日本システム技術株式会社事件

▼ 事件の争点
有価証券報告書に虚偽記載をした会社は投資者に対する不法行為責任を免れるか否か

▼ 判決の背景
本件は、上記争点のように、「有価証券報告書における虚偽記載」の不法行為性を訴えたものであるが、2004年12月1日以前提出の有価証券報告書には、虚偽記載による発行会社の株券取得者に対する損害賠償責任は適用されないため、訴えを提起した者(X)は民法44条1項(会社法350条に類似)の規定により日本システム技術株式会社(Y社)の責任を追及した。同項は法人代表者(代表取締役)に不法行為責任が成立することが前提とされているため、本件では内部統制システム構築義務違反の如何が問題になっている。
2004年12月1日以降であれば、金商法21条の2により、会社自体の損害賠償責任の追及を行うべき事例。

▼ 全体の論点
Y社の代表取締役(A)に、Y社の事業部長(B)らによる不正行為を防止する為のリスク管理体制構築の義務に違反した過失があるか否か(会348条4項、362条5項、416条2項)
I. 通常想定されうる不法行為を防止し得る内部管理体制があったか否か
II. 本件不正行為は通常想定されうる不法行為にあたるか否か
III. 本件不正行為を予見出来る特別な事情があったか否か
IV. Y社財務部のリスク管理体制が機能していたか否か
V. (役員は監査法人が監査を行った報告に目を通すのみで注意義務を果たすか否か)

▼論点比較
1. 通常想定されうる不法行為を防止し得る内部管理体制があったか否か
最高裁
あった。BM課とCR課を設置し、それらのチェックを経て財務部に売り上げ報告がなされる体制が整っていた。
下級審
なかった。BM課が検収書を作成していたが、これは営業社員を経由して販売会社宛てに郵送されており、営業部における偽造は可能。また、CR課の稼働確認に関しても、同営業部が行うことされていたため、偽装を行うことは可能。

2. 本件不正行為は通常想定されうる不法行為にあたるか否か
最高裁
想定出来ない。監査法人および財務部が販売会社宛てに売掛金残高確認書を送付していたが、これをBが未開封のまま回収し、金額を記入の上偽造印を捺したのちに監査法人および財務部に送付しており、このような巧妙な偽装は通常想定し難い。
下級審
想定可能。代表取締役が不正行為の行われる可能性を念頭に置けば、本件事務手続上では不正行為が行われる可能性があることを予見することは可能であり、適切なリスク管理体制が構築されていなかったのは、代表取締役の各部門に対する過信があったから。

3. 本件不正行為を予見出来る特別な事情があったか否か
最高裁
予見出来ない。本件以前に同様の手法による不正行為が行われていれば予見は可能であるが、そのような事実は無いので、予見すべきであったという特別な事情はない。
下級審
予見出来る。上記2のように、本件事務手続き上では不正行為が行われる可能性を意識すれば、不正行為が行われる可能性を予見することは出来た。

4. Y社財務部のリスク管理体制が機能していたか否か
最高裁
機能していた。売掛金債権の回収遅延の理由は合理的であり、更に過去に販売会社との間で紛争が生じたことはなく、監査法人も適正意見を表明していた。
下級審
機能していなかった。2年以上売掛金債権が回収されないケースは例外的であり、そのようなケースに関しては、Y社の経理規定によれば、経理部門会計責任者は相手先販売会社と残高を照合し、常に正確な残高を把握するとともに必要に応じて相手先からその残高確認を取り寄せねばならない旨が定められていた。しかし財務部はこの措置をとることを怠ったのであり、リスク管理体制が機能していたとは言えない。

