33話「赤い水」
「お化けいる~……ここ怖い……」
一体どれだけの間、悲鳴を発しながら墓場の中を走り回っていたのか。
松尾芭蕉は息切れしながら墓石の一つにもたれ掛かって座り込んでいた。
着ている着物は泥だらけになっている事から、何度か躓いて転んだのだろう。
「そ、そうだ……支給品を確認してなかった……」
疲労により返って冷静になる事が出来たのか、ここに来てようやく芭蕉は、
自分のデイパックの中身を漁り始めた。
名簿や地図などの基本支給品は後回しにし、ランダム支給品を取り出す。
何か武器になるような物が入っていれば気が休まったのだが。
「何だこれ……?」
出てきた物は赤い液体が入った大容量の注射器が三本と、
「参加者詳細名簿」と表紙に書かれた小冊子。
赤い液体が入った注射器は説明書には注射器の使い方しか書かれておらず、中身の液体の正体は分からない。
だが、まるで血のように赤く、ただの色水とも思えない。
流石の芭蕉も何となく「やばそうな液体」とは感じた。
(これを人間に注入したらどうなるんだろう……)
注射器の一本を手に取りながら芭蕉は考える。
そして脳裏に苦しみもがく人間の姿を思い浮かべてしまい、自分で想像しておきながら恐怖する。
そそくさと注射器を地面に置き、次に参加者詳細名簿なるものを開いてみる。
そこには小さな似顔絵――芭蕉は知る由も無いが、これは「顔写真」という物である――が沢山並び、
それぞれの下に名前、職業、性格が至って簡潔に書かれている。
(こ、これって、この
殺し合いの全参加者の似顔絵と名前が書いてあるって事!?
凄いな……何だか犬とか猫みたいな人もいるし……あ、私の欄だ! 曽良君のもある!)
自分と弟子である曽良の顔写真とデータが記載された場所を見つけた芭蕉。
それぞれの顔写真の下には、
『名前:松尾芭蕉(まつお・ばしょう) 職業:俳人
性格:気弱、臆病』
『名前:曽良(そら) 職業:俳人(松尾芭蕉の弟子)
性格:松尾芭蕉に対して加虐嗜好(S)、他人物に対しては冷淡』
と記載されている。
「確かになあ……私は気弱で臆病かもしれないな。しかし曽良君の性格の記述は実に正確だ、うん」
しかしこの参加者詳細名簿なる物、かなり役に立つ代物かもしれない。
これを一通り読めば、書かれている職業や性格などから、誰が危険人物の可能性があるかを割り出す事が出来そうだ。
もっとも、記述されている事が「嘘」でなければ、の話だが。
そう考えた芭蕉がランタンを取り出し詳細名簿を読もうとした、その時だった。
一発の銃弾が、芭蕉のすぐ近くの空気を切り裂いた。
「うわあああああ!?」
突然の出来事に再び恐慌状態に陥る芭蕉だったが、今度は自制心が働いたのかその場に留まった。
しかしこの場合、逃げ出した方が良かったのかもしれない。
芭蕉の前方十メートル程に、小型のリボルバー拳銃を構えた青年、
石川清隆が立っていた。
彼は翼を生やした女性、リリア・ミスティーズに襲撃された後、迷った末に殺し合いに乗る事を決意し、
比較的近場に存在したこの墓場を訪れたのだ。
その時、墓場を大声を出して走り回る芭蕉の姿を目撃(この時の芭蕉は恐怖で完全に錯乱しており、
更に暗かったため清隆の存在には気付かなかった)し、こっそり後をつけていた。
「おっさん、さっきまでこの墓場ん中大声出して走り回ってた人だろ?
