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トップランカー殺人事件 第五話『dj Remo-con』 -phase2-
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| 367 :トップランカー殺人事件(170) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/04/24(金) 21:25:22 ID:TDP6WDtp0 |
「どうしてデメリットになるんですか?」
「店長に見られる危険があったからだよ。
もしデラ部屋に店長が入って来てしまったらどう思われる?
いるはずのBOLCEがいなくて、いないはずの1046がいる。
しかもトップランカーの1046が初心者用のチュートリアルをプレイしている。
明らかにおかしい。
この不自然な光景を店長に見られることは疑惑を生むきっかけになるから、
1046にとってどうしても避けたい出来事だったんだ。
しかし、一度チュートリアルを選んでしまうと
10分経たないことにはゲームを終わることさえできない。
だから1046はそのリスクを避けるために、
敢えてチュートリアルを選ばなかったんだと思うな」
「ちょっと待って下さい。その話は変です」
「店長に見られる危険があったからだよ。
もしデラ部屋に店長が入って来てしまったらどう思われる?
いるはずのBOLCEがいなくて、いないはずの1046がいる。
しかもトップランカーの1046が初心者用のチュートリアルをプレイしている。
明らかにおかしい。
この不自然な光景を店長に見られることは疑惑を生むきっかけになるから、
1046にとってどうしても避けたい出来事だったんだ。
しかし、一度チュートリアルを選んでしまうと
10分経たないことにはゲームを終わることさえできない。
だから1046はそのリスクを避けるために、
敢えてチュートリアルを選ばなかったんだと思うな」
「ちょっと待って下さい。その話は変です」
杏子は冷徹に異議を唱えた。
「デラ部屋に店長さんが入って来る危険があるのは、
一回目の脅迫電話の時も同じじゃないですか?」
「そう見えて、実は一回目の電話と二回目の電話では状況が随分異なる。
一回目の電話の後は、店長がデラ部屋へ入る理由がない。
しかし二回目の電話の後は、
『危険が迫っていることをBOLCEに伝える』目的でデラ部屋へ入る可能性が出てくる」
一回目の脅迫電話の時も同じじゃないですか?」
「そう見えて、実は一回目の電話と二回目の電話では状況が随分異なる。
一回目の電話の後は、店長がデラ部屋へ入る理由がない。
しかし二回目の電話の後は、
『危険が迫っていることをBOLCEに伝える』目的でデラ部屋へ入る可能性が出てくる」
店長からの事情聴取によれば、1046は二回目の脅迫電話の中で
「一億円を払わなければお前の息子だけでなく、シルバー常連客の命も追加でいただく」
と脅しつけた。
客想いである店長の性格を利用するために必要な言葉だったのだろう。
「一億円を払わなければお前の息子だけでなく、シルバー常連客の命も追加でいただく」
と脅しつけた。
客想いである店長の性格を利用するために必要な言葉だったのだろう。
ただし、この一言は1046にとって諸刃の剣でもあった。
この事件において1046は、「デラ部屋の密室性」を利用している。
BOLCEが真剣にスコアアタックをしていると思い込んでいる店長や他の常連客は、
BOLCEの邪魔にならないように、よほどのことがない限りは
勝手にデラ部屋へ入り込むような真似をしない。
それを知っていた1046は、デラ部屋を外から切り離された密室空間と見なし、
ここを拠点として犯行に挑んだ。
BOLCEが真剣にスコアアタックをしていると思い込んでいる店長や他の常連客は、
BOLCEの邪魔にならないように、よほどのことがない限りは
勝手にデラ部屋へ入り込むような真似をしない。
それを知っていた1046は、デラ部屋を外から切り離された密室空間と見なし、
ここを拠点として犯行に挑んだ。
だが、二回目の電話で「常連客の命もいただく」という脅し文句を聞かされた店長は、
BOLCEを避難させるためにデラ部屋へ立ち入って来るかも知れない。
BOLCEを避難させるためにデラ部屋へ立ち入って来るかも知れない。
そこで1046は一計を案じた。
「店長をデラ部屋へ入って来させないためにはどうすればいいか?
簡単なことだ、『デラ部屋の外でBOLCEと会うように仕組めばいい』」
「と言うことは、あの時BOLCEさんと店長さんが会ったのは偶然じゃなかったんですか?」
「そう考えれば辻褄が合う。
1046はBOLCEを言いくるめて、二回目の脅迫電話の直後、
つまり12:18ちょうどにBOLCEをシルバーへ戻って来させた……そんなとこじゃないかな」
「理屈は一応分かりました。ですけど、そう上手くいくでしょうか?
1046さんがいくら巧妙に二人の行動を誘導していたとしても、
ちょっとした時間のズレで二人はすれ違ってしまうかも知れません」
「杏子ちゃんの言う通りだよ。
だからこそ、もし店長がデラ部屋へ入って来ても言い逃れできるように、
1046は保険として敢えてチュートリアルを選ばなかった。
いや、選べなかったと言ってもいい」
簡単なことだ、『デラ部屋の外でBOLCEと会うように仕組めばいい』」
「と言うことは、あの時BOLCEさんと店長さんが会ったのは偶然じゃなかったんですか?」
「そう考えれば辻褄が合う。
1046はBOLCEを言いくるめて、二回目の脅迫電話の直後、
つまり12:18ちょうどにBOLCEをシルバーへ戻って来させた……そんなとこじゃないかな」
「理屈は一応分かりました。ですけど、そう上手くいくでしょうか?
