ゆっくりいじめ系3118 餡塊と筋塊1

WARNING

ある意味ネタです。
既出設定の可能性が高いです。
原作キャラも少し登場します。

以上にご理解頂けた方は、どうぞお読み下さい。

WARNING



―――鬼。

第一印象は、その一言に尽きる。

とはいえ、その頭部に角があるわけではない。
ひたすらに、ただの人間である筈なのだ。

しかし、その身体は、人間ではありえない筋構造を見せている。

腕は鉄塊。
足は鋼塊。
体は金剛石。

例えるならば、まさにその通り。
人間ではありえないのだ。

一度腕を振るえば小山程ある岩石が砕け、一度足を動かせば1里を5分と掛けずに走り抜け、一度腹を固めれば名匠の刀ですらはじいてしまう。

正に、鬼。

オーガ
 鬼 の名を冠するに恥じぬ人間であった。



―――男は、深い森の中を歩いていた。

夜でもないのに、鬱蒼と生い茂る木々によって日の光も僅かにしか差し込まない。
夜の眷属たる妖怪も、これ程の暗さであれば昼間でも活動するだろう。

見渡す限り、似たような景色が延々と続いている。
真っ直ぐに歩こうとしても、途中で進路を塞ぐ樹木が立っていれば、簡単に進んできた方向を見失ってしまうだろう。

おおよそ、人間が“謂れ”を持たずに単身で踏み込むような場所ではない。
そのような阿呆は、数刻と待たずに妖怪か猛獣の餌になる。

しかし、この男は阿呆であった。
人間としては不可解な程に隆起したその肉体を着古された道着で包んだだけで、なんら武器と成り得るようなものは持ち合わせていない。
猛獣や程度の低い妖怪ならばともかく、夜雀や蟲姫、宵闇の妖怪ともなれば、人間は徒手空拳では勝ち得ない。
それが、人間の限界なのだ。

だが、男は構わず歩を進める。
まるで目的すらないかのように、ただひたすら前に進む。
泰然自若としたその相貌に、恐れの感情は一片も見当たらない。

―――途中、狼が数匹、男の前に立ち塞がった。
普通ならば、男に命は無い。
例え一匹仕留めたところで、群れで襲いかかる狼には太刀打ち出来ないからだ。

しかし、この時は勝手が違った。
狼たちは男を見るや否や、ほんの一瞬身を震わせ、剥製のようにその動きを止めたのだ。
あたかも、己よりも遥かに恐ろしい存在を見た人間がその動きを止めてしまうように。
狼たちも、男の姿が見えなくなるまで、一歩も動くことはなかった。
男の姿が森の更に奥深くに消えて初めて、狼たちは脱兎の如くその場を離れたのだ。

―――当然、妖精も近付こうとはしない。
向こう見ずではあるが、決して危機感がないわけではないのが妖精である。
下手な妖怪以上の存在を示す男に近付く理由は無かった。

―――男は、目的ではないものに出会っても全く興味を示さなかった。
ただ、偶に行く手を遮る大樹を素手でなぎ倒していた。

ある時は正拳突き。
ある時は裏拳。
ある時は上段右回し蹴り。
ある時は水面蹴り。

圧倒的な暴力によって、数百年の時を刻んだ大樹がへし折られていく。
見る者が見れば、あまりにも不愉快な光景だろう。

男にとっては、己の精神の高揚を鎮めるための一つの手段だった。
悦びだろうか。
怒りだろうか。
どんな感情なのかは分からない。
落ち着いてはいるが、腹の中で煮え滾るのは何かの感情なのだ。

―――そのまま更に歩き続け、男は密集する木々を乱立させる森の中で、何故か開けた場所に出た。
四方十五間(約36m)程の空き地。
切株―――というよりも、折られた跡だが―――があるので、ここは自然に出来た場所ではないと判断出来る。

