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トップランカー殺人事件 第六話『罠』 -phase4-
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| 100 :トップランカー殺人事件(258) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2010/01/17(日) 14:57:52 ID:5kRwp3bp0 |
1046は拳を壁にめり込ませたまま、深くうつむいた。
形の良いつむじがこちら側を向き、小刻みに震えている。
形の良いつむじがこちら側を向き、小刻みに震えている。
「……三回目」
1046は床へ落とすように、ぼそりと声を発した。
ほぼ絶叫に近い大声を聞いた直後であることも手伝い、聞き取りづらかった。
ほぼ絶叫に近い大声を聞いた直後であることも手伝い、聞き取りづらかった。
「なんだって?」
「三回目ですよ、これを俺が言うのは。『だから何なんですか?』」
「三回目ですよ、これを俺が言うのは。『だから何なんですか?』」
不敵なこと言う割に、1046の震えは収まらない。
「何度も同じようなことを言わせないで下さい。
乙下さんや空気さんの推理は、ただの憶測に過ぎないじゃないですか。
いいや、憶測ならまだマシだ。
俺が犯人であることを前提に無理やり作り出しただけの、ホラ話だ」
「往生際が悪いよ、1046さん。
あらゆる状況がアンタを犯人だと物語ってるんだ。
いい加減に認めたらどうなんだ?」
乙下さんや空気さんの推理は、ただの憶測に過ぎないじゃないですか。
いいや、憶測ならまだマシだ。
俺が犯人であることを前提に無理やり作り出しただけの、ホラ話だ」
「往生際が悪いよ、1046さん。
あらゆる状況がアンタを犯人だと物語ってるんだ。
いい加減に認めたらどうなんだ?」
そこで1046は、ばっと顔を上げた。
「じゃぁ証拠は!?」
怒鳴る1046の顔面は、筋肉が非対称に歪んでいた。
目が痛々しいほど充血している。
もはや別人だった。
目が痛々しいほど充血している。
もはや別人だった。
「証拠だよ、証拠!
そんなに俺を逮捕したいんなら、証拠を出してみろっつってんだよ!」
そんなに俺を逮捕したいんなら、証拠を出してみろっつってんだよ!」
めり込んだ拳をようやく壁から引き抜いたかと思えば、
またも1046は続け様に壁を殴りつけた。
砕けた石膏ボードの一部が、粉となって周囲に散らばる。
またも1046は続け様に壁を殴りつけた。
砕けた石膏ボードの一部が、粉となって周囲に散らばる。
「1046さん、ちょっと」
「つーかよぉ、あんた達のホラ話にはいちいち無理があんだよ!
トリックだか何だか知らねーけど、んな上手くいきっこねぇだろが」
「つーかよぉ、あんた達のホラ話にはいちいち無理があんだよ!
トリックだか何だか知らねーけど、んな上手くいきっこねぇだろが」
口調までもが別人のように荒っぽくなった。
どんなに責め立てられても丁寧語を崩さなかった1046は、どこへ行ってしまったのか。
どんなに責め立てられても丁寧語を崩さなかった1046は、どこへ行ってしまったのか。
「なにがイーパスのすり替えだぁ?
現実的に考えて、絶対バレるに決まってんだよ!
BOLCEはな、天才なんだよ。
あんた達が一生努力をしても絶対に追いつけない、桁外れの天才だ。
そんなBOLCEだよ。例えイーパスをすり替えたって、きっとBOLCEなら……」
現実的に考えて、絶対バレるに決まってんだよ!
