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トップランカー殺人事件 第四話『三つの理由』
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| 282 :トップランカー殺人事件(150) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/03/16(月) 00:47:53 ID:WzFjdPR70 |
1.空気が読めない。
2.空気のように、いてもいなくても誰も気付かない。
2.空気のように、いてもいなくても誰も気付かない。
そんな彼を乙下が「空気」と呼ぶようになるまで時間はかからなかった。
高校卒業と同時に警察学校へ入学し、十ヶ月間の研修を終えた空気が
乙下の部下として盛岡警察署の捜査一課に配属されたのは、半年近く前の話だった。
空気と初めて会った真冬の日のことを、乙下は今でも鮮烈に覚えている。
乙下の部下として盛岡警察署の捜査一課に配属されたのは、半年近く前の話だった。
空気と初めて会った真冬の日のことを、乙下は今でも鮮烈に覚えている。
「俺は乙下圭司。よろしくな」
「音ゲー刑事!?ぎゃはははすげー、先輩その名前最高っす!」
「音ゲー刑事!?ぎゃはははすげー、先輩その名前最高っす!」
底抜けに非常識な態度を前にして、乙下は怒りを通り越し唖然となった。
背丈は乙下より高いものの、今にも折れそうなほど細い二の腕と
猫背がちな姿勢、そして不健康に青白い肌。
総じてとても警察官とは思えない弱々しい風貌であった。
風邪の流行っている季節ではあったが、
鼻を何度も何度もすする音と仕草が子供染みており、いちいち癇に障った。
猫背がちな姿勢、そして不健康に青白い肌。
総じてとても警察官とは思えない弱々しい風貌であった。
風邪の流行っている季節ではあったが、
鼻を何度も何度もすする音と仕草が子供染みており、いちいち癇に障った。
どこかの引き篭もりをそのまま連れて来たのではなかろうか。
そんな風に疑いたくなるほどみすぼらしい彼が、
乙下に対して意味の分からない発言をぶちまけ、腹を抱えて笑っているのだ。
警察官になって十年強、初めて持つ部下に心を躍らせていた乙下の落胆は激しかった。
そんな風に疑いたくなるほどみすぼらしい彼が、
乙下に対して意味の分からない発言をぶちまけ、腹を抱えて笑っているのだ。
警察官になって十年強、初めて持つ部下に心を躍らせていた乙下の落胆は激しかった。
組織の長である荒山課長に対して
「まるで昭和企業戦士みたいな名前っすね」
と遠慮なく吹き出した瞬間が、記念すべき空気への初鉄拳制裁であった。
配属されたその日にぶん殴る上司とぶん殴られる部下。
パワーハラスメントという単語が一般的になった
この現代において、よもやの出来事である。
配属されたその日にぶん殴る上司とぶん殴られる部下。
パワーハラスメントという単語が一般的になった
この現代において、よもやの出来事である。
空気が呻きながらコブのできた頭を冷やしに行っている間、
乙下は荒山課長から密かに事情を聞かされた。
乙下は荒山課長から密かに事情を聞かされた。
「乙下君、気持ちは分かるけど、ほどほどにしといてあげなよ。
彼ね、小さい頃に両親を亡くしてるみたいなんだ。
それでちょいとばかり性格的に難ありなところがあるんだけど、
意外と能力自体は高いっぽいんだ。
どうか我慢して、一緒にやってってくれよ」
「でも、物事には限度ってもんがあります。
彼だってもう子供じゃないんですよ?
配属初日にあんな無礼な態度をとるなんて許せません」
「そこを君がこれから育てるんじゃないか」
「私が、ですか……」
「ところで昭和企業戦士って何なんだろね。
私は公務員だし、警察官になった頃はもう平成になってたんだけどな。あははは」
彼ね、小さい頃に両親を亡くしてるみたいなんだ。
それでちょいとばかり性格的に難ありなところがあるんだけど、
意外と能力自体は高いっぽいんだ。
どうか我慢して、一緒にやってってくれよ」
「でも、物事には限度ってもんがあります。
彼だってもう子供じゃないんですよ?
