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お気の召すまま

 暁(アウローラ)は詩歌(ムーサ)の友なり

 ――――『学問・芸術は早朝に励むとよい』を意味するローマのことわざ。


  ◆  ◇  ◆


 少女――南城優子は、憂鬱な気分でトーストを咀嚼していた。
 優子は美少女である。
 と、自分で思っているし、事実彼女を見る者知る者に尋ねても同じ答えが返ってくるだろう。
 化粧は薄い――朝だからまだしていないのではなく、常にそうだ――が、モデルのような顔立ちはそれだけで既に美しい。
 髪は茶色のソバージュ。
 ギリシャ彫刻のように整った顔立ち。
 着やせするタイプだが非の打ちどころのない見事なプロポーション。
 しかし、どこか強気さを感じさせる迫力のある瞳。
 現在は憂鬱さで気だるげな雰囲気を纏っているが、逆にそれが彼女本来の明るさを強調していた。
 月のような妖しい美しさではなく、太陽のようなカラっとした美しさ。
 ……彼女のボーイフレンドがその例えを聞けば、顔を顰めるだろうか。それとも、笑うのだろうか。
 例えるならば戦女神アテナのような――否。
 ミネルヴァのような、とするべきなのだろう。彼女の『サーヴァント』のことを思えば。
 優子は憂鬱な気分をトーストごと飲み込もうとして、けれどもやはり憂鬱な気分を胸中でくゆらせながら彼を見た。

 彼、と言っていいのだろうか。
 いいはずだ。少なくとも、生物学上は。
 それは男性と女性の美しさを兼ね備えたヒトだった。
 けれども、どちらかと言えば女性のようだと思う。美少女のようだと思う。
 そしてその美しさは、優子とは逆に月のように妖しい美しさなのだった。
 太陽神を称える神官だったというこいつが月のようで、夜の眷属と好き合っている自分が太陽のようだなんて。
 なんとも妙な話だというのが優子のぼんやりとした感想だった。

 彼は、優子のサーヴァントであるところのマルクス・アウレリウス・アントニヌス……ええい長い。キャスターでいいだろう。
 キャスターは現在優子の女子制服を着て、ソファに腰かけ頬杖をついて、つまらなさそうにテレビを見ていた。
 繰り返すが、彼は生物学上男だ。つまり女装である。
 が……その姿は妙にサマになっていて、一見して美少女のようにしか見えない。
 優子としては正直気持ち悪い事この上ないのでやめてほしいのだが、
 それを口に出すとこの変態が余計に悦ぶような気がして、代わりにため息をついた。

 彼女がキャスターについて知っていることはそう多くない。
 なんでもローマ帝国の皇帝らしいが、生憎と勉強が得意な方でもない。
 かしずこうとも思わないし、敬おうとも思えなかった。

 ――――――――こいつは度し難いほどの変態で、屑のウジムシだ。

 それが優子のキャスターに対する理解の全てで、そしてその理解が間違っているとも思わない。
 優子の脳裏に先日の光景が浮かび上がる。
 夜中の公園。なんてことのない日々の中で泣いたり笑ったりしていたはずの彼らを、こいつは殺した。
 愉悦の表情を浮かべ、ただ楽しいからと、こいつは何の罪もない人を殺した。いともあっさりと。
 別に優子は正義の味方を気取るつもりはない。
 つもりはないが――屑は屑だ。
 この屑と共に聖杯戦争とかいう殺し合いに参加しなければならないということが、優子にはたまらなく憂鬱だった。


「おい」


 ハッ、と優子は顔を上げた。
 いつの間にか、視線を下に向けていたらしい。
 気づけばキャスターがテレビから視線を外し、その美しい顔を優子の方へと向けていた。
 ゾッと凍る背筋は、冬の寒さによるものではあるまい。どこまでも不気味な美貌。
 その表情はともすれば優子以上に憂鬱そうだったが、それが彼の魅力を際立てていた。
 元より、そういった魅力を持つ人物だ。

「な、なによ」

 優子は少しだけ気圧されながらも、気丈に返した。
 下手に出てはならない。優子にはキャスターを制御し、支配する必要がある。
 そんな彼女の胸中を知ってか知らずか、キャスターは深く深くため息をついた。それすらも様になっていた。

「余は退屈だ。この殺人鬼とやらの話はもう聞き飽きた」

 言われて、優子はテレビに視線を向ける。
 テレビでは、昨今巷を騒がせている殺人鬼の特集をやっていた。この手のニュースは繰り返し報道される。

 殺人鬼、というと語弊があるかもしれない。犯人は、人を食っているのだ。
 おぞましい、と思う。
 しかし同時に、納得もした。
 今朝優子の家――優子は冬木市のアパートに住む、仕送りで暮らす女子高生『ということになっているらしい』――に届いた手紙。
 討伐対象。
 二組の殺人鬼。
 討伐した者には令呪一画の報酬。

 つまり、そういうことだ。
 これは聖杯戦争の、イカれた参加者による凶行。
 脳裏に浮かんだのは顔見知りの殺人鬼、真鉤夭。
 彼は殺人衝動を抱えた殺人鬼で、二週間に一度ほどのペースで人を殺害しなければならない不死身のバケモノだ。反吐が出る。
 その殺人鬼と、自らの恋人が友達付き合いをしているということも腹立たしいが――
 ともかく、この一連の事件は奴の同類によるものなのだろう。
 他人を殺すことを宿命づけられた怪物。
 本当に、反吐が出る。
 そんな怪物が自分と同じ町にいて、自分がその怪物と殺し合う運命にあるとは。
 優子は努めて挑発的な笑みをキャスターに向けた。

「そ。なら、あんたが止めれば。そいつら倒せば、ニュースでも騒がれなくなるでしょ」
「それこそくだらんな。そんなものは兵士の仕事ではないか」

 優子は内心舌打ちした。
 キャスターはこの討伐令に乗り気ではないらしい。……それでは困る。
 率直に言って、自分たちが弱者であることを優子は理解していた。
 他の参加者を見たことがあるわけではないが、キャスターが強力な英霊であるとも思えない。
 少なくとも優子でも知っているようなビッグネーム――ヘラクレスとか、アレキサンダー大王とか――に比べれば、どう考えても弱いはずだ。