BOLCEはな、天才なんだよ。
あんた達が一生努力をしても絶対に追いつけない、桁外れの天才だ。
そんなBOLCEだよ。例えイーパスをすり替えたって、きっとBOLCEなら……」
1046が止まった。
言葉も止まったし、身振り手振りも止まった。
追い詰められた末に身体機能を停止させて自害した、というわけではどうやらなさそうだ。
よく見ると教育番組の操り人形のように、口を小さく動かしている。
言葉も止まったし、身振り手振りも止まった。
追い詰められた末に身体機能を停止させて自害した、というわけではどうやらなさそうだ。
よく見ると教育番組の操り人形のように、口を小さく動かしている。
「……で……あ……いや……そうか……」
念仏を唱えているのかと思った。
何かを言っているが、明らかにコミュニケーションのために発せられた言葉ではない。
何かを言っているが、明らかにコミュニケーションのために発せられた言葉ではない。
さすがに心配になり、1046さん、と声をかけようとしたところで…
| 101 :トップランカー殺人事件(259) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2010/01/17(日) 15:01:29 ID:5kRwp3bp0 |
「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
1046が笑った。
「笑った」と表現していい状態なのかどうかよく分からないが、とにかく笑った。
「笑った」と表現していい状態なのかどうかよく分からないが、とにかく笑った。
右隣で空気がびくりと体を震わせた。
左隣で杏子が一歩後ずさる。
左隣で杏子が一歩後ずさる。
「あーっはっはっはっはっは」
1046は手の平を目にあてがい、口を大きく開けて、なおも笑い続ける。
狂気。
そんな言葉が乙下の頭をよぎった。
この男の脳髄は、狂気に蝕まれている。
そうとしか思えなかった。
そんな言葉が乙下の頭をよぎった。
この男の脳髄は、狂気に蝕まれている。
そうとしか思えなかった。
「はははははは。本当にバカだなぁ俺は。あーっはっはっ」
やっと落ち着いてきた1046は、何度か深呼吸して息を整えた。
それから1046は、何もできずにいる乙下との距離を狭め、見下ろすようにして言った。
それから1046は、何もできずにいる乙下との距離を狭め、見下ろすようにして言った。
「どうして最初に気がつかなかったんだろう。
乙下さん。あなたの推理は間違っている。あなたの推理には、大きな穴がある」
「穴だと」
乙下さん。あなたの推理は間違っている。あなたの推理には、大きな穴がある」
「穴だと」
1046は喉が詰まったような気色悪い笑い声をこぼしつつ、乙下の耳元で囁いた。
「暗証番号……!暗証番号なんだよ、乙下さん」
| 102 :トップランカー殺人事件(260) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2010/01/17(日) 15:10:39 ID:5kRwp3bp0 |
1046は目を剥いて杏子に言った。
「よぅ杏子、BOLCEの誕生日は知ってるだろ?」
「……1984年2月15日」
「……1984年2月15日」
杏子はひるみながらも、はっきりと答えた。
1046は満足げににんまりとする。
1046は満足げににんまりとする。
「そうだ。BOLCEが生まれたのは84年の2月。
その数字を使って、BOLCEはイーパスの暗証番号を『8402』にしてた。
ま、空気さんの言う芸のない番号ってヤツだよ」
その数字を使って、BOLCEはイーパスの暗証番号を『8402』にしてた。
ま、空気さんの言う芸のない番号ってヤツだよ」
急に1046は芝居がかった口調に変わった。
「さーて、ここでクイズです」
そう言って、右手の人差し指をピンと立てて、眉間に当てた。
そんな仕草も芝居がかっていて、どうも落ち着かない気分にさせる。
そんな仕草も芝居がかっていて、どうも落ち着かない気分にさせる。
「もし乙下さんの推理通りだとしたら、
BOLCEは俺のイーパスを自分のイーパスだと思い込んで使っていたことになる。
だとすると……?はい、明らかにおかしいですよね!」
BOLCEは俺のイーパスを自分のイーパスだと思い込んで使っていたことになる。
だとすると……?はい、明らかにおかしいですよね!」
1046は拳銃を構えるように、立てた人差し指を乙下の眉間に向け直した。
「BOLCEはABCでプレイ開始する時、いつも通り『8402』の暗証番号を入力するはずだ。
でも俺のイーパスの暗証番号は『1046』なんだよ?
当然BOLCEはゲームを始めようにも始められないし、異変に気付く。
乙下さんの描いた下らないシナリオは、はじめの一歩で頓挫ってことだね。ははははははははは」
でも俺のイーパスの暗証番号は『1046』なんだよ?
