――車両庫前方にて――

兵士「そんなことをするのは自殺行為だ!」

俺「…これしか方法はありません」

…今だけは、怖いけど絶対にやるんだ…
この世界に来れたんだから…

車の無線を使えば、リーネとも連携を取れる。

兵士「ふざけている場合か!お前ひとりだけで――」

「うわぁあ!」

ビームが俺達の頭上を通過した。後ろに広がるロマーニャの陸地にも、ネウロイは侵攻してきている。

俺「もう時間はありません…いきます…!」

兵士「待て!命令違反だ!」

どこかに引火して小さな爆発を起こした車両庫を後に、俺は彼の墜落した方向へ震えながらも車を走らせた。

車の無線でリーネのインカムへと繋ぐ。

俺「リネット曹長…!どうか援護をお願いします」

リーネ『はいっ!』


――基地後方の陸地にて――

基地から陸地へと続いている道を通って、車は草木が見えるロマーニャの大地へと進んだ。

リーネ『そのまま直進してください!森の中なら紛れられます!』

たしか…あっちだ!
木々の間から見える墜落場所の煙を頼りに車を走らせる。

リーネが上空で敵の気を引いている為か、ネウロイは俺にまだ気付いていない。

リーネ『森の上にいる敵は倒します…!』

こんな状況でも、あのリーネと繋がっていることに感動していた。

彼が墜落した煙が見える位置が少し近くなったせいか、高揚した気分と共に車のスピードを上げる。

リーネ『俺さんっ!!』

ネウロイ「――!!」

俺「…え?」

その一瞬の油断だった。

影に潜んでいた地上型ネウロイが車のフロントまで迫り、威嚇するように特有の奇声を発しながら鋭い足の先端でガラスを突き刺した。

激しく割れる音と共に衝撃で散らばるガラスが上半身に降り注ぐ。ハンドルを握っていた手は一瞬にして血に染まり、顔を防ごうとした腕に細かなガラスの破片が食い込んだ。

咄嗟に目をつぶってハンドルを左右に連続して回す。ネウロイを振り落とそうと混乱し、自分も悲鳴を上げていた。

リーネ『俺さ――』

インカムの声が途絶える。俺は車から落ち、茂みに叩きつけられた。


――基地の周辺にて――

宮藤「彼さん…彼さんっ……」

宮藤が涙を流しながらネウロイと戦い、基地へ降り注ぐビームをシールドで防いでいた。

坂本「しっかりしろ、宮藤!……くっ…てやぁぁぁぁ!」

五体に分裂したネウロイを倒し、ジェットストライカーを履いた彼の後に続いて、五人のウィッチ達が遅れて合流した。

しかしネウロイの多さ、大型の激しい攻撃により戦局は押されている。

坂本「彼の救助はどうなっている!?」

坂本が地上の兵士に通信する。

『地上からの救出は困難です!彼少尉が墜落した陸地にもネウロイがうろついています!』

坂本「今はリーネ一人に任せるしかないのか…」

エーリカ「こっちも手が離せないよ!」

圧倒的な数であるネウロイ。今一人でも欠けてしまえば基地全体が崩壊する危機。

それに先程まで他方へ撃墜に向かっていたウィッチ達は特に、全隊員の魔法力の限界が迫っている。

ミーナ「少佐!私達がネウロイの動きを一時的に止めるわ!その隙にコアの位置を…!」

坂本「…了解!」

坂本は大型ネウロイの全体が見渡せる位置まで上昇する。

ミーナ「(まずは基地周辺の敵をどうにかしないと、彼さんの救助には…!)ペリーヌさんは宮藤さんの援護に!」

ペリーヌ「了解ですわっ!」

宮藤のところへ援護に向かう。
そこにはペリーヌが見たこともないほど取り乱した彼女がいた。

ペリーヌ「…宮藤さん!しっかりして!」

宮藤「…でも……彼さんが」

宮藤(……彼さんっ……)


