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トップランカー殺人事件 第五話『dj Remo-con』 -phase3-

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83 :トップランカー殺人事件(184) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/06/01(月) 00:00:09 ID:UL/CKAN60
杏子が言いたいのは、つまりこういうことだった。

BOLCEが1046のイーパスを使えば、
BOLCEのスコアが1046のスコアとして記録されてしまう。
1046がBOLCEのイーパスを使えば、
1046のスコアがBOLCEのスコアとして記録されてしまう。

「代行プレイ」と呼ばれる不正行為だ。

「BOLCEさんは誰よりもIIDXというゲーム対して真摯な人でした。
 そんな彼が不正行為に手を染めるはずはありません。
 例えどんな理由があったとしてもです」

杏子は顔をしかめていた。
BOLCEを不正プレイヤー呼ばわりした乙下に対して
ご立腹なのかと思ったが、杏子が顔に出すはずがない。
単に目が地上の明るさにまだ慣れていないだけのようだ。

二人はABCを出て、外のアーケード街を歩いていた。
杏子の歩調に合わせて、人込みの中をゆっくりと駅の方角へ向かう。
今日は風が強めに吹いており気温の割に涼しかったが、乙下の心中は汗をかいていた。

「例えばさ、俺みたいな初心者が上手い人に代行してもらって
 皆伝とったりしちゃったら、そりゃ完全な不正行為だと思うよ。
 でもBOLCEと1046はIIDX界のツートップだったんでしょ。
 どうせ同じような化け物レベルの実力を持ってるんだから、
 代行したって関係ないし、誰も気付かないんじゃないの?
「そうとは限りません。
 全国模試一位の秀才だからと言って、替え玉受験しても許されますか?」

杏子は高校生らしい例えを持ち出した。

「許されない」
「同じ話です。
 トップランカー同士だからと言って、代行プレイは許されません」
「受験とゲームは違うだろ」
「本質的には同じです」
「そんなもんかなぁ」

食い下がる乙下をものともせず、杏子は説明を続けた。

「貴方はBOLCEさんと1046さんを同じトップランカーとして
 一括りにしているようですが、決して二人は同じではないのです。
 それぞれに得意分野がありました」
「得意分野?」
「BOLCEさんは発狂譜面に強く、1046さんが勝てる☆12の曲はほとんどありません。
 一方で1046さんは簡易譜面に滅法強く、
 ☆7くらいまでならBOLCEさんでさえ相手にもなりませんでした」
「そんなに違うのか」
「ええ。BOLCEさんに出せて1046さんに出せないスコアもあれば、
 1046さんに出せてBOLCEさんに出せないスコアもある。
 自分に出せないスコアを出せる他人にイーパスを使わせた時点で、
 それは言い逃れようのない不正行為なのです」

SP三段の乙下には想像すらままならない話だった。
星空をまじまじと見つめたところで、
レグルスとスピカのどちらが明るいのかなど、知りようがない。
人間のちっぽけな目から見れば、どちらも立派な1等星だ。

84 :トップランカー殺人事件(185) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/06/01(月) 00:14:07 ID:ww0QBSwg0
「それに、良いとか悪いとかそんな話を抜きにしても、
 私が勝手に貴方のイーパスを使ってスコアを塗り替えたら嫌でしょう?」
「そりゃ嫌だよ。
 せっかく日々スコアを伸ばすのが楽しみなのに、
 自分以外の誰かにプレイなんかされたら台無しだ」
「でしょう。
 ましてや自称『IIDXのためだけに生きていた』BOLCEさんが、
 簡単にイーパスを他人に使わせるでしょうか。
 ましてや1046さんという、自分のスコアを塗り返す可能性を大いに持っている人物に」

