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トップランカー殺人事件 第三話『☆12のトリック』 -phase2-

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300 :トップランカー殺人事件(72) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/10/27(月) 00:08:18 ID:fjkWJ4U40
反面、乙下の心情は笑いから遠くかけ離れたところにあった。
ナゾナゾの答えを明かすと思いきや、ヒントだけを残して去って行った1046。
それは事件の答えを求めてここへやって来たはずなのに、
答えどころかいくつかの手掛かりしか得られなかった乙下の嘆かわしい現状を象徴しているようだった。
第一、ヒントや手掛かりとは名ばかりで、
実際には新たな混乱の種にしかなっていないところが始末に終えない。

「もう何が何だか分かんねぇな」

そんなことを吐き捨てながら、小さくなっていく1046の後ろ姿を見送っていると、
入れ違いに見覚えのある人物の姿が自転車に乗って近付いてきた。
颯爽と背筋を伸ばしマウンテンバイクで走る1046とは対照的に、
顔中汗だくの彼は曲がった背中でママチャリのペダルをひたむきに踏みしめている。
苦悶を浮かべた顔の輪郭がはっきりと見えてくるにつれて、激しい息づかいも耳に入った。
動悸の音までもが聞こえてきそうな勢いだ。

キキキーッ、と不快なブレーキ音を軋ませて、自転車は乙下の立つ地点の50cmほど手前で停止した。
同時に彼は、か細い手首に巻き付けた腕時計を覗き込む。

「ハァッ、5分、ハァッ、24秒、ハァッ」
「お疲れ空気。何往復した?」
「ハァッ、これで、ハァッ、四往復っす、ハァッ」
「何だよ、意外と少ねーな。
 正確な実験に大切なのは母数の多さなんだぞ」
「ハァッ、オトゲ先輩、ハァッ、あんた鬼っす」

鬼のような形相で、空気はそう息巻くのだった。

301 :トップランカー殺人事件(73) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/10/27(月) 00:16:56 ID:fjkWJ4U40
乙下は空気をABC店内のベンチで休ませた。
自動販売機の缶ジュースを買い与えた途端、空気は無我夢中になって喉へ流し込む。
500mlのコーラを選んだのはちょっとした悪戯心のつもりだったのだが、
そんなことに気を回す余裕さえも無いように
強い炭酸でただただ水分補給をする勇姿はある意味でさすがだ。

「で、結果は?」
「オトゲ先輩の予想通り、どうしても5分はかかるっすね」
「やっぱそうか……」

乙下は空気に、ABCからシルバーまで自転車で移動した場合の所要時間を
自分の体を使って調べてくるように頼んでおいたのだ。

「全速力で走ったんで間違いないっす。
 一番信号の少ないルートを通ったし、隙があれば信号無視もしたし」
「声がでけーわ。頑張ってくれたのは分かったから
 もうちょっとこう、警察官らしい倫理観で喋ってくれよ……」
「ボクは警官である前に、オトゲ先輩の忠実な部下っすから!」

空気は鉄の匂いが混じっていそうなほど苦しげな呼吸で
肩が揺らしながらも、乙下に笑顔を向け続けながら言うのだった。
素直な忠誠心、しかも真夏の炎天下で全力疾走をすることさえ厭わないほど素直で強い忠誠心だ。
感謝の気持ちが湧き上がる一方で、そのストレートな言い方はどこかむず痒く、
「うるせぇバカ」と思わず空気の頭を小突いてしまう。
あまり拳に力は入れなかった。

「オトゲ先輩、ゲンコツにいつものパワーが無いっすよ。
 ちょっとお疲れなんじゃないですか?」
「そうだな、昨日から根詰めて考えずくしだからな」
「何か進展はあったんすか?」
「いや全然。
 さっき1046と会って話したんだけど、余計に何が何だか分からなくなった」

――だから、お前だけが頼りなんだ。

302 :トップランカー殺人事件(74) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/10/27(月) 00:21:41 ID:fjkWJ4U40
言いかけて乙下はやめた。
空気を調子に乗せたくなかったから、だけではない。
これまでずっと独力で叩き上げてきた乙下にとって、
仲間を頼る気持ちが自分の中で芽生えていることは新鮮であり、
同時に戸惑いを覚えさせるものだったからだ。

