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トップランカー殺人事件 第三話『☆12のトリック』 -phase6-

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183 :トップランカー殺人事件(129) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/01/27(火) 01:19:11 ID:ciZRLigI0
いつの間にやら椅子の回転を止めて乙下の説明にじっと耳を傾けていた空気は、
話の切りが良いタイミングを今か今かと待ち侘びていたかのように立ち上がり、
腹を空かせた野良犬を思わせる勢いで乙下に駆け寄った。

「スゲー、スゲェェェー!スゲスゲー、スゲスゲヴォーーー!!!」

耳障りこの上ない叫びが乙下の不快指数を急激に高めたが、
どうやらこれが空気にとっての最大級の賛辞らしいことはよく伝わった。
だが乙下は、カウンターの反対側で
鼻の穴を広げながら迫ってくる空気に対し、謙遜ではなしに言うのだった。

「いや、本当にすごいのは1046の方だ。
 こんなトリックを成立させることができるのは世界中のどこを探したって1046ただ一人なんだから。
 BOLCEを身代わりに使うのはBOLCEとほぼ同じデラの腕前を持っているからこそできることだし、
 それに、こうしてBOLCEを意のままに操るなんて芸当はよほど親しい間柄じゃないと無理なはずだろ。
 ま、今となっちゃどんな理由をつけてBOLCEを口車に乗せたのかなんて知る由もないけどな」
「いやいや。仮にそうだとしても、普通はこんなトリック解けやしないっすよ。
 オトゲ先輩ってばよく気付けたっすねー」
「俺だってまさかBOLCEと1046が入れ替わっていただなんて考えもしなかったさ。
 でも、こいつをきっかけに道が開けた」

そう言って乙下は、ポケットから四ツ折りに畳んだ用紙を取り出した。
それはA4用紙二枚の印刷物を重ねて折られたものであり、
一枚目が「DJ 1046 e-AMUSEMENT PASS使用履歴」、
二枚目が「DJ BOLCE e-AMUSEMENT PASS使用履歴」だった。
乙下がそれらをカウンターの上に並べると、空気は品定めをするように二枚の文書を交互に見比べ始める。

乙下はその中の一点を指差した。


 START = 11:55, END = 12:06;
 START = 12:19, END = 12:30;


それは「DJ BOLCE e-AMUSEMENT PASS使用履歴」の中で、
先ほど捜査一課にいる時、乙下自身がボールペンで強く囲んだ箇所だった。

「ここ、さっきオトゲ先輩が気にしてた部分っすね」
「あぁ。はたから見ればそれまで間を空けずにプレイしまくってたはずのBOLCEが、
 突然13分の休憩を挟んだようにしか見えない。
 だが、果たしてこれは本当に『休憩』だったのか?
 そう考え出した時、真実が見え始めた」

184 :トップランカー殺人事件(130) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/01/27(火) 01:26:22 ID:ciZRLigI0
乙下はボールペンで囲まれた二行の右に、
平仮名の「く」のような記号を書いてから、コメントを付け加えた。


 START = 11:55, END = 12:06;
               < この間に二回目の脅迫電話(12:15~12:18)
               < 店長がBOLCEと最後の会話を交わす(12:18~12:19)
 START = 12:19, END = 12:30;


「この日、店長はBOLCEの姿を二度目撃した。
 最初に見たのは朝の10:00、開店と同時に来店したBOLCEの姿だ。
 次に見たのは正午過ぎ、二回目の脅迫電話が終わった後の話だ。
 その電話の時刻はお前が調べてくれたんだよな?」
「ええ、今オトゲ先輩が書いたように、電話がかかってきたのが12:15。
 電話が終わったのは12:18っすね」
「その直後、店長は犯人を探し出すべく店を飛び出そうとした。
 ちょうどその時にデラ部屋の前でBOLCEと鉢合わせして、最後の会話を交わしたんだ。
 と言うことは、店長とBOLCEが出くわした時刻もほぼ12:18だった、ってことになる」
「それがどうしたんすか?」
「この時刻、BOLCEはなぜデラ部屋の前にいたと思う?」
「なぜって言われても」

