「しつれいしまー…」
「いい加減にしろよてめぇ!!!」
楼主部屋の戸を開けるやいなや、威勢のいい罵声が耳をつんざくものだから、俺はその場でそのまま固まった。
見れば部屋には先客が一人。
気位が高くて有名な元就太夫だ。
元親の怒声に表情一つ変えず、凍りつくような瞳で見据えている。っていうか睨んでいる。
「またやってんのあんた達、ほんとにそりが合わないね」
後ろ手に戸を閉めると、つと進んで元就の隣へ座る。
元就は、軽く目線を寄越したかと思えば、何事もなかったように正面の元親へ視線を戻した。
「あぁ、来たか佐助」
俺に気付いて、ようやく声を落とした元親だったが、
ならず者も震え上がるその眼光で睨みっぱなし、手に持ったキセルで苛立たしげに、トントンと忙しなく膝を叩いている。
「もういい、元就。後で行くから部屋で待ってろ!逃げんなよ!」
元親が言い終える前に、元就はフンと鼻を鳴らして席を立った。
彼女が纏う香の匂いが、ふわりと鼻をくすぐる。
甘く、儚い、だが冷えた香り。
そのまま元就は、一言も発することなく部屋から出て行った。
相変わらず愛想がないねぇ。
「今日はまたどうしたの」
「また客に待ちぼうけ食らわしやがった。馴染みが切れたらあいつだって困るくせに、俺の話にもちっとも耳を傾けやしねぇ!」
と、腹立たしさを抑えるかのように、ゆっくり深くキセルを吸った。
元就には、突き出しの頃から、客を足蹴にするきらいがあった。
その生来の気位の高さが邪魔して、なかなか客は付かなかった。
しかし、なにせあの風貌だ。
一度人気に火がつけば、昼三から座敷持ちへと、伸し上がるのは早かった。
学も高く、滅多に喋りはしないが、口を開けば粋な応答もする。
更には、そんなご高尚な太夫様が、床に入れば生娘みたいだってんだから、そこが良いんだと客は連日列を成した。
ところが身分が上がれば上がる程、客との床入りを拒否するようになっていった。
つまんない誇りにがんじがらめにされて、荒んでいった良いお手本。
今では馴染みは「待たされて、待たされて、やっと抱けるのがたまらない」という、懐の広いお方だけだ。もちろんお財布の方の懐も。
だから俺様が一番人気になったんだけどね。
そんな他の遊女とも滅多に口を利かない元就だけど、元親に対する風当たりは人一倍強かった。
まぁ、自分を廓に縛り付けてる楼主を、逆恨みするなんてのは、よくある話じゃあるんだけども。
「そりゃあ、元親がすぐ怒鳴るからじゃないの」
「なにぃ…」
ほらまた、その喧嘩腰。この片目で凄まれれば、大抵の人間が竦み上がった。
まぁ、俺には効かないけど。
「いやさ、女なんてのは頭ごなしに叱られるよか、下からそっと囁かれる方が耳に入る生き物なんだよ」
「…肝に銘じておく」
少し考えて元親は、素直に答えた。
この素直さも、若い衆に慕われる所以なんだろうなと思う。
「で、幸村の新造出しの話で来たんだけど」
本題を切り出すと、元親の顔は途端に上機嫌の笑顔になった。
変わり身の早い。
「あぁ、それそれ。慶次から聞いたと思うけど、お館様が御用達してくれるってよ。ありがてぇ話だな」
「まったくありがたいねぇ、で、いくら支度してくれるって?」
この問いに、待ってましたとばかりに元親は俺に向かって指を一本突き立てた。
「聞いて驚け!なんと百両も用意して下さるってよ!」
百両か。ろくに話もしてない禿に出すには破格の額。まぁ、身請け金の一割程度にしかならないけど。
「じゃあ、俺からもう百両出すよ」
あっけらかんと言い放ったこの答えに、元親は目ん玉落っことしそうなぐらい驚いていた。
「お前…そりゃ…」
「あぁ、俺の"借金"に上乗せしてくんない?」
通常、新造出しの支度金は、見世が肩代わりして、出される本人に借金作らせるようになっていた。
そうして年季をどんどん伸ばす。そういう仕組みになっていた。
「そりゃ二百もあれば、派手な新造出しができるけどよ、お前も大概異常だな」
嬉しさ半分、呆れたように元親は言った。
「だって、異常なくらい幸村が可愛いもん」
これにはさすがの元親も閉口していた。
「いい加減にしろよてめぇ!!!」
楼主部屋の戸を開けるやいなや、威勢のいい罵声が耳をつんざくものだから、俺はその場でそのまま固まった。
見れば部屋には先客が一人。
気位が高くて有名な元就太夫だ。