だが乙下はすぐに自分の気持ちに対して正直になった。
この事件はきっと一人では解けない。
俺の推理力とお前の知識が組み合わさって、初めて解ける……そう確信したのだ。

なんで今日はそんな風に考えてしまうのだろう、と
乙下は自分の思考ルーチンを顧みようとして、すぐに思い当たった。
つい先刻、1046から聞き出したBOLCEとの思い出話に端を発しているのだ。

君と僕、二人ならやれる。必ず。
BOLCEはそのように言った。
彼は一人じゃ出来ないことを知っていた。
彼は二人でなら出来ることを知っていた。
そして、二人はその言葉通りトップランカーになった。
もしそれが真実なら。

「だったら、きっと解ける」
「急にどうしたんすか」
「この事件、きっと解けるよな」
「当たり前じゃないですか!
 ボクとオトゲ先輩が力を合わせれば、解決出来るに決まってるっすよ」
「一緒にすんなバーカ」

照れ臭くて敢えて省略した部分を、空気はあっさり補ってしまった。
意外と気恥ずかしくはない。

兎にも角にも、分かるところから一つ一つ明らかにしていこう。
乙下は決意を新たに持った。
持つことが出来た。


まだ肩で息をしながらベンチでうなだれている空気の足下に
ぽたぽたとしずくが垂れた。
空気の額から汗が垂れたのか、
冷えたコーラの缶から結露による水滴が垂れたのか、
はたまたその両方なのか。

乙下は空気の呼吸が整うのを待つ間、彼の捨て身の実験結果に対する考察を重ねることにした。

303 :トップランカー殺人事件(75) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/10/27(月) 00:28:57 ID:fjkWJ4U40
やはりABCとシルバーの間を移動するには、自転車で5分かかることが判明した。

当然マウンテンバイクとママチャリ、
そして運動神経が良さそうな1046と運動音痴の空気という歴然たる条件の差異があるにはある。
しかし大して問題にはならないと乙下は考えていた。

もしだだっ広い運動場でヨーイドンを合図に1046と空気が競争すれば、100%空気が負けるだろう。
けれどここは仮にも県庁所在都市である盛岡の市街地、それなりに交通量はある。
1046と空気の条件の違いは、交通量の多い市街地というフィールドに限り
誤差の範囲内に留まると推測される。
A地点からB地点までの所要時間は、個体の身軽さよりも
信号の数や経路の狭さ、周囲の混雑具合に依存するからである。
いわゆる流体力学の原理だ。

つまり、捜査に前進は無しだ。
1046がABCからシルバーに行くのには5分かかる。
シルバーからABCに戻るのにも5分かかる。
乙下はこの仮定が覆ることを期待していたのに、
空気の実験によってむしろ盤石な事実として認識するはめになってしまったらしい。


乙下は頭を抱えたくなった。
今日はもう金曜日、捜査に進展が無いままでは気持ち良く週末を迎えることが出来ないではないか。
せめて明日土曜日の内には何らかの手応えを掴みたかった。

締切りは明日。
"DUE TOMORROW"だ。

そんな思考過程を経て、乙下は気になっていたことを思い出した。

「おい空気、DUE TOMORROWのANOTHERってそんなに難しいのか?」

304 :トップランカー殺人事件(76) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/10/27(月) 00:36:48 ID:fjkWJ4U40
やにわに降ってきた質問の風向きが予想外だったのか、
空気は呆気に取られたような表情をした。

「そりゃ難しいっすけど……一応☆12ですし」
「お前クリア出来んの?」
「運ゲーっすね。
 餡蜜使いまくってうまくハマればクリア出来ます」
「じゃ、1046が序盤でHARD落ちするってあり得るかな」
「考えにくいっすよ。
 トップクラスの人が落ちるって言ったら、
 せいぜい冥・嘆きクラスの超発狂譜面だけでしょう」
「本当に?絶対?
 地球が逆回転しないのと同じレベルで間違いなくあり得ないと言い切れる?」
「いやそこまで言われるとちょっと自信ないっすけど。
 譜面が譜面なんで、運悪くBADハマリとかしたら死ぬこともないとは言い切れませんよ。
 けど、うーん……考えにくいなぁ」