これには乙下も同意せざるを得なかった。
自分がBOLCEと同じ立場だったなら、イーパスを他人に貸すなんてしたくない。

「ついでに言いますが、性格的にもBOLCEさんは1046さんの言うことなんて聞きません。
 見た目は気弱そうなBOLCEさんですが、意外に自分の意志は絶対曲げません。
 逆に、見た目は強気そうな1046さんですが、すごく繊細で気を遣うタイプです」
「え、そうなの?」

乙下の推理にとって不利な情報だった。

乙下の推理上では、1046はBOLCEに不可解な指令を下す必要がある。

『人目を忍んでABCへ行け』。
『山岡コースをプレイし続けろ』。
『12:09にチュートリアルを選べ』。
『12:18ちょうどにシルバーへ戻って来い』。

突然こんなことを命じられたら、普通は不審がる。
そこを1046は親友のよしみで上手に処理したのだろうと、乙下は勝手に推測していた。

しかし、杏子はその線を完全に否定していた。

誰よりもBOLCEのことを知っている、
きっとBOLCE自身よりもBOLCEのことを知っている、
そう宣言する杏子が否定したのだ。

「ってことは」

乙下は少し唇を噛んでから、力無く言った。

「俺の推理は机上の空論じゃないか」
「ですから、そのように言いました」

正面から風が吹きつけた。
杏子の長い髪が、まるで複雑な樹形図のようになびく。

またフリダシに戻ってしまったのだろうか。
真相へ近付いている手応えは確かにあったのだが、
単なる願望がそう思わせただけだったのだろうか。

85 :トップランカー殺人事件(186) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/06/01(月) 00:19:36 ID:ww0QBSwg0
勝手に込み上げてくる悪いイメージを振り払うつもりで、
乙下は状況を場合分けしてみることにした。

「1、不正行為をしてまでも1046に協力しなければならない理由がBOLCEにはあった。
 2、1046は全く別のトリックを使ってこの犯行を為し遂げた。
 3、そもそも1046が犯人という仮定からして間違っていた」

思いつくままに列挙してみたものの、どれもピンと来ない。
仕方なしに、乙下は杏子にふってみた。

「杏子ちゃんはどう思う?」
「3」

前もって準備していたのではないか、というくらいの即答だった。
逆に乙下の方が回答の回答を準備できておらず、二人の間にぽっかりと沈黙が訪れた。

その沈黙を先に埋めたのは、杏子の方だった。

「だって、1046さんが犯人だなんて、やっぱり信じられません」

訴えるような声。
酷なことをした、と乙下は思った。

「ごめん」
「何がですか?」
「友達が犯人かも知れない話なんて、聞きたくなかっただろう」
「それは別にいいんです」
「いいのかよ」
「1046さんが犯人だと思えないのは、感情的な理由ではなくて」

杏子はあまりにも淡泊に言った。

「占いでそう出たからです」
「……あ、そう」

乙下は立ちくらみかけた。
もう根本的に見えている世界が違う。

「信じてませんね?」
「だって、んなこと言うなら犯人の名前と事件の真相を占ってよ」
「それは無理です」
「都合良いなぁ。いや、悪いのか」
「天気予報みたいなものです。
 盛岡市の今日の天気は分かるけど、
 今この場所で何時何分に雨が降るのかまでは分からない。
 そんな感じです」
「天気予報はよく外れるじゃねーか」
「だから私も確実なことは何も言えません。
 ただ、雲一つない快晴の日に天気予報で
 『一分後に雨の降る確率は0%』と報じられたら、それは信じるでしょう?」
「まぁ、それは信じるね」
「占いも似たようなものです」
「ふーん」

なんだか煙に巻かれたような気がする。

86 :トップランカー殺人事件(187) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/06/01(月) 00:30:14 ID:ww0QBSwg0
「ですから私は、占える範囲で占って貴方の手助けをします」
「それじゃ、占える範囲で占ってみせてよ」
「分かりました。占える範囲で占ってみます」

それっきり杏子は会話をやめてしまった。
ただし黙りこくってしまったわけではなく、
ぎりぎり聞き取れるか聞き取れないかほどの小声で何かを囁いている。
とは言っても夢遊病者のような危うさはなく、
目はしっかりと前を向き、足はしっかりと前に進んでいる。

