元ネタ語録 > 楽観主義で希望の女優に(0:00~)
ナレ「柴田理恵、テレビや映画、舞台など幅広いメディアで活躍中の日本を代表する喜劇女優!柴田さんといえばおばちゃんキャラ!その庶民的なイメージは世代や性別を超えて愛されています。」
大窪みこえさん「もういいものはいい、悪いものは悪いとはっきり言ってくださいまして、厳しさの中にすごく優しさを感じます。」
清水ひとみさん「喜劇女優っていうコメディアンっていうことに対しての追求ですよね。やっぱりああいう風になりたいなって憧れの存在です」
ナレ「芸歴30年を超えた今でも、お笑いに懸ける姿勢は一つも変わらない柴田さん。」
柴田「幾つになっても挑戦し続ける?舞台直前にいつも思うのが、自分の心が開きますように、お客さんの心も開きますように、開いた同士、最高に仲良くなれますようにって思ってやるんです。」
ナレ「無名時代、名優・久本雅美さんとの思い出、そして人生を大きく変えた創価学会との出会い。希望の女優へと挑戦を続ける柴田さんが軽快に語ります!」
(唐揚げを揚げる音)
柴田「はいすいません皆さんこんにちは~!(観客:ころもあー)柴田理恵でございますよろしくお願いします。えー私はあのワハハ本舗というあのー劇団に所属しております。えと最初あの東京ヴォードヴィルショーというあの佐藤B作さんがやってらっしゃる劇団に入ったんです。あの久本雅美さんともそこで知り合いました。まあ劇団に入ったっつってもね、あのまあなんちゅうか、あのー基本はアルバイトをしながらあの劇団の稽古に通って、でー、まあスタッフさんたちの下働きみたいなのをしたり、ちょっとだけ役がもらったりとか。なんかそういうような、あのー毎日でございます。で、その3年後にその同期の仲間たちと一緒にワハハ本舗という劇団を作りました。
もう本当にね、まあそれは楽しかったですね。この自分たちがやりたいこと、自分たちのこの手で自由にやれるんですよ。もう本当に。だから毎日毎日楽しかったです。
ま、バイトをして、で、稽古して、で、飲みに行って、で、また、バイトして、稽古して、飲みに行ってっていうまあ毎日毎日そういう暮らしだって、でもう、もちろん全然お金なんかないですよ。お金なんかなくてもでも全然平気だったです。でも当時は風呂なんかないのが当たり前で、だからあの、夏この暑い時は風呂が一番困りましたね。銭湯はもうやってない時間に帰ってくるんで、また手、顔洗う、手洗う。手洗ったら肘まで洗うじゃないですか。でー肘まで洗ったら脇まで洗うでしょそりゃ当然。(観客の女性苦笑い)ほんで手洗ったら今度足洗いたいです足もこうやって。足先からだいたい太ももまで洗うんですよ。でそしたらもうあと洗ってないのこんだけなんですよ。これは洗いたいでしょ?だから(笑う この台所にこう登って、で、ここか水をちょろちょろって出してここを(笑う そうやって風呂入ったりとか。
でもまあそういうパワーも、まあなんとか続いたのはまあ一年ちょっとぐらいですかね。やっぱりこの劇団立ち上げたって言っても、やっぱりそのなかなか実力がついていかない。あの一生懸命はやってるんです。やる気もすごくあるんです。一生懸命やってるけど、なかなかこの笑いが取れないというか。自分に力がないので、なんか面白いものが作れない。それはどんどん焦りになり、不安になって、そして苛立ちになってきました。きっと久本もその頃、同じように悩んでたんだろうなと思います。もちろんあの明るいは明るいんですよ。元気は元気なんですよ。面白いは面白いんですよ。でもそれは飲み屋でだけだったんですよ、あの人。本当に。
まあだから飲み屋でわーっと沸かすと、『いやーその面白さなんか、ね?舞台に出ればね~』なんて人に言われて、なんか久本もへへへ…とかって苦笑いしてました。そのうちにこう酒を飲んで、愚痴をこぼすようになって、まあ時にはこう泣いたりするようになって。時には喧嘩するようになっちゃいました。まああの言っときますけど、久本ってのはすごくこの酒癖がいい人で、本当にあのいや本当悪いあの、喧嘩したりそういうこと絶対しない人なんですよ。そうやって泣いたりするなんてね、きっと久本も苦しかったんだろうなと思います。でも私にはどうすることもできませんでした。