ただ、人間が作った場所でも有り得ない。
ここは人間が踏み込むような所ではない。

妖精は、このような面倒な真似はしない。
妖怪はそもそも、こんな場所を作る必要がない。

では何がここを作ったのか。

―――それこそが、男の目的である。



『ゆゆ~!! 良く寝たよ!!』
「「「ゆぅ! ドス、ゆっくりしていってね!!」」」
『ゆゆっ! 皆もゆっくりしていってね!!』

男が探し当てた場所から、そう離れてはいない大きな洞窟。
都合百匹は下らないであろう、ドスまりさに率いられたゆっくりの群れがあった。

ゆっくりとしては多少賢明な部類に入る群れであり、人間との抗争に発展して群れごと滅ぼされるくらいならば、始めから人間が近付かないような所に群れを構えよう、というドスの提案でここまで移住してきたのだ。
それは非常に正しい判断であった。

―――前述の通り、ここは人間にとっては非常に危険な場所である。
勿論、ゆっくり達にとっても妖怪や猛獣は危険極まりない存在だ。
しかし、彼らは食料調達以外でゆっくりを襲うことがないため、単なる快楽で群れを滅ぼすような人間がいないということだけでも非常にゆっくり出来る場所だと言えた。

植物が生い茂るということは、食料も豊富であることを示している。
それでも群れが飢えることのないように出産制限を設けて、群れ全体の数を増え過ぎず減り過ぎない数に保っている。

群れのゆっくり自体も比較的知能が高い上に性格も良く、まれに居るゲス個体はある程度矯正して一匹の身勝手のために群れが滅ぶという危険性を排除している。

そして何よりも、体長一丈三尺(約4m)はあろうかというドスの存在である。
このドスは、知能の高いぱちゅりー種と運動能力の高いまりさ種を親に持つ。
両親は共にゲスとは程遠い個体であり、ドスもぱちゅりーの知能とまりさの運動能力を引き継いだ優秀なゆっくりとして、幼い頃から英才教育を受けていた。

父であるまりさからは、極めて優秀な身体能力を生かした狩りの手法や、弱い個体を守るための戦闘知識を学んだ。
母であるぱちゅりーからは、野草や虫といった食料の知識や、ゆっくり以外の動物や人間、妖怪の危険性、更には将来群れを率いていくために必要な帝王学を学んだ。

至極残念なことに、ドスがドスへと変貌する前に両親は天寿を全うしてしまったが、それでもドスはこの二匹の教えを忠実に守ってきた。
彼女自身、厳しく自分を教育した両親は、今自分が大きな群れのリーダーとしての才覚を最大限に発揮するために必要なことを教えてくれていたのだと理解している。

他のゆっくり達にも食料の知識を分け与え、間違えて毒草や有毒生物を摂取しないようにしているし、猛獣に襲われた時は、状況に応じて戦うか逃げるかの選択をすることを教えている。
戦闘技術も、群れのゆっくりが二匹いればれみりゃ一匹程度は追い払えるであろうまでに洗練されている。

正に、理想郷。
ゆっくりプレイスの見本といっても差支えは無い。

―――さて、この群れの朝は、昨日の内に採り貯めておいた食料を食べることから始まる。
夜行性の動物が多いとはいえ、朝方も油断は出来ない。
そのため、朝食用の食料を予め採取し、日が完全に昇るまでは洞窟の中から出ないようにしているのだ。

『皆、ゆっくり食べようね!!』
「「「「「むーしゃむーしゃ、しあわせー!!」」」」」

食料となるものの大半は、草や小さな虫である。
如何に贔屓目で見たとしても熱量が低そうな食事であるにも拘らず、群れのゆっくりは満足して食べる。

あらゆる欲望に従順なゆっくりは、食欲も並ではない。
その容積に見合わないような食料を食らうこともある。
そも、人里で起こるゆっくりによる被害は、多くが食料を食い荒らされるというものだ。
食料を巡る争いで群れが自壊することも多々ある。