呪文のようなものなのだろうか。
タロットカードや筮竹のような小道具は登場しないらしく、
そのことがかえってリアルに思えた。

「報告書」

占いを終えたのか、杏子が唐突に口走る。

「報告書?」
「今日の貴方のラッキーアイテムです。
 『報告書を確認せよ』と天からのお達しがありました」
「ああ、例のラッキーアイテムね」

乙下は一応真面目に聞いた。
昨日のラッキーアイテムはポスターで、確かに事件の鍵を握るものではあった。
期待するわけではないが、馬鹿馬鹿しいと切り捨てる前に
少しは気にかけてみるのも一興かも知れない。

そう言われてみれば、「報告書」と聞いて一つ心当たりがある。
先ほどの電話の最後に聞いた空気の一言。


『BOLCEの検死結果が出たみたいっすよ。報告書が署に届いてました』


平日から解放されたばかりのたくさんの笑顔達とすれ違う中、
苦悶の表情がべっとりと張り付いたBOLCEの死に顔が、乙下の頭の中に蘇った。

記憶に佇むその顔は必死に何かを訴えかけているような気がしたが、
聞こえてくるのは圧迫された喉笛からひゅうひゅうと漏れ出す息にも似た、
どうしようもなく不吉な風の音だけだった。

131 :トップランカー殺人事件(188) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/06/23(火) 23:58:40 ID:MroTvqFj0
盛岡警察署に戻ってきた乙下は自分の耳を疑った。
「Back Into The Light」が捜査一課の方向から聞こえてくるからだ。

一歩また一歩と捜査一課へ近付くにつれ、
音楽の発生元が「捜査一課の方向」ではなく「捜査一課」であると確信が強まっていく。

「あのバカ」

土曜日の今日、署には当直の人員しか出勤しておらず閑散としている。
それをいいことに、空気がIIDXのサントラを聞いているのだろう。

しかし事実は乙下の予想とは少々異なっていた。

捜査一課からやかましく垂れ流されていた音の正体は
サントラの再生音ではなく、1046がIIDXをプレイしている音だった。
すらっとした佇まいで華麗に鍵盤を叩いては皿を回すその動きは、
乙下がABCで目にした動きと同じものだった。

ただし、今日の1046はテレビの中という特殊な環境下でプレイしているため、
一昨日と比べるとその背中はこぢんまりとしており、やや迫力に乏しかった。

「あっ、オトゲ先輩!お疲れ様っす」

しがみつくようにテレビを見ていた空気は、
半分だけ乙下の方を振り返って挨拶をし、再びテレビにしがみついた。
誠意のかけらも感じられない素晴らしい挨拶をもらい、乙下は感涙にむせびそうになる。

「何やってんのお前?」
「DVDを見てるんです」
「見りゃ分かるよバカ。何見てんのか聞いてんだよ」

空気は悪びれるどころか胸を張って立ち上がり、
印籠を取り出した助さん格さんのような不敵な面構えで
一箱の分厚いDVDパッケージを見せつけてきた。
「BEMANIトップランカー決定戦2008」のタイトルロゴがあり、
バックには見慣れた各種音ゲーの写真が写っている。

「何これ」
「BEMANIトップランカー決定戦2008っす」

132 :トップランカー殺人事件(189) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/06/24(水) 00:08:38 ID:MroTvqFj0
「見りゃ分かるよバカ。なんでこんなの見てんのか聞いてんだよ」
「一昨日オトゲ先輩が見たいって言ってたんで、準備してたんです」
「そうかそうか、俺のために準備してくれてたのか」

1046による「Back Into The Light」のプレイ動画が終了すると、
続いてスピーカーから警察署の雰囲気に似つかわしくない
シャリシャリとした質感の音楽と共に、
ノリの良い男声によるそれこそDJ風味のナレーションが聞こえてきた。