ちょっとだけ大人気ない言い回しをしてしまったようで変に後味が悪いが、
1046クラスがDUE TOMORROWでHARD落ちする可能性はほとんど無い、
というニュアンスは何となく伝わった。

「とすると、やはり1046は嘘をついているのかな」
「1046本人が言ったんすか?
 DUE TOMORROWで落ちたって?」

乙下は空気に7月16日12:00前後の1046の行動を説明した。
なるべく主観は交えず、ニュースのようなつもりで1046の供述を伝える。
空気の理解を助けるため、報告書へ殴り書いたメモを指し示しながら。


 ・来店~11:55 → 通常プレイ
 ・11:55~12:00 → 疲れたので休憩
 ・12:00~12:02 → 休憩後で気が抜けたのか、DUE TOMORROWで一曲目HARD落ち
 ・12:03~12:09 → FREEモードでDUE TOMORROWリベンジ
 ・12:09~12:20 → 通常プレイ
 ・12:20~12:35 → 昼メシ
 ・12:35~12:37 → トイレ(監視カメラに映る)
 ・12:37~退店 → 通常プレイ


乙下はこのタイムテーブルを再見し、あらためて隠し切れない不自然さを嗅ぎ取る。
それは空気も同感らしかった。

「これ変っすよ。
 1046クラスがDUE TOMORROW程度で死ぬってのも変だし、
 仮にリベンジするにしてもFREEを選ぶ理由が分からない」

305 :トップランカー殺人事件(77) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/10/27(月) 00:44:55 ID:fjkWJ4U40
「あれ、俺はてっきり一曲目から☆12を選ぶためにFREEにしたもんだと思ったんだけど」
「いえ、オトゲ先輩は知らないかもですけど、
 ボクみたいに十段以上で千回以上遊んだ人は一曲目から☆12を選べるようになるんす」
「『ボクみたいに』は余計なんだよ、十段底辺のくせして」
「うわひでぇ、三段の初心者には言われたくないっすよ!」

確かに、一曲目に☆8までしか選ぶことができない乙下には
口を挟むことがおこがましかったようにも感じた。
そもそも、乙下は怖じ気づいて一曲目に☆7を選ぶことすら
事実上ままならないレベルなのだからなおさらだ。

「でもさ、1046が千回以上プレイしてるとは限らなくない?」
「限りますって。
 デラが日課のトップランカーっすよ?
 もうTROOPERSが稼働して半年ちょい経つんですから、
 一日五回ずつやってるだけで千回超えます」
「あ、それもそうだよな」

少なくとも、1046は7月16日の日中だけで20回以上プレイしている。
この日だけを取ってみても、千回を大きく上回るハイペースだ。
その記録を目の当たりにしていた乙下は、空気の反論をすんなりと受け入れた。

思い返せば昨日1046によるIIDXプレイを見学させてもらった時、
イーパスのエントリー画面で「皆伝」の段位や
11,000程度のDJポイントを目にした記憶はあったが、プレイ回数を見た覚えはなかった。
きっとプレイ回数は非表示設定にしていたのだろう。
例えトップランカーという立場にあっても、
さすがに四桁のプレイ回数を晒すのには抵抗があるのかも知れない。

「……もしくはリベンジに失敗してまた一曲目で落ちるのが怖かったから
 FREEを選んだ、って意味合いもあるにはあるっすけどね」

空気に示唆され、乙下は気が付いた。
言われてみれば、1046本人が『念には念を押してFREEモードで』と発言していたではないか。
だがその直前、1046は『そりゃ俺だって真剣にやれば簡単には落ちない』とも言っていた。
この二つの発言は矛盾ではないだろうか。
何にせよ、やはり1046がこのタイミングでFREEモードを選ぶ理由は希薄に思えた。

