※なんていうか陳腐



「ゆゆっ!ゆっくりしていってね!」

俺が軒先で台風が去った翌日の晴れた空を見上げていると、足元からそんな声が聞こえてきた。
元気も威勢も良く、若干甲高い子どものような声。
俺は声の主を探して視線を足元へ走らせ、すぐに声の主を見つけた。

「なんだ、ゆっくりか」
「れいむはれいむだよ!」
「まりさはまりさだよ!」

ゆっくり。それは幻想郷の有名人物を下膨れにデフォルメした直径30cm弱の生首生物である。
ちなみに、赤リボンと黒髪の個体はゆっくりれいむで、金髪に黒い山高帽のほうはゆっくりまりさ。
元になった人物は言わずもがな。
でたらめなことに彼女らは饅頭であり中には餡子が詰まっているが、自由に跳ね回って食う寝る遊ぶ。
九十九神の類ではないかとも言われているが、生殖によって増えるためにそれも違うらしい。
要するに、訳の分からない存在なのだ。

「おにーさん、おねがいだよ!まりさたちをおうちでゆっくりさせてね!」
「はあ、何で?」
「ゆぅぅ・・・かぜさんとあめさんがれいむたちのおうちをこわしちゃったんだよぉ・・・」

2匹の巣は昨日の台風に破壊され、新しい住居も見つからず、仕方なく俺の家にやって来たらしい。
しかも、良く見てみるとれいむはにんっしんんっしているらしく通常の成体よりも腹部を中心にぷっくりと膨れていた。
推定にんっしんっ後1週間といったところだろう。出産まであと1週間くらいか。

「そうか、じゃあ入れよ。ただし、子どもが生まれるまでだぞ?あと、家の中では俺の言うことを聞けよ」
「「ゆ、ゆゆっ!おにーさん、ほんとうにゆっくりさせてくれるの!?」」
「一人暮らしだしな、お前らくらい何の問題もないさ」
「「やったぁ!これでゆっくりできるよ!」」

そう言いながら軒先から底部に土をつけたまま家に上がり込んだ2匹は振り返ると満面の笑みを浮かべた。

「「おにーさん、ゆっくりしていってね!」」
「・・・ああ、言われなくてもゆっくりさせて貰うよ」



「ここがお前達のスペースだ」
「「ゆゆっ!せまいよー、ゆっくりできないよ!」」
「さっき約束しただろ、俺の言うことを聞け」

2匹をそれぞれ1辺30cm程度の水槽の中に放り込むと、天井の蓋を締めてから鍵をかけた。
水槽の中ではれいむとまりさがあまりの狭さに文句を言っているのが空気穴を通して聞こえてくる。
特にれいむのほうはにんっしんっしている分、本当にいっぱいいっぱいといった様子で、息苦しそうでさえある。
しかし、俺は2匹に取り合うことなく別室へと移動すると1匹のゆっくりを連れてきた。

「ゆゆっ!おにーさん、このこたちどうしたの?」

そのゆっくりはゆっくりありすと呼ばれる個体で、金髪とカチューシャが特徴的な個体である。
「とかいは」を自負し、「とかいは」らしくあろうとするためか、ある一点を除けば意外と躾けやすい。
ありすは狭い水槽の中に居るまりさとありすを見ると悲しげな表情になった。

「おにーさん、まりさたちをだしてあげてね!これじゃゆっくりできないわ!」
「ああ、構わないよ。ただし、条件がある」

俺はありすを床に置くとその頭に手を乗せて、ゆっくりと彼女を揺すり始めた。
ゆっくりには「振動を与えることで発情する」という変わった性質があり、ありす種は特に発情しやすい種だと言われている。
そして、ゆっくりの多くは一旦発情してしまうと理性によってそれを抑えることが非常に困難になる。
しばらくしてありすが十分に発情した所で俺はまりさを水槽から取り出し、彼女に話しかけた。

「条件って言うのはさ・・・あのありすとすっきりして欲しいってことなんだよ」
「ゆゆっ!だめだよ!まりさはれいむのだーりんだよ!そんなのゆっくりできないよ!」
「じゃあ、あの水槽の中が良いのか?あんなところでゆっくり出来るのか?」
「ゆぐっ!ゆぅ・・・れいむぅ、どうしよぉ・・・」

俺の言葉を聞いたまりさは狼狽し、つがいのれいむの方を見る。
しかし、ゆっくりの中では最もリーダーシップのあると言われるまりさでも決断を下せないのだ。
れいむにその決断を下すことなど出来るはずもない。