その点、少ない食料でも満足出来るようになったこの群れは、ある意味では幸福だと言えよう。

「どす! きょうはどこでかりをすればいいの?」

一匹のれいむが問うた。
ぱちゅりー種を除く生体ゆっくりは、活動できる時間帯にはほぼ全ての個体が狩り―――採取に出る。
ぱちゅりー種の仕事は子供たちの教育である。

『今日は久しぶりに木の実を採りに行くから、お日様の方に行って狩りをするよ。ぱちゅりー、今日はドスも一緒に狩りに行かなくちゃならないけど、広場で子供たちの面倒を見てあげてね』
「むきゅん! まかせなさいドス。このこたちのきょういくはおこたらないわ!」
『うん。よろしくね、ぱちゅりー』

このぱちゅりーはドスよりも思考回路が発達しているようで、後進を教育するゆっくりとして重宝されていた。
万が一ドスが死んでしまったとしても、彼女がいるならば群れは安泰だろう。

『そろそろお日様も昇ってきたし、大人は狩りに出かけるよ!!』

ドスが宣言する。
それに合わせ、生体ゆっくり達も「「「「「「ゆぅ~っ!!」」」」」」と気概を挙げた。


ドスが生体ゆっくりを率いて狩りに出かけたのを見届けたぱちゅりーは、群れの将来を担う子供たちに向き直った。

「むきゅう! こどもたちはちゃんとぱちぇについてくるのよ!」
「「「「ゆっくりりかいしたよ!」」」」
「「「「「ゆっきゅちりきゃいしちゃよ!!」」」」」

もうしばらくもすれば成体として扱われるであろう幼体ゆっくりと、まだ生まれて間もない新生児ゆっくりを引き連れ、広場へと向かう。

「おおきいこはくすりになるくささんのおべんきょうをするから、ひろばにつくまえにひとりひとつずつくささんをとってちょうだい。ちいさいこはおうたのれんしゅうをするわよ」

今日の教育内容を伝えるぱちゅりー。
幼体ゆっくりはそれに応じるように、各々適当な草を見繕っては採取した。
新生児ゆっくりも、まだ声帯がはっきりせず上手く出せない声で、思い思いのメロディーを口ずさんでいる。
人間からすればただの騒音でしかないその音も、他のゆっくりには微笑ましいものであるようだ。

そんな子供たちを見ながら、ぱちゅりーは少し前から懸念していたことを考えた。

「・・・むきゅー。ぱちぇひとりでこのこたちをまもりきれるのかしら・・・」

呟きが口から洩れる。
ぱちゅりーは、自分がドスの信頼を受けていることを自負している。
それに応じられるよう、子供たちを立派に教育する自信もある。

しかし、問題はそこではない。

ぱちゅりーは、自分自身の弱さを危惧していた。
元々、ゆっくりの中でも輪をかけて貧弱なのがぱちゅりー種だ。
生体のぱちゅりー種ですら、まりさ種やちぇん種、ようむ種といった戦闘特化種の幼体に負けることがある。
野生動物に襲われれば、言うまでもなく敗走―――死ぬことになるだろう。

昼間とはいえ、人間の里の近くに比べれば危険の多い森の中である。
もしゆっくりを捕食するような動物が出てくれば、幼体ゆっくりや新生児ゆっくり諸共全滅してしまう恐れもある。

普段はドスまりさも狩りには出ずに、ぱちゅりーの教育に立ち会って万が一に備えているのだが、今日は木の実狩りに同行してしまった。
秋に入り、冬籠りに最適な保存可能な食料が実り始めたため、他の動物達に取られまいと早めに食料収集を行うことにしたのだろう。
高所に生る木の実は、ドス以外では採る術がないので仕方のないことではある。
1年前にも、同じようにドスは冬籠り用の木の実採取を自ら行いに行ったのだ。

しかし、1年前とは大きく違っているものがある。
―――ぱちゅりー自身だ。

このぱちゅりーは、既に2年生きている。
ゆっくりの寿命は短く、野生のゆっくりが3年生きることは稀である。
それこそドス―――巨大種にでもならない限り、5年以上の命は望めない。

一年前ならば、まだ体力の衰えを気にすることはなかった。
住処である洞窟から、集会場として作られた広場へと向かう間に息切れを起こすこともなかった。
しかし、今のぱちゅりーは既に老体と言っても過言ではない。
ただでさえ貧弱なぱちゅりー種であるにも拘らず、老体ともなってしまえば過度な運動は出来ない。

