量子テレポーテーション
量子テレポーテーション(Quantum teleportation)とは、古典的(私たちが普段使うような)な情報伝達手段と量子もつれの効果でなんやかんやして離れた場所に量子状態を転送することである。
- 量子テレポーテーションは、元々1935年にアインシュタインなどが量子論に対するパラドックス(EPRパラドックス、Einstein–Podolsky–Rosen paradox)を発表したことにまでさかのぼる。
- このパラドックスは当時議論されていた量子論に対し、こんな問題点があるよね、まだ不完全な理論だよねということを言っていたのである。
- その後理論に対する理解が深まり、このパラドックスは量子論的にも相対論的にも解決ができる問題だということが分かっていき、その研究の結果の1つとして画期的な輸送手段である量子テレポーテーションが実現できるのではないだろうか?となってきたのである。
- 近年では米国エネルギー省の研究チームが、持続的な長距離量子テレポーテーションに成功しているなど、近いうちに実用化されるのではないかといった期待が持たれている。
- ず枠でも電車通勤に代わる移動手段として量子テレポーテーションが挙げられているが、そもそも量子テレポーテーションとはどういった技術なのだろうか?以下で見てみよう。
量子もつれ
- 量子テレポーテーションを解説する上で外せないのは量子もつれ(quantum entanglement)と呼ばれる状態である。
- シュレーディンガーの猫のページでも触れたが、電子や光子などの粒子は古典的には1つしか取れないと考えられていた状態(例えば位相やスピン、エネルギーなど)を複数持つことができる(重ね合わせの状態)。
- それだけでも奇妙なことなのだが、この現象は2つの粒子の重ね合わせがペアになった状態も考えることができる。
- 例えば、2つの電子のスピン(※1)について、「電子Aが上向きかつ電子Bが下向き」と言う場合と「電子Aが下向きかつ電子Bが上向き」という2つの状態が重ね合わせの状態になっている場合である。このように2つの粒子の重ね合わせの状態のことを量子もつれ(または量子エンタングルメント)と呼んでいる。また、この2つの粒子のことを「エンタングルメントの関係にある」ともいう。
- そんな粒子のペアが実在するのか疑問を持つ人もいるだろう。しかし意外にもこのようなペアは存在することが簡単にわかる。例えば、電荷を持たない粒子が崩壊し、2つの粒子に分かれたとする。この場合2つの粒子の電荷は電荷保存則よりそれぞれ同じ大きさで正負は逆になっているはずである。ただし2つの粒子どちらが正なのかは観測するまでわからない。まさに量子もつれの状態になっているのである。
- このような量子もつれ状態にある粒子は、片方の粒子の状態を観測するともう一方の粒子の状態が自動的に決定されてしまうのである。しかも、この現象は2つの粒子がどんなに離れていても起こってしまうことになる。この量子もつれを利用した遠く離れた相関を予言することを「量子力学の非局所性」と呼ぶ。
- 例えば、AさんとPさんがいたとする。2人が量子もつれ状態になった粒子をそれぞれ持ちどこか離れた場所で持っている粒子を観測したとする。このときAさんの持っていた粒子が上向きのスピンを持っていた時、Pさんの持っている粒子は下向きのスピンを持つことが自動的に決まってしまうことになる。
- ここで一見因果律(※2)が破られているように見えるが、ちゃんと守られている。今の場合、Aさんが持っていた粒子が上向きのスピンを持っていることが分かったとき、そこで起こることは「AさんがPさんの持っている粒子のスピンが下向きだと知ること」であり、Pさんが行うであろう観測結果に影響を与えないからである。
- いやいや待ってくれ、そもそも片方の粒子の状態が決まったことをもう1つの粒子はどうやって知るんだ?それこそ一方の状態を観測した時点でそれをもう片方に一瞬で伝える何かがあるんじゃないか?その何かは因果律を破っているじゃないか?と思う方もいるだろう。これは次のようにして解決できる。まず、Aさんの粒子が上向きのスピンを持っていた時、もう一方の粒子は下向きのスピンを持つことがわかるが、ここで考えられることは2種類ある。それは「Aさんが上向きのスピンを観測したためPさんの粒子は下向きのスピンを持つことになった」と「Pさんが下向きのスピンを観測したためAさんの粒子が上向きのスピンを持つことになった」ということである。前者の場合は光の速さを超えるような"何か"がPさんが観測する前に到達し、"何か"によってPさんの粒子は観測されたと解釈すればその"何か"が上向きのスピンと観測するのか下向きのスピンと観測するのかは確率で決まり、たまたま下向きのスピンが観測されたとすればよい。後者の場合は"何か"がPさんに到達する頃にはPさんは観測を終えているため"何か"がAさんの粒子が上向きだったと教えようがPさんの粒子が下向きなのだから当然である。
まとめ
正直この内容は難解でよくわからないと思うので簡潔にすると以下のようになる。
- 粒子には片方が決まったらもう片方のことが決まっちゃうような不思議な性質があるよ!でもこれは量子論的にも相対論的にも説明ができることだよ!この性質を使うと面白いことができそうだよ!
