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トップランカー殺人事件 第三話『☆12のトリック』 -Phase7-
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| 259 :トップランカー殺人事件(143) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/03/09(月) 00:27:12 ID:woDJHkMo0 |
乙下は腰に手を当てて俯き、大きく息を吐いた。
それを合図に、周辺の緊張したムードが一斉に弛緩したようだった。
そうしてから乙下は上体を起こして杏子に向かい、素早く顔の正面で両手を合わせた。
それを合図に、周辺の緊張したムードが一斉に弛緩したようだった。
そうしてから乙下は上体を起こして杏子に向かい、素早く顔の正面で両手を合わせた。
「ごめん、本っ当にごめん!」
乙下は平謝りした。
「もう、部下の非礼をなんて詫びたらいいやら。
とにかく悪かった。
でもおかしいなあ、アイツ普段はあんなひねくれたこと言うヤツじゃないんだ。
今日はどうしちゃったんだか」
とにかく悪かった。
でもおかしいなあ、アイツ普段はあんなひねくれたこと言うヤツじゃないんだ。
今日はどうしちゃったんだか」
乙下は杏子への申し訳なさでいっぱいになりながらも、
すかさず言い訳のように空気のフォローをした。
決して部下の失態に対する苦情を危ぶんだからではない。
純粋に、言葉通りの疑問だった。
普段の空気なら、あのような悪態をつくはずがないのだ。
ましてや年端もいかない女の子に対して。
すかさず言い訳のように空気のフォローをした。
決して部下の失態に対する苦情を危ぶんだからではない。
純粋に、言葉通りの疑問だった。
普段の空気なら、あのような悪態をつくはずがないのだ。
ましてや年端もいかない女の子に対して。
ところが、悪態をつかれた当の本人はどうやら痛くも痒くもないのか、
「いえ、別に気にしていません」
と相も変わらず人形のように表情を変えないまま告げ、シルバーの方を見入っていた。
この冷静さだ。
それに比べて、部下の豹変ぶりに幾分かうろたえてしまった乙下は、
自分の至らなさが不甲斐ない。
それに比べて、部下の豹変ぶりに幾分かうろたえてしまった乙下は、
自分の至らなさが不甲斐ない。
「空気さんは、貴方のことが大好きなんだと思います」
ワンテンポおいて放り出された杏子の言葉に、乙下はぎょっとした。
「だから、空気さんは私のことが嫌いなんです」
| 260 :トップランカー殺人事件(144) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/03/09(月) 00:35:35 ID:woDJHkMo0 |
「ちょっと、それ何の話?」
「分かりませんか?」
「分かりません」
「分かりませんか?」
「分かりません」
乙下は分からないから分からないと言っただけなのだが、
杏子の口調がどこか非難めいた意味合いを伴っているような気がして、後ろめたくなる。
杏子の口調がどこか非難めいた意味合いを伴っているような気がして、後ろめたくなる。
「空気さんは貴方のことが大好きで尊敬しているから、
貴方の隣で貴方の手助けをしたいんです。
貴方と二人で仕事に取り組みたかったんです。
そこに私が割って入ろうとしたのが、あまり面白くなかったんだと思うんです」
「いやいや、空気に限ってそりゃないって。
いつもあいつがどんだけ俺に無礼な振る舞いばかりしてるか知ってる?」
貴方の隣で貴方の手助けをしたいんです。
貴方と二人で仕事に取り組みたかったんです。
そこに私が割って入ろうとしたのが、あまり面白くなかったんだと思うんです」
