TIE2

捕まえた、と言うべきか保護したと言うべきか。
3匹のゆっくりを自宅に持ち帰り、2日が経つ。

2日の間にいろいろ調べることができた。
この僕の横で跳ねているこのゆっくり達は3匹とも“れいむ”という種類らしい。
うろ覚えの記憶を頼りに調べると、黙々と食べていた子は“まりさ”に分類されるらしかった。
個々に名前が有ったわけではなく、種が名前の役割も果たしていたようだ。
羽付きの名前もわかった。“れみりあ”と命名された空飛ぶ饅頭で、珍しい種類なのだそうだ。……忌々しい。
ただ、ネットで検索をしても。それ以上の情報があまりに少なかった。
何故なのだろう?

飼っていく内に、ある仮説が僕の中で立てられた。
『なぜ、こんな弱い生物が生き残っていられたのか』という大きな疑問。
それは全ての生物に備わっている適応能力。
このゆっくりたちは――適応能力が極めて高く備わっているのではないか、ということ。
そして逆に、不相応に発達してしまった知恵があるゆえに弱いのではないか、ということ。
2つの理由は飼っている時、次のようなことがあったからだ。


3匹のゆっくりを持ち帰ったその日の夜。
まずは汚れを拭いた。自室で飼うにしたって、無駄に汚されるのは流石に御免だ。

「ぐゆゆゆ、くすぐったい!」
『君って案外、皮が硬いんだな』

もう饅頭っぽい相手のせいで「餡外、皮」とか無意識にそっちの単語が出てるようで自己嫌悪。
それはさておき、始めはティッシュを乾いたまま当てたのだが大きめの土がゾリゾリ音を立てて落ちるだけで
硬くなった表面の隙間に入った砂は取れない。

いくつか試した結果、焼酎を湿らせた布が良かった。完全に食べ物の扱いだ。
水だと湿ったまま破れそうになって

「ぎゃーころされるよぉ! ゆっくりころされるよぉ!」
『おいおいおいおい、動くな動くな。うう……!』

両手に包まれた顔が、ものすごい形相で暴れる。背筋が凍ったが、この子だってしたくてこんな顔をしたわけじゃないんだ。
平常心を保って対応した。危うく放しそうになるのを我慢して、ティッシュを当て、水分を少しずつ取っていき大事には至らなかった。

すっかり綺麗になり、湿り気も飛んだこの3匹のゆっくり。上機嫌な顔をしている。
れいむ種特有の赤いリボンをふるふると振りながら僕の部屋を闊歩する。
すると、跳ねた跡には何も残らないのは良かったのだが、逆は予想していなかった。

「ゆ? ゆ? にんげんさん助けてね!?」

さっきまで絨毯を跳ねてただけなのに突然助けを求める親れいむ。
一目瞭然だった。さっきまでゴワゴワの皮膚だったのに対して、拭いたところがゆで卵みたいなツルツルでモチモチになっている。
そんなタマゴ肌の饅頭(奇怪な……)が絨毯を歩けば、とたんにケバケバと繊維がくっついてしまう。
親の後をついて飛び回っていた子供も、今まで気にしていなかった親れいむの表情を見てから自身も不安に駆られていた。
子供の2匹は大してくっついてないが、それでも不機嫌そうだったので再度、ふき取り作業に入った。
子供の体ををふき取っている間、親れいむは体に付く繊維に嫌悪感を募らせたか、何を思ったのか。
さらに硬い繊維のドア下にある足拭きマットへと跳ねていった。
マジックテープの要領、といえば解るだろうか。
――張り付いた。

「いだい”---!! に”んげんざんー! う”ごげないよー!!」
『ちっち、千切れるから。動かないで、そのまま!! 伸びんな!!』

僕はなるべく刺激を避けるように優しく取っていくが、それでも痛みに耐えようと叫ぶ叫ぶ。

『叫ぶともっと痛いよ、俺の手をかじっても良いから、我慢しよう』

即座にガブりとかじる。すっげー聞き分けのいい子。超痛いです。歯があるんだね。
ただ、かじれば表皮は弛む。剥がす際のダメージはここで緩和されるはずだ。
引き剥がし終えるころには、その日二度目の涙目。涙の数だけ強くなれるなんてアレは嘘だ。

『ってぇー。……な? 取れた。次はやっちゃだめだぞ』
「にんげんさん。ゆっくりたちこのけばけばのうえ、あるきたくないよ」
「ゆっくりできない」「ゆっくりできなーい」
『ふむ、わかった。じゃあ、絨毯とっちゃおうか』
「けばけばなくなるの? ゆっくりできるの?」
「できるー? できるー?」
『うん、けばけばは取っちゃおう。キャリー……じゃなくって、君たちのお家の中でちょっと休んでてね』
「たのしみだねー! はやくしてねー!」

