夏が来て、秋が来て、冬になり、そうしてまた幾度かの春を迎える。
年の開けた頃には、俺は立派な引込禿となっていた。
年の開けた頃には、俺は立派な引込禿となっていた。
「どうだい調子は」
「慶次殿」
座敷の掃除をしていると、首代の慶次殿が話し掛けてきた。
このお方も相当の遊び人だと聞き及んでいるが、廓では用心棒的な役割も果たしていた。
気さくな人柄で、鷹波屋の遊女達にも人気が高く、俺自身も廓入りした当初から目を掛けて頂いており、
なんだかんだと相談に乗ってもらっていた。
「その堅苦しさは直らないねぇ」
と、苦笑いをするから、申し訳ない気になってくる。
「む、かたじけない…」
「幸村らしさは、大切だけどね」
頭を下げる俺を手を振って制止すると、人当たりの良い笑顔を向けて来る。
「午後からまた稽古だろ。大変だねぇ、引込は」
そうなのだ。
身体を鍛える為に積む修練は嫌いではないのだが、茶道も華道も琴も三味線もあらゆる稽古が苦手であった。
先生にはいつも全てが力任せだと叱られているのだが、どうしても気合いが入ってしまう。
茶を立てる時も、自分では気付かぬ内に「うぉぉぉぉ!!」と怒号を上げているらしい。
「将棋なら…好きなのだが…」
肩を落としていると、ぽんぽんと頭を撫でられた。
「一生懸命なのが幸村の良い所だよ。稽古場の先生も幸村のやる気には誰も叶わないって言ってるしね」
そうは言ってもやる気だけではどうにもならない。眉根を寄せて俯いてると、下から覗き込んで、子供に諭す様に話し掛けて来た。
「大事な事だよ。人の為に自分を磨ける子なんてそういない」
確かにこういう事は、自己を高める為に行う稽古であろう。しかし俺達は、顔も知らぬ客の為に日々切磋琢磨しているのだ。
言われるまでそんな事、考えた事もなかった。
だって…
「佐助は全部当たり前に出来ている」
歌も踊りも、佐助に叶う者なんていやしない。とても優雅に、そこに在る。
野に咲く花が、誰に教えられる訳でもなく美しいのが当然の様に。
佐助自身は「自分の見てくれは、良いとこ中の上だよ」と、それを否定するのだが。
だから手練手管を磨くのだと。
謙遜なんかする人間ではないから、余計に腑に落ちない。
俺には、佐助以上の人がいるとは思えない。
そう思わせる事も、やはり手練手管の一つなのだろうか?
「あー…幸村の姐さんは、特別な例だったか」
と、慶次殿はもう一度ぽんぽんと頭を叩いた。
慶次殿は、優しい。
ここでこの様に優しく扱ってくれる人間など、他にいない。
遊女達が夢中になるのも頷ける。
そこまで考えて、自分も慶次殿に気を許している一人なのだと気が付いて、急に気恥ずかしくなった。
顔が赤く染まるのが分かり、慌てて話題を変える。
「ところで何か用があってここに参ったのではないのか?」
「あぁ、そうだった。その佐助姐さんはここにいるかい?」
俺の頭から手を下ろし、視線を奥の部屋へと向ける。
俺に用事ではなく、佐助に用だったのか。
「佐助なら、奥でキセルを吸っている。掃除の邪魔だからさっさと湯へ行けと言ってくれ」
声が少しぶっきらぼうになってしまった事に自分で驚いた。
「そう言うもんじゃないよ。昨日も遅くまで仕事だったんだろ」
その佐助の稼いだ金で、幸村も食わしてもらってんだから、と口に人差し指を当てて嗜める様に慶次殿は言った。
「佐助姐さーん、ちょっと話があるんだけど」
そう言って、慶次殿は奥の部屋へと入って行き、後ろ手に襖を閉めてしまった。
慶次殿の背中を見送りながら、佐助も、慶次殿の様な人が好きなのだろうかとぼんやりと考える。
それは、嫌だ。
