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トップランカー殺人事件 第五話『dj Remo-con』 -phase1-
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| 292 :トップランカー殺人事件(155) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/03/22(日) 23:29:42 ID:44/kwxns0 |
事件発生から三晩開けた7月19日の土曜日、朝10:00。
杏子は約束の時間ちょうどに約束の喫茶店へ現れた。
杏子は約束の時間ちょうどに約束の喫茶店へ現れた。
今日の杏子は私服だ。
裾が短めのデニムのパンツとピンクのキャミソールを合わせ、
その上に黒い薄手のカーディガンを羽織っている。
無難で派手さはないが、落ち着いた気質の杏子によく似合っていた。
化粧っ気がない割に大人っぽく見えるのも、一つ一つの所作が落ち着き払っているからだろう。
裾が短めのデニムのパンツとピンクのキャミソールを合わせ、
その上に黒い薄手のカーディガンを羽織っている。
無難で派手さはないが、落ち着いた気質の杏子によく似合っていた。
化粧っ気がない割に大人っぽく見えるのも、一つ一つの所作が落ち着き払っているからだろう。
杏子は店内を見回し、乙下の姿を見つけると、
その場で一度会釈をしてから乙下の座る二人掛けのテーブル席へと近付いて来た。
その場で一度会釈をしてから乙下の座る二人掛けのテーブル席へと近付いて来た。
「おはよう。せっかくの休みなのに、朝早くからどうもね」
「いいんです。私が言い出したことですから」
「まぁとりあえず座りなよ。何飲む?」
「いいんです。私が言い出したことですから」
「まぁとりあえず座りなよ。何飲む?」
乙下の真向かいの席に腰掛けた杏子は、メニューではなく乙下の目を見つめた。
その顔は昨晩よりも強張っている感がある。
理由はすぐ明らかになった。
その顔は昨晩よりも強張っている感がある。
理由はすぐ明らかになった。
「BOLCEさんを殺したのは誰なんですか?」
世間話のせの字もないまま、唐突に切り出された質問。
出鼻からこれを聞こうと身構えていたのだろう。
さすがの乙下も、つられてつい顔を強張らせてしまう。
出鼻からこれを聞こうと身構えていたのだろう。
さすがの乙下も、つられてつい顔を強張らせてしまう。
「教えて下さい。
BOLCEさんを殺した犯人が誰なのか、もう大体分かってるんですよね?」
BOLCEさんを殺した犯人が誰なのか、もう大体分かってるんですよね?」
まさしくその通りですとは言わなかったが、まさしくその通りだった。
思い返せば、昨夜杏子の目の前で
『もう犯人の目星がついてる』やら
『アイツが犯人である証拠を暴く』やらと喋っていたのは、他ならぬ乙下自身だ。
杏子が聞きたがるのも無理はない。
思い返せば、昨夜杏子の目の前で
『もう犯人の目星がついてる』やら
『アイツが犯人である証拠を暴く』やらと喋っていたのは、他ならぬ乙下自身だ。
杏子が聞きたがるのも無理はない。
だが、変に先入観を与えてしまう前に、まず杏子から聞いておきたかった。
「逆に聞かせてほしいんだけど、
杏子ちゃんには何か心当たりがないかい?
BOLCEを殺したいほど恨んでいた人物とか、
BOLCEが何かおかしな行動をとってた時がなかったかとか、後は例えば」
「ありません」
杏子ちゃんには何か心当たりがないかい?
BOLCEを殺したいほど恨んでいた人物とか、
BOLCEが何かおかしな行動をとってた時がなかったかとか、後は例えば」
「ありません」
杏子は乙下の質問を、気持ち良いほどの一刀両断で遮った。
「BOLCEさんは神様なんですよ」
| 293 :トップランカー殺人事件(156) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/03/22(日) 23:36:23 ID:44/kwxns0 |
ホトケ様の間違いじゃなくて?と笑えない冗談を思いつくが、
杏子が真顔なので、乙下はおくびにも出さない。
杏子が真顔なので、乙下はおくびにも出さない。
よく空気が偉業を称えたり幸運を喜ぶ意味合いで
「神降臨キター」などと気軽に口走るが、杏子の言葉にそんな軽薄さはなかった。
むしろ、どこか妄執的な新興宗教を思わせる重々しさを感じ、乙下は薄ら寒くなった。
杏子がBOLCEに抱いていた特別な感情とは、
恋や愛といった生半可な呼び方でくくれてしまう類のものではないのかも知れない。
「神降臨キター」などと気軽に口走るが、杏子の言葉にそんな軽薄さはなかった。
むしろ、どこか妄執的な新興宗教を思わせる重々しさを感じ、乙下は薄ら寒くなった。
杏子がBOLCEに抱いていた特別な感情とは、
恋や愛といった生半可な呼び方でくくれてしまう類のものではないのかも知れない。
「IIDXにおけるBOLCEさんの凄さはご存じかと思います。
あらゆる曲で全一かそれに近いスコアを
軽々と出せるプレイヤーは、きっと全宇宙で彼だけです」
あらゆる曲で全一かそれに近いスコアを
軽々と出せるプレイヤーは、きっと全宇宙で彼だけです」
杏子は何食わぬ顔で母集団に宇宙人を含めて語った。
占いに呪いに、神様に宇宙人。
杏子の持つ世界観には節操がない。
杏子の持つ世界観には節操がない。
「それだけでも素晴らしい話なのですけど、
BOLCEさんが神様たる所以は、その精神性にありました」
「精神性?」
「誰かを傷つけるような行動はしない。
誰かが傷つけられていれば、身を挺して守る。
誰かが悲しんでいれば、一緒に悲しんで悲しみを和らげる。
誰かが喜んでいれば、一緒に喜んで喜びを増やす。
BOLCEさんが持っていたのはIIDXの才能だけではありません。
人々を幸せにする才能もあったのです」
BOLCEさんが神様たる所以は、その精神性にありました」
「精神性?」
「誰かを傷つけるような行動はしない。
誰かが傷つけられていれば、身を挺して守る。
誰かが悲しんでいれば、一緒に悲しんで悲しみを和らげる。
誰かが喜んでいれば、一緒に喜んで喜びを増やす。
BOLCEさんが持っていたのはIIDXの才能だけではありません。
人々を幸せにする才能もあったのです」
冷めた様子の杏子も、この時ばかりはやや饒舌になった。
「BOLCEさんは身体能力も精神性も、
同じ人間とは思えないほど卓越していました。
同じ人間じゃないとすれば何なのかと言えば、
それは神様なのではないかと、そんな風に思いますよね」
「うん、立派な人間だったんだね」
「ですから、BOLCEさんが殺されるべき理由など何一つとしてありはしないのです」
同じ人間とは思えないほど卓越していました。
同じ人間じゃないとすれば何なのかと言えば、
それは神様なのではないかと、そんな風に思いますよね」
「うん、立派な人間だったんだね」
「ですから、BOLCEさんが殺されるべき理由など何一つとしてありはしないのです」