 なにせ、キャスターは戦士ではないのだ。ただの王様に過ぎない。
 いや、ただのと言うにはアクが強すぎるが。
 ともあれステータスも多分高い部類ではない。
 皇帝というからには戦争を指揮した経験ぐらいあるのかもしれないが……(優子は彼が傀儡で、しかも在位が僅か四年であったことをまだ知らない)

 である以上、追加の令呪というのは優子に取って喉から手が出るほど欲しいものだった。
 優子にはこの聖杯戦争とかいう殺し合いを生き延び、勝ち抜き、静秋のもとへ帰り、そしてあのイカれた殺人鬼と縁を切って平和に暮らすという目的がある。
 そのためには、少しでもアドバンテージを取らなければならないという自覚があった。

 さて、この変態をどうその気にさせるか……殴って言うことを聞かせるか? 気持ち悪いが、手っ取り早くはある。
 そんなことを考えていると、視線をテレビに戻していたキャスターが「おっ」と声を上げた。
 なにか変態の興味をそそるものでもあったのかと思考を打ち切ってテレビを見れば、どうも明日のクリスマスライブの宣伝らしい。
 きらびやかな衣装を着た美少女たちが、歌い踊る光景が画面いっぱいに映し出されていた。

「おいマスター、これはなんだ!?」

 いささか興奮した様子で、キャスターは尋ねた。

「なにって……明日のライブの宣伝よ。
 この町の、442プロとか言ったっけ? アイドル事務所がやってる……なに、あんたアイドルに興味あるの?」
「アイドル! アイドルと言うのか、この乙女たちは!」

 キャスターは目を輝かせ、食い入るように画面を見ている。
 度し難い屑の変態とはいえ、キャスターが派手好きの芸術好きであることも優子は理解していた。
 となれば、彼がアイドルに興味を示すのもひとつ道理なのだろう。気持ち悪いが。
 思えば優子も昔アイドルに憧れていたような、憧れていなかったような。
 まぁ自分の容姿ならなろうと思えば簡単になれると思うのだが、そういうことでなく。
 女の子というのは、いつまでとか、いつ頃とか、どのぐらいかとかは違いがあるにせよ、アイドルが好きなのだ。
 かわいい服を着て、歌ったり踊ったりするアイドルが。
 小学生のころ、クラスの女子はみんなアイドルに憧れていたように思うし、自分もそうだったと思う。今はそうでもないが。
 言わばアイドルとは女の子の憧れで……この変態屑ウジ虫皇帝も、女装するからには心の中に女の子の部分があるのだろう。最高に気持ち悪いが。
 きっとこいつの中にある女の子がアイドルに興味を示したのだ。吐き気がするほどに気持ち悪いが。
 それにしても、テレビにかじりつくその姿はなんだか子供のようで、優子は思わず吹き出しそうに――


「――――決めたぞ! 余はこのライブとやらに出る!」


「…………はぁ!?」

 ――吹きだす代わりに、優子は頓狂な声を上げた。


  ◆  ◇  ◆


 わが高殿に声を聞かせないでほしい
 夜の亡霊とともに眠らせてもらいたい
 悲しいことに、自分には、無用の体が高齢に打たれ寒い暗い石積みの中に落込み、
 山の上を歩く自分の姿が見られなくなり皆のところへ歓んでゆくまでは
 どうしても仲間のことが忘れられない

 ――――『オシァン クーン・ルーフとグーホウナ』より、老いたオシァンの言葉。


  ◆  ◇  ◆


「それじゃあ、行くですよライダー!」

 少女――市原仁奈は、傘を手に家の扉を閉めてから元気に快活に声を上げた。
 外では雪が降っていた。
 今日の服は雪兎。長靴履いて、雪兎の気持ちになるですよ、だ。

『うむ、今日もパワフル&パッショナブルだねレディ・ニナ!
 しかし、外で私とお話する時は心で念じてくれると私は嬉しいな!』

 返ってくる声は、しかし空気を震わせることなく仁奈の頭の中で響く。
 契約を交わしたサーヴァントとマスターとの間で行われる基礎能力、念話である。

「あっ、そーでした……」

 前に説明されたのに、ついつい声に出してしまった。
 悪いことをしてしまったと、仁奈はしょんぼりする。
 怒られてしまうだろうかと、仁奈はドキドキする。
 けど、嬉しかったのだ。
 行ってきますと言えることが。誰かと一緒にお出かけできることが。
 仁奈の母は忙しく、仁奈の父は外国にいて、いつもは仁奈の朝は一人きりなのだから。
 ライダーは霊体化していて姿を見ることができないが、すぐ傍にいることが仁奈にはわかって、
 仁奈はそれがたまらなく嬉しくて、つい声に出してしまったのだ。

『……だけど、やはり朝は元気のいい挨拶がなければね!
 おお、レディ・ニナの元気なパワーが私にも伝わってきたぞ!』
「……! ほ、ほんとうでごぜーますか!」
『もちろんだとも! 私は嘘をつかないからね!』

 ライダーの言葉に、仁奈の表情がぱぁっと明るくなった。
 よかった。自分はこの少女を傷つけずに済んだのだと、ライダーは胸をなでおろした。
 彼のマスター、市原仁奈は孤独な少女である……ということを、ライダーはこの数日間で把握していた。
 友人はいる。
 仲間もいる。
 だが、両親がいない。
 仁奈はいつも明るく振る舞っているが、時折たまらなく寂しそうな顔をすることを、ライダーは知っていた。
 人に嫌われることを心から恐れていることを、ライダーは理解していた。
 守ってやらなければならない。
 ライダーは誓ったのだ。
 この少女を守り、必ずや父親と再会させようと、指切りをして誓ったのだ。
 幼子と戯れに交わした誓いではない。
 騎士として、力なき少女の願いを叶えると誓った。
 なればこそ、彼女の笑顔を曇らせることはあってはならない。
 例えば――――聖杯戦争という、殺し合いなどで。

 ライダーは思い返す。
 今朝、ルーラーから届けられた通達……討伐令。
 この町には無差別に殺人を行う凶悪な参加者がいる。それも二組。
 彼らは無辜の民を殺戮し、喰らっている。
 フィオナ騎士団の名にかけ、許すわけにはいかない――とも思うが、それ以上に問題なことがあった。
 マスター、仁奈の存在である。

