ここは、広大なゆっくり平原。
 ゆっくり名所である川に沿って上流へ向かうと、おなじく名所である林に入る。
 さらに上流へと足を進めると、そこはもう山だ。
 天を突くほどに伸びた木々は、その身に枝葉を思う存分茂らせ、さまざまな木の実をつけている。
 数多の木々が作り出す静寂とした空気。
 山にある森は知るゆっくりぞ知る、ゆっくり名所であった。
 だが、山はゆっくり名所でありつつもゆっくり難所でもある。
 なぜか?
 それは動物の数が下流の平原よりもはるかに多いからだ。
 よほどの経験を積んだゆっくりでもなければ、山の森で暮らそうなどという者はいない。
 そんな森の中に、
「ゆっくりしていってね!」
 という声が漂ってきた。
 2匹のゆっくり魔理沙だ。この山の中を飛び跳ね、餌を探している。
 この2匹はつがいで、2回目の出産を経て、ようやく産後の肥立ちから回復したのだ。
 交尾してから久しぶりの夫婦水入らずの狩りだった。

 2匹がやってきたのは、川原だ。
 水源にはまだ遠いが、この上流の水はとても綺麗で、きらきらと輝いて見える。
 この水を毎日飲んでいれば、それはすくすくと育つだろうと思わせるほどだ。
 この川には、ゆっくりを捕食する生き物も集まるが、餌も豊富というリスクに見合うリターンが確実にある場所だった。
 しかも、今2匹の目の前には、魚がぴちぴちと跳ねていた。
 川の中ではない。地べたで、だ。
 2匹のゆっくり魔理沙は天の恵みとばかりにそれに近づいていった。
「おさかなさん!ゆっくりしていってね!」
「ごちそうだね!」
 そう言って、わずかに体の大きいほう、年長のゆっくり魔理沙がその魚を口に含んで飲み込んでしまった。
 無論、食べようとしているわけではない。巣への運搬のために一端体内に保存しているのだ。
 鵜飼いとは違うが、あれを想像してもらえるとわかりやすいだろう。

 2匹でびちびちと活きの良い魚を一尾ずつ飲み込んで、
「ゆ!まりさたちのえーよーになってね!」
「あわてないで、ゆっくりしていってね!」
 などとご満悦の表情だ。
「あとは、きのみとかとっていこう!」
「そうだね、おさかなさんがいるから、それでじゅうぶんだね!」
 来たときよりも重めの体を全力で飛び跳ねさせる2匹。
 2回の子作りで、群れも10匹と大きなものになった。
 上の四匹の子供達はそろそろ本格的に狩りに連れて行っても良い頃合だろう。
 家族で狩りという、夢膨らむ素敵な想像に、2匹は浮かれつつも巣への帰路へとついた。
 日が傾き、空が橙色に染まりつつあるころ、森もその様相を刻一刻と変化させていった。
 木々の陰はゆっくりと伸びていき、まるで生き物のように森を昏い色で飲み込んでいく。
 夕闇が迫りつつあった。

 10匹のゆっくり魔理沙たちは、狩りの成果を思う様堪能していた。
 年老いた大木の洞のなかをねぐらにしているので、広さは十分にある。
 地面に並べられたご馳走は、無数の木の実に、色鮮やかなツツジの花。
 そしてメインはなんといってもお魚さんだ。
 もう1尾は明日の食料として、奥のほうで笹の葉に包まれている。
「はふはふ、うめぇ!めっちゃうめぇ!おさかなさんおいちい!」
「ゆっくりあじわってね!」
「おちついてゆっくりしてね!」
 子供達の旺盛な食欲を温かく見守るのは、2匹の親ゆっくり魔理沙だ。
 その表情は母といって差し支えないものだ。
 子供達もそんな母たちの見ている中、喧嘩ともいえないようなじゃれ合いをしながら、ご馳走を食べている。
 赤らんだ顔に溌剌とした眼差し、張りのよい高い声、あふれる覇気を支える柔軟性に富んだ動き。
 その全てが健康状態が良好であることを示している。
 さらに、はちきれんばかりに発揮されている元気から、この子らがのびのびと成長していることも存分にうかがえる。
 ゆっくりにとって理想の家族像がこれだと言われたら、信じてしまいそうな情景だった。
 この家族であれば、どんな苦難が降りかかろうとも、身を挺して子供達を守るに違いない。
 そう、親が子を、姉が妹を、何を措いても守るのだろう。
 年少のゆっくりは、そんな年長のゆっくりの行動を指標とし、さらに年少のゆっくりに対して同じように接するだろう。
 ゆっくりたちにも受け継がれる意志があるのだ。