しばらくして、ある時久本が、酔っ払って私に言ったんですよ。『柴田、10年先見てろ?10年先に変わる。』私は思いました。あーこの人もうダメだ、アル中になった。(観客笑う)いや、本当にそう思ったんですよ。それほどあのダメだったから。でも、どうもその頃久本はその学会に入ったみたいなんですよね。みたいっていうのは、このもちろん私たちにも絶対に内緒だったからです。宗教に頼るなんて逃げてるんだと、このとんでもない。自分の人生というのは、自分の才能と努力で勝ち取るもんだ。宗教に走るのは逃げだ。m、もちろん私もそう思ってました。だから、もしその頃久本が、私に創価学会入ったんだってもし言ったら、絶対やめた方がいい、私がやめさせてやるって、そういう風に言いに行ったと思います。だから、言ってました久本は『特に柴田には絶対に秘密にしてた』って、言ってました。
でその頃から、でも久本が変わり始めたんですよ。なんかね、毎日すごい楽しそうなんですよ。何かある度になんかねウキウキウキウキしてんの。私最初ね、あ、こいつはどっかで金づるを掴んだなって最初思ったんですよ、あのなんか楽しそうだから。そうこうするうちに、その稽古がどんどんどんどん面白くなってきたんですよ。このすごい不思議で、その本当にあの飲み屋で『あーあそれが舞台に出ればな、その面白さが』って言われてた久本が、稽古が本当にどんどんどんどん面白い、どうしてこんなに急に面白くなったのかなって、私たち分からないうちにその不思議にその勢いに引っ張られるようにして、あのー私たちの舞台が徐々に徐々にこう面白くなってきたんです。
で、その勢いに引っ張られて、えと久本と一緒にコンビを組んだ女性だけの漫才があったんですね。それがすごい大爆笑を取ったんです。まあそれはあの女囚漫才っていう漫才で、えっと罪を犯した女囚の人が漫才で笑いを取ったら刑が軽くなるっていうなんか都合のいい漫才なんですけども、それがきっかけで、雑誌にもね今年最高のコメディエンヌだっていう風に言われて。でそうやって評価されて、もうなんとテレビのレギュラーが舞い込んでまいりました。びっくりしました。もちろん劇団のお客さんは倍増です。でそれから私たちの劇団は注目されて、いろんな雑誌の取材を受けて、でテレビも映画もそれからドラマもCMの仕事まで来るようになりました。でもその忙しくなるにつれて、私はどんどんどんどんこう落ち込むようになっていったんですね。
なんでだろう、毎日ちょっとずつなんですよ。ちょっとずつ、調子が悪いなぁ。今日は疲れてるのかなぁ。風邪ひいたのかなぁ。あ!寝不足かなぁ。お天気悪いからかなぁ。本当ほんとにちょっとずつ、それこそあの鏡が毎日ちょっとずつ曇るように、自分がなんかどんどんどんどんこう調子悪くて、気がついたら朝起きるのも嫌になってたんです。これから今もうこれからもっともっとって時なんですよ?仕事がわぁ来たありがとうございますってそれで今日この仕事この現場です初めましてよろしくお願いします、でもうどんどんどんどん仕事も来る、嬉しい初めてこうバイトしなくても済むようになってる、そんな時なのに、毎日楽しくないんですよ。なんか一番エネルギーがこうある時のはずなのに、自分の中にこう明るいパワーがどんどんどんどんなくなってって、で、残っていたのはこう不平・不満・いじけ・妬み。それでこう、人を攻撃するパワーでした。(柴田の攻撃性)こうなんかなんであの人ばっかり褒められんのとか、それから私はこんな一生懸命やってんのにどうしてちゃんと見てくれないのとか、こんな私がうまくいかないのはあの人のせいだとか誰も私のことなんか分かってくれないと思ってるから、素直ににっこり笑えなくなったんです。嫌なやつでしょ?こんな、こんな嫌なやつと一緒にいるのは嫌だと思います。私だって嫌だから。
だからそのうちに劇団で孤立するようになりまして、なんか柴田と芝居するの嫌だなあいつなんかさっていう風に言われるようになって、だから余計に私はそこ逆恨みしまして、こう開き直って、もういい別にこんなとこにいたくない、私はもうこの劇団もやめて芝居もやめてたった一人で生きていく、そう思いました。たった一人で山の中で誰とも交わらずに生きていく。でもねそんなことなんかできるわけないんですよ、できるわけない。だからもう実際の私は泣き虫で、夜になると本当に寂しくて辛くて不安で、でもどうしていいか分かんなくて、でもどうしたいかも分からないんですよ、自分自身が。人を信じたいけども信じられない、勇気もないし。この外ではいつもこうつっぱってる顔してますけれども内心はもうボロボロでした。えー何より本当にあの、元気な人が羨ましかった。本当に明るく笑ってる人が羨ましかったです。」
最終更新:2026年02月13日 20:01