子供たちを逃がすための囮にすらなれるかどうか。
もしここで子供たちが全滅してしまえば、群れの存続に関わるのだ。
ドスがいない今、本当に、それだけが気がかりなのだ。

「―――むきゅう・・・。ドスがぱちぇをしんらいしてくれているとかんがえるほかはなさそうね」

ゆっくりは、負の思考に囚われることが少ない。
常に自己中心的で、都合の良いことのみを記憶に留めるその性質が原因だ。

「なやんでいてもしかたがない、ということね」

ぱちゅりーも一旦このことは忘れることにした。
目下の目的は、子供たちの教育なのだから。

なんとかなる―――楽天的な思考の下、ぱちゅりーは子供たちを率いて広場を目指した―――



―――耳障りな音が聞こえる。

男が嫌う音―――否、声。

酷く不快感を掻き立てられるその声は、僅かずつながらもこの空間へと向かっている。
自然と、腕に力がこもる。
熟達した戦士のような殺気が、森に棲む小動物達の警戒心を強める。

気配を消す必要もない。
そも、男は気配を消す方法など知らない。
決して、器用な人間ではないのだ。

―――力のみ。

それのみを盲信し、対面した者を屠る。
熟練の技術には、猛然たる怪力を。
神とまで称えられる業には、悪鬼とまで謳われる剛力を。

そして―――力で臨む者には、更なる力を。
力を以て、敗走は無し。

―――人里には、これ以上闘う者―――彼に闘いを挑む者はなくなった。

男は力を持て余したのだ。
ただそれだけ。
全ては余興。

愚かしいことを企んでいるのは百も承知である。

「―――だが・・・だからどうした」

ぽつり、と。
あまりにも軽薄な口調で、男は呟いた。

殺戮は愚かしい。
『一人殺せば犯罪者、千人殺せば英雄だ』とはよく言ったものである。
流石に、そこまで八面六臂の活躍をするつもりはない。

―――ただ、それも相手が人間である時だけだ。


「「「ゆ~ゆゆ~! ゆっきゅち~ゆっきゅち~」」」


高々饅頭―――


「くささんいっぱいあつまったね!!」
「ぱちぇせんせいにほめてもらおうね!!」」」


その命、認めるわけにはいかない―――


「むっきゅん! みんな、とうちゃくしたわ―――むきゅぅ!!!!」


脳内物質は暴走気味に溢れだしている―――


「漸くお出ましかィ―――死ねや」


刹那。
男の脚が、幾周りか程膨れ上がり―――



―――異変に気付けなかったことが、悔やまれた。

蟲の声も、動物の呼吸も、何も聞こえなかった。
ドスならば、或いは気付いたかもしれない。
だが、ぱちゅりーは気付けなかったのだ。

それが、あまりにも残酷な死を招いた。


男は、この集団を率いているのがぱちゅりーであると瞬時に判断したらしい。

ぱちゅりーの目測では、男との間にはおよそ五、六間の距離があった。
男がどれだけ速く動けるとしても、一秒以上、男から逃げられる時間はあった。

逃げろ
 逃ゲロ
  逃げろ
   にげろ
    逃ゲロ
     ニゲロ―――

ぱちゅりーの頭の中では、延々とその三文字だけが反復されていたのだ。

だというのに―――


「死ねや」


その声が聞こえた時には、ぱちゅりーの体は宙を舞っていた。
男の脚力は、五、六間の間を一瞬で詰めたのだ。

左足で踏み込み、地面を抉るように腕を振る。

ドスの体当たりをまともに受けたかのような衝撃。
しかし、ぱちゅりーの体そのものはダメージを受けていなかった。
皮は破れず、中身が体外に放射されるわけでもなかった―――


「「「いぎゃあああああああああああああああ!!!!!!!!!!」」」
「「じにだくないいいいいいっ!!! じにだぐないよおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」」
「「「「だずげでばちぇせんせぇええええええええええええっっ!!!!」」」」
「「「どじゅうううううう!!! だずげでよおおおおおおおおおおおっっっ!!!」」」