当然BOLCEはゲームを始めようにも始められないし、異変に気付く。
乙下さんの描いた下らないシナリオは、はじめの一歩で頓挫ってことだね。ははははははははは」
1046はまたも高らかに笑った。
「言っておくけど、今度はちんけなトリックなんて通用しないからな。
なんせ、イーパスの暗証番号は一度決めたら二度と変えられない。
小細工の出る幕なんてありゃしねーんだよ!」(※注6)
なんせ、イーパスの暗証番号は一度決めたら二度と変えられない。
小細工の出る幕なんてありゃしねーんだよ!」(※注6)
※注6:
この物語はDJTROOPERSが稼働中の2008年7月を舞台背景としており、
当時は1046が主張する通り、イーパスの暗証番号は変更できない仕様となっていた。
この物語はDJTROOPERSが稼働中の2008年7月を舞台背景としており、
当時は1046が主張する通り、イーパスの暗証番号は変更できない仕様となっていた。
しかし、2009年9月よりイーパスの暗証番号を変更するサービスが開始された。
これにより、現在ではこの部分で記述している「e-A PASS切離」と「データ引継ぎ」の間に、
「暗証番号変更」というメニューが追加されている。
これにより、現在ではこの部分で記述している「e-A PASS切離」と「データ引継ぎ」の間に、
「暗証番号変更」というメニューが追加されている。
| 103 :トップランカー殺人事件(261) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2010/01/17(日) 15:21:27 ID:5kRwp3bp0 |
「ぴんぽーん」
乙下は気の抜けた声で言った。
威勢のよかった1046は、途端にきょとんとして乙下を見た。
威勢のよかった1046は、途端にきょとんとして乙下を見た。
「……え?」
「いや、だから、クイズなんでしょ。答えていいか?」
「いや、だから、クイズなんでしょ。答えていいか?」
1046はしぱしぱと目を瞬いている。
「答えが分かったって言うんですか」
「うん」
「ウソでしょう?」
「本当だけど」
「うん」
「ウソでしょう?」
「本当だけど」
潮が引くように、1046の顔からサーッと笑みが消えた。
「ウソだ」
「本当だってば」
「それなら、せつ、説明してみろよ」
「んー、説明したいのは山々なんだけど」
「本当だってば」
「それなら、せつ、説明してみろよ」
「んー、説明したいのは山々なんだけど」
乙下はこめかみを掻いた。
「ちょっと説明が難しいんだよな、そのクイズの答えは」
「んなこと言ってる場合かよ!
きちんと説明してもらわなきゃ納得できるわけねーだろ!」
「落ち着けって。そうだな……分かりやすく説明するために、ちょっとお願いが」
「んなこと言ってる場合かよ!
きちんと説明してもらわなきゃ納得できるわけねーだろ!」
「落ち着けって。そうだな……分かりやすく説明するために、ちょっとお願いが」
乙下はデラ部屋の主である、IIDX筐体に向けて親指を立てた。
「IIDX、今からプレイしてみてくんない?」
1046は身を固くした。
「なぜ?」
「いいから。いつも通りに頼むよ」
「いいから。いつも通りに頼むよ」
| 104 :トップランカー殺人事件(262) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2010/01/17(日) 15:30:33 ID:5kRwp3bp0 |
1046は躊躇しているようだったが、
やがて根負けして、渋々と財布から真っ白いイーパスを取り出した。
牛歩戦術のようにゆっくりと筐体に近付き、ステージへ足を乗せる。
イーパスを地面と水平の角度にして、2P側のカードリーダーへ半分ほど差し込む。
やがて根負けして、渋々と財布から真っ白いイーパスを取り出した。
牛歩戦術のようにゆっくりと筐体に近付き、ステージへ足を乗せる。
イーパスを地面と水平の角度にして、2P側のカードリーダーへ半分ほど差し込む。
そこで1046は一旦手を止めた。
「乙下さん……何を企んでるんです?」
「さぁね」
「さぁね」
十秒ほど視線を戦わせた後で、1046は観念したようにイーパスの残り半分を押し込んだ。
カチリ、と微かな機械音がして、スピーカーから流れる音楽が切り替わる。
画面は暗証番号の入力を促した。
カチリ、と微かな機械音がして、スピーカーから流れる音楽が切り替わる。
画面は暗証番号の入力を促した。
1046はほんの少しだけ指先を震わせながら、
イチ・ゼロ・ヨン・ロクとタイプして、再度乙下の方を振り返った。
イチ・ゼロ・ヨン・ロクとタイプして、再度乙下の方を振り返った。
「乙下さん、一体、何を企んでるんですか?」
繰り返された同じ質問に対して、乙下は違う回答をしてみせた。
「画面を見れば分かる」
1046は恐る恐る、まるでスローモーションのように画面へと視線を戻す。
すると。
DJ NAME:BOLCE
IIDX ID:1192-2960
所属エリア:岩手
段位認定:SP皆伝/DP ―
DJ POINT:10829.PT
IIDX ID:1192-2960
所属エリア:岩手
段位認定:SP皆伝/DP ―
DJ POINT:10829.PT
「はああああああああああああああああああ!???」
1046は筐体のコントロールパネルに両手をつき、
これでもかというくらいに顔を画面へ接近させた。
これでもかというくらいに顔を画面へ接近させた。
「ボ、ボ、ボ、ボ」
右半分がすっかり紫色に染まっているため、非常に見づらくはあったが、
かろうじて文字の形を認識できるその画面に映し出されたプレイデータは、
かろうじて文字の形を認識できるその画面に映し出されたプレイデータは、
「BOLCEのイーパスううううう……!???」
のものだった。
DJネームが表示されるその場所に出現したのは、B・O・L・C・Eの五文字だったのだ。
DJネームが表示されるその場所に出現したのは、B・O・L・C・Eの五文字だったのだ。
| 105 :トップランカー殺人事件(263) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2010/01/17(日) 15:35:32 ID:5kRwp3bp0 |
「どどど、どういうことだあ!?」
1046は大股で乙下に詰め寄り、胸ぐらを掴んだ。
「どういうことだよ、これは!?
