300           作:アイアンマン


 ゆっくりをいじめたい。
 シンプルに。
 私の周りの人々ならば、この気持ちをわかってもらえると思う。
 しかし、生半可ないじめでは、かえってフラストレーションが溜まるだけだ。
 畑荒らしを捕まえて足を焼くだの。
 透明な箱に閉じ込めて飢えさせるだの。

 ぬるい!

 いじめは肉体。
 手ごたえあってこそのいじめ。
 肌と皮とを触れ合わせ、肉と餡とを叩き合わせてこそ、ゆっくりの存在をしっかりと感じることが出来るのだ。



 その衝動が極限まで高まってから、私はゆっくりショップへ足を向ける。
 大小さまざまなゆっくりの並ぶショップで、ケージには目もくれずレジへ行く。
 店員は言うだろう、「どんなゆっくりをお探しですか?」
 私は言うのだ、「ここのを、全部」
 そして札束を差し出す。
 店中のゆっくりたちがどよめく。



 私は帰宅し、道場にシートを敷き詰める。
 やがて表にトラックが止まる。
「ちぁーっす」「ここですか」「入れちゃっていいですかね」
 段ボール箱がこれでもかと運び込まれ、開封されてゆっくりがあふれる。
 たちまちあたりは大小の饅頭だらけになる。
「ゆっゆっ、ゆっくりしていってね!!!」
「なかなかひろいゆっくりぷれいすだぜ!!!」
「ゆうん、ありすはあんまりとかいはじゃないとおもうわ!!!」
「むきゅむきゅ、ぱちぇはこのあたりにじんどるわ!!!」
「わかるよー、あたらしいおうちだねー!!!」
「ここはどうじょうみょん? きにいったみょん!!!」
「ゆっゆっ」「ゆっきゅり!」「ゆっくち!」「ゆくち!」
 赤いの黒いの、金色のに緑の。ざわざわ、ぴょんぴょん、もぞもぞ、ごろごろ。
 さながら震災時の小学校の体育館の如し。壮観だ。
 数え上げると、ちょうど300。
 私はにんわり笑みを浮かべる。相手にとって不足なし。



 そのまま放置すること三時間。
 頃合を見て道場に入ると、思ったとおり罵倒の大合唱が襲い掛かった。
「ゆゆゆゆ、にんげんさんがかいぬしさん!?」
「おなかがへったよ!」「のどかわいたよ!」
「おいしいおやつをちょうだいね!」
「ゆっくりはやくごはんにしてね!」
「うんうんが」「しーしーが」「でちゃったよ!」
「みせてあげるね!」「ゆっくりふいてね!」
「あついよ!」「さむいよ!」「ゆっくりさせてね!」
「はやくするんだぜ!」「もってくるんだぜ!」
「きこえないの?」「わからないの?」「ばかなの?」「しぬの?」
「「「「「ゆっくりしないでやるんだぜくそじじい!!!」」」」」
 ぎゃあぎゃあと喚きたてる饅頭たちの真ん中に進み、私はどしりと宣言する。
「させてみろ」
「「「「「ゆゆっ!?」」」」」
「やれというなら、させてみろ! 貴様らの力で、俺を倒せ! 勝てば望みどおりにしてやろう!」
 一瞬の静寂。ついで嘲笑と哄笑。
「ばかだね!」「しぬね!」「ひとりなのにね!」「みのほどしらずなにんげんだね!」
「「「「「「ぎゃははははは ゆ っ く り し ね !!!」」」」」
 私は無言、薄笑いを浮かべて、チョイチョイ、と人差し指で招く。
 がぁっと顔に朱を上らせるゆっくりたち。まりさを先頭に突っ込んできた。