 まず前提として、彼女を巻き込んではならない。
 彼女は幼い少女で、守るべき少女で、優しい子だ。
 ライダーとて誇りの無い戦いをするつもりはないが、それでも殺し合いは殺し合い。
 平和な時代の年端も行かない少女を巻き込んでいいものではない。
 彼女の日常――この歳で『アイドル』という職業についているらしい。巫女の類だろうか。なんにせよ立派なことだ――を守らなくてはならない。
 そのために、まずライダーは討伐令のことをマスターに隠した。
 話せるはずがないし、話す意味もない。無暗に不安がらせてしまうだけだ。

 しかし、討伐対象を放置することもできない。
 彼女や彼女の友人がこの狂人たちの魔の手にかからないとも言い切れないし、
 それでなくとも自分の住む町に殺人鬼がいては気分のいいはずがない。

 そして、彼女を置いて戦いに出て行くわけにもいかない。
 マスターはきっと自分の出立を許してくれるだろう。見送ってくれるだろう。
 だが、心の中では寂しがり、悲しむのだろう。
 彼女を守ると約束した。
 ならば彼女の笑顔を曇らせることは許されない。

 故にライダーは彼女を護衛しつつ、彼女が友人などと合流し次第、情報収集に繰り出すつもりだった。
 万が一に備え、マスターには何かあったら令呪を使って自分を呼び戻せと言い含めてある。
 彼女の仕事が終わる頃に戻り、また帰路を護衛し、彼女が寝静まった頃に再び町に繰り出して戦争を行い、彼女が起きる前に帰ってくる。
 差し当たって、ライダーの聖杯戦争のプランはそんなところであった。

 ……本音を言えば、一時も彼女から離れたくはない。
 彼女から離れれば――――また、逢えなくなる気がした。父や、仲間のように。
 そんなはずはないと頭ではわかっていても、生前の悔恨がライダーの胸を焼き焦がす。
 それでも、自分はマスターを戦争から切り離し、彼女のために戦わなければならない……――

『……ライダー? どうしたですか?』
『っ、な、なんでもないよレディ・ニナ。少し考え事をしていただけさ』
『考え事?』

 ……ライダーの思いつめた気配を感じ取ったのか、仁奈が不安げに念話を飛ばしてきた。
 姿も見えないだろうに、聡い子だ……というよりは。
 どちらかと言えば、人の顔色を窺うことに長けてしまっているのか。
 怒られないように、笑ってもらえるように、人の顔色を窺う。
 この少女はこの幼さで、そんな能力を得てしまうような環境で生きてきたのだ。
 人の感情の機微を、鋭敏に察知してしまう能力を。
 それがまたライダーの胸を締め付け、その痛みを押し隠すようにライダーは明るく振る舞った。

『……明日のライブで、レディ・ニナがどれほどキュートなダンスを見せてくれるのかと思ってね!
 たくさん練習もしているようだし、楽しみだなぁ!』
『そうですか?
 ……えへへ、楽しみにしてほしいですよ!』

 なんとか誤魔化せたか。
 しかしこの調子だと、夜中に出かけると気づかれてしまうかもしれない。
 十分に注意しておかねばなるまい……

 ……と、ライダーが気を引き締めていた矢先のことであった。

「いい加減にしろ変態!」
「ンっ! イイぞ女! もっとだ!」
「もっとだ、じゃないでしょーが! このっ!」
「あぁっ、イイっ!」
「このっ! このっ!」

 ――――年頃の少女(茶髪)が、年頃の少女(金髪)に対し馬乗りになって顔面を殴っていた。
 メチィッ、という生々しい音が周辺に響き渡る。
 幸い、朝早い時間帯ということもあって野次馬の類もいないようだが……
 なんだこの絵面は。
 あまりにもショッキングな光景に、ライダーの思考は完全にフリーズ。
 恐ろしいのは、殴られている方の少女が嬌声を上げていることである。
 なんだか殴っている少女の方が必死で悲壮な表情をしている。意味が分からない。
 二人とも、美少女と言っていいような美貌であることが余計にシュールさを醸し出していた。
 なんだこの絵面は。
 ……なんだこの絵面は。
 混乱するライダーよりも早く、現実に意識を引き戻したのは仁奈の方だった。
 傘を放り捨て、焦った様子で少女たちに駆け寄り、必死に叫ぶ。

「お、おねーさんたち、喧嘩はやめるでごぜーます!」
「はぁ?」
「……む?」

 ピタ、と少女たちの動きが止まった。
 美しいのに妙な迫力のある顔で拳を振るっていた少女が睨むように仁奈を見た後、すぐに『しまった』というような表情を浮かべ。
 美しいのに妙に不気味な笑いを浮かべた少女もどこか不満げに仁奈を見た後、すぐに驚いたような表情を見せた。
 しまった、と思っているのはライダーも同じである。
 この謎の惨劇、どう考えてもなにか厄介ごとだ。
 そしてライダーはサーヴァントである以上、この状況に関与することができない。
 もはや成り行きを見守る他ないのである。助言ぐらいはできるが。
 そんなライダーの内心など露知らず、仁奈はあたふたと身振り手振りで少女の蛮行を止めようとしていた。

「か、顔をぶったらいてーです……喧嘩したらダメですよ……」

 この状況が仁奈の心を痛めたのか、その表情は徐々に暗くなっていく。
 このまま放っておけば泣き出しそうで、慌てたのは拳を振るっていた少女の方だ。

「あ、いや、違うの。これは喧嘩とかじゃなくて、その、じゃれあい? みたいな……」

 どう考えてもじゃれあいの域は超えていたとライダーは思う。
 なにせ殴られていた方の少女は唇を切り、鼻からも血を出していた。……それすらも妙に色気があったが。
 ……いや待て、この少女、なにか違和感が……

「こいつは別に殴られても平気な奴で、むしろそれで喜んでるって言うか……」
「――――イチハラニナ、だな」

 殴られていた少女が、歓喜に口角を吊り上げた。
 仁奈はきょとんとした表情を浮かべ、殴っていた方の少女が『何言ってんだコイツ』と言わんばかりの表情を向ける。

「フフ……流石は余だ……幸運に恵まれている……エル・ガバルの寵愛を感じるぞ……」
「な、なによ急に。とうとう幻覚でも見始めた?」
「? ……おねーさん、仁奈のことを知ってるでごぜーますか?
 もしかして……仁奈のファンですか?」