――


リーネ「起きて!起きてくださいっ!!」

目の前にはリーネがシールドを展開し、敵の集中砲火を防いでいた。

俺「リーネ……」

リーネ「彼さんのところまで、あと少しです…!!怪我は平気ですか?」

俺「なんとか…走れるぐらいは…」

草木がクッションなって助かったのか、身体は打撲で済んだようだ。
アドレナリンが出ている状態というのか、血だらけだが痛みはそんなに感じない。

リーネが遠距離用ライフルを発砲する。一機の小型ネウロイに命中し、他のネウロイが散り散りになった。

俺「すごい…」

リーネ「今です!」

俺「あ、あぁ…」

負傷した俺を気にせず気迫で押し進んでいくリーネはウィッチとして流石といったところか。

…というか、

リーネ「彼さん…今行きます!」

……

リーネの……この顔…

決意を新たにする彼女の顔に、俺は何かを感じた。

彼女は今、目の前の負傷した俺より彼を見ている。

そうだ…あの時から…

食料庫で宮藤と彼を二人っきりにしたこと、俺に「彼と宮藤を応援しよう」と言った笑顔が少し曇って見えたこと。

彼と宮藤を見ていると、いつもリーネが目に入るのはどうしてだったか。

それは…もしかして…

俺「…リーネ」

俺と同じように、彼女も我慢して…

俺「もしかして、彼のことを好きなの?」

冷静さの欠けた判断もあってか、俺は感じたことをすぐ口走っていた。

リーネ「………」

俺「あ、いっいや、なんでもない」

リーネ「好きです」

俺「え…」

リーネ「私も俺さんと同じように…応援するだけなんて、やっぱり嫌です」

俺「……そうか」

リーネ「はい……でも、芳佳ちゃんが…」

俺「…………好きなんだ」

彼のことを……

身体が急に重くなった。
俺は宮藤が好きだが、それでも何かを奪われた気分だった。


――森の中、彼の墜落地点にて――

俺「あ、あ!…いた!」

大きく煙が上がっているところが見え、俺はそこへ向かって真っ直ぐに進んでいく。

俺「はぁっ…はぁ、見つけた…」

リーネ「彼さん!」

俺「おい!彼!彼少尉!」

彼の身体を持ち上げ、呼びかける。

ジェットストライカーはなにやら複雑な部品が飛び出して壊れているが、彼自身の身体に大きな外傷は見あたらない。

魔力を吸い尽くされたのか、それとも身体の内部に何か異常があるのか。

彼の手首から脈を確認する。脈はある。

彼「…うう」

俺「…彼!」

リーネ「彼さん!」

彼の意識が取り戻った。

俺「彼、いっいや、彼少尉!大丈夫ですか!」

彼「…ひ、ひっ…」

俺「?」

彼「ど、どう…どうして…っ…」

彼が怯えているような顔で俺を見つめている。
彼でもこんな顔をするのか。

俺「だ…大丈夫です!救出に来ました」

彼「…なんで…なんで」

俺「…彼少尉?」

彼が俺の顔をずっと見つめている。

俺「…どうしたんですか?」

彼「…………いや、すまない休ませてくれ。身体がいうことを聞かない…」

俺「は、はい…」

彼「……なんで」

俺「…」

彼「………なんでだよぉ…」

彼は目を閉じる。

そこまで墜落したことが響いているのか。それは無理もない。

……今の喋り方…