配属初日にあんな無礼な態度をとるなんて許せません」
「そこを君がこれから育てるんじゃないか」
「私が、ですか……」
「ところで昭和企業戦士って何なんだろね。
私は公務員だし、警察官になった頃はもう平成になってたんだけどな。あははは」
そう冷静に述懐する荒山課長は実に大人だと、乙下は感心したものである。
同時に、「俺には荷が重い」と半ば捨て鉢な気分にもなっていた。
同時に、「俺には荷が重い」と半ば捨て鉢な気分にもなっていた。
| 283 :トップランカー殺人事件(151) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/03/16(月) 00:56:39 ID:WzFjdPR70 |
しかし、寒風吹きすさぶその夜の帰り道、乙下の空気に対する印象は大きく変わる。
「オトゲ先輩。ボクは先輩みたいな人と初めて会いました」
俺もお前みたいなイカれた野郎と会ったのは初めてだ、というニュアンスで
乙下は返答をしたが、空気は構わず自分の言いたいことを言うだけだった。
乙下は返答をしたが、空気は構わず自分の言いたいことを言うだけだった。
「音ゲー刑事ですよ音ゲー刑事!
そんな素晴らしい名前を持つなんて、これは神様のイタズラっす。
運命の巡り合わせっす。
先輩、音ゲーやりましょうよ音ゲー!」
「うるせーなあ。さっきから何なの、そのオトゲーってのは」
「よし、百聞は一見にしかず。
今から音ゲーやりに行きましょう」
「俺にはそんな暇ねーんだよ。行きたきゃ勝手に行ってろバカ」
「ああ、そんなこと言わないで。
お願いです。一生のお願いですから、
騙されたと思って、一クレだけでいいからボクに付き合って下さい!」
そんな素晴らしい名前を持つなんて、これは神様のイタズラっす。
運命の巡り合わせっす。
先輩、音ゲーやりましょうよ音ゲー!」
「うるせーなあ。さっきから何なの、そのオトゲーってのは」
「よし、百聞は一見にしかず。
今から音ゲーやりに行きましょう」
「俺にはそんな暇ねーんだよ。行きたきゃ勝手に行ってろバカ」
「ああ、そんなこと言わないで。
お願いです。一生のお願いですから、
騙されたと思って、一クレだけでいいからボクに付き合って下さい!」
出会ったその日に一生のお願いときたものだ。
言葉の軽さに呆れ返りながらも、
初めての部下のために精一杯の譲歩をした乙下は、
空気に引き摺られてやって来た建物へ足を踏み入れた途端に
「やはり騙された」と落ち込んだ。
言葉の軽さに呆れ返りながらも、
初めての部下のために精一杯の譲歩をした乙下は、
空気に引き摺られてやって来た建物へ足を踏み入れた途端に
「やはり騙された」と落ち込んだ。
「おいおい、いい歳こいてゲームセンターはないだろ」
「ボクはまだ十代です」
「俺はもう三十代だ」
「ボクはまだ十代です」
「俺はもう三十代だ」
息の詰まる人込みと、目の眩むネオンと、耳に障る雑音。
その中を縫って、空気はすいすいと歩いていく。
慣れない乙下は付いていくのがやっとだった。
どうせならこのままはぐれたことにして帰ろうかな、と
悪い考えが頭をよぎったその時、空気が前方に指を差しながら叫んだ。
その中を縫って、空気はすいすいと歩いていく。
慣れない乙下は付いていくのがやっとだった。
どうせならこのままはぐれたことにして帰ろうかな、と
悪い考えが頭をよぎったその時、空気が前方に指を差しながら叫んだ。
「あれあれ!オトゲ先輩あれっすよ」
乙下の前に現れた圧倒的なフォルム。
それを目にした時、世界は切り替わった。
ゲームセンターに足を踏み入れている気恥ずかしさも、
周囲のけたたましさに煽られて込み上げていた不快感も、
さざ波のように流れ消えてしまった。
それを目にした時、世界は切り替わった。
ゲームセンターに足を踏み入れている気恥ずかしさも、
周囲のけたたましさに煽られて込み上げていた不快感も、
さざ波のように流れ消えてしまった。
beatmaniaIIDX15 DJ TROOPERS。
そのメタリックな外観による存在感は、
確実にその他のゲーム達と一線を画していた。
何をどうして遊ぶゲームなのか、
それは見当もつかなかったが、ただ乙下は心の奥底がうずいているのを自覚していた。
確実にその他のゲーム達と一線を画していた。
何をどうして遊ぶゲームなのか、
それは見当もつかなかったが、ただ乙下は心の奥底がうずいているのを自覚していた。
「これが音楽ゲーム。略して音ゲーっす」
空気がおもむろに財布から100円玉と赤いカードを取り出し、
フロアより一段高いステージの上に移動した。
そして100円玉を筐体のコイン挿入口に落下させると、
馴染みのない、それでいて心躍る曲調の音楽が
スピーカーから迫り来るかのように響き出した。
フロアより一段高いステージの上に移動した。
そして100円玉を筐体のコイン挿入口に落下させると、
