「俺の目から見ても、秀吉はお前に恋をしてた。ただ、苦しそうだったけどな」
「秀吉が、僕に、恋?」
くっと喉の奥で笑った。嘲るように笑声を上げる。
髪をかき上げる。癖の強い、白い髪。伸ばしても鬱陶しいだけだ。
「お前も、苦しんでるんだな。――なあ。言っちまえよ。好きだって」
「そうやって、自分を弱くして何になる」
きつく、自分の体を抱く。骨の張った、痩せた体。病を得てからは肉が落ちていった。
この、病み衰える恐怖を知らない。
だからそんなことが言えるのだ。
慶次は半兵衛の肩に手を置いた。
「花の命は短い。人の命も限りがある。……だから、人は恋をするんだ」
「恋恋うるさいな。池の鯉でも呼んでいたまえ」
肩に置かれた手を払う。肩掛けを直し、歩みを進める。
こんな男を呼び止めようと必死になった自分が莫迦らしい。
何故話そうと思ったのだろう。
誰かに、胸の内を晒したかったのだろうか。
「こんな醜く痩せた女を、誰が好いてくれるというんだ」
「ほら本音が出た」
歩みを止め、大股で慶次に近づいた。その迫力に慶次は目を丸くする。
夢吉が慶次の懐に隠れた。
「痩せて、子を産みたくても月のものが少なくて孕みにくい、大して美しくもない、この僕を、誰が好くんだ!」
「誰もそこまでっ」
無言で膝蹴りを食らわせる。膝は慶次のみぞおちに入り、腹を抑えてうずくまった。
「弱くなったな……お前…」
「まだ言うのかい」
今度は踵を脳天に落とす。加減はしてあるものの、急所を的確に突いているので痛がっている。
少し溜飲が下がり、半兵衛は夜着の裾を直した。
「弱くなった。前はもっと、秀吉に恋してて、すげぇ可愛かったっていうのに」
なんとか回復した慶次は超刀を支えに立ち上がった。
超刀を抱え、いつもの慶次に戻る。
「俺には、秀吉に「好き」って一言が言いたくても言えない、可憐な恋してる娘に見えるぜ?」
「可憐……」
呆気に取られ、慶次を見上げる。
脳天に足を落としたせいでいよいよおかしくなってしまったのかと思ったが、慶次の目は真剣だった。
「莫迦」
いつもの調子が出ない。弱い、情けない声になった。
「冷えた。戻るよ」
「秀吉に温めてもらえよ」
振り返り、慶次を締め上げればよかった。慶次は丈夫だ。少々乱暴に扱ったくらいで死にはしない。
けれどそれをしなかったのは、その一言に従おうと思ってしまったからに他ならない。
「秀吉が、僕に、恋?」
くっと喉の奥で笑った。嘲るように笑声を上げる。
髪をかき上げる。癖の強い、白い髪。伸ばしても鬱陶しいだけだ。
「お前も、苦しんでるんだな。――なあ。言っちまえよ。好きだって」
「そうやって、自分を弱くして何になる」
きつく、自分の体を抱く。骨の張った、痩せた体。病を得てからは肉が落ちていった。
この、病み衰える恐怖を知らない。
だからそんなことが言えるのだ。
慶次は半兵衛の肩に手を置いた。
「花の命は短い。人の命も限りがある。……だから、人は恋をするんだ」
「恋恋うるさいな。池の鯉でも呼んでいたまえ」
肩に置かれた手を払う。肩掛けを直し、歩みを進める。
こんな男を呼び止めようと必死になった自分が莫迦らしい。
何故話そうと思ったのだろう。
誰かに、胸の内を晒したかったのだろうか。
「こんな醜く痩せた女を、誰が好いてくれるというんだ」
「ほら本音が出た」
歩みを止め、大股で慶次に近づいた。その迫力に慶次は目を丸くする。
夢吉が慶次の懐に隠れた。