「ゆっくりじねえぇぇぇ!!!」
 ぼよぼよぼぼぼぼ、と足音がエコーする。饅頭といえども300もいると馬鹿に出来ない。
「「「「ゆがぁっ!」」」」
 ぼぼぼぼどどどど、と饅頭の体当たり。
 前から後ろから横から周りから。当たり当たり当たり当たる。
 ムンと両足に重さをかけるが、饅頭の数は圧倒的だ。ぶるぶると体が振動するのを抑えられない。
 とまれ、痛みは毛ほども感じないが。
「効かん、効かんぞ! 何をやってる!」
 私の怒声に、ゆっくりはびくっと止まる。
 不敵な顔に、かすかな戸惑い。必殺の体当たりが効かないのに不審を感じたようだ。
 だが、ひそひそ話したまりさの一頭が、大声上げて指摘した。
「ゆ、にんげんさんはズルをしてるよ!
 からだにぬのをつけてるよ!
 ゆっくりしないでぬのをとってね!!!」
 勝ち誇るように反り返る。なるほどなかなか慧眼だ。
「よし……わかった」
 私はおもむろに服を脱ぐ。言われたとおりにしてやるのが肝要だ。
 シャツとズボンと靴下を脱いだ。ぴっちりとしたパンツ一枚で仁王立ちになる。
 脂に光る肉体を誇示。上腕筋を伸ばし、大臀筋を引き締める。
 うむ、いつ見ても逞しい自分。
「そら……脱いだぞ、かかってこい」
「ゆゆっ、にんげんはぬのをとったよ! みんなでいっきにやっつけようね!」
「ゆゆゆーっ!!!」
 再び殺到するまんじゅう津波。もちもちつやつやした皮が膝や腿に当たる。
 ぼよんぼよん、どよんどよん。
 当たって、当たって、積み重なって。胸板にまで押し寄せる。
「ゆわーっ! くらってね、くらってね!」
「ゆっくち! ゆっくち!」
「ゆぎゅっ! ゆぎゅっ!」
 中身の詰まった餅たちの襲撃。
 重みはあるが、それだけだ。
 私を胸まで埋めるほど積み重なってから、とうとう力尽きて崩れ落ちた。
 どどどどどど。
「ゆふーっ! ゆふーっ!」
 目を回して息を突く饅頭たち。私はコキコキと手首を回す。
「終わりか? お前たちの力はこれだけか?」
「ゆう゛う゛う゛う゛!」
 血管が切れそうに逆上したまりさが、ぶるぶる震えながら絶叫する。
「にんげんざんは、立っでるからとどかないんでじょおぉぉぉおおお!!!
 ゆ゛っぐり゛じめんに寝ていでねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「こうか」
 ごろり、と横になって頭を手で支える。ゆっくりたちが色めきたつ。
「いまがちゃんすだよおぉぉぉ!!!」
「ゆっぐりたおぞうねえぇぇぇ!!!」
 ずどどどどどどどどどどどどっ、と積み重なった。
「ムウッ……ンン!!!」
 私は腹筋に力を込めて耐える。体の上に饅頭の山が乗っている。
 ここが勝負だ。ゆっくりの全力を、私の全力で迎え撃つ!
 顔や首の上にまで乗ったゆっくりたちが、目の前で歪みながらうめいている。
「ど、どうなの゛っ? ゆっぐりまいっだでじょお?」
「い゛ま゛な゛ら゛ゆるじであげるよ゛! ゆっぐり降参じでいっでね!」
「ヌゥッ……し、しないと言ったら?」
「ゆがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! み゛んな゛っ、がみづぎだよぉぉぉぉ!!!」
「ぎゅううぅううぅぅぅ!!!」
 四肢のすべてに、がぶ、がじ、がぎっ! と痛みが走る。
 ゆっくりたちが噛み付いたのだ!
「「「「「「ゆんぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!!!」」」」」
「ぐうっ……!」
 肌をギリギリえぐられる。ゆっくりの最後の攻撃だ。
 全筋肉を鋼と化して耐える!
 やがて――
「ぎぎぎぎぎ、ゆうっ、ゆっくりだめだよぉ!」
 最初の一匹が音をあげた瞬間、私は全身を引き締めた。
「ぬ゛ぅ゛んっ!!!」
 ミヂィッ! と音を立てて筋肉が膨張し、
 びきびきびきんっ
 すべての噛み付きゆっくりの歯が砕けた!
「ゆぎゅあああああ!!!」
 激痛にゆっくりたちが震えた途端、私は全力でブリッジする。
「お りゃ ぁっ!」
「ゆばあぁぁぁっ!!!」
 こんもりとしたゆっくり山が、悲鳴とともに爆散した。
 ぼたぼたぼたと散らばるゆっくり。ゆらりと立ち上がる私。
「さあ……もう手詰まりだな?」
「「「「ゆがあああああ!!!」」」」
 多くのゆっくりがぶつかってくる。まだ攻撃が有効だと思っているのだ。
 しかしそれは――私がまったく無抵抗だったため。
 もう一度だけ、私は叫ぶ。
「さあ! ゆっくり! 俺を倒せ! 俺を倒せえええええ!!!」
「「「「「「「「ゆがああああああああああああああ」」」」」」」」
 ぼよぼよぼよぼよどよどよどよどよ。
 効果なし。水袋どもの鈍い衝突としか感じない。
「よし」
 私はうなずいた。
 そして満腔の力を込めて一打を放った。

 どぼっ!