1046さんがいくら巧妙に二人の行動を誘導していたとしても、
ちょっとした時間のズレで二人はすれ違ってしまうかも知れません」
「杏子ちゃんの言う通りだよ。
だからこそ、もし店長がデラ部屋へ入って来ても言い逃れできるように、
1046は保険として敢えてチュートリアルを選ばなかった。
いや、選べなかったと言ってもいい」
だが、結果は1046の目論見通りとなった。
店長とBOLCEは12:18にデラ部屋の前で遭遇して最後の会話を交わし、
そのまま店長はデラ部屋へ入ることなく、犯人を探して外に走り去った。
1046の心配は杞憂に終わったのだ。
店長とBOLCEは12:18にデラ部屋の前で遭遇して最後の会話を交わし、
そのまま店長はデラ部屋へ入ることなく、犯人を探して外に走り去った。
1046の心配は杞憂に終わったのだ。
| 368 :トップランカー殺人事件(171) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/04/24(金) 21:32:19 ID:TDP6WDtp0 |
「さて次に進む前に、今度はBOLCEの行動をトレースしてみよう」
乙下はもう一枚のイーパス使用履歴に目を向けた。
「一旦話を朝10:00に戻すよ。
1046と入れ替わったBOLCEは、シルバーからABCへ移動する。
ABCに着いたBOLCEは店員の目を盗んでデラの筐体に入り、
中からカーテンを閉めてしまう。
これで外からは誰がプレイしているのかが分からなくなる。
そうしてからBOLCEは、1046のイーパスを使ってデラをプレイし始めた」
1046と入れ替わったBOLCEは、シルバーからABCへ移動する。
ABCに着いたBOLCEは店員の目を盗んでデラの筐体に入り、
中からカーテンを閉めてしまう。
これで外からは誰がプレイしているのかが分からなくなる。
そうしてからBOLCEは、1046のイーパスを使ってデラをプレイし始めた」
乙下は先ほどと同じく、履歴の関係する部分、すなわち
START = 10:27, END = 10:39;(山岡コース MAX-17)
START = 10:40, END = 10:52;(山岡コース MAX-11)
START = 10:52, END = 11:03;(山岡コース MAX-8)
START = 11:04, END = 11:16;(山岡コース MAX-14)
START = 11:17, END = 11:29;(山岡コース MAX-8)
START = 11:30, END = 11:42;(山岡コース MAX-9)
START = 11:43, END = 11:55;(山岡コース MAX-6)
START = 10:40, END = 10:52;(山岡コース MAX-11)
START = 10:52, END = 11:03;(山岡コース MAX-8)
START = 11:04, END = 11:16;(山岡コース MAX-14)
START = 11:17, END = 11:29;(山岡コース MAX-8)
START = 11:30, END = 11:42;(山岡コース MAX-9)
START = 11:43, END = 11:55;(山岡コース MAX-6)
と印字及びメモ書きされた箇所を指でなぞった。
「BOLCEは1046の指示に従って、10:27~11:55の間
延々とAKIRA YAMAOKAコースのスコアアタックをし続けた」
「……」
「さて、次が問題だ」
延々とAKIRA YAMAOKAコースのスコアアタックをし続けた」
「……」
「さて、次が問題だ」
START = 12:00, END = 12:02;
START = 12:03, END = 12:09;
START = 12:09, END = 12:20;
START = 12:03, END = 12:09;
START = 12:09, END = 12:20;
「BOLCEは12:18にシルバーへ戻るよう、1046から指示を受けていた。
ってことは、遅くとも12:13にはABCを出発しなきゃならなかったんだ。
では12:09~12:20の間にABCでデラをプレイしたのは、一体誰だったのか?」
「これもチュートリアルのトリックですね」
「うん、もう簡単だよね。
BOLCEは12:09に1046のイーパスを筐体に挿入して
チュートリアルを選び、そのままABCを出たってわけだ。
耳の良いあの店員がマイケルの声に気付かなかったことから考えると、
おそらくこの時のBOLCEもフェーダーを下げることで
筐体から出る音を消してたんだろうな」
ってことは、遅くとも12:13にはABCを出発しなきゃならなかったんだ。
では12:09~12:20の間にABCでデラをプレイしたのは、一体誰だったのか?」
「これもチュートリアルのトリックですね」
「うん、もう簡単だよね。
BOLCEは12:09に1046のイーパスを筐体に挿入して
チュートリアルを選び、そのままABCを出たってわけだ。
耳の良いあの店員がマイケルの声に気付かなかったことから考えると、
おそらくこの時のBOLCEもフェーダーを下げることで
筐体から出る音を消してたんだろうな」
今にして思えば、直前のBOLCEのプレイ履歴が不自然に短いのも、
12:18ジャストでシルバーへ到着することをターゲットに
微調整をしていたと考えれば、一応の説明がつくのではないだろうか。
12:18ジャストでシルバーへ到着することをターゲットに
微調整をしていたと考えれば、一応の説明がつくのではないだろうか。
| 369 :トップランカー殺人事件(172) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/04/24(金) 21:44:28 ID:TDP6WDtp0 |
とその時、不意に乙下の目の前でIIDXの画面が切り替わった。
マイケルはどこかへ姿を消し、
代わりに「AMBIENT」のジャンル名と
「Tangerine Stream」の曲名、続いて「dj TAKA」の名前が表示された。
マイケルはどこかへ姿を消し、
代わりに「AMBIENT」のジャンル名と
「Tangerine Stream」の曲名、続いて「dj TAKA」の名前が表示された。
携帯電話のストップウォッチを見ると、6分25秒が経過していた。
ここからは実際のプレイを通してマイケルに教わったことを実践することになる。
ここからは実際のプレイを通してマイケルに教わったことを実践することになる。
物凄い遅さでオブジェが降って来た。
今はフェーダーを下げている上に
オブジェを叩くプレイヤーもいないため、音色はほとんど聞こえない。
今はフェーダーを下げている上に
オブジェを叩くプレイヤーもいないため、音色はほとんど聞こえない。
だが、乙下の頭の中には自然とピアノの美しい旋律が流れた。
「Tangerine Stream」は乙下が初めてプレイしたIIDXの曲であり、
頭の中で自由に再生できるようになるほど何度も聞いた曲でもあったからだ。
「Tangerine Stream」は乙下が初めてプレイしたIIDXの曲であり、
頭の中で自由に再生できるようになるほど何度も聞いた曲でもあったからだ。
乙下はこの曲が好きだった。
どこか切なくも爽やかなメロディは、
生きる喜びそのものを表現しているかのように輝いている。
