幻想郷には海がない
が、河や湖はある
人々はそこで夏には遊泳を楽しむこともあったのだが
泳げないものにとってはハードルの高い娯楽、となっている
しかし、山の神がやってきたことで一つの転機が訪れた



水上まりさのお帽子は




誰が始めたのかは知らないが、ゆっくりの中のまりさ種を水の上で飼うというものがある
まりさ種は自らのお帽子を使い川を渡る習性を持っているためこれを利用したのだ
生まれたときから水上で育てることによりお帽子は耐水性を得ることに成功し
まりさ種はゆっくりにとって脅威でしかない水の上で何とか生活出来るようになった

一方で、その水上まりさが捨てられればどうなるか
水上での生き方以外知らないまりさは当然水上で生活する
それを模倣するもの、あるいは同じ境遇のものが集まり、いつしか大きな水上まりさの群が出来上がっていった

「きょうもゆっくりするよ!」
一匹のまりさが目を覚ました
彼女はこの群で生まれ育ったゆっくりだ
彼女の両親は品種改良の結果生み出された水上ゆっくり
その両親から生まれたまりさは天然物、とも言えよう
水上の群の生活は陸の群と大きく異なる
彼女らには個々の家という概念がない
彼女らにとって家とは群のゆっくり全てが暮らす場所のことだ
水上という死と隣り合わせの状況で得た一つの知恵だ
こうすることで不測の事態にも対応出来るし、何よりも外敵への対処も容易となった
「「「「「ゆっくりしていってね!」」」」」
まりさが起床すると他のゆっくり達も起床し朝の挨拶を行う
こうして群の1日が始まった

「まりさはゆっくりもさんをあつめるよ!」
「じゃあ、まりさはあかちゃんたちにおよぎかたをおしえるよ!」
「まりさはくささんをさがしてくるよ!」

ゆっくりは野生の場合、基本的に草や木の実、花と言ったものを食す
しかし、水上まりさ達は基本的に水の上
そのため、彼女らは藻を食すようになった
雑食のゆっくりは適応さえすれば何でも食べる
故にコンポストとして利用するものも少なくないのだから
しかし、それだけでは足りないのは当たり前
だからこそ、陸に上がるゆっくりもいる
彼女らはその足りない食糧を補うために山の中を飛び跳ねて必死に草や花を探す
ここで問題なのが山のゆっくりのテリトリーに入ってしまうことだ
山には山のルールがある
それを破った場合、何をされるか分からない
そのため水上まりさ達は基本的に草や花しか取らない
それ以上を欲すれば山のゆっくり達と争いになってしまうから

そして、群の赤ちゃんゆっくりに指導施すゆっくりもいる
帽子での河の渡りから始まるのが普通なのだが、水上ゆっくりはオールの使い方から入る
「ぼうさんをくわえたらぜったいにはなさないでね!ぼうさんがないとゆっくりできなくなるよ!」
「「「「ゆっきゅりりきゃいしちゃたよ!」」」」
まだ赤ちゃん言葉も抜けていないゆっくりまりさ
彼女たちも成長すれば群を担うゆっくりとなるだろう


