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トップランカー殺人事件 第二話『鉄壁のアリバイ』 -前編-
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| 123 :トップランカー殺人事件(27) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/08/04(月) 23:32:25 ID:P+Usy6QJ0 |
事件発生から一晩開けた7月17日の木曜日、朝10:00。
1046は約束の時間ちょうどに約束の喫茶店へ現れた。
1046は約束の時間ちょうどに約束の喫茶店へ現れた。
細身で長身の彼は、明るい色使いのデザインTシャツの上に
控えめなストライプ柄のシャツを羽織った格好をしていた。
服装に関しては比較的無頓着な乙下にさえ、一目でオシャレだと思わせずにいられない洗練された雰囲気を纏っている。
軽く染めた長めの髪にはワックスでボリューム感のあるスタイリングが施されており、
モデルのように整った清潔感のあるルックスにマッチしていた。
控えめなストライプ柄のシャツを羽織った格好をしていた。
服装に関しては比較的無頓着な乙下にさえ、一目でオシャレだと思わせずにいられない洗練された雰囲気を纏っている。
軽く染めた長めの髪にはワックスでボリューム感のあるスタイリングが施されており、
モデルのように整った清潔感のあるルックスにマッチしていた。
「なんというイケメン。彼が1046に間違いないっす」
空気が乙下の耳元で囁く。
店内を見回す1046と目が合ったところで、乙下は手を上げた。
店内を見回す1046と目が合ったところで、乙下は手を上げた。
「うっす、アンタが1046さんだね?初めまして、乙下です」
場所をわきまえた乙下は敢えて身分を口にせず、名前だけで自己紹介した。
1046は軽く会釈をして二人の席に近付く。
1046は軽く会釈をして二人の席に近付く。
「初めまして、竹之内俊郎です」
「悪かったね、朝早くからこんなところへ呼び出しちゃって」
「いえ、いいんです。
どうせ家にいても今は何も手つかずなんで……」
「まぁとりあえず座りなよ。
すいませーん、追加でコーヒー一杯お願いね」
「悪かったね、朝早くからこんなところへ呼び出しちゃって」
「いえ、いいんです。
どうせ家にいても今は何も手つかずなんで……」
「まぁとりあえず座りなよ。
すいませーん、追加でコーヒー一杯お願いね」
1046は「失礼します」と一言断り、乙下の向かいの席へ腰掛けた。
よくよく近くで見ると、1046の顔はどこか血色が悪そうだった。
よくよく近くで見ると、1046の顔はどこか血色が悪そうだった。
「昨日は大変だったね。アンタのお友達はご愁傷様だった」
「えぇ。正直、今でもこれが現実だと信じられないです。
BOLCE……あ、いや、三浦は人から恨まれるようなヤツじゃなかったのに」
「えぇ。正直、今でもこれが現実だと信じられないです。
BOLCE……あ、いや、三浦は人から恨まれるようなヤツじゃなかったのに」
慌てて本名で言い直す1046を、乙下は笑顔で受けた。
「はは、大丈夫だよ1046さん。
アンタらがデラのトップランカーだってことは分かってる。
お互い『BOLCE』のがしっくり来るんなら、その呼び方でいいじゃないか」
「そうっす、実はボクらもデラのプレイヤーなんすよ。
もちろん1046さんには全然敵わないっすけどね」
アンタらがデラのトップランカーだってことは分かってる。
お互い『BOLCE』のがしっくり来るんなら、その呼び方でいいじゃないか」
「そうっす、実はボクらもデラのプレイヤーなんすよ。
もちろん1046さんには全然敵わないっすけどね」
「デラ」という俗称をさり気なく使う二人に1046は少しだけ戸惑ったようだったが、
すぐに乙下と同じく笑顔を見せた。
すぐに乙下と同じく笑顔を見せた。
「へー、まさか警察の人がデラをやるだなんて思いもしなかったです。
なんだか嬉しいな」
「俺はついこの前始めたばかりで、まだSP三段の初心者だけどね。
デラを楽しむ気持ちは誰にも負けてないつもりだよ。
だからこそ、デラを汚すような真似をしやがったこの事件の犯人を意地でも捕まえたいと思ってる。
アンタも同じ気持ちだろ?」
なんだか嬉しいな」
「俺はついこの前始めたばかりで、まだSP三段の初心者だけどね。
デラを楽しむ気持ちは誰にも負けてないつもりだよ。
だからこそ、デラを汚すような真似をしやがったこの事件の犯人を意地でも捕まえたいと思ってる。
アンタも同じ気持ちだろ?」
1046は垣間見せていた白い歯を唇の奥へ仕舞い込み、真顔に戻った。
「犯人を捕まえるためには第一発見者のアンタの協力が不可欠だ。
どんな些細なことでもいいから、昨日のことを順を追って教えてほしい」
どんな些細なことでもいいから、昨日のことを順を追って教えてほしい」
すでに空気はメモ帳とボールペンを構えている。
数秒の沈黙を挟み、1046は語り始めた。
自分に言い聞かせるようにゆっくりと、咀嚼しながら。
数秒の沈黙を挟み、1046は語り始めた。
自分に言い聞かせるようにゆっくりと、咀嚼しながら。
| 124 :トップランカー殺人事件(28) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/08/04(月) 23:41:10 ID:P+Usy6QJ0 |
「昨日、俺は朝から夕方までずっと『ゲームセンター・ABC』でデラをプレイしてました。
俺もBOLCEもバイトは夜からなんで、昼間はデラをやって過ごすのが日課だったんです」
俺もBOLCEもバイトは夜からなんで、昼間はデラをやって過ごすのが日課だったんです」
早速空気がカリカリとメモを取り始めた。
チラリと横を見やると、
チラリと横を見やると、
「DJ1046、朝からのIIDXが日課。(ちょww廃人乙www)」
などと書かれているので、乙下は1046から見えないよう空気の脇腹に一発食らわした。
たまらずにむせ返る空気を尻目に、乙下は質問を浴びせる。
たまらずにむせ返る空気を尻目に、乙下は質問を浴びせる。
「昨日はBOLCEも朝からシルバーでデラをやってたってことかい?」
「多分そのはずです。
BOLCEのヤツ、昨日は朝から夕方までデラ部屋のレンタルを予約してたはずなんで」
「デラ部屋の……レンタル?」
「えぇ。乙下さん達も昨日実際に現場を見たのであれば分かると思うんですけど、
シルバーのデラ環境はちょっと独特なんです」
「多分そのはずです。
BOLCEのヤツ、昨日は朝から夕方までデラ部屋のレンタルを予約してたはずなんで」
「デラ部屋の……レンタル?」
「えぇ。乙下さん達も昨日実際に現場を見たのであれば分かると思うんですけど、
シルバーのデラ環境はちょっと独特なんです」
乙下はシルバーの一角にある「デラ部屋」と書かれた扉の向こう側に広がる光景を思い出していた。
六畳程度の狭い部屋。
扉から見て右の壁際にIIDXの筐体。
扉から見て左の壁際には三~四人程度が座れる長さのベンチが一つ。
それ以外と言えば、せいぜいイラストが描かれた宣伝用ポスターが一枚貼られているだけの殺風景な部屋だった。
六畳程度の狭い部屋。
扉から見て右の壁際にIIDXの筐体。
扉から見て左の壁際には三~四人程度が座れる長さのベンチが一つ。
それ以外と言えば、せいぜいイラストが描かれた宣伝用ポスターが一枚貼られているだけの殺風景な部屋だった。
「確かに、あんな風にデラが個室に置かれているゲーセンは初めて見たよ。
でもあれはてっきり周囲の騒音からプレイヤーを守るための配慮だと思ってたが」
「もちろんそういう意図もあるんでしょうけど、昔からシルバーではデラのタイムレンタルサービスってのをやってるんです。
一人一時間400円の料金を支払えば、誰にも邪魔されずプレイし放題になるんですよ。
って言っても、サービスが実施されるのは客足が遠のいてくる新作稼動半年後から。
それも平日の開店から16:00までという期間限定サービスです」
でもあれはてっきり周囲の騒音からプレイヤーを守るための配慮だと思ってたが」
「もちろんそういう意図もあるんでしょうけど、昔からシルバーではデラのタイムレンタルサービスってのをやってるんです。
一人一時間400円の料金を支払えば、誰にも邪魔されずプレイし放題になるんですよ。
って言っても、サービスが実施されるのは客足が遠のいてくる新作稼動半年後から。
それも平日の開店から16:00までという期間限定サービスです」
乙下は即座に頭の中で計算をしてみた。
通常であればIIDX一回分のプレイ時間は10分程度なので、
一時間400円でやり放題になるのであればプレイヤーにとっては大きなコストメリットがある。
