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トップランカー殺人事件 第六話『罠』 -phase1-

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323 :トップランカー殺人事件(221) byとまと ◆iK/S6sZnHA:2009/11/14(土) 01:50:02 ID:nTJqlSX20
事件発生から四日が経った7月20日の日曜日、朝10:00。
昨日から降り続く雨が休日を過ごす盛岡市民に憂鬱さを運ぶこの日、
アミューズメント・シルバーの中で、大変シュールな光景が繰り広げられていた。

杏子がスロットマシーンを打っている。

ベットボタンを押し、レバーを下げて、リールを回転させる。
三つのストップボタンを左から順番に押して、リールの回転を止める。
この一連の動作を、杏子は飽きもせず延々と繰り返している。

シルバーの店内はほぼ全てのゲームの電源が切れており、
時間の流れから置いてけぼりをくってしまった廃墟のような物悲しさに充ちていた。
そんな中、カウンター横の壁際に並ぶスロットマシーンの島だけが
元気よく電力をむさぼり食い、無遠慮に光や音を周囲の静かな空間へと撒き散らしている。

杏子は島のほぼ中央に位置する台と向かい合い、ことさら面白くもなさそうに、
かと言って退屈そうというわけでもなく、ただただ無感動にスロットを打ち続けている。
リールの回転が止まる度にチェリーやベルが揃ったり揃わなかったりして、
その度にメダルが増えたり減ったりしたが、
いずれにしても杏子は意に介する様子を少しばかりも見せやしなかった。

やがて1046が来た。

1046はシルバーの正面入口にあたるガラス戸を開けて、扉が閉じないように足で押さえると、
その格好のまま外に向かって持っていた小さなビニール傘をバサバサと開閉させ、
水滴を飛ばしてから店内に入って来た。

1046は見事にずぶ濡れだった。
オレンジ色のナイロンパーカーに包まれた上半身はまだ被害が少ないようだったが、
ジーンズは全体的にぐっしょりと濡れて、元々の色が想像できないほど青黒く染まっていた。
そのためか、1046は随分と心地悪そうな顔つきをしている。
それでも店内を見回して杏子の後ろ姿を見つけると、幾分か表情を緩め、
床に茶色く濁った靴跡をこしらえながら彼女の背中に近付いていった。

「おはよ」
「おはようございます」
「何やってんの?」
「待っている間、暇なので勝手に電源入れて遊んでました」
「お前また大胆なことして」
「どうも」

杏子は1046を見ようともせず、引き続きリールを動かしては止めてを機械的に反復しながら受け答えした。

「杏子ってスロットなんかに興味あったっけ?」
「今日ここに来る前、ちょっとだけ知り合いを占ってきたんです。
 その人の今日のラッキーアイテムが『ルーレット』だったので、なんとなく」
「スロットとルーレットって微妙に違うんじゃないの」
「そうかも知れません」

1046はビニール傘を杏子の隣に立て掛けて言った。

「俺はラッキーアイテムのおかげでびしょびしょだよ。
 本当だったらカッパを来てくるところだったんだけど」
「もしかしてこの雨の中、自転車なのに傘さして来たんですか?
 そんな無理してまでラッキーアイテムにこだわることないのに……」
「お前の占いはよく当たるからな」

1046は話しながらナイロンパーカーを脱いで近くの椅子に掛け、
さらにジーンズのポケットから財布やハンカチを出して椅子の上に並べると、
ダンスダンスレボリューションの横に置いてあった扇風機を持ってきて、豪快に乾かし始めた。

324 :トップランカー殺人事件(222) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/11/14(土) 01:55:34 ID:nTJqlSX20
「それで、本題は?」

1046が切り出すと、杏子はスロットをやめて、メダルの払い出しボタンを押した。
大量のメダルがジャラリと吐き出される。
その重い金属音が響いたのを最後に、シルバーの店内は一転してひっそりとした。