それを遠くから見守る影があった
ドスまりさである
まりさ種の亜種、ゆっくりの守護者と呼ばれている
近年、人間もその知恵により幾度も撃退している
と言うよりも、最悪巫女に頼めばそこそこの謝礼で撃退してくれるのだから
ドスの立場というのはあったものではない
このドスの出自にも色々ある
彼女の一家は水上一家だった
両親は二匹ともまりさ、そして3姉妹の真ん中として生まれ育った
一見普通とも思える家族構成だが、姉妹の中にまりさつむりがいたことにより特殊な家庭環境を作り出した
まりさつむりは極稀に生まれる亜種でとてもゆっくりしたまりさ種だ
両親はそれを鼻にかけつむりをとても可愛がった
かといって他の子ども達を蔑ろにしたというわけでもなかった
しかし、子どもというのは常に自分を一番親に見てもらいたいのだ
長女のまりさは末っ子のまりさつむりが両親を独占するのが我慢ならなかった
まりさつむりは本来水辺のゆっくり、それが陸に上がるとどうなるか
重たい貝殻の帽子を引きずりながら歩くのは大変でいつも両親のお帽子に乗せてもらっていた
そうしてある日、一家揃って河渡りの練習へと繰り出した
二匹のまりさは軽やかに帽子の上へ乗り河を渡った
まりさつむりのお帽子は貝殻である
浮力は得られない
つまり、河を渡れないだろうと思われていたがなんと、まりさつむりは水中に入っても溶けなかったのである
そのまま川の底を通って河を渡ったのだ
これには両親もビックリ
次女まりさも「とってもゆっくりできるいもうとだよ!」と褒めちぎった
そんな中、長女まりさは面白くない
またも両親を独り占めにされた
その思いが狂気へと代わり遂に悲劇が起きた
仮の練習に赴いたとき、長女まりさはまりさつむりを木の陰へと呼び寄せた
「いもうとにぴったりのきれいなおはなさんをみつけたよ!」
その言葉に喜んだつむりは姉の待つ木陰へと急いだ
だが、そこで待っていたのは花ではなく、餡子を分けたはずの姉の言いしれぬ悪意だった
つむりは本体を木の枝で滅多差しにされ、お帽子である貝殻を奪われ永遠にゆっくりした
次女まりさはその一部始終を見ていた
(おねえちゃんはゆっくりできないことをしたよ…!はやくおとうさん…)
「ゆんやー!!どぼじでばりざのがらだがどげるのぉぉぉ!!」
貝殻を奪った長女まりさは河へと潜った
貝殻さえあれば大丈夫だろうと思っていたのだろうが、まりさつむりの耐水性は生まれ持ってのもので
決して長女まりさが得られるものではなかったのだ
「どぼじでづぶりぢゃんがどげでるのぉぉぉぉ!!」
「ばやぐだずげろおおおお!!!」
既に貝殻も外れたまりさが父まりさを罵倒する
そこに次女まりさが父まりさに耳打ちする
「ゆゆ!?つむりちゃんをころしたゆっくりはゆっくりしんでね!」
「どぼじでぞんなごどいうのぉぉぉぉ!!!まりさはゆっぐりじでるんだぞおおおお!!」
結局、長女まりさは体が溶けて永遠にゆっくりした
両親はまりさつむりの死を悲しみ、長女まりさを恨んだ
餡子を分けた姉妹が殺し合う現実
これを見て生き残った次女まりさはどうすればこのようにならなかったのだろうかと考えた
そうして彼女は水上まりさへの道を選んだ
その道は長く険しく両親からも反対されたが彼女は考えを変えなかった
皆が水の上で暮らせるのならつむりは特別な存在ではなくあのようなことも起こらない、そう考えた
その一念が彼女を水上ドスまりさへと押し上げたのだった
彼女は水上ドスとなり水上まりさの群を作り上げた
群には様々な水上まりさがおり、中には一生を水の上で過ごすものも
まりさつむりが極々稀に生まれることもあった
しかし、皆が水上で生活していることもあってつむりは特別な存在ではなくなった
つむりも群の一員として働いているのだ
ドスはこの群を築き上げることが出来てシアワセだった




その彼らは目的のものを見つけ出した
「いたいた、水上まりさだ」
「ゆっくりしていってね!」
一人がゆっくりの挨拶、ゆっくりしていってね!をすると
当然された側、つまり、水上まりさは本能から返事をしてしまう
「ゆっくりしていってね!」
その間にヒョイッともう一人の男がまりさをつまみ上げる
「ゆ~、おそらをとんでるみたい~♪」
「どうだ?」
「なかなかだ、これならいけるぜ」
もう一人、先ほどゆっくりしていってね!と言った男は袋にまりさのお帽子を詰め込む
流石のまりさもそれは見逃さない
「やめてね!おぼうしかえしてね!まりさつよいんだよぉぉぉ!!」
ぷくぅーっと思い切り息を吸い体を膨らませて威嚇する
しかし、人間には通じるはずもなく返ってきたのは

ビタァン!

「ゆんやぁぁぁぁぁーーー!?」
まりさは何をされたのか分からなくなった
だが、突然自分の頬に鋭い痛みが走ったのだ
「なぁ、まりさ、この辺にゆっくりの群はないかい?」
「どぼじでごんなごどずるのぉぉぉーー!!!」

ビタァン!