この殺し合いの中で、あれは完璧に自殺行為だぜ」
清隆の言葉を聞いて、芭蕉は先程までの自分の愚行を後悔する。
――そう言えば目の前の青年は何と言う名前だっただろう。参加者に間違い無いので、詳細名簿に載っているはずだが、
ざっと見てみただけだし、勿論、今確認する余裕も無いし、そもそもそんな事は今はどうでもいい。
目の前の青年は、確実に自分を殺そうとしている。
手には見た事も無い武器が握られているが、どうやら火縄銃と似たような物で飛び道具らしい。
清隆がじりじりと距離を詰めてくる。その度に芭蕉の顔は死への恐怖で引き攣り、
脂汗が流れ、心臓の鼓動がはっきり聞こえる程大きくなっていた。
清隆は実を言うと、完全に余裕があるように装っていたが、
38口径短銃のグリップを握るその手は微かに震えていた。
彼は殺し合いに乗る事を決めたとは言え、やはり所詮は平穏な暮らしをしてきた一般人。
いざその時が来ると、平静を装うのに必死になっていた。
(おい、何震えてんだよ俺。今更、後になんて引けねぇだろ)
心の中で自分を叱咤する清隆。
森で襲い掛かってきたリリア・ミスティーズと名乗った女性のように、殺し合いに乗った人間が大勢いるはず。
生き残るためだ。仕方の無い事だ。と、自分に言い聞かせる。
(大丈夫だ。これだけ近けりゃ当たるさ。何、簡単だ。引き金引くだけだ。
銃なんて扱った事無ぇけどな……おっさん、悪いな。アンタに恨みは無ぇけどよ、俺もここで死にたく――)
「う、ああああああああああ!!!」
「えっ!?」
突然、銃を向けられ硬直していたはずの男――松尾芭蕉が絶叫し、突進してきた。
その手には何か液体のような物が入った注射器らしき物が握られていた。
まさか反撃されるとは思っていなかった清隆はロクに狙いも定めず引き金を引く。
しかし、放たれた38口径弾は芭蕉の右肩を掠めただけだった。
そして、芭蕉は手にした注射器の針を、清隆の首に思い切り突き刺した。
「ぐああああっ!!?」
首筋に走る痛み。頸動脈に何かが流し込まれる感覚に、清隆は動揺し、戦慄する。
一体何を注入していると言うのだろうか。
「この糞ジジイ!!!」
「ぎゃあっ!!」
芭蕉の腹に思い切り蹴りをぶち込み、吹っ飛ばして転倒させる。
空になった注射器が墓場の石畳の上に落下し、ガラス製であったために砕け散ってしまった。
慌てて注射部位を押さえる清隆。幸い大した出血こそ無いものの、
正体不明の液体を身体の中に注ぎ込まれたという事実に恐怖せざるを得ない。
「野郎、ぶっ殺してやる!!」
怒り狂った清隆が今度こそ息の根を止めんと、地面に蹲り腹を押さえ吐瀉しながら苦しむ芭蕉に向け、
38口径短銃を発射しようとした。
だが、清隆がその引き金を引く前に銃声が響く。
38口径短銃のものでは無い、別の銃の銃声である。
(な、何だよ? 俺、まだ撃って……)
「動くな! 下手な真似をしたら、今度は当てるぞ!」
壮年の男性の声が墓場に響く。清隆と芭蕉が声のした方向に顔を向けると、
そこにはオーバーコートを羽織った、外国人と思われる気難しそうな中年男性と、
黒、或いは紺色系のスーツを着たサラリーマン風の優男の姿が。
オーバーコートの男――
アルソンズ・ベイルの手には銃口から煙を噴き出す大型リボルバー、マニューリンMR73が。
アルソンズは厳しい目付きで銃口の先にいる青年――石川清隆を睨み付ける。
周囲の状況からして、前方の青年が殺し合いに乗っていると判断して差し支えは無さそうだった。
「くっ……」
全く想定外の事態に狼狽する清隆。
この距離で撃ち合いをして勝てる自信など無かった。
それに、先程謎の液体を注入された事で、戦意が減退していた事もあり、清隆は完全に及び腰になっていた。
「……ちくしょおおおお!!!」