元親の怒声に表情一つ変えず、凍りつくような瞳で見据えている。っていうか睨んでいる。
「またやってんのあんた達、ほんとにそりが合わないね」
後ろ手に戸を閉めると、つと進んで元就の隣へ座る。
元就は、軽く目線を寄越したかと思えば、何事もなかったように正面の元親へ視線を戻した。
「あぁ、来たか佐助」
俺に気付いて、ようやく声を落とした元親だったが、
ならず者も震え上がるその眼光で睨みっぱなし、手に持ったキセルで苛立たしげに、トントンと忙しなく膝を叩いている。
「もういい、元就。後で行くから部屋で待ってろ!逃げんなよ!」
元親が言い終える前に、元就はフンと鼻を鳴らして席を立った。
彼女が纏う香の匂いが、ふわりと鼻をくすぐる。
甘く、儚い、だが冷えた香り。
そのまま元就は、一言も発することなく部屋から出て行った。
相変わらず愛想がないねぇ。
「今日はまたどうしたの」
「また客に待ちぼうけ食らわしやがった。馴染みが切れたらあいつだって困るくせに、俺の話にもちっとも耳を傾けやしねぇ!」
と、腹立たしさを抑えるかのように、ゆっくり深くキセルを吸った。
元就には、突き出しの頃から、客を足蹴にするきらいがあった。
その生来の気位の高さが邪魔して、なかなか客は付かなかった。
しかし、なにせあの風貌だ。
一度人気に火がつけば、昼三から座敷持ちへと、伸し上がるのは早かった。
学も高く、滅多に喋りはしないが、口を開けば粋な応答もする。
更には、そんなご高尚な太夫様が、床に入れば生娘みたいだってんだから、そこが良いんだと客は連日列を成した。
ところが身分が上がれば上がる程、客との床入りを拒否するようになっていった。
つまんない誇りにがんじがらめにされて、荒んでいった良いお手本。
今では馴染みは「待たされて、待たされて、やっと抱けるのがたまらない」という、懐の広いお方だけだ。もちろんお財布の方の懐も。
だから俺様が一番人気になったんだけどね。
そんな他の遊女とも滅多に口を利かない元就だけど、元親に対する風当たりは人一倍強かった。
まぁ、自分を廓に縛り付けてる楼主を、逆恨みするなんてのは、よくある話じゃあるんだけども。
「そりゃあ、元親がすぐ怒鳴るからじゃないの」
「なにぃ…」
ほらまた、その喧嘩腰。この片目で凄まれれば、大抵の人間が竦み上がった。
まぁ、俺には効かないけど。
「いやさ、女なんてのは頭ごなしに叱られるよか、下からそっと囁かれる方が耳に入る生き物なんだよ」
「…肝に銘じておく」
少し考えて元親は、素直に答えた。
この素直さも、若い衆に慕われる所以なんだろうなと思う。
「で、幸村の新造出しの話で来たんだけど」
本題を切り出すと、元親の顔は途端に上機嫌の笑顔になった。
変わり身の早い。
「あぁ、それそれ。慶次から聞いたと思うけど、お館様が御用達してくれるってよ。ありがてぇ話だな」
「まったくありがたいねぇ、で、いくら支度してくれるって?」
この問いに、待ってましたとばかりに元親は俺に向かって指を一本突き立てた。
「聞いて驚け!なんと百両も用意して下さるってよ!」
百両か。ろくに話もしてない禿に出すには破格の額。まぁ、身請け金の一割程度にしかならないけど。
「じゃあ、俺からもう百両出すよ」
あっけらかんと言い放ったこの答えに、元親は目ん玉落っことしそうなぐらい驚いていた。
「お前…そりゃ…」
「あぁ、俺の"借金"に上乗せしてくんない?」
通常、新造出しの支度金は、見世が肩代わりして、出される本人に借金作らせるようになっていた。
そうして年季をどんどん伸ばす。そういう仕組みになっていた。
「そりゃ二百もあれば、派手な新造出しができるけどよ、お前も大概異常だな」
嬉しさ半分、呆れたように元親は言った。
「だって、異常なくらい幸村が可愛いもん」
これにはさすがの元親も閉口していた。
こんな肥溜めみたいな所にいて、折れもせず、染まりもせず、ひたむきに"俺"を目指してくる幸村。
あのガチガチのお侍様が、どんな遊女になるのか見てみたいってのもあるんだけれども、
それ以前に、そんな幸村に惚れ込んじまっている自分がいる。
あのガチガチのお侍様が、どんな遊女になるのか見てみたいってのもあるんだけれども、
それ以前に、そんな幸村に惚れ込んじまっている自分がいる。
…あれ?幼女趣味なのは、俺様じゃね?