 正面、まりさの口を正拳で貫通。
「ゆ……が……あ……?」
 疑問形のまま、ぼたぼたあんこを垂らす。
 ズボッ、と素早く腕を引き抜く。愕然とするゆっくりたちにむかって宣言。
「1」

 惰性で飛び掛ってきたゆっくりたちに向かって、続けざまに左右の正拳正拳正拳正拳正拳。
 パパパパパン、と小気味よい音を立てて貫通!
「6」
 その後ろから飛び掛かるゆっくりたちに、正拳裏拳肘撃ち裏拳右ハイ左ハイかかと落とし。
 反動を利用して左右交互に攻撃、足技をからめてから直下の一匹も叩き潰す!
「13」
 さらに跳ねてくるゆっくりたちに向かって、飛び上がりながらの旋風脚、旋風脚、百裂脚。
 滞空中のゆっくりを薙ぎ払うようにまとめて撃墜!
「28」
 次いで軽い跳躍から着地パンチ着地パンチ着地パンチ着地パンチ着地パンチ。
 ドスン、ドスンと地響きを立てて、拳と両足を同時に使い、まりさもれいむもまとめて潰す!
「53」
 皮と饅頭とクリームだらけの地面で、低くしゃがんでかかとを軸に、回転しながらの脚払い脚払い脚払い脚払い脚払い。
 ブルドーザーよろしく背の低いゆっくりたちを薙ぎ払う!
「78」
 体を丸めてバネを溜め、思い切り跳躍して大の字に落下。
 居並ぶゆっくりの群れに我が身を叩きつけ、全身で力いっぱい叩き潰す!
「……100」

 私は、「ぬらり」と立ち上がった。
 つま先から顔まで、餡まみれ。
 右手に把握したありすとちぇんを、まとめてグバグバと踊り食い。
 光る両目で周囲を見回す。
「さあ。こっちの番だ」
「「「「「「「「ゆげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」」」」」」」」
 鳥肌を立てて、裂けんばかりに目を見張って、絶叫を上げるゆっくりたち。
 反撃はおろか、悲鳴の一つも上げないうちに、百匹の仲間が虐殺されたのだ。
 戦意など粉みじんに消え飛ぼうというものだ。
「な゛ん゛な゛の゛ごい゛づうぅぅぅぅ!!?」
「ゆ゛っ゛く゛ち゛でぎな゛い゛いぃぃ!!!」
 がくがく震え、わなわな叫び、だらだらこぼし、ブリブリ漏らす。
 ヒュウと息を吸い、私は拳を握る。
「行くぞ」

「オラオラオラオラオラオラオラオラ!」
 ばちばちびちびちブチュブチュボチャボチャ
「ゆ」「ぎゃばっ」「ぐりっ」「でぼっ」
 拳の乱打、蹴りの乱舞。餡子の噴水、クリームの洪水。
「でやでやでやでやだだだだだだだだ!」
 ぶりゅぐりゅでりゅどりゅばちゅでちゅごちゅん
「がばぁ」「やだぁ!」「でびっ」「やめでぇ!」
 重い手ごたえ、皮の手ごたえ、餡の手ごたえ、ナマ物の手ごたえ。
「ゴララララララララドラドラドラドラ!」
 ぼりゅりゅんどりゅりゅんどぐちゃでぶちゃぼむ
「やぁあ!」「おうち」「もっちょ」「だすげ」
 一切の無視、全力での疾走。踏み潰し蹴り飛ばし蹴り払い蹴り潰す。
「ぬぉらっくらっうらっぼらっどごらららららでらぁ!」
 ぬぢゃろろろろろろぉでらろろろろろろろろろぉ
「こっち」「こにゃぃ」「ぶはぼ」「ぢぇぇ」
 丸太のように横になりひたすら転がり押しつぶす。
「ずごぶらああああああごがあああああ!」
 ぬぢゅぬぢゃねぢゃぼりゃごぢゅぐりゅがろぷっ
「ゆぎぃ!」「あぎゅ!」「みゃみゃぁ!」「でいぶ」
 野獣のように四つんばいになり、食い漁りながら駆け回る。
 悲鳴の切断、涙の破裂、逃走の阻止、哀願の無視。
 戦意の崩壊、完全な混乱、同族の虐殺、粘体の混合。
「ドラァッ!」
 ずずずずずぽんっ!
「「「「「ゆ゛っ……ゆ゛っ……ゆ゛っ……?」」」」」
 立ち上がり全力で右正拳。みたらしの如き貫通。
「200!」
 餡の軌跡を宙に描いて、私は腕を引き抜いた。
 死体と死体と死体の上に、ドチャリと死体が落下した。