フリーモードでの粘着や順番待ち等の事態を考慮すると、ますます魅力的な条件になるのではなかろうか。
通常であればIIDX一回分のプレイ時間は10分程度なので、
一時間400円でやり放題になるのであればプレイヤーにとっては大きなコストメリットがある。
フリーモードでの粘着や順番待ち等の事態を考慮すると、ますます魅力的な条件になるのではなかろうか。
逆に店側の立場からすると、
平日の日中という稼ぎにくい時間帯において他店舗との競争力を強化できることは確実だ。
平日の日中という稼ぎにくい時間帯において他店舗との競争力を強化できることは確実だ。
かくしてプレイヤー側と店側の利害が一致することになる。
なるほど、シルバーの店長はなかなかのやり手らしい。
なるほど、シルバーの店長はなかなかのやり手らしい。
「確か、BOLCEは昨日WEEKLY RANKINGのスコアを詰めるために
朝一から夕方まで時間いっぱい予約をしていたはずです」
「どうしてそれをアンタが知ってるんだい?」
「デラ部屋の予約状況はシルバーのカウンターに置いてあるノートで随時確認できるんです。
昨日はBOLCEが開店時間の10:00から16:00まで予約しているのを知ってたから、俺はシルバーでなくABCに行ったんですよ」
朝一から夕方まで時間いっぱい予約をしていたはずです」
「どうしてそれをアンタが知ってるんだい?」
「デラ部屋の予約状況はシルバーのカウンターに置いてあるノートで随時確認できるんです。
昨日はBOLCEが開店時間の10:00から16:00まで予約しているのを知ってたから、俺はシルバーでなくABCに行ったんですよ」
乙下は空気に「後で確認しとけ」と目で合図を送った。
空気は小刻みに頷く。
空気は小刻みに頷く。
| 125 :トップランカー殺人事件(29) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/08/05(火) 00:00:42 ID:u79XiuuA0 |
「俺はそのまま夕方までABCでデラをやり続けて、
レンタルサービスの終わる16:00に合わせてシルバーへ行ったんです」
「それはどうして?」
「やっぱりシルバーの方がやり慣れてるし環境がいいから、なるべくならシルバーでプレイしたいんですよ。
特にモニタのタイプがシルバーとABCでは違うんで、オブジェの見やすさとか判定位置が微妙に変わってくるんですよね」
「へぇ、モニタに種類なんてあるんだ。空気は知ってた?」
レンタルサービスの終わる16:00に合わせてシルバーへ行ったんです」
「それはどうして?」
「やっぱりシルバーの方がやり慣れてるし環境がいいから、なるべくならシルバーでプレイしたいんですよ。
特にモニタのタイプがシルバーとABCでは違うんで、オブジェの見やすさとか判定位置が微妙に変わってくるんですよね」
「へぇ、モニタに種類なんてあるんだ。空気は知ってた?」
メモに徹していた空気は突然自分へ話を振られたことに驚いたようで、勢いよく首を上げた。
「えーと、その通りっす。
タイトル画面の右上に『DISPLAY TYPE』って文字が表示されてるのを見た覚えはないですか?
オトゲ先輩やボクが普段通っている署の近くのゲーセンは液晶モニタで、DISPLAY TYPEはBっす。
確かABCの筐体もBだったはずっすね。
対して、シルバーの筐体はブラウン管モニタで、DISPLAY TYPEはAだったと思うっす」
タイトル画面の右上に『DISPLAY TYPE』って文字が表示されてるのを見た覚えはないですか?
オトゲ先輩やボクが普段通っている署の近くのゲーセンは液晶モニタで、DISPLAY TYPEはBっす。
確かABCの筐体もBだったはずっすね。
対して、シルバーの筐体はブラウン管モニタで、DISPLAY TYPEはAだったと思うっす」
1046は空気に拍手の仕草を送り、感心の意を表した。
「すごく物知りですね。
彼の言った通りシルバーの筐体はブラウン管モニタで、これはIIDX GOLDまでの標準仕様だったんです。
昔からやってる俺みたいな人種にとってはブラウン管に慣れちゃってるもんで、
本気でスコアを狙うときにはこっちのが落ち着くんですよ(※注1)」
彼の言った通りシルバーの筐体はブラウン管モニタで、これはIIDX GOLDまでの標準仕様だったんです。
昔からやってる俺みたいな人種にとってはブラウン管に慣れちゃってるもんで、
本気でスコアを狙うときにはこっちのが落ち着くんですよ(※注1)」
乙下はモニタが割れてガラスの破片が散乱した事件現場の光景を思い浮かべる。
確かに液晶モニタであれば、あそこまで見事に粉々にはならないであろう。
確かに液晶モニタであれば、あそこまで見事に粉々にはならないであろう。
「それで、シルバーに着いたのが16:00を過ぎた頃ですかね。
早速デラ部屋に入ったら……あの通りでした……」
早速デラ部屋に入ったら……あの通りでした……」
1046は忌まわしい記憶を追い払うかのようにかぶりを振った。
※注1:
より正確に言うと、初代IIDX筐体に採用されていたのは40型リアプロジェクションテレビであるが、
平成20年の今なおこのモニタが残存しているケースは非常に稀である。
ここで1046が「IIDX GOLDまでの標準仕様だった」と表現しているのは
9th Style以降の筐体で採用された36型ワイドブラウン管モニタのことである。
より正確に言うと、初代IIDX筐体に採用されていたのは40型リアプロジェクションテレビであるが、
平成20年の今なおこのモニタが残存しているケースは非常に稀である。
ここで1046が「IIDX GOLDまでの標準仕様だった」と表現しているのは
9th Style以降の筐体で採用された36型ワイドブラウン管モニタのことである。
| 126 :トップランカー殺人事件(30) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/08/05(火) 00:08:31 ID:u79XiuuA0 |
「悪かったな、辛いことを思い出させちまって。
BOLCEの件は終わりにして、シルバーの店長への脅迫事件について話そうか」
「あぁ、新聞で読みましたよ。
まさか俺がABCでデラに熱中している間にあんなことになってるなんて思いもしませんでした。
やっぱりBOLCEを殺したヤツと同一犯なんでしょうかね?」
「俺はその可能性が高いと思ってるが、何せまだ情報が不十分でね。
何か知ってることがあれば教えてほしいんだ。
例えば最近シルバーの周りで何か変わったことはなかったかとか、店長の様子はおかしくなかったかとかさ」
「うーん……特に思い当たることはありません」
「そっか」
BOLCEの件は終わりにして、シルバーの店長への脅迫事件について話そうか」
「あぁ、新聞で読みましたよ。
まさか俺がABCでデラに熱中している間にあんなことになってるなんて思いもしませんでした。
やっぱりBOLCEを殺したヤツと同一犯なんでしょうかね?」
「俺はその可能性が高いと思ってるが、何せまだ情報が不十分でね。
何か知ってることがあれば教えてほしいんだ。
例えば最近シルバーの周りで何か変わったことはなかったかとか、店長の様子はおかしくなかったかとかさ」
「うーん……特に思い当たることはありません」
「そっか」
会話が途切れた。
気まずさを紛らわそうとしたのか、緊張して喉が渇いたのか、1046は話の途中で運ばれて来ていたコーヒーカップに口をつけた。
気まずさを紛らわそうとしたのか、緊張して喉が渇いたのか、1046は話の途中で運ばれて来ていたコーヒーカップに口をつけた。
「しかしまぁ、シルバーの店長も大変なことになっちまったもんだよな。
まだ小さい子供がいるってのに、これからどうすんだろ」
「……俺、彼とは付き合いが長いから分かるんです。
本当は銀行強盗なんてできるほど図太い人じゃないんだ。
よっぽど精神的に追い詰められてたんだと思います。
BOLCEも店長も、どうしてこんな事件に巻き込まれちゃったんだろう……」
まだ小さい子供がいるってのに、これからどうすんだろ」
「……俺、彼とは付き合いが長いから分かるんです。
本当は銀行強盗なんてできるほど図太い人じゃないんだ。
よっぽど精神的に追い詰められてたんだと思います。
BOLCEも店長も、どうしてこんな事件に巻き込まれちゃったんだろう……」
1046のカップを持つ手が微かに震えているのが、テーブル越しからも分かった。
乙下はゆっくりと立ち上がった。
乙下はゆっくりと立ち上がった。
「今日は貴重な時間をありがとう。
アンタの証言を役立てて、きっと犯人を捕まえてみせるよ」
「え、もういいんですか?」
「うん、十分だ。その代わりと言っちゃなんだけどさ」
「?」
アンタの証言を役立てて、きっと犯人を捕まえてみせるよ」
「え、もういいんですか?」