杏子は椅子に座ったまま横を向き、ようやく1046の顔を見た。

「昨日、店長さんに会いに行きました」
「メールで言ってたね。でもどうして急に?」
「シルバーで何が起きたのか、どうしても詳しく知りたかったからです。
 私はまだBOLCEさんが殺されたなんて、とても信じられません。
 少なくとも、誰かに殺される理由があったとは考えられません。
 きっと何かの事故に巻き込まれたんです」
「俺もそう思いたいよ」
「私は本気でそう思ってるんです。
 と言うのも、どうもこの日シルバーでおかしな事件があったらしいじゃないですか。
 これ気になりませんか?」
「店長の息子が誘拐されて、一億円を支払うよう脅されたんだろ?」
「そうなんです。
 この誘拐事件と合わせて考えると、一つの可能性が浮かび上がります。
 つまりBOLCEさんはたまたま誘拐犯の顔を見てしまった。
 そして、口封じのため誘拐犯に殺されてしまった」
「……あり得るな」
「ですから、一番の当事者である店長さんに直接その時の状況を聞いてみたかったんです。
 警察の人に頼んで、なんとか勾留されている店長さんと面会させてもらいました」
「よく許可が下りたね」
「もちろんすぐには会わせてくれませんでした。
 丸二日待たされましたが、昨日ようやく会って話をさせてもらえたんです。
 結局分かったのは、犯人は頭がイカれてるということくらいですけどね」
「まぁ気持ちは分かるけどさ。
 犯人捜しは俺達の仕事じゃないわけだし、
 あとは警察に任せて一日でも早く犯人が捕まることを祈るしかないよ」
「悔しいですけどその通りですね。
 ……それで、今日1046さんを呼び出したのは」

杏子は肩にかけていた黒いポーチから、白い封筒を出した。

「帰り際、店長さんから手紙を預かったんです」

1046は無言で封筒を受け取り、ためつすがめつしてから、その場で封を破った。
中に入っていた何枚かの便箋を、二人は顔を寄せ合って読み始めた。

325 :トップランカー殺人事件(223) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/11/14(土) 01:59:40 ID:nTJqlSX20

  1046君へ 

   何から書けばいいだろうか。 
   色々なことが一気に起こりすぎて正直ちょっとまいってる。 
   だからまとまった文章になるかどうか不安だが 
   とにかく君に頼みたいことがあってこうして手紙を書いている。 
   すでに知っているだろうが俺は銀行をおそって警察につかまった。 
   誘かい犯に一億円を払うためだった。 
   バカなことをしたと思うかも知れないが 
   あの時の俺は家族を守りたい一心で夢中だった。 
   どうかこんな俺を笑わないでほしい。 
   結果的に息子は無事だったがBOLCE君が帰らぬ人となってしまった。 
   本当に悔しい。犯人が憎い。 
   どうしてこんなことになったんだろうか。 
   言うまでもなくBOLCE君と君はシルバーの中で一番の常連客だった。 
   毎日のように遊びに来てくれた。 
   誰よりもシルバーを愛してくれた。 
   俺にとってかけがえのない親友でもあった。 
   体の一部が失われたかのようにつらい。 
   それに俺自身もいつ自由になれるかわからないし 
   このままじゃ店も手放さなきゃならなくなるかも知れない。 
   考えれば考えるほどどうしていいのかわからなくなる。 
   だがグチばかりも言ってられない。 
   こんな状態でもなお俺は家族を守らなければいけないからだ。 
   それで頼みたいことの話になるが申し訳ないんだが 
   シルバーの金庫の中にある現金全額を俺の家族に渡してあげてくれないだろうか。 
   恥ずかしい話だがウチには貯金があまりない。 
   俺がこの状態では家族が路頭に迷うことになってしまう。 
   だが幸いにしてシルバーの金庫には若干の売上金が入っている。 
   少なくとも今後の見通しがつくまでの当面の生活費くらいにはなるはずだ。 
   わざわざこんなことを君に頼まなくてはいけないのは情けないことだ。 
   本当だったらウチの嫁に取りに行ってもらうところなんだが 
   嫁は今回の事件でかなりショックを受けてしまい体調がすぐれない上に 
   あんな事件があったばかりの店に入るのがどうしても気が進まないらしい。 
   他に信用できる友人として真っ先に思い浮かんだのが君だった。 
   さっきも書いたように1046君は常連客の中でも 
   一番付き合いが長い人の一人だし何より君は俺が心から信用できる友人だ。 
   こんな大変な時に頼むのは心苦しいが今回だけはどうか頼みを聞いてほしい。 
   金庫はシルバーの事務室の中にある。 
   シルバーの出入口のカギと金庫のカギの場所は 
   杏子ちゃんに教えておくので彼女から受け取ってほしい。 
   勝手なことばかり言って本当に申し訳ない。 
   次に会ったら必ずお礼をする。よろしく頼みます。 

