カツカツという光秀のヒールの音が聞こえなくなると、元親はベッドの方へと視線を戻した。
窓からの風がカーテンを揺らす音に混じり、微かな寝息が聞こえてくる。
顔を見るぐらいならいいよな、と妙に緊張しながら、白い布に手を掛ける。
シャッと引いて中を見れば、こちらに背を向けた状態で横たわっている元就がいた。
足音を立てないようにそっと近付き、元親は顔を覗こうとした。
「…何をしている」
不機嫌そうな声のまま、振り向きもせずに話しかけられ、元親はその場に不自然な姿勢で固まった。
「あ、いや、調子はどうかな、と思って」
ゆっくりと姿勢を戻して、傍らにあった椅子を引き寄せるとそこに座る。
「何故、お前が気にする?」
我に触れるな、と元就に背中で拒否され、気まずそうに頭を掻く。
「だってあんな青い顔していたし、とても冷たい肌していたし、俺は元就に何かあったらどうしようかと思ったんだけど」
「…学校では先生と呼べ」
家が近所で小さな頃からの知り合いなので、元親としてはそこまでよそよそしくしなくても良いじゃないかと考えているが、向こうはそれほど気楽に思っていないらしい。
普段であればもっと冷たい声で返されるのだが、今は本当に疲れているようだ。
ちぇ、と舌打ちすると、元就の背中へと視線を戻す。
「あ、そうだ」
脇に置きっぱなしにしていた紙袋を思い出し、元親はそれを手に取る。
「昼飯、持ってきていないんだろ」
俺の自信作なんだ、と可愛らしいデザインの袋に入った弁当を取り出す。
今の外見からは想像もつかないが、昔は随分と少女趣味だった事は皆には内緒である。
「…いい、食堂で食べる」
「そんな調子じゃ行けないだろう」
どうせならここで食べちまえよ、と元親が広げようとした。
「だから構うなと言うておる!」
ベッドから起きた苛立たしげな元就の声に圧倒され、一瞬手が止まる。
そして次の瞬間には、元親は右眼をぱちくりとさせると顔を赤くしてくるりと背を向けた。
「……何だ、その態度は」
「お前、自分がどんな格好してんのかわかって言ってんのか?」
「どんなと言われても…」
そこまで言い掛けて、元就はまさかと思い自分の身体を見る。
先程と同じ下着姿である事に気付くと、咄嗟に布団を引き寄せて胸元を隠した。
「…愚劣な」
「いや、そうじゃなくって見せたのはそっちだっての!」
ちらりと元親は振り返るが、やはり直視は出来ずに再び視線を逸らした。
「言い訳をするか、貴様」
ぺしぺしと元就の手が元親の背中を叩く。
「どこまで我を辱めれば気が済むのだ!」
「いやそれはちょっと語弊があるって、無実だって、痛っ」
誰かに聞かれたら思いっきり元親が悪者にされそうな感じである。
「うるさい、黙れ、我のファースト・キスを奪ったのはどこの誰だか言うてみよ!」
半分泣きそうになりながらも、元就は攻撃の手を緩めない。
「あれはまだ…」
そう元親が言いかけた時、不意に背後に誰かが立った。
「……そうなのですか、毛利先生?」
いつの間に戻ってきたのか、元親の後ろに光秀がゆらりと立っていた。
突然の登場に二人もその場で黙り込み、同時に彼女の方を見た。
「大丈夫ですよ、私は口が堅い方ですから」
嫣然と微笑む光秀に、ぞくりと寒いものを感じた。
「だからそれは…」
「あら、信用ないのですか?」
すっと整った細い指先が元親の唇へと当てられた。
ふわりと甘い香りにクラリときたのか、その先の言葉を喉の奥へと飲み込んだ。
「長曾我部君、お友達が迎えに来ていますよ?」
確かに保健室の入口にはクラスメイトが待っていた。
時間切れだと宣言され、これ以上の反撃は無理だと感じた元親は、弁当を元就の手に持たせると、昼飯だけでも食えと言い残して出て行った。
「賑やかなのは良いのですが、病人の枕元では…ねぇ?」
くすくすと思い出して笑う光秀に、元就も先程の勢いを削がれて、はあ、と気の抜けた返事を返すだけであった。