ただ―――精神は、ほんの数瞬で破壊されてしまったが。



ぱちゅりーを払いのけた男は、勢いもそのままに、幼体ゆっくりや新生児ゆっくりの虐殺にかかった。

唐突に現れた男と弾き飛ばされたぱちゅりーを見て、何が起こったのかを把握出来ずに固まってしまったゆっくり達。
その中で、男は手近にいた幼体ゆっくり三匹に目を付けた。

「―――ゆっ!!! ゆわぁぁぁああああああ!!!! ばぢぇぜんぜぇぇぇぇぇえええええええええええ!!!!!!」

我に返ったらしいまりさ種が叫ぶ。
その声が何処に届くということもないのだが。

下段突きの要領で掌底が撃たれる。
叫んだまりさと、その近くに居たれいむ種が2匹、何の抵抗も許されずに真っ黒な華を咲かせた。

「・・・極色も無し・・・単なる黒かよ」

黒々とした餡塊を見て、男が忌々しそうに呟いた。
しかし次の瞬間には、今し方叩き潰した三匹のことなど忘却の彼方へと葬り去り、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した別のゆっくりたちを追い始めていた。

まるで重戦車。
鬼神の如き巨体が、ゆっくりを瞬く間に殲滅していく。


「ゆぎゃあああああああああああ―――ッッッ・・・!!!!!!」


ある者は視認出来ぬ速度で蹴り飛ばされた。
皮の一片も残さず、此の世から消え失せた。


「だじゅげでええええええええ!!!!!!! だじゅげぇッ・・・・・・!!!!」


ある者は下段から撃たれた拳に突き上げられた。
魂は一撃でその身から剥離し、虚ろな眼球だけが空を飛んだ。


「どぼじでえええええええ!!!! どぼじでごんなごどおおおおおおおおおおぶぉおお・・・ッ!!!!!」


ある者は単純にその巨体によって踏み潰された。
土と同化した体の上に、存在証明としての飾りが置かれていた。


暴風が止むまでには、そう長い時間はかからなかった―――



助かった者はいない。
助けるつもりもない。
一方的な殺戮劇は、一分と経たずに終わりを告げた。

広がるのは、中途半端な闇の色とそこに浮かぶ色取り取りの存在証明。
男はそこに立ち尽くしていた。

「―――つまらねェ・・・」

数十匹からなる小さなゆっくりの群れを崩壊させながらも、男の口から洩れるのは溜息と落胆の言葉だけ。
求めるものは、これ程空な満足感などではない。

最初に撥ね上げたぱちゅりーの元へ歩み寄る。

「・・・おい」

一応、声はかけてみる。
脆弱なぱちゅりー種ではあるが、一応成体である以上生命力は一番強かろうと判断し、まだ生きている可能性を考慮したからだ。
もし生きていれば、巣まで案内させようとも考えた。

「―――・・・」

しかし―――やはり、死んでいるようだ。

精神的な打撃が大きかったものと見える。
死因は、肉体的に損傷があったというよりも口から吐き出された生クリームの量が過多になったことの方が大きい。

当然と言えば当然だ。

まだ生まれて間もない新生児ゆっくりが理不尽な暴力でその命に終止符を打たれ―――愛弟子が自分に助けを求めながら死んでいき―――どれ一つとして原形を留めぬまでに破壊され尽くし―――そのような光景に耐えられる程、ぱちゅりーは強くなかった。


―――そのような光景に耐えられる程、愚かではなかったのだ。


如何程の無念であったのだろう。

ドスの信頼に応じようとして。
群れの期待に応えようとして。
愛弟子たちを守ろうとして。

せめて愚かであれば、発狂こそしただろうが、まだ生きてはいられただろう。
だが、愛弟子を目の前で無残に殺されながらおめおめと生きていられる程、ぱちゅりーは愚かではなかった。
だからこそ、精神が耐えられなかったのだ。