乙下は胸中複雑になった。
さり気なく挟んだ皮肉がなかったことにされたのも原因の一つだが、
主な原因はもう一方にあった。
さり気なく挟んだ皮肉がなかったことにされたのも原因の一つだが、
主な原因はもう一方にあった。
それは、BOLCEが殺害された動機が相も変わらず不明瞭のままだったことだ。
表現は違えど、BOLCEの周囲の人々はみんな口を揃えて語る。
BOLCEのIIDXの腕前がいかに凄まじかったか。
BOLCEの人格がいかに優れていたか。
そして、BOLCEが殺されていかに悲しんでいるか。
BOLCEのIIDXの腕前がいかに凄まじかったか。
BOLCEの人格がいかに優れていたか。
そして、BOLCEが殺されていかに悲しんでいるか。
杏子も店長も、1046でさえも同じなのだ。
生前のBOLCEがいかに慕われていたかが伝わってくる。
生前のBOLCEがいかに慕われていたかが伝わってくる。
では、なぜBOLCEは殺されたのだろうか。
完全にブラックボックス化された疑問が乙下を悩ませる。
完全にブラックボックス化された疑問が乙下を悩ませる。
| 294 :トップランカー殺人事件(157) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/03/22(日) 23:45:43 ID:44/kwxns0 |
そして、杏子もまたその疑問に手足をからめ捕られているようだった。
「BOLCEさんに殺される理由がない以上、
彼は無差別殺人に巻き込まれた……私はそう結論付けていました。
ですが、昨夜の貴方と空気さんの会話を聞いて驚きました。
貴方はBOLCEさんの身近にいた誰かを疑っている様子でしたので」
彼は無差別殺人に巻き込まれた……私はそう結論付けていました。
ですが、昨夜の貴方と空気さんの会話を聞いて驚きました。
貴方はBOLCEさんの身近にいた誰かを疑っている様子でしたので」
杏子の意見が的確過ぎて、乙下は赤面しそうになる。
ただの突飛な女の子かと思えば、ことのほか鋭い洞察力を持っているらしい。
占い師を自称するだけのことはある。
ただの突飛な女の子かと思えば、ことのほか鋭い洞察力を持っているらしい。
占い師を自称するだけのことはある。
「私は一晩かけてもう一度じっくり考えてみました。
占いもしてみました。
ですが、どう考えても、どう占っても、
犯人がBOLCEさんの身近にいた人物という可能性が見えてこないんです。
だから教えて下さい。
BOLCEさんを殺したのは誰なんですか?教えて下さい」
占いもしてみました。
ですが、どう考えても、どう占っても、
犯人がBOLCEさんの身近にいた人物という可能性が見えてこないんです。
だから教えて下さい。
BOLCEさんを殺したのは誰なんですか?教えて下さい」
杏子はいくらか前のめりになって、先ほどと同じ質問を繰り返した。
目は瞬き一つせず、乙下のどんな仕草も見逃すまいとする意志が表れているようだった。
目は瞬き一つせず、乙下のどんな仕草も見逃すまいとする意志が表れているようだった。
そんな杏子を見て、これ以上引っ張れないと判断した乙下は、
自分でも意外なほど淡泊に打ち明けた。
自分でも意外なほど淡泊に打ち明けた。
「1046」
時間が止まった。
杏子は人形というより、もはや石像のようにその場で固まっている。
ただしその表情は、明らかにこれまでと比べて異質だった。
大きく見開いた目の中で、小さく収縮した瞳孔。
居場所をなくしたように半開きになった唇。
それは、杏子が初めて見せる人間らしいそわついた反応だった。
ただしその表情は、明らかにこれまでと比べて異質だった。
大きく見開いた目の中で、小さく収縮した瞳孔。
居場所をなくしたように半開きになった唇。
それは、杏子が初めて見せる人間らしいそわついた反応だった。
無言で見つめ合う乙下と杏子の間に、若い女性の店員が割って入った。
「いらっしゃいませ、ご注文は?」
杏子の前に水の入ったグラスが置かれ、カタンと音を立てる。
杏子はそのグラスを店員の目の前で掴み上げ、
水を一気に飲み干したかと思うと、叩きつけるようにグラスを置いた。
店員が置いたときの音よりも一回り大きく、かつ低い音が響く。
杏子はそのグラスを店員の目の前で掴み上げ、
水を一気に飲み干したかと思うと、叩きつけるようにグラスを置いた。
店員が置いたときの音よりも一回り大きく、かつ低い音が響く。
店員は罰が悪そうな顔でおどおどしている。
見かねた乙下は助け船を出すように
「コーヒーお願いします」とだけ注文して、彼女をその場から立ち去らせた。
見かねた乙下は助け船を出すように
「コーヒーお願いします」とだけ注文して、彼女をその場から立ち去らせた。
杏子は大きく息を吸って、吐いて、もう一度息を吸って、それから言った。
「1046さんって、まさかあの1046さん?」
「うん。その1046さん」
「うん。その1046さん」
どの1046さんなのか示し合わせたわけでもなく、
こそあど言葉だらけの二人の会話は十分に意志の疎通を為し遂げた。
こそあど言葉だらけの二人の会話は十分に意志の疎通を為し遂げた。
「あり得ません」
「なんで?」
「だって、1046さんって、あの1046さんでしょう?」
「だからその1046さんだってば」
「……あり得ません」
「なんで?」
「だって、1046さんって、あの1046さんでしょう?」
「だからその1046さんだってば」
「……あり得ません」
| 295 :トップランカー殺人事件(158) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/03/22(日) 23:50:36 ID:44/kwxns0 |
前のめりになっていた杏子は、ふと放心したように肩肘の力を抜き、
椅子の背もたれに重心を預けた。
椅子の背もたれに重心を預けた。
「あり得ません。
他の人ならまだしも、1046さんだけは絶対にあり得ません。
私がどんなに、どんなに頑張ってもあの二人の絆には入り込めなかったんですよ?」
「そんな二人だからこそ、二人にしか分からない事情があったのかも知れない」
「それでも、1046さんがBOLCEさんを殺すだなんて……考えられません」
他の人ならまだしも、1046さんだけは絶対にあり得ません。
私がどんなに、どんなに頑張ってもあの二人の絆には入り込めなかったんですよ?」
「そんな二人だからこそ、二人にしか分からない事情があったのかも知れない」
「それでも、1046さんがBOLCEさんを殺すだなんて……考えられません」
それっきり杏子はうつむいてしまった。
時折何事かをブツブツとつぶやいたり、首を横に振ったりしている。
考えを整理しているのだろう。
だが杏子の脳髄はオーバーワークをきたしたらしく、やがて乙下に助けを求めてきた。
時折何事かをブツブツとつぶやいたり、首を横に振ったりしている。
考えを整理しているのだろう。
だが杏子の脳髄はオーバーワークをきたしたらしく、やがて乙下に助けを求めてきた。
「理由は?