これは秋に起こったこと。
日々を満腔の幸福で彩っていたゆっくり親子を襲った黒い絶望のお話。


 橙色の空が、恐怖に蒼褪めたように暗くなり、とうとう墨を流し込んだようになったころ、ゆっくり親子は巣でゆっくりしていた。
 最年少の子供たちはすでに夢の中へと潜りこみ、安らかな寝息を立てている。
 4匹がそれぞれお互いの顔を見合わせるような、円陣を組んだような体勢。寝付くまで年少組だけでおしゃべりに興じていたのだ。
 そのすぐ隣には、年少組より二回りほど大きな4匹が、これまた円陣を組んでおしゃべりをしている。
 年長組だ。
 2匹の親ゆっくり魔理沙が狩りに出かけている間、年少組の世話をするのが日々の仕事だった。
 むろん、簡単な狩りの真似事ならお手の物で、妹たちが蝶々や飛蝗をねだると、それらを取ってやっていた。
 そんな年長組だから、妹たちが寝付いたときから、ぽそぽそと声を潜めてお話をしていた。
 けれど、迫る睡魔に抗する術も持たないのか、すでに目がとろんとしていてまぶたも落ちかかっている。
「あしたもゆっくりしようね」
「みんなでゆっくりするよ」
 と今日へのお別れを口にしていた。

 親ゆっくり魔理沙たちは、8匹の子供たちが、全て寝静まるのを確認してから眠りにつくことにしている。
 だから、真夜中の来訪者に気づいたのも、当然のことながら2匹の親ゆっくり魔理沙だった。

 巣が揺れる。
 地震だろうか?いや、違う。
 何かがぶつかっているような音がしている。
 それだけではない、みしみしと巨木が軋む音がかすかに聞こえてきている。
「ゆっ?なに?」
「ゆっくりかんがえてもわからないよ!みてくるね!」
「ゆっくりきをつけて!」
 勇敢にも大きいほうのゆっくり魔理沙は、入り口から外を確認にしにいった。
 片親は8匹のそばに跳ねていく。
 まだ眠りの門は破られていないのか、安らかな寝息は乱れていない。
 ほっと安堵の表情を浮かべる親ゆっくり魔理沙。
 子供らを背に、入り口へと向き直ると、愛するつがいの怒声が聞こえてきた。
「うるさいよ!こどもたちがおきちゃうでしょ!ゆっくりいなくなってね!!」
 続く静寂。
 迷惑な来訪者は去ったのだろうか?
 いや、揺れはおさまってはいない。それどころか大きくなっている気配すらある。
 何かがあったに違いあるまい。
 即座に子供達を起こし始めるゆっくり魔理沙。
 寝ぼけ眼をしぱしぱさせて、
「ゆっくりねむたいよ」
 と口々に言う子供達。
「ゆっくりできないよ!おきてね!」
「ゆっ!?」
「ゆ゛っ!」
 親ゆっくり魔理沙の声色にただならぬものが含まれているのに気づいたのか、姉ゆっくり魔理沙たちはしゃきりと身を持ち直す。
「ゆっくりおきてね!えらいことになるよ!」
「ほらほら、ゆっくりして!」
 1匹1匹がそれぞれ年少組をきちんと起こし始める。
 ゆっくりとは思えないほどのしっかりとした行動。
 親ゆっくりへと連綿と受け継がれた教育がしっかりと根付いていることがうかがえる。
 それからいくらもしないうちに、年少組を含めた8匹の子ゆっくり魔理沙たちは完全に覚醒していた。