「れいむ・・・あかちゃんをゆっくりさせてあげたいよ!でも、まりさはれいむのだーりんだよぉ・・・!」
「おにーさん、おねがいだよ!いじわるはゆっくりできないよ!」
「俺はありすの赤ちゃんが欲しいの、分かるね?しばらく住ませてやるんだからそれくらい良いだろ?」
「ゆぅ・・・・・・どうぢよう、れいむぅ」
「ゆっぐ・・・れいぶだってわがらないよぉ!ゆっぐぢできないよ!ゆっぐぢぢだいよぉ!?」

意気消沈し、帽子のつばで目が隠れるほどにうなだれるまりさと、既に半泣きなってしまっているれいむ。
まりさはれいむをゆっくりさせてあげたいが、同時にれいむを裏切りたくない。
一方のれいむは赤ちゃんを無事に産みたいが、まりさを他のゆっくりに取られたくない。
静かな部屋の中で発情したありすの荒い息遣いと、涙ぐむれいむの嗚咽だけが響き渡る。
やがて・・・

「ま、まりさ、ありすとすっきりーするよ・・・だから」
「そうか」

まりさの返事を聞いた俺は即座に彼女をありすの傍に放り投げた。
すると、散々お預けを食らっていたありすは物凄い勢いでまりさに跳ね寄り、頬擦りをする。
ゆっくりが興奮した時に分泌する甘い粘液をまりさの頬に擦り付ける。
一瞬、まりさは露骨に顔をしかめたが、俺の視線に気がつくと無理矢理笑顔を作りつつ、れいむに微笑みかける。

「れいむ!ありすとすっきりーしてもまりさのはにーはれいむだけだよ!」
「ま、まりざぁ・・・ゆっくりありがどー!?」
「ゆ・・・ゆふぅ・・・ま、まりさぁ・・・」

互いの愛を確かめ合う2匹を尻目にありすはどんどん高揚し、その動きは大きく激しいものになって行く。
やがて、まりさもありすの与えられる振動と、本能に抗うことが出来ずに頬を赤らめ、熱を帯び、締りの無い笑みを浮かべ始める。
ありすの愛撫に抵抗せず、自身から分泌された粘液をお返しとばかりにありすに塗りこんでゆくまりさ。
それによってありすもまた更に気分を高揚させ、このやり取りが2匹の行為を一層熱く、激しいものへと昇華させる。
もはや、そこには先ほどれいむに永遠の愛を誓ったまりさの姿はなかった。

「ま、まりざぁ・・・ゆっぐぢー・・・」
「「す、す・・・すっきりー」」

れいむが今すぐと目に入りたい衝動を血の涙を流しそうな表情で歯を食いしばって堪えている傍らで、2匹はついに絶頂に達した。
ありすの額からにょきにょきと緑色の茎が生え、そこに小さな実が5つ生った。
それこそ初期段階のゆっくりの赤ちゃんであり、すっきりーしたことで理性を取り戻したありすは彼女達を見て幸せそうに微笑む。

「あ、ありすのあかちゃあん!ゆっくりー、ゆっくりしていってね!」
「ゆゆっ!ありす、ゆっくりしないとあかちゃんがゆっくりできないよ!」

喜びのあまりについ跳ねそうになったありすを諌めたのは無理矢理すっきりさせられたはずのまりさ。
れいむのことは当然気にかかるが、今の彼女には取り合えず目の前のありすと赤ちゃんをゆっくりさせてあげたいという想いがあった。
しかし、これは何も意外なことではない。
ゆっくりが交尾をする際に分泌する粘液には惚れ薬のような作用があり、すっきりーした相手と赤ゆっくりに愛着を持つようになるのだ。
もちろん、これはちゃんと粘液を分泌できる気遣いのあるすっきりーをした場合や、ぺにまむを用いない交尾の場合に限ってのことなのだが。

「まりさぁ・・・れいぶとおはなぢぢでよぉ・・・!」
「ありす、ゆっくりゆっくりしてね!」

そんな怨念の篭った声を聞いたまりさはありすにそう告げると急いでれいむの傍に跳ねて行った。
そして、彼女の前で「ゆっくりごめんね!」と謝り、それから「でも、これでいっしょにゆっくりできるよ!」と笑う。
するとまりさの笑顔につられて水槽のせいで膨れられないなりに膨れっ面をしていたれいむも笑顔を浮かべた。

「いや、れいむは水槽の中だぞ」
「「ゆゆっ!?」」
「だって、水槽から出してやるのはありすとのすっきりーとの交換じゃないか」
「ゆゆっー!いぢわるしないでね!れいむもおそとでゆっくりさせてあげてね!」
「じゃあ、れいむもありすとすっきりするか?下手すりゃ今お腹にいる赤ちゃんが死ぬぞ?」