ただ寝そべる前に、なんでだよと呟いた彼へ、俺は何処か聞き覚えのあるような幼さを感じた。

俺「……」

そうして彼はまた意識を失った。

俺「…リーネさん、インカムで連絡を頼みます」

『く…そっ…これでは…ダメージが与えられない…それに彼が…』

リーネ「坂本少佐!聞こえますか!?」

俺「彼少尉は生きてます!無事です!」

坂本『!その声は……俺か…!?なぜお前が』

俺「今はネウロイの撃墜を!彼少尉は俺達が!後で詳しく話します!」

坂本『…分かった、今は彼を頼む!』

俺「はい!」

しかし、意識を失った彼をどうするか。すぐ治療しないと命の危機が迫っている。

俺「…リーネさん、彼を背負って飛びましょう」

リーネ「でも、彼さんを抱えながらだと上空での戦闘が…」

俺「…なら俺が背負って走ります」

リーネ「そんな!無茶です」

俺「また援護を頼みます。その方が彼少尉は安全です。リーネさんがついててくれれば、だから…」

リーネ「…俺さん」

俺「一緒に助けましょう」

彼からストライカーを脱がし、武器は重たくて持てないので、身体を背負ってまた走り出した。


――基地の周辺にて――

坂本「(俺、どうしてそこに…)……全員へ継ぐ!彼の生存が確認された!」

宮藤「……彼さんが!?」

宮藤が驚き、その報告に安堵した。
他のウィッチ達も彼の生存が分かり、安心する。

坂本「各員、気を引き締めていけっ!」

全員「「「了解!」」」

ミーナ「フォーメーションを組んで!大型を叩くわよ!」

坂本の魔眼により、コアの位置はすでに特定されている。

501の士気は回復していき、戦局は変わりつつあった。


――基地後方の陸地にて――

俺「お…重い」

自分の身長よりも高く、なおかつ筋肉質な体格をしている彼を背負って走ることは、想像以上に厳しい。 足への負担も多くなり、呼吸も大分苦しい。

あともう少し頑張れば…

俺「!!」

しかし小型のネウロイが3体、いきなりすぐ近くに来て、俺の周りを囲んだ。 木陰に隠れて待ち伏せしていたのか。

しかしビームを打とうとはせず、からかうような動きでグルグルと周りを回りはじめる。

リーネ「これだと打てない…」

ネウロイは俺を人質に取るようにし、リーネを撃たせないようにさせた。

俺「あぁ…あ……あっ…」

言葉が出ない。

このままじゃ殺される。でも足がすくんで動けない。
背筋からゾクゾクと寒気がし、股間のあたりが尿意をもたらしたような感じになる。
ネウロイが街を燃やし、叫び、殺された人々の光景が頭に再生され、恐怖で涙が流れてきた。

俺「ぁ…あぐっ…!」

一体のネウロイが背中を突き飛ばし、彼を背負ったまま、俺は前へ倒れた。
震えながら顔を上げる。

いやだ…死にたくない…まだ…死にたくな

俺の顔めがけ、ネウロイがビームを放った。

……

俺「……………!」

死んだと思った。しかし目の前にはシールドが張られ、ネウロイのビームを弾いている。

まさかこれは…俺が張っているのか…?
どうして……

だが、そうではなかった。背負っている彼の手から、シールドが発生していた。
彼から使い魔の耳としっぱが出ている。短時間で魔力が回復し、無意識のうちに彼がシールドを張ったためであった。