1046さんを犯人だと疑うなら、それ相応の理由があるんですよね?」
「あるよ」
1046さんを犯人だと疑うなら、それ相応の理由があるんですよね?」
「あるよ」
杏子は数秒ほど目を閉じ、ゆっくり肩を上下させてから、キッと乙下を見定めた。
「聞かせて下さい」
角を立てるような鋭い目つきに、乙下は気圧されそうになる。
そこには女子高生とは思えない迫力があった。
そこには女子高生とは思えない迫力があった。
「聞いたら戻れなくなるぞ。いいのか?」
「念を押してどうするんですか?」
「いい度胸だ」
「念を押してどうするんですか?」
「いい度胸だ」
杏子の瞳が揺らいでいないことを確かめてから、乙下は事件と捜査の経緯を説明した。
誘拐された息子を救うため、店長が銀行強盗をしでかし、逮捕されたこと。
その間、シルバーのデラ部屋でBOLCEが殺され、無残にも首吊りにされたこと。
いくつかの手掛かりから、乙下が1046に強い疑いを持ち始めたこと。
1046には鉄壁のアリバイがあったこと。
乙下と空気による懸命の推理が、1046のアリバイ偽装トリックを解明しつつあること。
その間、シルバーのデラ部屋でBOLCEが殺され、無残にも首吊りにされたこと。
いくつかの手掛かりから、乙下が1046に強い疑いを持ち始めたこと。
1046には鉄壁のアリバイがあったこと。
乙下と空気による懸命の推理が、1046のアリバイ偽装トリックを解明しつつあること。
大変に長い話だったが、乙下はゆっくりと丁寧に説明した。
杏子の理解を助けるため、メモ帳のページを破っては図や表を描いた。
時間が経過し、いつしかテーブルは二つの空のコーヒーカップと、
何枚ものメモ帳の切れ端で埋め尽くされていた。
杏子の理解を助けるため、メモ帳のページを破っては図や表を描いた。
時間が経過し、いつしかテーブルは二つの空のコーヒーカップと、
何枚ものメモ帳の切れ端で埋め尽くされていた。
| 296 :トップランカー殺人事件(159) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/03/22(日) 23:57:10 ID:44/kwxns0 |
「……つーわけでね、BOLCEがシルバーにいて、
1046がABCにいたという思い込みがそもそもの間違いだったのさ。
実際は、シルバーにいたのが1046で、ABCにいたのはBOLCEだったってこと」
「つまり、1046さんが使ったのはBOLCEさんのイーパスで、
BOLCEさんが使ったのは1046さんのイーパスだったわけですね」
「そうそう。さすが、理解が早いね」
1046がABCにいたという思い込みがそもそもの間違いだったのさ。
実際は、シルバーにいたのが1046で、ABCにいたのはBOLCEだったってこと」
「つまり、1046さんが使ったのはBOLCEさんのイーパスで、
BOLCEさんが使ったのは1046さんのイーパスだったわけですね」
「そうそう。さすが、理解が早いね」
これはお世辞ではなかった。
杏子の理解の早さは特筆すべきものがある。
まさに「一を聞いて十を知る」を体現していた。
おかげで乙下はストレスを溜めることなく、説明のほとんどを終えようとしていた。
杏子の理解の早さは特筆すべきものがある。
まさに「一を聞いて十を知る」を体現していた。
おかげで乙下はストレスを溜めることなく、説明のほとんどを終えようとしていた。
いつもいつもストレスの素を運びこんでくる誰かとは違う。
そんな風に乙下がしみじみ感心していると、杏子が首を傾げながら口を開いた。
そんな風に乙下がしみじみ感心していると、杏子が首を傾げながら口を開いた。
「でも、それだけじゃ全部は説明がつきませんよね。
やっぱり、どう考えても1046さん単独では頭数が足りません」
「と言うのは?」
やっぱり、どう考えても1046さん単独では頭数が足りません」
「と言うのは?」
乙下は試すように杏子へ先を促した。
「例えばですけど、一番問題なのが
『シルバーで12:30~12:40にBOLCEさんのイーパスでIIDXをプレイしたのは誰だったのか』。
『いつ、誰が、どうやってBOLCEさんのイーパスをBOLCEさんの財布に戻したのか』。
この二点です。
まず、BOLCEさんのわけはありません。
この時点ですでに殺されているはずですから。
1046さんのわけもありません。
1046さんは12:35の時点で遠く離れたABCの監視カメラに映っていたはずです。
BOLCEさんでも1046さんでもないとすれば、一体どこの誰なんですか?」
「本当に君は理解が早い」
『シルバーで12:30~12:40にBOLCEさんのイーパスでIIDXをプレイしたのは誰だったのか』。
『いつ、誰が、どうやってBOLCEさんのイーパスをBOLCEさんの財布に戻したのか』。
この二点です。
まず、BOLCEさんのわけはありません。
この時点ですでに殺されているはずですから。
1046さんのわけもありません。
1046さんは12:35の時点で遠く離れたABCの監視カメラに映っていたはずです。
BOLCEさんでも1046さんでもないとすれば、一体どこの誰なんですか?」
「本当に君は理解が早い」
乙下は満足して頷いた。
それは昨日、空気が口にした疑問と同じ内容だった。
それは昨日、空気が口にした疑問と同じ内容だった。
「杏子ちゃんの言う通り、その二つの謎はこの事件を解くための
最も大きい鍵と言っていいと思う。
まだ説明できてないことは何点かあるけど、
まずもってこの二つの謎がクリアにならないことには話が進まないからね」
「その口振りからすると、貴方にはもうこの謎が解けてるんですか?」
「そこなんだけど、実は空気が今……」
最も大きい鍵と言っていいと思う。
まだ説明できてないことは何点かあるけど、
まずもってこの二つの謎がクリアにならないことには話が進まないからね」
「その口振りからすると、貴方にはもうこの謎が解けてるんですか?」
「そこなんだけど、実は空気が今……」
ピピピピ。
乙下の携帯電話が色気のないデフォルトの着信音を発した。
乙下の携帯電話が色気のないデフォルトの着信音を発した。
| 297 :トップランカー殺人事件(160) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/03/23(月) 00:05:25 ID:uExlQ5jT0 |
「お、噂をすればだな……もしもし」
『分かりました!やっぱオトゲ先輩の言ってた通りでした』
『分かりました!やっぱオトゲ先輩の言ってた通りでした』
度外れに威勢のいい空気の声が、乙下の耳をつんざいた。
挨拶はおろか、名を名乗ることさえ忘れるほど興奮している。
挨拶はおろか、名を名乗ることさえ忘れるほど興奮している。
『調べてみてビックリしましたよ、まさかあんな方法があるなんて……完全に盲点でした』
「一体どんな方法だったんだ?」
『いいっすか、まず……』
「一体どんな方法だったんだ?」
『いいっすか、まず……』
乙下は空気からの報告を、スラスラとメモ帳に書き留めた。
内容は至って単純明快であり、一分もかからずに全てを聞き終えることができた。
内容は至って単純明快であり、一分もかからずに全てを聞き終えることができた。
『以上っす。
思いのほか簡単なトリックで驚いてますよ。
ボクも試しにやってみたから間違いないっす』
「OK、俺もこれから試してみるわ。ありがとな」
『それと先輩、もう一つ』
