寝不足でいまいちすっきりしない頭を振り、政宗は忠勝が土手を作る様子を眺めた。
山から土を持ち出し、固め、土手の一部になる様子は壮観だ。戦国最強の武人、
忠勝が治水を行う様子を一目見ようと見学ツアーのようなものが組まれているらしく、
人だかりができている。
「信玄堤もかくや、ってところか」
油断をすれば閉じようとする瞼を一度きつく閉じてから、甲斐の国において信玄が築いた
堤の名前を持ち出した。小十郎は地図を見て辺りを見回す。
「左様でございますな」
妙に固い返事に、政宗は小十郎を振り返る。緩むことの少ない顔が、今日は一層引き締まっている。
じっくり見てから色々問い詰めたいところだが、どうも眠たい。春と夏の狭間の陽気が、
政宗に午睡を勧めてくる。
「……だめだ、眠い」
「昨日は、何故早くお休みになられなかったのですか。今日は堤防を作ると、政宗様が
仰ったのですよ」
「……色々事情があるんだよ」
小十郎から地図を奪い、地図を睨む。年単位で補修を考えていた工事が、一日で終わりそうだ。
さすが戦国最強。
「あとどれくらいでconstruction(工事)は終わりそうだ?」
「俺に聞かれても困ります。徳川殿に伺えばよろしいでしょう」
投げやりな答えが気に食わず、振り返りざま平手を打つ。寝不足で加減が聞かないが、
あんな返答をする小十郎が悪いのだ。
「答えろ」
睨むと目をそらされる。それがまた政宗の神経を逆撫でする。
もう一度平手を打つ。小十郎は眉を僅かに動かしただけだった。
「推測でいい。本多のabilityは見ての通りだ。constructionの予定はお前も
知っているだろう。――あと何日で、この堤防は出来上がる。答えろ」
「……俺が答える義務などありません」
「!」
いつもと比べ物にならない派手な平手の音。忠勝の槍が立てる大きな破壊音の中でも
やけにはっきりと聞こえた。槍の音がやむ。立派な堤が半分ほど出来上がっている。
「……何を怒ってるんだ、てめぇ」
「俺に怒られるようなことでもなさったのですか?」
せせら笑うような表情に、政宗はまた平手を食らわせた。いい加減手の感覚がなくなって
いるが、体の奥底からこみ上げる衝動を抑える方が面倒だった。
「Damn you!」
政宗は捨て台詞を吐くと、小十郎に背を向け忠勝の元に走った。地図を持って忠勝に指示を
与えていた家康が政宗に気づく。
「どうした、政宗」
「……なんでもねぇ」
家康はそれ以上問い詰めるようなことはしない。忠勝に地図を見せて指示を与える。
忠勝は頷き、空を飛んで土を削りに行った。
「工事ならあと一日ってところだな。悪いが、それ以上は国を空けられん」
「……分かってる。それまでやれるだけやってくれるか。礼は、砂金でいいよな」
「おうよ」
家康は地図を懐にしまうと政宗を見上げた。
「わしは、お主を三河に迎えたい。そのためだったら、何年でも、何十年でも待つぞ。
お主が安心して奥州を任せられる奴が出てきたら、わしは遠慮なくお前を迎えるぞ」
「悪い。何年待ってもらっても、俺は……三河には、いけねぇ」
家康は目元を綻ばせた。
その答えを待っていたのだろうか。
だとしたら、悪いことをした。
思わせぶりな態度をとって。誘っておいて、寸前で泣き出したりして、もてあそんだ。
「そう言うと思った」
「……奥州を、離れたくねぇ。離れたら」
小十郎を傍に置けない。
最後の一言を飲み込み、政宗は家康の頭を撫でた。
「Thank you、家康。もうちょっと、頼むな」
「任せろ。忠勝は戦国の世では何をやらせても最強だからな」
「そりゃ、心強い」
忠勝が土を背負って戻ってくる。山が崩れないよう補強しないとな、と思いながら政宗は