空気はうーんと唸りながら腕を組み、顔を天井に向けた。
手入れのされていない鼻の穴の中がよく見えるのを鬱陶しく思い、
乙下は空気が考えなくても済むよう話を先に進めることにする。

「もっと分かりやすく言おう。
 BOLCEがデラ部屋の前にいる時と場合は二種類しかない。
 『デラ部屋を出てどこかへ行こうとしていた時』と、
 『どこかから来てデラ部屋へ入ろうとしていた時』の二種類だ。
 この場合はどっちだ?」
「あ、そうか。BOLCEは別の場所からデラ部屋へ来たところだったんだ。
 つまり、この時ABCからシルバーに戻って来たんすね」
「ご名答。BOLCEは開店からずっとデラ部屋に籠っているふりをしつつ、
 本当は店長の目を盗んでずっとABCへ行ってたんだ。
 そして12:18になってようやくシルバーへ戻って来た。
 そう考えれば全ての筋が通る」
「なるほど-……うーん、でもなぁ」

185 :トップランカー殺人事件(131) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/01/27(火) 01:29:02 ID:ciZRLigI0
ほんの一分前は有頂天だった空気の表情に翳りが見えた。
この移ろいやすさはまるで山の天気だ。

「こうして二つのイーパス履歴を並べて見ると、
 色々とおかしな点が見えてくるんすけど」
「そうかな」
「そうっすよ。
 何て言うか、こう、辻褄が合わないように思えるんですけど」
「どの辺が?」
「どの辺もこの辺も、全体的にっすよ」
「だから具体的に言ってみろってば」

空気は上目遣いで乙下を一瞥した。

「あの、間違ってること言ってたら恥ずかしいんで、
 ちょっとずつ整理しながら話しますよ」
「どうぞ」

乙下が許諾すると、
空気は大袈裟だが特に意味のない身振り手振りと共に話し始めた。

「一昨日の午前中、1046はシルバーのデラ部屋にいて、
 そこから店長に脅迫電話をかけた」
「うん」
「一方、BOLCEはABCにいた」
「うん」
「BOLCEは12:18にシルバーへ戻って来た」
「うん」
「1046はデラ部屋に戻って来たBOLCEを殺害した」
「うん」
「それから、ABCへ戻った」
「うん」
「だとしたら、こういうことになりますよね」
「うん?」

空気はカウンターに置かれていたボールペンを握り、
ぎこちない粘土細工のように、二枚のタイムテーブルへコメントを付加していった。

186 :トップランカー殺人事件(132) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/01/27(火) 01:36:34 ID:ciZRLigI0
 @ABC筐体(※1046のカード)
  START = 10:27, END = 10:39; ←BOLCEのプレイ(山岡コース MAX-17)
  START = 10:40, END = 10:52; ←BOLCEのプレイ(山岡コース MAX-11)
  START = 10:52, END = 11:03; ←BOLCEのプレイ(山岡コース MAX-8)
  START = 11:04, END = 11:16; ←BOLCEのプレイ(山岡コース MAX-14)
  START = 11:17, END = 11:29; ←BOLCEのプレイ(山岡コース MAX-8)
  START = 11:30, END = 11:42; ←BOLCEのプレイ(山岡コース MAX-9)
  START = 11:43, END = 11:55; ←BOLCEのプレイ(山岡コース MAX-6)
  START = 12:00, END = 12:02; ←BOLCEのプレイ(プレイ時間2分???)
  START = 12:03, END = 12:09; ←BOLCEのプレイ(プレイ時間6分???)
  START = 12:09, END = 12:20; ←誰のプレイ???
                < 1046が監視カメラに映る(12:35)
  START = 12:37, END = 12:48; ←1046のプレイ
  START = 12:49, END = 13:01; ←1046のプレイ
  START = 13:02, END = 13:13; ←1046のプレイ
  START = 13:14, END = 13:25; ←1046のプレイ(このプレイ中に三回目の脅迫電話)


