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トップランカー殺人事件 解答編 第0話『もう一つのプロローグ』

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243 :トップランカー殺人事件(299) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2010/03/14(日) 14:47:02 ID:LkrKOQtA0
電話が鳴った。

「もしもし?どうした?」
「……1046。ちょっと聞いてほしいんだ」

俺は二つの理由で眉間に皺を寄せた。
一つは、かかってくるはずのない電話がかかってきたこと。
二つは、彼の声のトーンが異様に重々しかったこと。

何かあった。
しかも、何かまずいことがあった。
俺はそう直感した。

元々この計画を実行する上で、彼とは幾つかの取り決めをしてあった。
その一つに、「特別な理由がない限り電話はしない」という決まりも含まれていた。

ということはつまり、何かあったのだ。

「何があったんだ?」
「まずいことになった」

やっぱりだよ。
半ば予想していたとは言え、心臓がドクンと脈打つ。

「どういうことだよ」
「なんて言うか、その、話すと長くなる。
 いや、別に長くはならないんだけど……」
「わけわかんねーよ」
「とにかく、1046も一度こっちに来てくれ」
「来てくれったって」

携帯電話を耳に当てたまま、足もとに置いたショルダーバッグを横目で見る。

「金はどうすんのさ」
「そんなのどうでもいいよ」
「ど……」

さすがにどうでも良くはないだろう。
そう反論したかったが、彼は「いいからすぐに来るんだ」と一方的に言い残し、電話を切ってしまった。

「ホント、わけわかんねーよ」

わけが分からないけど、とにかく彼のところに行くしかない。
俺は札束が入ったショルダーバッグを肩に引っ掛けて、
ゲームセンター・ABCの階段を駆け上がり、自転車にまたがった。

200枚の一万円札は思っていたほど重くない。
それよりも、アミューズメント・シルバーへと向かってこぐ
自転車のペダルの方がよっぽど重かった。

一体何があったんだよ。

気が付けば、ハンドルを握る手はじっとりと汗ばんでいた。

244 :トップランカー殺人事件(300) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2010/03/14(日) 14:52:20 ID:LkrKOQtA0
この日、俺は犯罪を犯した。

シルバーの店長の息子を誘拐する。
息子の身柄を盾に、店長へ一億円の支払いを要求する。
慌てふためく店長の隙をついて、シルバーの金庫から現金を盗み出す。

全ては黒幕である『彼』の立てた計画だった。

俺は彼と手を組み、彼の計画通りに行動した。
その結果、俺達は金庫から200万円を奪うことに成功した。
拍子抜けするほど呆気なかった。

200万円。
彼と山分けしても、一人100万円。
目のくらむような金額だ。
あとは持ち帰って好きなように使うだけ。
そのはずだった。

しかし、電話越しに彼は「まずいことになった」と言ってきた。
考えられ得る最悪のケースはただ一つ。

ばれたんだ。

何をどうしくじったのかは知らないが、
誘拐・窃盗事件を企てたのが彼であると、誰かにばれてしまった。
そうだとすれば、当然彼は罪に問われる。

彼が警察に捕まろうが、彼の人生が狂おうが、正直なところどうでも良かった。
今この瞬間俺にとって重要なのは、俺が警察に捕まらずに済むかどうかだ。

「頼むから、俺のことは喋るなよ」

どうせ捕まるなら勝手に一人で捕まってくれ。
ついでに俺を道連れにしようだとか、そんな非生産的なことは考えないでくれ。

「頼むよ、マジで……」

俺は祈るように呟きながら、シルバーへと急いだ。

245 :トップランカー殺人事件(301) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2010/03/14(日) 15:09:37 ID:LkrKOQtA0
ABCからシルバーまでは、自転車で約5分。
気持ちの整理をつける暇もないまま、あっと言う間に到着してしまった。

周囲の目を気にしながら、背中を丸めて入店すると、

「よっ、1046」

突然声をかけられて、危うく飛びのきそうになるほど驚いた。
格闘ゲーム好きの常連だ。
対戦相手のいない対戦台に腰を下ろし、レバーを掴んだまま俺を見上げている。

「う、うす。今日も暑いですね」
「暑い暑い。やってらんねーよなー」

天気の話題かよ、と自分自身に突っ込みたくなった。
動揺を悟られまいと注意すればするほど、
普段とは異なる行動をとってしまう自分の脆さに呆れてしまう。
さて、どう自然に会話を繋げたものかと戸惑ったものの、
男はすでにゲームへと意識を戻し、次なる戦いをスタートさせるところだったので、
俺は黙って会話を切り上げた。

あたりを見回す。
そこはいつもと変わらぬシルバーの光景であり、
何人かの常連が馴染みのゲームで思い思いに遊んでいる。

ただ、その中で『彼』だけがゲームもせず、ぼんやりと座っていた。
デラ部屋のすぐそばにある古いスロットマシーンの椅子に座り込み、空中の一点を見つめている。

ひとまず捕まったわけではないらしい。
俺は安堵しつつ、極力目立たないように最小限の動きで彼のもとへ近付いた。
そして彼の顔を間近で見た矢先に、せっかく芽生えた安堵の感情は粉々に吹き飛んでしまった。
死人のような土気色に覆われた彼の顔が、深い絶望感を漂わせていたからだ。