※1 スピン:粒子が持つ自由度、量子状態の1つ。これだけを聞くと地球のように自転をしているように聞こえるが別にそういうわけではない。単にこの自由度はこういう解釈をしたら都合が良かっただけである。(身近な粒子の量子状態として電荷があり、私たちはプラスとかマイナスとか言って区別しているが、これもそう解釈したら自然現象がうまく説明できたからでしかない。)
※2 因果律:ここでは相対論的な意味で因果律をいう言葉を使用している。相対論の文脈で因果律という単語が出た場合、それは「原因の結果が光より速く伝達することはない」という意味である。また、たとえ光よりも速い事象を考えても、それが別の系に影響を与えないなら因果律は破られないことになる。
※2 因果律:ここでは相対論的な意味で因果律をいう言葉を使用している。相対論の文脈で因果律という単語が出た場合、それは「原因の結果が光より速く伝達することはない」という意味である。また、たとえ光よりも速い事象を考えても、それが別の系に影響を与えないなら因果律は破られないことになる。
量子テレポーテーション
- では上記の量子もつれを使う量子テレポーテーションはどんなことができるのかを見ていこう。
- まず、量子もつれの状態にある粒子Aと粒子Bだけを持ってきても特に面白い現象は起こせないので、もう1つ粒子Xを用意する。
- 量子もつれ状態にした粒子Bを火星に送ったとしよう。そして粒子Aを入れておいた箱に粒子Xを入れてみると当然箱の中の量子状態は変化する。ここで、粒子Bについても粒子Aと量子もつれ状態の関係にあるので粒子Xによって受けた影響を受けることになる。
- ではここで粒子Aの入った箱に対して箱の物理量を観測して、その結果を火星に送ってみるとする。そして送られた情報を元に、同じ物理量を持つ粒子を火星側で用意し粒子Bの箱に入れてみる。すると、火星にある箱の中には粒子Xが現れることになる(※3)。
- 以上が量子テレポーテーションの概要である。これを使えば地球にある食糧などを火星に送ること(材料は予め火星で用意する必要はある)ができそうであるが、現在のところ量子テレポーテーションで送れるのは原子までであり、大きなものになるにつれ量子もつれ状態も起こしにくくなり量子テレポーテーションをさせることは困難になってしまう。残念ながら量子テレポーテーションを使った通勤は諦めた方がいいだろう。
- 現在のところ量子テレポーテーションが使われるのは量子コンピューターの内部構造や通信であり、量子テレポーテーションを使用した通信は盗聴の可能性が無い(※4)ため、熱心に研究が行われている。
※3 同じ粒子:ここで現れている粒子Xは地球にある粒子Xとは別であるが、量子力学的には同じ波動関数を持つ粒子なので同一視できる。
※4 盗聴しようにも受け取るのは粒子Aと粒子Xの合わさった情報だけであり、粒子Bを用意しないことには知りたい情報が得られないが、量子もつれ状態である粒子Bは用意できない。
※4 盗聴しようにも受け取るのは粒子Aと粒子Xの合わさった情報だけであり、粒子Bを用意しないことには知りたい情報が得られないが、量子もつれ状態である粒子Bは用意できない。
参考文献
量子力学が創り出す不思議な世界ー量子テレポーテーション!ー
EMAN物理学 ベルの不等式
日本科学未来館 2016年ノーベル物理学賞を予想する②
清水明,新版量子論の基礎,サイエンス社,2003.
量子力学が創り出す不思議な世界ー量子テレポーテーション!ー
EMAN物理学 ベルの不等式
日本科学未来館 2016年ノーベル物理学賞を予想する②
清水明,新版量子論の基礎,サイエンス社,2003.