 @シルバー筐体(※BOLCEのカード)
  START = 10:10, END = 10:20; ←1046のプレイ
  START = 10:21, END = 10:32; ←1046のプレイ
  START = 10:33, END = 10:44; ←1046のプレイ
  START = 10:44, END = 10:56; ←1046のプレイ
  START = 11:57, END = 11:08; ←1046のプレイ
  START = 11:09, END = 11:20; ←1046のプレイ(このプレイ中に一回目の脅迫電話)
  START = 11:21, END = 11:31; ←1046のプレイ
  START = 11:32, END = 11:43; ←1046のプレイ
  START = 11:43, END = 11:54; ←1046のプレイ
                < この間に二回目の脅迫電話(12:15~12:18)
                < 店長がBOLCEと最後の会話を交わす(12:18~12:19)
  START = 12:19, END = 12:30; ←BOLCE?1046?(このプレイ中にBOLCE殺害???)
  START = 12:30, END = 12:40; ←誰のプレイ???
                < 誰がBOLCEのイーパスを財布に入れた???

187 :トップランカー殺人事件(133) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/01/27(火) 01:48:53 ID:ciZRLigI0
書き終えた空気はボールペンを置き、
ふぅ、と一仕事こなしたと言わんばかりの唇の尖らせ方で一息ついた。

「このクエスチョンマークをつけたところが、
 辻褄が合わないと思った部分っす」
「ほう」
「上から順番に見てみますと、
 まずはABCの12:00~12:02と12:03~12:09のところっす。
 ここ、時刻的にはBOLCEがシルバーに戻る直前のプレイっすよね。
 どうしてここだけ他と比べて妙に短いんでしょう?」
「一曲目HARD落ちしたとか、FREEモードを選んだとかかな」
「それじゃ、1046の作り話と丸っきり一緒じゃないっすか」
「んー。実を言うとこればっかりは俺もまだよく分かってないんだよね。
 けどさ、ただ単に不自然ってだけで別にこれは辻褄が合わないって話じゃないでしょ」

ここで空気は居住まいを正した。

「問題はこの次からっすよ。
 ABCでの12:09~12:20。
 これは一体誰のプレイなんすか?
 BOLCEは12:18の時点でもうシルバーに到着してたんだから、まずあり得ないっすよね。
 1046は12:15~12:18の間、デラ部屋で店長のことを監視しながら
 脅迫電話をかけてたんだから、やっぱりあり得ない。
 だとすれば、この時ABCでプレイしてたのは、一体どこの誰なんすか?」
「……」
「次はもっとおかしいんす。
 シルバーでBOLCEカードに記録された12:19~12:30。
 このプレイを始めたのがBOLCEなのか1046なのか、それは分かりません。
 けど、1046が犯人だとすれば、BOLCEはこのプレイ中に殺されていなきゃ理屈が通らない。
 だって、1046がABCへ12:35までに戻るためには、遅くとも12:30にはシルバーを出発しなきゃいけないんですから。
 だとすれば、1046はどうやってデラをプレイしながらBOLCEを殺害したんすか?
 いくらトップランカーだからって、デラをプレイしながら人殺しなんてできっこないっすよね」
「……」
「一番辻褄が合わないのが最後っすよ。
 今言ったように、1046が12:35に監視カメラへ映るためには
 どう頑張っても12:30にはシルバーを出発しなきゃならない。
 じゃぁ、12:30~12:40のプレイをしたのは、一体どこの誰なんすか?
 ついでに、誰がいつどうやってBOLCEのイーパスを財布に戻したのか……
 その謎もまだ解けてないっすよ」
「……まぁね」