「いやいや、空気に限ってそりゃないって。
いつもあいつがどんだけ俺に無礼な振る舞いばかりしてるか知ってる?」
そう否みつつも、乙下は空気に慕われている実感が間違いなくあった。
しかしまさか、女子高生に嫉妬するほどまでに愛されていたとすれば
気恥ずかしいやらむず痒いやら、あるいは気色悪いやら、である。
しかしまさか、女子高生に嫉妬するほどまでに愛されていたとすれば
気恥ずかしいやらむず痒いやら、あるいは気色悪いやら、である。
「私、同じような立場にいたからよく分かるんです」
「同じような立場?」
「私もBOLCEさんのことを尊敬していて、いつも隣にいたかった。
けど、BOLCEさんの隣にいたのは私じゃなく1046さんだったから」
「同じような立場?」
「私もBOLCEさんのことを尊敬していて、いつも隣にいたかった。
けど、BOLCEさんの隣にいたのは私じゃなく1046さんだったから」
興味深い一言だった。
「トシロウって、同じデラのランカーの1046のことだよね?」
「はい。あの二人は本当に仲が良かったんです。
毎日のようにスコアを競ったり、運指の方法について議論したりしてました。
私も1046さんくらい上手くなればBOLCEさんに見てもらえると思って、
一所懸命練習したんですけど……上手くなる前に、
見てもらえるようになる前に、BOLCEさんは死んじゃった」
「……1046も相当上手いからねぇ。
彼に追い付くのは、一筋縄じゃいかないよ」
「はい。あの二人は本当に仲が良かったんです。
毎日のようにスコアを競ったり、運指の方法について議論したりしてました。
私も1046さんくらい上手くなればBOLCEさんに見てもらえると思って、
一所懸命練習したんですけど……上手くなる前に、
見てもらえるようになる前に、BOLCEさんは死んじゃった」
「……1046も相当上手いからねぇ。
彼に追い付くのは、一筋縄じゃいかないよ」
的外れな受け答えであることは重々承知していた。
だが、今の乙下にはこの程度のことを冗談めかして言うのが精一杯だった。
慰めの言葉をかけるだけなら容易いが、きっと意味はない。
だが、今の乙下にはこの程度のことを冗談めかして言うのが精一杯だった。
慰めの言葉をかけるだけなら容易いが、きっと意味はない。
BOLCEさんは死んじゃった。
淡々とした物言いとは裏腹に、一文字一文字が重い。
その重さの前で、一体どんな言葉が意味を成すというのだろう。
淡々とした物言いとは裏腹に、一文字一文字が重い。
その重さの前で、一体どんな言葉が意味を成すというのだろう。
言葉じゃ駄目なのだとすれば、行動しかない。
杏子を受け入れることが、今の乙下にできる最善の手の差し伸べ方だった。
杏子を受け入れることが、今の乙下にできる最善の手の差し伸べ方だった。
「杏子ちゃん。
明日は土曜日だから、学校は休みだよね。
早速だけど、もし良ければ話を聞かせてもらっていいかい?」
「喜んで」
明日は土曜日だから、学校は休みだよね。
早速だけど、もし良ければ話を聞かせてもらっていいかい?」
「喜んで」
杏子がようやく口元を緩めて笑顔を見せた。
そんな気がした。
そんな気がした。
| 261 :トップランカー殺人事件(145) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/03/09(月) 00:44:32 ID:woDJHkMo0 |
しかしその瞬間、煌々と照っていたシルバーの照明が消えたため、
乙下の視界は急にぼやけてしまい、
杏子の笑顔が現実のものだったのかどうか、はっきりとした確信には至らなかった。
乙下の視界は急にぼやけてしまい、
杏子の笑顔が現実のものだったのかどうか、はっきりとした確信には至らなかった。
「片付けが終わったみたいだな。
