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トップランカー殺人事件 第一話『音ゲー刑事登場』

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91 :トップランカー殺人事件(15) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/07/27(日) 15:31:40 ID:JHG30QSY0
極端な開脚かつ猫背という出で立ちでIIDXをプレイしている空気を見つけ、乙下圭司はため息をついた。

空気は次から次へと降りかかる大量のオブジェを正確に捌く。
コンボの数字が積み上がるほどに彼のテンションも増しているようだった。
オブジェの密度が低い場所ではややオーバーアクション気味にスクラッチを拾い、
オブジェの密度が高い場所ではより一層深く腰を曲げて必死さをアピールする。
やがてFULL COMBOの文字と共に曲が終わり、AAAのリザルトが表示されると同時に満面の笑みがこちらに振り向く。
言葉はなくとも、何を言いたいのかは目が雄弁に語っていた。

その行動の全てが見苦しい。
とは言え、乙下は彼の実力を認めざるを得なかった。
しかしそれは内心に留め、口をついて出たのはいつもの調子の揶揄だった。

「相変わらずキモいな、空気」
「それほどでもないっす、オトゲ先輩」
「誉めてねーよ」
「実はこの曲でトリコン出したの初めてなんすよ!
 一般的には中盤の皿複合が取りづらくて切りどころって言われてるんすけど、
 ボク的にはむしろイントロのトリルが……」

聞いてもいないのに、空気はベラベラと喋り始める。
開脚・猫背・見せつけ・振り向き・解説……満貫だ。
どうやらこの男は羞恥心というものをどこかに置き忘れてきてしまったらしい。

「んで、何の用」
「よくぞ聞いてくれました!見て下さいよ。ボクァついにやりましたよ」

興奮した様子で鼻の穴を広げながら、空気はモニタに目を戻す。
どうやらEXTRAステージだったらしく、ゲームはデータ保存のフェーズに移っていた。
よく見るとDJネームやIIDX IDの項目に並び、「十段」の二文字が堂々と鎮座していた。
確か先日までは九段だったはずだ。

「いやー、今日は相当粘着しましたよ。
 いつもは後一歩ってとこでガシャーンだったんすけど、
 今日はなんか調子良かったんで頑張ってみたら越せちゃいました!」
「珍しく年休取ったかと思えば一日中デラかよ。おめでてーな」
「はい!今日は本当におめでたいっす!」
「バカかお前は、そういう意味じゃねーよ。
 何、もしかしてそれ自慢するためだけに呼んだの?」
「まぁ平たく言うとそういうことっす!」
「殺すよ?」
「もう殺されても悔いはないっす!」

有無を言わさず関節固めをプレゼントする。
よっぽど十段取得が嬉しかったのか、それとも乙下に構ってもらえるのが嬉しいのか、
空気は痛い痛いと大袈裟に叫びつつもその笑顔が剥がれ落ちることはなかった。

92 :トップランカー殺人事件(16) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/07/27(日) 15:41:35 ID:JHG30QSY0
「オトゲ先輩はもう仕事上がりっすか?」
「仕事中にゲーセンなんか来れるわけねーだろバカ。
 お前が来いっつーから今日はもう残業切り上げた」

と言いつつ、乙下はまんざらでもなさそうに財布から100円玉とe-AMUSEMENT PASS――通称イーパスを取り出した。

「おし。今日は空気も十段越したし、この流れにあやかって四段合格を目指すか」
「すげー、オトゲ先輩その歳でこの前デラ始めたばっかなのにもう四段挑戦っすか。
 音ゲー刑事の名前は伊達じゃないっすね!」
「その歳では余計なんだよキモオタ」

この日、乙下の調子は決して悪くなかった。
1曲目「era(nostalmix)」では、いつもならラストの同時押しでだいぶ削られてしまうところを60%以上持ちこたえる。
どんなに調子良くても絶対にクリア出来なかった2曲目「虹色」もかなり見切れるようになっており、
今では3回に2回は次のステージへ到達できるようになっていた。
しかし、乙下本人も予想していた通り、3曲目「ALFARSHEAR」の間奏に登場する乱打地帯では
何が起きているのかさっぱり把握できず、残りのゲージは急転直下で蒸発してしまった。