そう言うと、れいむは頬を引きつらせ、涙に濡れた頬をゆがめた。
お腹の中の赤ちゃんが死ぬという最悪の想像をして、恐怖に駆られてしまったのだろう。
一方のまりさは「おねがいだよー」などと必死に俺に許可を求めている。
どうやら、家に上がる前にした約束をすっかり忘れてしまっているらしい。

「ゆっ!?・・・れ、れいむは・・・このままぢぇいい゛よ・・・」

約束を破った罰としてぶん殴ってやろうか、俺がそう思い始めた瞬間にれいむは外に出ることを諦めた。
俺の表情の変化を察知してとっさにまりさを庇ったのだろう。ダーリン想いのれいむだ。
こうして、俺と3匹のゆっくりの短い共同生活が始まった。



翌朝。
俺はまりさとありすのエサ皿に豪勢な朝ごはんを盛り付け、れいむのエサ用に何かやばそうなモノを用意した。
この何かやばそうなモノはありていに言えば産廃のようなものであり、人間に食わせると即座に御用になるような代物である。
まずありすとまりさに朝ごはんを与えてると、2匹は元気良くそれに飛びついた。
口しかないゆっくりは食べかすを撒き散らすが、天狗の新聞を床に敷いているのでさほど問題にはならない。

「むーしゃむーしゃ、しあわせー!ゆぅ~、とってもとかいはだわ!」
「むーしゃむーしゃ、しあわせー!と、とってもゆっくりできるよ!」

ありすとまりさが朝ごはんに夢中になっているのを確認したところで、俺はれいむの水槽に近づき、彼女に挨拶をした。

「よお、ゆっくりしてるか?」
「ゆぅ・・・せまくてゆっくりできないよ・・・」
「そうか。でもゆっくりないと赤ちゃんがゆっくり出来ないぞ?」
「ゆゆっ!?ゆ・・・ゆっくり、がんばるよ」
「ああ、頑張れ。それとお前の朝飯だ。味はアレだが栄養満点だから赤ちゃんのためにも絶対に食べろよ?」

そう言って、例の何かやばそうなモノを水槽の空気穴兼エサ投入口かられいむの口へ放り込んでやった。
れいむは舌を出してそれを受け取ったが、一口口に含んだ瞬間に顔が真っ青になり、吐き出してしまった。
クワッと見開いた双眸からは何故か涙が溢れ出し、前身が細かく痙攣している。
舌を出したままにしてる口からは小さな声で「くぢゃいぃ・・・まぢゅいよぉ・・・」とご飯への不満が漏れ出す。
その様子を確認した俺は残りも全て水槽に放り込み、「毎日絶対に食べてもらうぞ」と言い残して自分の朝食を作りに台所へ向かった。

「まりさ、とかいははごちそうさまでしたっていうのよ!」
「ゆっくりりかいしたよ!ゆっくりごちそうさま!」

俺が朝食を作り終えた頃、朝食を食べ終えた2匹は部屋の中でゆっくりしていた。
ありすは猫用のベッドをゆっくり向けに改造した曰く「都会派のベッド」に寝転がって寝息を立てている。
もっとも、ゆっくりはまん丸なので立っているのも座っているのも寝転がっているのも大差ないのだが。
まりさはというと、ありすと彼女の赤ちゃんのゆっくりした様子を見届けてかられいむの元へと向かった。

「れいむ、ゆっくり!ゆっくりがんばってね!」
「ゆぐっ!ゆっぐぢ・・・がんばるよ・・・」

そして、狭い水槽の床に置かれた何かやばそうなモノを必死に食べるれいむを励ましていた。
「ぺーろぺーろ・・・」などと声を発しながら、毒にも等しいものを舐め取る惨めなれいむ。
とてもじゃないが食べられるようなものではないし、出来ることなら残してしまいたい。
しかし、赤ちゃんのためであり、まりさに励まされているとあっては食べないわけには行かない。

「ぺ、ぺーりょ、ぺー・・・ゆげぇ」
「れ、れいむー!ゆっくりー!?」
「ゆっぐぢ、がんばるよ゛・・・ゆぅ、れいむもゆっぐぢしだごはんざんがたべだいよぉ」

一応、れいむの水槽のある場所からはまりさ達の食事風景が見えるようになっている。
れいむは赤ちゃんのためにも食べてと急かすまりさがと手も美味しい朝ごはんを食べたことを知っているのだ。
とは言え、それはまりさの責任ではない。
まりさは必死にれいむを励ましてくれているのだから。
そんな恨み言を言ってはいけない。それはゆっくりできない・・・そう思いながら、れいむは何かやばそうなモノを食べきった。