そろそろ空気が戻って来るから、その前に帰った方がいい。
今日はもう顔を合わせない方がいいだろ?」
「分かりました」
そろそろ空気が戻って来るから、その前に帰った方がいい。
今日はもう顔を合わせない方がいいだろ?」
「分かりました」
目はすぐに慣れたが、
すでに杏子の顔は元の無表情な状態に戻ってしまっていた。
もしくは、笑顔など最初から気のせいだったのか。
そのどちらなのかは分からないが、一回り暗くなった場所で杏子の姿を見た乙下は思った。
夜が似合う杏子は確かに占い師らしくもあるし、占い師を自称する杏子にはやはり夜が似合う。
乙下は杏子と連絡先を交換しながら、そんな符合を楽しんでいた。
すでに杏子の顔は元の無表情な状態に戻ってしまっていた。
もしくは、笑顔など最初から気のせいだったのか。
そのどちらなのかは分からないが、一回り暗くなった場所で杏子の姿を見た乙下は思った。
夜が似合う杏子は確かに占い師らしくもあるし、占い師を自称する杏子にはやはり夜が似合う。
乙下は杏子と連絡先を交換しながら、そんな符合を楽しんでいた。
「それじゃ、明日はよろしくね」
乙下はすっかり場を締めくくるつもりで手を振ったが、
杏子は帰ろうとせず、乙下のことを射抜くように見ている。
まだ何か聞きたいことでもあるのか、と尋ねようとした途端、
杏子は聞きたいことを尋ねてきた。
杏子は帰ろうとせず、乙下のことを射抜くように見ている。
まだ何か聞きたいことでもあるのか、と尋ねようとした途端、
杏子は聞きたいことを尋ねてきた。
「あまり関係ないんですけど、
どうして空気さんを『空気』と呼んでるんですか?」
「なんだ、そんなことかよ」
どうして空気さんを『空気』と呼んでるんですか?」
「なんだ、そんなことかよ」
乙下は腰が砕けた。
しかし、杏子の素朴な疑問は、乙下の荒んだ心に一吹きの涼しげな風を運んだ。
しかし、杏子の素朴な疑問は、乙下の荒んだ心に一吹きの涼しげな風を運んだ。
「理由は三つあってな。
まず空気を読めないから。
それと、空気みたいにいてもいなくても誰も気付かないから」
「もう一つは?」
「……もう一つはね、話すと長くなるから、また今度ね」
「気になります」
「大した理由じゃないから気にすんなって。
はいはい、空気が戻って来ちゃうから今日は帰りな」
まず空気を読めないから。
それと、空気みたいにいてもいなくても誰も気付かないから」
「もう一つは?」
「……もう一つはね、話すと長くなるから、また今度ね」
「気になります」
「大した理由じゃないから気にすんなって。
はいはい、空気が戻って来ちゃうから今日は帰りな」
乙下は杏子の後ろ手に回り、強引に背中を押した。
すると、若干その足取りは重そうだったが、
杏子はようやく盛岡駅の方角に向かってのろのろと歩き始めるのだった。
すると、若干その足取りは重そうだったが、
杏子はようやく盛岡駅の方角に向かってのろのろと歩き始めるのだった。
杏子は一度乙下を振り返って会釈したが、それ以降は脇目もふらずに進み、
やがてアーケードの終端にまで差し掛かると、夜の黒の中にすっと溶けてしまった。
やがてアーケードの終端にまで差し掛かると、夜の黒の中にすっと溶けてしまった。
| 278 :トップランカー殺人事件(146) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/03/16(月) 00:20:34 ID:WzFjdPR70 |
「空気、いるんだろ?」
杏子の後ろ姿が完全に見えなくなったことを確認してから、
乙下はどこに向かってというわけでもなく声をかけた。
すると、空気はシルバーとその隣の建物の間に存在する
僅か一メートルほどの細い路地から、恐る恐る顔を出した。
どうやらシルバーの裏口を施錠した後、杏子が帰るまでそこで待っていたらしい。
空気なりに気を遣ったのだろうか。