 滴る血を拭いもせず、馬乗りになっていた少女をゆっくりと押し退け、ブツブツと呟きながらフラフラ立ち上がる。
 ただ立ち上がっただけだと言うのに、その光景はまるで舞台演劇のような美しさがあった。
 背中や髪についた雪もそのままに、喜悦の表情で仁奈を見ていた。
 殴っていた方の少女が気圧され、ジリと数歩下がる。
 そして同時に、ライダーが霊体化を解いた。


「下がれッ! レディ・ニナ!」


 鋭く飛んだ指示に、仁奈は驚いて動きが止まる。
 現れたのは、白馬に跨った大柄の青年だ、手には黄金の剣を持ち、明らかに現代の人間ではない。
 それを見た少女たちは、ほうとなにやら感心する者と驚愕に目を見開く者とに分かれた。どちらがどちらかは言うまでもない。

「ほほう、ライダーか。中々の体つきだな……イチハラニナのサーヴァントか?」
「そうとも。私はライダー……キミも英霊だね?
 ……レディ・ニナ、私の後ろに」
「ラ、ライダー、どーしたですか? ライダーは人に見られちゃいけないんじゃ……」
「ちょっ、嘘でしょ、こんな街中で……!」

 困惑する少女たち――マスターたち。
 睨み合う青年と少女――サーヴァントたち。
 ライダーは油断なく少女のサーヴァントを観察し、少女の方は不敵に愉悦の笑みを浮かべていた。

「いかにも余はキャスターだ。
 ……フフ、そう睨むな。興奮してくるではないか……!」

 訂正。頬を紅潮させ、喜悦の笑みを浮かべていた。
 伝え聞くクー・フーリンのように、戦場の興奮で狂乱する英霊か?
 ライダーは一瞬そう考えたが、キャスターというクラスを思いその考えを否定する。
 先ほどの光景と合わせて考えれば、虐げられることで興奮しているのだろうか。
 戦場の興奮で狂乱する英霊の方が良かったなぁ、と思った。

「……Youはレディの教育に悪いね!」
「むぅ。つまらんな……もっと鋭く罵倒せよ!」
「バカ言ってる場合じゃないでしょうが!」

 キャスターのマスターの拳がキャスターの腹部に叩き込まれた。
 ふぐっ、というぐぐもった悲鳴と共に、キャスターの喜悦がさらに高まる。
 キャスターのマスターは物凄く嫌そうな顔をしていた。

「ら、ライダー……?」

 一方で、仁奈が不安げにライダーを見上げた。
 いけない。
 自分は険しい表情をしていたか。
 すぐにライダーは柔らかく仁奈に笑いかける。
 明るく、余裕の笑顔。ありし日の偉大な父のように。

「大丈夫だレディ・ニナ! 心配することはナッシン!
 ほら、私のお馬さんに乗るといい。離してはいけないよ!」
「は、はい、わかったですよ」

 なんだかよくわからないが、キャスター組が揉めている今がチャンスだ。
 常に最適な道筋を示す白馬『疾く渡れ、金の白馬(チル・ナ・ホース)』が緩やかな後退を騎手に促した。
 相手の狙いが読めないが、逃走を考慮するべきか……そう考えながら、ライダーは仁奈を抱えるように自分の前に乗せる。
 その光景は、有袋類の子供が親にしがみつく姿にも似ていた。

「……それで、キャスター。レディ・ニナに何か用かい?」

 しかし結局、再度ライダーはキャスターに問いかける。
 彼のマスター、市原仁奈はアイドル――つまり、芸能人だ。
 それは彼女が有名人で、顔と名前が広く割れていることを意味する。
 故にキャスターが仁奈のことを知っている点についてはさほど不思議ではないが、しかしそれでは仁奈に用ができる理由にならない。
 相手のスタンスがわからない内に逃走するのは危険だ、とライダーは思考した。逃げるのはその後でも遅くはないだろう。
 その疑問に、ひとしきり腹部の苦痛を堪能したキャスターが尊大に答える。
 王族、なのだろうか。随分と余裕と自信に満ち溢れているが。

「ああ、テレビとやらでその少女を目にしてな。
 アイドル……フフフ、中々に煌びやかで美しく、面白そうではないか!」
「…………それで?」

 油断なくライダーは身構える。
 キャスターの発言の意図が掴めない。
 どこか中性的な美貌から漂う妙に妖しい雰囲気が、ライダーを警戒させた。
 馬上から注がれる視線を受けたキャスターは満足げに頷くと、ピンと指を立てて退廃的に笑った。


「決まっているだろう。余もライブとやらに出せ」


「……えっ?」
「……What?」
「ああ、もう、ほんとに……!」

 腹立ちまぎれに放たれたキャスターのマスターのフックが再びキャスターの腹部を捉え、キャスターは喜悦の嬌声を漏らした。


  ◆  ◇  ◆


 オシァンよ、父の槍をとれ、
 誇りにかけて敵を倒す時は
 名誉の戦いで高く振りかざせ
 自分の行くところ、祖先が居られ
 自分の行為を見ておられる
 丘の上に出てゆくと、祖先の鼠色の影が戦場に射した
 自分の手は弱い者を危害から守り、傲慢な者は自分の怒りの下に消え去った

 ――――『オシァン タイモーラ第八の歌』より、フィンガル王が勇退に際し息子にかけた言葉。


  ◆  ◇  ◆


 ……さて。

「えっと……つまり、おねーさんはライブに出てーんですね?」
「そうだ! 輝く照明! 突き刺さる衆目の視線!
 舞台でステップを踏む余の肢体を、男たちが獣欲に満ちた視線でねめつけるのだ……! あぁっ!」
「気色悪い」
「イィッ!」
「ぶ、ぶったらダメですよ!」
「……レディ・ニナ。アレはその……見てはダメだ。ああいう人も世の中にはいるんだ」

 キャスターは、自らの望みを正直に――マスターによる打撃で話が中断することもあったが――話した。

 つまり、キャスターはテレビで見たライブに興味を持ち、これは出たい……否、出ねばなるまいという気になったのである。
 そう、もはやこの祭典に美の極致である自分が出ないなど世界の過ち、民衆にとっての大いなる損失に他ならない。
 ライブというのは中々美しく面白そうだが、自分の演出と出演が加わればまさに最高の芸術になるだろう。
 そう確信したキャスターは、困惑するマスターを放置して外出。
 なんでもその足で事務所に押しかけ、自分をライブに出せと直談判するつもりだったのだとか。
 ところが途中で追いかけてきたマスターによる物理的な妨害を受け、とりあえず快感を甘受していたら……