「おい、来たぞ」

軽く腰を曲げて、耳打ちをするように話しかけたと言うのに、
彼は俺のことを見ようともしない。

「何があったんだよ。まさか、誰かにばれたのか?」
「……そっち方が……まだマシだったかな……」

そう言ってから彼は、表情を変えずに、ふ・ふ・ふ、と怪しげな笑いをこぼした。

「落ち着けよ、何が何だかわかんねーよ。
 何があったのか、ちゃんと説明してくれ」
「見れば分かる」

彼はゆっくりとデラ部屋を指差した。

「……それより1046こそ落ち着いてほしい。何を見ても動じないで。
 とにかく、今は落ち着いて行動するしかない」
「デラ部屋に、何かあるのか?」
「見れば分かる。いいかい、信じられないようなものを目にしても、とにかく落ち着いてほしい」

こんな怯えた彼を見るのは初めてのことだった。
いつも自信に満ち溢れ、何事にも動じず、飄々と生きていた彼を、何がここまで変えてしまった?

不安と緊張に耐えきれず、俺はもうその場から走って逃げ出してしまいたかった。
けど、走って逃げ出してしまう勇気さえない俺は、
震える手でデラ部屋のドアを開けるしかなかった。

246 :トップランカー殺人事件(302) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2010/03/14(日) 15:15:12 ID:LkrKOQtA0
デラ部屋に足を踏み入れた俺は、その場に立ち尽くした。

全身の血液が沸騰する。
皮膚という皮膚から大量の汗が噴き出る。
心臓が乱暴に音を立てて、体の中で反響する。

最悪だ。
事前に頭の中で思い描いていたどんな最悪な想像より最悪の光景だ。


それは、かつて親友だった男の首吊り死体だった。


まず俺の思考が取った行動は、この光景が現実の物ではないと否定することだった。

これは何かの間違いなのだ。
例えばそうだ、この死体らしき物体はよく出来た人形なんだ。
それとも、実のところコイツはまだ生きていて、俺を驚かせようとしているのかも知れない。
もしくは、これは丸ごと夢だったという可能性もある。

でも駄目だった。
死体は圧倒的なリアリティを伴って、これは現実なのだと俺に迫った。

IIDXの筐体フレーム上部に括り付けられた縄からぶら下がったその死体は、
手足を力無くだらりと地面へ向かって垂直に落とし、
あたかも俺のことを恨みがましく睨みつけるかのように、大きく目を見開いていた。

これは、現実の死体だ。



途端にかつてない恐怖が俺を襲った。

胃の奥から酸っぱいものが込み上げてきそうになり、慌てて口を手で押さえる。
涙で視界がぼやける。
目をぬぐうと、また死体がはっきりと見えて、また涙で視界がぼやける。

「お前が悪いんだぞ、BOLCE……」

奥歯をガチガチと震わせながら、俺はやっとのことで声を振り絞った。
だが、彼からの返事はない。

返事をしろよ。
全部お前が悪いんだ。
返事くらいしろよ、この大馬鹿野郎。

俺は後ろを振り返り、彼が聞こえるように大声で、ほとんど半狂乱になりながら叫んだ。


「BOLCE、BOLCE!!!BOLCEええぇぇぇぇぇええええええええええ!!!!!!
 おい、BOLCE……ウソだろおい、死んでる、死んでるぞーーーーーーーーーーー!!!!!!!」


そして俺は一度大きく息を吸い込み、さらに叫んだ。

247 :トップランカー殺人事件(303) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2010/03/14(日) 15:28:58 ID:LkrKOQtA0





「BOLCE、来てくれぇぇぇえええええ!!!『店長が』死んでるぞおおおーーーーー!!!」





248 :トップランカー殺人事件(304) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2010/03/14(日) 15:32:31 ID:LkrKOQtA0
この事件の黒幕である『彼』――BOLCEが、血相を変えてデラ部屋に飛び込んで来た。

BOLCEはデラ部屋のドアを閉め切り、俺の胸ぐらに掴みかかる。

「だから落ち着けって言っただろ!他の客に聞かれたらどうするんだ!?」
「だって、店長が……店長が!店長が死んでるんだぞ!?」
「落ち着け!」

BOLCEは俺の頬を思い切り引っぱたいた。
そこで俺はようやく騒ぐのをやめた。

俺とBOLCEの荒い息遣いが、デラ部屋に響く。

「そうだ。店長は死んだ」
「なんでこんなことになってるんだよ……冗談じゃねーよ……」

膝から力が抜けて、俺はその場にへたり込んだ。
ショルダーバッグの中で、札束がガサガサと擦れ合う音が聞こえた。

「やっぱりやめりゃ良かったんだ、こんな計画……」

どうしていいか分からないまま、ただただ後悔の涙が流れ落ちる。
泣いたって仕方がないのは分かっているのに、それでも涙は止まらない。

「1046」

BOLCEはしゃがんで、俺の手を握り、ささやくように言った。


「泣いてる場合じゃない。これから僕の言う通りに行動するんだ」


その時、俺は気付いた。
BOLCEの瞳が何らかの強い決意を宿していることに。

同時に、俺達は平和な日常から足を踏み外し、もう二度と元に戻れないであろうことも悟った。





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