悲劇と言えば悲劇である。

ただ―――


グチャッ


―――男には関係の無い話だった。

「あー糞饅頭共が。ガキばっかりだったみてェだから、どっかにこいつらの親とドスが居る筈なんだがなァ」

ぱちゅりーの悲涙も、子供たちの恐怖も、男にとっては鑑みる程のものではない。
ゆっくりに、そこまでの価値はない。

ぱちゅりーを踏み付けた足を左右に動かし、飾りすら残さず消し去る。

「巣は近ェな。ガキと紫饅頭だけでそこまで離れた距離を歩けるとは思えねェ」

それにすら興味が失せたのだろう。
厭になる程甘い匂いが漂うその空間を離れる。
ゆっくりの視点からすれば、そこは凄惨な殺害現場だろう。

人間にとっては餡子がまき散らされただけの空間でしかない。
甘いものが嫌いな男は、何故ゆっくりの中身が餡子なのかという非常に無意味なことを考えながら、ドスや成体ゆっくりを探し始めた。



『―――いっぱい木の実も集まったね! 木の実はこれだけ蓄えておけば十分だよ! さ、急いで戻ろうね!』

広場とは正反対の方向。
食料となる木の実を生らせる樹木が密生している地域。
ドスまりさと成体ゆっくりは、その地域で採取をしていた。

採取の方法は至極単純。
木の実を生らせた樹にドスが体当たりをし、木の実を落とす。
それを生体ゆっくり達が拾い集める。
それだけだ。

ゆっくりの思考回路では、恐らくこれが最も効率の良い方法だろう。
というよりも、ゆっくりにこれ以上の効率は求められない。

兎にも角にも、体当たりと収集を繰り返し、ドスまりさの帽子に溢れ返る程の木の実が集まった。
もとより一回の食事量が少ないこのゆっくり達にとっては、これだけで冬の四割をしのげる食料である。

「おちびちゃんたちにみせたら、ぜったいによろこぶよね!」
「はやくかえろうよドス! ぱちぇもおちびちゃんもまってるよ!」
「もうぱちぇのじゅぎょうもおわってるころだよねー」

ゆっくり達は、今日の大収穫を留守番している子供達に見せたいようだ。
親としては、鼻が高いのだろう。

『おちびちゃん達に見せたら、すぐに食料庫にしまうんだよ。間違えて食べちゃったら大変なことになるからね』
「わかってるよ! おちびちゃんたちにはたべちゃだめだよっていっておくよ!」

本当に出来たゆっくり達で助かる。
ドスは何時もそう思っている。


―――彼女の両親は非常に優秀だったが、所属していた群れは優秀とは言い難かった。

その群れのドスは、ゆっくりオーラを出しているだけの無気力で日和見な存在であった。
何時の間にやら参謀という位地に収まっていたゲスゆっくりの言葉を無計画に認可するだけの傀儡であった。

曰く、人里を襲撃せよ。
曰く、従わないものを粛清せよ。
ゲスの吐くことといえば、己が欲を満たし、己が地位を保守するためだけの蒙昧な言葉だけであった。

当然ながら、人間の視点からは公序良俗に反するとされる事象は、本来は人間にとってもゆっくりにとっても、非常に生き易い生き方が出来るものなのだ。
群れのゆっくりは、特に言葉も無くゲスに従い続ける。

本能のみに従い、旺盛過ぎる食欲で森の実りや人里の田畑の収穫を食い散らかし、異常とも言える性欲でひたすらに子供を成していった。
生物として成立し得ない程虚弱な我が身を弁えず、霊長の筆頭たる人間に闘いを挑んだのだ。


―――結局、粛清されたのだが。


結果は目に見えていたのだ。
人間は、何の抵抗もなくゆっくりを殺すことが出来る。
単体相手では人間以上の戦闘能力を有する筈のドスですら、武装した数人の人間に囲まれれば為す術はない。