やはり四段はまだ早いか……気落ちしながらイーパスを取り出したところに、空気が変に真面目な面持ちで近づいて来る。

「オトゲ先輩はそろそろ固定運指を覚える時期に来てますね」
「何それ」
「どのボタンをどの指で押すかをあらかじめ決めてしまうんです。
 先輩は使いやすい人差し指とか中指だけで色々なボタンを押しに行くでしょ?
 そういうのは北斗運指って言って、高密度譜面への対応力にいまいち欠けるんすよ」
「んー。そう言われてみると、確かに指の使い方を意識したことはなかったな」

空気は周囲に順番待ちをしている人がいないことを確認し、筐体の前で構えて見せた。

「固定には大きく三パターンあるんす。
 これが基本となる対称固定、これが皿に対する柔軟性に富んだ3:5半固定。
 そして最後に、ちょっと難しいんすけど将来性抜群と言われるこの形が……」
「あーはいはい。長くなりそうだからまた今度ね」
「ダメですよ先輩。運指の研究無くして上達なんて出来やしないんす。
 名だたるトップランカーの皆さんだって、最初はそこから始めたんですから」

空気はいつになく真剣に諭してくる。
その情熱を一部でもいいから仕事に回して欲しいものだ、と乙下は喉の奥でひとりごちた。

93 :トップランカー殺人事件(17) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/07/27(日) 15:43:06 ID:JHG30QSY0
「トップランカーねぇ。俺はお前より上手い人がいること自体信じられねーよ」
「十段底辺のボクなんて、彼らのスネ毛にも及ばないっすよ」
「今日取り立てホヤホヤの『十段』を強調してくる辺りがウザくてお前らしいな」
「って言うかこの前オトゲ先輩にもトプラン選手権のDVD見せたじゃないすか。
 凄かったでしょ?
 あれで優勝した人は岩手県民で、この近くに住んでるんですよ」
「あっそう」
「そうだ、これからウォチしに行きましょうか?彼の名前はボル……」

ピピピピ。
無機質な着信音が二人の会話に割って入った。
乙下が無駄のない動作で携帯電話をポケットから取り出す。

「もしもし、乙下です……えぇ……はい……えぇ」

乙下の表情が険しくなっていくのを、空気は見逃さなかった。
やがて会話は終わり、険しい表情のまま乙下は空気に向き直る。

「先輩、もしかして」
「あぁ。事件で呼び出しがかかった。お前も行くぞ」
「行き先は?」

乙下は眼を伏しがちにして頭を掻いた。

「前言撤回。まさか仕事で行くことになるとはな」
「え?」
「アミューズメント・シルバーで殺しだ」

94 :トップランカー殺人事件(18) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/07/27(日) 19:30:48 ID:JHG30QSY0
そこは奇妙な空間だった。

「デラ部屋」と書かれた扉をくぐると、
殺風景な狭い部屋の壁際にIIDXの筐体が据え付けられている。
筐体上部の金属パイプには縄が括り付けられ、そこから吊るされているのはまごうことなき人間の死体だった。
死体の背後ではIIDXのモニターが粉々に割れており、ガラスの破片がコントロールパネル一面に散らばっていた。

乙下と空気はトラロープを跨いで部屋の中へと踏み込む。
現場検分をしていた制服警官が乙下に気付き、小走りで近寄った。

「お疲れ様です、乙下刑事」
「ご苦労さん。状況は?」
「被害者は三浦清、24歳。
 このゲームセンターの常連でした。
 死因は窒息死。
 とりあえず基本情報はこの一次報告書にまとめましたのでご覧下さい」

乙下は制服警官からA4用紙一枚からなる報告書を受け取り、死体と見比べた。

「……このホトケさん、どっかで見た気がするな」
「もしかして」

空気が乙下と制服警官との間へ首を突っ込み、報告書を覗き込む。

「やっぱり。この人、BOLCEっすよ」
「ボルチェ?」
「デラのトップランカーっす。ほら、ここに書いてあるでしょ」

空気の指差した部分を、乙下は声に出して読み上げる。

「被害者の三浦はアミューズメント・シルバーの常連客であり、日常的に出入りしていた。
 彼はビートマニアIIDXなるゲームにて『BOLCE』のニックネームで
 全国的に有名なプレイヤーであり、日本一の腕前を持っていたという……マジかよ」
「信じられない……音ゲー界随一の宝が……むご過ぎっす」

乙下は以前空気に見せてもらった「トップランカー選手権」のDVDを思い出していた。
決勝にて全IIDX中最難曲と言われる「冥」でAAAを叩き出して優勝し、会場を沸きに沸かせていた青年の姿。
それが、今目の前でぶら下がっている死体の形状と嫌でも重なってしまう。
しかし生気の失せた顔からは眼球と舌が勢いよく飛び出しており、生前のあどけない表情は見る影も無かった。