 ……そこに仁奈とライダーが現れ、今に至るというわけである。

「……Youはこう、すごいな!」
「フッ、そう褒めるな」
「褒めてない」
「あンッ」

 もはや何度目だったか、キャスターのマスター……南城優子の拳がキャスターの顔面に突き刺さる。
 どうやらこれがこの主従の正常なコミュニケーションの形らしい。
 マスターの教育に悪いのでほんとにやめてほしいとライダーは思った。

「フゥ……で、どうなのだ。
 『是非とも出て頂きたい』とか、『売女め、お前を裸に剥いて客席に放り込んでやる』とか、言うことがあるだろう」
「…………」
「ン゛ッ!」

 もはや優子の拳に言葉が伴っていない。
 優子はひたすらに憂鬱だったし、ライダーは頭を抱えていたし、仁奈は状況がよくわからなかった。
 荒い息を吐いて嬉しそうに悶絶するキャスターにゴミを見るような視線を向けた後、優子は視線をライダーに向けた。

「というかあんたも。なにその馬」
「む。My horseがどうかしたかい?」
「目立つでしょ。バカなの? 人に見られたら騒ぎになるじゃない」
「ああ……その心配は杞憂だぞ、マスター」
「は?」

 キャスターが這いつくばって悶絶しながらも尊大に口を出した。
 器用なことをするな、とライダーは思った。
 そして杞憂だと言った理由も、ライダーは理解していた。

「人払いの結界だね。これは君が張ったものだろう?」
「そうとも。余の神聖かつ深遠なる発案が事前に知れ渡ってしまってはつまらないからな」

 ライダーは「キャスタークラスならその程度のことは造作もないだろう」と納得した。
 が、首をかしげたのは優子の方だ。
 人払いの結界……というのは理解できる。
 彼女の恋人も、似たようなことができるからだ。他者から気配を隠す結界なのだろう。
 だが……キャスターのスキルにそんなものがあっただろうか?
 キャスターは魔術師のクラスでありながら、魔術スキルすら持っていないというのに……

 ……その答えは、スキル『皇帝特権』にある。
 本来持ちえないスキルを一時的に獲得できる特殊スキル皇帝特権――キャスターはこのスキルにより、魔術を取得したのである。
 ランクはそう高くないが、人払い程度のことは簡単に行えた。
 キャスターは元々、太陽神エル・ガバルに仕える最高神官として君臨した皇帝だ。
 体系だった魔術を学んだことこそないが、神秘の技法を操るに足る素養と十分な魔力量はあった。

「……そ。ならいいけど」

 なんにせよ、人目につかないのなら問題はない。
 優子はとりあえず納得することにした。

「…………とりあえず、この変態が妙なこと言い出して悪かったわね。
 こっちで黙らせておくから、ひとまずこの場は……」
「あ、あの……」

 そのままキャスターを掴み、引き摺って家に戻ろうかと優子が考え始めた矢先。
 おずおずと声を出したのは、仁奈であった。

「に、仁奈はわかんねーですが……
 キャスターおねーさんがライブに出れるかどうか、プロデューサーさんに聞けばわかるかもしれねーです」
「ほう!」
「はぁ!?」
「レディ・ニナ!?」

 三者三様、大きな声を上げる。
 キャスターは喜びにより。他二人は驚愕により、である。
 その隙に仁奈はするりとライダーの腕の中を離れ、馬から降りてキャスターに駆け寄った。
 あっとライダーが慌ててももう遅い。
 既に仁奈はキャスターのすぐ足元にいて、朗らかな笑顔を彼女に向けている。

「おねーさんキレーですから、プロデューサーもきっと喜ぶですよ!」

 いや、確かに美人ではあるが、そういう問題ではない。
 というかこれまでの痴態を見て、仁奈は何も思わなかったのだろうか?
 疑問に思うライダーを余所に、今度は優子の方が先に納得した。
 若干怯えてはいるが、しかし明るい少女のこの表情……

 ――――この子、魅了されてる……!

 キャスターの保有スキル『紅顔の美少年』!
 男と言わず女と言わず魅了する美貌の毒に、この少女は参ってしまったのだ。
 自分はその手の呪いや術を受け付けない体質だったし、ライダーも何かしらの方法で抵抗(レジスト)しているのだろうが……
 その手の抵抗力を持たない無垢な少女。
 明確に敵意を持っているわけでもなく、それでは抵抗できるはずもなかったか。
 幼さ故か同性故か、その感情は恋心のようなものではなく、美人への憧れのような形で収まったようだが。

「フフ、話が早いではないか!
 そうと決まれば、そのプロデューサーとやらに会わせるがいい!
 知っているぞ……アイドルというのは『枕営業』とかいうのがあるのだろう。 
 あまりの美貌に喜んで出演を望まれる余。
 しかし美しすぎるが故に男の下卑た本能を刺激し、出演の条件として無理矢理手籠めにされてしまうのだな……!」
「まくらえーぎょー?」
「なんだかよくわからないがとにかくレディに聞かせる話じゃなさそうだね! ほんとにやめてくれないかなキャスター!」

 なお当のキャスターはすっかり出来上がっていた。
 暇を持て余して眺めていたテレビでワイドショーでもやっていたのだろうか。
 ため息ひとつ。
 優子は拳を握りしめつつ、キャスターを睨んだ。

「キャスター。あんた、ふざけたこと言うのもいい加減にしなさいよ。
 そんな目立つことして、他の陣営に狙われたら……」

 飛び込みでライブに出る謎の外国人!
 ……聖杯戦争関係者なら、即座にサーヴァントだと気づくだろう。
 いや、あまりにもバカバカしくて逆に気づかれない可能性もあるが。

 それ以上に問題なのは、キャスターの人格だ。
 優子の脳裏をよぎるのは……先日の、公園で起きた美しい惨劇。
 キャスターの倫理観はネジが外れている。
 この快楽主義者は、『楽しそうだから』の一言でライブを訪れた観客をあの薔薇の海に沈めかねない。
 そうなればどうなるか?
 簡単だ。翌日、優子とキャスターの写真が他の参加者に配られる。
 『この陣営は衆人観衆の中で大量虐殺を行った。討伐者には令呪一画を報酬として与える』というメッセージ付きで。

 それだけは避けなければならない。
 それはつまり、優子の死を意味するからだ。
 キャスターと優子の能力では、複数の陣営に狙われた上で勝利するのはまず不可能。
 最悪令呪で制御する手もあるが、危ない橋を渡ることもない……