「うん、十分だ。その代わりと言っちゃなんだけどさ」
「?」
乙下は人差し指を真っ直ぐ上に立てた。
「アンタのデラプレイ、一回だけでいいから見せてくんない?」
| 146 :トップランカー殺人事件(31) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/08/16(土) 21:56:58 ID:2jc0qnYX0 |
ゲームセンター・ABCはシルバーのあるアーケード街を徒歩で15分ほど南下した場所にあった。
ただしアーケード沿いに顔を出しているシルバーと異なり、
細い路地を曲がって少し進んだ上に、地下への階段を下りなければ入店できないため、
立地条件は明らかにABCの方が劣っていた。
ただしアーケード沿いに顔を出しているシルバーと異なり、
細い路地を曲がって少し進んだ上に、地下への階段を下りなければ入店できないため、
立地条件は明らかにABCの方が劣っていた。
勝手知ったる様子の1046を先頭に乙下と空気が続く形で、三人は階段を下りる。
自動ドアがスライドすると同時に、ゲームセンター特有のけたたましさと煙草の臭いが乙下の耳鼻に飛び込んできた。
しかし、音の成分のほとんどがゲームの奏でるBGMや効果音であり、人のざわめきが聞こえない。
実際、薄暗く天井の低い店内に、客と思しき人間は全く見当たらなかった。
客足が芳しくないのは平日の午前という時間帯のせいだけだとは、到底思えない。
自動ドアがスライドすると同時に、ゲームセンター特有のけたたましさと煙草の臭いが乙下の耳鼻に飛び込んできた。
しかし、音の成分のほとんどがゲームの奏でるBGMや効果音であり、人のざわめきが聞こえない。
実際、薄暗く天井の低い店内に、客と思しき人間は全く見当たらなかった。
客足が芳しくないのは平日の午前という時間帯のせいだけだとは、到底思えない。
そんな乙下の考えを読み取ったのか、1046が解説した。
「ここ、見た目はアレなんですけど、品揃えがマニアックでそっち系の人には人気あるんですよ」
やたら代名詞が多い抽象的な説明だったが、乙下には1046の言わんとしていることが何となく伝わった。
UFOキャッチャーやメダルゲーム等のライトなゲームは一切置かれておらず、敷地のほとんどをビデオゲームが占めている。
モニタの中ではドット絵のキャラクタや戦闘機が動き回っており、どこか前時代的な様相を呈していた。
おそらくは往年の名作と呼ばれるゲーム達なのであろう。
それらを申し分ないほど入荷しているABCは隠れた名店、といったところか。
UFOキャッチャーやメダルゲーム等のライトなゲームは一切置かれておらず、敷地のほとんどをビデオゲームが占めている。
モニタの中ではドット絵のキャラクタや戦闘機が動き回っており、どこか前時代的な様相を呈していた。
おそらくは往年の名作と呼ばれるゲーム達なのであろう。
それらを申し分ないほど入荷しているABCは隠れた名店、といったところか。
「ボクも近くを通ったときに寄ることはあるんすけど、どうも雰囲気が怖くてすぐに出てきちゃうんですよねー」
「キモオタのお前でさえそんな体たらくかよ。
この店、本当に営業成り立ってんのかな」
「キモオタのお前でさえそんな体たらくかよ。
この店、本当に営業成り立ってんのかな」
1046の案内で店の奥に進むと、入口からは死角になっていて見えなかったが、
この澱んだゲームセンターの最深部にIIDXが設置されていた。
ディープなタイトルが揃い踏みする中、キャッチーで華やかなビートマニアの存在は異質にも感じるが、
その一方でDJ TROOPERSというアンダーグラウンドなコンセプトは文字通り地下にあるABCという空間に相応しいようにも感じる。
この澱んだゲームセンターの最深部にIIDXが設置されていた。
ディープなタイトルが揃い踏みする中、キャッチーで華やかなビートマニアの存在は異質にも感じるが、
その一方でDJ TROOPERSというアンダーグラウンドなコンセプトは文字通り地下にあるABCという空間に相応しいようにも感じる。
そんな矛盾した感情を抱えつつ、乙下はIIDX筐体に近付いた。
| 147 :トップランカー殺人事件(32) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/08/16(土) 21:59:30 ID:2jc0qnYX0 |
1046は筐体を囲むように取り付けられたカーテンの中へ入った。
モニタへの照明の映り込みがプレイに支障をきたすことを防ぐため、
このように光を遮るためのカーテンを筐体に取り付けている店は多くある。
しかし自分のプレイを見るためにここへ来た乙下と空気に気を遣ったのか、彼はすぐさま中からカーテンを開け放った。
続いて財布から白いカードを取り出し、慣れた手つきで左側のカードリーダーへ挿入する。
モニタへの照明の映り込みがプレイに支障をきたすことを防ぐため、
このように光を遮るためのカーテンを筐体に取り付けている店は多くある。
しかし自分のプレイを見るためにここへ来た乙下と空気に気を遣ったのか、彼はすぐさま中からカーテンを開け放った。
続いて財布から白いカードを取り出し、慣れた手つきで左側のカードリーダーへ挿入する。
「へぇ、白いイーパスなんてあるんだ」
「違うっすよオトゲ先輩。
使い込み過ぎて表面が真っ白に削れちゃってるんです」
「……途轍もないな」
「違うっすよオトゲ先輩。
使い込み過ぎて表面が真っ白に削れちゃってるんです」
「……途轍もないな」
聞きなれたエントリー画面の音楽と共に、DJ 1046のプレイデータが表示された。
やはり「皆伝」の文字が持つカリスマ性には魅力を感じずにいられないものがある。
DJポイントは11,000ほどだが、こちらは凄いのかそうでないのか、乙下には分からなかった。
やはり「皆伝」の文字が持つカリスマ性には魅力を感じずにいられないものがある。
DJポイントは11,000ほどだが、こちらは凄いのかそうでないのか、乙下には分からなかった。
「何をやりましょうか?」
「何でもいいよ」
「何でもいいが一番困るんですよぉ」
「何でもいいよ」
「何でもいいが一番困るんですよぉ」
1046は苦笑いをしつつ、STANDARDモードを選んで決定した。
選曲画面に移ったところで、乙下は思わずため息を漏らした。
選曲画面に移ったところで、乙下は思わずため息を漏らした。
「おおぉぉ、なんだこりゃ」
目が痛くなるほどにあらゆる曲が光り輝いている。
乙下のゲームデータの中にも同じように輝いている曲はあるが、
確か☆4以下の簡単な曲の中にいくつか点在しているだけだったはずだ。
横で空気も顔を紅潮させている。
乙下のゲームデータの中にも同じように輝いている曲はあるが、
確か☆4以下の簡単な曲の中にいくつか点在しているだけだったはずだ。
横で空気も顔を紅潮させている。
「ちょ、すみませんが、フォルダ閉じてみせてくれないっすか!?」
「どうぞ」
「どうぞ」
1046が軽く黒鍵を押す。
曲名が消えてフォルダ表示になったが、それでもほぼ全てのフォルダが光り輝いている。
特にLEVEL1~11までが白い点滅で埋め尽くされている光景に、乙下は圧倒された。
昨日空気が持ってきた報告書には「未フルコンは4曲のみ」と書かれていたが、
実物のこの神々しさを紙の上から感じ取ることは決してできないことを乙下は悟った。
曲名が消えてフォルダ表示になったが、それでもほぼ全てのフォルダが光り輝いている。
特にLEVEL1~11までが白い点滅で埋め尽くされている光景に、乙下は圧倒された。
昨日空気が持ってきた報告書には「未フルコンは4曲のみ」と書かれていたが、
実物のこの神々しさを紙の上から感じ取ることは決してできないことを乙下は悟った。
「スゲー、スゲェェェー!スゲスゲー、スゲスゲヴォーーー!!!」
馬鹿の一つ覚えのようにスゲーを連呼する空気だったが、同じ気持ちの乙下に彼を咎める気は起きなかった。
しかし人から感動されることに慣れているのか、1046は平然としたものだった。
しかし人から感動されることに慣れているのか、1046は平然としたものだった。
「とりあえず俺の好きな曲を選びますね」
1046は滑らかにターンテーブルを回してLEVEL 9フォルダを開き、その中からBack Into The Lightを選曲した。
| 148 :トップランカー殺人事件(33) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/08/16(土) 23:34:37 ID:fJym3u2Y0 |
空気の報告書にも1046のお気に入りとして書かれていた曲だ。
1046はSTARTボタンを押したかと思うと、ほんの一瞬の内に流れるような動作でハイスピードとSUD+の設定を適正値に合わせてしまった。