1046がDUE TOMORROWで落ちる可能性の稀少さ。
続いてFREEモードをわざわざ選択する不自然さ。

1046の供述を一見した乙下は、当初筋が通っている内容に感じたが、
こうして空気と重箱の隅をつつくように一つ一つの項目を洗い直してみると、いかにもいかがわしい。

そういった観点で見直した時、
乙下はこの供述が「嘘っぽい」ことを導く新しい理由に行き着いた。

306 :トップランカー殺人事件(78) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/10/27(月) 00:49:29 ID:fjkWJ4U40
「空気お前、一昨日何してた?」
「なんすかいきなり」

空気は何を驚いているのか、乙下の質問に面食らっている。

「お前も一昨日はデラをやってただろ。
 最初の一曲目に何を選んだ?二曲目は?三曲目は?
 次のプレイは?昼メシは何食った?」
「ちょ、そんなのすぐに思い出せるわけないじゃないっすか。
 曲リスト見ながらじっくり記憶を辿らないと……」
「だろ。人間の記憶なんてそんな大層なもんじゃない。
 ましてや一昨日の記憶の掘り起こしなんて、濃霧の森を彷徨うが如し、だよ。
 その点1046は凄いぞ。
 矢継ぎ早に繰り出した俺の質問全部にスラスラと答えてくれた。
 記憶力もランカークラスなのか、それとも……」

空気は唾を飲み込んだのか、喉仏を微かに上下させてから言った。

「……1046の発言ははなからでっち上げだった、ってことっすか!?」
「あくまで可能性の一つだ」

慎まし気に言っておきながら、乙下はこの着眼に光明を見出していた。
やはり1046は嘘をついている。

「出来過ぎなんだよ。
 DUE TOMORROWだか何だか知らないけど、
 そんな細かいことをいちいち覚えてることも出来過ぎだし、
 元を正せば12:35にタイミング良く監視カメラへ映り込んでいること自体も出来過ぎだ」
「そうなんすよ。
 1046がアリバイを証明するにはこれ以上は無いっていう最高のタイミングで映ってますよね。
 しかも映っているのはその一回こっきりだし」
「だろ。まるで『僕は犯人じゃありません、僕はちゃんとここにいました』って
 これ見よがしに大声で叫んでるのと一緒だよ。
 こんなアリバイ、いかに鉄壁だからって気味悪くて信頼できねぇ。
 1046は何かを隠してる。嘘をついてる」
「……」

何を?
何を隠している?
どんな?
どんな嘘をついている?

空気がブツブツと反芻している。
新米なりに、懸命に推理を試みているようだ。
その様子を乙下は草葉の陰からのつもりで、横目で見守っていた。

やがて空気は何かに思い至ったのか、乙下を一瞥してから話しかけて来た。

307 :トップランカー殺人事件(79) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/10/27(月) 00:57:26 ID:fjkWJ4U40
「仮に1046が犯人だとして、ですよ。
 単純に言えば1046は、『ABCでデラをプレイしていた』というアリバイを保持しつつ
 『シルバーで犯行を起こした』ことになるっす。
 そこでどんなトリックを使ってあの鉄壁のアリバイを築いたのかは分かりません。
 ただ……」
「ただ?」
「なんかおかしいですよね。
 オトゲ先輩も気にしてたように、1046の12:00前後のイーパス履歴は不自然過ぎます。
 もしこれが無ければDUE TOMORROWだとかFREEモードでリベンジだとか、
 そんな嘘をつく必要は無いっすよね」
「だな」

乙下は今一度空気の報告書にある1046のイーパス使用履歴のページを開き、
議論の焦点になっている部分だけ赤ペンで囲んだ。
すなわち、


 START = 11:43, END = 11:55;
 START = 12:00, END = 12:02;
 START = 12:03, END = 12:09;
 START = 12:09, END = 12:20;
 START = 12:37, END = 12:48;


の部分だ。

「例えば、もしこれが『11:56~12:08』『12:09~12:20』とかだったら不自然な点は随分減るっすよね。
 1046からすれば、オトゲ先輩にツッコまれて面倒な思いをすることも無かったはずです。
 アリバイをきちんと作り上げるつもりなら、もっと自然なタイムテーブルにすべきだったんじゃないすか?」