「あ、そうそう。もし、ありすの機嫌を損ねるようなことしたら潰すからな」

外出前に俺が口にしたその言葉が効いているのか否かは定かではないが、朝食後れいむとまりさはありすと仲良く遊んだ。
と言っても、れいむは水槽の中で身動きが取れないし、ありすも額にまりさとの子どもを宿しているために激しい運動は出来ない。
よって3匹は必然的に適当にお喋りをしたり、一緒にお歌を歌ったりして遊んでいた。

「おにーさんはとってもゆっくりできるとかいはなひとよ!」

そして、れいむとまりさは俺が意外にもありすに対しても、他のゆっくりに対しても優しい人間であることを知らされる。
ありすと俺の出会いはある雨の降りしきる黄昏時のことで、ありすは当時野良だったこと。
しかも、ありす種の発情しやすさを危険視されて野良や野生の個体の中でも忌み嫌われ、頼れるものが居なかったこと。

「おにーさんのおかげでありすはゆっくりできるのよ!」

そんな風に生きてきた彼女は他人にどう甘えれば良いかすらも分からなかった。
しかし、俺はありすがどんなにそっけない態度を取られようが、噛み付かれようが辛抱強く可愛がってくれたこと。
そうしてようやくありすは心を開き、初めてゆっくりの意味を知った。

「だからおにーさんがれいむをそこにいれるのはきっとゆっくりするためよ!だから、ゆっくりがまんしてね!」
「「ゆ、ゆっくりりかいしたよ!」」

昨日いきなり狭いところに閉じ込められ、つがいへの背信行為を強要されたれいむとまりさはその言葉を信じきれないでいた。
だが、ありすの手前そんな事を口走るわけにも行かず、2匹は表向きは素直に「ゆっくりりかいしたよ!」とだけ応えた。

「ねえ、ありす、おうたさんをうたおうよ!あかちゃんもゆっくりできるよ!」
「ゆゆっ!あかちゃんがゆっくりできるなんてとってもとかいはね!」
「まりさもうたうよ!みんなでゆっくりうたおうね!」

ありすの俺自慢に耐え切れなくなった2匹は赤ちゃんのためのお歌を提案し、何とかその話題を切り上げた。
これで少しはゆっくり出来るだろうとれいむの機転に感謝するまりさだったが、そうは問屋が卸さない。
お歌を歌う時にも彼女達をゆっくりさせない事態が起きてしまう。

「ゆ~♪ゆ~♪ゆ~♪」
「ゆん♪ゆん♪ゆん♪」
「ゆ~ゆゆゆゆ~♪ゆゆゆ~ゆっくりゆゆゆゆゆ~♪」

そのゆっくり出来ない事態とは、三者の間に生じた笑えないほどの歌唱力の格差であった。
一般的にゆっくりのお歌は人間の価値観に照らし合わせると下手糞だと言われている。
にも関らず、ゆっくりの歌唱の優劣を判断する能力は「ゆっくり出来るか」という判断基準が最重要視される点を除いては人間とほぼ同じ。
しかもこの「ゆっくり出来る」に関してはゆっくりは全身聴覚であり、歌が一種のマッサージの効果を果たすからゆっくり出来ると言われている。

「ゆゆっ!ありす、すごくゆっくりしたおうただよ!」
「ゆふ~ん・・・お、おにいさんにおしえてもらったのよ!」

要するに、歌の振動によって「ゆっくり出来る」の段階で思考も研鑽も停止してしまっている野良や野生のゆっくりは歌が下手なのである。
その上、一定のリズムを繰り返すだけの歌というにはあまりにも稚拙なお歌しか歌えない。
一方のありすは下手糞な歌だと俺に鬱陶しがられるので、ある程度歌唱力の矯正を受けており、人間の歌を歌うので歌そのものも非常に高度で複雑。

「ま、まりさがどうしてもっていうなら・・・もっときかせてあげてもいいのよ!」

何のことはない。
れいむとまりさが下手なだけなのだが、ありすは褒められたことで気を良くした。
頬を赤らめて、体をくねらせながら照れている。

「ゆゆっ!まりさ、ありすのおうたさんでたくさんゆっくりしたいよ!」

興奮気味にそう応えたまりさが、つがいのれいむの白けた眼差しに気付くことは無かった。



その日の夜。
俺が「もう寝る時間だぞ」とれいむを押入れの中に放り込んだ後。
まりさはありすと発情しない程度に頬擦りをしながらお喋りに興じていた。

「ありす~、ありすはすべすべでとってゆっくりしてるよ!」
「ゆふ~ん、まりさもとってもゆっくりしてるわ!」

ありすは飼いゆっくりだし、まりさも家に上げた後で汚れを落としてやっているからまあ当然だろう。
どちらも野良や野生のゆっくりとは比較にならないほどにハリもツヤも良い。
そんな2匹のお喋りはお喋りとは名ばかりで、その内容はただいお互いのゆっくりを褒め称えあうだけのもの。
しかし、振動のマッサージ効果でゆっくり出来るためかゆっくりはお喋りを好む。