群れの棲処の周囲には油が撒かれ、火が放たれた。
命辛々逃亡を試みたゆっくり達は、ほぼ例外なく殺された。

ドスの殺害は特に念入りに行われた。
捕縛のために、荒縄を括り付けた銛が何本も撃たれた。
三、四尺はあろうかというドスの皮は、鋭利な刀によって斬り裂かれた。
口腔内には油を注がれ、巣の周囲と同じように火が付けられた。

ゆっくりとして永く永く生きたその結末は、苦痛の中で悶え死ぬという、凄惨を極めたものだった。


―――まりさは、火が放たれたことに逸早く気付いた両親によって、洞窟の奥深くに隠された。

両親は、群れの崩壊を覚悟して自ら人間に殺された。
元より愚かしい群れのゆっくり達に辟易しており、いずれは人間によって滅ぼされることも予測していたのだろう。

「むきゅう・・・お兄さん。ぱちぇ達は殺してもいいわ。その代わり、おちびちゃんだけは助けてあげて」
「まりさとぱちぇがしっかり人間さんの恐ろしさを叩き込んだ優秀な奴なんだぜ。人間さんに悪さをするような真似はしないんだぜ」
「お願い・・・お願いします・・・」
「どうかご慈悲を、なんだぜ・・・」

まりさの命を救うために、両親はまりさの為の命乞いをした。

本来ならば、人間にとってこの二匹の言葉を聞き入れる利点は無かった。
ただ、この時話しかけた人間が、虐待鬼井山の中でもまだ情に厚い男であったことが幸いした。
この二匹が、群れに蔓延ったゲスの一味ではないことや非常に賢い個体であることを見抜き、最初で最後のゆっくりに対する温情を見せた。

二匹を踏み抜いた後、虐待鬼井山はまりさの居る巣穴の口に軽く土をかけた。
他の虐待鬼井山に見つからないようにするためだ。
完全に塞ぎ切る前、鬼井山は巣穴に向かって声をかけた。

「オレはお前の両親に頼まれて、お前だけは生かしておくことにした。お前の命はお前の両親がその身を犠牲にして助けたんだ。それを覚えとけ―――オレ達の駆除が終わったら出て来い。もう二度と人間様の前に顔出さなきゃ穏便に暮らせるだろうってことは保証しておいてやるよ」

人間の声を聞いたのは、これが最初で最後だった。
まりさにとっては、恐怖そのものが話しかけてきているようなものだった。


―――この日、まりさは誓った。

人間には、一生関わらないようにしよう、と。

次に人間に邂逅した時は、自らの死期であろう。

強制的な終焉など真っ平である。

両親の遺志を引き継ぐ。

私は、生き延びてみせる。


―――そう、堅く誓った。


―――そんな誓いは、酷く無意味なものだったのに。



最初に気付いたのは、先行していたちぇん種であった。

ちぇん種は、若干視力が悪い代わりに聴力が他のゆっくりよりも優れている。
丁度猫の様なものだ。

いつもならば、群れの領域のある程度まで入れば子供達の声や歌が聞こえてきたはずである。
しかし、今日に限ってそれが無い。

「おかしいんだよー。おちびちゃんたちのこえがきこえないんだねー」
「わかるよー。なにかあったんだよー」

その言葉に、ドスが反応した。

『どういうこと? おちびちゃん達に危険が迫ってるの?』
「それはわからないんだねー。なんのおともしないよー」

ドスは、弾かれたように跳び出した。
収穫を詰め込んだ帽子が落ちるのも構わず、巣まで一直線に駆け抜けた。

『おちびちゃああああん!!!! ぱちゅりぃいいいいいいいい!!!! 聞こえたら返事してねえええええ!!!!!!!』

有らん限りの声で、留守を任せたゆっくり達に呼び掛ける。

「「「おちびちゃあああああああああん!!!!!」」」
「「「ぱちゅりいいいいいいいいいいいい!!!!!!」」」

狩りに出ていた成体ゆっくり達も、ドスの様子から異変を察したようだ。
外敵が周囲に居ないかを確認しながら叫ぶ。

ちぇん種が音を捉えられる範囲は、普通のゆっくりの会話程度ならおおよそ一町弱だ。
数十匹の歌声ともなれば、三町先からでも僅かに聞き取ることは可能だろう。

当然ながら、ちぇん種以外のゆっくり達も音が聞こえるようになる範囲はある。
それでも、聞こえなかった。
何の音も聞こえなかった―――


巨体故に移動速度の速いドスが、真っ先に巣の前に辿り着く。
必死の形相で巣穴を覗きこむが―――

『ゆうううううううううううう!!!!!!!! 何で誰もいないのおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!』