清隆は絶叫し、墓場の出口に向かって脇目も振らず走り出した。
「……逃げたか。全く、腰抜けめ。そんな度胸でよく人を殺そうとしたものだな」
逃げ去っていく青年の後姿を見届けながら、アルソンズは青年を嘲笑する。
「あの人、大丈夫でしょうか」
そう言ってアルソンズの後ろにいた章高が、蹲っている和服姿の男――松尾芭蕉を指差す。
二人は芭蕉の元へ駆け寄る。
「おい、大丈夫か」
「あの、どこか、怪我とかは――」
「…………ふひっ」
アルソンズと章高の二人が目を合わせる。
今、この男は、笑ったように聞こえたが……。
「ふひひひひひひひひひっ」
芭蕉は明らかに普通では無い笑い声を上げながらゆっくりと立ち上がる。
そして、おもむろに自分のデイパックの中に手を突っ込むと、赤い液体の入った注射器を二本取り出した。
そしてアルソンズと章高は芭蕉の顔を見た瞬間、思わず凍り付く。
目は焦点が定まっておらず、口からは涎とも、泡ともつかない何かを噴き出していた。
明らかに正気では無い、と言う事は確かだった。
次の瞬間。
芭蕉は手にした注射器の針のカバーを外したかと思うと、その内の一本をアルソンズの首に突き刺した。
そして、中身の液体を躊躇も無く、アルソンズの体内に注ぎ込む。
「ぐあああああっ!? な、何をする!! やめろ!!」
「俳句の神が君を欲してるんだよお~~君は生贄に選ばれたんだ~~うっふふふふふふ」
「アルソンズさん!? くそっ、やめろ!! 離せ!!」
アルソンズと章高は必死で意味不明な事を喋る芭蕉を引き剥がしたが、
時既に遅し、既に注射器の中の液体は、アルソンズの中に全て注ぎ込まれた後だった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ……ああ……何とも……」
アルソンズは片膝を付いて首筋を押さえ、苦しそうな表情をしているが、今の所特に身体に異常は無いようだ。
一方の芭蕉は訳の分からない事ばかりを言い、狂った笑い声を上げながら、
自分のデイパックを残したままどこかへ走り去ってしまった。
その手に残った最後の注射器を持ちながら。
芭蕉が走り去った後、アルソンズと章高の二人は、芭蕉が残していった荷物を漁っていた。
先程の注射器の説明書と思われる物を発見したが、書いてあるのは注射器の使用方法のみで、
肝心の注射器の中身には一切触れられていなかった。
謎の液体を注射され、さすがのアルソンズも内心不安になっていた。
一体あの液体は何なのだろうか。もしかしたら遅効性の猛毒薬品か何かかもしれない。
だとすれば、自分はやがて確実に死ぬだろう。解毒剤でも打たない限りは。
「アルソンズさん……」
アルソンズの心中を察した章高が心配そうな表情で声を掛ける。
「……今の所は何とも無いがな。一体あの注射器の中身は――」
そう言い掛けた所で、突然アルソンズは、何か言いようの無い感覚に襲われた。
何か、どことなく、幸福感にも似たような、
そんな感覚。
そして。
「!! あ、アルソンズさん、目、目から、血が――」
異変はすぐに目に見える形でやってきた。
アルソンズの両目から、真っ赤な、血の涙が流れ出ていた。
◆◆◆
石川清隆は墓場を抜け、幹線道路が走る草原地帯まで来ていた。
そして街灯の灯るアスファルトの道路までやってくると、適当な街灯の根元に座り込み、呼吸を整える。
(まさか……あそこで銃を持った奴が出てくるとは思わなかった。
完全に油断していたぜ……くそっ)
まだ自分は覚悟が足りないのだと、清隆は思う。
だからあの時、絶対に殺せるはずだった和服姿の男に予期せぬ反撃を食らって謎の液体を注射され、
結果的に無様に逃げ出すはめになってしまったのだ。
(そう言えば、さっきのあのおっさんが俺に注射したアレは一体……ん?)