乙下は寝息を立てるように静かに、そして自然に言った。

「そうなんだ、そこがポイントなんだ。
 『いつ、誰が、どうやってBOLCEのイーパスを財布に戻したのか』。
 そもそも『12:30~12:40にBOLCEのカードでデラをプレイしたのは誰だったのか』。
 これらは今回の事件における最大の謎と言ってもいいと思う」

188 :トップランカー殺人事件(134) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/01/27(火) 01:54:16 ID:ciZRLigI0
「オトゲ先輩、焦らさないで教えて下さい。
 もうこの謎も解けたんでしょ?」
「いや。まだ解けてない」
「へ?」

空気が絶句した。
よほど失意の底に墜ちたのか、
その刹那、空気の頬が若干痩けてしまったようにさえも見えた。
そんな空気の七変化を心の隅っこで楽しみながら、乙下は「安心しろ」と言い聞かせた。

「まだ完全には解けてないだけ。
 俺にはこの謎の真相がほとんど見えてる」
「ちょ、オトゲ先輩ってば脅かさないで下さいよ!」
「ごめんごめん。
 ま、これもちょっとしたトリックだ。
 極めてシンプルだが、それでいて大胆な発想のトリックなんだ。
 まったくもって1046のヤツにはしてやられたよ……。
 あいつ、犯罪者としての才能もランカークラスなのかもな」

空気はこの日一番の声量を携えて乙下ににじり寄った。

「教えて下さい!
 1046はどうやって、この単独犯では実現不可能なはずの
 タイムテーブルを単独犯で作り上げたんすか!?
 教えて下さいよ!」
「ゆっくり説明してやるからとりあえず落ち着けって。
 つまりね、簡単に言えばイーパスってのはさ……」
「うんうん」
「……」
「……うん?」
「……」
「……オトゲ先輩?」

189 :トップランカー殺人事件(135) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/01/27(火) 02:03:03 ID:ciZRLigI0
乙下の視界の片端が、何者かの顔を捉えた。
いや逆だ。
何者かの視界が、乙下の顔を捕らえたのだ。

その強い意志を含んだ視線の存在を、乙下は嗅ぎ取った。
と言うよりもむしろ、嗅ぎ取らされた。
なぜだか乙下はそんな風に感じた。

「……どうしたんすか?」
「誰かいる」

乙下は気を張り、ガラス越しに外へ向かって目を凝らす。

徐々に暗くなりつつあった先刻とは一転して、外は明るかった。
アーケードにぶら下がった電灯達が目を覚ましたのだろう。
負けずに蛍光灯で明るく照らされたシルバーの店内が、
巨大の鏡のような窓ガラスへ映り込んでおり、外の様子が把握しづらい。
まるで照明を隠れ蓑にして何者かが息を潜めているような、矛盾めいた光景だった。

だから咄嗟には気付けなかったが、
よく見ればその儚げなシルエットは女性のものであり、
その物言わぬ顔つきは昼間目にしたあの少女のものに違いなかった。

「円樹杏子」

いつからそこにいたのだろう。
昼と同じ場所に、昼と同じ服装を着て、昼と同じ姿勢で佇んでいる。
なぜ杏子がここにいて、こちらを見つめているのか。
そんなことは乙下に想像さえもつかなかったが、
ただ一つ確信したのは、杏子には夜が似合っているという
どうしようもなく場違いな雑感だった。

昼と夜の狭間と呼ぶに相応しいこの寸刻、
「逢魔が時」という不吉な言葉が乙下の頭に陣取っていた。

219 :トップランカー殺人事件(136) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/02/14(土) 18:43:13 ID:2k+Cp6sB0
乙下は「営業停止中」の貼り紙が貼られたガラス戸を開き、
シルバーの外に出て、制服姿の杏子の正面に立った。

七月ながら、北緯40度に迫る盛岡市の宵の口は蒸し暑さを感じさせない。
乙下と杏子の間に横たわるのはそんな清涼感を含む空気層だけであり、
ガラス越しにではなく見る杏子の眼差しは、やはり乙下に対して何らかの強い意志を込めて放たれているように思えた。