絨毯を取っ払う作業が思いのほか模様替えに役に立ち、僕自身リフレッシュできた。
翌日、片している間に見つけた、僕の工作の数々がこの子たちの興味を引けばと思い。ひとつ手に取り
机の上にゆっくり達と一緒に装置を置いた。

『いいかー? そこから動かないで見てるんだぞー?』
「なにー」「これなにー」「あまあまじゃないの?」
『このアロマキャンドルに火をつけて……、こら、寄るなー? で、このモーターの下に置くと――――寄るなー!?』
「ゆ!」(ぷっくりしてる。解ったのかな、どっちだこれ?)

火に当てられた金属のタービンが熱を溜めカタカタと音を鳴らして回りだす。
スターリングエンジンというものを見よう見まねで作った模型だ。
熱エネルギーを効率よく運動エネルギーに換える装置、というだけで。カタカタ回る以外にこれといったパフォーマンスはないのだけど。

「あまあまのにおい、あまあまちょうだい!」
『惜しいぞ、アロマのにおいだ。あまあま――ちょっ!!』

機械に全く興味を示さず、アロマキャンドルから放つにおいにばかり誘われるゆっくりたちは
静止も聞かず、キャンドルの火へと顔を近づける。
小動物にして火に寄るとは、と感心してる暇もない。1匹の子供ゆっくりの赤いリボンが火に触れ、さらに赤くなる。

「あ”づい”よ”ぅ!!!」
『て、てめぇ!!!』

失礼。咄嗟に汚い言葉がでてしまった。僕は、火のついた子供ゆっくりを掴み上げたはいいものの、どうしていいかわからず
左右に踊ったようなしぐさをしていた。
ひとしきり踊った後、僕は机の上に、火が付いたままの「びええびええ」と叫ぶ子供ゆっくりを降ろし(意味がない事なんてない、言うべきでない)
近くにあった消臭スプレーをなんども噴きかけた。

「づべだいーべどべどするよぉ。つーんだよぉ」
『はぁはぁ、じっとしてるんだ。落ち着け。ゆっくりだ……いいな?』
「ゆ!」

今更ながら、彼らの名前こそキーワードだと知った。
ひとまずは、片そう。自作の模型にもスプレーが掛かっていて、彼らの興味も皆無、思いのほかヘコむ。サビるぞこれ。
大人しいなと今更気付き、放って置いた2匹をみると、火がリボンに掛からない程度にアロマキャンドルへ寄っている。
下手をすれば、また付くだろう。キャンドルの火を止めようと手をかざした時にひとつ気付いた。
火の明かりでそんな色に見えたのだと思っていたが、良く目を凝らせば2匹のゆっくりの表面がなんというか
いい感じに焼けてるのである。
群馬の名物、焼き饅頭。って間抜けたことを言いう余裕はまだ僕に残されている。

『君たちちょっと皮を触らせてくれないか』
「ゆゆ?」
「ゆっくりたち、なにもわるいことしてないよ」
『解っているよ、ちょっと調べるだけだからね』
「べだべだー、つーんだよ」
『きみはもう少しそのままでいてくれ』(つーん?)

焼けている、というより、火に強く変形していると表現した方が正確かもしれない。
絨毯の件といい、この表皮の変化といい、なんとなくだがここで仮説が立てられた。


彼らは確かに脆いが、その場所に適した体に対応する力がある。
自然での生活は難しいかもと思われがちだが
かれらの身体には「その場の環境にぎりぎり生き残る程度」の適応能力が備わっているのでは……?

逆に、本来ならばほとんどの動物よりも優位とも言える高い適応能力を台無しにしているのが中途半端に発達してしまった知能だ。
浅はかさ、稚拙さ、ひょっとしたら言葉を話せるというのもこの場合はマイナスに作用しているのではとも……。

僕はそう考察した。

その横で、消臭スプレーにさらされた子供ゆっくりの身体の変化があった。
顔がみるからに高揚し、体の下部(顔に見立てればアゴの部分だ)。なにか突起が生えはじめていた。

ネットでしらべ、これが性器であることを知った僕は、軽く引いた。
消臭スプレーの中に含まれるミントがゆっくりの発情を促しているようだ。
「つーんだよ」か。

まてよ、発情を人為的に起こせる。これは――。

このとき、ゆっくりを保護する。ペットとして可愛がる。このふたつの本来あった目的以外にも、心の中に新たにもうひとつ
僕は実験的な好奇心を目覚めさせていた。

TIE②完

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最終更新:2022年05月03日 20:01