乙下は顎に手を当てて空気の思索を噛み砕いた。
そこからリードされた推理を、慎重に口にする。

「……もしくは……『そうせざるを得なかった』」
「……どういうことっすか?」

「1046が犯行を起こすのに何らかのアリバイトリックを使ったとして。
 この奇妙なタイムテーブルは、トリックを成立させるために必要不可欠だった……?」

そう。
1046が犯人だと仮定して、BOLCEの死亡推定時刻前後という
大切な時間の行動に不自然さを残す代償を支払うだけの理由があるとすれば、
それはアリバイ確保のためという理由に他ならないのではないか。

「じゃぁ、逆にこのタイムテーブルの意味を解き明かすことが出来れば、
 1046のアリバイを崩すきっかけになるってことっすよね!」

宇宙の真理に気付いたとでもいうような張り切り方で声高に叫んだ空気は、
過度に報告書へ顔を近付けて乙下が赤ペンで囲んだ部分を食い入るように見つめ始めた。
顔を近付けたところで、文字の焦点はぼやけるばかりで
かえって何も見えなくなることは言うまでもないことだ。

だが乙下は、そんな空気を差し止めるのは野暮な気がした。
推理に推理を重ねた挙げ句、袋小路に迷い込みかけている自分を否定することに繋がるからだろうか。
這いずり回りながらも、ようやく一歩前進出来たかも知れない
この感触を肯定することに繋がるからだろうか。

308 :トップランカー殺人事件(80) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/10/27(月) 01:00:27 ID:fjkWJ4U40
空気は手にしたコーラの缶を口に当て、ほぼ逆さまにひっくり返した。
最後の一口だったのだろう。
いつの間にかコーラの結露も空気の汗も、すっかり引いていた。

「もう大丈夫そうだな」
「はい?」
「この暑い中、頑張ってチャリを走らせたご褒美だ。
 勤務中だが、特別に一回だけデラをプレイすることを許可する」
「マ、マジっすか?
 ホントにいいんすか?」

空気は大っぴらに目を輝かせた。
お前そこは遠慮するとこだろ、と腹を立てたくもなったが、乙下は堪える。

「ただし選曲は俺が決める。
 AKIRA YAMAOKAコースだ。
 AKIRA YAMAOKAコースをやれ」
「なにゆえ」
「いいからやるんだよ。
 これは業務命令だ。一切の手抜きを禁じる。
 分かったんならさっさと始めろバカ」

脳天気に喜び勇んでイーパスと100円玉の準備を始める空気の後ろで、
乙下は1046の解せない主張を思い返していた。

「俺には共犯者がいないことを100%証明出来る」
そんなことが本当に可能なのだろうか。

寄せては返す波のごとく、次々に乙下の頭脳を翻弄する疑問符達。
彼らを払い落としてしましたい衝動を説き伏せ、乙下は空気のプレイに集中すべく腕を組んだ。
AKIRA YAMAOKAコースの全容をまずはこの目で確かめるのだ、と。

筐体へコインが投入されたことを示す人工的な効果音が、ABCの片隅で鳴った。

314 :トップランカー殺人事件(81) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/11/02(日) 22:22:47 ID:cd5XI7Kh0
空気がEXPERTモードを選択すると、見慣れないグラフィックがモニタへ広がった。
画面中央には大きく「INTERNET RANKING」と表示されており、
画面右側には一回り小さいサイズで
「INTERNET RANKING beat#1」
「INTERNET RANKING beat#2」
「INTERNET RANKING beat#3」と上から段になって並んでいる。
その下には、丸みを帯びたフォントで「BATTALION」「MILITARY SPLASH」と続く。

どうやらこれはコースの選択画面であり、フォルダの構造になっているらしい。
基本的なインターフェースはSTANDARDモードと酷似しているのだな、と
当たり前と言えば当たり前のことに乙下は感心し、納得をする。