乙下はどこに向かってというわけでもなく声をかけた。
すると、空気はシルバーとその隣の建物の間に存在する
僅か一メートルほどの細い路地から、恐る恐る顔を出した。
どうやらシルバーの裏口を施錠した後、杏子が帰るまでそこで待っていたらしい。
空気なりに気を遣ったのだろうか。
空気は随分と磨り減った顔つきをしており、
別に亡霊を見たことはないのだが、まるで亡霊のようだと乙下は勝手に思った。
乙下は取り憑かれる覚悟で、亡霊に接近する。
別に亡霊を見たことはないのだが、まるで亡霊のようだと乙下は勝手に思った。
乙下は取り憑かれる覚悟で、亡霊に接近する。
「まだ機嫌悪いのか?」
「別に」
「あっそ」
「先輩こそ怒ってるでしょう」
「別に」
「あっそ」
「別に」
「あっそ」
「先輩こそ怒ってるでしょう」
「別に」
「あっそ」
不意に訪れた沈黙が気まずかった。
何を話そうかと迷いあぐねた挙げ句にようやく口から出た言葉は、
何を話そうかと迷いあぐねた挙げ句にようやく口から出た言葉は、
「空気」
「オトゲ先輩」
「オトゲ先輩」
と出会い頭にぶつかった。
それがまた妙な気まずさを新たに生むのだった。
それがまた妙な気まずさを新たに生むのだった。
「何だよ」
「先輩こそ何すか」
「先輩こそ何すか」
先を譲られた乙下は、仕切り直すつもりで深呼吸をして、それから話し始めた。
「気持ちは分かるよ。
確かにお前の言う通り、彼女は怪しいのかも知れない。
けど俺は、そのリスクを承知の上で彼女に協力してもらうことにしたんだ」
「どうしてわざわざリスクを負うんすか」
「彼女の目を見てると、軽い気持ちで俺達に近付いたとは思えない。
良くも悪くも、何らかの強い意志を持っているみたいなんだ。
だとすれば、どっちに転んでも俺達に損はない。
本当に俺達に協力したいのなら、しめたもんだ。
惜しみなく協力してもらうさ。
で、もしお前の言うように彼女が1046の手先だとすれば、これまたしめたもんだ。
俺を罠にはめるつもりなのか知らんが、見破って逆に情報を引っ張り出してやる」
「オトゲ先輩らしいっすよ。
ボクさすがにそこまでは考えてなかったです。はは」
確かにお前の言う通り、彼女は怪しいのかも知れない。
けど俺は、そのリスクを承知の上で彼女に協力してもらうことにしたんだ」
「どうしてわざわざリスクを負うんすか」
「彼女の目を見てると、軽い気持ちで俺達に近付いたとは思えない。
良くも悪くも、何らかの強い意志を持っているみたいなんだ。
だとすれば、どっちに転んでも俺達に損はない。
本当に俺達に協力したいのなら、しめたもんだ。
惜しみなく協力してもらうさ。
で、もしお前の言うように彼女が1046の手先だとすれば、これまたしめたもんだ。
俺を罠にはめるつもりなのか知らんが、見破って逆に情報を引っ張り出してやる」
「オトゲ先輩らしいっすよ。
ボクさすがにそこまでは考えてなかったです。はは」
空気が力なく笑った。
| 279 :トップランカー殺人事件(147) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/03/16(月) 00:28:03 ID:WzFjdPR70 |
つられて乙下も軽く微笑んだ。
「なーんて言ってみたけど、俺は杏子ちゃんに裏があるなんて思っちゃいない。
もし本当に1046の手先だとして、この真夏の真っ昼間に外で何時間も立って待ち伏せる必要ある?」
もし本当に1046の手先だとして、この真夏の真っ昼間に外で何時間も立って待ち伏せる必要ある?」
1046は乙下の職場も連絡先も知っている。
杏子を乙下と引き合わせるだけなら、いくらでもやりようはあるはずなのだ。
杏子を乙下と引き合わせるだけなら、いくらでもやりようはあるはずなのだ。
「じゃ、あの娘がボク達に出会えたのは偶然?