   金庫のダイヤルの回し方 

    右に4回 67 
    左に3回 59 
    右に2回 89 
    左に1回 15 


326 :トップランカー殺人事件(224) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/11/14(土) 02:14:08 ID:nTJqlSX20
手紙を読み進めるにつれ、1046は次第に苦笑いを浮かべていった。

「どんだけ読みづらい手紙書きゃ気が済むんだ、あのオヤジは」
「私が会いに来ると知って、一所懸命書いたらしいです」
「健気だなぁ」

いつの間に手に持っていたのか、杏子は小さな銀色の鍵を1046の前でぶらつかせた。

「これが手紙に書いてあった金庫の鍵です」
「どこにあったの?」
「ポスト」

1046は呆れ顔で鍵を受け取った。

「ったく、不用心過ぎるんだよ」

カウンターの奥にある事務室へと早足で移動する1046。
その後を杏子がゆっくりと追っていく。

事務室の中は手狭だった。
三畳くらいのスペースにOAデスクやスチール棚や段ボール箱がぎっちりと詰め込まれている。
デスクには黄ばんだデスクトップタイプのパソコンが一台置いてあり、
それを取り囲むように何かの書類や帳簿が山のように積み上がったままになっている。
事件当日の混沌とした状況を引きずっているかのような乱雑さだった。

金庫はと言うと、事務室の一番奥にある背丈2mくらいのスチール棚の
ちょうど真ん中の段に、それらしい直方体が見える。

「多分これだな」

1046は中腰になり、便箋に記された数字を確認しながら少しずつダイヤルを回した。

「こんなこと客に頼むなっつーの」
「1046さんのことはお客さんとしてではなく、友達として見てるんです」
「そりゃ光栄だけどさ。
 後先考えずに銀行強盗までやっといて、家族にカネ渡してくれもねーだろ……。
 まぁ、ある意味で店長らしいんだけどさ」
「不器用な人なんです」
「不器用ってか人格破綻だよ」

言いたい放題だが、その語り口からは決して侮辱したいのでなく、むしろ親しみが込められているのが分かる。
気が置けない間柄だからこそ言える、感情の裏返しのようなものなのだろう。

「確かに特殊な人ではあると思います」
「だろ。ゲーセンの店長をやるような人って、こんなのばかりなのかな」
「私は店長さんの向こう見ずな性格、結構好きですよ」
「俺はもうこりごりだ」

そんなたわいない会話をしている内に、金庫は開いた。
小さいながら頑丈そうな鉄の扉が、キィィと意外に高い音を立てて動く。
中は一枚の棚板で仕切られており、上段には数十万円ほどの札束が、
下段にはA4程度のサイズの布袋が何枚か収められているのが見える。
1046は躊躇なく上段へ手を伸ばし、札束を鷲掴みにして「1、2、3……」と枚数を数え始めた。

「……48、49……50。ぴったり50万だ。これを店長の家族に持ってってやればいいんだな」
「ですね。大金なので気をつけて下さい」
「おう」

用事を済ませた1046が事務室を出ようと振り返ったそのタイミングで、
物陰から様子をうかがっていた乙下は1046の前に姿を現わした。

327 :トップランカー殺人事件(225) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/11/14(土) 02:23:11 ID:nTJqlSX20
「よ、1046さん」

1046は急激に体を強張らせた。

「乙下さん」

目つきも声の調子も、雰囲気までもが見る間に別人へと変わった。
全身から警戒心と緊張感が目に見えて溢れ出しているようだった。
杏子と話していた時の温和な雰囲気は、欠片も見当たらない。