馴染みのない、それでいて心躍る曲調の音楽が
スピーカーから迫り来るかのように響き出した。
そこからの十分間は、乙下が生まれて初めて目にする世界だった。
| 284 :トップランカー殺人事件(152) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/03/16(月) 01:06:26 ID:WzFjdPR70 |
高速で雹のように降りかかる無数の青と白と赤の塊は、
ライン上で爆ぜると同時に音符へと形を変えて、
モニタを取り囲むように取り付けられた複数台のスピーカーから溢れる。
モニタ中央で躍動する色鮮やかな映像が、音符の疾走感に拍車をかける。
光と音は一体となって乙下の目と耳まで届き、体内で魂の震えへと形を変える。
それは、煩わしい日常を軽く飛び越えさせてくれる未知のエネルギーそのものであった。
ライン上で爆ぜると同時に音符へと形を変えて、
モニタを取り囲むように取り付けられた複数台のスピーカーから溢れる。
モニタ中央で躍動する色鮮やかな映像が、音符の疾走感に拍車をかける。
光と音は一体となって乙下の目と耳まで届き、体内で魂の震えへと形を変える。
それは、煩わしい日常を軽く飛び越えさせてくれる未知のエネルギーそのものであった。
空気は酷い猫背の姿勢でモニタを凝視しつつ、目にも止まらぬ速さで指を動かし続けていた。
その珍妙極まりない光景を見ただけで、ゲームと縁遠い乙下でも「ルール」を把握するに至るのは容易だった。
その珍妙極まりない光景を見ただけで、ゲームと縁遠い乙下でも「ルール」を把握するに至るのは容易だった。
青白赤の落ちてきた通りに叩いたり回したりすれば、曲が完成する。
それだけに違いなかった。
それだけに違いなかった。
シンプル過ぎるほどシンプルな反面、乙下は一つの疑問を抱えた。
かつて、プレイ中の人間に話しかけるのは
御法度だと知らなかった乙下は、ごく自然にその疑問を口にしていた。
かつて、プレイ中の人間に話しかけるのは
御法度だと知らなかった乙下は、ごく自然にその疑問を口にしていた。
「お前これ、覚えてるんだろ?」
「いえ、見て叩いてるんすよ」
「嘘だ」
「不思議とみんなそう言うんすよね。
でもマジな話、ボクは見て反応して叩いてるんすよ」
「いえ、見て叩いてるんすよ」
「嘘だ」
「不思議とみんなそう言うんすよね。
でもマジな話、ボクは見て反応して叩いてるんすよ」
それが嘘でないとすれば、空気の動体視力は異常としか呼べないほど、
同じ人間のそれを遥かに凌駕している。
そのように乙下は驚き入っていた。
同じ人間のそれを遥かに凌駕している。
そのように乙下は驚き入っていた。
後から思えば、大いなる勘違いだ。
真に異常とまで呼べる領域の人間は、
まだまだこんなものではないことをいずれ乙下は知ることになる。
真に異常とまで呼べる領域の人間は、
まだまだこんなものではないことをいずれ乙下は知ることになる。
が、音ゲーのことを何も知らなかった当時の乙下には、
ゲームを終えて清々しい顔つきでステージから下りて来た空気が眩しかった。
ゲームを終えて清々しい顔つきでステージから下りて来た空気が眩しかった。
「さ、今度はオトゲ先輩の番っすよ」
「無理無理!俺にはこんなの無理無理無理」
「無理無理!俺にはこんなの無理無理無理」
乙下はすっかり怖じ気づいていたが、
第一声はあくまで「やりたくない」ではなく「無理」だった。
つまり、できるならやってみたかった。
すでに興味津々だったのだ。
そんな乙下の心情を見抜いていたのかどうかは分からないが、
空気はいなすように言ってみせた。
第一声はあくまで「やりたくない」ではなく「無理」だった。
つまり、できるならやってみたかった。
すでに興味津々だったのだ。
そんな乙下の心情を見抜いていたのかどうかは分からないが、
空気はいなすように言ってみせた。
「大丈夫ですって、最初からあんな難しい譜面やらせるわけないでしょ。
入門者向けの簡単なモードがちゃんと用意されてますから、
オトゲ先輩にはまずそれをやってもらいます」
「本当か?俺でも大丈夫か?」
「絶対大丈夫。ボクを信用できないんすか?」
入門者向けの簡単なモードがちゃんと用意されてますから、
オトゲ先輩にはまずそれをやってもらいます」
「本当か?俺でも大丈夫か?」
「絶対大丈夫。ボクを信用できないんすか?」
信用できるわけもなかったが、
とにかく乙下は空気の指示に従って100円を支払い、
覚束ない手つきでボタンを操作していった。
とにかく乙下は空気の指示に従って100円を支払い、
覚束ない手つきでボタンを操作していった。
やがて画面に現れた外国人風の男性が、意気揚々と話しかけてきた。
『やぁ。俺の名前はマイケル・ア・ラ・モード。
beatmaniaIIDXはじめての君、こんにちは!