忠勝が堤防を作り上げる様子を眺めた。
山から土を持ち出し、固め、土手の一部になる様子は壮観だ。戦国最強の武人、
忠勝が治水を行う様子を一目見ようと見学ツアーのようなものが組まれているらしく、
人だかりができている。
「信玄堤もかくや、ってところか」
油断をすれば閉じようとする瞼を一度きつく閉じてから、甲斐の国において信玄が築いた
堤の名前を持ち出した。小十郎は地図を見て辺りを見回す。
「左様でございますな」
妙に固い返事に、政宗は小十郎を振り返る。緩むことの少ない顔が、今日は一層引き締まっている。
じっくり見てから色々問い詰めたいところだが、どうも眠たい。春と夏の狭間の陽気が、
政宗に午睡を勧めてくる。
「……だめだ、眠い」
「昨日は、何故早くお休みになられなかったのですか。今日は堤防を作ると、政宗様が
仰ったのですよ」
「……色々事情があるんだよ」
小十郎から地図を奪い、地図を睨む。年単位で補修を考えていた工事が、一日で終わりそうだ。
さすが戦国最強。
「あとどれくらいでconstruction(工事)は終わりそうだ?」
「俺に聞かれても困ります。徳川殿に伺えばよろしいでしょう」
投げやりな答えが気に食わず、振り返りざま平手を打つ。寝不足で加減が聞かないが、
あんな返答をする小十郎が悪いのだ。
「答えろ」
睨むと目をそらされる。それがまた政宗の神経を逆撫でする。
もう一度平手を打つ。小十郎は眉を僅かに動かしただけだった。
「推測でいい。本多のabilityは見ての通りだ。constructionの予定はお前も
知っているだろう。――あと何日で、この堤防は出来上がる。答えろ」
「……俺が答える義務などありません」
「!」
いつもと比べ物にならない派手な平手の音。忠勝の槍が立てる大きな破壊音の中でも
やけにはっきりと聞こえた。槍の音がやむ。立派な堤が半分ほど出来上がっている。
「……何を怒ってるんだ、てめぇ」
「俺に怒られるようなことでもなさったのですか?」
せせら笑うような表情に、政宗はまた平手を食らわせた。いい加減手の感覚がなくなって
いるが、体の奥底からこみ上げる衝動を抑える方が面倒だった。
「Damn you!」
政宗は捨て台詞を吐くと、小十郎に背を向け忠勝の元に走った。地図を持って忠勝に指示を
与えていた家康が政宗に気づく。
「どうした、政宗」
「……なんでもねぇ」
家康はそれ以上問い詰めるようなことはしない。忠勝に地図を見せて指示を与える。
忠勝は頷き、空を飛んで土を削りに行った。
「工事ならあと一日ってところだな。悪いが、それ以上は国を空けられん」
「……分かってる。それまでやれるだけやってくれるか。礼は、砂金でいいよな」
「おうよ」
家康は地図を懐にしまうと政宗を見上げた。
「わしは、お主を三河に迎えたい。そのためだったら、何年でも、何十年でも待つぞ。
お主が安心して奥州を任せられる奴が出てきたら、わしは遠慮なくお前を迎えるぞ」
「悪い。何年待ってもらっても、俺は……三河には、いけねぇ」
家康は目元を綻ばせた。
その答えを待っていたのだろうか。
だとしたら、悪いことをした。
思わせぶりな態度をとって。誘っておいて、寸前で泣き出したりして、もてあそんだ。
「そう言うと思った」
「……奥州を、離れたくねぇ。離れたら」
小十郎を傍に置けない。
最後の一言を飲み込み、政宗は家康の頭を撫でた。
「Thank you、家康。もうちょっと、頼むな」
「任せろ。忠勝は戦国の世では何をやらせても最強だからな」
「そりゃ、心強い」
忠勝が土を背負って戻ってくる。山が崩れないよう補強しないとな、と思いながら政宗は
忠勝が堤防を作り上げる様子を眺めた。