『ご覧いただけましたか?予選第二位通過、DJ 1046の神業プレイング!
 とにかく驚異的としか言えないこのJUST GREAT率。
 見て下さい、この☆1から☆11までの全フォルダが
 まばゆいフルコンボランプで埋め尽くされている様子は圧巻で……』


乙下はDVDプレイヤーの停止ボタンを押し、
それから空気の心肺機能が停止するほどの勢いで彼の頭を引っぱたいた。
たったの五十音しか有さない日本国の言語では
もはや表現することさえ難しいほど豊かな喘ぎ声が、二人きりの捜査一課に響く。
空気は耐えきれず、頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまった。

「いてえぇぇ先輩痛い、今のはさすがに痛い」
「お前という男を部下に持った俺の心も痛い」
「ひどいっすよ、せっかくオトゲ先輩のためにわざわざ家から持ってきたのに」
「誰が勤務時間に鑑賞しろと言った。
 つーか署内でこんなの見るな。つーか音がでかい。つーか死ね」
「うわ、なんか今どさくさに紛れてひどいこと言いませんでした?」

空気が普段にも増して恨めしそうにむくれているので、
仕方なしに乙下は話の流れを180度変えてみることにする。

「それより土曜日なのに色々調べてくれてどうもな。おかげで助かったよ」
「いやいや、ボクは何もしてませんって。
 ただ先輩に言われた通り、
 『ボタンに触らなくてもゲームオーバーにならない方法』と
 『イーパスを使わずにゲームをプレイする方法』を調べただけっすから」

と言いつつも、空気は鼻高々に微笑んだ。
ちょっと誉めてやるとこれだ。

「でも良かったっすよ。
 これで1046のアリバイは完全に崩れましたもんね」
「ところが、残念ながら崩しきれなかった。
 杏子ちゃんにツッコまれたよ。
 BOLCEは1046の言うことなんて聞くはずない、
 だから俺の推理は机上の空論でしかないってさ」

133 :トップランカー殺人事件(190) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/06/24(水) 00:15:09 ID:cWcDZ4fn0
空気は一転して難しい顔つきになった。

「それ、1046のことかばってるんじゃないっすか?」
「うーんどうかな。
 あの娘ってBOLCEのこととなるとやたら熱心になるんだけど、
 他の人についてはあんまり私情を挟んでるような感じじゃなかったよ」
「一応気をつけて下さいね。
 昨日杏子ちゃんにひどいこと言っちゃったのは反省してます。
 けど、ボクの言ったことだって可能性は0じゃないっすよ。
 あの娘は1046の手先で、1046の疑いを晴らすためにボクらに近付いて来たのかも知れないっす。
 現に、あの娘はオトゲ先輩の推理を否定したわけですし」
「まぁそうだね。一応気をつけとくよ」

せっかくの忠告なのでひとまずは空気に同意してみせたが、
実のところ乙下には杏子が1046の回し者だとは考えにくかった。
彼女の口からこぼれる言葉の一つ一つが内容はどうあれ真に迫っていたし、
何より彼女は嘘をついたり人を騙したり、
そういった種類の行動に関してはひどく不器用であるように思えた。

なぜなら、彼女が占い師だからだ。

占い師は真実を語る職業。
真実を語るべき彼女が真実を騙るとすれば、
それは占い師である自分を否定することに繋がるのではないだろうか。
そんな気がしたのだ。

「そうそう、占いと言えば」

乙下は辺りを見回した。

「今日のラッキーアイテムどこ?」
「は?」
「BOLCEの検死結果が出たんだったよな」
「あ、その報告書なら」

空気が指差したのは乙下のデスクであり、
乙下のデスクには署内便の茶封筒が置かれていた。

早速封を切ると、中にはお目当ての「死体検案書」が入っていた。
見た目は病院のカルテのようだが、書かれているのは生きた人間の様子ではなく
死んだ人間の様子であるという微妙な違いがある。
死亡した場所・死亡原因・死亡の種類など、血なまぐさい項目ばかりだ。