この仕草だけで彼がただ者ではないことを十分に把握できるが、それ以上に乙下を驚嘆させたのは、画面右のスコアグラフだった。
1046はSTARTボタンを押したかと思うと、ほんの一瞬の内に流れるような動作でハイスピードとSUD+の設定を適正値に合わせてしまった。
この仕草だけで彼がただ者ではないことを十分に把握できるが、それ以上に乙下を驚嘆させたのは、画面右のスコアグラフだった。
中心の自己ベストグラフは理論値スレスレのラインまでそびえ立っており、右側のターゲットグラフも全く同じ高さだった。
それもそのはず、1046は「全国TOP」をターゲットとしており、全一スコア保持者は他ならぬ1046自身だった。
それもそのはず、1046は「全国TOP」をターゲットとしており、全一スコア保持者は他ならぬ1046自身だった。
やがて「READY!」のエフェクトを皮切りに、イントロが始まった。
綺麗目のシンセ音の粒が寸分の狂いも無く背景音に乗る。
少なくとも乙下の耳にはそう聞こえた。
パチパチと小気味よく鳴る打鍵音さえ、音楽の一部であるかのように正確だった。
綺麗目のシンセ音の粒が寸分の狂いも無く背景音に乗る。
少なくとも乙下の耳にはそう聞こえた。
パチパチと小気味よく鳴る打鍵音さえ、音楽の一部であるかのように正確だった。
レーン上では「GREAT」が張り付いたように表示され続けている。
あまりにJUST GREATしか出ないため、その文字に乙下は段々と酔っ払った時に近い奇妙な感覚を覚え始めた。
一種のゲシュタルト崩壊だ。
あまりにJUST GREATしか出ないため、その文字に乙下は段々と酔っ払った時に近い奇妙な感覚を覚え始めた。
一種のゲシュタルト崩壊だ。
1046は背筋を伸ばし、真剣ながらどこか余裕のある力の抜き加減を滲ませていた。
その立ち振る舞いには美しささえ感じる。
乙下はどこぞの開脚猫背プレイヤーに、1046の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだった。
この芸術と言っても過言ではない完成されたプレイスタイルに見とれていた乙下だったが、
本来の目的を思い出し、視線を1046の手元に移した。
その立ち振る舞いには美しささえ感じる。
乙下はどこぞの開脚猫背プレイヤーに、1046の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだった。
この芸術と言っても過言ではない完成されたプレイスタイルに見とれていた乙下だったが、
本来の目的を思い出し、視線を1046の手元に移した。
1046の左手を注視する。
肘から先にある関節という関節をフルに活用し、器用に親指を1鍵、中指を2鍵、人差し指を3鍵に割り当ててオブジェを捌いている。
また、小指は手の甲から外側に張った状態でスクラッチにあてがわれている。
肘から先にある関節という関節をフルに活用し、器用に親指を1鍵、中指を2鍵、人差し指を3鍵に割り当ててオブジェを捌いている。
また、小指は手の甲から外側に張った状態でスクラッチにあてがわれている。
まさにBOLCEの左手と同一の形状だった。
「これが1046式固定ってやつか」
「そうっす。ボクの言った通りでしょ」
「そうっす。ボクの言った通りでしょ」
結局黄グレが出ることもほとんどないまま、FULL COMBOの青いオーロラが湧き上がった。
最終的には自己ベストに若干遅れをとったものの、理論値マイナス30点という化け物じみたスコアだ。
最終的には自己ベストに若干遅れをとったものの、理論値マイナス30点という化け物じみたスコアだ。
「スゲー、スゲェェェー!スゲスゲー、スゲスゲヴォーーー!!!」
懲りずに空気が騒ぎ立てるが、やはり乙下の心中も同じだった。
――これがトップランカーの実力なのか。
――これがトップランカーの実力なのか。
続く三曲は空気のたっての希望により、☆12の高難易度曲が選ばれる運びとなった。
曲目はVANESSA・AA・PARANOiA ~HADES~の順番であり、そのいずれにおいても
当たり前のようにAAAを叩き出す姿はさすがと言うより他にない。
空気はますます興奮し、彼自身パラノイアを患ってしまったのではないかと心配になるくらいスゲスゲを叫び続けた。
曲目はVANESSA・AA・PARANOiA ~HADES~の順番であり、そのいずれにおいても
当たり前のようにAAAを叩き出す姿はさすがと言うより他にない。
空気はますます興奮し、彼自身パラノイアを患ってしまったのではないかと心配になるくらいスゲスゲを叫び続けた。
| 149 :トップランカー殺人事件(34) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/08/16(土) 23:40:19 ID:fJym3u2Y0 |
ゲーム終了しイーパスを財布に戻す1046に向かって、空気は「君、ビートマニア上手いねぇー」と囃し立てた。
何かの冗談のつもりらしいが、1046は軽く受け流す。
何かの冗談のつもりらしいが、1046は軽く受け流す。
「ありがとうございます。でもまだまだですよ」
「まだまだなもんか。
アンタほどデラが上手い人がこの世にいるなんてなぁ。
俺にはまだ今見たものが現実だと信じられねーよ」
「まだまだなもんか。
アンタほどデラが上手い人がこの世にいるなんてなぁ。
俺にはまだ今見たものが現実だと信じられねーよ」
その刹那、1046の目が細まったのを乙下は見た。
憂いを帯びた何かが彼を締めつけているようだった。
憂いを帯びた何かが彼を締めつけているようだった。
「BOLCEは……こんなもんじゃなかった」
数秒の沈黙が訪れた。
その間、乙下は今しがたモニタで繰り広げられていた「レース」を思い出していた。
一曲目のBack Into The Lightにおいては、全国TOPは1046だった。
だがしかし、二曲目以降の「発狂譜面」と呼ばれる曲達においては、いずれも全国TOPのオーナーはDJ BOLCEであった。
そして、そのグラフの伸び方は1046の自己ベストから軽々と差を広げ続けるという、完全に一方的な展開しか見せなかったのだ。
一曲目のBack Into The Lightにおいては、全国TOPは1046だった。
だがしかし、二曲目以降の「発狂譜面」と呼ばれる曲達においては、いずれも全国TOPのオーナーはDJ BOLCEであった。
そして、そのグラフの伸び方は1046の自己ベストから軽々と差を広げ続けるという、完全に一方的な展開しか見せなかったのだ。
BOLCEという絶対的な存在は、1046に何をもたらしたのか。
今の乙下にそれを知る術はない。
だから、自ら進んで真実を掴み取らなければならない。
今の乙下にそれを知る術はない。
だから、自ら進んで真実を掴み取らなければならない。
乙下は勇気を振り絞り、その一歩を踏み出した。
「あまり回りくどいのは好きじゃなくてね。
この際、はっきりと聞くことにさせてもらうよ。
昨日、アンタはBOLCEを発見するまでここでずっとデラをしていたと言ってたが……それを証明できるか?」
この際、はっきりと聞くことにさせてもらうよ。
昨日、アンタはBOLCEを発見するまでここでずっとデラをしていたと言ってたが……それを証明できるか?」
DJ TROOPERSのオープニングムービーに合わせ、
サイレンの音色とパーカッションのリズムがスピーカーから溢れ出す。
サイレンの音色とパーカッションのリズムがスピーカーから溢れ出す。
それは、乙下の受難の始まりを告げる警鐘だったのかも知れない。
| 152 :トップランカー殺人事件(35) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/08/23(土) 20:38:09 ID:OZRbUtrs0 |
1046は乙下と目を合わせずに言った。
「俺を疑ってるってことですか」
先刻までのすました口調がどことなく上擦っている。
「関係者のアリバイは全員分を確認するのが通例なんだ。
別に特別アンタを疑ってるわけじゃないんだよ。
まぁ、疑ってないとは言わないけどね」
「それじゃやっぱり半分は俺を疑ってるってことじゃないですか」
「そう聞こえるかな」
「そう聞こえます」
別に特別アンタを疑ってるわけじゃないんだよ。
まぁ、疑ってないとは言わないけどね」
「それじゃやっぱり半分は俺を疑ってるってことじゃないですか」
「そう聞こえるかな」
「そう聞こえます」
1046は未だ乙下と合わせようとしないその目線をIIDXのモニタに向けながら、落ち着かなさそうに首の付け根を掻く。
「俺は昨日の昼間、ずっとここでデラをやってました」
「それは聞いた」
「俺はデラをやる時、必ずイーパスを使います」
「それは聞いた」
「俺はデラをやる時、必ずイーパスを使います」
イーパス?