「どうしてこんなところにいるんですか」
「悪いね。覗き見の趣味はないんだが、一部始終見させてもらったよ」

1046は冷えた目つきのまま、その視線を杏子に向けた。

「杏子、どういうことだよ」

杏子はきまり悪そうに、1046から目を逸らした。
その仕草一つで、1046には色々と伝わるものがあったらしい。

「なるほど。お前らグルか」
「杏子ちゃんを責めないであげてくれ。全部俺が仕組んだことなんだからさ」
「何の真似ですかこれ?どういうことなのか、はっきり説明して下さいよ!」

ピンと張り詰めた空気を、1046の怒声が切り裂く。

「どういうことか、だって?」

狭苦しい事務室の中に三人。
乙下はこの異様に人口密度の高い室内をゆっくりと横断し、
1046と杏子の体をかわして、金庫の前へと立った。

「それはこっちのセリフなんだよ、1046さん」

中腰になって金庫の中を覗き込む。
下段に両手を伸ばし、一番奥に横たわっていたえび茶色の布袋を掴み上げ、開け広げる。
すると銀行の通帳やら印鑑やら手形用紙やらに混じって、一枚の紙幣が入っている。

乙下は1046の方を振り向き、福沢諭吉の肖像が印刷されたその紙幣を指に挟んで、
これ見よがしにヒラヒラとはためかせるのだった。


「金庫の中にあったのは50万円じゃない。51万円だ」


「……え?」

1046は呆気に取られている。

328 :トップランカー殺人事件(226) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/11/14(土) 02:49:19 ID:nTJqlSX20
「ま、この一万円札は俺が入れたんだけどね。あはは」

財布に紙幣をしまいながら、乙下は黙々と喋った。

「実に奇妙な事件だった。
 7月16日水曜日、ここアミューズメント・シルバーで何者かが
 店長の息子を誘拐し、金庫から200万円を盗み、そしてBOLCEを殺害した。
 さて……犯人はなぜか不思議なことに、金庫の中身を全部は持って行かなかった。
 金庫には250万円入っていたにもかかわらず、
 犯人は200万円だけを盗み出し、残りの50万円はそのまま置いてったんだ。
 なぜ犯人がこんなことをしたのかはよく分からない。
 だが、『ぴったり200万円』を盗み、そして『ぴったり50万円』を置いてったことは、
 とても偶然だとは思えない。きっと何らかの意味があるはずだ。
 そう考えると、犯人を知るための手掛かりが一つ出来上がる。
 すなわち犯人はね、『金庫に50万円が残されていることを知っている人物』ってことさ」

黙って睨みをきかせている1046に対し、乙下は面と向かって問い質した。

「では1046さん、ちょっと教えてくれ。
 手紙には『現金全額を家族に渡してくれ』って書いてあったんだろ?
 なのにアンタ、上段に置いてあった50万円だけを手にとって帰ろうとした。
 下段の袋には触ろうともしなかったな。
 どうして下段の袋にも現金が入ってると思わなかったんだ?
 普通だったら手にとって調べてみるもんじゃないか?」

乙下は何も答えようとしない1046の手から札束を奪い取り、そしてこう断言した。


「アンタ最初から知ってたんだ。
 『金庫にはこの50万円しか入ってない』ことをね。
 俺はそんなことをアンタに教えた覚えなんてこれっぽっちもないけどな」


乙下は札束を金庫へ戻す前に、念のため枚数を数え直し始めた。

「で?」

背中の後ろから聞こえる1046の声に対し、乙下は紙幣を一枚一枚はじきながら反応する。

「聞いてるのは俺だよ。なんで金庫に50万円しか入ってないことを知ってたわけ?」
「はっ。わざわざこんなことのためにニセの手紙を用意したわけだ。芸が細かいですね」
「言っとくが、手紙を書いたのは店長本人だぞ。俺があらすじを考えて、文面は彼に任せた」
「せっかく心のこもった手紙をもらって感動してたのにな。残念だ」

