「政宗様は、甘過ぎます」
文机の前で書を纏めていた政宗に、小十郎は率直な意見を述べた。
彼がここまで断言するのも珍しいので、政宗は筆を止めると、彼に向き
直る。
「小十郎。お前は、俺が認めた奴が、そんなに信じられねぇって言うの
か?つまり、それは俺の目が節穴だと言いてぇのか?」
「そうではございません。ただ、政宗様はあやつに少々肩入れをし過ぎ
だ、と言いたいだけです」
「元親はイイ奴だ。それは、この俺が一番良く知ってる。確かに短慮な
所もあるけど、俺や伊達に対して気遣いが出来る奴だ。小器用な策や計
算づくで、俺の傍にいたりなんかしねぇ」
「あんな下品な女がですか?今更、首を刎ねろとは申しませぬが、元々
小十郎は、あの者を迎える事には反対だったのです」
らしくもない従者の物言いに、政宗は隻眼を見開く。
「そもそも、政宗様のようなお方には、まるで相応しくない気が致しま
すが」
「な、そこまで言わなくても…」
「いいえ。あのような知性の欠片もないブスは、政宗様に比べれば月と
スッポンです。政宗様の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいくらいです
よ、まったく」
やれやれ、と息を吐く小十郎とは対照的に、政宗の表情が目に見えて暗
くなっていった。
内心しまった、と思いながらも、小十郎は取り繕うように続ける。
「…まあ、政宗様がお決めになった事ですから、小十郎にはこれ以上言
う権利もないのですが…しかし、奴の存在が、伊達の内部に多かれ少な
かれ波紋を投げ掛けているのも、また然り。それだけはご理解いただけ
ますよう」
「……」
返事のない政宗に、小十郎は恭しく頭を下げると、彼女の自室を後にす
る。
少しずつ消えて行く足音を耳にしながら、やがて政宗は、ぽつりと呟い
た。
文机の前で書を纏めていた政宗に、小十郎は率直な意見を述べた。
彼がここまで断言するのも珍しいので、政宗は筆を止めると、彼に向き
直る。
「小十郎。お前は、俺が認めた奴が、そんなに信じられねぇって言うの
か?つまり、それは俺の目が節穴だと言いてぇのか?」
「そうではございません。ただ、政宗様はあやつに少々肩入れをし過ぎ
だ、と言いたいだけです」
「元親はイイ奴だ。それは、この俺が一番良く知ってる。確かに短慮な
所もあるけど、俺や伊達に対して気遣いが出来る奴だ。小器用な策や計
算づくで、俺の傍にいたりなんかしねぇ」
「あんな下品な女がですか?今更、首を刎ねろとは申しませぬが、元々
小十郎は、あの者を迎える事には反対だったのです」
らしくもない従者の物言いに、政宗は隻眼を見開く。
「そもそも、政宗様のようなお方には、まるで相応しくない気が致しま
すが」
「な、そこまで言わなくても…」
「いいえ。あのような知性の欠片もないブスは、政宗様に比べれば月と
スッポンです。政宗様の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいくらいです
よ、まったく」
やれやれ、と息を吐く小十郎とは対照的に、政宗の表情が目に見えて暗
くなっていった。
内心しまった、と思いながらも、小十郎は取り繕うように続ける。
「…まあ、政宗様がお決めになった事ですから、小十郎にはこれ以上言
う権利もないのですが…しかし、奴の存在が、伊達の内部に多かれ少な
かれ波紋を投げ掛けているのも、また然り。それだけはご理解いただけ
ますよう」
「……」
返事のない政宗に、小十郎は恭しく頭を下げると、彼女の自室を後にす
る。
少しずつ消えて行く足音を耳にしながら、やがて政宗は、ぽつりと呟い
た。
「……俺にはそんな軽口、ひとことも言ってくれないのにな」
翌朝。
政宗との鍛錬を済ませた元親は、小腹が空いたので、小十郎の畑に実
っている野菜を失敬する為に庭内を歩いていた。
やがて、小十郎の畑へと通じる門の前まで進んだ時、扉の向こうから何
やら話し声が聞こえてきた。
「ったくよぉ。筆頭もお人好しなんだよな。ついこないだまで、筆頭の
タマ狙ってたヤツだぜ?」
「まあ、そこが筆頭の筆頭たるトコなんだろうけど…ちっと調子づいて
ねぇか?あの鬼デカ女」
おそらく、庭の掃除か警護を頼まれた、政宗の精鋭たちだろう。
思わず歩を止めてしまった元親に気付く筈もなく、彼らの雑言はエスカ
レートしていく。
「大体、幾らなんでもデカ過ぎだろ。身の丈もおケツも、オッパイも!」
「あんなみっともない体、俺だったらたとえ商売女でも願い下げだぜ!
その前に、そんな女を雇う店もないってか?」
「ははは、違いねぇ!あそこまではしたない『デカブツ』ならぬ『デカ
ブス』、政宗様の引き立て役にもなりゃしねぇぜ!」
政宗との鍛錬を済ませた元親は、小腹が空いたので、小十郎の畑に実
っている野菜を失敬する為に庭内を歩いていた。
やがて、小十郎の畑へと通じる門の前まで進んだ時、扉の向こうから何
やら話し声が聞こえてきた。
「ったくよぉ。筆頭もお人好しなんだよな。ついこないだまで、筆頭の
タマ狙ってたヤツだぜ?」
「まあ、そこが筆頭の筆頭たるトコなんだろうけど…ちっと調子づいて
ねぇか?あの鬼デカ女」
おそらく、庭の掃除か警護を頼まれた、政宗の精鋭たちだろう。
思わず歩を止めてしまった元親に気付く筈もなく、彼らの雑言はエスカ
レートしていく。
「大体、幾らなんでもデカ過ぎだろ。身の丈もおケツも、オッパイも!」
「あんなみっともない体、俺だったらたとえ商売女でも願い下げだぜ!
その前に、そんな女を雇う店もないってか?」
「ははは、違いねぇ!あそこまではしたない『デカブツ』ならぬ『デカ
ブス』、政宗様の引き立て役にもなりゃしねぇぜ!」
「………」
自分の存在が、伊達の者達に良い印象を与えていない事は熟知していた
が、ここまであからさまな中傷を目の当たりにしては、流石の元親でも
やはり凹む。
どうしよう、このまま引き返そうか、と扉の前で逡巡していると、不意
に元親の背後で鋭い男の声が響いた。
自分の存在が、伊達の者達に良い印象を与えていない事は熟知していた
が、ここまであからさまな中傷を目の当たりにしては、流石の元親でも
やはり凹む。
どうしよう、このまま引き返そうか、と扉の前で逡巡していると、不意
に元親の背後で鋭い男の声が響いた。