95 :トップランカー殺人事件(19) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/07/27(日) 19:32:32 ID:JHG30QSY0
「ここを見て下さい」

制服警官がBOLCEの首を指し示し、説明を続けようとする。

「頸部の傷が二重になっています」
「だね。えーなになに」

乙下はまたも報告書を読み上げる。

「被害者の頸部には紐状のもので圧迫された跡が二重でついており、
 加害者は被害者の頸部を締め付けて絶命させた後、被害者をゲーム機へ吊るしたものと思われる……よくもまぁ犯人はこんな重労働を」
「ただ殺すだけじゃ飽き足らず、わざわざ吊るし上げるなんて異常ですよ。
 被害者に恨みを持つ人間による犯行の線が強いと思われます」
「そんな。2chのランカースレを見る限りじゃ人から恨まれるような要素はなかったはずっすよ?」
「お前は黙ってろ」

空気を後ろへ突き飛ばし、乙下はBOLCEに近付いてまじまじと観察を始めた。
頭部前側に数箇所の外傷があり、僅かに流血が見られる他、ガラスの細かい破片がこびり付いている。

「どうやら被害者の頭部とぶつかった衝撃でモニタが割れたようですね」
「犯人と揉み合っている最中にでも頭から突っ込んだのかなぁ」

乙下は視線を下に落とした。
BOLCEの右手を見つめる。
乙下はこれまでも多くの死体を見てきたが、今日は一段と生と死の隔たりの大きさを実感せずにはいられなかった。
何せ、かつては七個のボタンとターンテーブルの上を縦横無尽に這い回っていたこの右手が動くことは、もう二度とないのだ。

そしてこの左手も同じく――

「あれ?」

左手に注目した乙下は、その違和感から思わず声を出した。

96 :トップランカー殺人事件(20) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/07/27(日) 19:33:39 ID:JHG30QSY0
BOLCEの左手が異様な形を保っていた。
親指・人差し指・中指の三本はそれぞれの関節で軽く曲がり、指先の三点は綺麗な正三角形を描いている。
その一方で、小指はピンと真っ直ぐ張った状態で、まるで他の指から仲間外れにされているかのように手の平の外側を向いているのだ。
日常生活で手がこんな形になる状況はまず思いつかない。
ということは、この形には何らかの意味があるのだろうか?
そこまで思い至ったところで、

「これ、1046式っすね」

突然空気が横から口を出した。

「トシロウシキ?」
「ええ。数字でイチ・ゼロ・ヨン・ロクと書いてトシロウと読みます。
 デラでよく使われる固定運指の一つなんすよ。
 小指でスクラッチ、親指で1鍵、中指で2鍵、人差し指で3鍵を取ります」

空気は自分の手で、BOLCEの左手と同じ形状を作って見せる。

「でもおかしいな、BOLCEの運指は固定と北斗と織り交ぜた独特でフリーダムな指使いのはずなんすよ。
 そもそもBOLCEは2P側のプレイヤーだから、左手がこの形になること自体あり得ないっす」
「つーかそれ以前に、仮にデラをプレイしているところを襲われたとして、
 抵抗するのに必死で手の形なんかすぐ崩れると思うんだけど」
「それもそうっすね」

とは言え、意図しないことにはこんな手の形になるはずがない。
乙下は思考をフル回転させたが、その理由が分からず黙り込んでしまう。

その沈黙を空気が破った。

「オトゲ先輩、これダイイングメッセージじゃない?」
「……は?」

97 :トップランカー殺人事件(21) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/07/27(日) 19:36:19 ID:JHG30QSY0
「首を絞められたBOLCEは、薄れゆく意識の中で犯人の手がかりを残そうと考えるわけっす。
 でも叫ぶこともできなければ字を書くこともできない。
 そこで、手の形で犯人の手がかりを残したんすよ」
「これが何の手がかりになんだよ」
「ですから、犯人はデラのプレイヤーの中で1P側1046式固定の使い手ってことです。
 そこまでBOLCEが知ってるってことは、身近な人間であることも間違いないっす。
 これでだいぶ容疑者を絞れるんじゃないすか?」
「お前それ本気で言ってんの?」

空気は得意気に自分の推理を披露してみせたが、乙下には胡散臭いとんでも理論にしか聞こえなかった。

「悪いけどお前の名探偵気取りに付き合ってる暇はねぇな」
「そんなぁ、これ絶対イケますよ先輩」

乙下は新たな手がかりを探すべく報告書に視線を落とした。

――これは――――!?