杏子の白い肌は人工的な街の灯に照らされてますます白くなり、
長い髪が持つ黒さはと言えば、街を満遍なく覆い尽そうとしている漆黒の闇と比べても遜色のないほどだった。
こうして彼女の白さと黒さを際立たせるからこそ、
杏子には夜が似合うという考えが浮かんだのだろうか。
夜を着こなしている。
乙下はそんな風にも感じた。

「学校には行きました」

杏子は唐突に言った。
学校はちゃんと行ったのか、と今まさに切り出そうとしていた乙下は、
出鼻を挫かれたような気持ちになる。
変に偉ぶる様子もなく、事実のみを淡々と報告しているような口振りだったので、なおさらだった。

「こんな時間にどうした?」
「貴方に会いに来ました」

杏子は昼間と同じ場所で、昼間と同じ発言をした。
冗談みたいな内容だったが、冗談などではないと目が代弁していた。
だから昼間のように軽くあしらう気はもう失せていたが、
不可解な相手であることに変わりはない。
乙下は相手の出方を窺いながら聞いた。

「俺に何の用なの?」
「私に、BOLCEさんを殺した犯人を捕まえる手助けをさせて下さい」

出方を窺うどころの話ではない。
単刀直入だった。
半ば想像していたものに近い答えだったとは言え、
余りにも単刀直入なその発言は、乙下を困惑させるに十分な威力を持っていた。

220 :トップランカー殺人事件(137) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/02/14(土) 18:55:16 ID:2k+Cp6sB0
乙下の斜め後ろで一連のやり取りを見ていた空気が、
警戒した表情でそっと耳打ちをする。

「オトゲ先輩、やっぱりこの娘ちょっと変ですよ。
 あんま相手にしない方がいいんじゃないっすか?」
「いや、話だけは聞こう」

乙下は警察手帳をポケットから取り出し、杏子に見せた。
本日二回目の行動である。

「とりあえず自己紹介しとこうか。
 盛岡警察署捜査一課の乙下圭司だ。
 こっちは……空気って呼べばいいよ」
「クウキさん。
 風変わりなお名前ですね」
「あだ名っすよ、あだ名。
 おっしゃる通り変なあだ名で困ってるんです。
 名付け親は一体どんなセンスしてるんだか」

空気が横目でチラリと視線を送ってきたが、乙下は相手にしない。
杏子は杏子で、特に気の利いたリアクションなどはしなかった。
そんな杏子に対し乙下は、なかなか見所があると勝手に好感を抱いた。

「私は円樹杏子と言います。
 職業は占い師です」

杏子が名乗るのはやはり本日二回目の行動だったが、「占い師」という発言は間違いなく一回目だ。
言うことの一つ一つに戸惑わされるばかりで、乙下はなかなかペースを掴めない。

「いや、君学生でしょ。
 今日生徒手帳見せてくれたよね。
 つーか、どっからどう見ても女子高生でしょ」
「学生は社会的な職業です」

沈黙が訪れた。
二の句が続かないところを見ると、これで説明は終わりなのだろうか。
乙下ははやる気持ちを抑え、子供をあやす時のような若干わざとらしい口調になりながら問い質す。

「えーと、学生が社会的な職業なら、
 それじゃ占い師は何的な職業なの?」
「人間には二つの職業があるんです。
 一つは社会的な職業で、もう一つは生まれながらに定められた役割という意味での職業です」
「……その役割が、君の場合は占い師なんだ」
「そうです」

杏子はまるで今日の天気を口にするかのように力みなく自然体で言い切るものだから、
乙下は「あ、そうなんだ」と納得してしまいそうになる。
そんな自分を、もう一人の自分がかろうじて押さえ込んだ。
一方で、空気はより一層警戒心を強めているようだった。