「何だ?」
『BOLCEの検死結果が出たみたいっすよ。
報告書が署に届いてました』
「分かった。そっちも後で目を通しておくわ」
思いのほか簡単なトリックで驚いてますよ。
ボクも試しにやってみたから間違いないっす』
「OK、俺もこれから試してみるわ。ありがとな」
『それと先輩、もう一つ』
「何だ?」
『BOLCEの検死結果が出たみたいっすよ。
報告書が署に届いてました』
「分かった。そっちも後で目を通しておくわ」
乙下は通話を終了させ、
待ちかねていたように杏子へ微笑みかけた。
待ちかねていたように杏子へ微笑みかけた。
「お待たせ。謎は解けたよ」
「謎って、もしかして」
「うん、さっき言ってた二つの謎だよ。
実を言うと、今日は朝から空気に『あること』を調べてもらってたんだけど、
アイツ意外に早く調べ終えてくれた」
「それじゃまさか」
「謎って、もしかして」
「うん、さっき言ってた二つの謎だよ。
実を言うと、今日は朝から空気に『あること』を調べてもらってたんだけど、
アイツ意外に早く調べ終えてくれた」
「それじゃまさか」
乙下はテーブルに散らばった紙を束ねて、
強引にポケットへ突っ込みながら立ち上がった。
強引にポケットへ突っ込みながら立ち上がった。
「これから実際にゲーセンで再現してやるよ。
7月16日の12:30、シルバーのデラ部屋で何が起きたのか。
そして、1046がどんなトリックを使って
あの不可思議なアリバイを作り上げたのかをな」
7月16日の12:30、シルバーのデラ部屋で何が起きたのか。
そして、1046がどんなトリックを使って
あの不可思議なアリバイを作り上げたのかをな」
| 329 :トップランカー殺人事件(161) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/04/06(月) 01:02:02 ID:sMUB3R9j0 |
BOLCEの一日はIIDXで始まり、IIDXで終わる。
朝起床すると、まずはCS。
定番の練習曲として親しまれている「quaser」と「AA」をプレイし、
指が温まったところで「嘆きの樹」と「冥」をプレイする。
朝一番からいきなり全力疾走をするように見えるかも知れないが、
BOLCEにとっては一般人で言うところのラジオ体操と
同じ次元のウォーミングアップらしい。
定番の練習曲として親しまれている「quaser」と「AA」をプレイし、
指が温まったところで「嘆きの樹」と「冥」をプレイする。
朝一番からいきなり全力疾走をするように見えるかも知れないが、
BOLCEにとっては一般人で言うところのラジオ体操と
同じ次元のウォーミングアップらしい。
また、ここでのプレイ結果はその日の体調を測るバロメーターとしても利用される。
35.0~42.0℃の狭いレンジしか持たない体温計よりも、
0~4000点の広いレンジを持つEXスコアを材料に体調管理をした方が、よほど信頼性が高い。
BOLCEはそう信じていた。
35.0~42.0℃の狭いレンジしか持たない体温計よりも、
0~4000点の広いレンジを持つEXスコアを材料に体調管理をした方が、よほど信頼性が高い。
BOLCEはそう信じていた。
朝食はきちんと食べる。
IIDXをプレイするためのエネルギー源を摂取しなければならないからだ。
特に、オブジェに対する反応速度を速めるためには脳へ糖分を供給してやる必要がある。
そのため炭水化物を主食とし、意識的に血糖値を高める。
IIDXをプレイするためのエネルギー源を摂取しなければならないからだ。
特に、オブジェに対する反応速度を速めるためには脳へ糖分を供給してやる必要がある。
そのため炭水化物を主食とし、意識的に血糖値を高める。
朝食後の行動は日によってまちまちだ。
シルバーへ行く日もあれば、ABCやその他のゲームセンターに出かける日もある。
体調が芳しくなければ、家にこもってトレーニングに徹する場合もある。
プレイ内容の方針も日によってまちまちであり、
積極的にスコア更新を狙ったり、スパランや片手プレイで地力上げを図ったり、
気分転換にDPをプレイしたり、譜面研究に勤しんだりと、やるべきことはいくらでもある。
シルバーへ行く日もあれば、ABCやその他のゲームセンターに出かける日もある。
体調が芳しくなければ、家にこもってトレーニングに徹する場合もある。
プレイ内容の方針も日によってまちまちであり、
積極的にスコア更新を狙ったり、スパランや片手プレイで地力上げを図ったり、
気分転換にDPをプレイしたり、譜面研究に勤しんだりと、やるべきことはいくらでもある。
ただし、夕方になると必ずシルバーへ行く。
この行動は毎日共通していた。
夕方のシルバーに行くと、大概1046と会えるからだ。
互いの成果を報告し合う。
運指の方法について議論を交わす。
二人プレイでスコアを競う。
1046と共にするあらゆる行動がBOLCEのモチベーションを高めることに繋がるのだ。
もちろん、店長や他の常連仲間と会って交流を深めるという目的もある。
この行動は毎日共通していた。
夕方のシルバーに行くと、大概1046と会えるからだ。
互いの成果を報告し合う。
運指の方法について議論を交わす。
二人プレイでスコアを競う。
1046と共にするあらゆる行動がBOLCEのモチベーションを高めることに繋がるのだ。
もちろん、店長や他の常連仲間と会って交流を深めるという目的もある。
夜はまかない付きのアルバイト。
飲食店のホールスタッフとして真面目に働く。
仕事の最中も手が塞がっていない限りは常に指を動かし、
筋肉と神経の鍛錬を決して怠らない。
飲食店のホールスタッフとして真面目に働く。
仕事の最中も手が塞がっていない限りは常に指を動かし、
筋肉と神経の鍛錬を決して怠らない。
帰宅するともう深夜だ。
就寝の準備を済ませてからインターネットで情報収集をする。
コナミの公式サイト、IIDX関連情報サイト、2ちゃんねるの音ゲー板。
ブックマークを順番に覗き、めぼしい情報は見逃さない。
動画サイトで自分以外のランカーによるプレイ動画がアップされていないかもチェックする。
その姿勢は謙虚そのものであり、例え格下の相手でも自分にないものを持っているとなれば、
貪欲に取り入れるつもりで注意深く鑑賞する。
就寝の準備を済ませてからインターネットで情報収集をする。
コナミの公式サイト、IIDX関連情報サイト、2ちゃんねるの音ゲー板。
ブックマークを順番に覗き、めぼしい情報は見逃さない。
動画サイトで自分以外のランカーによるプレイ動画がアップされていないかもチェックする。
その姿勢は謙虚そのものであり、例え格下の相手でも自分にないものを持っているとなれば、
貪欲に取り入れるつもりで注意深く鑑賞する。
最後に軽くCSをプレイ。
リラックスした状態で眠りにつくため、この時ばかりは好きな曲を自由にプレイする。
下手にスコアやコンボを狙うと、体が緊張して安眠の妨げになるからである。
リラックスした状態で眠りにつくため、この時ばかりは好きな曲を自由にプレイする。
下手にスコアやコンボを狙うと、体が緊張して安眠の妨げになるからである。
布団に入った後は意識が消え入るまでイメージトレーニングだ。
冥の低速や嘆きのデニム等、難所を綺麗に抜けるイメージを
何度も繰り返し思い描きながら、深い眠りに落ちていく――
冥の低速や嘆きのデニム等、難所を綺麗に抜けるイメージを
何度も繰り返し思い描きながら、深い眠りに落ちていく――