どこか切なくも爽やかなメロディは、
生きる喜びそのものを表現しているかのように輝いている。
だからこそ、乙下は話を先に進めるのが辛かった。
乙下はBOLCEのイーパス使用履歴に目を戻し、
BOLCEにとっての生きる喜びが永遠に失われた時刻が記された行へ、そっと指を当てた。
BOLCEにとっての生きる喜びが永遠に失われた時刻が記された行へ、そっと指を当てた。
START = 12:19, END = 12:30;
START = 12:30, END = 12:40;
START = 12:30, END = 12:40;
「……12:19。
1046とBOLCEはデラ部屋で合流した。
1046はBOLCEのイーパスを筐体へ挿入し、またもチュートリアルを選んだ。
これで12:30までは放っておいてもゲームオーバーにならない。
その時間を利用して」
「1046さんはBOLCEさんを殺した」
1046とBOLCEはデラ部屋で合流した。
1046はBOLCEのイーパスを筐体へ挿入し、またもチュートリアルを選んだ。
これで12:30までは放っておいてもゲームオーバーにならない。
その時間を利用して」
「1046さんはBOLCEさんを殺した」
杏子が割り込んだ。
「そして1046さんはBOLCEさんの死体を、IIDXの筐体に吊した。
そういうことなのでしょう?」
そういうことなのでしょう?」
乙下が最も言いづらかった部分を、杏子はさらりと代弁した。
乙下の苦しい気持ちを察したのだろうか。
それとも、受け入れがたい事実を自分の口から発することで、
なんとか心の不協和を落ち着かせようと試みたのだろうか。
あるいは、BOLCEの死という一大事を
所詮は第三者の乙下の口から簡単に語って欲しくなかったのかも知れない。
それとも、受け入れがたい事実を自分の口から発することで、
なんとか心の不協和を落ち着かせようと試みたのだろうか。
あるいは、BOLCEの死という一大事を
所詮は第三者の乙下の口から簡単に語って欲しくなかったのかも知れない。
いずれにせよ、杏子は頑なに表情を崩そうとはせず、
それがますます乙下を胸苦しくさせるのだった。
それがますます乙下を胸苦しくさせるのだった。
「そうなんだ。時間は約10分。
BOLCEをあんな目に遭わせて、さらに金庫から200万円を奪う。
厳しいスケジュールだが、準備次第では可能な範囲だろう」
BOLCEをあんな目に遭わせて、さらに金庫から200万円を奪う。
厳しいスケジュールだが、準備次第では可能な範囲だろう」
口にしながら、乙下はあらためてこの不幸な出来事の果てしなさを心に抱いた。
24年間をかけて色濃く染め上げられたBOLCEという人物の人格は、
たった10分、たった一プレイの時間を経ただけで、この世界から消えて無くなったのだ。
24年間をかけて色濃く染め上げられたBOLCEという人物の人格は、
たった10分、たった一プレイの時間を経ただけで、この世界から消えて無くなったのだ。
| 370 :トップランカー殺人事件(173) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/04/24(金) 21:56:53 ID:TDP6WDtp0 |
「それから先はさっきも言った通り。
12:30に1046はBOLCEのイーパスをもう一度筐体に挿入して、現場を立ち去った。
後は自動的にチュートリアルモードが選択され、
ボタンに一切触れることなく約10分のプレイ記録を残せる」
12:30に1046はBOLCEのイーパスをもう一度筐体に挿入して、現場を立ち去った。
後は自動的にチュートリアルモードが選択され、
ボタンに一切触れることなく約10分のプレイ記録を残せる」
IIDXのモード選択画面は親切に設計されており、
『カーソルの初期位置は前回プレイしたモードに自動で合わせられている』。
1046はその機能さえも上手に活用した。
『カーソルの初期位置は前回プレイしたモードに自動で合わせられている』。
1046はその機能さえも上手に活用した。
つまり、1046はわざわざチュートリアルを選ぶ手間を省き、
本来モードの選択までに要する数十秒の時間さえも節約することができた。
こうして1046はたった5分という短い時間を最大限有効に活用し、
シルバーからABCへ移動することに成功したのだ。
本来モードの選択までに要する数十秒の時間さえも節約することができた。
こうして1046はたった5分という短い時間を最大限有効に活用し、
シルバーからABCへ移動することに成功したのだ。
「この方法を使って、1046はまんまと12:35の時点で
ABCの監視カメラに映り込んでみせたってわけさ」
ABCの監視カメラに映り込んでみせたってわけさ」
乙下は1046のイーパス使用履歴の残りの部分へ指を持って行き、
滑り落ちるようにして一気になぞった。
滑り落ちるようにして一気になぞった。
START = 12:37, END = 12:48;
START = 12:49, END = 13:01;
START = 13:02, END = 13:13;
START = 13:14, END = 13:25;
……
START = 12:49, END = 13:01;
START = 13:02, END = 13:13;
START = 13:14, END = 13:25;
……
「ABCのトイレから出た1046は、12:37以降夕方までひたすらデラをプレイした。
その間、三回目の脅迫電話を13:18にかけることになるが、
おそらく1046はまたも懲りずにフェーダーを下げてチュートリアルを選んだんだろうな。
そうすれば1046は電話に集中できるし、
店長やABCの店員に音が漏れることもない」
「……最初から最後まで、チュートリアルだらけだったんですね」
その間、三回目の脅迫電話を13:18にかけることになるが、
おそらく1046はまたも懲りずにフェーダーを下げてチュートリアルを選んだんだろうな。
そうすれば1046は電話に集中できるし、
店長やABCの店員に音が漏れることもない」
「……最初から最後まで、チュートリアルだらけだったんですね」
一方で、乙下と杏子の目の前で繰り広げられている
チュートリアルの実験も終盤に差し掛かっていた。
チュートリアルの実験も終盤に差し掛かっていた。
画面は「Tangerine Stream」が終了し、リザルトへ移行したところだった。
全オブジェがPOOR判定というある意味で気持ちの良いリザルトである。
チュートリアルモードなら何個オブジェを見逃しても
決してゲームオーバーにならないことを、この時乙下は身をもって理解した。
全オブジェがPOOR判定というある意味で気持ちの良いリザルトである。
チュートリアルモードなら何個オブジェを見逃しても
決してゲームオーバーにならないことを、この時乙下は身をもって理解した。
8分14秒経過。
チュートリアルの締め括りとして、二つ目の練習曲「Darling my LUV」が始まった。
チュートリアルの締め括りとして、二つ目の練習曲「Darling my LUV」が始まった。
それを見た乙下も、推理の締め括りに取り掛かるべく口を開いた。
「これで残る謎は一つ。
『いつ、誰が、どうやってBOLCEのイーパスを財布に戻したのか』?
このトリックを解き明かしてみせよう」
『いつ、誰が、どうやってBOLCEのイーパスを財布に戻したのか』?