先程までは読み流していたが、そこに書かれた一人の男の名前を見て乙下は驚きを隠せなかった。

「第一発見者、竹之内『トシロウ』」

二人は顔を見合わせた。

116 :トップランカー殺人事件(22) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/08/03(日) 02:45:52 ID:8QyJdLRO0
一通り現場検分が終わると、BOLCEの死体は司法解剖のため盛岡大学病院へひっそりと搬送されて行った。
乙下はBOLCEのいなくなったデラ部屋の中央に立ち、IIDXの筐体と向き合いながら資料に目を通し続けた。

竹之内俊郎。24歳。フリーター。
岩手県盛岡市在住。
本日16:00頃シルバーへ来店した際、
ビートマニアIIDXなるゲームの筐体から首を吊っている被害者を発見し警察に通報した。
被害者とは高校時代からのゲームを通じた友人であり、今日に至るまでその交友関係は続いていた。
被害者と同様に、事件現場となったアミューズメント・シルバーの常連客である。
同じく被害者と同様に、ビートマニアIIDXなるゲームにて全国的に有名なプレイヤーである……。

そこまで黙読したところで、空気が戻ってきた。
どうやら走ってきたらしく、激しい呼吸音を発しながら一枚の新たな資料を乙下へ差し出した。

「ご苦労。早かったな」

乙下は空気から資料を受け取り、読み始めた。

「DJネーム『1046』。皆伝。
 古くから有名なIIDXのトップランカー。
 発狂譜面ではBOLCEに若干劣るものの、簡易系の譜面では鬼神の如き強さを発揮し、BOLCEに次いで数多くの全一スコアを保持。
 『1046式固定運指』の発案者であり、1P側1046式固定のスタイルで撮影した達人ムービーの数々により、多くのプレイヤーへ影響を与えた。
 今年春に開催されたコナミ公式の『トップランカー決定戦2008』にて準優勝を果たす。
 IIDX IDは4649-5963。好きな曲はBack Into The Light。
 未フルコン曲は冥、嘆き、蠍火、MENDESの4曲のみ。
 DJ TROOPERSのWEEKLY RANKINGでSP ANOTHERの一位を取った回数は……ってお前、
 事件に関係ない余計なことまで書いてんじゃねーよバカ」

117 :トップランカー殺人事件(23) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/08/03(日) 02:47:45 ID:8QyJdLRO0
「警察の資料は表面的なことしか載ってないから、ゲーマーとしての1046の詳しい情報を調べろって言ったのは先輩じゃないすか。
 この短時間でここまで調べ上げるのは、並のギャラリー界じゃ無理っすよ?」

まだ整い切っていない息で誇らしげに語る空気に対し、乙下は無視を決め込んで話を進める。

「それで、このトップランカー決定戦とやらで優勝したのはBOLCEなんだよな」
「その通りっす。
 要は、この事件の被害者と第一発見者が今のIIDX界のツートップってわけっすね」
「『今の』じゃなくて『昨日までの』だろ」
「……」

情報を知れば知るほどに、事件は不可解さを重ねていった。

殺されたのは世界で一番IIDXが上手い男。
第一発見者は世界で二番目にIIDXが上手い男。
二人は同じ市内に住んでおり、ゲームを通じた古くからの親友であり、またライバルでもあった。
そして、殺されたBOLCEの左手には『1046』を示すサインが残されていた……。

「1046は『1046式固定』の本家本元っす。
 BOLCEの左手が誰かを示しているとすれば、彼を置いて他に該当する人なんて絶対いないっすよ」
「それじゃ、1046が犯人だってことか?」
「そこまでは断定できないっすけど……この事件に何らかの形で関わってそうな感じがします」
「まぁ、まずは本人から事情聴取を取ってみてだな。それより、と」

乙下は資料をめくり、「アミューズメント・シルバー脅迫事件」と印字された別のページを開いた。

「今はこっちの件が気にかかる」

118 :トップランカー殺人事件(24) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/08/03(日) 02:54:46 ID:8QyJdLRO0
「何すかコレ」
「お前が1046について調べに行ってる間、一通り資料に目を通したんだが……
 実は今日の日中、ここで脅迫事件が起こってたようだ」
「脅迫事件?」

