困った。まいった。
正直嫌だ。
俺はしかめっ面も全開で、廊下をとぼとぼと歩きながら全力で悩んでいた。
あの変態筋肉坊主の相手を務め上げる事など出来るのだろうか。
また蹴り上げて気絶させてしまわないかが心配だ。
誰か他に、誰でも良い。
突き出しの相手になってくれる方はいらっしゃらぬのだろうか。
そこまで考えて、ふっと一瞬、ほんの一瞬だけあの隻眼が蘇る。
いや、ありえぬ。
政宗殿とは一度、しかも初めての名代でお会いしたきり。
またすぐに来ると言っておきながら、そのような気配もない。
俺があまりにも女郎らしくないから、呆れられたのだ。
二度と会えぬ方を上げても詮無き事。
そうだ、やはり某の相手はお館様に他ならぬ。
お館様は佐助の馴染みゆえ、某がお相手仕る事が出来るのは水揚げの時のみ。
それならば、やはりお館様に。
お館様ならば、某、破瓜の痛みにも耐え得る事ができましょうぞ。
いかような要望にも、全力でお応えいたしましょうぞ。
佐助に、取り成してもらえるよう頼んでみよう。
心が決まれば、自然足が速まった。
正直嫌だ。
俺はしかめっ面も全開で、廊下をとぼとぼと歩きながら全力で悩んでいた。
あの変態筋肉坊主の相手を務め上げる事など出来るのだろうか。
また蹴り上げて気絶させてしまわないかが心配だ。
誰か他に、誰でも良い。
突き出しの相手になってくれる方はいらっしゃらぬのだろうか。
そこまで考えて、ふっと一瞬、ほんの一瞬だけあの隻眼が蘇る。
いや、ありえぬ。
政宗殿とは一度、しかも初めての名代でお会いしたきり。
またすぐに来ると言っておきながら、そのような気配もない。
俺があまりにも女郎らしくないから、呆れられたのだ。
二度と会えぬ方を上げても詮無き事。
そうだ、やはり某の相手はお館様に他ならぬ。
お館様は佐助の馴染みゆえ、某がお相手仕る事が出来るのは水揚げの時のみ。
それならば、やはりお館様に。
お館様ならば、某、破瓜の痛みにも耐え得る事ができましょうぞ。
いかような要望にも、全力でお応えいたしましょうぞ。
佐助に、取り成してもらえるよう頼んでみよう。
心が決まれば、自然足が速まった。
佐助の部屋の前まで駆けて行き、勢いよくその戸を開く。
ピシャンと、小気味良い音が鳴った。
「うわっと、びっくりした」
中では、佐助と慶次殿が火鉢を挟んで座っていた。
「こ~ら旦那。戸が傷むからそうやって開けるの止めてって言ってるでしょ!」
子供扱いを受け、罰が悪く「すまぬ」ともごもごと口の中で謝る。
「はい、じゃあ静かに閉めましょうね~」
と、またしても子供に諭すような口調を続けてきた。
「あんたら見てると、和むね」
と、慶次殿は楽しそうに笑った。
慶次殿も佐助も、いくつになっても子供扱いだ。もう水揚げだと言うのに。
「じゃ、そういうことで…っと」
話は済んでいたようで、慶次殿は佐助に目配せすると、ゆったりと立ち上がった。
相変わらず常に舞を踊っているかのような優雅な立ち振る舞いだ。
部屋から出て行く慶次殿がすれ違い様に何か思い出したような声を上げた。
「そういえばさ、ずっと聞こうと思ってたんだけど、幸村の生まれってどこだい?」
唐突な質問だった。
それとも佐助とそのような話でもしていたのだろうか。
「生まれ…と言われてもなにぶん幼すぎて忘れてしまったが…」
確か、そう、"うえだ"と言っていた。
「おそらくは信州の上田」
それだけ聞くと、慶次殿は、口の中でそれを繰り返しながら、一言礼を言って去っていった。
一体なんだったんだろう。廓に来て、廓以前の事を聞かれたのはこれが初めてだった。
みな、覚えてなかったり、思い出したくもなかったり、自然と出自の話はしない風潮になっていた。
「…ったく、慶次は随分旦那に入れ込んでるみたいだねぇ」
佐助が、呆れるようにぼやいた。
あれが入れ込んでるという事に繋がるのだろうか、さっぱり分からない。
「で、旦那の用件はな何なのさ?…ま、粗方想像がつくけど」
入り口に突っ立ったまま慶次殿の背を目で追う俺を、佐助が座るように促した。
「もちろんこっちにも話は来てるよ、顕如の坊さんが突き出ししたいってんでしょ」
「聞いているのならば話は早い」
きちんと正座して佐助に向き直る。
「水揚げのお相手は、是非ともお館様に…」
お願いしたい、という言葉が続けられなかった。
いつもふやけている佐助のその表情が、いつになく真摯な顔をしていた。
「甘ったれてんじゃないよ」
くずし座したまま、瞬きもせずにこちらを見据えて佐助が言った。
「客を選ぶなんて十年早い」