それとも、まさかまた占いが当たったとか言い出すんすか?」
「別に占いや偶然に頼らなくたって問題ないんだよ。
まだ事件が起きて二日しか経ってないんだから、
シルバーの前でずっと待ってりゃ担当の刑事が現れることくらい想像つくだろ。
実際、杏子ちゃんはそうやって俺達に出会えたわけだし」
「……それもそうっすね」
それとも、まさかまた占いが当たったとか言い出すんすか?」
「別に占いや偶然に頼らなくたって問題ないんだよ。
まだ事件が起きて二日しか経ってないんだから、
シルバーの前でずっと待ってりゃ担当の刑事が現れることくらい想像つくだろ。
実際、杏子ちゃんはそうやって俺達に出会えたわけだし」
「……それもそうっすね」
乙下は敢えて口には出さなかったが、
杏子が本物の占い師なのだとしたら面白い、という感情も心のどこかで湧いていた。
そうでなければポスターが事件の鍵となることを知っていた説明がつかないし、
何より彼女独特の神秘的な雰囲気がそう思わせるのだ。
もちろん本気ではないし、空気には口が裂けても言えない。
杏子が本物の占い師なのだとしたら面白い、という感情も心のどこかで湧いていた。
そうでなければポスターが事件の鍵となることを知っていた説明がつかないし、
何より彼女独特の神秘的な雰囲気がそう思わせるのだ。
もちろん本気ではないし、空気には口が裂けても言えない。
「まぁそんなわけで、杏子ちゃんにはそこまで目くじら立てなくたっていいのさ。
なのに、お前ときたら」
「……」
なのに、お前ときたら」
「……」
黙りこくる空気と面と向かわずに済むよう、
乙下はシルバーの建屋の外壁に寄りかかって、
ズボンのポケットに手を突っ込んだ。
乙下はシルバーの建屋の外壁に寄りかかって、
ズボンのポケットに手を突っ込んだ。
「空気。今日のお前はどうしたんだ?
女の子相手にあんな酷いこと言うヤツじゃなかったろ。
どっちかっつーとお前、女の子には媚びへつらうタイプだろうが」
女の子相手にあんな酷いこと言うヤツじゃなかったろ。
どっちかっつーとお前、女の子には媚びへつらうタイプだろうが」
乙下は柔らかい物腰で、撫でつけるように言った。
鞭をふるった後に飴を与えるような、人心掌握術を意識したわけではない。
単純に、空気があんなにも豹変した理由を知りたかった。
鞭をふるった後に飴を与えるような、人心掌握術を意識したわけではない。
単純に、空気があんなにも豹変した理由を知りたかった。
「……すみませんでした」
空気はうやうやしく頭を下げて謝った。
乙下の知る限り、大変に珍しいことだった。
乙下の知る限り、大変に珍しいことだった。
「相手はまだ高校生の女の子なのに、
ボク、傷つけるようなこと言っちゃいましたね」
「俺はいいから、今度杏子ちゃんに会ったら謝ってやれよ」
「はい」
「大丈夫だ。そんなに怒ってなかったから。
きちんと謝れば許してもらえるよ」
「は……い」
ボク、傷つけるようなこと言っちゃいましたね」
「俺はいいから、今度杏子ちゃんに会ったら謝ってやれよ」
「はい」
「大丈夫だ。そんなに怒ってなかったから。
きちんと謝れば許してもらえるよ」
「は……い」
空気はかすれたような声で返事をした。
そして話すべきことを慎重に取捨選択するかのように、
もごもごと口を動かしては、また言葉を飲み込んでを繰り返す。
乙下はひんやりとした壁の感触を背中で感じながら、
逡巡する空気の姿を斜め後ろから見守った。
そして話すべきことを慎重に取捨選択するかのように、
もごもごと口を動かしては、また言葉を飲み込んでを繰り返す。
乙下はひんやりとした壁の感触を背中で感じながら、
逡巡する空気の姿を斜め後ろから見守った。