なんでBOLCEのイーパスなんだよ!?」
「ボクがすり替えました」
なんでBOLCEのイーパスなんだよ!?」
「ボクがすり替えました」
と、空気。
「1046さんがBOLCEに対して仕掛けたように、ボクも1046さんに罠を仕掛けました。
さっき財布を拝借した時、実は1046さんのイーパスを抜き取って、
代わりにBOLCEのイーパスを入れておいたんすよ。
これまで散々言ってきたように、お二人のイーパスは真っ白で見分けがつきませんからね」
「んなことは聞いてねぇんだよ!」
さっき財布を拝借した時、実は1046さんのイーパスを抜き取って、
代わりにBOLCEのイーパスを入れておいたんすよ。
これまで散々言ってきたように、お二人のイーパスは真っ白で見分けがつきませんからね」
「んなことは聞いてねぇんだよ!」
1046は目を血走らせて乙下を揺する。
「どういうことだ、答えろ。
俺は確かに『1046』と入力したんだぞ?
どうして暗証番号が『8402』のBOLCEのイーパスが認証されたんだ!?」
「何をそんなに驚くことがある」
俺は確かに『1046』と入力したんだぞ?
どうして暗証番号が『8402』のBOLCEのイーパスが認証されたんだ!?」
「何をそんなに驚くことがある」
乙下は1046の手首を力の限り払いのけた。
その反動で1046は後ろへ倒れ、尻餅をつく。
その反動で1046は後ろへ倒れ、尻餅をつく。
乙下はしゃがみ込み、混乱している1046の目線と同じ高さになって言った。
「1046さん、アンタが自分で考えたトリックだろ……?」
1046はほとんど泣きそうになりながら、首を左右に振った。
| 110 :トップランカー殺人事件(264) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2010/01/25(月) 01:14:33 ID:wvFIQSC70 |
「俺達はなんら特別なことをしたつもりはない。
ただ単に、1046さんが事件当日に仕掛けたトリックを、ここで再現しただけだよ」
「いや、だから……!」
ただ単に、1046さんが事件当日に仕掛けたトリックを、ここで再現しただけだよ」
「いや、だから……!」
1046は長めの髪を振り乱した。
「俺は知らないって言ってんだろ!マジでそんなトリックは知らないんだよ!