 9匹でそろりそろりと入り口の穴へと向かう。
 当然先頭は親ゆっくり魔理沙だ。
 その後ろに姉と妹でペアになった、4組の姉妹ゆっくり魔理沙。
 親ゆっくり魔理沙は、入り口の穴から体を出しているつがいの後ろ姿を見つけた。
「まりさ!どうしたの?」
 問いかけるも返答がない。
 訝しんだゆっくり魔理沙が、それに触れるとぐらりと倒れた。
 生きた匂いを感じさせないその動きは、9匹に冷たいものを与えた。
 倒れたゆっくり魔理沙の体表面からは暗い色の塊が見える。餡子だ。それには顔がなかった。
「ゆ゛っ!?なかみがみえでるよ゛っ!!おがおがないぃいいぃいっ!!ぶりゅっ!!!」
 つがいのゆっくり魔理沙が、その体の前半分を削り取られたことを理解すると、絶叫する親ゆっくり魔理沙。
 声を上げた瞬間、その体躯に太いものが突き刺さった。
 毛むくじゃらのそれは、たやすく親ゆっくり魔理沙を絶命せしめ、そのまま壁に叩きつけた。
「あ゛、あ゛~~~っ!」
「おが~~~ざ~~んっ!!」
 それは、甘い匂いのするほう、姉妹ゆっくり魔理沙たちの方へと動き出した。
 がりがりという音。荒い息遣い。
 これはきっとバケモノだ。がたがたと震え始める遺された8匹。
 恐怖にまみれているが、入り口から入って来れないのが救いと思っているのか、逃げようとしていない。
 いや、そもそも裏口などと言うものがないのだ。
 この巣は天然自然の作り出した洞穴。
 ゆっくり魔理沙たちに、地面を掘り進むほどの膂力はない。
 そもそもなだらかな地面には噛み付けるような場所も見当たらない。

「ゆっくりでていってね!」
「ゆっくりできないよっ!!」
「どこかへいってね!」
 口々に叫ぶ姉妹。それが功を奏したのか、もぞもぞと探るように動いていた毛むくじゃらのバケモノはゆっくりと外へ戻っていった。
 そのままじっとしていると、そのバケモノは本当にどこかへ去っていったのか、巣の揺れも鎮まっていた。
 自分達の、8つの荒い呼吸音が重く響く。
 どれほど経ったのだろう?じっと動かずに入り口を凝視していた8匹がやっと動き出した。
 ふたつの遺骸を巣の奥へと運ぶ。
 生前、2匹は自分達が何かで死んだら、その体を食べて栄養にしてね!と子供達に言い聞かせていた。
 子供達は嫌がりながらもそれを受け入れた。それが埋葬という概念のないゆっくりたちの鎮魂なのだった。
 しかし、そんなことはずっと遠い、想像することも出来ないくらいゆっくりと訪れる遠い日のことだと思っていたのだ。
 姉ゆっくり魔理沙たちは、涙をかたく堪えながら、ただの大福と化した物言わぬ塊を運ぶ。
 それに対して妹ゆっくり魔理沙たちは誰憚ることなく泣いていた。泣けるうちに泣いておいたほうがいい。涙は悲しみを流してくれる。
 姉たちは妹たちに、自分達の分まで泣いておくれと、願っていた。