「ありすはゆっくりしてるね~!」
「まりさもとかいはでゆっくりしてるわ!」
「ありす、とってもゆっくりしてるよ!」
「まりさもとってもゆっくりしてるわ!」

お喋りはあっという間に互いを何の根拠もなしに褒め称えあうだけの気味の悪い儀式と化した。
しかし、ゆっくりゆえの単純さからか2匹は褒められるたびに照れつつも喜び、相手に褒め言葉の返礼をする。
それをお互いが眠くなるまで繰り返し、やがて2匹は頬を重ね合わせたまま寄り添いあって眠りについた。

「ゆぅ~ん・・・まりさぁ・・・ありすの、あかちゃぁん・・・ゆっくりぃ・・・」
「ありすぅ、れいむぅ・・・ゆっくりしていって・・・」

幸せそうな寝顔を浮かべるまりさとありすは理想のゆっくりを夢の中で思い描いていた。
ありすはまりさと子ども達に囲まれた幸せな家庭を。
まりさはれいむとありすの両方との幸福な未来を。



お喋りのせいでいつもより遅くまで起きていたまりさとありすが目を覚ました時、れいむは既に朝食を食べ終えていた。
たった1日だが、その食事の絶望的な味と危険性によって彼女の皮にはニキビのようなできものがいくつか浮かび上がっている。
顔色は悪く、どこかやつれたように見えるれいむが生気のない目で、じぃーっとありすと寄り添うまりさを見つめていた。

「ゆ、ゆゆっ!?れ、れいむ、ゆっくりおはよう!ゆっくりしていってね!」
「・・・ゆっくりしていってね!」
「ゆゆっ!れいむ、まりさ、ゆっくりおはよう!」

先に目を覚ましたまりさがばつの悪そうな表情でれいむと挨拶をしているとありすが目を覚まし、元気良く挨拶をした。
2匹はれいむが羨ましそうに様子を見守る中、置いてあった朝食に口をつけ、昨日と同じように3匹で遊び始める。
しかし、昨日とは比較にならないほどありすと親密になったまりさは彼女と何度も頬擦りをしていた。
もっちりした肌と肌を重ね合わせては擦り付け、ぶつかり合って互いの柔らかさを満喫する。

「ありすはとってもゆっくりしてるよ!」
「まりさのおはだ、すべすべでゆっくりしてるわ!」

一方のれいむは頬擦りをしようにも水槽が邪魔で頬擦りできず、よしんば出来ても今の彼女ではありすの足元にも及ばないだろう。
その上、お歌でもお喋りでもありすのほうが秀でており、れいむは彼女に敵う要素を持ち合わせていなかった。
徐々に絆を深めてゆくありすとまりさの姿をまざまざと見せ付けられる。
焦燥感に駆られたところで何も出来ず、ただもどかしい思いが募るばかり。

「ゆぅ・・・ゆっくりしたいよぉ」

れいむの頭では自分の感じているゆっくり出来ない感情を明確に言語化できない。
それがよりいっそうゆっくり出来ない気分を強くする。
そんなゆっくり出来ない時間を過ごし、夜には押入れの中で眠って、翌日またゆっくり出来ない時間を過ごす。

「れいむもおいしいごはんさんでゆっくりしたいよぉ・・・」

れいむの皮は日ごとにハリを失い、できものの数が増えてゆく。
舌にもできものが出来て、以前より活舌が悪くなり、髪の毛のツヤも失われてしまった。
一方のありすは子どもに栄養を取られているにも関らず、まりさとのゆっくりによっていっそう美しくなってゆく。
これだけでも絶望的な状況だと言うのに、翌日にありすの子どもが生れ落ちたことでまりさの中でありすの優位を決定的なものになった。

「「「おきゃーしゃん、ゆっくちちていっちぇね」」」
「「みゃみゃ、ゆっくちちていっちぇね」」

まりさに良く似た3匹の赤ちゃんと、ありすに良く似た2匹の赤ちゃんはどれも可愛らしくてゆっくりとしていた。



後編へ)

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最終更新:2022年05月21日 22:07