予想外の単語を、乙下は口の中でオウム返しにした。
予想外の単語を、乙下は口の中でオウム返しにした。
「乙下さんもデラをやるなら分かると思うんですけど、
イーパスを使えば『いつどこで誰がプレイしたか』って情報がコナミのサーバーに記録されるんです。
このデータを照会してもらえさえすれば、俺が昨日の昼間はずっとABCにいたってことの証明になりませんかね」
イーパスを使えば『いつどこで誰がプレイしたか』って情報がコナミのサーバーに記録されるんです。
このデータを照会してもらえさえすれば、俺が昨日の昼間はずっとABCにいたってことの証明になりませんかね」
乙下が空気に「そうなのか?」と目で訴えかけると、
即座に「そうです」と目で返事をされた。
空気が言うのであれば間違いないのであろうが、乙下はあくまで気丈な態度で臨んだ。
即座に「そうです」と目で返事をされた。
空気が言うのであれば間違いないのであろうが、乙下はあくまで気丈な態度で臨んだ。
「それだけかい」
「そうだなぁ……あ、あとアレなんかどうです?」
「そうだなぁ……あ、あとアレなんかどうです?」
1046が指し示したのは、対角線上の天井に据え付けられている古びた監視カメラだった。
「あの角度だと、トイレに行く度に必ず姿が映り込むと思うんです。
昨日は何回かトイレに行ったんで、
ちゃんと録画されてれば俺の姿も撮影されてるはずですよ」
「なるほどね」
昨日は何回かトイレに行ったんで、
ちゃんと録画されてれば俺の姿も撮影されてるはずですよ」
「なるほどね」
乙下はわざと明るい声色を発しながら、1046の肩を叩いた。
「おし。それじゃ後はこっちでアンタのアリバイを確認しておくよ。
裏が取れ次第、晴れてアンタは無罪放免だ」
「それはどうも」
裏が取れ次第、晴れてアンタは無罪放免だ」
「それはどうも」
手の平を返したような打って変わった態度を不愉快に思ったのか、
はたまた後ろめたい事情でも抱えているのか、
1046は最後まで乙下とまともに目を合わせようとはしなかった。
はたまた後ろめたい事情でも抱えているのか、
1046は最後まで乙下とまともに目を合わせようとはしなかった。
| 153 :トップランカー殺人事件(36) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/08/23(土) 20:47:04 ID:OZRbUtrs0 |
三人はABCを出て階段を上がった。
最後尾の乙下が地上へ顔を出す頃には、1046はさっさと電柱に繋いだ盗難防止用のチェーンを開錠し、
自前のマウンテンバイクに跨るところだった。
最後尾の乙下が地上へ顔を出す頃には、1046はさっさと電柱に繋いだ盗難防止用のチェーンを開錠し、
自前のマウンテンバイクに跨るところだった。
「ご苦労さん。
今日はわざわざスーパープレイまで見せてもらっちゃってどうもね」
「いえ。それじゃさようなら」
今日はわざわざスーパープレイまで見せてもらっちゃってどうもね」
「いえ。それじゃさようなら」
ありふれた別れの挨拶だったが、乙下にはそこへ拒絶の意志が含まれているように聞こえた。
初対面の刑事に突然容疑者扱いされたら無理もないだろう。
初対面の刑事に突然容疑者扱いされたら無理もないだろう。
1046は勢いよく背中を持ち上げ、立ちこぎの体勢に入ったかと思わせたが、すぐに急ブレーキをかけて片足を地面につけた。
僅かな角度だけ乙下の方を振り返り、流し目を送ってくる。
そして、
僅かな角度だけ乙下の方を振り返り、流し目を送ってくる。
そして、
「俺はやってない」
とだけ言い残し、そのまま走り去った。
陰気な地下空間の薄暗さに慣れきってしまった眼には真夏の太陽が眩し過ぎて、
1046がどんな気持ちを込めてその言葉をこぼしたのか、乙下には測りかねた。
1046の背中はみるみる小さくなり、やがて十字路を曲がって消えてしまった。
1046がどんな気持ちを込めてその言葉をこぼしたのか、乙下には測りかねた。
1046の背中はみるみる小さくなり、やがて十字路を曲がって消えてしまった。
「さすが1046氏、噂通りファッションセンスもグレートも光ってたっすね」
「誰が上手いこと言えっつったよバカ。
んなことより、アイツも前にどっかで見た気がするんだけど」
「だーかーらー、この前トプラン決定戦のDVD見せたじゃないっすか。
彼は準優勝者っすよ。物凄くたくさん映ってました」
「そういやあんな感じのヤツが出てたような気がしてきた」
「誰が上手いこと言えっつったよバカ。
んなことより、アイツも前にどっかで見た気がするんだけど」
「だーかーらー、この前トプラン決定戦のDVD見せたじゃないっすか。
彼は準優勝者っすよ。物凄くたくさん映ってました」
「そういやあんな感じのヤツが出てたような気がしてきた」
とは言ったものの、乙下の内心には釈然としない胸のつかえのようなものが残った。
「んー、けどなぁ。もっと前にもどこかで見たような気がするんだよね。
実はBOLCEの死体を見た時も同じ感想だった」
「盛岡は狭いですからねぇ。
しかも同じ趣味持ってれば、どっかで擦れ違うこともあったんじゃないっすか」
「それもそうかな。とりあえず今度そのDVDもう一回見せてよ」
「いいっすよー」
実はBOLCEの死体を見た時も同じ感想だった」
「盛岡は狭いですからねぇ。
しかも同じ趣味持ってれば、どっかで擦れ違うこともあったんじゃないっすか」
「それもそうかな。とりあえず今度そのDVDもう一回見せてよ」
「いいっすよー」
乙下は霞がかった古い記憶の検索を諦め、事件の解決へ意識のベクトルを戻した。
「空気、お前もしかしてビンゴかもな」
「え。何の話っすか」
「ほぼ間違いなく、1046はクロだ」
「え。何の話っすか」
「ほぼ間違いなく、1046はクロだ」
| 154 :トップランカー殺人事件(37) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/08/23(土) 20:57:45 ID:OZRbUtrs0 |
空気は下品なにやけ方をしながら指を鳴らした。
「フヒヒ、やっぱあのダイイングメッセージは1046を示してたってことをご理解いただいたんすね」
「それもあるんだけどさ。アイツ、決定的におかしなことを口走りやがった」
「おかしなこと?」
「1046はな、知ってるはずのないことを知ってたんだ」
「どういうことですか?」
「それもあるんだけどさ。アイツ、決定的におかしなことを口走りやがった」
「おかしなこと?」
「1046はな、知ってるはずのないことを知ってたんだ」
「どういうことですか?」
乙下は一度深呼吸をし、噛みしめるようにその事実を言葉にした。
「BOLCEがシルバーで殺されたことも、店長による銀行強盗事件も、確かに新聞に載った。
けど今回は事情を慮って、警察はマスコミに対して情報の全てを開示しなかったんだよ。
つまりな、『銀行強盗事件の犯人はシルバーの店長』だってことは伏せられてたんだ」
「あ……っ!」
「銀行強盗事件が起きたのは昨日の14:00頃だ。
ABCの奥で黙々とデラをやってたはずの1046が、
ここから歩いて15分もかかる銀行の強盗事件の犯人をどうして知ってるんだろうな?」
「だからオトゲ先輩ってば、あんな強気な態度でアリバイ聞いたりしてたんすか」
「まぁな」
「あれ?だけど、アリバイと言えば……」
けど今回は事情を慮って、警察はマスコミに対して情報の全てを開示しなかったんだよ。
つまりな、『銀行強盗事件の犯人はシルバーの店長』だってことは伏せられてたんだ」
「あ……っ!」
「銀行強盗事件が起きたのは昨日の14:00頃だ。
ABCの奥で黙々とデラをやってたはずの1046が、
ここから歩いて15分もかかる銀行の強盗事件の犯人をどうして知ってるんだろうな?」
「だからオトゲ先輩ってば、あんな強気な態度でアリバイ聞いたりしてたんすか」
「まぁな」
「あれ?だけど、アリバイと言えば……」
空気は両手の指をこめかみに当てて目をつぶった。
「彼、自信満々にアリバイを主張してましたよね。
あのアリバイが本当だったとしたら、オトゲ先輩の推理は通らないっすよ」
あのアリバイが本当だったとしたら、オトゲ先輩の推理は通らないっすよ」