俺「…っ…お…おおおおおおお!」

俺は力を振り絞って彼を持ち上げ、目の前のネウロイをシールドで弾き飛ばした。

身体を捻って彼を振り回し、横と後ろの2体にもシールドをぶつける。

基地へと続く道へとすぐに視界を移し、全力で走った。

リーネ「俺さん…!」

俺「ここまできたら平気だ!リーネさん、彼を頼む!」

リーネ「はい!でも俺さんが…!」

俺「……リーネでよかった」

リーネ「え?」

少しでも俺を労う声に救われた気がした。
そして、彼を助けるという想いが、共感していたことも。


――基地の周辺にて――

坂本「はぁぁぁぁあ!烈風、斬!」

大型ネウロイのコアが砕け散る。

坂本「はぁっ…こちら坂本…はぁっ…大型ネウロイを…破壊した!」

坂本が大型の破壊に成功した。親であるコアが消滅したため、小型の姿も次々と消えていく。

ペリーヌ「やりましたわ、少佐!」

兵士「大型ネウロイの消滅を確認!やりました!」

基地からも歓喜の声が上がる。

宮藤「はぁ…はぁ…か…彼さんっ!」

シャーリー「お、おい、宮藤!」

他のウィッチ達も、宮藤の跡を追った。


――基地後方の直線通路にて――

俺「やった…やった…ぞ…あと少しで……基地に…」

フラフラになりながらも、俺は歩いていた。 ビームがかすったところから出血しており、彼がシールドを張った時から意識が不安定になっていた。

きっともう…俺の身体は疲れているんだろう……
……ネウロイ…怖かったな……

宮藤「かっ…彼さーーーーーん!」

…宮藤だ……

急に意識が遠くなってくる。

宮藤「彼さんっ…!よかったぁぁ……??」

宮藤…俺……宮藤のために…

俺……――


――


――看護室にて――

俺「――…………あれ……?」

気がつくと俺は看護室のベットで寝ていた。どうやら基地の近くで意識を失ったようだ。
周りを見渡すと、誰もいない。他のみんなはどうなったのだろうか。

ドアが開いた。

坂本「…気がついたか」

坂本とミーナが部屋に入ってくる。

俺「坂本少佐…それにミーナ中佐…」

坂本「怪我は平気か?」

俺「あ…はい。体の中に別状は多分ないかと」

坂本「そうか…よくやったな、俺」

俺「……ありがとうございます」

坂本「今はしっかり休んでくれ」

俺「………彼少尉は…無事でしょうか?」

坂本「大丈夫だ。向こうのベットで休んでいる。身体にも異常は見られなかった」

坂本の話を聞き、俺は安心した。

それなら…きっと宮藤も…

ミーナ「…俺二等兵。あなたの行動によって彼少尉の救出、先程のネウロイとの戦闘による戦局の好転へと繋がったことに感謝します。しかし、なぜ…命令を無視してでもこの様な行動を…」

俺「……それは…」

言葉が詰まる。しかし俺は思った通りに話してしまった。

俺「……宮藤…軍曹のために……彼少尉が死んでしまったら……彼女は……」

一瞬で理解したミーナの目が鋭くなる。

ミーナ「……俺二等、あなたがとった行動に敬意を表します。しかし、違反は違反です。あなたには自室での謹慎、この件についての他言の禁止と、宮藤軍曹との接触に厳重注意を命じます」