「先輩、やっぱこの娘ほんまもんっすよ!
 関わらない方がいいって」

221 :トップランカー殺人事件(138) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/02/14(土) 19:03:47 ID:ic8cYYnT0
空気は杏子に聞こえないよう押し殺した声で忠告してくる。
乙下はそんな空気の気持ちが分からないでもない。
現実に今日の昼間は、乙下自身が彼女に対して
けんもほろろな態度をとったばかりだったはずだ。

だが杏子はたった今、はっきりと生前のBOLCEとの関わりを示した。
なおかつ、事件の解決を望んでいる。
そうした以上、乙下には杏子の存在をないがしろに扱うことはできなかった。

「君はBOLCEの友達だったんだね」
「そんなところです」

杏子はやや曖昧に肯定した。
その反応からすると、もしやBOLCEと杏子は恋仲だったのではないかと勘繰ってしまう。
だがそれを追求するのも不躾に思い、乙下は気にも留めない素振りを決め込む。

「私、BOLCEさんと同じゲームで遊んでいました。
 それでこのゲームセンターで知り合ったんです」
「と言うことは、君もデラのプレイヤーなの?」
「ちっとも上手にできないんですけど、一応そうです。
 その様子だとご存じなのでしょうけど、
 BOLCEさんは物凄くIIDXが上手くて、とても尊敬していました。
 よく上達のためのアドバイスをしてもらったりもしました」

デラという俗称を用いる乙下とは対照的に、杏子は律儀にもツーディーエックスと発音した。
知り合って間もないが、いかにも杏子らしいと乙下は思う。

「私、BOLCEさんが殺されて悲しかったです。
 悔しかったです。
 犯人を許せないと思いました。
 犯人を捕まえたいし、できれば呪い殺したいです」

呪い殺したい。
そう無表情で話す杏子に、乙下は戦慄を覚えた。
悲しみとも怒りともつかないその顔の奥にある感情が読めないからなのか。
杏子の顔から表情を奪ってしまうほどまでに悲しみや怒りが臨界点を突破している可能性におののいたのか。
単純に、かくも無表情のまま恨み辛みを語れてしまう杏子の底知れなさが不気味だったのか。
乙下の鼓動が加速度を伴う。

「でも私にそんな力はありません。
 だから、私は私の進むべき道を占いました。
 その結果、BOLCEさんが殺されたこの場所に導かれたんです」
「それで君は今日、ずっとここに立っていたんだ」
「はい。今日は朝からここで待っていました。
 そして貴方に出会った。
 貴方が警察の人であると知って、私は確信しました。
 貴方はBOLCEさんを殺した犯人を追っていて、
 私は貴方を手助けするためにここへ導かれたのだと」
「……そうだったんだ」

222 :トップランカー殺人事件(139) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/02/14(土) 19:09:52 ID:ic8cYYnT0
乙下は占いというオカルトじみたものは一切信用していなかった。
しかし杏子の行動原理は占いを基軸としており、
彼女はそこに何の疑いも持ち合わせていない。
果たして、自分達の間に対話は成立するのだろうか。
そんな心配事はあったが、ただ事実として確かに乙下はBOLCEを殺した犯人を追っている人物であり、
かつ杏子は占いを頼りに乙下の元へ辿り着いたということになる。

「君の言う通り、俺がこの事件の担当だよ。
 手助けしてくれるっていうその気持ちはありがたいんだけど、
 君みたいな未成年を巻き込むわけにはいかないな」
「お願いします。必ずお役に立てます」
「そう言われても」
「お願いします」
「けどさ」
「お願いします」

杏子は巨木のようだった。
表情も語調も変えず、ただただ頼み込む。
一寸たりともぶれることのない突き刺すような瞳には、
決して曲がることのない意志が乗り移っていた。
引く気配はまるでない。
下手に泣き落とされたり色仕掛けをされるよりも、よほど厄介な相手だと乙下は痛感した。