つーか見当さえもつかないよ。
だって、イーパスの暗証番号はどうやったって変更できるはずが……」
「そうだよ。イーパスの暗証番号はどうやったって変更できない」
「だったら!」
つーか見当さえもつかないよ。
だって、イーパスの暗証番号はどうやったって変更できるはずが……」
「そうだよ。イーパスの暗証番号はどうやったって変更できない」
「だったら!」
あっさりと認めた乙下に食ってかかろうとした1046だったが、
それをいなすように乙下は立ち上がり、空気に向かって言いつけた。
それをいなすように乙下は立ち上がり、空気に向かって言いつけた。
「おい、ここ開けろ」
「ラジャー」
「ラジャー」
空気は乙下の指示を予想していたらしく、すでに手に鍵を準備していた。
例えば玄関や車の鍵ような、一般家庭でしばしば目にする平べったいものとは形状が違う。
タバコほどの太さの小さな円筒にツメがついた、業務用の鍵。
例えば玄関や車の鍵ような、一般家庭でしばしば目にする平べったいものとは形状が違う。
タバコほどの太さの小さな円筒にツメがついた、業務用の鍵。
それは、IIDXのカードリーダーの鍵だった。
普段はあまり意識しないが、カードリーダーの正面上部には、鍵穴が空いている。
円のてっぺんに小さく縦の切れ込みをいれたような、
ちょうどパソコンの電源ボタンの記号に似た形をした鍵穴だ。
円のてっぺんに小さく縦の切れ込みをいれたような、
ちょうどパソコンの電源ボタンの記号に似た形をした鍵穴だ。
空気が2P側のカードリーダーへ鍵を差し込んでひねると、
カードリーダーの前カバーは、あたかも仮面を脱がされるように、いとも簡単に外れた。
カードリーダーの前カバーは、あたかも仮面を脱がされるように、いとも簡単に外れた。
仮面の下は混沌としていた。
迷宮を思わせる複雑なパターンが刻み込まれた緑色の電子基板や、
密林のように絡まり合った無数の細いケーブル。
滑らかで質素な外見からはおよそ想像がつかない光景だ。
迷宮を思わせる複雑なパターンが刻み込まれた緑色の電子基板や、
密林のように絡まり合った無数の細いケーブル。
滑らかで質素な外見からはおよそ想像がつかない光景だ。
「1046さんの言う通り、一度決めた暗証番号は二度と変えることができない。
だからこのトリックは、これまでのトリックのように
e-AMUSEMENTシステムの隙をつくタイプのトリックではなく――」
だからこのトリックは、これまでのトリックのように
e-AMUSEMENTシステムの隙をつくタイプのトリックではなく――」
乙下は床に散らばった工具の中から
フォークほどの長さの細いマイナスドライバーを拾い上げ、
その先端で2P側のカードリーダーをコツコツと叩いた。
フォークほどの長さの細いマイナスドライバーを拾い上げ、
その先端で2P側のカードリーダーをコツコツと叩いた。
「これはもっと直球勝負のトリック。
アンタは『カードリーダーそのものに細工をした』んだろ?」
アンタは『カードリーダーそのものに細工をした』んだろ?」
| 111 :トップランカー殺人事件(265) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2010/01/25(月) 01:22:13 ID:wvFIQSC70 |
1046が何かを言いたげに唇を動かしたが、
乙下は取り合わず、内部が剥き出しになったカードリーダーへ視線をやる。
乙下は取り合わず、内部が剥き出しになったカードリーダーへ視線をやる。
┏━┳━┳━┓
┃7 ┃8 ┃9 ┃
┣━╋━╋━┫
┃4 ┃5 ┃6 ┃
┣━╋━╋━┫
┃1 ┃2 ┃3 ┃
┣━╋━╋━┫
┃0 ┃00┃ ┃
┗━┻━┻━┛
┃7 ┃8 ┃9 ┃
┣━╋━╋━┫
┃4 ┃5 ┃6 ┃
┣━╋━╋━┫
┃1 ┃2 ┃3 ┃
┣━╋━╋━┫
┃0 ┃00┃ ┃
┗━┻━┻━┛
そこには機械にとっての脳であり神経であり臓物である電子部品達に混じって、
12枚のテンキーだけが、いつもと変わらぬ姿でフロントに収まっていた。
0~9の数字の他、"00"と空白のキーを含んだその配列は、電卓でお馴染みの並び順だ。
12枚のテンキーだけが、いつもと変わらぬ姿でフロントに収まっていた。