▼最高裁見解に対する私見反論
1. 通常想定されうる不法行為を防止し得る内部管理体制があったか否か
この点に関して、最高裁は、
①営業部門と財務部門が分離していたこと
②営業部門と営業事務等の部門を分離していたこと
を理由に挙げ、内部管理体制が整っていたとの意見を提起している。
しかし、これら上記2点は通常の企業であれば構築している体制であり、これらを構築しているから須く内部管理体制が整っていたということになると、どの会社も内部管理体制を整えているということになってしまうのではないか。
また、下級審の言及するように、このような体制を敷いていても営業部門経由で検収書が送付されているということは、偽装の余地が少なくとも存することを想起することは容易であり、十分な内部管理体制とは言えない。

2. 本件不正行為は通常想定されうる不法行為にあたるか否か
この点に関しては、監査法人及び財務部が売掛金残高確認書を送付していたにも拘らず、B(営業部長)が偽装しており、この偽装は本来想定出来るものであるか否か、という点が論点になる。
このような工作は巧みなものであり、本来想定することが難しいものであるのは確かであるが、しかし、Y社内部規定(経理規定)に定めのある通り、2年以上を超えて未回収の債権に関しては、財務部門会見責任者は相手方と直接連絡を取り合うことが必要とされており、この規定を遵守しなかったというのでは、内部管理体制の不備を指摘されても反論の余地が無いのではないか。

3. 本件不正行為を予見出来る特別な事情があったか否か
この点に関し、確かに過去に同様の手口の事件が起きていれば予見することは容易であるが、本件に関してはそのような手口の事件は起きておらず、その意味では予見出来る特別な事情があったとは言えない。
しかし、上記1でも述べたように、偽装の余地を想起することは容易である。内部統制システムというのはPDCAサイクルで運用し、何らかの問題点があれば逐次アップデートする必要があるという類のものであるが、このような改善を怠ったことは任務懈怠といわざるを得ない。

4. Y社財務部のリスク管理体制が機能していたか否か
この点に関しては全く機能していないと言える。
上述のように、経理規定があるにも拘らずその規定が遵守されておらず、「過去に相手方との紛争があったか否か」という点を考慮してみても、このリスク管理体制が機能していないということは任務懈怠といわざるを得ない。
また、監査法人側から「経営者による確認書」が提出されているはずであるが、これに関しては平成14年の改正によって、「内部統制を構築・維持する責任が経営者にあることの確認」という項目が盛り込まれており、監査法人が適正意見を表明しているのは、内部統制システムが適切に構築・維持されているという前提があっての判断であるから、監査法人が適正意見を表明していることが須く内部管理体制確保が整っているということにはなりえない。

▼ 想定される反論(最高裁側から下級審側に対する意見)に関して
1. 売掛金計上におけるリスク管理体制
営業部門と分離された、財務部および監査法人による販売会社に対する直接の残高確認が基本的なリスク管理体制であるにも拘わらず、下級審判決は残高確認書の入手に留まらず、財務部から販売会社の経理部門への直接の売掛金残高・支払遅延理由の照会や、財務部において取引先の経理部との直接照合による売掛金の消込みを行うことを求めているが、残高確認書を入手しているのにここまで求めることは、通常の業務においては困難と言わざるを得ないのではないか。

▼ 判例研究(内部統制システムの内容と程度)
1. いかなる内部体制システムを構築するかに関して
当該企業の業務内容、規模、経営状態その他の状況等に応じて、取締役がその裁量により判断すべきものである。業務の効率性を無視してまで、不正行為や損失発生も完全に防止することまで求められてはいない。

2. 構築すべき内部統制システムの程度に関して
通常想定される不正行為や損失発生等を防止出来る程度の体制。
一方で、不正行為や損失発生等が発生しないと予想される特別の事情が無い場合に限定。

3. 通常想定される不正行為や損失発生等を防止出来る体制の定義に関して
過去の経験の蓄積に寄る法令の制定、官公庁等のガイドライン等、他社の内部統制システムの構築状況等の体制
⇒裁判当時の知見ではなく、発生当時の知見がベース。

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最終更新:2010年06月29日 16:18