空気は迷い無くbeat#2のフォルダを開き、
その中から「DISCHARGE」と名付けられたコースに合わせてターンテーブルを回した。
続いてVEFXボタンを二回押してANOTHER譜面に変えると、
STARTボタンを押しながらオプションの調整を始めている。
その姿を見た乙下は、うっかり口出ししてしまった。

「それ、AKIRA YAMAOKAコースじゃなくね?」
「これで合ってるんすよ。
 AKIRA YAMAOKAコースはDISCHAGEの裏コースですから」
「裏コース?」

空気は意味深にニヤリと口元を歪めたかと思うと、
わざとらしい緩慢な動作でエフェクトボタンを押してみせた。
エフェクタがONになり、筐体から発せられるBGMの音量に厚みが増す。

ところが、モニタではそれよりも顕著な変化が起こっていた。
空気がボタンを押すと同時に、
画面中央の黄緑色をした「DISCHARGE」のコース名が
赤色をした「ANOTHER」の七文字へと姿を変えたのだ。
空気がエフェクトボタンから指を離すと、DISCHARGEに戻る。
再びエフェクトボタンを押すと、ANOTHERに変わる。
空気はその動作を当てつけがましく何度か繰り返した。

「これが裏コースっす。
 一つ一つのコースには裏コースが用意されてるんすよ」

言い終わらない内に、空気はもう片方の手で白鍵盤を押してコースを決定した。
画面が切り替わり、乙下のよく見慣れたオブジェレーンやグルーブゲージが映し出される。
中央には「テクノチョップ」なる明らかに造語と分かるジャンル名に続き、
「昭和企業戦士荒山課長」のタイトルと「AKIRA YAMAOKA」の名義が登場した。
乙下はその名前を見て、空気が間違っていなかったことを知る。

空気は大袈裟に肩を回したり手首をブラブラさせて
気合いの入りようを乙下にアピールしていたが、
「READY!」のレイヤーが消える寸前でいつもの開脚猫背フォームを構え、臨戦態勢を整えた。

「さぁオトゲ先輩、ボクの本気を見てて下さいよ!」

乙下は心の中で「断る」と返事をし、
なるべく空気の醜態が目に入らないよう気をつけながら画面を注視した。

315 :トップランカー殺人事件(82) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/11/02(日) 22:33:46 ID:cd5XI7Kh0
一曲目の「昭和企業戦士荒山課長」に続き、
二曲目「ライオン好き」、三曲目「システムロマンス」、
四曲目「マチ子の唄」の順番でコースは淡々と消化されていく。

いつもと違うのは曲の合間に選曲画面が挟まれないことと、
モニタ下部の16セグメントLEDに曲名だけでなくコース名が表示されること。
他はと言えば、時折空気がコンボを切っては「あぁ」だとか「うぅ」だとか呻いたり、
リザルト画面で「ぉおっしぃー、鳥マイナス4!」などとどうでもいい独り言を垂れ流している、くらいか。
つまり、とりわけ乙下が気付くことは何も無かった。

これ以上見ていても手掛かりは得られないだろう、と直感した乙下は
最終ステージ「ヨシダさん」のテロップが表示されたところで、
IIDX筐体に取り付けられたカーテンを勢いよく閉めた。
図らずもSUD+のカーテンを調整していた空気は

「ちょ、見ててくれるんじゃなかったんすかーっ」

と取り乱した。
顔も姿勢も見えなくなった分だけ、
声に乗せられた空気の感情が剥き出しになって聞こえるように感じる。
それがあからさまに残念そうな声だったので、
どれだけ自分のプレイを見せつけたいのだ、と乙下は空気の痛々しさを憂う。

「心配すんな、『聞いてて』やるから」

ヨシーダサーン。
乙下の声は「ヨシダさん」のひずんだ歌声と空気の叩く乾いた打鍵音に掻き消された。

乙下は180度体の向きを変え、ABCの事務室へ真っ直ぐ向かった。

「失礼」

ドアの無い狭い事務室の前に立ち、首を傾けて遠慮がちに部屋の中を覗く。
先ほどの快活な店員は椅子に座って帳簿と睨めっこしていたが、
すぐに乙下に気付いて顔をほころばせた。