狐につままれたような顔をした空気のために、乙下は事件の要点を説明し始めた。

「今日の昼、アミューズメント・シルバーにボイスチェンジャーのようなものを通した声から電話がかかって来た。
 シルバーの店長はそいつから息子の身柄を盾に一億円を要求されたんだ」
「一億円って……いくら何でも無茶苦茶っす」
「そう、無茶苦茶だ。
 とても一介のゲーセン店長に払える額じゃない。
 しかし、店長は迂闊に警察へ連絡することができなかった」
「なんで?」
「どうやら犯人はごく近くで店長やシルバーの中の様子を監視していることを、会話の中で匂わせていたようだ。
 下手な行動を取ってもし犯人にバレたりしたら、息子に危害が及ぶ可能性があったってことだ。
 店長はいてもたってもいられなくなり、外に飛び出した」

乙下はデラ部屋を出て、シルバーの外に向かった。
空気はその後を慌てて追う。

外はすっかり日が沈んでいたが、シルバーのあるアーケード街は活気づいていた。
会社帰りと思しきスーツ姿や学校帰りと思しき制服姿が駅の方角からぞろぞろと歩いて来る。
シルバーの内外をうろつく警官の姿に、往来する一般市民達は何事かと興味の眼差しを注いだが、乙下は気にする素振りを見せずに説明を続けた。

「店長は近くにいるはずの犯人を探し出して捕まえるという賭けに出るが、
 結局犯人を見つけ出すことはできなかった。追い詰められた彼は」

乙下が不意に遠くを仰ぎ見るように焦点を変えた。
つられて空気がその視線の方向へ首を曲げると、シルバーから100メートルほどの距離をおいて岩手銀行の看板があった。

「銀行強盗を敢行したんだ」

空気はどう相槌を打てばよいか分からないのか、黙って銀行の方を見つめている。

「もちろん何の準備もなく銀行強盗なんか成功するはずもない。
 店長はあっという間にお縄さ」
「人質の息子はどうなったんすか?」
「無事だよ。
 小学校への登校中に薬で眠らされ、そのまま人の出入りがほとんどない学校の倉庫で寝かされてたらしい。
 夕方に目を覚まして普通に帰って来たってよ。
 んで、息子の無事を知った店長は安心して事件の顛末を余すことなく喋ってくれたんだ。
 今は留置所で取り調べ続行中だが、まぁ事情が事情だけに情状酌量の余地はあるだろうな」
「てことは、BOLCEが殺されたのって……」
「そう。ちょうど店長が脅迫犯を探して走り回ってる最中だ」
「その後犯人からの連絡は?」
「ない」

119 :トップランカー殺人事件(25) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/08/03(日) 03:02:12 ID:8QyJdLRO0
「乙下刑事、ちょっとよろしいでしょうか?」

制服警官に呼ばれ、乙下と空気はシルバーの中へ戻った。

「ちょっと気になることがあるんですが……これ、どう思います?」

制服警官に案内された先はシルバーの事務室であり、小さな金庫の扉が開け放たれているのが確認できる。
乙下は報告書を読んだ。

「なになに……その後の調べでアミューズメント・シルバーの金庫から
 売上金200万円が紛失していることが判明している……って書いてあるけど、
 つまりこの金庫から200万円が消えてたってことだよね」
「はい。しかし、よく中を見て下さい」

乙下は中腰になって金庫の中を覗くと、中には数十万円ほどの札束が置いてあった。

「50万円あります。
 金庫には元々シルバーの売上金250万円が入っていました。
 しかし犯人は50万円を残して、200万円だけを持ち去ったのです。
 なんで犯人はわざわざこんなことをしたんでしょう?」
「皆目見当つかんね」

店長への脅迫事件。
金庫からの窃盗事件。
そして、BOLCEの殺人事件。

2008年7月16日水曜日、アミューズメント・シルバーで三つの奇妙な事件が同時に発生した。

「空気。お前はこの三つの事件をどう思う?」
「まさか偶然のわけあるまいし、全て同一犯じゃないかと……」
「同意見だ。じゃ、犯人の目的は何なんだろうな」

空気からの返答は無かった。
そして、乙下自身その質問に対する解答は持ち合わせていなかった。

夜の闇と共に深まる謎と隣り合わせになった乙下は、大きなヤマになりそうだとうなだれた。




――次回、1046への事情聴取に赴いた乙下と空気を待ち受ける驚愕の事実とは――?






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