このトリックを解き明かしてみせよう」
| 373 :トップランカー殺人事件(174) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/04/26(日) 01:25:27 ID:OHnJ/MiH0 |
「その謎についてなんですけど、貴方がどんな風に推理したのか、
もしかしたらおおよその見当がついたかも知れません」
「え、マジで?分かっちゃった?」
もしかしたらおおよその見当がついたかも知れません」
「え、マジで?分かっちゃった?」
杏子は乙下の意表を衝くようなことを言い出した。
雰囲気からすると、占いではなさそうだ。
雰囲気からすると、占いではなさそうだ。
「よく考えてみれば、1046さんがBOLCEさんのイーパスを
財布に戻すチャンスは、たった一回だけ存在します」
「言ってみて」
財布に戻すチャンスは、たった一回だけ存在します」
「言ってみて」
「おそらくBOLCEさんが殺されたずっと後の、夕方16:00過ぎ。
つまり、1046さんがBOLCEさんの遺体を『発見』した時です」
つまり、1046さんがBOLCEさんの遺体を『発見』した時です」
「へぇ、これは驚いた」
乙下は杏子の推理に興味を抱いた。
一字一句を聞き逃すまいと、神経を耳に集中させる。
一字一句を聞き逃すまいと、神経を耳に集中させる。
「1046さんは大声で叫び、BOLCEさんが死んでいることを周囲に知らせたんでしたね。
しかし実はその前に、筐体にささったままになっていた
BOLCEさんのイーパスを抜き取って、財布の中へ戻す作業を実行していた。
こうすることで、1046さんは鉄壁のアリバイを確保したのでは?」
「なるほど」
しかし実はその前に、筐体にささったままになっていた
BOLCEさんのイーパスを抜き取って、財布の中へ戻す作業を実行していた。
こうすることで、1046さんは鉄壁のアリバイを確保したのでは?」
「なるほど」
杏子はすました顔と口調で推理を続ける。
「思えば1046さんがわざわざ自分から第一発見者になったのも、
その作業を実行するチャンスを作るため。
16:00にシルバーへ戻って来たのは、
ちょうどデラ部屋のタイムレンタルサービスが終わる時刻だったからです。
なにしろ1046さんは他のお客さんがBOLCEさんの遺体を見つけてしまうより先に
デラ部屋へ入らなければならなかったのですから。
貴方の辿り着いたトリックの答えは、概ねこんな感じではないですか?」
その作業を実行するチャンスを作るため。
16:00にシルバーへ戻って来たのは、
ちょうどデラ部屋のタイムレンタルサービスが終わる時刻だったからです。
なにしろ1046さんは他のお客さんがBOLCEさんの遺体を見つけてしまうより先に
デラ部屋へ入らなければならなかったのですから。
貴方の辿り着いたトリックの答えは、概ねこんな感じではないですか?」
乙下は杏子の頭の回転の速さにすっかり感心してしまい、
拍手喝采を浴びせたい気分になった。
拍手喝采を浴びせたい気分になった。
「すごい、よく一人でそこまで考えついたね」
にもかかわらず乙下が拍手喝采を浴びせなかったのは。
「いやしかし、非常に申し訳ないんだけど……残念ながら不正解」
| 374 :トップランカー殺人事件(175) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/04/26(日) 01:34:36 ID:OHnJ/MiH0 |
「違うんですか?」
杏子は落胆するでもなく機嫌を損ねるでもなく、
ただ素直に意外そうな声で聞き返した。
なので乙下も鼻をあかすような言い方にならないよう、ソフトに話して聞かせる。
ただ素直に意外そうな声で聞き返した。
なので乙下も鼻をあかすような言い方にならないよう、ソフトに話して聞かせる。
「目の付け所はすごくいい。
俺自身、最初は杏子ちゃんと同じように考えたんだよね。
だけど困ったことに、シルバー常連客の目撃証言がそのアイデアの邪魔をした。
『1046が16:00過ぎにシルバーへやって来たので少し会話をした』。
『その後、1046がデラ部屋へ入った行ったと思った矢先、大声で叫び始めた』。
『何事かと思って部屋を覗くと、BOLCEが首を吊って死んでいた』。
この証言からすると、1046がデラ部屋で細工をする時間はほとんどなかったことになる」
俺自身、最初は杏子ちゃんと同じように考えたんだよね。
だけど困ったことに、シルバー常連客の目撃証言がそのアイデアの邪魔をした。
『1046が16:00過ぎにシルバーへやって来たので少し会話をした』。
『その後、1046がデラ部屋へ入った行ったと思った矢先、大声で叫び始めた』。
『何事かと思って部屋を覗くと、BOLCEが首を吊って死んでいた』。
この証言からすると、1046がデラ部屋で細工をする時間はほとんどなかったことになる」
筐体のカードリーダーに挟まっているBOLCEのイーパスを抜き取り、
BOLCEのトートバッグから財布を取り出し、イーパスを入れ、また財布をバッグに戻す。
これら全ての手順において、指紋を残さないよう注意しながら実行する。
どんなに手際良く進めても、10秒は要する作業だ。
BOLCEのトートバッグから財布を取り出し、イーパスを入れ、また財布をバッグに戻す。
これら全ての手順において、指紋を残さないよう注意しながら実行する。
どんなに手際良く進めても、10秒は要する作業だ。
ところが1046は、10秒どころかデラ部屋へ足を踏み入れた途端に叫び声を上げ、
BOLCEが死んでいることを周囲の人々に知らせた。
BOLCEが死んでいることを周囲の人々に知らせた。
結論としては、杏子の推理した方法で
1046がBOLCEのイーパスを財布に戻すことは、実現不可能だったということだ。
1046がBOLCEのイーパスを財布に戻すことは、実現不可能だったということだ。
「ですが……1046さんがBOLCEさんのイーパスを
財布に戻すチャンスは、どう考えてもこの時しかありません。
他に考えられる可能性と言えば、やはり誰か共犯者がいたくらいしか」
「いや。共犯者なんていないし、
実を言えばチャンスは他にもあったんだよ。
最初で最後、たった一回きりのチャンスだけどね。
1046はあるトリックを使ってそのチャンスを作り出し、
まるで手品みたいにBOLCEのイーパスを財布に戻してみせたんだ」
「分からない。
一体どんなトリックがあるって言うつも……」
財布に戻すチャンスは、どう考えてもこの時しかありません。
他に考えられる可能性と言えば、やはり誰か共犯者がいたくらいしか」
「いや。共犯者なんていないし、
実を言えばチャンスは他にもあったんだよ。
最初で最後、たった一回きりのチャンスだけどね。
1046はあるトリックを使ってそのチャンスを作り出し、
まるで手品みたいにBOLCEのイーパスを財布に戻してみせたんだ」
「分からない。
一体どんなトリックがあるって言うつも……」
「お、時間だ!」
| 375 :トップランカー殺人事件(176) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/04/26(日) 01:53:05 ID:OHnJ/MiH0 |
ようやくチュートリアルが終わり、