| 330 :トップランカー殺人事件(162) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/04/06(月) 01:08:32 ID:sMUB3R9j0 |
「……なんつーか、壮絶な日常だね」
語彙の乏しい乙下が発した、精一杯の感想だった。
BOLCEは普段どんな生活を送っていたのか。
喫茶店を出てゲームセンターへ向かう途中、
乙下は右隣を並んで歩く杏子へ、軽い気持ちでその質問を投げかけた。
喫茶店を出てゲームセンターへ向かう途中、
乙下は右隣を並んで歩く杏子へ、軽い気持ちでその質問を投げかけた。
だが杏子の口から語られたBOLCEの日常は、乙下の想像を超えた凄まじいものであった。
365日、朝から晩まで「IIDXの上達」というただ一点のみを目的として行動する。
これではまるで悟りを開くことに心血を注ぐ修行僧ではないか。
365日、朝から晩まで「IIDXの上達」というただ一点のみを目的として行動する。
これではまるで悟りを開くことに心血を注ぐ修行僧ではないか。
「今の話が本当なら、BOLCEはデラに人生かけてたようなもんじゃないか」
「そうです。本人もよく言っていました。
『俺はIIDXのためだけに生きている』と」
「そうです。本人もよく言っていました。
『俺はIIDXのためだけに生きている』と」
24歳男性の人生観としては、さすがに問題ありのような気がした。
乙下は眉をひそめかけたが、死人の生き方を批判しても仕方がないと思い直す。
乙下は眉をひそめかけたが、死人の生き方を批判しても仕方がないと思い直す。
「彼、他のことには興味なかったわけ?
そろそろ定職に就こうとか、可愛い彼女を作ろうとかさ」
「なかったです。
フリーターを続けていた理由も
『正社員になったら拘束時間が増えてIIDXができなくなるから』。
……恋愛に興味を示さなかった理由も同じです」
そろそろ定職に就こうとか、可愛い彼女を作ろうとかさ」
「なかったです。
フリーターを続けていた理由も
『正社員になったら拘束時間が増えてIIDXができなくなるから』。
……恋愛に興味を示さなかった理由も同じです」
杏子はまるで自分のことのように断定口調で話す。
しかしその声は、尻すぼみに小さくなったのが印象的だった。
見ると、杏子はかすかに伏し目がちになり、右耳にかかった長い黒髪をかき上げていた。
それは杏子にしては十分に大きいリアクションであり、乙下を否応なしにやるせなくさせるのだった。
しかしその声は、尻すぼみに小さくなったのが印象的だった。
見ると、杏子はかすかに伏し目がちになり、右耳にかかった長い黒髪をかき上げていた。
それは杏子にしては十分に大きいリアクションであり、乙下を否応なしにやるせなくさせるのだった。
一体BOLCEはどういうつもりだったのだろうか。
これだけ多くの人に慕われていたBOLCEだ。
杏子に限らずとも、恋人を作るチャンスはいくらでもあったはずだ。
同時に、尋常ではないほど器用にIIDXをこなすBOLCEは、
決して要領が悪かったわけではなさそうだ。
フリーターなどに甘んじずとも、条件の良い仕事があったのではないか。
杏子に限らずとも、恋人を作るチャンスはいくらでもあったはずだ。
同時に、尋常ではないほど器用にIIDXをこなすBOLCEは、
決して要領が悪かったわけではなさそうだ。
フリーターなどに甘んじずとも、条件の良い仕事があったのではないか。
だがBOLCEはそれらに一切脇目を振ることなく、ただただIIDXの技術を磨いた。
全国トップの腕前になってもなおそのスタンスを堅持し続けた彼は、
果たしてどこを目指して走っていたのだろう。
全国トップの腕前になってもなおそのスタンスを堅持し続けた彼は、
果たしてどこを目指して走っていたのだろう。
| 331 :トップランカー殺人事件(163) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/04/06(月) 01:13:00 ID:sMUB3R9j0 |
「見えてきましたね」
杏子の声で乙下は我に返った。
前方にゲームセンターABCの看板が見える。
いつの間にやら目的地は目前だった。
前方にゲームセンターABCの看板が見える。
いつの間にやら目的地は目前だった。
ここまで来て、ふと乙下は足を止めた。
「あ、やばい」
釣られて、杏子も足を止めて振り返る。
「どうしたんですか?」
「1046だよ。のこのことABCに二人で顔を出して、1046に出くわしたら嫌だな。
アイツ昨日もここに来てたし、今日もいるかも知れない」
「問題ないです。1046さんはいません」
「1046だよ。のこのことABCに二人で顔を出して、1046に出くわしたら嫌だな。
アイツ昨日もここに来てたし、今日もいるかも知れない」
「問題ないです。1046さんはいません」
杏子は迷わずにさっさと歩みを進めた。
乙下は引っ張られるようにして杏子の後を追う。
乙下は引っ張られるようにして杏子の後を追う。
「ちょっと、どうして言い切れるんだよ。
また得意の占いか?」
「いえ。1046さんがいるなら自転車もあります。
外に自転車がないので、1046さんもいません」
また得意の占いか?」
「いえ。1046さんがいるなら自転車もあります。
外に自転車がないので、1046さんもいません」
言われて乙下は納得した。
確かに、1046はいつもマウンテンバイクを交通手段として行動していた。
ABCの入口を担う地下への階段の周囲に、
1046の所有物らしきマウンテンバイクはどこにも見当たらない。
確かに、1046はいつもマウンテンバイクを交通手段として行動していた。
ABCの入口を担う地下への階段の周囲に、
1046の所有物らしきマウンテンバイクはどこにも見当たらない。
「ちなみに、BOLCEさんはどんな時も徒歩で行動します。
ですので、BOLCEさんはいてもおかしくないです」
「……いるといいね」
ですので、BOLCEさんはいてもおかしくないです」
「……いるといいね」
そんな悲しい冗談を無感情を装って言う杏子が不憫だった。
| 332 :トップランカー殺人事件(164) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/04/06(月) 01:19:26 ID:sMUB3R9j0 |
階段を下りると、急に辺りは夜になった。
時刻も天気も無関係な地下空間、ゲームセンターABCだ。
時刻も天気も無関係な地下空間、ゲームセンターABCだ。
土曜日ということもあってか、ABCの店内には昨日と異なり何人かの客がいた。
彼らは夢中でディスプレイを凝視し、
レバーへあてがった左手とボタンへあてがった右手を小刻みに震わせている。
量産されたロボットを思わせる、画一的な動きだった。
彼らは夢中でディスプレイを凝視し、
レバーへあてがった左手とボタンへあてがった右手を小刻みに震わせている。
量産されたロボットを思わせる、画一的な動きだった。
そんな中で、唯一ロボット達と違う動きをする人間がいた。
灰皿のある場所を転々とし、吸い殻を集めるその男は、
「耳でIIDXの腕前を聞き分ける」という天才的な能力を持つあの店員だった。
彼は乙下の姿を認めると、にこりと微笑んで声をかけてきた。
灰皿のある場所を転々とし、吸い殻を集めるその男は、
「耳でIIDXの腕前を聞き分ける」という天才的な能力を持つあの店員だった。