清隆の思考が一旦中断される。妙な感覚に襲われたためだ。
言葉で言い顕すのは少し難しいが、強いて言うなら、何か好きな食べ物を食べている時や、
大好きな人と会話している時のような、そんな感覚。
しかし周囲には好物も無ければ会話する相手もいない。
その時だった。清隆は頬を伝って何かが流れ出るのを感じた。
指にそれを取って、見た瞬間、清隆の背筋が凍り付いた。
「え、何だこれ、血?」
清隆の両目から血の涙が流れ出ていた。
◆◆◆
結論から言おう。
松尾芭蕉は狂ってしまった。
殺し合いという異常状況下、恐怖、絶望、諦念、激痛……彼の精神を破綻させるのに十分過ぎる材料が溢れていた。
「うふふふふふふふみんなみんな曽良君もみんなキノコになってしまえばいいんだああああ~~~」
最早、彼の思考は支離滅裂で、正常な行動は全く出来ないと言った方が良い。
その手には、赤い液体で満たされた注射器が一本、握られていた。
それ以外には何も持っていない。
「ああああ~?」
そして狂人と化した元・俳聖の男が見つけたもの。
それは、古いながらも荘厳な佇まいの、教会だった。
◆◆◆
石川清隆。アルソンズ・ベイル。
彼らが「彼ら」でいられなくなるその時まで、後どれくらいの時間が残されているのか。
【一日目/黎明/G-5墓場西部外周付近】
【松尾芭蕉@増田こうすけ劇場ギャグマンガ日和】
[状態]:発狂、右肩に掠り傷、衣服が土汚れだらけ
[装備]:赤い水入り注射器@
オリジナル
[所持品]:無し
[思考・行動]:
0:(思考回路が破綻しています)
[備考]:
※単行本第八巻第145幕「怪談奥の細道」より後からの参戦です。
※狂いました。正常な思考・判断が出来ません。
【一日目/黎明/F-5草原幹線道路】
【石川清隆@オリキャラ】
[状態]:屍人化進行中(進行度10%、血の涙流出、軽度の感覚異常)、首筋に注射痕、動揺
[装備]:38口径短銃@SIREN(4/6)、ガントレット@FEDA
[所持品]:基本支給品一式、38sp弾(30)
[思考・行動]:
0:殺し合いに乗り、優勝する。
1:血の涙……!?
2:リリア・ミスティーズという女には注意。
3:「
石川清憲」が少し気になる
[備考]:
※リリア・ミスティーズの名前と容姿を把握しました。
※自分と似た名前の「石川清憲」なる人物が少し気になっています。
※屍人化が進行しています。いつ完全な屍人と化すのかは不明です。
【一日目/黎明/G-5墓場】
【アルソンズ・ベイル@オリキャラ】
[状態]:屍人化進行中(進行度15%、血の涙流出、軽度の感覚異常)、首筋に注射痕、動揺
[装備]:マニューリンMR73(5/6)
[所持品]:基本支給品一式、357マグナム弾(30)
[思考・行動]:
0:殺し合いはしない。何とかして脱出したい。
1:どういう事だ……!?
2:殺し合いはしたく無いが、正当防衛ならば…………。
3:章高と行動を共にする。
[備考]:
※費覧という人物の特徴をおおよそ把握しました。
※屍人化が進行しています。いつ完全な屍人と化すのかは不明です。
【章高@オリキャラ】
[状態]:健康、動揺
[装備]:小型催涙スプレー
[所持品]:基本支給品一式、小型催涙スプレー(2)、
自主製作映画企画書@自作キャラでバトルロワイアル
[思考・行動]:
0:殺し合いはしない。とにかく生き残る。
1:血の涙……!? これは一体……。
2:もっとマシな武器が欲しい。
3:費覧には出来れば会いたくない。会いたくない。
※G-5一帯に銃声が響きました。
※G-5墓場に松尾芭蕉のデイパックが放置されています。
デイパックの中身=基本支給品一式、参加者詳細名簿@オリジナル
≪支給品紹介≫
【赤い水入り注射器@オリジナル】
SIRENに登場する、人間を屍人へと変貌させる「赤い水」を、
今回のロワの主催側の研究グループが改造を施し、それを注射器に入れたもの。
人間や動物の体内に注入されると、血液内で液体の成分が増殖し、血液に取って代えられる。
不要になった血液は目から排出され、血の涙となる。
そして奇妙な幸福感などの感覚異常、意識障害、異常行動を繰り返すようになり、
最後には生ける屍「屍人」と化す。
但し本編に登場する屍人とは下記のように性質が異なる部分が多い。
■不死では無い。頭部を破壊するか焼き殺せば倒せる。またシェル化もしない。
■ある程度の自我が残り、会話も辛うじて可能。
■犬屍人や蜘蛛屍人などに変化はしない。
■「仲間を増やすため」に殺戮を行うのではなく「愉快目的」で殺戮を行う。
また完全に屍人化するまでの時間は個人差があり、注入後僅か数分で完全に屍人化する者もいれば、
何時間も掛かる者もいる。
本ロワでの屍人は「殺しを楽しむ殺戮マシーン」という設定です。
【参加者詳細名簿@オリジナル】
バトルロワイアル全参加者の顔写真及び名前、職業、性格が簡潔に記載された小冊子。
顔写真は身分証明などに使われる物から隠し撮りされた物まで様々。
最終更新:2010年02月06日 23:38