「一緒に捜査をさせてくれなくても構わないんです。
 私の知っていることなら何でも話しますので、
 私を情報源として利用して下さい」

杏子は自分を物のように言う。

「知っていることって、何か知ってるわけ?」
「いえ。事件については何も知りません」
「じゃ、駄目じゃん」
「事件については何も知りません。
 ですけど、私は誰よりもBOLCEさんのことを知っています。
 きっとBOLCEさんよりもBOLCEさんのことを知っています」

杏子は照れもせずに断言した。
恋仲にあったのか否かはさておくとしても、
もはやBOLCEに特別な感情を抱いていたことを告白したのと同義ではないだろうか。

「BOLCEさんがどんな人で、どんな生活を送っていたのか。
 きっと捜査の手掛かりになります」
「それはまぁ、そうかも分からんけどね」
「それだけじゃありません。
 占いで手助けすることもできます。
 今日のラッキーアイテムを占います」
「そいつは間に合ってる」

乙下は吹き出しそうになるのを堪えながら即答した。
これほどまで浮世離れした雰囲気の杏子が
ラッキーアイテムなどという俗っぽい横文字を使った上に、
それが捜査の手助けになると本気で信じているらしいことが妙に可笑しかったからだ。
しかしいくら何でも神頼みに走るほど落ちぶれるつもりは毛頭ない。

ところが、次の杏子の言葉に乙下は耳を疑った。

「今日の貴方のラッキーアイテムはポスターです」

223 :トップランカー殺人事件(140) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/02/14(土) 19:15:53 ID:ic8cYYnT0
「……おい、何て言った?」
「今日の貴方のラッキーアイテムは、ポスターです」

意表を衝かれた乙下は、空気と目を見合わせた。
空気はすでに呆気に取られ、口をあんぐりと開いている。

「君、なんでそれを……?」
「今日の貴方のラッキーアイテムを占いました。
 その結果です」
「占いって、真面目に言ってるの?
 君は本当に占い師だって言いたいわけ?」
「そうですけど」
「マジかよ」

肝が潰れそうなほどの喫驚の中で、乙下は認めざるを得なかった。
これは断じて後出しジャンケンなどではないと。

そう。
すっかり忘れていたが、昼間、杏子はポスターと言った。
ポスターに注意しろと言った。
乙下が事件におけるポスターの重要性に気付く前の時点で、
杏子はポスターに注意しろと、そう言ったのだ。

だがさすがに占いという非科学的なものを信用するわけにはいかない。
信用して良いはずがない。
とすると、杏子がポスターに着目したことは偶然なのか。
それとも。

乙下はあらためて杏子を眺めた。

杏子はきょとんとしている。
自分が胡散臭く扱われていそうな雰囲気など微塵も感じ取っていないようだった。
良くも悪くも、彼女の純粋さが滲み出ている。
嘘や悪巧みがあるようには到底思えない。
少なくとも乙下にはそう見えた。

だがそれは乙下の主観だ。
杏子が嘘をついていないとは、確実には言い切れない。

ただ間違いがないのは、彼女は何らかの強固な意志を持って行動していること。
乙下はその確信に至っていた。

であれば、少しばかり気は引けるが、取るべき選択肢は一つに決まっていた。

「決してその占いとやらを当てにするって意味じゃないんだけど」

乙下は頭を掻きながら前置きをし、それから意を決して言い放った。

「せっかくだから君のご厚意に甘えようかな」

224 :トップランカー殺人事件(141) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/02/14(土) 19:19:04 ID:ic8cYYnT0
「ちょっと、オトゲ先輩!?」

杏子よりも先に、空気が食ってかかった。

「正気っすか?
 占いなんて、本気で本気にしてんすか?」
「だから、占いを当てにしてるわけじゃないっつってんだろ」
「じゃぁどうして。
 この娘の協力なんかなくなって、
 事件はもうほとんど終わりが見えてるじゃないっすか」