窓からの風がカーテンを揺らす音に混じり、微かな寝息が聞こえてくる。
顔を見るぐらいならいいよな、と妙に緊張しながら、白い布に手を掛ける。
シャッと引いて中を見れば、こちらに背を向けた状態で横たわっている元就がいた。
足音を立てないようにそっと近付き、元親は顔を覗こうとした。
「…何をしている」
不機嫌そうな声のまま、振り向きもせずに話しかけられ、元親はその場に不自然な姿勢で固まった。
「あ、いや、調子はどうかな、と思って」
ゆっくりと姿勢を戻して、傍らにあった椅子を引き寄せるとそこに座る。
「何故、お前が気にする?」
我に触れるな、と元就に背中で拒否され、気まずそうに頭を掻く。
「だってあんな青い顔していたし、とても冷たい肌していたし、俺は元就に何かあったらどうしようかと思ったんだけど」
「…学校では先生と呼べ」
家が近所で小さな頃からの知り合いなので、元親としてはそこまでよそよそしくしなくても良いじゃないかと考えているが、向こうはそれほど気楽に思っていないらしい。
普段であればもっと冷たい声で返されるのだが、今は本当に疲れているようだ。
ちぇ、と舌打ちすると、元就の背中へと視線を戻す。
「あ、そうだ」
脇に置きっぱなしにしていた紙袋を思い出し、元親はそれを手に取る。
「昼飯、持ってきていないんだろ」
俺の自信作なんだ、と可愛らしいデザインの袋に入った弁当を取り出す。
今の外見からは想像もつかないが、昔は随分と少女趣味だった事は皆には内緒である。
「…いい、食堂で食べる」
「そんな調子じゃ行けないだろう」
どうせならここで食べちまえよ、と元親が広げようとした。
「だから構うなと言うておる!」
ベッドから起きた苛立たしげな元就の声に圧倒され、一瞬手が止まる。
そして次の瞬間には、元親は右眼をぱちくりとさせると顔を赤くしてくるりと背を向けた。
「……何だ、その態度は」
「お前、自分がどんな格好してんのかわかって言ってんのか?」
「どんなと言われても…」
そこまで言い掛けて、元就はまさかと思い自分の身体を見る。
先程と同じ下着姿である事に気付くと、咄嗟に布団を引き寄せて胸元を隠した。
「…愚劣な」
「いや、そうじゃなくって見せたのはそっちだっての!」
ちらりと元親は振り返るが、やはり直視は出来ずに再び視線を逸らした。
「言い訳をするか、貴様」
ぺしぺしと元就の手が元親の背中を叩く。
「どこまで我を辱めれば気が済むのだ!」
「いやそれはちょっと語弊があるって、無実だって、痛っ」
誰かに聞かれたら思いっきり元親が悪者にされそうな感じである。
「うるさい、黙れ、我のファースト・キスを奪ったのはどこの誰だか言うてみよ!」
半分泣きそうになりながらも、元就は攻撃の手を緩めない。
「あれはまだ…」
そう元親が言いかけた時、不意に背後に誰かが立った。
「……そうなのですか、毛利先生?」
いつの間に戻ってきたのか、元親の後ろに光秀がゆらりと立っていた。
突然の登場に二人もその場で黙り込み、同時に彼女の方を見た。
「大丈夫ですよ、私は口が堅い方ですから」
嫣然と微笑む光秀に、ぞくりと寒いものを感じた。
「だからそれは…」
「あら、信用ないのですか?」
すっと整った細い指先が元親の唇へと当てられた。
ふわりと甘い香りにクラリときたのか、その先の言葉を喉の奥へと飲み込んだ。
「長曾我部君、お友達が迎えに来ていますよ?」
確かに保健室の入口にはクラスメイトが待っていた。
時間切れだと宣言され、これ以上の反撃は無理だと感じた元親は、弁当を元就の手に持たせると、昼飯だけでも食えと言い残して出て行った。
「賑やかなのは良いのですが、病人の枕元では…ねぇ?」
くすくすと思い出して笑う光秀に、元就も先程の勢いを削がれて、はあ、と気の抜けた返事を返すだけであった。