 次の日、恐怖の晩が去り、辛い現実を受け入れたのか、静まりかえった巣の中では8匹のゆっくり魔理沙たちが、親の亡骸をむさぼっていた。
 味に対する言葉を何も吐かず、食べられる幸福を見知らぬ誰かたちに伝えようともしていない。
 ただ、親の死肉を口にしている。
 その食事は、おそらく彼らにとって荼毘に付すのと同じ意味を持つ行為なのだろう。
 粛々と進む、ゆっくりにあるまじき食事行為。
 8匹の姉妹に去来しているのは昨日までの両親の笑顔か。
 やがて、亡骸を全て8匹が身に納めると、とたんに騒がしくなる。野生生物は悲しんでばかりいられない。これからを両親の分まで生き延びなければならないのだ。
 幸い、親の遺産とも言うべきお魚さんが巣の奥にある。数日はそれだけで乗り切れるだろうが、程なく飢えることは想像に難くない。
 早急に狩りを習得しなければいけなかった。
 姉妹は皆で協力して狩りをすることに決めた。2匹の姉ゆっくり魔理沙と2匹の妹ゆっくり魔理沙を一組として、二手に分かれていった。
 数時間後、巣に集合した8匹の収穫は、木の実が多かったがまずまずというところで、彼らに自信を与えた。
「ゆ!これならまりさたちだけでもくらしていけるね!」
「ゆっゆっ!よかったね!おかーさんたちのきょういくのたまものだね!」
 一斉に喜んでいる8匹を襲う揺れ。
「ゆ……っ!!!」
 とたんに顔を蒼白に染める。また来たのか?あれが!?
 みんなで入り口に向かうと、案の定毛むくじゃらのバケモノが暴れていた。
 がりがりと地面を掻き毟っていて、それはまるで穴を掘っているようだ。いや、ようだ、ではない、それはまさに穴を掘っているのだ。
 それに思い至ったのか身をすくめて震える姉妹たち。両親を昨晩に亡くしたばかりで、もう彼らの命は風前の灯。
 勇敢にも震えを抑えてそれに飛び掛る1匹の妹ゆっくり魔理沙。
「もうやめてね!ゆっくりでてってね!ゆっくりできないの!ゆっくりさせてね!」
 飛び跳ねて、涙ながらに訴え、それに体当たりをしている。小さいながらも家族を守ろうと必死なその様子は、他の家族たちに勇気を与えた。
 一斉に飛び掛る姉妹ゆっくり魔理沙。だが悲しいかな、最初の犠牲者はその勇気を与えた妹ゆっくり魔理沙だった。
「ゆぅ~~、はなしてね!ゆっくりさせてねっ!」
 それに捕えられ、引きずり出される。そして外に連れて行かれた。
「まって!いまたすけるよ!!」
「いもーとをはなせっ!」
 追いかける姉妹。
「ゆ゛ぅう゛ぅう゛う゛ぅう゛ぅう゛ぅぅっ!!!」
 断末魔とそれに続く咀嚼する音。
「う゛わ゛ぁあ゛ぁぁぁっ!!」
 妹の仇!とばかりに外に飛び出す姉妹。この毛むくじゃらのバケモノをどうにかしないと、これからもゆっくりできなくなる!そんなのは嫌だ!!
 体の奥にある勇気を奮い立たせて次々と外に向かっていく。
「ゆ゛っ!?」
 まごうことなき家族の仇を前にしたゆっくり魔理沙たちは、そんな声をあげて硬直していた。
 その毛むくじゃらのバケモノは、それの一部に過ぎなかったのだ。
 その巨大な獣は現れた甘い匂いのするものをじっくりと見下ろしていた。その口元には餡子とわずかの皮が付着している。
 妹が食べられたことを悟っても、ほかのゆっくり魔理沙たちは身動き一つ出来ない。
 絶対者の視線に射抜かれて、竦んでいるのだ。

それは熊だった。それも「山の神」と謳われるほどの羆だった。

 おおきい。おそらくは400㎏は下らないその巨躯は、ゆっくり魔理沙たちに死を悟らせるのに十分だった。
 右腕を振り上げ、振り下ろす。
 たったそれだけの行動で、7匹のゆっくり魔理沙たちは次々と吹っ飛び、屠られていった。
 何故羆がゆっくりたちを?その理由は川で親ゆっくり魔理沙たちが見つけた魚が、この羆が獲った餌だったからだ。
 熊は総じて執着心が強い。
 一度自分の物だと定めたものを奪われたら、それを奪い返すために執拗に追いかけてくるのだ。
 この家族の運命は、両親が魚を見つけたときに決まっていたのだった。


 ここは広大なゆっくり平原。
 ありとあらゆるゆっくりが、思う存分ゆっくりできる場所。
 しかし山に暮らすゆっくりたちは、1年ともたない。
 秋になると、冬眠を控えた熊の餌になるからだ。
 万が一、運良く逃れたとしても、冬眠に失敗した「穴持たず」に、冬篭り真っ最中の巣を襲われ、根こそぎ食い尽くされてしまう。
 山に入って、春を迎えられるゆっくりは存在しない。また、山から帰ってきたゆっくりもいない。
 だから、平原にいるゆっくりたちの何割かは、毎年まだ見ぬ新天地を求めて山へ向かうのだ。
 自分達の体から漂う甘く、美味しそうな匂いが、もっとも危険な獣を引き寄せることも知らずに。


終わり。

陸上最強生物の羆さんにお出まし願いました。
参考文献:三毛別羆事件の記事
熊こえ~

著:Hey!胡乱

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最終更新:2022年05月03日 18:14