数え終わると、やはり一万円札は50枚ぴたりだった。
札束と布袋を元あった位置に戻し、金庫に鍵をかける。

「乙下さん。あなたの茶番も残念だ」
「茶番、か」
「茶番ですよ。これが茶番以外のなんだって言うんですか!?」

329 :トップランカー殺人事件(227) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/11/14(土) 03:06:47 ID:nTJqlSX20
乙下が再び振り返ると、1046は腕を組んで事務室の壁に寄りかかっていた。
動じている様子はさほど見られない。

「確かに俺は手前の50万円しか手に取りませんでしたよ。
 で、それが一体なんだって言うんですか?
 まぁ後から言われてみれば、下段の袋まで調べなかったのは手落ちだったと思います。
 でもそれは単純に、目の前の現金に気を取られて袋にまで気が回らなかっただけの話じゃないですか。
 大して不自然なことでもないでしょう?
 こーんな違法捜査みたいな茶番劇を仕立てた挙げ句、
 ただただ俺が一万円札を見つけなかったっていうそれだけのことで、
 なに鬼の首を取りましたよみたいなしたり顔しちゃってんですか?
 まさかとは思いますが乙下さん、こんなバカみたいな理由で
 俺を逮捕しようだなんて思ってるわけじゃないでしょうね?」

1046は驚くほど雄弁だった。
まるで原稿を読み上げているかのような滑らかさに、乙下は半分感心しながら言った。

「いやはや、恐れ入ったよ。1046さんの言う通りだ。何も訂正することないね」
「……はい?」
「だからアンタの言う通り、これは茶番さ。ただの暇潰しみたいなもん。
 50万円だろうと51万円だろうと、そんなことに大して意味はない。
 正直、別にどっちだって良かったんだ」
「へぇー……」

1046の表情が不自然に歪んだものへと変化していく。
笑いと怒りを足して二で割らないような、変な不気味さがあった。

「乙下さん、いい加減にして下さいよ。
 俺だってね、我慢の限界ってもんがあるんです。
 言いたいことがあるならはっきり言って下さい」
「それじゃ遠慮無く言わせてもらうけどさ、
 こんな手の込んだ暇潰しをしたのにはちょっとした事情があってね……」

その時だった。
突如、シルバーに「音楽」が鳴り響いた。

この約半年の間に何度も何度も聞いた、聞き慣れた音楽。
おそらくは杏子にとっても、1046にとっても聞き慣れた音楽。
IIDXをプレイした回数とほぼ同じ回数だけ聞くことになる、あの音楽。

けたたましいサイレンと分厚いパーカッションが織り成すそのイントロは、
紛うことなき"beatmaniaIIDX15 DJ TROOPERS"のテーマ曲そのものだった。

1046は首がもげそうなほどの勢いで辺りをきょろきょろと見回したが、
やがて音楽の出所と思われる一方向を見定めるに至った。

「デラ部屋!?」

突然の出来事に我を忘れている1046の背中を、乙下はポンと軽く押した。


「さぁ。ゲームスタートだ、1046さん」

4 :トップランカー殺人事件(228) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/11/29(日) 03:28:42 ID:tg6aaS+X0
デラ部屋の中は様子が一変していた。

なにしろ、IIDXが動いているのだ。

床中に散乱していたガラスの破片はすっかり掃除され、
今は代わりにドライバーやニッパー等の工具が散らかっていた。
壊れたモニタは部屋の隅っこに追いやられており、
一方で筐体内のかつてモニタが置かれていた場所には、
家庭用の古めかしいブラウン管テレビが収められていた。

サイズは25インチくらいだろうか、本来のIIDXの画面サイズに比べ数段狭い。
もちろんワイドでもフラットでもない。
そのくせ箱の厚さだけは負けていない。
地上デジタル放送なんてどう転んでも映りそうにない。
そんな時代遅れの一品であり、
薄型の液晶テレビが家電製品として主流にある昨今において、郷愁さえ感じさせるテレビだった。

よって違和感はとても隠せないが、それでも画面は
「beatmaniaIIDX15 DJ TROOPERS」のタイトルロゴを
色鮮やかに映し出しており、十分にその役割を果たしている。