画面にはDJ OTOGEの各種プレイデータが表示された。
八桁のIIDX ID、岩手県の登録エリア、SP三段の段位、約3,000のDJポイント。
IIDXをプレイする度に必ず最後に見せられる、お馴染みのデータ保存画面だ。
画面にはDJ OTOGEの各種プレイデータが表示された。
八桁のIIDX ID、岩手県の登録エリア、SP三段の段位、約3,000のDJポイント。
IIDXをプレイする度に必ず最後に見せられる、お馴染みのデータ保存画面だ。
乙下は携帯電話のボタンに指をかけ、身構える。
モニタ下部に位置するメッセージが
現在進行形の「データを保存しています」から
過去形の「保存に成功しました」へ切り替わり、
カードリーダーからイーパスが排出される。
その瞬間を狙い、乙下はストップウォッチを止めた。
現在進行形の「データを保存しています」から
過去形の「保存に成功しました」へ切り替わり、
カードリーダーからイーパスが排出される。
その瞬間を狙い、乙下はストップウォッチを止めた。
「よし、やっと計り終わった。
えーと、実験の結果は『10分40秒』。
なかなかいい結果だな」
えーと、実験の結果は『10分40秒』。
なかなかいい結果だな」
チュートリアルが開始されてから終了するまでの時間は10分40秒と判明した。
一方、1046とBOLCEのイーパス使用履歴の中で
乙下がチュートリアルだと見込んだプレイは、いずれも10分~11分。
これなら辻褄が合う。
一方、1046とBOLCEのイーパス使用履歴の中で
乙下がチュートリアルだと見込んだプレイは、いずれも10分~11分。
これなら辻褄が合う。
「さて実験も終わったことだし、
杏子ちゃんにちょっと面白いものを披露して差し上げよう」
「面白いもの?」
杏子ちゃんにちょっと面白いものを披露して差し上げよう」
「面白いもの?」
乙下は杏子ににんまりと微笑みかけて言った。
「手品だよ。1046が仕掛けた、BOLCEのイーパスを財布に戻すための手品」
| 379 :トップランカー殺人事件(177) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/04/27(月) 01:32:18 ID:Yk7iZqZZ0 |
GAME OVER。
八文字のアルファベットが画面に大きく登場し、
それとセットで金属的な効果音がスピーカーから鳴り響く。
約10分ほど続いた無音状態から一転して突然発音されたため、
乙下は少しだけびっくりしたが、集中力は乱さなかった。
それとセットで金属的な効果音がスピーカーから鳴り響く。
約10分ほど続いた無音状態から一転して突然発音されたため、
乙下は少しだけびっくりしたが、集中力は乱さなかった。
排出されたばかりのイーパスに軽く右手を添えて、
いつでもカードリーダーへ再挿入できる体勢をとる。
乙下はそのまま、じっと時機をうかがった。
いつでもカードリーダーへ再挿入できる体勢をとる。
乙下はそのまま、じっと時機をうかがった。
やがてGAME OVERの文字は薄らでいき、画面は電源が切れてしまったかのように暗転した。
スタートだ。
「……1」
もし空気の言ったことが本当なら、
「……2」
このタイミングでイーパスを挿入すれば、
「……3」
1046が事件当日に使ったトリックを再現できるはずだ。
画面はまだ真っ暗のままだったが、乙下は三つ数えるのと同時に
イーパスをカードリーダーへぐっと押し込んだ。
その一瞬で、乙下はすでに「手品」の成功を確信した。
右手に感じる感触が、明らかに普段のそれと異なっていたからだ。
イーパスをカードリーダーへぐっと押し込んだ。
その一瞬で、乙下はすでに「手品」の成功を確信した。
右手に感じる感触が、明らかに普段のそれと異なっていたからだ。
「どうやら上手くいった」
乙下のイーパスは無事に認識され、
画面はオープニングムービーを再生する暇もなく
暗証番号の入力画面に切り替わった。
画面はオープニングムービーを再生する暇もなく
暗証番号の入力画面に切り替わった。
「結論を言おう。
こいつはとんでもなく単純なトリックだ。
1046は『暗証番号を打ち込むと同時にイーパスをカードリーダーから取り出した』。
そしてイーパスをBOLCEの財布に入れてから、デラ部屋を立ち去ったんだ」
こいつはとんでもなく単純なトリックだ。
1046は『暗証番号を打ち込むと同時にイーパスをカードリーダーから取り出した』。
そしてイーパスをBOLCEの財布に入れてから、デラ部屋を立ち去ったんだ」
杏子は表情を変えずに、首の角度だけを傾けた。
「ちょっと待って下さい、一体何を言っているんですか?
取り出すもなにも、イーパスはゲームが終わるまで取り出せませんよね?」
「そう思うだろ。ところがだ」
取り出すもなにも、イーパスはゲームが終わるまで取り出せませんよね?」
「そう思うだろ。ところがだ」
乙下は右手をイーパスの縁に触れたまま、左手で四桁の暗証番号を打ち込む。
次の瞬間。
「……え?うそでしょう!?」
イーパスは乙下の右手によって、いとも簡単にカードリーダーから引き抜かれた。
| 380 :トップランカー殺人事件(178) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/04/27(月) 01:42:26 ID:Yk7iZqZZ0 |
さすがの杏子も得体の知れない物を見るような
怪訝な目つきになり、声を上げて驚いている。
怪訝な目つきになり、声を上げて驚いている。
対する乙下はイタズラをするように片笑みながら、
杏子の目の前で指に挟んだイーパスをヒラヒラとはためかせた。
杏子の目の前で指に挟んだイーパスをヒラヒラとはためかせた。
「取り出せるんだな、これが」
「そんなはずは……」
「そんなはずは……」
杏子は乙下の手からイーパスを奪い取り、
もう一方のカードリーダーに勢いよく差し込んだ。
「カチャ」と微かな機械音が聞こえて、イーパスは中に吸い込まれた。
杏子はイーパスを引き抜こうと試行錯誤をしたが、
ものの30秒ともたずに諦めてしまうのだった。
カードリーダーの中のイーパスはがっちりと固定され、
容易に取り出せはしないことが自明であると悟ったらしい。
もう一方のカードリーダーに勢いよく差し込んだ。
「カチャ」と微かな機械音が聞こえて、イーパスは中に吸い込まれた。
杏子はイーパスを引き抜こうと試行錯誤をしたが、
ものの30秒ともたずに諦めてしまうのだった。
カードリーダーの中のイーパスはがっちりと固定され、
容易に取り出せはしないことが自明であると悟ったらしい。
杏子は狐につままれたような顔で乙下と向き合った。
「どうやって?
どうやってイーパスを取り出したんですか?
まさか力ずくなんて言いませんよね」
「言わんって。
これはちょっとしたバグの一種らしくてね。
GAME OVER直後の暗転から約三秒後にイーパスを入れると、
なぜかカードリーダーの中で固定されないまま認証が始まっちゃうんだ。
どうしてそういうバグが発生したのかは知らないけど、事実としてこの方法を使えば
『ゲーム開始早々にイーパスを抜き取れる』ってことになるわけよ(※注2)」
「すごい……。こんなシステム上の盲点があったんですね」
どうやってイーパスを取り出したんですか?