0~9の数字の他、"00"と空白のキーを含んだその配列は、電卓でお馴染みの並び順だ。
乙下はドライバーの先端をキーとキーの間に滑り込ませ、軽く柄をねじった。
そうすることで、キーを簡単に本体から分離することができた。
そうすることで、キーを簡単に本体から分離することができた。
乙下はプチプチと音を立てながら、次々にキーを分離させていく。
その作業があらかた終わると、今度はパズルを組み立てるように、
パチパチと音を立てながら次々にキーを本体にはめ込み直していった。
その作業があらかた終わると、今度はパズルを組み立てるように、
パチパチと音を立てながら次々にキーを本体にはめ込み直していった。
ただし。
┏━┳━┳━┓
┃7 ┃1 ┃9 ┃
┣━╋━╋━┫
┃0 ┃5 ┃2 ┃
┣━╋━╋━┫
┃8 ┃6 ┃3 ┃
┣━╋━╋━┫
┃4 ┃00┃ ┃
┗━┻━┻━┛
┃7 ┃1 ┃9 ┃
┣━╋━╋━┫
┃0 ┃5 ┃2 ┃
┣━╋━╋━┫
┃8 ┃6 ┃3 ┃
┣━╋━╋━┫
┃4 ┃00┃ ┃
┗━┻━┻━┛
意図的に『一部のキーの配置を組み替えて』……だ。
「何じゃこりゃあ!?」
床にへたり込んでいた1046は勢いよく立ち上がり、
組み上がったテンキーをまじまじと見つめた。
組み上がったテンキーをまじまじと見つめた。
「これ、配置がおかしいじゃねーかよ!」
「いや。これで正しいんだ。
今このカードリーダーは、『この配置になるように中身を改造してある』んだ」
今このカードリーダーは、『この配置になるように中身を改造してある』んだ」
| 112 :トップランカー殺人事件(266) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2010/01/25(月) 01:32:26 ID:wvFIQSC70 |
「……改造だぁ!?」
「あぁ、これは単純明快なトリックだったんだ。
アンタは事件前日の夜、ABCの2P側のカードリーダー、
すなわちBOLCEが使う方のカードリーダーに改造を施した」
「おい黙れ。デタラメ言うな!」
「あぁ、これは単純明快なトリックだったんだ。
アンタは事件前日の夜、ABCの2P側のカードリーダー、
すなわちBOLCEが使う方のカードリーダーに改造を施した」
「おい黙れ。デタラメ言うな!」
わめく1046をものとせず、乙下は低学年向けの算数の授業のように、懇切丁寧に説明した。
「さて、考えてみよう。
BOLCEは『8402』と入力しようとするが、
実際には『1046』と入力してもらわないとまずいことになる。
どうすればいい?ごく簡単な話だ。
『1と8』を入れ替えて、『0と4』を入れ替えて、『6と2』を入れ替える」
BOLCEは『8402』と入力しようとするが、
実際には『1046』と入力してもらわないとまずいことになる。
どうすればいい?ごく簡単な話だ。
『1と8』を入れ替えて、『0と4』を入れ替えて、『6と2』を入れ替える」
乙下は緩い動きで、本来『8』があった場所を押し、
続いて本来『4』があった場所、本来『0』があった場所、本来『2』があった場所を押した。
続いて本来『4』があった場所、本来『0』があった場所、本来『2』があった場所を押した。
つまりは、『イチ・ゼロ・ヨン・ロク』のキーを順に押したのだ。
「こうすることで、晴れて『8402』は『1046』に生まれ変わる。
デラも一般的な暗証番号のインターフェースと同様に、
数字を入力しても画面には『****』としか表示されない。
だからBOLCEは知らぬ間に『1046』と打ち込んでいたなんて、夢にも思わないって寸法さ」
「ってことは、さっきのBOLCEのイーパスは……」
「そう。このトリックの面白いところは、逆も成り立つってことなんだ。
『8402』が『1046』になるってことは、
『1046』が『8402』になるってことでもある。
だからさっきアンタは自分のイーパスを使うつもりで、BOLCEのイーパスを認証できたんだ。
悲しいかな、アンタは自分自身が作り出したトリックにまんまと嵌められたんだよ」
デラも一般的な暗証番号のインターフェースと同様に、
数字を入力しても画面には『****』としか表示されない。