「あの娘、昔のボクと同じ顔だったんです」
| 280 :トップランカー殺人事件(148) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/03/16(月) 00:35:46 ID:WzFjdPR70 |
空気はやっとのことで言った。
胸につかえていた言葉を体の外へ逃がすようでもあった。
胸につかえていた言葉を体の外へ逃がすようでもあった。
「もしかしたら誰かに聞いたことあるかも知れませんけど、
ボク、ずっと一人で育ったんです。
まだ小さい頃に母親は病気で死んじゃったし、父親も事故で亡くしました」
「……そうだったのか」
ボク、ずっと一人で育ったんです。
まだ小さい頃に母親は病気で死んじゃったし、父親も事故で亡くしました」
「……そうだったのか」
なんとなく今初めて聞いたようなふりをしたが、
その話は空気が部下になって間もなく、荒山課長から聞いた覚えがある。
ただ、過去の悲しい事情を詮索したところで、誰も何も得はない。
そう考えていた乙下は、空気に余計な探りを入れないまま今に至っていた。
その話は空気が部下になって間もなく、荒山課長から聞いた覚えがある。
ただ、過去の悲しい事情を詮索したところで、誰も何も得はない。
そう考えていた乙下は、空気に余計な探りを入れないまま今に至っていた。
「親が死んだ頃のことはよく覚えてます。
悲しくて、どうしようもなくて、いっそのこと
ボクも死のうかなって……結構腐ってたっすね。
あの頃の鏡の中にいたボクは、ちょうどあんな顔でした」
悲しくて、どうしようもなくて、いっそのこと
ボクも死のうかなって……結構腐ってたっすね。
あの頃の鏡の中にいたボクは、ちょうどあんな顔でした」
空気は盛岡駅の方向、つまり杏子が消えていった方向を物憂げに見やった。
「あんな顔」がどんな顔を指しているのか空気は具体的に明示しなかったが、
一切の感情を無理やりに押し殺してしまった、
まるで人形のような杏子の顔つきのことを言っているのだろうと察しがついた。
彼女の陰を帯びた無表情さは、悲しみの抑圧という名の防衛機制が働いた結果なのだろうか。
一切の感情を無理やりに押し殺してしまった、
まるで人形のような杏子の顔つきのことを言っているのだろうと察しがついた。
彼女の陰を帯びた無表情さは、悲しみの抑圧という名の防衛機制が働いた結果なのだろうか。
「だから、あの娘も心底悲しくて仕方ないんだと思うんすよ。
ボクにはそれが分かる。
1046の手先だなんて、本気で疑ってるわけじゃないんです。
ただ、ヤケになってた昔の自分を思い出しちゃって、
すごく気分悪くて、それでなんだか、あの娘に当たり散らしちゃったんです。
なのに、ボクは」
「分かった。
分かったから、もういいよ」
ボクにはそれが分かる。
1046の手先だなんて、本気で疑ってるわけじゃないんです。
ただ、ヤケになってた昔の自分を思い出しちゃって、
すごく気分悪くて、それでなんだか、あの娘に当たり散らしちゃったんです。
なのに、ボクは」
「分かった。
分かったから、もういいよ」
空気は歯を食い縛り、眉間に皺を寄せて、
それはこれまで乙下に見せたことのない激情であった。
それはこれまで乙下に見せたことのない激情であった。
程なくして、空気はぽつりと呟いた。
「大切な人を奪われた顔なんて、もう見たくないんす」
「俺もだよ」
「オトゲ先輩。この事件、必ず解決させましょう」
「そうだな」
「俺もだよ」
「オトゲ先輩。この事件、必ず解決させましょう」
「そうだな」
空気が何度か鼻をすする。
その音を聞いて乙下は思い出すのだ。
その音を聞いて乙下は思い出すのだ。
空気と出会った、あの真冬の日のことを。