「むきゅーっ、むきゅーっ、むぎゅぅーっ!!! じぬのはいやああぁ!!」
「おお、ひさんひさん。おお、ぴんちぴんち」
「ゆわぁぁぁん!!! おかあちゃんたちゅけてねぇぇぇ!!!」
 残るは攻撃に加わっていなかったゆっくりばかりだ。
 動きの鈍いぱちゅりーや、中立主義のきめぇ丸。それに赤ゆと子ゆっくり。
 ほうきで掃き寄せたゴミのように、部屋の隅にもっさりと固まって、ガクガク震えながら絶叫している。
 もちろん私は容赦しない。
 ずかずかと大股に歩み寄る。ヒュッと逃げようとする数匹のきめぇ丸をジャンプで捕獲。
「飛べる!」ざぶっ
「からって!」ごばっ
「逃げられると!」めりめりっ
「思うな!」ぐりゅるぐりゅる
 続けざまに貫き引き裂き破ってこねると、半壊した顔できめぇ丸は言う。
「おお、むりょくむりょく。フフフ、満足しましたか」
「チッ」
 こいつだけは調子が狂う。放り出して気を取り直す。
「ゆるじで、ゆるじで、たすげでねぇぇ!!!」
 胎生妊娠している数匹のれいむ、ぱちゅりー、まりさが涙目でブンブン首を振っている。
 そいつらのあたりに、あまり狙いを定めもせずにストンピングを叩き込む。
「ほうッ! ほうッ! ほうッ!」
 どちゅどちゅどちゅ、と皮を突き破って蹴りこねる。
 皮も餡子も胎児も混ざって、ねろねろどりゅどりゅと粘液になる。
「いぢゃいいい!!」「あがぢゃあぁぁん!!!」「ゆっぐぢじぢゃいぃぃぃっ!!!」
「でぇいっ、やかましいッ!!!」
 蹴りだけでは飽き足らず、踏み込んでジャンプしてどちゅんどちゅん潰す。
 体の大きな妊娠ゆっくりたちは完全なジャムと化した。
 残るは、余りのチビたちだけだ。
「ゆぴぃぃ……」「きょわいよぉぉ……」「みゃみゃぁ……」「ゆーんゆーん!」
 のけぞったり、泡を噴いたり、失禁脱糞したりしながらプルプルと震えている。
 そいつらを一匹一匹、脚や手で潰した。
「オラッ! セイッ! ほれほれっ! えりゃっ!」
 プチップチッと弾ける感触。断末魔の合唱が一つずつ消えていく。
「とあっ!」
「ゆ゛んっ!」
 最後の赤れいむを潰した後、私は無意識に数えていた攻撃回数を、確認した。
「……299?」
 数が合わない。
 立ち上がり、振り向いた。製菓工場の爆発現場とでもいうべき、粘液だらけの広い道場を見回す。
「……にげりゅのわ! わたくちは、ゆっくち去りゅのわ!」
 いた。向こうの一番隅で、引き戸と柱の間の「スキマ」に逃げ込もうと、むいむい身をよじっている小さいのが一匹。
 その言動と、頭にかぶったリボンつきナイトキャップのような帽子で、正体がわかった。
 赤ゆっかりん(超希少種、75万円)だ。
 私のその後ろに立ち、両の拳を組み合わせる。
「おい」
「ゆかっ?」
 振り返るその顔に絶望を確認するがはやいか、渾身の力で叩き潰した。
  どむちゅっ!
 芳醇な少女臭が広がる。濃厚に匂う発酵餡をぺろりと舐めとって、私は言った。
「300」




 ゆっくりとの乱捕りの後は、いつも憂鬱になる。
 苦しみもがくもちもちした手応えがたまらない、ゆっくり。
 だがその手ごたえは、潰し始めた途端に雲散霧消してしまうのだ。
「はぁ……空しい」
 開け放した縁側で、餡に囲まれて枡酒を傾けながら、私は月を見上げた。


 終



触りたい。とにかく触りたくて書いた。
逆に、一匹のゆっくりをひたすらモミモミしまくる話なんかもいいような気がする。

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最終更新:2022年05月21日 22:53