だからBOLCEは知らぬ間に『1046』と打ち込んでいたなんて、夢にも思わないって寸法さ」
「ってことは、さっきのBOLCEのイーパスは……」
「そう。このトリックの面白いところは、逆も成り立つってことなんだ。
『8402』が『1046』になるってことは、
『1046』が『8402』になるってことでもある。
だからさっきアンタは自分のイーパスを使うつもりで、BOLCEのイーパスを認証できたんだ。
悲しいかな、アンタは自分自身が作り出したトリックにまんまと嵌められたんだよ」
1046は背中を丸めて、小刻みに体を震わせていた。
「……何だよ……何なんだよそれ、そんなの納得できるか!」
力の限り目を閉じているのか、眉間に数え切れないほどの皺が寄っている。
「理屈だけなら理解できるけど、
そんな常識外れの改造、機械オンチの俺にできるわけねーだろ!」
「果たして、本当にそうなんすかね」
そんな常識外れの改造、機械オンチの俺にできるわけねーだろ!」
「果たして、本当にそうなんすかね」
空気が疑惑のニュアンスを含んだ口調で言った。
1046は悲壮感の滲んだ表情で空気を見上げる。
もうこれ以上はやめてくれと言わんばかりの、すがるような雰囲気さえあった。
1046は悲壮感の滲んだ表情で空気を見上げる。
もうこれ以上はやめてくれと言わんばかりの、すがるような雰囲気さえあった。
「一般的にはほとんど知られていないことなんでしょうけど、
このデラのカードリーダーにはちょっとした秘密があるんすよ。
ボクも昨日、初めて知ったことなんすけどね」
このデラのカードリーダーにはちょっとした秘密があるんすよ。
ボクも昨日、初めて知ったことなんすけどね」
空気は2P側のカードリーダーへ、撫でるように軽く手を乗せた。
「1046さんは、最初からその秘密を知ってたんでしょう?」
「知らない。俺は何一つ知らねーよっ!」
「知らない。俺は何一つ知らねーよっ!」
1046は具体的な内容を聞く前から、大袈裟に否定した。
「いいえ、1046さんは知ってたはずっす。
このカードリーダーのテンキーは『メカニカル方式』だってこと」
このカードリーダーのテンキーは『メカニカル方式』だってこと」
| 113 :トップランカー殺人事件(267) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2010/01/25(月) 01:43:15 ID:wvFIQSC70 |
キーボードをスイッチの機構で分類すると、大別して二種類の方式がある。
一つはメンブレン方式。
そしてもう一つはメカニカル方式。
一つはメンブレン方式。
そしてもう一つはメカニカル方式。
メンブレン方式とは、フィルム上にスイッチがまとめて印刷されているもので、
キーを押すと内部で二枚のフィルムが押し付けられることにより電流が流れ、スイッチがONになる仕組み。
近年流通しているキーボードはほとんどがこの方式であり、
特にノートPCのようなコンパクトなキーボードは、ほぼ全てがメンブレン方式である。
キーを押すと内部で二枚のフィルムが押し付けられることにより電流が流れ、スイッチがONになる仕組み。
近年流通しているキーボードはほとんどがこの方式であり、
特にノートPCのようなコンパクトなキーボードは、ほぼ全てがメンブレン方式である。
一方メカニカル方式とは、キー一つ一つに対して
独立したスイッチが基盤に取り付けられている、昔ながらのタイプ。
コストは高いがタッチや耐久性がメンブレン方式に勝っているため、
少数ながら好んで使うユーザーが存在している。
独立したスイッチが基盤に取り付けられている、昔ながらのタイプ。
コストは高いがタッチや耐久性がメンブレン方式に勝っているため、
少数ながら好んで使うユーザーが存在している。
空気がそんなことを大雑把に説明していたところ、
1046はとうとう堪えきれずに、鼻をひくつかせて怒鳴った。
1046はとうとう堪えきれずに、鼻をひくつかせて怒鳴った。
「ちょっと待てよ。
メカニカルだか何だか知らねーけど、全っ然何の関係もねーだろ!」
「白を切るつもりっすか?
関係大ありだってこと、知ってるくせに」
メカニカルだか何だか知らねーけど、全っ然何の関係もねーだろ!」
「白を切るつもりっすか?