まさか力ずくなんて言いませんよね」
「言わんって。
これはちょっとしたバグの一種らしくてね。
GAME OVER直後の暗転から約三秒後にイーパスを入れると、
なぜかカードリーダーの中で固定されないまま認証が始まっちゃうんだ。
どうしてそういうバグが発生したのかは知らないけど、事実としてこの方法を使えば
『ゲーム開始早々にイーパスを抜き取れる』ってことになるわけよ(※注2)」
「すごい……。こんなシステム上の盲点があったんですね」
杏子は目を見張って言った。
※注2:
この裏技は、現在のe-AMUSEMENT PASSシステムが初めて導入された
IIDX13 DistorteD以来、修正されずに残っているものである。
通常イーパスをカードリーダーに入れると「カチャ」という機械音と共に内部で固定されてしまうが、
本文で述べたようなタイミングで挿入すると逆にイーパスへバネのような斥力が奥から働いて、
カードリーダーから外に出ようとする方向に力がかかる。
(乙下の感じた「普段と異なる感触」の正体はこの斥力)
この状態でデータの読み込みをさせれば、
イーパスを手元に置いたまま通常通りのプレイをすることができてしまうのである。
この裏技は、現在のe-AMUSEMENT PASSシステムが初めて導入された
IIDX13 DistorteD以来、修正されずに残っているものである。
通常イーパスをカードリーダーに入れると「カチャ」という機械音と共に内部で固定されてしまうが、
本文で述べたようなタイミングで挿入すると逆にイーパスへバネのような斥力が奥から働いて、
カードリーダーから外に出ようとする方向に力がかかる。
(乙下の感じた「普段と異なる感触」の正体はこの斥力)
この状態でデータの読み込みをさせれば、
イーパスを手元に置いたまま通常通りのプレイをすることができてしまうのである。
なお、イーパスを入れるタイミングが早すぎるとシステムエラーが起こり、
場合によっては筐体を再起動させなくては復旧できないため、注意が必要である。
また、IIDX16 EMPRESSでは処理がわずかに速くなったらしく、
暗転後から数えて約2秒のタイミングでイーパスを挿入すると上手くいくようだ。
(店舗に迷惑をかける可能性が高いので、絶対に試さないように)
場合によっては筐体を再起動させなくては復旧できないため、注意が必要である。
また、IIDX16 EMPRESSでは処理がわずかに速くなったらしく、
暗転後から数えて約2秒のタイミングでイーパスを挿入すると上手くいくようだ。
(店舗に迷惑をかける可能性が高いので、絶対に試さないように)
| 381 :トップランカー殺人事件(179) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/04/27(月) 01:45:57 ID:Yk7iZqZZ0 |
「すると、1046さんがBOLCEさんのイーパスを財布に戻したのは」
「そう。12:30のプレイ開始直後だ。
1046はこのトリックを使ってイーパスを取り出し、
BOLCEの財布に入れてから、全速力でABCに向かって自転車を走らせた」
「そう。12:30のプレイ開始直後だ。
1046はこのトリックを使ってイーパスを取り出し、
BOLCEの財布に入れてから、全速力でABCに向かって自転車を走らせた」
12:30の時点でデラ部屋のIIDX筐体はモニタが粉々に破壊されていた。
よって、暗転のタイミングを「目」で確認することはできない。
よって、暗転のタイミングを「目」で確認することはできない。
だが、1046には「耳」がある。
GAME OVERと同時に流れる効果音を聞けば、
イーパスを入れるタイミングを掴むことは可能だったはずだ。
ましてや1046はIIDXのトップランカー。
「音をトリガーとして正確なタイミングで体を動かす」ことに関しては
他の誰よりも長けていると言える。
イーパスを入れるタイミングを掴むことは可能だったはずだ。
ましてや1046はIIDXのトップランカー。
「音をトリガーとして正確なタイミングで体を動かす」ことに関しては
他の誰よりも長けていると言える。
これは1046にとってたった一回きり、最初で最後のチャンスだった。
とは言え、トップランカーの彼がこのチャンスを
100%に近い確率でものにすることは、決して困難な話ではなかったのだ。
とは言え、トップランカーの彼がこのチャンスを
100%に近い確率でものにすることは、決して困難な話ではなかったのだ。
| 31 :トップランカー殺人事件(180) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/05/13(水) 01:37:00 ID:uv7fNouI0 |
杏子はすでに元の物静かな表情を取り戻していた。
つい先刻の驚きに満ちた顔はもはや跡形もなく、
幻を見ていたのではないかと疑いたくなるくらいに無色透明な目をしていた。
つい先刻の驚きに満ちた顔はもはや跡形もなく、
幻を見ていたのではないかと疑いたくなるくらいに無色透明な目をしていた。
「その裏技、私も試してみていいですか?」
乙下がどうぞ、とホテルマンのように手を差し出すより早く、
杏子はいつの間に用意したのか、
少し色の剥げたイーパスを片手にIIDXのステージへ踏み出す。
そしてすでに吐き出されていた乙下のイーパスを引き抜き、
代わりに自分のイーパスを1P側のカードリーダーへ挿入した。
杏子はいつの間に用意したのか、
少し色の剥げたイーパスを片手にIIDXのステージへ踏み出す。
そしてすでに吐き出されていた乙下のイーパスを引き抜き、
代わりに自分のイーパスを1P側のカードリーダーへ挿入した。
dj 2BUAN。
SP8段。
プレイ回数540回。
SP8段。