「痩せて、子を産みたくても月のものが少なくて孕みにくい、大して美しくもない、この僕を、誰が好くんだ!」
「誰もそこまでっ」
無言で膝蹴りを食らわせる。膝は慶次のみぞおちに入り、腹を抑えてうずくまった。
「弱くなったな……お前…」
「まだ言うのかい」
今度は踵を脳天に落とす。加減はしてあるものの、急所を的確に突いているので痛がっている。
少し溜飲が下がり、半兵衛は夜着の裾を直した。
「弱くなった。前はもっと、秀吉に恋してて、すげぇ可愛かったっていうのに」
なんとか回復した慶次は超刀を支えに立ち上がった。
超刀を抱え、いつもの慶次に戻る。
「俺には、秀吉に「好き」って一言が言いたくても言えない、可憐な恋してる娘に見えるぜ?」
「可憐……」
呆気に取られ、慶次を見上げる。
脳天に足を落としたせいでいよいよおかしくなってしまったのかと思ったが、慶次の目は真剣だった。
「莫迦」
いつもの調子が出ない。弱い、情けない声になった。
「冷えた。戻るよ」
「秀吉に温めてもらえよ」
振り返り、慶次を締め上げればよかった。慶次は丈夫だ。少々乱暴に扱ったくらいで死にはしない。
けれどそれをしなかったのは、その一言に従おうと思ってしまったからに他ならない。
軽い音を立てて戸が開いた。細く差し込んだ光はすぐに戸が閉まるのと同じくして消えた。
秀吉は体を起こし、紙燭を柱についた燭台に置く手の主を見定めた。
「半兵衛」
いつも、肌を合わせてもすぐに立ち去る。残り香すら残さない彼女が、何故戻ったのだろう。
「慶次に、会ったよ」
「そうか。どうであった」
「どうもしないよ。まったく、莫迦な男だね」
歩み寄る白い足。痩せた。気づかない振りをしていたが、そろそろ注意をするかもしれない。
「秀吉」
明かりは、紙燭一つ。微かな明かりでも、半兵衛の表情はよく捉えられた。
いつもつけられている仮面がないことに気づく。
どれほど乱れても、声を上げても、けして顔を見せなかった女が。
秀吉の驚きをよそに、半兵衛は色の薄い唇を震わせて言葉を探している。
どんな難しい言葉もすらすらと出てくる半兵衛が、何を悩んでいるのだろう。
「どうした、半兵衛」
近づいてくる細い体。大柄な秀吉の傍に侍ると、余計に小さく細く見える。
ふわり、と髪が秀吉をくすぐった。柔らかな髪。
癖の強さを半兵衛は嫌っているが、ふわふわと柔らかくて綺麗だと思う。
秀吉は体を起こし、紙燭を柱についた燭台に置く手の主を見定めた。
「半兵衛」
いつも、肌を合わせてもすぐに立ち去る。残り香すら残さない彼女が、何故戻ったのだろう。
「慶次に、会ったよ」
「そうか。どうであった」
「どうもしないよ。まったく、莫迦な男だね」
歩み寄る白い足。痩せた。気づかない振りをしていたが、そろそろ注意をするかもしれない。
「秀吉」
明かりは、紙燭一つ。微かな明かりでも、半兵衛の表情はよく捉えられた。
いつもつけられている仮面がないことに気づく。
どれほど乱れても、声を上げても、けして顔を見せなかった女が。
秀吉の驚きをよそに、半兵衛は色の薄い唇を震わせて言葉を探している。
どんな難しい言葉もすらすらと出てくる半兵衛が、何を悩んでいるのだろう。
「どうした、半兵衛」
近づいてくる細い体。大柄な秀吉の傍に侍ると、余計に小さく細く見える。
ふわり、と髪が秀吉をくすぐった。柔らかな髪。
癖の強さを半兵衛は嫌っているが、ふわふわと柔らかくて綺麗だと思う。