 ……そう考えてキャスターを睨む優子だったが、対するキャスターの視線はそれ以上に冷ややかだった。
 失望した、とでも言いたげな視線。
 仕方ない奴だ、とでも言いたげな視線。
 優子は言葉に詰まった。
 代わりにキャスターがため息交じりに口を開く。

「女……なにか勘違いをしているな」

 ゾッ、と優子の背筋を走る悪寒。
 ここ数日、心のどこかで安心していた。
 なんだかんだと言って、こいつは暴力を振るえば制御できる相手だと。
 首輪をはめて手綱を握れば、操縦できない相手ではないと。

「確かに余は、お前が余に暴力を振るうのであればサーヴァントでいておいてやろうと言ったが……」

 違う。
 違うのだ。


「――――――それは、余を退屈させてよい理由にはならんぞ?」


 首輪をはめた狂犬は、確かにどこかへ飛び出してしまうことは無いだろう。
 だが――飼い主に牙を突き立てることは、いつだって可能なのだから。

「っ、わ、わかったわよ……好きにすれば」

 じりと後ずさりしながらどうにか優子が声を絞り出せば、キャスターは満足げに頷いた。

「うむ、それでよい。
 さてニナ、そのプロデューサーという者の話だが……」

 ……優子は焦る。
 マズい。このままでは。
 令呪で無理矢理言うことを聞かせるか?
 いや……令呪は僅かに三回しか使えない奥の手。
 ライブを諦めさせる。それで一回。
 さて、それで不満を覚えたキャスターを制御するのに、一体何画の令呪が必要なのか?
 二画や三画では足りるはずもない。
 その先にあるのは、優子の死だ。
 焦燥から親指を噛みたくなる衝動を堪えつつ、視線を巡らせれば……ライダーと目が合った。

「……ライダー、ちょっとこっち来て」
「む。いや、しかし……」
「いいから!」

 流石に自分のマスターと他のサーヴァントが二人きりというのは気が引けるのか、渋るライダー。
 それを強引に引きずって――と言っても馬上なので形だけだが。不思議と白馬は抵抗しなかった――優子は声を潜めた。

「……あんた、あれどう思う?」
「どう思う、と言われても……レディ・ユーコ。君のサーヴァントが言い出したことだろう?」
「見ればわかるでしょ。あいつはどうしようもない屑で変態なのよ」

 むぅ、とライダーが唸る。
 あまり女性を罵りたくはないが、しかし優子の言葉を否定する要素が思い当たらないようだ。

「あんた、自分のマスター守りたいわよね?」
「当然だ! 私はレディ・ニナの騎士なのだからね!」
「…………」

 私もこういうサーヴァントが良かったな、と優子は内心でため息をついた。
 もちろん、無い物ねだりをしてもしょうがないのはわかっているが。
 わかっているからこそ、死に物狂いで勝つ手段を手に取る必要がある。

「もうひとつ聞くけど、あの討伐令はどうするつもり?」
「……一刻も早く倒したいと思っている。
 レディ・ニナや、そのfriendsにも危害が及ぶかもしれない。
 キャスターは……あまりそういうことに興味がなさそうだね」

 正義感が強いようにも聞こえるが、その実マスターへの気遣いが色濃い言葉。
 いけるか?
 優子は酷い焦燥感を飲み込み、言葉を続ける。
 喉がカラカラで、胸は張り裂けそうだが、ここで逃げるわけにはいかないのだ。
 頼れる恋人の助けは、今は無いのだから。

「キャスターは、見ての通り何をしでかすかわかんない奴よ。
 屑で変態で、どうしようもないウジ虫みたいな奴。
 ライブに出たらどうなるかなんて、考えたくもないわ」
「しかし、ライブというのはそんな簡単に出れるものなのかい?
 確か、開催は明日という話だったろう。急すぎると思うが……」
「できるのよ。あの変態なら」

 優子は横目で仁奈を見た。
 ……随分キャスターに懐いているようだ。
 ライダーが自分から離れていることよりもキャスターと一緒にいることの方が重要らしく、こちらを見向きもしない。

「魅了。それと暗示ね。
 やろうと思えば簡単だと思う」

 優子の恋人も暗示能力を持っていたからわかる。
 魔術による暗示があれば、ライブに割り込む程度造作もない。
 現場の人間が誤魔化せればそれでいいのだから。
 …………恋人と同じことをキャスターが行えるという事実が、優子を余計に不機嫌にさせた。

「……それで、なにが言いたいんだい?」

 話の意図を掴みかねるのか、ライダーが話を促した。

「わからない?
 これであんたは、あの変態から目を離せなくなったってことよ」
「脅しか……しかしそれなら、私がキャスターを倒せば済むだけの話だね」
「へぇ、あんたのマスターはあんなにあいつに懐いてるのに、殺せるんだ」
「…………むぅ」

 キャスターを倒せば、ライブで妙なことが起こる心配はない。
 だが、仁奈は大いに悲しむだろう。
 それが魅了スキルによる感情だったとしても、仁奈はキャスターに懐いてしまっている。
 無論、命の危険に比べるものでもないが……魅了とはきっかけに過ぎないのだ。
 例え植え付けられたものであろうと、その感情が偽物ではないということをライダーは知っていた。
 彼の友、ディルムッド・オディナがまさしくそのことで大いに嘆き苦しんでいたのだから。

「あんたはあの変態が暴走を始めた時、それを止める。
 その代わり、私たちはあんたの戦いを助けてあげるわ。
 討伐対象は二組だし、一人よりは二人よ」
「それは同盟の提案、ということかい」

 優子は頷いた。

「そ。まぁこのままだとなし崩し的に一緒にいることになるし、ちゃんと色々取り決めといた方がいいと思わない?
 言っとくけど、あんたが逃げてもあいつは事務所に行くだろうし、ここで襲い掛かってきたら私は逃げるわよ。
 どっちみちあいつは事務所に行ってライブの出演まで漕ぎ着けるだろうから、同じことよね」

 ライダーは眉を寄せ、思案した。
 この少女の言葉に嘘はない、と思う。
 問題は、お互いのメリットとデメリット。
 確かにここでキャスターを倒すか、仁奈を仕事から遠ざけるかしなければ、いずれにせよキャスターと仁奈は共に行動するハメになる可能性が高い。
 そしてライダーにとって、そのどちらも論外だ。
 自分は仁奈の笑顔を守るために戦っている。
 悲しませることはできない。
 そして、実際にキャスターの支援を受けられるなら悪くはない話と言える。
 あの不気味なキャスターと仁奈を共に行動させる、ということを除けば。