乙下は煩わしくなりながらも、核心的な部分は伏せつつ説明する。

「終わりが見えてるだけで、終わりではないだろ。
 俺達は今、アイツが犯人であり得る可能性を見出したに過ぎないんだよ。
 『アイツが犯人である証拠』と『アイツがBOLCEを殺害した動機』。
 これを暴いて、ようやくこの事件は終わりを迎えるんだ。
 そのためにはBOLCEの身近にいた人物の協力が必須だってこと、
 お前には納得できないのか?」
「……」

空気は不服そうにそっぽを向いたが、
その行為はつまり異を唱えることができないことを物語ってもいた。

それを見届けた乙下は杏子に向き直り、
軽い調子で挨拶をするように片手を上げた。

「ってわけでよろしくね、杏子ちゃん」

杏子はにこりともせずに頷く。

258 :トップランカー殺人事件(142) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/03/09(月) 00:21:10 ID:woDJHkMo0
「悪いっすけど、正直ボクは反対です」

空気はにこりともしないどころか、敵意を剥き出しにして言った。
先ほどまでは杏子に聞こえないよう気遣いながら話していたはずだったのに、
その反動なのか、今は聞こえよがしに声を大きくしている。

そんな空気の不機嫌さが伝染したように、乙下もうっすらと腹立たしくなる。

「お前さっきから何なんだよ。
 別にいいじゃねーか、協力してくれるって言ってんだから協力してもらおうぜ。
 お前だって事件を解決させたいだろ?」
「させたいから言ってるんすよ。
 この娘、明らかに怪しいじゃないっすか」
「お前なぁ」

乙下は杏子が動じていないか気になり、彼女の顔色をそれとなく確かめた。
幸い杏子は顔を曇らせるでもなくただ黙って聞いているが、
だとしても内心では傷ついているかも分からない。

しかし、空気はかまけずに暴言を続けた。

「この娘、事件に関係してるんじゃないっすかね。
 そうだ、きっとそうっすよ。
 そうじゃなかったらポスターのこと知ってるわけないし」
「空気お前、いい加減にしとけよ。
 相手は女の子だぞ?
 言っていいことと悪いことがあんだろが。
 大体な、俺達にはもう犯人の目星がついてるじゃねーかよ。
 だったらこの娘を疑う余地はねーだろ?
 少しは考えてものを言えよ」

乙下は声を荒立てた。
そして責め立てるように強くねめつけると、空気は怯んだように目線をかわす。
ところがそれでも空気は懲りないのか、挑発的な態度を崩すことはなかった。

「じゃ、なんですか。
 この娘の言ってることがホントだとして、
 事件担当のボク達と出会ったのは偶然ってことっすか?」
「……それは、占いが当たったから出会えたんじゃねーの?」
「よく言いますね、そんなの自分が一番信じてないくせに。
 この娘、最初からボク達が事件担当だと知ってて近付いてきたんすよ。
 そうに決まってます。
 多分この娘はボク達に疑いを晴らさせるために送り出されたアイツの手先なんすよ。
 あの色男のことだし、何でも言いなりになる女の一人や二人くらい
 いてもおかしくないんじゃないっすかね」

「空気ぃ!!」

乙下は怒りに身を任せて怒鳴った。
空気は痙攣したようにビクッと体を震わせて、ようやく口を閉じた。
さすがに効いたのだろう。
まだ何か言いたげではあったが、空気の体からふてぶてしさが抜けていき、
いつもの気弱そうな青年の面構えが戻ってくるのが分かった。

「シルバーの片付けと消灯、それと戸締まりをしてこい。
 その間に少し頭を冷やせ」

空気は乙下と杏子、それぞれの表情を一瞬ずつ盗み見るようにしてから、
蚊の飛ぶようなか細い声で「はい」とだけ返事をして、踵を返した。
肩を落とした丸い背中が、ゆっくりとシルバーの中へ消えていく。




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