彼は乙下の姿を認めると、にこりと微笑んで声をかけてきた。
「あ、刑事さん。また何か調べものですか?」
「連日お邪魔しちゃって申し訳ないね。
また今日もちょっとだけデラで試したいことがあってさ」
「今なら誰もいないんでちょうどいいですよ。
ところで刑事さんったらー」
「連日お邪魔しちゃって申し訳ないね。
また今日もちょっとだけデラで試したいことがあってさ」
「今なら誰もいないんでちょうどいいですよ。
ところで刑事さんったらー」
店員はおどけた調子で言ったかと思うと、
白い歯を見せながら突然乙下に顔を近付け、耳打ちをした。
白い歯を見せながら突然乙下に顔を近付け、耳打ちをした。
「後ろの可愛い女の子、未成年ですよね。
さすがにまずいんじゃないですか?」
「そんな関係じゃないっつーの」
「あははは、冗談冗談」
さすがにまずいんじゃないですか?」
「そんな関係じゃないっつーの」
「あははは、冗談冗談」
品のない冗談の割に品の良い笑い方をして、
彼は再び吸い殻集めの旅に戻って行く。
その後ろ姿を、杏子はきょとんと眺めていた。
彼は再び吸い殻集めの旅に戻って行く。
その後ろ姿を、杏子はきょとんと眺めていた。
「彼、なんて?」
「なんでもないよ。
君みたいな女の子がこんないかがわしいゲーセンに出入りして、
気分悪くしたりしないか心配だったんだって」
「なんでもないよ。
君みたいな女の子がこんないかがわしいゲーセンに出入りして、
気分悪くしたりしないか心配だったんだって」
乙下は咄嗟に話を作ってみせた。
「いかがわしいですか?
私はこのゲームセンターの雰囲気、結構気に入ってますけど」
私はこのゲームセンターの雰囲気、結構気に入ってますけど」
杏子は気分を悪くするどころか、
ごく平然とした足取りでIIDX筐体の方へ向かって歩いた。
その後を追いながら乙下は思った。
この娘は夜が似合うばかりでなく、暗闇が好きなのかも知れない。
ごく平然とした足取りでIIDX筐体の方へ向かって歩いた。
その後を追いながら乙下は思った。
この娘は夜が似合うばかりでなく、暗闇が好きなのかも知れない。
杏子はすでにIIDX筐体の前に立ち、乙下を待ち構えている。
乙下が来るのを、と言うよりかは、乙下が説明するのを待ち構えている。
それを悟った乙下は杏子の期待に添うつもりで、
懐からイーパスと100円玉、さらに携帯電話を取り出した。
乙下が来るのを、と言うよりかは、乙下が説明するのを待ち構えている。
それを悟った乙下は杏子の期待に添うつもりで、
懐からイーパスと100円玉、さらに携帯電話を取り出した。
「さて、種明かしの時間だ」
| 333 :トップランカー殺人事件(165) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/04/06(月) 01:28:27 ID:sMUB3R9j0 |
乙下は照明映り込み防止用のカーテンを全開にしてからステージに上り、
100円玉とイーパスを筐体に押し込んだ。
BGMが一変し、画面は四桁の暗証番号の入力を促してくる。
100円玉とイーパスを筐体に押し込んだ。
BGMが一変し、画面は四桁の暗証番号の入力を促してくる。
そこで乙下は暗証番号をすぐ入力せず、携帯電話のメニュー画面を操作した。
「最近の携帯電話って便利だよね。
ストップウォッチまでついてるんだもん」
「ストップウォッチ、ですか?」
ストップウォッチまでついてるんだもん」
「ストップウォッチ、ですか?」
不思議がる杏子をさておき、乙下は携帯電話上で
ストップウォッチのアプリを起動してから、イーパスの暗証番号を入力した。
「確認しました」のメッセージが出現し、DJ OTOGEの各種プレイデータが並ぶ。
そのタイミングで、乙下は計測を開始した。
ストップウォッチのアプリを起動してから、イーパスの暗証番号を入力した。
「確認しました」のメッセージが出現し、DJ OTOGEの各種プレイデータが並ぶ。
そのタイミングで、乙下は計測を開始した。
「はいスタート」
「スタートって、一体何を計ってるんですか?」
「見たまんま、デラのプレイ時間を計ってるんだよ」
「はぁ……」
「スタートって、一体何を計ってるんですか?」
「見たまんま、デラのプレイ時間を計ってるんだよ」
「はぁ……」
21秒経過。
乙下は一切ボタン類に手を触れなかったため、
プレイデータ画面はタイムアップとなり、自動的に次へと進んだ。
画面には「プレーモードを選択してください」のメッセージが新たに表示され、
シングルプレイかダブルプレイかを問いかけてくる。
乙下は一切ボタン類に手を触れなかったため、
プレイデータ画面はタイムアップとなり、自動的に次へと進んだ。
画面には「プレーモードを選択してください」のメッセージが新たに表示され、
シングルプレイかダブルプレイかを問いかけてくる。
「まず最初の問題。
『12:30~12:40にBOLCEのイーパスでIIDXをプレイしたのは誰だったのか』。
ここから考えていこう。
その前に一つ思い出して欲しいんだけど、
この時点でシルバーのデラ筐体はどういう状態だったか覚えてるかい?」
「確か、モニタのガラスが割れて粉々になってたんですよね」
「その通り。
ってことはだよ、なんかおかしくない?」
『12:30~12:40にBOLCEのイーパスでIIDXをプレイしたのは誰だったのか』。
ここから考えていこう。
その前に一つ思い出して欲しいんだけど、
この時点でシルバーのデラ筐体はどういう状態だったか覚えてるかい?」
「確か、モニタのガラスが割れて粉々になってたんですよね」
「その通り。
ってことはだよ、なんかおかしくない?」
42秒経過。
画面はタイムアップとなり、自動的にシングルプレイが選択された。
画面はタイムアップとなり、自動的にシングルプレイが選択された。
「モニタを見ることができないのに、
この人物はどうやってデラをプレイしたんだと思う?」
「……そう言われれば……確かに、モニタがなければまともなプレイなんてできっこない」
この人物はどうやってデラをプレイしたんだと思う?」
「……そう言われれば……確かに、モニタがなければまともなプレイなんてできっこない」
50秒経過。
画面はゲームモードの選択を迫ってくる。
カーソルは段位認定モードに合わせられている。
乙下の最後に選んだモードが段位認定だったからだろう。
三日前の夕方、空気と一緒に遊んだ時だ。
画面はゲームモードの選択を迫ってくる。
カーソルは段位認定モードに合わせられている。
乙下の最後に選んだモードが段位認定だったからだろう。
三日前の夕方、空気と一緒に遊んだ時だ。
「つまりね、こういうことなんだ。
12:30の時点でこのモニタはぶっ壊れた状態だったんだから、
まともにデラをプレイするなんて、誰にもできなかった。
逆に言えば、12:30~12:40にシルバーでデラをプレイしていた人物なんて、
最初からいなかったんだよ」
12:30の時点でこのモニタはぶっ壊れた状態だったんだから、
まともにデラをプレイするなんて、誰にもできなかった。
逆に言えば、12:30~12:40にシルバーでデラをプレイしていた人物なんて、
最初からいなかったんだよ」
| 334 :トップランカー殺人事件(166) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/04/06(月) 01:35:15 ID:sMUB3R9j0 |
「最初からいなかったって、どういうことですか?