「……それで、君たちのメリットは?」
「あの変態を制御できる。
 あいつ、自分で戦う気が無いのよ。
 だからあんたに戦わせるって形なら、協力してくれると思う。それに……」

 優子は得意げに仁奈と会話しているキャスターを努めて視界から外しつつ、答えた。

「言っちゃえば弱いのよ、あいつ。私もね。
 だから誰かと同盟組まないと生き残ることもままならないってわけ」
「…………なるほど」

 さて、どうする?
 不気味な、手の内のわからないキャスター。
 マスターですら満足に制御しきれないサーヴァント。
 放っておけば、害になろう。
 しかし倒せば、仁奈を悲しませよう。
 どうする?
 どうすればマスターの笑顔を守れるのか?
 父ならこういった時、どうしていただろう。
 あの偉大な、誰よりも賢かった父なら。
 窮地となれば親指を咥え、常に最適の答えを出した父なら。

「わっ、ちょっ、なによ」

 父の代わりに答えを示したのは、愛馬だった。
 その時々、常に最適な進路へ騎手を導く白馬『疾く渡れ、金の白馬(チル・ナ・ホース)』。
 白馬はそっと頭を垂れ、優子に顔をこすりつけた。
 優子がくすぐったそうに白馬を押し退けようとする。
 ……それで気づいた。
 優子の手は、微かに震えていた。

「――いいだろう」
「えっ、なに……もう! 馬の躾ぐらいちゃんとやりなさいよ!」
「レディ・ユーコ。youの申し出を受けよう。
 私はキャスターを見張り、暴走すれば止める。代わりに君たちは私の戦いを補佐する。
 お互い、具体的なことが言える内容の契約ではないからね。
 ライブの後がどうなっているかわからないから、同盟期間についてはライブの後に改めて考える。
 ひとまずこの場はこれでいいね?」

 ライダーは胸を張った。
 大柄なライダーの体は馬上ということもあり、余計に大きく見えた。

「オホン。
 ……うん、それでいいわ。
 よろしく頼むわよ、ライダー」
「オフコース! 任せたまえ!」

 ドン、とその広い胸を叩く。
 如何にも頼もしげなその姿に優子は内心ほっと胸を撫で下ろし、ついでに小さくガッツポーズをした。
 なし崩しだが、緩やかだが、同盟は締結したのだ。
 これが、この四人の聖杯戦争の第一歩……

「ライダー! ライダー!
 キャスターおねーさんはすげーですよ!」
「うむ!
 そして余は艶めかしく衣を脱ぎ捨て、男たちの前で股を開いてだな。
 切なげに指を唇に宛がい、甘えた声で……」
「子供に何話してんのよアホッ!」
「ン゛ン゛ッ!」


 ………………同盟ははやまったかもしれないなぁ、とライダーは思った。



  ◆  ◇  ◆


 災難は勇気を試す機会である

 ――――ローマの哲人、小セネカの言葉。


  ◆  ◇  ◆


 ――これでいい。

 優子はキャスターをひとしきり殴ってから、ひとりごちた。

 リスクは大きい。
 これは相手の良心に訴えた同盟だ。
 束縛力は薄く、いつでも切られる覚悟はしておかなければならない。
 だが、それでも一歩前進は一歩前進だ。
 まずはライダーと同盟し、時間を稼ぐ。
 情報収集、陣地作成、やるべきことはいくらでもあるのだ。

 そもそも、優子はただの女子高生である。
 頭に美人という形容詞が付くが、能力的には一般人もいいところ。
 当然、あれこれと策略を巡らせる才能があるわけでもない。
 そういうことは、全て恋人の日暮静秋の領分だ。
 彼は強く、賢く、優子を守ってくれた。
 くだらないことをすぐに言うし、デリカシー無いし、軽い男だが、それでも優子の恋人だ。

 彼に会いたい。
 心からそう思う。
 そう思うからこそ、南城優子は止まれない。
 生き残って、勝ち残って、再び静秋の下へ帰るのだ。
 聖杯が万能の願望機というのなら、あのおぞましい不死身の殺人鬼との縁だって切れる。

 そのための手段は選べない。
 あの変態も、幼い少女も、真っ当そうなライダーも。
 まだ見ぬ他の参加者も、全てを利用して、自分は勝たなければならないのだから。

 私は負けない。

 もう一度、優子は自分に誓った。
 どこか遠くにいる静秋に誓った。


 ……例え、陰を往くことになろうとも。



  ◆  ◇  ◆


 ――これでいい。

 ライダーは再び霊体化しながら、ひとりごちた。

 不安はある。
 不穏でもある。
 いつ暴走するともしれないキャスター。
 そのキャスターに魅了されてしまった自らのマスター。
 前途多難もいいところで、少なくとも明日のライブが終わるまでは目が離せそうにない。

 だが、これでいいのだ。
 ライダーの胸中に浮かぶのは、かつての仲間たち。
 勇猛果敢で知られたフィオナ騎士団の騎士たち。
 それを束ねる大英雄、フィン・マックール。

 自分は英雄でなくてはならない。
 誰よりも勇敢で、誰よりも強い英雄として、この聖杯戦争を戦わなければならない。

 仁奈を守ると誓った。
 その笑顔を守り、必ずや父親と再会させると誓った。

 優子の手は震えていた。
 不安と恐怖と決意の色を、その瞳は浮かべていた。

 ――自分は英雄でなくてはならない。
 胸を張って、そう叫べる騎士でなくてはならない。
 自分を見送ってくれた仲間。父。
 悲しみながらも、称えながらも、自分の出立を見送り、そして帰りを待ってくれていた人たち。
 かつて自分は能天気にもそれを裏切った。
 常若の国から帰ってくれば、頼もしい騎士たちの姿はどこにもなく、遠く古の伝承と化していた。

 逢いたい。
 父に、仲間に、私は幸せだったと、立派な英雄として数多の冒険を果たしたと、逢って伝えたい。

 そのために、自分は英雄でなくてはならない。
 いつか家に帰った時、誇らしく無事を伝えるために。
 どんな苦難も乗り越えてみせよう。

 我が名はオシーン
 勇敢なるフィオナの騎士。
 偉大なるフィン・マックールの息子。


 ――――その名に恥じない自分でなくてはならない。



  ◆  ◇  ◆


 ――これでいい。

 キャスターは仁奈たちと共に事務所へ向かいながら、ひとりごちた。

 絢爛なる舞踏を見せよう。
 至上たる歌を歌おう。
 崇高なる美を教えてやろう。

 舞台の上に自分が立った時、観衆はどんな反応をするだろうか?