そして、IIDX筐体の向かいにあるベンチには、くたびれた顔の空気が座っていた。

「ううう、腰が痛いっす」

空気は腰に手をあてながら立ち上がった。

「このクソ重いテレビ、わざわざ部屋から運んで来てセッティングするの大変だったんすよ!
 このせいで腰痛持ちになったら恨みますからね」
「しょーがねぇだろ、今時ブラウン管のテレビなんか持ってるの
 周りにお前くらいしかいなかったんだもん。
 大体お前は警察官のくせにひ弱過ぎるんだよバカ」

テーマ曲が鳴りやむと同時に、1046の深いため息が聞こえた。
彼は空気と入れ違いでベンチに浅く座り、膝を組んだ。
ふてぶてしい座り方だ。

「筐体の復旧、ご苦労様ですね。
 で、わざわざこんなことして今度は何を始めるわけ?」

1046は空気、杏子、乙下の顔を順番に見回した。
杏子に目を向けた時だけは気のせいか少し悲しげに見えたが、
乙下に目を向けた途端、逆にこちらが悲しくなってしまうほど
眉間に皺を寄せて敵愾心をぶつけてくる1046であった。

進んで火に油を注ぎたくはなかったが、もう仕方がない。
乙下は意を決して断言した。


「1046さん。BOLCEを殺した犯人はアンタだろ」

5 :トップランカー殺人事件(229) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/11/29(日) 03:37:48 ID:tg6aaS+X0
1046は薄気味悪く笑った。

「くくっ、ようやく言い切りましたね。
 俺を疑ってるんなら最初からそう言やいいのに、まどろっこしい」
「大人の事情ってもんがあるんだよ。許してくれ」
「まどろっこしいのは特別サービスで許しましょう。
 ですけど、俺を犯人扱いするのは許せませんね。
 なぜなら俺はBOLCEを殺してなんかいないからです」
「これを見ても同じことが言えるんすか?」

口を挟んだ空気の手には、一枚の赤いカード。
どこからどう見てもイーパスだった。
新品に近いらしく、乙下の所有するそれに比べてもほとんど傷や汚れが見当たらない。

1046は最初こそ無反応だったが、数秒経過したところで
急に思い出したように体を震わせて立ち上がった。
慌ててジーンズの前ポケットに手を当て中を探り、
同じように後ろポケットを探り、それから空気の顔を見上げる。

「お前、まさか……」
「申し訳ないっす、1046さん。財布の中から勝手に拝借させてもらいました」

1046が止めに入る暇も与えず、空気はイーパスを1P側のカードリーダーに突っ込んだ。
立ち所にカードのデータが読み込まれ、筐体が暗証番号を聞いてくる。

「1046さん、暗証番号は?」
「……イチゼロヨンロク」

しらばっくれても仕方ないと踏んだのか、1046は素直に答えた。

「芸のない番号っすね」
「ほっといて下さい」

空気がイチ・ゼロ・ヨン・ロクとタイプすると、画面には恒例のプレイデータが表示された。


   DJ NAME:1046
   IIDX ID:2012-1221
   所属エリア:岩手
   段位認定:SP ―/DP ―
   DJ POINT:109.PT
   プレイ回数:8回


「DJ 1046、岩手県、109ポイント。プレイ回数はたったの8回。
 1046さん、どうしてこんなイーパスを持ってるんすか?」

6 :トップランカー殺人事件(230) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/11/29(日) 03:48:36 ID:tg6aaS+X0
「どうしてって、ただのサブカードですけど。
 サブカードなんて今時珍しくもなんともない。
 杏子だって持ってるだろ。なぁ?」
「確かに私も持ってます」

杏子は俯き、身じろぎ一つせずに答えた。

「ほら見ろ。えーと、空気さんだっけ?
 あなたも結構デラに詳しいみたいだから聞きますけど、
 サブカードが珍しくないことくらい分かるでしょう?」
「そうっすね。1046さんの言う通り、サブカードならボクも持ってます。
 けど問題はそこじゃなくて……」

空気は自腹で100円玉を投入し、
メニューからSTANDARDモードを選んで選曲画面に移行すると、
数あるフォルダの中から即座に「FULL COMBO」フォルダを開いてみせた。

