慶應・主張(立論)補完材料
1・リスク管理体制の一部である「法令遵守体制」の構築がされていなかった点
(反論1)
三菱商事事件判例によれば、
1. 各種業務マニュアルの制定
2. 法務部門の充実
3. 従業員に対する法令遵守教育の実施
これら3点が全て満たされていた場合に、法令遵守体制が構築されているとしました。
これはY社が不正行為を行っていた当時の5年前の基準です。
当時のY社には、
1. 各種業務マニュアルについては不明 ですが
2. 法務部門は充実しておらず、
3. コンプライアンスに関する教育セミナーなども開催していませんでした。
当時コンプライアンスが社内で周知徹底されていなかったとY社も後に東京証券取引所に対する報告書内で認めています。
よってリスク管理体制は不十分であったといえます。
(反論2)
ダスキン事件判例によれば、取締役の善管注意義務違反の有無の判断は、当時求められる内部統制システムの水準を基準とするように明示した上で、
1. 経営上の重要な事項を取締役会に報告するように定めること
2. 従業員に対して、ミスや突発的な問題を速やかに報告するように定めること
3. 違法行為が発覚した場合の対応体制について定めること
4. 事案を挙げて注意を促すセミナーを開催すること
これら4点が全て満たされていた場合に、法令遵守体制が構築されていたとしました。
当時のY社には、
1. 従業員が重要事項を取締役会に報告する旨の定めはなく、
2. 従業員から上層部への問題の報告についても定めなく、不正の早期発見・是正のできない自浄能力の低い体制でした。
3. については不明ですが、
4. にあるようなセミナー開催はありませんでした。
また、不正行為発覚前のY社の発行物には「法令遵守」「コンプライアンス」という言葉が一切見られないことからも、そもそもの企業倫理形成の面でリスク管理体制が不十分であったといえます。
2・ライバル会社に比して劣っていたリスク管理体制
(1)有価証券報告書データベースeolを参考に、Y社のライバル会社である3社を選定し、その2000~2004年当時のリスク管理体制について調査しました。
ライバル会社3社とは、株式会社東邦システムサイエンス、株式会社日本コンピュータ・システム、ジャパンシステム株式会社です。いずれも小規模かつソフトウェア関連業務を行っている会社で、2004の年従業員数が500名のY社の制定すべきリスク管理体制の比較対象となるべきものであると考えます。それらの設けていたリスク管理体制とは以下のようなものです。
(ア) 株式会社東邦システムサイエンス(従業員数267名)
2001年公開の日本コーポレート・ガバナンス原則策定委員会による「改訂コーポレート・ガバナンス原則」を踏まえた企業経営を行っている。法務関連では顧問弁護士事務所を持ち、適宜アドバイスを求められる体制を整えている。監査は社内監査役と社外監査役、さらには外部監査法人によるトリプルチェックを行っている。
(イ) 株式会社日本コンピュータ・システム(従業員数915名)
監査役制度を採用しており、監査役会、社外監査役、常勤監査役による独立したトリプルチェックを行っている。また様々な部門で社員教育の徹底化を図り、コンプライアンスの強化活動に取り組んでいる。
(ウ)ジャパンシステム株式会社(従業員数615名)
監査役制度を採用しており、隔月開催の監査役会と内部監査担当による監査のダブルチェックを行っている。各事業部には業務執行責任者として事業部長を置き、日々の業務を遂行している。また事業部長を監督する責任者として各自業務に担当取締役を置き、それらを各種専門委員会が会社を横断的に管理・指導していくことで、監督に監督を重ねて内部統制を図っている。
(2)対して、Y社の当時行っていた監査体制は、監査役制度を採用しており、内部監査と社外監査役のダブルチェックを行っていました。しかし当時の資料によると、内部監査の目的はあくまで経営効率の向上であり、会計や経理といった部分の監査は監査役のシングルチェックに留まっていたというべきです。
また、部長を監督する立場の者はおりませんでした。
(3)以上により、企業倫理面だけでなく、監査等のリスク管理体制も他社に及ぶところではなく、Y社のリスク管理体制は不十分であったことが分かります。
3・GAKUEN事業部内営業部のY社からの非独立性
雪印食品牛肉偽装事件によれば、会社のある小規模な部門が、他の部門との人事交流が乏しく、いわば職人のような独立性の強い担当者らの仕事場であった場合において次のような判示をしている。
すなわち、そこは事務的機械的作業の一環であるから、個別具体的な営業活動に関する報告がなかったからといって、それを違法な行為を行なっている、あるいは行なっている可能性があると認識し、これを防止する方策をとらなかったとしても、認識として不合理ではなく、取締役としての善管注意義務に反するとはいえないということである。
これにより、ある部門が本部から独立していないなら、取締役らは、その部門にいる者が違法行為を行いうる事を認識し、それを防止する策をとるべきだと判示されたとみることができる。
これを本件についてみると、GAKUEN事業部はY社の2大事業部である「パッケージ事業」、「ソフトウェア事業」の前者に位置づけられており、営業部はその事業部内の3つの課と部の内の1つであった。
よって、当該営業部はY社から独立していたものではない。
そうであるから、取締役が当該営業部からの報告を完全に信頼したことや、十分な違法行為防止の方策をとっていなかったことは善管注意義務に反するというべきです。
4・被害の大きな違法行為の継続性
雪印食品牛肉偽装事件判決によれば、違法行為が(1)短期間に集中的に、かつ(2)前例なく初めて行われ、(3)被害額も僅かだったものであれば、違法な行為を行っていると認識するには無理があったとして無過失とされます。
これを本件についてみると、(1)本件不正行為は長期的に、約4年間にわたりじわじわと行われていました。
一方、(2)Y社において本件以前にそのような前例は発見されていませんでした。
しかし、いくら初めて行なわれたとはいえ、財務部の照合体制や未回収債権の原因究明は不十分で、また複数年度にわたる監査で不正に気づく機会があったにも拘らず不正を見落としていたという過失は大きいと思われます。
さらに、雪印食品牛肉偽装事件とは異なり、GAKUEN事業部はY社全体の年間売上74億円の約20%を占めるパッケージ事業の主力となる部署でした。よって(3)被害も4年の累積で11億円強と多額であり、株主に与えた影響も大きかったといえます。
以上より、Y社の内部統制システムは不十分であり、株主が損害を被ったことにつき、取締役にリスク管理体制構築義務違反の過失があったとされるべきだと考えます。
最終更新:2010年07月09日 01:06