「どうしたんですか?
 まだ聞きたいことありました?」

半分冗談のつもりなのだろう、彼は乙下と同じくらい首を傾けておどけた。

「ん、仕事中に邪魔しちゃってすまないね。
 一つ教えてほしいんだけど」
「いいですよ」

乙下は手招きをして店員をIIDX筐体の見える場所まで連れ出した。
「ヨシダさん」と空気の打鍵音が十分に聞こえる地点まで
やって来たところで、質問を投げかける。

「今IIDXをプレイしてる人。
 さっきの人と比べてどう?上手い?下手?」

316 :トップランカー殺人事件(83) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/11/02(日) 22:40:19 ID:cd5XI7Kh0
店員は一呼吸だけ目を閉じて考える素振りをし、それから返事した。

「決して下手ではないです。
 いやむしろ、一般的に見ればそこそこ上手い方ですね。
 でも、さっきの人と比べるとなると……
 申し訳ないですけど、お話にならないです」
「そうなの?」
「曲のリズムに対する鍵盤のタイミングを聞いてると、さっきの人よりも揺らぎが大き過ぎる。
 きっとスコアじゃ全然勝てないでしょうね。
 あと、和音になればなるほど打鍵の力加減にムラが生じます。
 これは自在な指使いが出来てない証拠なんです。
 あ、でもさっきの人がやたら上手過ぎただけですんで、
 私がこんなこと言ったからって自信を無くすことはないですよ」

本人を前にしているわけでもないのに、店員は辛口の批評に対するフォローをしてみせた。
その謙虚な姿勢とは裏腹に、彼の神懸かり的な耳はやはり本物だった。
彼は1046と空気の実力差を、音だけを頼りにしていとも簡単に看破してしまったのだ。

「忌憚の無い意見をどうもありがとう。
 アンタ、やっぱりサリエリだね」

乙下が店員へ一言礼を告げて彼を解放すると同時に、
AKIRA YAMAOKAコースは幕を閉じたようだった。
カーテンを開けた空気は、乙下を見つけるなり頬を膨らませる。

「ひどいっすよ、自分で山岡コースやれって命令したくせに見ないなんて」
「悪い悪い。でもちゃんと聞いてたよ。
 良かったな、お前一般的に見ればそこそこ上手いらしいよ」
「そ、そうすか?」
「でも1046と比べるとお話にならないらしいよ」
「そんなこと分かり切ってること
 わざわざ言わなくたっていいじゃないっすか」

ムッとした様子の空気の向こう側で、
IIDXのモニタが「今回のスコアを登録しますか?」と質問している。
空気は無造作に複数の鍵盤をガチャガチャと叩き、「はい」を選択した。
すると画面が切り替わり、バンダナ男のイラストをバックに

「あなたの順位:150位
 コース登録者数:593人」

といった内容のプレイ結果が表示された。
天才1046の順位はいくつだったのだろう。
乙下は、何とはなしにそう思った。

317 :トップランカー殺人事件(84) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/11/02(日) 22:45:55 ID:cd5XI7Kh0
ABCを後にした二人は、
盛岡駅前を南北に貫くアーケード街を北へ向かって歩いていた。

「そっか、だからオトゲ先輩はボクに山岡コースをやれだなんて言ったんすね」

煩わしそうに自転車を手押しする空気の額には、再び汗が滲み始めている。
その様子は氷解した疑問が頭の外へ流れ出るようでもあった。

「あぁ。お前にばっか頼るのも情けない気がしてまずは自分で考えてみたんだけど……
 どうしてAKIRA YAMAOKAコースをプレイしたことがアリバイになるのか、
 俺にはちっとも分かんねぇわ」
「オトゲ先輩らしいなぁ。
 最初からボクに聞いてくれれば良かったのに」
「じゃぁお前には分かるのかよ」

ここ数日の間、部下に知恵を借り続けている乙下は
自尊心の保守のことなどすぐに忘れて期待に身を寄せた。
それだけ事件解決を為し遂げるのに必死だった。

「分かるような分かんないような……」

空気ははっきりしない。
乙下は気が急いてしまう。

「お前まで勿体ぶる気かよバカ。
 1046みたいでウザったいからやめろ」
「すんません、そういうつもりじゃないんすよ」
「じゃぁどういうつもり」
「ちょっと考える時間下さい。確かめたいことがあるんす」