だって、その時刻にBOLCEさんのカードで
何者かがプレイした記録が、コナミのサーバーに残ってたんですよね。
これはどう説明をつけるんですか?」
「こう説明をつける」
だって、その時刻にBOLCEさんのカードで
何者かがプレイした記録が、コナミのサーバーに残ってたんですよね。
これはどう説明をつけるんですか?」
「こう説明をつける」
モード選択画面がタイムアップになる寸前、
乙下は素早くターンテーブルに手を伸ばし、最左端のモードを選択した。
乙下は素早くターンテーブルに手を伸ばし、最左端のモードを選択した。
1分11秒経過。
筐体から派手な効果音が鳴り渡り、そのモードの始まりを告げた。
筐体から派手な効果音が鳴り渡り、そのモードの始まりを告げた。
「……チュートリアル!?」
「これが一つ目のトリックの種明かしだ。
1046は12:30、BOLCEのカードを筐体に挿入して、そのまま現場を立ち去った。
後は自動的にチュートリアルモードが始まり、
『ボタンに一切触れることなく約10分間のプレイ記録を残せる』。
10分もの間、あたかもそこにプレイヤーがいたかのように見せかけて、ね」
「まさか、そんな方法があったなんて」
1046は12:30、BOLCEのカードを筐体に挿入して、そのまま現場を立ち去った。
後は自動的にチュートリアルモードが始まり、
『ボタンに一切触れることなく約10分間のプレイ記録を残せる』。
10分もの間、あたかもそこにプレイヤーがいたかのように見せかけて、ね」
「まさか、そんな方法があったなんて」
1分39秒経過。
自動的に「#01 基本の遊び方」が選択され、
画面にはTシャツにサングラスというラフな格好をした
マイケル・ア・ラ・モードが登場した。
自動的に「#01 基本の遊び方」が選択され、
画面にはTシャツにサングラスというラフな格好をした
マイケル・ア・ラ・モードが登場した。
『やぁ。俺の名前はマイケル・ア・ラ・モード。
beatmaniaIIDXはじめての君、こんにちは!
今日は俺と一緒に楽しくSTUDYしていこうぜ!よろしくな』
beatmaniaIIDXはじめての君、こんにちは!
今日は俺と一緒に楽しくSTUDYしていこうぜ!よろしくな』
「12:30にチュートリアルをスタートさせた1046は全速力でABCに向かう。
自転車で走れば5分でABCまで行けることは、空気が実証済みだ。
つまり、1046が12:35にABCの監視カメラへ映り込むことは、十分に可能だったんだ」
「……信じられない」
『このゲームは7つの鍵盤と1つのターンテーブルを使って、
ビートを刻んでいくゲームなんだ!』
自転車で走れば5分でABCまで行けることは、空気が実証済みだ。
つまり、1046が12:35にABCの監視カメラへ映り込むことは、十分に可能だったんだ」
「……信じられない」
『このゲームは7つの鍵盤と1つのターンテーブルを使って、
ビートを刻んでいくゲームなんだ!』
一時は無表情の権化かと思われた杏子も、驚きを隠しきれず唖然としていた。
その向かい側で、IIDXのルールを懇切丁寧に説明するマイケルの声が高らかに響く。
その向かい側で、IIDXのルールを懇切丁寧に説明するマイケルの声が高らかに響く。
7月16日の12:30にも、マイケルはやはりIIDXのルールを説明していたのだろう。
恐れ多くも、全国最高峰の腕前を持つBOLCEの首吊り死体に向かって……。
恐れ多くも、全国最高峰の腕前を持つBOLCEの首吊り死体に向かって……。
| 362 :トップランカー殺人事件(167) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/04/22(水) 02:00:51 ID:y5rQLXv10 |
「このトリックにさえ気が付けば、
実はほとんど全ての謎に説明がつけられるんだよ」
実はほとんど全ての謎に説明がつけられるんだよ」
乙下は内ポケットをまさぐり、折り畳まれた二枚の紙を取り出した。
一昨日から数え切れないほど睨めっこし合った二枚の紙。
BOLCEと1046のイーパス使用履歴だ。
一昨日から数え切れないほど睨めっこし合った二枚の紙。
BOLCEと1046のイーパス使用履歴だ。
乙下は杏子が見やすいように、
IIDXのターンテーブルをテーブル代わりにして、二枚を並べて広げた。
あらためて見るとボロボロだ。
210×297mmの紙面全域で皺とメモ書きがせめぎ合っているその様は、
二日前に印刷されたばかりとは思えない汚れ方だった。
IIDXのターンテーブルをテーブル代わりにして、二枚を並べて広げた。
あらためて見るとボロボロだ。
210×297mmの紙面全域で皺とメモ書きがせめぎ合っているその様は、
二日前に印刷されたばかりとは思えない汚れ方だった。
だが、これでようやく決着がつく。
乙下はマイケルに負けないよう、声のボリュームをめいっぱいに張り上げて説明を始めた。
「上から順番に見て行こう」
杏子がこくりと頷いた。
「7月16日の朝10:00。
BOLCEはシルバーに来店して店長に挨拶した後、デラ部屋に入る。
そして早速デラのプレイを開始した……と思わせて、
実際は密かに1046と入れ替わっていた。
1046はBOLCEのイーパスを使い、デラをプレイし続ける」
BOLCEはシルバーに来店して店長に挨拶した後、デラ部屋に入る。
そして早速デラのプレイを開始した……と思わせて、
実際は密かに1046と入れ替わっていた。
1046はBOLCEのイーパスを使い、デラをプレイし続ける」
言いながら、乙下は履歴の関係する部分、すなわち
START = 10:10, END = 10:20;
START = 10:21, END = 10:32;
START = 10:33, END = 10:44;
START = 10:44, END = 10:56;
START = 11:57, END = 11:08;
START = 11:09, END = 11:20;
START = 10:21, END = 10:32;
START = 10:33, END = 10:44;
START = 10:44, END = 10:56;
START = 11:57, END = 11:08;
START = 11:09, END = 11:20;
と印字された箇所を指でなぞった。
「さて、ここで一回目の脅迫電話だ」
乙下は「START = 11:09, END = 11:20;」の行で一度指を止めた。
「一回目の電話の時刻は11:10~11:15。
しかし、履歴上1046はその間もずっとデラをプレイしていたことになっている。
では『どうやってデラをプレイしながら脅迫電話をかけたのか』?