「ゆべえええ!!」
「お兄さん達は群を探してるだけなんだ話せば」

ビタァン!
「ゆべべべ!?!?!??」
「痛い思いを…」

ドスッ!
「ゆがああああ!!」
「しなくてすむんだよ」

平手打ちと右ストレート、それを受けてまりさの心は折れた
そうして群まで案内させられた
群には大小様々な水上まりさ
「おー…マジでいるのかよ」
「流石に多いし応援呼んどくか」
応援を呼びに一人が去り、もう一人は水上まりさからお帽子を奪い取っていく
「まりしゃのおぼうちかえしぇえええ!!」
「おぼうしをとるのはゆっくりできないよ!!」
「にんげんさんはゲスだよ!!」
「おぼうしのないゆっくりできないこがいるよ!」
「みんなはやくにげてえええ!!」
男はゆっくりを殺さずただ帽子だけを奪い取る
挑み掛かってきたゆっくりは振り払う、或いは踏みつけたりしているが
それ以外は極力ゆっくりを傷つけない
彼は加工場の職員だ
そして、この水上まりさのお帽子は浮き輪の材料になる
発端は東風谷早苗が外界の浮き輪の話をしたことから始まる
幻想郷では残念ながらビニールが無いため作れない、と言う話だ
だが、それに変わる、何か空気を入れて水に浮く物があればよいのではないのか
そこで加工場が目を付けたのがまりさのお帽子だ
当初は普通のまりさ種のお帽子で帽子を作っていたのだがどう加工しても水が染み込んでしまう
ならば、水上まりさならばどうか
水上まりさのお帽子は耐水性がある
それならば浮き輪を作れるのではないか
こうして彼らは水上まりさからお帽子だけを奪っている
浮き輪など売れるのは一過性だ
しかし、その一過性が一年ごとにあるならばどうだ
群を残しておけば案外来年には元通りに成っているかも知れない
その時にまた収穫すればよい
「さて、これで全部かな」
男はお帽子を詰めた袋を肩に担ぎ群を一瞥する
皆一様に帽子が無く悲壮感漂う顔をしている
「うん、OKだ」
「なにがあったのおおおお!!!」
男が帰ろうとすると突如として大声が上がった
もはや戦う気力も無いゆっくり達か?
そうではない、ドスまりさだ
しかも、このドスまりさ、ドスという巨体でありながら器用に帽子の上に乗りオールを使い船をこぐようにやってくる
「マジかよ…」
男は絶句する
ドス級は人間一人が丸腰で相手にするには分が悪い
無論、ドスの存在を危惧し対ドス用の装備も備えているが
何よりも水上ドスまりさという存在に目を奪われた
「みんなのおぼうしをかえしてもらうよ!!」
水上ドスまりさは口を大きく開ける
ドス級特有の必殺技ドススパーク
まともに受ければ人間もただではすまない
「ドスパーク!」
発射された熱源は男へと迫る
巻き上がる爆煙と爆音
群からは
「ドスがにんげんをたおしたよ!」
「ゆっくりできるよ!」
「「「ゆっゆっおー!」」」
と、歓声が上がる
「みんなははやくおぼうしをとりかえしてね!」
ドスまりさは勝利を確信した
ドススパークを受けて無傷な人間はいない、と
「いやぁ、危なかったよ。死ぬところだった」
しかし、男は全くの無傷だった
「どぼじでドズのドズズバーグがぎがないのぉぉお!!」
思わずドスまでも震え上がる
今までドススパークで様々な外敵を倒してきた
熊しかしイノシシしかり鹿しかり
それが人間にきかないわけがない
「ん?あぁ、技術協力をしてもらっている河童にドススパーク用の盾を作ってもらってね」
男は盾を手にしていた
その盾はドススパークの熱線を拡散させる
つまり、ただ周囲が少し温かくなる程度まで威力を下げるのだ
開いた口がふさがらないドスまりさに男は加工場謹製ドスころりを投げ入れる
その名の通り一口含めばドスまりさであろうとたちどころにころりと死んでしまうのを謳い文句にしている商品である
「ゆがあああ!!」
体の芯から来る燃える様な熱さ、そして吐き気と目眩
「もっと…ゆっくりしたかったよ…」
ドスはころりと逝ってしまった




それから数日後、集められた水上まりさのお帽子を加工して浮き輪が作られた
特に水上ドスまりさから作られたものは浮力が高く子どもが溺れる心配もないと評判になった
紅魔館の近くの湖で水泳を行う物が増え、一種のプール状態となり浮き輪はこの夏のヒット商品となった

水上まりさの群は根絶やしにされていない
彼女たちはその技と耐水力を上げた帽子を次代へと受け継がせるためだけに生かされたのだ
ゆっくりの世代交代は早い
今回の惨劇を知るゆっくりもじきに消える
来年も、次の年も、彼女らはお帽子を奪われ続けるのだろう




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最終更新:2022年05月19日 14:26