乙下は空気と並んで腰を下ろし、じっくりと死体検案書に目を通していった。

134 :トップランカー殺人事件(191) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/06/24(水) 00:23:46 ID:cWcDZ4fn0

           死体検案書


■氏名:三浦 清(ミウラ キヨシ) 男性

■生年月日:昭和59年2月15日

■死亡推定時刻:平成20年7月16日(水) 午後12:30頃

■死亡したところ:盛岡市土々呂町5-7-3
            アミューズメント・シルバー

■死亡の原因 (ア)直接死因:窒息
          (イ)(ア)の原因:絞頸

■死亡の種類:他殺

■解剖:
  頸部に二重の水平方向索状痕あり。顔面うっ血。舌挺出。
  頭部に切創があり、付近に少量の流動血及び無数のガラス破片が付着。
  その他外傷は認められず。

■外因死の追加事項:
  頸部に残った二重の索状痕は、紐状の凶器により絞殺された後、
  死体を首吊りにされたことにより付いたものと思われる。

  頭部の切創はガラスと衝突したことによるものだが、
  付近に付着した血液は流動血のみ(軟凝血なし)であることから、
  死後加害者の手によって加えられた外傷であると推定される。

  また、その他目立った外傷が認められず、
  どの部位からも他人の血液・皮膚等の痕跡がないことから、
  犯行当時ほとんど抵抗しなかった様子がうかがえる。
  ただし薬物の検出はない。

上記の通り検案する。

                          検案年月日:平成20年7月17日
                          発行年月日:平成20年7月18日

                               盛岡大学病院


                                  ― 以 上 ―

135 :トップランカー殺人事件(192) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/06/24(水) 00:31:29 ID:cWcDZ4fn0
「どういうことだ……?」

死体検案書に書かれていたのは奇妙な情報だった。

粉々になったIIDXのモニタと、BOLCEの流血。
これを見た乙下はてっきり、BOLCEが犯人と揉み合っている最中に
モニタへ頭から突っ込んでしまったものと思い込んでいた。

しかし、検案書はこれとまったくもって異なる見解を語っている。

BOLCEは犯人と揉み合うどころか、抵抗さえもしなかった。
そして、なぜか犯人はBOLCEを殺した後で、
わざわざBOLCEの頭部をIIDXのモニタに叩きつけたという。
乙下にはどちらの事実も理解しがたかった。

だが今にして思えば、もっと早く気付くべきだったのかも知れない。

36インチのブラウン管モニタが跡形もなく粉々になるほどの衝撃。
これがもし揉み合っている最中の出来事であれば、
もっともっと派手に鮮血が飛び散っていたはずだ。

ところが、実際の現場で認められた流血はごく僅かだった。
ということは、モニタと頭部が衝突したその時、
BOLCEはすでに絶命し彼の流血は停止していたと気付くべきだったのだ。

「どうして犯人はわざわざこんなことをしたんだろう?」
「BOLCEのことが憎くてしょうがなかったとかじゃないっすか?
 殺しても吊るし上げにしても飽き足らず、頭をかち割った」

空気らしい安直な答えだった。

「そりゃ俺も真っ先に考えついたけどさ。
 この事件の犯人ってそこまで直情的な人間だろうか?」
「と言いますと?」
「なんだか、犯人のこの行動には何か重大な意味があるような気がする」
「どんな意味っすか」

乙下は目を閉じて、事件発生当時の現場を想像しながら言った。

「要するにだ、犯人がかち割りたかったものは本当にBOLCEの頭だったのか?って話」
「BOLCEの頭じゃないとすれば……まさか」


「そう。犯人が壊したかったのはデラのモニタの方。
 あの日のシルバーのデラには、
 『犯人にとって見られてはまずい何か』が映っていた……そうは考えられないか?」

136 :トップランカー殺人事件(193) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/06/24(水) 00:38:23 ID:cWcDZ4fn0
空気は必要以上に大きく首を捻った。