プレイ回数540回。
乙下より遙かに多くの回数をこなしている。
名前の由来は「ツブラギ アンコ」を略して、
djツブアンと読ませたいのだろうと予想がついた。
名前の由来は「ツブラギ アンコ」を略して、
djツブアンと読ませたいのだろうと予想がついた。
乙下のdjネームは本名そのまま。
空気のdjネームは本名のイニシャル。
杏子の場合は、さしずめその中間といったところか。
数字を当てて「ツ」を表現しているあたりが
杏子にしては現代的というか可愛らしいというか、微妙なギャップがなんだか面白い。
空気のdjネームは本名のイニシャル。
杏子の場合は、さしずめその中間といったところか。
数字を当てて「ツ」を表現しているあたりが
杏子にしては現代的というか可愛らしいというか、微妙なギャップがなんだか面白い。
もちろん杏子はそんな乙下の要らぬ感想などつゆ知らず、
早速一曲目に「No.13」のHYPERを選んで軽やかにプレイしている。
それなりに人気のある曲なのか、他人がプレイするのをよく見かけるが、
NORMAL譜面でさえ☆8もあるので乙下には手を出せない。
ましてや☆10のHYPER譜面など、異次元の難しさだ。
早速一曲目に「No.13」のHYPERを選んで軽やかにプレイしている。
それなりに人気のある曲なのか、他人がプレイするのをよく見かけるが、
NORMAL譜面でさえ☆8もあるので乙下には手を出せない。
ましてや☆10のHYPER譜面など、異次元の難しさだ。
しかし、杏子はそつなくプレイしていた。
所々でミスを出すもののJUST GREAT率は非常に高く、
AAのペースメーカーを置いてきぼりにして青いグラフを上昇させている。
上手い。
さすがにBOLCEや1046のそばで育っただけのことはある。
所々でミスを出すもののJUST GREAT率は非常に高く、
AAのペースメーカーを置いてきぼりにして青いグラフを上昇させている。
上手い。
さすがにBOLCEや1046のそばで育っただけのことはある。
だがそれ以上に、乙下は杏子のプレイスタイルの優雅さに目を奪われた。
関節でしっかり指を曲げ、ボタンに対して直角に力を加えている。
それがあたかもピアノの演奏を思わせ、彼女のプレイに品格を与えているのだ。
もしかすると小さい頃にピアノを習った経験があり、
その技術をIIDXに応用しているのかも知れない。
関節でしっかり指を曲げ、ボタンに対して直角に力を加えている。
それがあたかもピアノの演奏を思わせ、彼女のプレイに品格を与えているのだ。
もしかすると小さい頃にピアノを習った経験があり、
その技術をIIDXに応用しているのかも知れない。
| 32 :トップランカー殺人事件(181) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/05/13(水) 01:49:46 ID:uv7fNouI0 |
「この娘上手いですねー」
ABCの店員だった。
乙下の斜め後ろで興味深そうに腕組みしながら見物している。
乙下の斜め後ろで興味深そうに腕組みしながら見物している。
「できないところは適当に押すんじゃなくて、
できるところだけを選んで極力正確に押そうとしてる。
だからミス数の割に打鍵音が揃ってるし、スコアも高いんです」
「んなことまで分かるんだ。やっぱアンタ凄いなぁ」
「いやいや全然。
ちょっと耳が良いってだけで、自分じゃ何もできないんですよ。
私もこのゲームちょくちょくプレイしますけど、
恥ずかしながら☆4で死ぬ程度の腕前なんです。
なんだかな、女子高生にさえ余裕で負けてる現実はさすがに悔しいですね」
できるところだけを選んで極力正確に押そうとしてる。
だからミス数の割に打鍵音が揃ってるし、スコアも高いんです」
「んなことまで分かるんだ。やっぱアンタ凄いなぁ」
「いやいや全然。
ちょっと耳が良いってだけで、自分じゃ何もできないんですよ。
私もこのゲームちょくちょくプレイしますけど、
恥ずかしながら☆4で死ぬ程度の腕前なんです。
なんだかな、女子高生にさえ余裕で負けてる現実はさすがに悔しいですね」
店員の苦笑いを見ながら、
乙下は何かもやもやとした違和感のようなものが心に立ちこめてくるのを自覚した。
乙下は何かもやもやとした違和感のようなものが心に立ちこめてくるのを自覚した。
「悔しい……?」
「そりゃ悔しいですよー。
自分より下手な人なんてほとんど見たことないし、劣等感感じちゃいます」
「そうか、そういうもんか」
「そりゃ悔しいですよー。
自分より下手な人なんてほとんど見たことないし、劣等感感じちゃいます」
「そうか、そういうもんか」
乙下にとってIIDXは単なる趣味であり、遊びである。
なので、乙下は周囲のプレイヤーとの実力差にさほど執着していなかった。
なので、乙下は周囲のプレイヤーとの実力差にさほど執着していなかった。
その性格ゆえに乙下は忘れそうになっていたが、
他人と競い合うという要素があるからこそ、このゲームは成り立っている。
ライバル登録機能や各種ランキングの存在が
利益に大きく貢献しているであろうことは、想像に難くない。
他人と競い合うという要素があるからこそ、このゲームは成り立っている。
ライバル登録機能や各種ランキングの存在が
利益に大きく貢献しているであろうことは、想像に難くない。
しかし、他人と競い合うことで生まれる感情が
必ずしも健全なものであるとは限らない。
必ずしも健全なものであるとは限らない。
それに気付いた時、まさかとは思いつつも乙下の中である一つの仮説が展開されていった。
ABC店員は杏子に対して劣等感を抱いている。
杏子は1046に対して劣等感を抱いている。
では、1046は誰に対して劣等感を抱いていた?
杏子は1046に対して劣等感を抱いている。
では、1046は誰に対して劣等感を抱いていた?