| 155 :トップランカー殺人事件(38) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/08/23(土) 21:08:42 ID:OZRbUtrs0 |
「そう、それが気になってたんだよ。
アイツ、イーパスを使えば『いつどこで誰がプレイしたか』が記録されるとか言ってたけどさ、それマジなの?」
「おそらくマジかと。オトゲ先輩、ちょっと携帯でIIDXのサイトを開いてみてもらえますか」
アイツ、イーパスを使えば『いつどこで誰がプレイしたか』が記録されるとか言ってたけどさ、それマジなの?」
「おそらくマジかと。オトゲ先輩、ちょっと携帯でIIDXのサイトを開いてみてもらえますか」
突飛な申し出だったが、IIDXの知識で乙下を圧倒的に上回る空気に、無言で従うことにする。
乙下は携帯電話を取り出し、「DJ TROOPERS」のブックマークを選択した。
乙下は携帯電話を取り出し、「DJ TROOPERS」のブックマークを選択した。
空気の強い勧めに折れてe-AMUSEMENTの会員になったのは今年の春の話だった。
最初は月額300円の支払いに抵抗を持っていたが、
「MyBestRanking」の日々の変動や画面のカスタマイズは少なからず楽しいものがあり、結局解約せずに今日へ至っている。
最初は月額300円の支払いに抵抗を持っていたが、
「MyBestRanking」の日々の変動や画面のカスタマイズは少なからず楽しいものがあり、結局解約せずに今日へ至っている。
「『DJ Data』の一番上にある『ステータス』を選んで下さい」
「どれどれ……DJ OTOGE、段位認定SP三段。
うわっ、プレー回数180回?俺こんなにやってたのかよ、キモいな」
「いやいや、どちらかと言えば少ない方なんで心配いらないっす。
ボクなんてその10倍以上っすから」
「俺はお前が心配だよ」
「放っといて下さいよー。ボクが見せたいのはそのもう少し下っす」
「どれどれ……DJ OTOGE、段位認定SP三段。
うわっ、プレー回数180回?俺こんなにやってたのかよ、キモいな」
「いやいや、どちらかと言えば少ない方なんで心配いらないっす。
ボクなんてその10倍以上っすから」
「俺はお前が心配だよ」
「放っといて下さいよー。ボクが見せたいのはそのもう少し下っす」
空気に促されて下へスクロールさせると、そこには「最終プレー時間 08/07/16 17時頃」とあった。
ちょうど昨日空気とデラをやっていた時刻だ。
ちょうど昨日空気とデラをやっていた時刻だ。
「そこには『17時頃』って感じで大まかな時刻しか出ませんけど、
きっとコナミのサーバーには正確な時刻がデータとして記録されているんだと思うっす」
「なるほどなぁ」
きっとコナミのサーバーには正確な時刻がデータとして記録されているんだと思うっす」
「なるほどなぁ」
| 156 :トップランカー殺人事件(39) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/08/23(土) 21:09:46 ID:OZRbUtrs0 |
「それから、一つ前のページに戻って『ライバル』を選んで下さい」
「おいおい。俺ライバルなんて一人も登録してないんだけど」
「いいから選ぶっすよ」
「おいおい。俺ライバルなんて一人も登録してないんだけど」
「いいから選ぶっすよ」
乙下はライバルのページを開き、「未設定」がズラリと並んでいる様を空気に突きつけた。
「どこでもいいから『未設定』の一つを選んでみて下さい」
「どれどれ……『登録したいライバルのIIDX IDを入力してください』だとよ」
「その下です」
「どれどれ……『登録したいライバルのIIDX IDを入力してください』だとよ」
「その下です」
またも空気の指示でスクロールすると、「検索」の二文字が次々と現れた。
DJ Nameから検索、EXPERTから検索、段位から検索、そして同じ店舗から検索。
DJ Nameから検索、EXPERTから検索、段位から検索、そして同じ店舗から検索。
「なるほど、読めたぞ」
乙下は「同じ店舗から検索」を選ぶと、
行きつけのゲームセンターで見た記憶のある名前が一覧で表示された。
中には空気のDJ Nameも含まれている。
行きつけのゲームセンターで見た記憶のある名前が一覧で表示された。
中には空気のDJ Nameも含まれている。
「誰がどこでプレイしたか、って情報もサーバーにはきちんと記録されてるってことだな」
「そういうことっす。
ですから、昨日の1046のデータを調べれば本当に一日中ABCでデラをやってたかどうかが明らかになるってことっす」
「ふーん……」
「そういうことっす。
ですから、昨日の1046のデータを調べれば本当に一日中ABCでデラをやってたかどうかが明らかになるってことっす」
「ふーん……」
果たして本当にそうなのか、と乙下は猜疑心を浮かべたが、
ひとまず今は深く追求しないことにした。
ひとまず今は深く追求しないことにした。
「よし、今すぐコナミに問い合わせて1046のイーパスの履歴を洗え。
ABCの監視カメラもチェックして、1046が映っているかどうかを徹底的に調べろ。
それからシルバーとABC周辺での目撃情報の聞き込みだ。頼んだぞ」
「了解っす!……オトゲ先輩はどうするんすか?」
ABCの監視カメラもチェックして、1046が映っているかどうかを徹底的に調べろ。
それからシルバーとABC周辺での目撃情報の聞き込みだ。頼んだぞ」
「了解っす!……オトゲ先輩はどうするんすか?」
「俺は、シルバーの店長に会いに行く」
| 176 :トップランカー殺人事件(40) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/09/02(火) 03:27:20 ID:dxm2Epdf0 |
乙下は店長が拘留されている留置所へやって来た。
とは言っても、乙下が毎日通勤している盛岡警察署内の一施設である。
天井の模様から窓の外の景色までまるで同じ、新鮮味も何もない。
とは言っても、乙下が毎日通勤している盛岡警察署内の一施設である。
天井の模様から窓の外の景色までまるで同じ、新鮮味も何もない。
面会室に入ると、狭い部屋をニ分割する透明のガラス。
そしてその向こう側には、すでに骨太の中年男性が座っていた。
肩幅が広く、全身が頑丈そうな筋肉に覆われているのに、
体をすぼませこうべを垂れている格好のせいでひどく弱々しい。
そしてその向こう側には、すでに骨太の中年男性が座っていた。
肩幅が広く、全身が頑丈そうな筋肉に覆われているのに、
体をすぼませこうべを垂れている格好のせいでひどく弱々しい。
「はじめまして、乙下と申します。シルバーの店長さんですね?」
店長は顔を上げた。
額や目尻に深く刻み込まれた皺の本数の割に、たるみのない引き締まった頬が
年齢の積み重なりを感じさせない風貌であった。
四角顔の輪郭と図太い首が逞しい反面、度の強そうな厚いレンズがはまった丸眼鏡の奥の眼光には、消え入りそうなほど力がない。
よく見ると白目が赤く充血し、目元にはクマができている。
ずっと泣いていたのだろうか…と乙下が不憫な想いをあらわにした矢先、彼は大声で嗚咽を漏らし始めてしまった。
額や目尻に深く刻み込まれた皺の本数の割に、たるみのない引き締まった頬が
年齢の積み重なりを感じさせない風貌であった。
四角顔の輪郭と図太い首が逞しい反面、度の強そうな厚いレンズがはまった丸眼鏡の奥の眼光には、消え入りそうなほど力がない。
よく見ると白目が赤く充血し、目元にはクマができている。
ずっと泣いていたのだろうか…と乙下が不憫な想いをあらわにした矢先、彼は大声で嗚咽を漏らし始めてしまった。
「うっ、うぅぅ……ひっ……俺のせいなんだよ、全部俺のせいなんだよ……うぅっ」
「落ち着いて下さい。俺のせいって、どういうことですか?」
「俺のせいでBOLCE君は死んだんだ、俺がBOLCE君を殺したんだぁぁ」
「落ち着いて下さい。俺のせいって、どういうことですか?」
「俺のせいでBOLCE君は死んだんだ、俺がBOLCE君を殺したんだぁぁ」
深い皺を伝って流れ落ちる涙を、店長は手錠をかけられた手で窮屈そうに拭った。
ドンッ。
埒が明かないと思った乙下は、ヒビが入らない程度の力加減でガラスを叩きつけた。