俺「……そんな!」

ミーナ「……これは命令です」

坂本「……」

ミーナと坂本が部屋を出て行った。


坂本「――…少し、重すぎやしないか?」

ミーナ「だってこれ以上俺さんが距離を縮めたって宮藤さんは……」

坂本「そうか…宮藤にとっては――」


俺「……」

……でも、俺は彼と、宮藤を救えたんだ。

苦しくても、走って、彼女のために……俺は助けることが出来たんだ。

それで、十分じゃないか…

俺はベットから立ち上がって、部屋を出ようとした。しかし看護室の奥の、離れた位置から声が聞こえる。気になって近づいていく。

彼「…悪かったよ……宮藤…」

彼の声だ。もう少し近づいていくと、そこにはベットに寄り添う宮藤もいた。

俺はカーテンの隙間から覗き込む。

宮藤「うぇっ…ひ…っく…彼さんが…死んじゃうって…思って…っ…リーネちゃんが助けてくれなかったら…約束してくださいっ!もう…無理しないって…」

彼「…わかったよ。約束する」

きっと宮藤の治癒魔法で、彼の回復が早まったんだろう。

……俺にも、魔法…かけてほしかったな……

宮藤「約束…本当ですからねっ!?」

宮藤が顔を上げ、彼と目が合う。
ずっと泣いていたのであろうか、宮藤の目が赤くなっていた。

宮藤「………あっ……」

頬が赤く染まっていく――


…こうなることは当然分かっていたはずだ……でも……いざとなると…辛いな……

宮藤……俺が彼を助けたんだよ……俺が…

宮藤の笑顔が見たいから……

宮藤「あっあの…私っ……」

…この先の展開なんて、予想がつくに決まってる…

でもお願いだ…やめてくれっ…

宮藤「私…っ…」

俺は宮藤のために…走ったんだ……

分かってる…でも…もう……やめてくれ……

宮藤「私…っ…彼さんの……」

いやだ…やめてくれ…

宮藤……

宮藤「私…彼さんのことが…!」

頼む…やめてく

宮藤「私……彼さんのことが好きです…」


――


俺「……」

ドアの外に出て、俺は海岸へ向かって走り出した。

……

後ろからもう一度ドアが開く音がした。


――基地の外、海岸にて――

自分の身体を完全に壊したくなって、全力で走り出した。

海に沈む夕日が、更に惨めに演出する。

動かない足を無理矢理叩いた。

…やっぱり走ったって、頑張ったって、俺は変われないんだよ……とどかないんだよ……

彼を助けて…宮藤を救えた……でも……でもっ……

その後、俺は足をつって豪快にすっ転び、気持ち悪くなって嘔吐し、そのままうつ伏せになった。


――


リーネ「俺さん…」

俺「……え、ああ…!」

振り返るとリーネがいる。
とんでもないところを見られたと思い、吐瀉物に足で砂をかけて誤魔化す。

俺「おお、どうした…」

リーネ「だ、だめですよ、まだ病室で寝てないと」

俺「あ、あぁ、うん…そうだな…….」

リーネ「……」

俺「そうだな……っ…」

駄目だ、我慢できない……

たとえ彼女の前だとしても、このまま大声で泣き叫んでしまう。
あまりにも辛すぎる。

リーネ「……ううっ」

その声に気付いて、俺は顔を上げた。

リーネ「辛いですよね…」

俺「…リーネ…?」

リーネ「友達が好きな人と一緒になってくれて嬉しいはずなのに…でも、でも」

リーネは大粒の涙を流して泣き始めた。服を両手で握りしめ、声を押し殺して。
砂浜に涙の雫が垂れて染みていく。

女の子が目の前でこんなに泣くのは初めてだった。

そうか、さっきあの場にリーネも…

俺「……」

……どうして、こんなことになる

俺「……彼」

なにが仲間のために、なにが男のウィッチだ。
なにがその為に頑張るだ。
魔法も顔も身体も才能の賜物であって、奴が生まれた時から持っていたものじゃないか。

俺の努力や苦労は、そんなことをしても彼には到底及ばない。

頑張りや我慢でどうにかなれる程の器量を持ち合わせていない自分は、最初から脇役として決まっている。

主役は脇役のことなんて気にしない。

涙を流すリーネを前にして、自分への失望がより頭を締め付ける。

その場に佇み、泣き続けるリーネに慰めの声をかけることはできなかった。

俺が慰めてどうする。
俺もリーネも、本当に好きだった人に届かなかったんだ。

それを今だけ誤魔化してどうなるんだ…

しばらくして陽が落ち始め、周りが暗くなった。波の音が気になりだした。

俺「…リーネさん」

それでも…何か言うんだ…

このまま暗く、悲しくなるのだけはもう嫌だった。

ただ、暫く考えた筈なのに、できることは彼を逆恨みするしかないということだけだった。

俺「…悪いのは彼ですよ」

リーネを眺めているうちに自分の分まで泣いてくれているような気がした。

しかしなんで目の前でリーネに泣かれなくてはならない。

全部いい場面は彼に持って行かれたんだ。

彼がリーネを泣かせたんだ。

俺「………彼を懲らしめよう、懲らしめよう」

リーネ「…え?」

俺「懲らしめてやろう、あんな奴。こんなに人の心を、ほんと、弄ぶようなことして」

リーネ「でも彼さんのせいじゃないし…」

俺「いや、彼が原因だ。あいつがいけない」