今日は俺と一緒に楽しくSTUDYしていこうぜ!よろしくな』
beatmaniaIIDXはじめての君、こんにちは!
今日は俺と一緒に楽しくSTUDYしていこうぜ!よろしくな』
| 285 :トップランカー殺人事件(153) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/03/16(月) 01:09:46 ID:WzFjdPR70 |
こうして乙下のIIDXライフは幕を開けた。
昼は乙下が空気に仕事を教え、
夜は乙下が空気にIIDXを教わる。
そんな奇妙な師弟関係が育まれる中で、
これまで仕事一筋だった乙下はすっかりIIDXの魅力に取り憑かれていった。
「これで名実共に音ゲー刑事ですね」とにやける空気の魂胆に
まんまと嵌まってしまったと言えなくもないが、
楽しめる趣味が一つ増えたのだから仕方ないとかぶりを振る毎日である。
夜は乙下が空気にIIDXを教わる。
そんな奇妙な師弟関係が育まれる中で、
これまで仕事一筋だった乙下はすっかりIIDXの魅力に取り憑かれていった。
「これで名実共に音ゲー刑事ですね」とにやける空気の魂胆に
まんまと嵌まってしまったと言えなくもないが、
楽しめる趣味が一つ増えたのだから仕方ないとかぶりを振る毎日である。
一方、これまでゲーム一筋だったと思われる空気は、
予想以上に仕事に対して熱心だった。
持ち前の空気の読めなさが働いて空回りすることもしばしばあったし、
無礼な態度や言葉遣いは何度注意しても直りはしなかったが、
彼の人一倍強い正義感は本物だった。
予想以上に仕事に対して熱心だった。
持ち前の空気の読めなさが働いて空回りすることもしばしばあったし、
無礼な態度や言葉遣いは何度注意しても直りはしなかったが、
彼の人一倍強い正義感は本物だった。
その証拠に、事件で傷ついた誰かを目にする度、
空気はさも自分のことのように心を痛めるのだ。
そしてこれ以上誰も傷つかないようにと、
事件の解決に向けて誰よりも迅速なフットワークを披露するのだった。
結果が伴っているかどうかはさておき、だが。
空気はさも自分のことのように心を痛めるのだ。
そしてこれ以上誰も傷つかないようにと、
事件の解決に向けて誰よりも迅速なフットワークを披露するのだった。
結果が伴っているかどうかはさておき、だが。
それまでの乙下は仕事を生活の手段と割り切り、
ドライに目の前の事件を片付けていくことに終始していた。
しかし空気と過ごす内に、乙下は変わりつつあった。
乙下の中に存在し得なかったある種の情熱。
それは音楽に合わせてボタンを叩く心地よさとセットで、
空気から教わった大切なものだった。
ドライに目の前の事件を片付けていくことに終始していた。
しかし空気と過ごす内に、乙下は変わりつつあった。
乙下の中に存在し得なかったある種の情熱。
それは音楽に合わせてボタンを叩く心地よさとセットで、
空気から教わった大切なものだった。
空気と出会って約半年後の夏の日。
ある事件を通して知り合った少女に、乙下はこう指摘されることになる。
ある事件を通して知り合った少女に、乙下はこう指摘されることになる。
「貴方が空気さんを『空気』と呼ぶ三つ目の理由が分かりました。
『それでも生きていくのに必要だから』でしょう?」
『それでも生きていくのに必要だから』でしょう?」
乙下は否定しなかった。