キックがアサインされている鍵盤を叩いた時のように、腹に響く低音の振動が辺りを伝播する。
埒が明かないと思った乙下は、ヒビが入らない程度の力加減でガラスを叩きつけた。
キックがアサインされている鍵盤を叩いた時のように、腹に響く低音の振動が辺りを伝播する。
店長が肩をすくめた。
同時に嗚咽も止んでいる。
乙下は拳を店長に向けたまま、無理やり笑顔を作った。
同時に嗚咽も止んでいる。
乙下は拳を店長に向けたまま、無理やり笑顔を作った。
「泣けばBOLCEが浮かばれるんですか?」
「……」
「……」
店長は横に首を振った。
脳へはびこる混乱を振り落とし、正気を取り戻そうとする仕草にも見えた。
脳へはびこる混乱を振り落とし、正気を取り戻そうとする仕草にも見えた。
「泣きたい気持ちは分かりますが、犯人を捕まえて罪を償わせることがBOLCEに対する最大の弔いですよ。
アンタが協力してくれさえすれば、必ず俺の手で犯人を逮捕してみせます。
なので、昨日何があったか話して下さい。いいですね?」
「……あぁ、取り乱して済まなかった」
アンタが協力してくれさえすれば、必ず俺の手で犯人を逮捕してみせます。
なので、昨日何があったか話して下さい。いいですね?」
「……あぁ、取り乱して済まなかった」
店長はようやく泣き止んだが、静かになった分だけ逆に彼の周りで悲壮感が渦巻いた。
聞きたいことは山ほどあったが、店長の精神状態を勘案して乙下はただじっくりと彼の言葉に耳を傾ける。
聞きたいことは山ほどあったが、店長の精神状態を勘案して乙下はただじっくりと彼の言葉に耳を傾ける。
| 177 :トップランカー殺人事件(41) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/09/02(火) 03:33:05 ID:dxm2Epdf0 |
「昨日、シルバーを開けて一番最初に会ったのがBOLCE君だった。
彼は朝からデラ部屋の予約をしてたんだ。
10:00の開店と同時にシルバーへやって来て、それからずっとデラ部屋にこもってたよ」
彼は朝からデラ部屋の予約をしてたんだ。
10:00の開店と同時にシルバーへやって来て、それからずっとデラ部屋にこもってたよ」
1046の証言と一致する。
「11:00過ぎかな、一回目の電話がかかってきたのは。
おかしな声でよ、ほら、テレビでモザイク人間が喋る時の声あるだろ?
あの男だか女だかも分かんない声で喋ってた」
おかしな声でよ、ほら、テレビでモザイク人間が喋る時の声あるだろ?
あの男だか女だかも分かんない声で喋ってた」
いわゆるボイスチェンジャーを使ったのだろう。
声質による犯人像の推定はできなそうだ。
声質による犯人像の推定はできなそうだ。
「わけの分からない屁理屈をぬかしてきやがって、あの野郎、絶対頭が狂ってくるに違いない」
「屁理屈、と言いますと?」
「なんか、ゲームの存在が社会をダメにするみたいな話だったと思う。
いきなり俺や客のことを生ゴミだとか社会のガン細胞だとか、う○こ製造マシーン呼ばわりしやがって……」
「屁理屈、と言いますと?」
「なんか、ゲームの存在が社会をダメにするみたいな話だったと思う。
いきなり俺や客のことを生ゴミだとか社会のガン細胞だとか、う○こ製造マシーン呼ばわりしやがって……」
空気がいないので、乙下は自らメモ帳に走り書きをする。
生ゴミ、社会のガン細胞、う○こ製造マシーン――。
真面目にこんな単語を書き連ねている自分が居たたまれない。
生ゴミ、社会のガン細胞、う○こ製造マシーン――。
真面目にこんな単語を書き連ねている自分が居たたまれない。
「とにかくヤツが言うには、
ゲームの存在を助長している俺は罪人だから、その償いとして一億円払えってことだった」
「言いがかりもいいところですね」
「だろー?仮に金目当てだとしたって、何で俺なんだよ。
こんな小さなゲーム屋がポンと払える額と思うか?」
ゲームの存在を助長している俺は罪人だから、その償いとして一億円払えってことだった」
「言いがかりもいいところですね」
「だろー?仮に金目当てだとしたって、何で俺なんだよ。
こんな小さなゲーム屋がポンと払える額と思うか?」
思いません、が率直な感想だったが、さすがに失礼に当たるので声には出さない。
だが店長の主張はもっともで、常識の範囲内で言えば大金の恐喝というのは裕福な人間に対しておこなう行為であるはずだ。
だが店長の主張はもっともで、常識の範囲内で言えば大金の恐喝というのは裕福な人間に対しておこなう行為であるはずだ。
「念のため、俺に一億円を払うだけの財産があるかどうか調べてみた。
けどダメだ、全然足りねーよハッハハハ」
けどダメだ、全然足りねーよハッハハハ」
自嘲気味に笑う店長に嫌らしさはない。
むしろその潔さにつられて笑いそうになる自分を、乙下は自制した。
むしろその潔さにつられて笑いそうになる自分を、乙下は自制した。
「そうこうしてる内に一時間経って、二回目の電話がかかってきた。
これが12:00過ぎだったはずだが、ヤツは相変わらず一億円を要求してきやがった」
「警察に通報しようとは思わなかったんですか?」
「それはできなかった。
息子を人質に取られていたし、ヤツは近くで俺のことを見張ってたんだ。
下手な行動はとれなかったんだよ」
「なんで近くで見張られていると思ったんですか?」
「実際にヤツが言ったんだ。
ヤツには俺の姿が丸見えだと。
ヤツは俺から見えない場所にいる、とも言ってた。
しかも、ヤツはいちいち店内の様子を喋ってきやがったんだ。
近くでシルバーの中を見てなきゃあんな芸当はできねぇよ」
これが12:00過ぎだったはずだが、ヤツは相変わらず一億円を要求してきやがった」
「警察に通報しようとは思わなかったんですか?」
「それはできなかった。
息子を人質に取られていたし、ヤツは近くで俺のことを見張ってたんだ。
下手な行動はとれなかったんだよ」
「なんで近くで見張られていると思ったんですか?」
「実際にヤツが言ったんだ。
ヤツには俺の姿が丸見えだと。
ヤツは俺から見えない場所にいる、とも言ってた。
しかも、ヤツはいちいち店内の様子を喋ってきやがったんだ。
近くでシルバーの中を見てなきゃあんな芸当はできねぇよ」
| 178 :トップランカー殺人事件(42) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/09/02(火) 03:41:20 ID:dxm2Epdf0 |
乙下は店長から詳しい話を聞き、メモ帳にまとめる。
まず、「音楽ゲームをやっているお客さんがビックリして見てますよ」と犯人が口にした時、
実際にギターフリークスをプレイしていた客が手を止めて店長の方を見ていたらしい。
また、「お客さんが帰っていきますよ」と犯人が口にした時も、実際にその通りだったようだ。
普通に考えれば、犯人はどこかに近くに身を潜めて店内の様子を監視していたということになる。
まず、「音楽ゲームをやっているお客さんがビックリして見てますよ」と犯人が口にした時、
実際にギターフリークスをプレイしていた客が手を止めて店長の方を見ていたらしい。
また、「お客さんが帰っていきますよ」と犯人が口にした時も、実際にその通りだったようだ。
普通に考えれば、犯人はどこかに近くに身を潜めて店内の様子を監視していたということになる。
「それによ……うーん、いや、何でもない」
店長が何かを言いかけて止めたので、乙下は食い下がる。
「何です?」
「いや、これは多分俺の気のせいだから」
「言って下さい。どんな些細な情報でも捜査の手がかりになります」
「聞いても笑うなよ?」
「聞いても笑いません」
「いや、これは多分俺の気のせいだから」
「言って下さい。どんな些細な情報でも捜査の手がかりになります」
「聞いても笑うなよ?」
「聞いても笑いません」
「……ヤツの存在を感じた」
店長は急に渋い顔つきになった。
神経を研ぎ澄ませて、その時の感覚を思い出そうとしているのかも知れない。
神経を研ぎ澄ませて、その時の感覚を思い出そうとしているのかも知れない。
「存在を感じた、ですか」
「ごめんな、こんなあやふやな証言を聞きたいわけじゃないんだろうけど。
何でだろうな。なぜかすぐ近くにヤツがいるような気がしたんだよ」
「……」
「ごめんな、こんなあやふやな証言を聞きたいわけじゃないんだろうけど。