フォルダの中にあったのは、全部で五曲。
昭和企業戦士荒山課長、ライオン好き、システムロマンス、マチ子の唄、ヨシダさん。
言わずと知れたAKIRA YAMAOKAコースの楽曲であり、いずれもHYPER譜面だった。

空気は記録されているスコアを、淡々と読み上げる。

「昭和企業戦士荒山課長、1504点。
 ライオン好き、1200点。
 システムロマンス、1802点。
 マチ子の唄、1324点。
 ヨシダさん、1456点。
 さすが1046さん、『全曲とも理論値』だなんて同じ人間とは思えないスコア力っす……しかしですよ」

空気は「FULL COMBO」フォルダを閉じた。
この時点で、見る人が見れば明らかに不自然な光景がそこにはあった。
本来であれば存在すべきフォルダが存在していないのだ。

すなわち、「FULL COMBO」フォルダの下にあるべき
「HARD CLEAR」「CLEAR」「EASY CLEAR」「FAILED」等々のフォルダが一切見当たらない。
「FULL COMBO」フォルダの下にあるのは、「NO PLAY」フォルダだけだった。

「不思議っすねー、1046さん。
 このイーパスにスコアが記録されていたのは、山岡コースHYPERの五曲だけでした。
 つまり1046さんは、
 『山岡コースHYPERをプレイするためだけにこのサブカードを作った』ということになります。
 一体なんのためにそんなことをする必要があったんすか?」
「それは……」

1046は言葉に詰まった。

「答えられないのなら、代わりに俺が答えてやろうか」

乙下は一歩前に出た。

「アンタがこのサブカードを作った理由はただ一つ。
 BOLCEを自由自在に操り、ニセ物のアリバイを築き上げるためだ」

7 :トップランカー殺人事件(231) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/11/29(日) 03:57:36 ID:tg6aaS+X0
「……言ってる意味がよく分かりませんね」
「あくまで白を切る気か。
 まぁいい、せっかくだから簡単に整理しておこうか」

選曲画面がタイムアップになり、自動的に何かの曲が選ばれたようだった。
だが乙下は気に留めず、説明に集中した。

「1046さんのアリバイは一見すると完璧だった。
 事件当日の7月16日、
 BOLCEは殺されるまでの間ずっとシルバーでデラをプレイしていた記録が残っている。
 一方、1046さんも日中ずっとABCでデラをプレイしていた記録が残っている。
 誰が見ても明らかなアリバイだ。
 でもね、この記録はアンタが巧妙な手口で捏造したアリバイに過ぎない。
 実のところは『シルバーにいたのが1046さん』、『ABCにいたのがBOLCE』。これが真実だろう?」
「バカ言わないで下さいよ乙下さん。
 それはつまり、俺とBOLCEがイーパスを取り替えっこしたってことですか?
 誰よりもBOLCEと一緒に時間を過ごした俺が言うんだから間違いない。
 アイツはどんな理由があろうと他人のイーパスを使うなんて絶対にしないし、
 他人にイーパスを使わせることだって絶対にしない!」

1046は昨日の杏子と同じことを主張した。

「だろうね。だからアンタが取った選択肢は、
 『イーパスの取り替えっこ』じゃなく、『イーパスのすり替え』だった。違うか?」
「……ちが、俺は」

乙下は自分で聞いたにもかかわらず、1046の言葉を遮って続けた。

「おそらくアンタは、前の日の晩あたりにこっそり
 BOLCEのイーパスと自分のイーパスをすり替えたんだ。
 二人のイーパスはどちらも使い込みすぎて真っ白。
 目で見て簡単に見分けがつくような状態ではない。
 その上で、アンタはDJネームを『1046』から『BOLCE』に変えておいたんだ」
「……」
「そうしてから、アンタはBOLCEに挑発的な態度で山岡コースHYPERの勝負を持ちかけた。
 勝負を挑まれたBOLCEは、1046さんのスコアを抜かすまで
 延々と山岡コースだけを粘着プレイすることになる……アンタはそれを狙っていたんだ。
 BOLCEがEXPERTモードだけをプレイしている限りは、
 イーパスのすり替えがバレることもないからね。
 ただし、このトリックを実現するためには、二枚のイーパスが必要になる。
 一枚は1046さんが元々メインで持っている、真っ白イーパス。
 そしてもう一枚は、下準備としてあらかじめ山岡コースHYPERで
 BOLCEでも簡単には抜かせないほどの高スコアを出しておくためのイーパスだ」