誰もいない。
ぱちゅりーも、子供達も。

ドスはある程度悪しき事態も考慮していた。

―――例えば、捕食者の侵攻を受けたということ。
有り得ない話ではない。
ドスとしても、ここで起きる可能性のある最悪の事態はこれしかないと思っている。

ただ、最悪ではあるが、今の状況を鑑みるに、起きたとは考えにくい事態でもあった。

第一に、巣穴にはゆっくり達で作った罠がある。
罠と呼べるか否かはさておき、木で組まれた落とし扉を巣の中程に備えてあるのだ。
下部は杭となっており、人間でも下手をすれば腕に突き刺さる恐れがある。
外敵が巣に侵入した際には、巣の奥にドス以外の全てのゆっくりが退避し、最奥で落とし扉を作動させる。
仕掛けそのものは単純であり、大人であれば誰でも動かせるように設計しているので、これが使われていないということは、巣に侵入者があったものとは思い難い。

第二に、巣の中にはゆっくりの残骸もなく、死臭すら漂わないということだ。
考えたくはないが、全滅の憂き目を見ることも、有り得ないことではないと理解している。
しかし、ゆっくりが全滅した現場がここまで綺麗な筈はないだろう。
獣の類であれば、大概は見つけたその場でゆっくりを食い荒らすため、残骸や死臭がまき散らされている。
殺さずに全て持ち帰る、ということは先ず考えられないのだ。

―――となれば。

ドスは再び駆け出した。
目指すは、ドスがここに来て初めて作ったゆっくりプレイス。
あの広場である。

ぱちゅりー達が向かったのもそこだ。
巣の中で何かあったわけでもない。
しかし、ぱちゅりー達に悪しき事態が起こったのも確かなのだ。
そう考えなければ、ぱちゅりー達の声すらも聞こえないというのは明らかにおかしい。

奔る。
決して素早くはない。
ただ、必死なのだ。

愚かしくも人間に楯突いたドスまりさの様には死にたくなかった。
そしてそれ以上に―――大事な仲間を、大切な未来を、失いたくはなかった。



―――嘆息する。

お気楽なことだ。
悲劇を受け入れられないのは、ゆっくりの特権であり愚劣さである。

塵に等しい生命を維持するために、自分に都合の悪い記憶を排除し、ゆっくり出来た経験のみを留め、ひたすら害悪を繰り返す。
いつまでも悲劇の影を引きずり続ける人間も愚かだろうが。

―――幼体ゆっくりや新生児ゆっくり、そして成体のぱちゅりー種を殺し尽くした男は、その狂乱を引き起こした激情の熱を体に留めることなく、冷静さを取り戻していた。

―――あの存在は反則だ。

人の神経を逆撫で、愚直なまでに無知蒙昧を貫き通し、挙句己が身を弁えない。
これまでに、どれ程のゆっくりを叩き潰してきたことか。
正しく、狂乱毒と呼ぶにふさわしい。


『ぱあああああああああああちゅりいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! おちびちゃあああああああああああああああああああああああああああんん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


お目当てはもうすぐそこにある。
噎せ返る様な甘ったるいこの空気は、彼奴にとってみれば死臭と大差ない。
能天気な思考回路でも、何が起きたかは一瞬で理解出来る。

男の脳を、再び熱が焼いていく。
ともすれば瞬時に弾かれかねない程に神経は暴走している。

全身の状態は良好。
今ならば妖怪とも張り合える。

知らず、呟いた。

「来い、ド饅頭―――極彩の魂、見せてみろ」

―――そして、邂逅する。



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最終更新:2011年07月29日 02:41
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