 拍手喝采?
 素晴らしい。
 我が美貌を称えるに、どれだけの喝采が必要だろう。

 非難轟々?
 素晴らしい。
 突如現れた謎の美少女に、期待を裏切られたと罵声が飛ぶか。

 しかし、だがしかし、まだ足りない。
 それだけでは楽しくない。
 全然まったく満足できない。

 となればやはり、皇帝自ら舞台を整える必要があるか。

 魅了をかけてしまうのはどうだろう?
 数多の観衆が股間をいきり立たせ、一斉に自分や他の女たちに襲い掛かるのだ。
 その光景を思うだけで、キャスターは興奮で背筋を震わせた。

 会場を薔薇で埋め尽くすのはどうだろう?
 数多の観衆が悲鳴を上げ、許しを乞いながらエル・ガバルに捧げられるのだ。
 その光景を思うだけで、キャスターは興奮で股間が熱くなった。

 なんとも楽しみなことではないか。
 まずはプロデューサーとやらに会いに行き、我が美貌と魔術によって話をつけてしまおう。
 それこそ『枕営業』という奴をしてやってもいい。
 自分ほどの美を褥に連れ込むことができるなど、なんと光栄なことか。
 まったく自分の慈悲深さと来たら留まることを知らないな、とキャスターは思った。

 マスターはどうやら乗り気ではないようだが、今はいい。
 別のマスターを見つけるにしても、とりあえずライブとやらが終わってからでいいだろう。
 それまではひとまず、いかにして天上の美を表現するかを考えようではないか。


 史上最悪の暴君は期待に胸を躍らせ、その表情が気持ち悪いとマスターに殴られて嬌声を発した。



  ◆  ◇  ◆


 ――楽しみだなー。

 市原仁奈はキャスターを連れて事務所へ向かいながら、ひとりごちた。

 キャスターはとびっきりの美人だ。
 442プロにはたくさんの美人がいるが、彼女ほど綺麗な人はそうそういないだろう。
 きっとみんなもキャスターのことが好きになるだろうし、喜んでくれると思う。

 ファンはきっと、美人なキャスターが歌ったり踊ったりすれば喜ぶだろう。
 ニコニコでウォォーってなってくれると思う。

 プロデューサーもきっと、美人なキャスターを連れて行けば喜ぶだろう。
 いっつも新しいアイドルを探しているような人だし、すぐにキャスターをアイドルにしてくれるはずだ。
 そしたら、仁奈もキャスターと一緒に歌ったり踊ったりできる。楽しみだなー。

 そして他のアイドルもきっと、美人なキャスターとお友達になれれば喜ぶだろう。
 とっても美人なキャスターだから、みんなもこんな風になりたいって思うはず。
 そしたらみんなも美人になって、ファンもプロデューサーももっと喜ぶ。

 みんなニコニコ。
 楽しみだなー。

 仁奈はみんなのきもちになって、とっても嬉しくなっていた。
 みんながニコニコ笑って喜んでくれるのは、とっても嬉しいのだ。
 そしたら、みんなも仁奈を褒めてくれるかもしれない。
 褒められるともっと嬉しい。
 仁奈はいつもキグルミを着て歌ったり踊ったりするけど、そうするとみんなが可愛い可愛いと笑って褒めてくれるのだから。
 はやくキャスターおねーさんを連れて行って、みんなで嬉しくなりたいな、と仁奈は思った。

 仁奈はアイドルだ。
 だからみんなに、ニコニコを届けるのだ!


 ……少女はまだ、夢心地。






【新都 住宅街/1日目 早朝】



【南城優子@陰を往く人】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]携帯電話、財布など
[所持金]月末の学生程度(つまりあまり持っていない)
[思考・状況]
基本行動方針:キャスターを制御し、なんとしても勝ち残る。
[備考]
1.キャスターの暴走を抑える。最悪令呪の使用も辞さないが……
2.ひとまず市原仁奈、オシーンと共に442プロの事務所へと向かおう。 
3.できるだけ討伐令にも手を出していきたい。
※新都の住宅街にアパートを借りています。
※市原仁奈・オシーンとなし崩し的に同盟を組みました。
 ひとまずライブ終了までは行動を共にするつもりです。


【キャスター(ヘリオガバルス)@史実(3世紀ローマ)】
[状態]健康
[装備]短剣、女子高生服、金髪のカツラ
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:楽しいことをする。
[備考]
1.442プロとかいうのに向かい、ライブに出る。
2.ライブは派手に面白く! 方法は考え中。
※市原仁奈・オシーンとの同盟についてまだ知りません。



【市原仁奈@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康(魅了)
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]財布など
[所持金]小学生並(つまりあまり持っていない)
[思考・状況]
基本行動方針:ライブに出て、みんなに笑顔を届ける。
[備考]
1.キャスター(ヘリオガバルス)を事務所に連れて行き、彼女がライブに出れないかプロデューサーに聞いてみようと思っている。
2.聖杯戦争については、よくわかっていない。
※キャスター(ヘリオガバルス)のスキル『紅顔の美少年』による魅了を受けています。
 恋心には至っていませんが、美人であるヘリオガバルスに対し憧れを抱き、懐いています。
※南城優子・ヘリオガバルスとの同盟についてまだ知りません。


【ライダー(オシーン)@ケルト神話】
[状態]健康
[装備]白馬、金の剣
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを守る。肉体的にも、精神的にも。
[備考]
1.英雄らしく在ろう。
2.討伐令には参加したいが、マスターを守るためにはあまり離れられない。
3.キャスター(ヘリオガバルス)をあまりマスターと関わらせたくない。教育に悪い。
※南城優子・ヘリオガバルスとなし崩し的に同盟を組みました。
 ひとまずライブ終了までは行動を共にするつもりです。

時系列順


投下順


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キャスター(ヘリオガバルス)

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ライダー(オシーン)

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最終更新:2017年03月26日 13:02