何故だかとても、嫌だ。
得体の知れない感情に支配されながら、俺はまた気もそぞろに掃除を続けた。
「慶次殿」
座敷の掃除をしていると、首代の慶次殿が話し掛けてきた。
このお方も相当の遊び人だと聞き及んでいるが、廓では用心棒的な役割も果たしていた。
気さくな人柄で、鷹波屋の遊女達にも人気が高く、俺自身も廓入りした当初から目を掛けて頂いており、
なんだかんだと相談に乗ってもらっていた。
「その堅苦しさは直らないねぇ」
と、苦笑いをするから、申し訳ない気になってくる。
「む、かたじけない…」
「幸村らしさは、大切だけどね」
頭を下げる俺を手を振って制止すると、人当たりの良い笑顔を向けて来る。
「午後からまた稽古だろ。大変だねぇ、引込は」
そうなのだ。
身体を鍛える為に積む修練は嫌いではないのだが、茶道も華道も琴も三味線もあらゆる稽古が苦手であった。
先生にはいつも全てが力任せだと叱られているのだが、どうしても気合いが入ってしまう。
茶を立てる時も、自分では気付かぬ内に「うぉぉぉぉ!!」と怒号を上げているらしい。
「将棋なら…好きなのだが…」
肩を落としていると、ぽんぽんと頭を撫でられた。
「一生懸命なのが幸村の良い所だよ。稽古場の先生も幸村のやる気には誰も叶わないって言ってるしね」
そうは言ってもやる気だけではどうにもならない。眉根を寄せて俯いてると、下から覗き込んで、子供に諭す様に話し掛けて来た。
「大事な事だよ。人の為に自分を磨ける子なんてそういない」
確かにこういう事は、自己を高める為に行う稽古であろう。しかし俺達は、顔も知らぬ客の為に日々切磋琢磨しているのだ。
言われるまでそんな事、考えた事もなかった。
だって…
「佐助は全部当たり前に出来ている」
歌も踊りも、佐助に叶う者なんていやしない。とても優雅に、そこに在る。
野に咲く花が、誰に教えられる訳でもなく美しいのが当然の様に。
佐助自身は「自分の見てくれは、良いとこ中の上だよ」と、それを否定するのだが。
だから手練手管を磨くのだと。
謙遜なんかする人間ではないから、余計に腑に落ちない。
俺には、佐助以上の人がいるとは思えない。
そう思わせる事も、やはり手練手管の一つなのだろうか?
「あー…幸村の姐さんは、特別な例だったか」
と、慶次殿はもう一度ぽんぽんと頭を叩いた。
慶次殿は、優しい。
ここでこの様に優しく扱ってくれる人間など、他にいない。
遊女達が夢中になるのも頷ける。
そこまで考えて、自分も慶次殿に気を許している一人なのだと気が付いて、急に気恥ずかしくなった。
顔が赤く染まるのが分かり、慌てて話題を変える。
「ところで何か用があってここに参ったのではないのか?」
「あぁ、そうだった。その佐助姐さんはここにいるかい?」
俺の頭から手を下ろし、視線を奥の部屋へと向ける。
俺に用事ではなく、佐助に用だったのか。
「佐助なら、奥でキセルを吸っている。掃除の邪魔だからさっさと湯へ行けと言ってくれ」
声が少しぶっきらぼうになってしまった事に自分で驚いた。
「そう言うもんじゃないよ。昨日も遅くまで仕事だったんだろ」
その佐助の稼いだ金で、幸村も食わしてもらってんだから、と口に人差し指を当てて嗜める様に慶次殿は言った。
「佐助姐さーん、ちょっと話があるんだけど」
そう言って、慶次殿は奥の部屋へと入って行き、後ろ手に襖を閉めてしまった。
慶次殿の背中を見送りながら、佐助も、慶次殿の様な人が好きなのだろうかとぼんやりと考える。
それは、嫌だ。
何故だかとても、嫌だ。
得体の知れない感情に支配されながら、俺はまた気もそぞろに掃除を続けた。