そう言ったきり、空気は上の空になって何事かを考え込み始めてしまった。
仕方がない、空気には空気の道筋があるのだろう。
乙下はどうにか気持ちを静めて、別の方向から事件へアプローチすることにした。


問題は、共犯者がいるかいないか。
そこが一つの焦点だった。

318 :トップランカー殺人事件(85) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/11/02(日) 22:59:08 ID:mqvkWMBG0
鉄壁のアリバイに唯一穴を開ける手段は、共犯者の存在を考慮に入れることなのだ。
しかし、1046の主張を持ち出すまでもなく最初から乙下は共犯者の存在に対して懐疑的であった。
それはABCの店員との出会いにより、より確かな感触となった。


何故乙下は共犯者がいないと考えているのか。

とっかかりは、「共犯者を持つことのリスク」が大きいからだった。
もし共犯者が口を割ったら?
もし共犯者がヘマをしたら?
自分の人生がかかった一大事に、そんな不確定要素を持ち込みたくはないだろう。

だが、それだけではない。
捜査を進める内に乙下は、共犯者が存在する線を否定する他の理由も得ていた。

決められた時間に決められた場所でIIDXをプレイする、
共犯者の役割がただそれだけであれば、話は簡単だ。
金で適当な人材を雇えば実現する。

しかし、現実はより複雑だ。

共犯者は1046の身代わりとしてIIDXをプレイするだけでなく、
ABCとシルバーの間をあくせくと往復したりBOLCEの死体を吊る手助けまでをもしなければならない。
つまり、殺人事件の片棒を担がせることはどうしたって隠せないのだ。
高額の金で雇われたとしても、二つ返事で承諾できるような仕事ではない。

となると、1046と共犯者を繋ぐ利害は金ではない。
考えられるケースは二つある。
一つは、共犯者もBOLCEを殺したがっているケース。
もう一つは、共犯者が1046へ弱みを握られているケース。
だがそんな人物が都合良くいるのだろうか。
考えにくい。

319 :トップランカー殺人事件(86) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2008/11/02(日) 23:04:41 ID:mqvkWMBG0
理由はまだある。

大前提として、「共犯者はIIDXの上級者」という縛りが
必要となることに気付いたのがポイントだった。

共犯者は1046の身代わりとしてIIDXをプレイする必要があるが、
カーテンに隠れてプレイするとは言え下手な演奏をすれば音で「1046ではない」ことがバレてしまう。
最低限、曲が自然に聞こえるようプレイ出来るだけの腕前が共犯者には要求されるのだ。

IIDXの上級者は全人口の何%だろう。
そんなこと乙下には知る由もないが、その線で捜査すれば
飛躍的に共犯者の足がつきやすくなることだけは確かだった。

ここで、ABC店員の証言が活きてくる。

彼は少なくとも空気と1046の実力差を完璧に区別出来るだけの耳を持っていた。
その耳が断言するのだ。
「7月16日にABCでプレイしていた人物は、1046クラスの実力者である」と。
となれば、共犯者はIIDXの上級者などという甘い話ではなくなる。
共犯者はランカークラスの超上級者だ。
ますます共犯者たる資格を持つ人間は絞り込まれてしまうだろう。

以上から導かれる推理はただ一つ。
共犯者など最初から存在していない。
これは1046単独による犯行、乙下はそう結論づけたかった。

すると、話が元に戻ってしまうのがもどかしい。

共犯者がいないのであれば、1046はどんなトリックを使ってあの鉄壁のアリバイを築いたのか。
それが乙下にはどうしても解けないでいた。

ともすれば、そもそも……。

乙下の中で疑念に対する疑念がむくむくと顔をもたげた。
焦燥にかられた乙下の脇の下を、ひどく冷たい汗が伝い落ちる。
乙下は枯れそうな喉をやっとのことで震わせて、にわかには認めがたいその可能性を言葉にした。


「……やはり1046は、シロだというのか……?」





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