彼女が悲しまなくちゃいけないのは絶対におかしい。
それもそうだが、今の自分が虚しすぎる。

リーネ「でも、あの…こらしめるって…」

俺「…こっちです」

微かな決心をし、リーネをある場所へ誘導していく。
どさくさに紛れて彼女の手を掴んだ。

リーネ「あ、あのっ」

こうなれば自棄だ。

彼の部屋へ行って、メチャクチャに私物とかを荒らしてやる。


――彼の部屋の前にて――

向かう途中で、それをしても何にもならないし、何故そんな発想に至ったのだろうかと、我に返っていた。

さらに虚しくなってどうすると、今更ながらドアの前に立って後悔する。

リーネ「あ、あの」

俺「……いえ、一応入りましょう」

リーネ「一応…?」

このまま何もせずに立ち去るのは面目が立たない。

重そうにドアを開け、中に入った。

リーネ「本当にいいのかな…」

俺「…とりあえず入りましょう」

簡素な机とベッドしか置いておらず、他には何もない。

リーネ「……」

ふとリーネの方を振り返り顔を伺うと、少し頬を染めてモジモジと緊張している。
彼の部屋に入るのがそんなに恥ずかしいのか。

リーネ「…こんな感じの部屋、なんですね」

なんだその反応。

さっきまであんなに泣いていたのに。

更に気を悪くした俺は、無造作に机の引き出しをガサゴソと開け始めた。

リーネ「そ、そんないきなりっ」

俺「いいんですよ、もう」

この世界にとって、軍規違反より俺や彼の存在の方が反しているだろう。
それに彼がどんな奴なのか知りたい気持ちも正直あった。

引き出しの中には、ウィッチにしか書けない敵機撃墜の報告書や特別休暇の申請書など、事務的なものしか見当たらない。

あいつみたいに、元々才能があったら…

俺「……ん?」

書類の奥に一冊のノートを見つける。
まるで隠すように奥へ仕舞い込んであった。

気になって手に取ると表紙には、

「夢じゃない夢、夢じゃない夢夢」

と書いてある。

なんだこれ……

彼の性格からは想像できない、乱雑な文字だ。日記だろうか。そうだとしてもこの稚拙なタイトルはないだろう。

…というより、

「2013/5/9」

表紙の上の方に記載された、この年月日のように見える文字。
現実の世界では通用するが、ストライクウィッチーズの世界では、当然1945年までしか進んでいない。何かの数列だろうか。

もし、年月日なら思い当たる。

というより、この時に起きたことは絶対に忘れもしない。

俺「………なんで」

俺の弟が死んだ日。

リーネ「俺さん?」


――


どうしても気になる。

思い返される、彼が俺を見たあの時の怯えた反応、どこか聞き覚えのある言葉遣い、そしてこのノートの表紙に書かれた文字。

得体の知れない疑問が、自分の意思とは別に解けていくようで気持ち悪い。

俺「…読んでもいい?」

リーネにある種の覚悟のようなものをふと伝えてしまう。

リーネ「は、はい」

俺「…うん」


ページをめくる――


そして内容を眺めた後、呼吸が止まった。

表紙の文字よりも乱雑にびっしりと、このように書いてあった。


「首を吊るのは苦しかった」


「それでも、この世界にこれた。しかも体も顔も最高に変わってる。魔法も当然のように使える」


「幸せすぎる。本当に。宮藤とも、あの宮藤とも、てか全部のキャラと、喋れた」


「マジでやりまくる」


「ネットは無し、けど魔法はある」


「家族も周りも将来もクソしかない現実から逃げた、最高すぎ」


「自分がこの世界で生まれて育った記憶もある」


「ストライクウィッチーズの世界に来れた。しかも主人公だ、彼少尉だ」


「勇気を出して自殺してよかった」


「本当に自殺してよかった。最高に幸せだ」


その文字は明らかに、俺が幼い時から見覚えのあるものだった。


リーネ「あの…」

俺を案ずるリーネの声は耳に届かない。

足の爪先から背筋まで震え、目が腫れるように熱く、苦しい。
目の前が涙でぼやけていく。

ただ呆然と、溢れる疑問と浮き上がる後悔とが重なって、それ以上ページをめくることはできない。

感覚がなくなった手からノートが落ち、足の力が抜けて立てない。

そして俺は膝立ちのまま無意識でリーネに抱きついた。

リーネ「ふぇ!?だっ大丈夫ですか!?」

急に彼女が愛おしくなって、というか誰かに助けてもらいたくて、震えながら泣き声を出した。
全てが怖くて、そうしなくてはいられなかった。
ただただ身体に恐怖が押し寄せ、支配された。

棺の中で、首を吊ったために力の抜けた口に固まった瘡蓋がついている顔がフラッシュバックする。

リーネ「…………俺さん?」


彼の正体は、俺の自殺した弟だった。


つづく


次回予告

日記に書かれていたものは、明らかに俺の弟が書いた文字と内容だった。

ここは自ら命を絶った人間も辿り着く世界なのか、そんな疑問と同時に俺は最悪の気分へと陥っていく。

基地では復興作業が始まり、ウィッチ達がロマーニャへ買い出しに向かった。

そんな時、おじさんは俺にある提案をする。

次回、第5話「休日にて」
最終更新:2017年07月04日 04:11