何でだろうな。なぜかすぐ近くにヤツがいるような気がしたんだよ」
「……」
捜査でも私生活でもロジカルな行動を心がけている乙下にとって
胡散臭さを感じずにいられない話題ではあったが、店長の異様な真剣さにはどこか説得力がある。
胡散臭さを感じずにいられない話題ではあったが、店長の異様な真剣さにはどこか説得力がある。
「そんなわけで、どうしても警察に連絡する気にはなれなかったんだ。
でも息子の命が危ないと思うと居ても立ってもいられなくて、
それで、俺は金を集めに行くふりをしてヤツを自力で捕まえることにした。
その時だ、BOLCE君と会ったのは」
「会ったんですか?BOLCEに?」
「会った。俺が店を飛び出そうとした時、デラ部屋の前で会った。
あの時、もっと強引にBOLCE君を追い出していればこんなことには……」
でも息子の命が危ないと思うと居ても立ってもいられなくて、
それで、俺は金を集めに行くふりをしてヤツを自力で捕まえることにした。
その時だ、BOLCE君と会ったのは」
「会ったんですか?BOLCEに?」
「会った。俺が店を飛び出そうとした時、デラ部屋の前で会った。
あの時、もっと強引にBOLCE君を追い出していればこんなことには……」
せっかく乾きかけていた店長の瞳が、瞬く間に濡れていく。
「ヤツは、一億円を払わなければ俺の息子だけじゃなく
シルバーの常連客の命も追加でいただくとか、そんなことまでほざきやがったんだ。
だから俺はBOLCE君にすぐ帰れって言ったのに。
なんで帰らなかったんだよ、大馬鹿野郎……うぅっ……」
シルバーの常連客の命も追加でいただくとか、そんなことまでほざきやがったんだ。
だから俺はBOLCE君にすぐ帰れって言ったのに。
なんで帰らなかったんだよ、大馬鹿野郎……うぅっ……」
表面張力が重力に負け、大粒の涙がこぼれ落ちる。
悲しみの許容量が限界を超えて体の外へ溢れ出しているようだった。
悲しみの許容量が限界を超えて体の外へ溢れ出しているようだった。
その向かいで、乙下は冷静に思考を回転させる。
現段階で集まっている情報の限りでは、
犯人を除いて生前のBOLCEに会った最後の人物は店長という話になりそうだ。
別の言い方をするのであれば、少なくとも店長がシルバーを出る直前まではBOLCEは生きていたのだ。
現段階で集まっている情報の限りでは、
犯人を除いて生前のBOLCEに会った最後の人物は店長という話になりそうだ。
別の言い方をするのであれば、少なくとも店長がシルバーを出る直前まではBOLCEは生きていたのだ。
| 179 :トップランカー殺人事件(43) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/09/02(火) 03:52:54 ID:dxm2Epdf0 |
「結局、散々探したけどヤツを見つけることはできなかったよ。
もう息子を助けるためには奪い取ってでも一億円を払うしかないと思ってさ……気付いたら銀行を襲ってた。
今となっては何であんな無計画なことしたんだろうなって考えちまう。
後悔してもしきれないよ」
もう息子を助けるためには奪い取ってでも一億円を払うしかないと思ってさ……気付いたら銀行を襲ってた。
今となっては何であんな無計画なことしたんだろうなって考えちまう。
後悔してもしきれないよ」
店長のどこか遠くをぼんやりと見やるような
えも言われぬ目つきに同情し、乙下は形式的なフォローをする。
えも言われぬ目つきに同情し、乙下は形式的なフォローをする。
「このケースでは仕方がないです」
「いや違う。そういう意味じゃなくてさ」
「いや違う。そういう意味じゃなくてさ」
店長は天井を見上げながら、予想外の吐露をする。
「こんなこと言ったら怒られちゃうけど、
『もっと上手く襲えばよかった』って意味で後悔してるの、俺は」
「はぁ!?」
「だってそうだろ。
俺が上手いこと金を用意できてればBOLCE君は死なずに済んだ。
誰も傷つかずに済むんなら俺の人生と岩手銀行の一億円くらい安い」
「……アンタすごいね」
『もっと上手く襲えばよかった』って意味で後悔してるの、俺は」
「はぁ!?」
「だってそうだろ。
俺が上手いこと金を用意できてればBOLCE君は死なずに済んだ。
誰も傷つかずに済むんなら俺の人生と岩手銀行の一億円くらい安い」
「……アンタすごいね」
店長が「俺のせいでBOLCEが死んだ」と再三に渡り言い続けた理由を、乙下は理解した。
彼は自分の手を汚してまでも一億円を払う能力がなかったせいで
BOLCEを死に追いやったと責任を感じているのだ。
彼は自分の手を汚してまでも一億円を払う能力がなかったせいで
BOLCEを死に追いやったと責任を感じているのだ。
並行して、乙下は店長という人間も少しだけ分かった気がした。
彼はどこまでも真っ直ぐなのだ。
その大きな手で家族や常連客を包み込む慈愛の精神も真っ直ぐだし、
大切な彼らを守るためならどんな不利益も厭わずに邁進する姿勢も真っ直ぐだ。
猪突猛進とでも言おうか、あらためて観察すると外見がイノシシに似てなくもない。
コロコロと喜怒哀楽を切り替える様も、感情を隠さずストレートに外へ出す性格があってのことなのだろう。
彼はどこまでも真っ直ぐなのだ。
その大きな手で家族や常連客を包み込む慈愛の精神も真っ直ぐだし、
大切な彼らを守るためならどんな不利益も厭わずに邁進する姿勢も真っ直ぐだ。
猪突猛進とでも言おうか、あらためて観察すると外見がイノシシに似てなくもない。
コロコロと喜怒哀楽を切り替える様も、感情を隠さずストレートに外へ出す性格があってのことなのだろう。
| 180 :トップランカー殺人事件(44) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/09/02(火) 03:56:46 ID:dxm2Epdf0 |
それだけに思い込みが激しく、
一度間違った方向に動いてしまうと止められない危なっかしさや必要以上のことまで背負い込んでしまう頑なさがある。
その性質自体は一概に悪いことではない。
一度間違った方向に動いてしまうと止められない危なっかしさや必要以上のことまで背負い込んでしまう頑なさがある。
その性質自体は一概に悪いことではない。
ただ確実なのは、今の店長は大きく間違った解釈をしている。
乙下は彼の軌道修正を、課せられた責務であるかように開始した。
乙下は彼の軌道修正を、課せられた責務であるかように開始した。
「店長さん。BOLCEの死亡推定時刻を聞きましたか?」
「いや」
「12:00から13:00の間です。
これがどういう意味だか分かりますか?」
「……俺と別れた後、すぐに殺された」
「そう。BOLCEはアンタと別れてすぐに殺された。
それでは聞きますが、アンタが銀行を襲ったのは何時ですか?」
「……確か14:00くらい……あれ……?」
「そう、アンタが銀行強盗に成功しようと失敗しようと、そんなことお構いなしにBOLCEは殺されていたんです。
罪を抱え込む必要はまったくない。むしろアンタは被害者と言ってもいいくらいだ」
「いや」
「12:00から13:00の間です。
これがどういう意味だか分かりますか?」
「……俺と別れた後、すぐに殺された」
「そう。BOLCEはアンタと別れてすぐに殺された。
それでは聞きますが、アンタが銀行を襲ったのは何時ですか?」
「……確か14:00くらい……あれ……?」
「そう、アンタが銀行強盗に成功しようと失敗しようと、そんなことお構いなしにBOLCEは殺されていたんです。
罪を抱え込む必要はまったくない。むしろアンタは被害者と言ってもいいくらいだ」
店長は眼鏡の奥で、しきりに目をしばたたかせている。
「まだ俺も憶測の域を出ないことしか言えないのが申し訳ないんですけどね、
俺の見立てでは、おそらくこの事件は脅迫事件でも誘拐事件でもない。
これは殺人事件です」
「……どういうことだ?」
俺の見立てでは、おそらくこの事件は脅迫事件でも誘拐事件でもない。
これは殺人事件です」
「……どういうことだ?」
「犯人は最初からBOLCEの殺害が目的だったんです」
――悪い言い方をすれば、アンタへの脅迫はダシに過ぎない。
――アンタは利用されたんです。
――アンタは利用されたんです。
そのセリフは心の中にしまっておいた。