゃミュークトがちゃんとしてないみたいじゃん」
「違います?」
「いーや」
 レベッカが笑う。「レストラン・ミュークト」とは某所にあるレストランだ。一応。
 但し書きが付いたのは他でもない、食事をするために来る客が一人も居ない、ということだ。それどころか、中でいきなり戦いだす奴らもいるし、爆発だの文字通りに潰れるだの台風で吹っ飛ぶだの、大損害を負っても翌日には(ヘタしたらその日に)直っているという訳の解らない場所である。
 確かに面倒な場所なのだが、出会いも多い。今、隣にいるレベッカやいつの間にか舎弟扱いされていた真田など、多くの出会いを経験した。
 そう、嫌いな場所ではないのだ。
「じゃ、今日はエスコートしてもらおっか。エロウサギに」
 レベッカがくすりと笑う。そして、するりとラビットの脇に手を潜り込ませた。その行動に彼は思わずびくりと反応する。ラビットは小柄な少年、レベッカは人並みの成人女性と、身長差は大きい。
「だ、だからエロウサギにって……」
 ラビットは顔を赤らめながら返答する。腕組みだけでもドキドキできる、まだ若い少年なのだ。
 二人は寄り添いながら目的地へ向かう。恋人気取りなラビットだが、二人の様子はどう見ても仲の良い姉弟にしか見えない。
 それに気付かないのも、また若さだ。



 腕時計を見る。長針は既に垂直を過ぎていた。食事の後、ゲームセンターからカラオケ。まぁ、よくあるパターンではあるが。
「……終電、逃しちゃいましたね」
「っとに、ヘタな歌ずっと聞かされてたあたしの身にもなれってねぇー」
「ちょ、人のこと言えますかっ!?」
 別にどちらが悪いと言うわけでもない。まぁ、そこはノーコメントとしておこう。
「……ホテルでも行くー?」
 レベッカの何気ない一言。が、ラビットにとってはそうではなかった。一気に顔が上気する。それこそ、頭上から湯気が立つほどに。
「え? い、いや、あの、ホテルっていうと、あのホテル!?」
「それ以外に何があんのよ」
 ホテルで男女がすることといったら唯一つ。悲しいかな、ラビットの頭はそれしか考えることができないのであった。
「ま、ラブホは無理かしらねぇー。ウサギどう見ても未成年だし」
 レベッカの言葉が耳に入らないほど、ラビットの頭はパニックになっていた。抱き合ったこともあるし、キスしたこともある。何れもミュークトで、だが。
 だが、事にまでは至っていない。そして、ラビットは童貞。
「……聞いてる?」
「あ、は、はい! えっと、ホテルっていうと……」
「ちーがーうー。ラブホはどう見ても無理だから、ビジホが無難かな、って言っただけ。話聞けよエロウサギ」
「す、すみません」
「ま、帰るなら帰るでいいけどー? 決めるのはウサギ」
 別に泊まっちゃいけないとは言われていない。ホテルに行くべきか、どうするべきか。
 緊張。事には及ばないだろうが、今までさんざん自分を誘惑してきたレベッカのことだ。ないとは言い切れないし、これもフラグなのかもしれない。
「い、行きましょうか」
「おー、じゃ、やっちゃおっか、エロウサギ」
「な、な、な、何をっ!?」
「んー、言わなくても解るでしょー?」
 レベッカが悪戯っぽく笑った。



 ついに来てしまった。
 コートと帽子を壁にかけて、ラビットはベッドの上に固唾を呑んでちょこんと座っていた。ビジネスホテル特有の殺風景な部屋。
「じゃ、先にシャワー浴びてくるよ」
 上着を壁にかけたレベッカの何気ない一言。お約束のようにラビットが過剰に反応する。
「ん? 一緒に入りたいのー?」
 レベッカが脱衣所からからかうように声をかけてくる。まずい、非常にまずい。今ホイホイとシャワーを浴びに行ったら絶対後々ネタにされる。それに、期待とか興奮とか妄想とかで、彼は今、大変なことになっているのであった。
「い、いや、遠慮しときますっ!」
 慌てて手を振る。今頃レベッカは脱いでる。彼女の裸。まずい、非常にまずい。というかシャワーを浴びるということは臨戦態勢ということじゃないのか。悲しいかな、ラビットの頭はそれしか考えることができないのであった。
「お待たせー。ウサギはどーすんのー?」
 レベッカが髪の毛を拭きながら脱衣所から出てくる。その体には、バスタオル一枚だけ。まずい、とても非常にまずい。
「ど、ど、ど、どーするって……」
 レベッカがバスタオルのままラビットの横に座った。ラビットの顔を覗き込む。観察するような、本気で問いかけるような。
「ほら、今日はウサギに任せるって言ったでしょ?」
 レベッカの悪戯っぽい表情。髪の毛の良い匂いがラビットの鼻腔をくすぐった。思わず、唾を飲む。
「早くしないと、あたしは寝ちゃうぞー?」
 レベッカがベッドに横たわる。バスタオル一枚のまま。


『据え膳食わぬは男の恥』
『次のチャンスを待つ』
『とりあえずシャワーを浴びてくる』


 どーする!? どーするよボク!?





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