劣等感の連鎖。
そのピラミッドの頂点で渦巻く感情。
そのピラミッドの頂点で渦巻く感情。
与太話だとは承知の上だった。
乙下は俗に言う常識とやらから目を背けつつ店員に尋ねた。
乙下は俗に言う常識とやらから目を背けつつ店員に尋ねた。
| 33 :トップランカー殺人事件(182) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/05/13(水) 01:55:12 ID:uv7fNouI0 |
「店員さん、例えばなんだけどさ」
「はい」
「アンタが銀メダリストだとするよ」
「はい?」
「で、あの娘が金メダリストだとしよう」
「はい……」
「何度オリンピックが開催されても、アンタはどうしても彼女に勝てない。
あと一歩のところで必ず優勝を持ってかれる。
金メダルを取れさえすれば最高の名誉が手に入るのに、
人生の全てをかけて努力をしても銀メダル止まり。
そんな状態になったらどう思う?」
「オリンピックに男女混合の種目なんてありましたっけ?」
「そこは例えだから、まぁ気にしないどいてよ」
「はい」
「アンタが銀メダリストだとするよ」
「はい?」
「で、あの娘が金メダリストだとしよう」
「はい……」
「何度オリンピックが開催されても、アンタはどうしても彼女に勝てない。
あと一歩のところで必ず優勝を持ってかれる。
金メダルを取れさえすれば最高の名誉が手に入るのに、
人生の全てをかけて努力をしても銀メダル止まり。
そんな状態になったらどう思う?」
「オリンピックに男女混合の種目なんてありましたっけ?」
「そこは例えだから、まぁ気にしないどいてよ」
突飛な質問だったが、存外彼は真剣に答えてくれた。
「そりゃもう、すごく悔しいでしょうね。
あんなヤツいなければ自分が世界一だったのに、とふて腐れる」
「じゃ、殺す?」
あんなヤツいなければ自分が世界一だったのに、とふて腐れる」
「じゃ、殺す?」
店員の笑顔が突然作り物のようにぎこちなくなった。
「あんな邪魔者はいっそこの手で殺してしまえ。そんな風に思わない?」
「……それはないですよ。
そんなことをしてまで金メダルを奪い取ったところで、何の意味があるんでしょう。
メダル争いをするほどのプロなら、
スポーツマンシップに反する行為はしないと思います」
「金メダルのためにドーピングをする人なら過去にたくさんいたけど」
「だからと言ってドーピングと殺人を同列に考えちゃいけませんって」
「んー、それもそうか」
「……それはないですよ。
そんなことをしてまで金メダルを奪い取ったところで、何の意味があるんでしょう。
メダル争いをするほどのプロなら、
スポーツマンシップに反する行為はしないと思います」
「金メダルのためにドーピングをする人なら過去にたくさんいたけど」
「だからと言ってドーピングと殺人を同列に考えちゃいけませんって」
「んー、それもそうか」
1046はなぜBOLCEを殺したのか。
その動機の糸口が掴めたのではないかと錯覚しかけたが、
店員の冷静な意見は実にもっともらしかった。
乙下は今更我に返ったように、自分の発想の陳腐さを呪う。
その動機の糸口が掴めたのではないかと錯覚しかけたが、
店員の冷静な意見は実にもっともらしかった。
乙下は今更我に返ったように、自分の発想の陳腐さを呪う。
そこで店員がぽん、と手を叩いた。
「そうだ。国によっては金メダルを取れば
一生遊んで暮らせるほどの賞金をもらえるって言いますよね。
そんな状況だったら話は別かも」
「でもたったの200万円ぽっちじゃなぁ」
「200万円?」
「ごめん、こっちの話。
また仕事の邪魔しちゃったね」
「なんだかよく分かんないけど、私で良ければまた相談に乗りますよ」
一生遊んで暮らせるほどの賞金をもらえるって言いますよね。
そんな状況だったら話は別かも」
「でもたったの200万円ぽっちじゃなぁ」
「200万円?」
「ごめん、こっちの話。
また仕事の邪魔しちゃったね」
「なんだかよく分かんないけど、私で良ければまた相談に乗りますよ」
店員はにこにこと愛想良く言って、仕事に戻った。
本当に明るい男だ。
彼ほど仕事熱心でコミュニケーション力のある男なら、
社員として欲しがる会社も少なくないだろう。
時給いくらで働いているのかは知らないが、
こんなじっとりと湿っぽい場末のゲームセンターで
アルバイトをさせておくには勿体ない人材ではなかろうか。
大きなお世話かも知れないが、乙下はそう思わずにいられなかった。
彼ほど仕事熱心でコミュニケーション力のある男なら、
社員として欲しがる会社も少なくないだろう。
時給いくらで働いているのかは知らないが、
こんなじっとりと湿っぽい場末のゲームセンターで
アルバイトをさせておくには勿体ない人材ではなかろうか。
大きなお世話かも知れないが、乙下はそう思わずにいられなかった。
| 34 :トップランカー殺人事件(183) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/05/13(水) 02:02:45 ID:uv7fNouI0 |
「さてと」
乙下はIIDXに意識を戻した。
コミュニケーション力があるんだかないんだかよく分からない
アクの強い女子高生が、今まさにフリーモードを終えようとしていた。
コミュニケーション力があるんだかないんだかよく分からない
アクの強い女子高生が、今まさにフリーモードを終えようとしていた。
彼女は乙下が教えたことを忠実に実行した。
落ち着いた様子でGAME OVER後の画面暗転を待ち構え、
きっかり三つ数えてから排出されたばかりのイーパスを再挿入する。
結果、見事イーパスは内部で固定されないまま認識され、
暗証番号の入力画面に切り替わった。
きっかり三つ数えてから排出されたばかりのイーパスを再挿入する。
結果、見事イーパスは内部で固定されないまま認識され、
暗証番号の入力画面に切り替わった。
「……すごい。
本当にイーパスを使わないでもプレイできるんですね」
「だろ。これで納得してくれたかな?」
「そうですね。貴方の言う通りにすれば、
理屈の上では1046さんがBOLCEさんを殺すことも可能です」
本当にイーパスを使わないでもプレイできるんですね」
「だろ。これで納得してくれたかな?」
「そうですね。貴方の言う通りにすれば、
理屈の上では1046さんがBOLCEさんを殺すことも可能です」
どうも引っ掛かる言い方だ。
「あまり納得してないみたいな口振りだね」
「だってあまり納得してないですから」
「え」
「だってあまり納得してないですから」
「え」
乙下は思わずぎくりとしてしまう。
「IIDXをプレイしながら頭の中で考えをまとめました。
結論は、貴方が説明してくれたトリックは机上の空論に過ぎません」
結論は、貴方が説明してくれたトリックは机上の空論に過ぎません」
杏子はしれっと乙下の推理を否定した。
そればかりか机上の空論とまで言い放つほどの遠慮のなさに、
乙下はムッとするのを通り越してある種の清々しさを感じた。
そればかりか机上の空論とまで言い放つほどの遠慮のなさに、
乙下はムッとするのを通り越してある種の清々しさを感じた。
「言ってくれるなー。どうしてそう思うわけ?」
「逆に聞きます。貴方の推理は
『BOLCEさんが1046さんの言いなりになって行動すること』を前提としています。
どうしてBOLCEさんは1046さんの言いなりになったのですか?」
「……それははっきりと分からないけど、二人は表面上は仲良しだったわけだし、
1046がなんか適当な理由をつけて言いくるめることもできたんじゃないのかな」
「その考えが間違っているんです。
断言しますが、いかなる理由があっても
BOLCEさんが1046さんの思い通りに動くことはあり得ないのです」
「なぜ言い切れる?」
「逆に聞きます。貴方の推理は
『BOLCEさんが1046さんの言いなりになって行動すること』を前提としています。
どうしてBOLCEさんは1046さんの言いなりになったのですか?」
「……それははっきりと分からないけど、二人は表面上は仲良しだったわけだし、
1046がなんか適当な理由をつけて言いくるめることもできたんじゃないのかな」
「その考えが間違っているんです。
断言しますが、いかなる理由があっても
BOLCEさんが1046さんの思い通りに動くことはあり得ないのです」
「なぜ言い切れる?」
杏子は恐ろしいほど冷たい眼差しを乙下に突き立てた。
「BOLCEさんが1046さんのカードを使うことは、明らかな『不正行為』だからです」