もう分かるよね」
「1046さんはここでもチュートリアルを使ったんですね」
「はい。そういうこと」
しかし、履歴上1046はその間もずっとデラをプレイしていたことになっている。
では『どうやってデラをプレイしながら脅迫電話をかけたのか』?
もう分かるよね」
「1046さんはここでもチュートリアルを使ったんですね」
「はい。そういうこと」
11:09にゲームスタートした1046は、
モード選択画面でチュートリアルを選んだ。
これにより11:20までの間は、デラをそっちのけにして自由に行動できるようになる。
あとはポスターの裏にあった節穴を通して
店内の様子を覗き見しながら、店長へ脅迫電話をかけたのだ。
モード選択画面でチュートリアルを選んだ。
これにより11:20までの間は、デラをそっちのけにして自由に行動できるようになる。
あとはポスターの裏にあった節穴を通して
店内の様子を覗き見しながら、店長へ脅迫電話をかけたのだ。
| 363 :トップランカー殺人事件(168) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/04/22(水) 02:05:24 ID:y5rQLXv10 |
「ちなみに」
乙下はエフェクトボタンを押した。
エフェクタがONになり、マイケルの声が一回り大きくなる。
エフェクタがONになり、マイケルの声が一回り大きくなる。
「この時、デラ部屋の中はマイケルのむさ苦しい声で充満していた。
つまり、もしマイケルの声を店長に聞かれたら、
脅迫電話がデラ部屋からかけられていることに気付かれる危険もあった。
そこで1046は」
つまり、もしマイケルの声を店長に聞かれたら、
脅迫電話がデラ部屋からかけられていることに気付かれる危険もあった。
そこで1046は」
IIDX筐体のコントロールパネルの中央奥に位置する、5つのフェーダー。
乙下は「VEFX」と記された左端のフェーダーに手をかけ、下まで下げた。
続いて、「low-EQ」「hi-EQ」「filter」と、順番に下げていく。
乙下は「VEFX」と記された左端のフェーダーに手をかけ、下まで下げた。
続いて、「low-EQ」「hi-EQ」「filter」と、順番に下げていく。
「音が」
杏子が口を開くと同時に、乙下は右端のフェーダー「play volume」を下げ終えた。
「消えた?」
かしましく響いていたマイケルによるゲーム説明とキャッチーなBGMは、
ほぼ無音と呼んで差し支えないほどまでに小さくすぼまった。
さながら無声映画のワンシーンのように
陽気な顔で口をパクパクさせているマイケルが、乙下にはどこか滑稽に見えた。
ほぼ無音と呼んで差し支えないほどまでに小さくすぼまった。
さながら無声映画のワンシーンのように
陽気な顔で口をパクパクさせているマイケルが、乙下にはどこか滑稽に見えた。
「普通にプレイしてるだけじゃなかなか気付かないんだけど、
エフェクタをつけた状態でフェーダーを全部下げると
ほとんどの音を消してしまうことができるんだ」
「……全然知りませんでした。
だって私、音がよく聞こえるように
いつも全部上げきってプレイしてばかりいました」
「そういう人は結構多いと思う。
でも見ての通り、このフェーダーは音量を下げる目的にも使える。
おそらく1046はこの機能を利用して、
デラ部屋を静かな状態にしてから脅迫電話をかけたんじゃないかな。
ま、偉そうに言ってる俺も、さっき空気に教えてもらって初めて知ったんだけどね」
エフェクタをつけた状態でフェーダーを全部下げると
ほとんどの音を消してしまうことができるんだ」
「……全然知りませんでした。
だって私、音がよく聞こえるように
いつも全部上げきってプレイしてばかりいました」
「そういう人は結構多いと思う。
でも見ての通り、このフェーダーは音量を下げる目的にも使える。
おそらく1046はこの機能を利用して、
デラ部屋を静かな状態にしてから脅迫電話をかけたんじゃないかな。
ま、偉そうに言ってる俺も、さっき空気に教えてもらって初めて知ったんだけどね」
| 364 :トップランカー殺人事件(169) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/04/22(水) 02:14:49 ID:y5rQLXv10 |
乙下はそこまで説明してから、
イーパス使用履歴の続きを再び指でなぞった。
イーパス使用履歴の続きを再び指でなぞった。
START = 11:21, END = 11:31;
START = 11:32, END = 11:43;
START = 11:43, END = 11:54;
START = 11:55, END = 12:06;
START = 11:32, END = 11:43;
START = 11:43, END = 11:54;
START = 11:55, END = 12:06;
「11:21、1046は通常のプレイに戻る。
そして12:06にデラを一時中断し、12:15に店長へ二度目の脅迫電話をかけた」
「でも……」
「でも?」
そして12:06にデラを一時中断し、12:15に店長へ二度目の脅迫電話をかけた」
「でも……」
「でも?」
杏子は自信なさげに疑問を口にする。
「1046さん、どうして今度はチュートリアルを選ばなかったのでしょうか?
一回目と同じようにチュートリアルを選んでから電話をかければ、
12:06~12:19に不自然なインターバルを作らずに済んだのに」
一回目と同じようにチュートリアルを選んでから電話をかければ、
12:06~12:19に不自然なインターバルを作らずに済んだのに」
もっともな疑問だった。
「それについては、多分こういうことだと思う。
この時の1046は『ある理由でチュートリアルを選ぶことができなかった』」
「ある理由?」
この時の1046は『ある理由でチュートリアルを選ぶことができなかった』」
「ある理由?」
乙下は相も変わらず口パクを続けているマイケルを指差して言った。
「ご覧の通り、チュートリアルを使えばいくら放置しても
10分間は確実にゲームオーバーを迎えずに済む。
しかし、逆を言えば『10分間は絶対にゲームを終わらせることができない』。
1046にとって、このチュートリアルの性質は
メリットであると同時にデメリットでもあったんだ」
10分間は確実にゲームオーバーを迎えずに済む。
しかし、逆を言えば『10分間は絶対にゲームを終わらせることができない』。
1046にとって、このチュートリアルの性質は
メリットであると同時にデメリットでもあったんだ」