口の端は、微動だにしなかった。
いくら鈍い俺でも怒られているのだ、と分かる。
理解しながらも真面目な顔をしている佐助はやはり端整な顔立ちなのだと、不謹慎な事を考えていた。
「そら初めてくらい選ばせてあげたいけどさ」
佐助はほんの少し普段の口調を取り戻していた。
「2回目も3回目も、これからずっと、どんな嫌な客でも拒む事はできないんだよ」
ぐ、と言葉が詰まった。
そんな事は分かっている。分かっているからこそせめて水揚げくらいと望むのが人の常ではなかろうか。
佐助はそれ以上何も言わなかった。
言われなくても目を見れば分かる。
ここはそのような人の心など望んではいけない場所なのだと。
「ならば…」
声は、喉の奥から絞り出さなければ出てこなかった。
「ならば客を選べるようになるまでだ」
胸に痞える何かを振り切り、正面を見据える。
それは、花魁になるという事。
もちろん誰しもがなれる道ではない。
だが俺が目指す場所は今も昔も変わらない。
佐助のようになりたい。
それだけだ。
俺の視線を受け止めて、佐助はようやく少しだけ笑った。
ピシャンと、小気味良い音が鳴った。
「うわっと、びっくりした」
中では、佐助と慶次殿が火鉢を挟んで座っていた。
「こ~ら旦那。戸が傷むからそうやって開けるの止めてって言ってるでしょ!」
子供扱いを受け、罰が悪く「すまぬ」ともごもごと口の中で謝る。
「はい、じゃあ静かに閉めましょうね~」
と、またしても子供に諭すような口調を続けてきた。
「あんたら見てると、和むね」
と、慶次殿は楽しそうに笑った。
慶次殿も佐助も、いくつになっても子供扱いだ。もう水揚げだと言うのに。
「じゃ、そういうことで…っと」
話は済んでいたようで、慶次殿は佐助に目配せすると、ゆったりと立ち上がった。
相変わらず常に舞を踊っているかのような優雅な立ち振る舞いだ。
部屋から出て行く慶次殿がすれ違い様に何か思い出したような声を上げた。
「そういえばさ、ずっと聞こうと思ってたんだけど、幸村の生まれってどこだい?」
唐突な質問だった。
それとも佐助とそのような話でもしていたのだろうか。
「生まれ…と言われてもなにぶん幼すぎて忘れてしまったが…」
確か、そう、"うえだ"と言っていた。
「おそらくは信州の上田」
それだけ聞くと、慶次殿は、口の中でそれを繰り返しながら、一言礼を言って去っていった。
一体なんだったんだろう。廓に来て、廓以前の事を聞かれたのはこれが初めてだった。
みな、覚えてなかったり、思い出したくもなかったり、自然と出自の話はしない風潮になっていた。
「…ったく、慶次は随分旦那に入れ込んでるみたいだねぇ」
佐助が、呆れるようにぼやいた。
あれが入れ込んでるという事に繋がるのだろうか、さっぱり分からない。
「で、旦那の用件はな何なのさ?…ま、粗方想像がつくけど」
入り口に突っ立ったまま慶次殿の背を目で追う俺を、佐助が座るように促した。
「もちろんこっちにも話は来てるよ、顕如の坊さんが突き出ししたいってんでしょ」
「聞いているのならば話は早い」
きちんと正座して佐助に向き直る。
「水揚げのお相手は、是非ともお館様に…」
お願いしたい、という言葉が続けられなかった。
いつもふやけている佐助のその表情が、いつになく真摯な顔をしていた。
「甘ったれてんじゃないよ」
くずし座したまま、瞬きもせずにこちらを見据えて佐助が言った。
「客を選ぶなんて十年早い」
口の端は、微動だにしなかった。
いくら鈍い俺でも怒られているのだ、と分かる。
理解しながらも真面目な顔をしている佐助はやはり端整な顔立ちなのだと、不謹慎な事を考えていた。
「そら初めてくらい選ばせてあげたいけどさ」
佐助はほんの少し普段の口調を取り戻していた。
「2回目も3回目も、これからずっと、どんな嫌な客でも拒む事はできないんだよ」
ぐ、と言葉が詰まった。
そんな事は分かっている。分かっているからこそせめて水揚げくらいと望むのが人の常ではなかろうか。
佐助はそれ以上何も言わなかった。
言われなくても目を見れば分かる。
ここはそのような人の心など望んではいけない場所なのだと。
「ならば…」
声は、喉の奥から絞り出さなければ出てこなかった。
「ならば客を選べるようになるまでだ」
胸に痞える何かを振り切り、正面を見据える。
それは、花魁になるという事。
もちろん誰しもがなれる道ではない。
だが俺が目指す場所は今も昔も変わらない。
佐助のようになりたい。
それだけだ。
俺の視線を受け止めて、佐助はようやく少しだけ笑った。