関係大ありだってこと、知ってるくせに」
空気は2P側のカードリーダーを覗き込み、
テンキーのユニットの隅にプラスドライバーをあてがった。
テンキーのユニットの隅にプラスドライバーをあてがった。
「このテンキー、目立たないけど実は凄いヤツなんすよね。
なんせ『コンパクトキーなのにメカニカル方式』なんです。
こういうキーボードって、普通はなかなかないんすよ」(※注7)
なんせ『コンパクトキーなのにメカニカル方式』なんです。
こういうキーボードって、普通はなかなかないんすよ」(※注7)
空気は電工職人よろしくプラスドライバーを反時計方向に回しながら、独り言のように続けた。
「で、ここからが肝心なこと。
メカニカル方式ってのはさっきも言った通り、
キー一つ一つに対して独立したスイッチが入ってるんすよ。
それは何を意味するかってね」
メカニカル方式ってのはさっきも言った通り、
キー一つ一つに対して独立したスイッチが入ってるんすよ。
それは何を意味するかってね」
空気はそこで一度作業の手を止め、こちらを振り返った。
「言い換えれば、改造が容易にできちゃうってことっす」
※注7:
beatmaniaIIDXに付属しているカードリーダーのテンキーには、
ドイツのCherry社というメーカーが製造している「MLキースイッチ」という製品が採用されている。
空気の言うように、あの小ささにしてメカニカル方式という、比較的珍しいキーなのである。
beatmaniaIIDXに付属しているカードリーダーのテンキーには、
ドイツのCherry社というメーカーが製造している「MLキースイッチ」という製品が採用されている。
空気の言うように、あの小ささにしてメカニカル方式という、比較的珍しいキーなのである。
| 114 :トップランカー殺人事件(268) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2010/01/25(月) 01:50:10 ID:wvFIQSC70 |
空気はテンキーを固定している四隅のネジをすっかり外して、
その電卓のようなユニットの裏表を綺麗に引っ繰り返した。
つまり、テンキーが向こう側を向き、緑色の電子基板がこちら側を向いた形になる。
その電卓のようなユニットの裏表を綺麗に引っ繰り返した。
つまり、テンキーが向こう側を向き、緑色の電子基板がこちら側を向いた形になる。
するとその基板には、素人目に見ても明らかに違和感を感じる内容が二つばかりあった。
一つ目は、基板のあちこちに人為的としか思えないキズがつけてあること。
二つ目は、基板のあちこちに後付けとしか思えない細いケーブルが接続されていること。
二つ目は、基板のあちこちに後付けとしか思えない細いケーブルが接続されていること。
「ご覧の通り。『数字を入れ替える改造』なんて言うと
突拍子もないことに聞こえちゃいそうっすけど、
メカニカル方式のキーボードなら意外と簡単に実現できちゃうんすよ。
要するにね、キースイッチなんてただの電流の通り道なんだから、
『電流の入り口と出口をそのまんま入れ替えてしまえばいい』ってことっすね」
突拍子もないことに聞こえちゃいそうっすけど、
メカニカル方式のキーボードなら意外と簡単に実現できちゃうんすよ。
要するにね、キースイッチなんてただの電流の通り道なんだから、
『電流の入り口と出口をそのまんま入れ替えてしまえばいい』ってことっすね」
空気の説明はこうだった。
手順は大きく二つ。
手順は大きく二つ。
まず、それぞれのキーにおける『本来の入り口と出口を塞ぐ』。
これは基板にプリントされた銀色のパターンにカッターで傷を付けて、
電流を堰き止めてしまうのだと言う。
これは基板にプリントされた銀色のパターンにカッターで傷を付けて、
電流を堰き止めてしまうのだと言う。
次に、それぞれのキーに『偽物の入り口と出口を繋ぐ』。
細く短いケーブル――「ジャンパー線」と呼ぶらしい――を用意して、
基板に半田付けし、電流のバイパスラインを無理やり作ってしまうとのことだ。
細く短いケーブル――「ジャンパー線」と呼ぶらしい――を用意して、
基板に半田付けし、電流のバイパスラインを無理やり作ってしまうとのことだ。
例えば、本来『1』のスイッチに流れるはずだった電流を堰き止め、
代わりに『8』のスイッチへ流れ込むように、電流の経路を繋いでしまう。
すると、考えるまでもなく『8』を押せば『1』が押されたのと同じ結果になるのだ。
確かによくよく観察すると、『1』の裏側付近と『8』の裏側付近が互いにケーブルで繋がっている。
他のキーも同じ具合だった。
代わりに『8』のスイッチへ流れ込むように、電流の経路を繋いでしまう。
すると、考えるまでもなく『8』を押せば『1』が押されたのと同じ結果になるのだ。
確かによくよく観察すると、『1』の裏側付近と『8』の裏側付近が互いにケーブルで繋がっている。
他のキーも同じ具合だった。
「いいっすか、1046さん。
こんなの、ほんのちょっと手先が器用な人なら誰だってできることなんすよ。
ところでさっき『俺は手先が器用な方だけど』って言ってたのは、どこの誰でしたかね?」
こんなの、ほんのちょっと手先が器用な人なら誰だってできることなんすよ。
ところでさっき『俺は手先が器用な方だけど』って言ってたのは、どこの誰でしたかね?」
1046は首筋に爪を立て、下唇をきゅっと噛む。