「見られてはまずい何かって言いますけど、
 デラのモニタに映るのはデラのゲーム画面だけでしょ。
 犯人にとって一体何がどうまずいんすか?」
「知らねーよ。それを考えるのがお前の仕事だろ」
「ちょ、そういうのをムチャ振りって言うんすよ!」
「だって俺、お前ほどデラに詳しくねーし」
「そういう問題じゃありませんってば」
「まぁいいや、この話はちょっと横に置いとこう」

空気と口論したところで一銭の実りもない。
乙下は死体検案書の次のページをめくった。

「添付資料」と名付けられたそのページには、
様々な角度から撮影されたBOLCEの死体写真が貼り付けられていた。
全身の肌が青白く変色したその体からは、
写真の向こう側にあっても底知れぬ冷たさを感じる。

乙下はスキャナにでもなったつもりで
全ての写真を隅々まであらためてみたが、特に気にかかる箇所は発見できなかった。
むしろ、BOLCEの体には致命傷となった首の締め付け跡とガラスによる頭部の切り傷を除外し、
どんなに小さな外傷さえも見当たらないという事実そのものが気にかかった。

BOLCEは殺害される際に一切抵抗らしい抵抗をしなかった、という検案を裏付けている。

「どうしてBOLCEは抵抗しなかったんでしょう?」

空気は遠い目をして言った。
どうしてBOLCEは抵抗しなかったのか。
知る由もない乙下は、無言で次のページをめくる。

そこが最後のページだった。
「添付資料その2」と名付けられたそのページには、
BOLCEの遺留品を写した写真が貼り付けられていた。

BOLCEの身につけていた衣服や靴に始まり、
バッグの中身までもが綺麗に整頓されて並べられている。
財布・現金・タオル・携帯電話・ペットボトル、そしてカードの類。

Suicaやクレジットカード等のありふれたカードに混じり、それは写っていた。

イーパス。
一枚の白いイーパス。
使い込み過ぎて表面が真っ白に削れてしまった、BOLCEのe-AMUSEMENT PASS。

まるで空間そのものが長方形に削り取られてしまったかのような
その白さを目にした乙下の頭の中に、白い閃光が走った。


「……ちょっと待てよ。これってもしかして」

137 :トップランカー殺人事件(194) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/06/24(水) 00:45:44 ID:cWcDZ4fn0
乙下はその場で立ち上がり、両手で顔を覆った。
そのままの姿勢で乙下は考えた。
考えに考えた。
考えに考えたその結果、ある一つの考えが浮かんだ。

それは針に糸を通すような、非常にシビアな条件の下に成り立つ仮説だった。

だがこの仮説を元に推理を進めることは、
これまで解けなかったいくつもの謎が一斉に溶け出すほどの、
まさにブレイクスルーと呼ぶにふさわしい進展をもたらす可能性を秘めている。


ドクドクと早鐘を打つ鼓動に不安定感を覚えつつ、
乙下は先刻に杏子と交わした会話を思い返す。

杏子は断言した。
「BOLCEさんは1046さんの言うことなんて聞きません」。

それを受けた乙下はいくつかの可能性を挙げ連ねた。

1、1046に協力しなければならない理由がBOLCEにはあった。
2、1046は全く別のトリックを使ってこの犯行を為し遂げた。
3、そもそも1046が犯人という仮定からして間違っていた。

「見落としていたよ。もう一つの可能性があったじゃないか」

何のことやらと言わんばかりに顔をしかめる空気を差し置いて、乙下は言い放った。



「4、BOLCEは知らず知らずの内に1046に操られていた」



BOLCEは最初から気付いていなかった。
不正行為に手を染めていることにも、
アリバイを築く手助けをしていることにも、全く気付かないままに行動していた。

この仮説、吉と出るか凶と出るか。





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