IIDXは二曲目の選曲画面に移行していた。
ゲームオーバーにならなかったことを見ると、
どうやら自動的に選ばれた一曲目は☆5以下の曲だったようだ。

乙下は筐体の前に立ち、先ほど空気がそうしたように、「FULL COMBO」フォルダを開いてみせた。
そこにはさっきと変わらず、五つのフルコンボランプが目映く輝いている。

「見てくれ1046さん。
 アンタが持ってたサブカードの中身は、
 誰が見たって山岡コースHYPERの全一スコアそのものだ。 
 アンタがこのサブカードを作った理由がBOLCE殺害のアリバイ工作のためじゃないとすれば、
 一体どんな理由があるって言うんだ?納得のいく説明をしてみてくれ」

8 :トップランカー殺人事件(232) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/11/29(日) 04:13:14 ID:tg6aaS+X0
1046は自分が出したはずのスコアを鋭い目つきで凝視しながら、「なるほど」と呟いた。
呟いてからもう一度ベンチに腰をかけ、目を閉じ、
こめかみに指をあてて「なるほど、なるほど」と繰り返した。

「なるほど、面白い推理です。非常に面白い推理です。
 確かにその方法を使えば、BOLCEに気付かれないまま
 イーパスをすり替えることも可能でしょうね。なるほど、本当に面白い推理です」
「とぼけちゃダメっすよ、1046さん。
 さっき1046さんの財布をくまなく調べさせてもらいました。
 中に入ってたイーパスは二枚。
 一枚はメインの真っ白イーパス、もう一枚はこの山岡コース理論値のイーパス。
 完全にオトゲ先輩の言った通りじゃないっすか!」
「ったく、とんでもない刑事さん達だね」

1046はぼやきつつ頭を掻いた。

「つまりアレだ。さっきの金庫の茶番劇は、
 空気さんが俺の財布を抜き打ち検査するための時間稼ぎだったわけだ」
「まぁね。ただアンタが思惑通りに、
 財布を置きっぱなしにして事務室へ行くかどうかは賭けだった」
「そうか、そのための『ビニール傘』か。まんまと引っ掛かりましたよ」
「……ごめんなさい」

杏子はまだ俯いたまま、小さな声で謝った。

「私はウソをつきました。そもそも私の能力は『今日のラッキーアイテム』を占うこと。
 『明日のラッキーアイテム』を占うことはできません」
「そうだったね。その時点でおかしいと気付くべきだった」
「実際に占ったのは、全然別のことです。
 1046さんの財布を調べる隙を作るにはどうすればいいか……それを占いました」
「お前の占いはよく当たるからな。おかげ様でびしょ濡れだし、財布は荒らされるし、
 おまけに親友の殺人容疑をかけられるし。もう踏んだり蹴ったりだよ」

1046は気持ち悪そうにジーンズの生地をつまんだ。
衣服が濡れてぺったりと肌に密着するあの生ぬるい感覚を想像し、乙下は勝手ながらちょっとだけ1046に同情した。

「世も末ですね。こんな馬鹿げたやり方をする刑事がいるだなんて、世も末です。
 ここまでやっといて、もし財布から何も見つからなかったり、
 俺が財布を置きっぱなしにしなかったらどうするつもりだったんだか」
「その時はその時で、しょうがないから無理矢理にでも財布を見せてもらってたさ。
 ただね、俺は十中八九アンタがまだサブカードを持ち歩いてるはずだと思ってた」
「……へぇ」

1046は乙下の目前に迫るほど至近距離に立った。
乙下がわずかに1046を見上げる形となり、
そうか身長では負けていたのか、と、ついどうでもいいことを考えてしまう。

「この際だから教えてもらいましょうか。
 一体どうして俺がこのサブカードを持っていると思ったのか」


「簡単なことだよ。アンタはこのサブカードで、まだ『やり残したこと』がある。そうだろ?」






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